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河童所長と怪奇な事件簿  作者: 雨咲まどか
二章 進まぬ調査
5/19

河童と人魚

 

 首に掛けたお守りを服の上から握る。

 絵里は今にも雨の降り出しそうな空を見上げてため息をついた。スクールバスを降り、講義室に向かう。

 結局昨日は特に手がかりを得られぬままに終わった。駅まで化野たちを送って旅館に戻ると、母親に


「従業員やお客さんの目があるから、彼氏と会うなら自分の部屋だけでね」とやんわり注意され、反論できないまま今日に至ってしまった。まさか、「ストーカーされてるかもしれなくて、それに妖怪が関わってるかもしれないから霊能力者に来てもらった」とは言えるわけも無い。


 別れ際に相良から渡されたお守りは、曰く『妖怪見える札』の姉妹作品らしい。札との違いは効力が長い事であり、自衛のため、と渡されたがこれのせいで昨晩は大変な目に遭った。

 日が落ちると、当たり前のように妖怪が旅館を闊歩し始めたのだ。小さな鬼や子どもの妖怪に、老婆の妖怪。どれも絵里以外には見えていないようだった。


「……目が合った時、妖怪もなんかびっくりしてたもん」


 絵里に見られていると気付いた妖怪の表情は、生涯忘れられそうにない。

 生まれてから十八年以上の月日をあの旅館で過ごしてきたが、今までもずっと妖怪たちはああして旅館に住み着いていたのだろうか。

 一晩が経ち、普段通りに大学へやってきた今となっては、昨日の出来事がすべて夢だったのではないかと思えて仕方がない。しかし、ただ一つ、残されたお守りが全てを現実だと物語っているようだった。


「えーり! おはよう!」


 急に背中を叩かれ振り返ると、そこにいたのは友人の本宮水希もとみやみずきだった。絵里をオカルト研究会に誘った人物であり、『化野霊能相談所』を紹介した張本人だ。

 輝く金髪を短く切り、青い瞳や長い手足をした水希は、その容姿に似合わぬオカルトオタクだった。妖怪に関する知識はオカルト研究会の中でも群を抜いている。

 昨日は疲れてメールも出来なかったが、問い詰めるべきは彼女だった。

 どこから話すべきか悩んでいると、水希が期待に満ちた表情で切りだした。


「どうだった? 行った? 昨日教えたとこ!」


「行った……けどさあ……」


「わー! ほんとに! 格好良かったでしょー!」


 水希はうっとりと頬に手を当てた。その反応に絵里は眉を顰める。


「水希、あそこのことちゃんと知ってて私に勧めたの?」


「もちろん! ――あ、駄目だよ、私が狙ってるんだから」


「じゃあなんで勧めたのよ」


 確かに、相良は河童を信仰している所以外は魅力的だ。彼を好きになる人も多いだろう。相良本人は化野のことしか見えていないようだが。

 水希はだって、と口を尖らせた。


「私、もう来るなって言われちゃってるんだもん。絵里が相談に行けば、なにかの拍子に会えるかなって」


 何をしたらそんな事を言われるのか。水希が口を開けば開くほどに気になることが増えていくが、まず一番聞かなければいけないことがある。

 思えば、水希はいつも実在すると信じて疑っていない様子で妖怪について語っていた。絵里と同じように『妖怪見える札』を貼られたのだとしたら。


「変なこと聞くけど……あそこに河童、いるよね?」


 おずおずと訊ねると、水希は「そりゃあもちろん」と不思議そうに頷いた。


「やっぱり……あの河童ってほんも――」


 話ながら講義室の扉を開くと、目の前に化野が立っていた。


「よう」


 一呼吸分の沈黙の後、叫び声を上げたのは水希だった。


「キャー――ッ! 化野さ……もご」


 化野が素早く手を伸ばし、水希の口を塞ぐ。


「静かにしろ水希。人の目がある」


「ふぁい」


 口を押さえつけられているのに関わらず、水希は嬉しそうに何度も首を縦に振った。化野の緑色の手を両手で掴み、頬を緩めている。

 運良く講義室はまだ人がまばらだったが、視線が集まっている事に気が付き絵里は水希を引っ張って外へ連れ出した。

 人気の無い校舎裏までどうにか辿り着くと、水希は化野に抱きついた。背の高い水希に抱きしめられると、化野がつぶれてしまいそうに見える。


「化野さん会いたかった!」


「お前に会いに来たわけじゃ無いがな」


「えーっ! でもそんなクールなところも好きー」


 水希は頬ずりをしながら声を弾ませた。

 されるがままになっている化野を、絵里は苦虫を噛み潰したような顔で睨んだ。


「水希はなんで見えてるの。それと、化野さん昨日人間は惚れさせたりしないって言ってなかった?」


 絵里の問いに化野と水希は顔を見合わせた。


「水希は人魚だからな」


「――は?」


「人魚、っていっても血が薄くて人間に近いけどね。陸の方が生活しやすいくらいだし。なんならヒレでもみる? あ、でも私食べても不老不死にはなれないからやめてね」


 水希の笑い声が右から左に通り抜けていく。


 彼女と出会って、あと少しで三ヶ月。内気で友達が作れずにいた絵里に話しかけ、オカルト研究会に誘ってくれた。目立つ彼女といつも一緒にいるお陰で絵里は同期生に「水希の友達」と認識されている。強引でマイペースだが、その自分と真逆の性格に何度か助けられた。美人で何でも器用にやってのけるのに変わり者で、どうみても外国人の見た目なのに日本語しか喋れなくて、正直ちょっと、いやかなり引くくらいのオカルトオタクで……。そういえば河童の絵ばかり描いていたな。


「おーい」


 動かなくなった絵里の顔の前で水希が手をひらひらさせた。

 我に返った絵里は両手で額を押さえた。


「ごめん、水希と出会ってから今までの走馬燈みたいなの見えてた」


「もー、絵里は大げさだなあ」


 ケラケラ笑ってみせる水希の肩を掴む。

 始業のベルが鳴り響いたが、授業どころではない。


「人魚って、ほんとに言ってる?」


「……もしかして、人魚、嫌い?」


 水希は悲しそうに俯いた。絵里は急に自分が酷いことを言っている気分になり、目を泳がせる。


「いや、嫌いとかじゃないけど……」


「ほんとに! いえい」


 喜ぶ水希に、絵里は力なく手を離した。誰か助けて欲しい。


「あれ、そういえば相良くんは?」


「相良は学校だ」


「ああそっか」


 思えば昨日彼は制服を着ていた。きちんと学校に通っているようだ。今この場にはいて欲しかったけれど。


「じゃあ今日は私が相良の代わりに弟子やるね!」


 水希がはーい、と挙手した。化野は呆れた様子で短い腕を組む。


「お前は授業受けてこい。弟子は相良だけで十分だ」


「もう始まっちゃってるもん。……化野さんは相良ばっか贔屓するなあ」


「相良は優秀だからな」


「ずるーい。ただの人間なのに」


 厚い唇を尖らせる水希に、絵里は少し前の彼女の台詞を思い出した。


「もしかして、さっき言ってた会いたかった『カッコいい』人って……」


 絵里が言うと、水希は首を傾げる。愚問だったようだ。

 改めて化野をじっくり観察してみる。強いて言うならば目が綺麗……な訳でもない。人間には理解できないのかもしれない。相良は人間の筈だが。


「ちなみに化野さんのカッコいいところってどこ?」


 冗談っぽく言ったつもりだったが、水希は眉間に深く皺を寄せた。かと思うと、次の瞬間には目を細め口元を緩める。


「全部」


「へ、へえ」


「私と化野さんの出会いはねえ」


「ちょっと待った」


 どこか遠くを見つめながら語り始める水希を止める。嫌な予感がした。


「お前はすぐ誰かを待たせるな」


 悪態を吐きながら腰を下ろす化野に絵里は確信した。やっぱり長くなるんだ、この話。


「待って欲しくなるような事ばっか言うからでしょ。……水希、手短にお願いね」


 はいはーい、と水希が軽い返事をする。

 壁の向こうから講師の声が漏れてくる。

 絵里は授業をサボって河童と人魚の馴れ初めを聞く自分の事を、少し考えてすぐに考えるのをやめた。





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