人魚の恋愛相談
「それで、夜までの時間つぶしに私が呼び出された訳だ」
水希はほとんど手を付けていなかったイチゴパフェにスプーンを突き刺した。
化野達と旅館で別れた後、絵里は水希とカラオケへやってきていた。ここなら誰かに会話を聞かれることもない。
犯人捕獲作戦は夜に絵里の部屋で決行されることとなった。化野と相良が部屋に隠れて準備するためには、絵里が外出し犯人の目を部屋から遠ざける必要がある。そこで、白羽の矢が立ったのが水希だった。日曜に一緒に出掛けても不思議でないうえ、今回の件に理解がある。
水希なら自分が離れている間も任せられる。そう言ったのは化野だった。何だかんだと言っても、水希を信頼しているようだ。
「ごめんね、ありがとう」
絵里が今朝電話をした時、水希は二つ返事で了承してくれた。それが凄く嬉しかったのだ。
パフェのイチゴを咀嚼して、水希は赤いチークを塗った頬を掻いた。
「私は構わないけど……一ツ目さんにはちゃんとお礼言っときなよ」
水希の言葉に絵里はドアの方を向いた。出入り口を塞ぐようにして二メートルを超える巨体があぐらをかいて座っている。
肌の赤い体は筋肉質であり、ふくらはぎだけで絵里の腰ほどはありそうだ。頭には大きな角が一本生え、目が一つしかない。その大きな目玉と視線がかちあい、絵里は少し怖じ気づいた。
「……えと、この度はご迷惑をお掛けしました。ありがとうございます」
一ツ目は首を横に振った。
この大きな鬼は、相良の「お友達」である。相良が絵里の護衛に、とお札一枚で召喚した。
化野曰く、相良は仲の良くなった妖怪と契約を結んでいるのだ。
「昔もそうやって妖怪を利用する陰陽師はいたが、相良のように友達として接する奴はいなかった」
そう零した化野は呆れた風だったが、どこか誇らしげだった。確かに、鬼と友達になるなど、普通の人間は考えもしない事だ。その上、水希の様子から推し量るに一ツ目は強い妖怪のようだった。この妖怪が側にいる限り、手を出してくることはないだろうと化野も言っていた。
一体相良はどうやってこの鬼と仲良くなったのだろう。もっと彼の話を聞いてみたいと思った。妖怪とのことも、人間とのことも、もっと。絵里には受け止めきれない過去も沢山出てくるかもしれない。でも、押しつぶされたとしても、一つ一つ訊ねて、ほんの少しでいいから抱えられたらと思った。
「でもさ、大丈夫? 危ないんだよね?」
水希が絵里の顔を覗き込む。
絵里は首の痛みを思い出した。
「平気……って言ったら嘘になるかもしれないけど、それよりずっと、許せない気持ちの方が強いの。……相良くんすごく傷ついてた。何も悪くないのに、辛い思い出を増やしちゃった」
「ふうん。絵里って相良のこと好きなんだ」
「――は?」
「え、だってそうでしょ?」
海と同じ色の目をぱちぱちさせる水希に、絵里は耳まで赤くなった。――だってそう? 何がだってなんだ。
そりゃあ顔がタイプである事は間違いない。しかし、恋愛というのはそんな単純なものじゃないはずだ。もっとなんか、こう、なんだろう。
「だって私、相良くんと知り会ってまだ一週間経ってないよ?」
「私は化野さんに出会って五分で惚れたよ」
絶妙に参考にならない情報だ。
絵里は熱くなった頬を手で仰いだ。
「そもそも相良くんまだ高校生だし」
「つい数ヶ月前までは私達も高校生だったじゃん。私と化野さんの年の差に比べたら、三年なんて瞬きみたいなもんだよ」
「化野さんっていくつなのよ」
「……さあ?」
水希は首を捻った。もう何を言ってもわかって貰えないだろうと絵里は思った。
三年なんて瞬きみたいなもの。そうなのだろうか。もしそうなら、いいんだけど。
はっとして一ツ目を見る。この鬼は相良の友達なのだった。今の会話をばらされたらどうしよう。心配になった絵里だったが、一ツ目はぴくりとも動く様子が無い。杞憂だったようだ。
「それよりさ、昨日絵里に酷い事した奴、相良じゃなかったら誰なんだろうね」
あっさりと話題を変えて、水希はココアを飲んだ。よく甘いものを食べながら甘いものを飲めるものだ。
「それは本当に不思議なの。見た目はどうみても相良くんだった」
あれが何者なのか、化野はわかった様子だった。
ずっと絵里に付き纏っていた犯人なのだとしたら、相良の姿をしていたのは何故だろう。そしてもう一つ不可思議なのが、あの偽物の相良は絵里のベッドに侵入出来た事だった。妖怪は入れない結界。実際に、化野さえ拒まれていた。
妖怪で無いのなら、人間だという事になる。そうなると、これまでに考えてきた全ての憶測が狂ってしまう。
もう数時間で、全てがわかる。絵里はちょとだけ、怖いと思った。




