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60 鰻の滝登り

60話目です。今話への流れ。  


シリアス回を入れてみたくなる→この”対盗賊編”を思いつく→書く→ヒロイン視点での話を思いつく→書く→シリアスが退出した


待てシリアスどこへ行くっ!?

「ぐッ!?」


 胸部から剣が突き出ている。


油断しました。まさか、舞いこんできた綺麗な蝶にちょっと見とれていたら、刺されるなんて・・・


 いえ、本当にきれいな蝶だったんです。青の翅に洞穴の入り口から差し込んだ光が当たってそれはもう美しいものでした。うん、見とれていても仕方ないですね

 

 というか、なんでこの盗賊頭は動けるのでしょう。さっきマスターに蹴り飛ばされたところを見る限りでは、死ぬほどではないけれど骨の数本は追っていてもおかしくないくらいはずなんですが・・・?


 刺さっている剣のせいで激痛が走っているけれど、首を動かして後ろを確認してみます。この盗賊頭、なんだか少し様子がおかしい気がします。やたらと目が血走っていて目の焦点もぶれたりしているような・・・。呼吸もおかしいし、口の端から涎も垂れていきています。汚いですね。なんだろう、危ないドーピングでもやったかのような、そんな感じがします。マスターに蹴られて地面に顔面でもぶつけまくったのでしょうか?


「っ、てめぇっ!!!」


 マスターが盗賊頭を殴り飛ばす。かなり本気で殴ったみたいです。あの盗賊頭、顔歪んだんじゃないですか・・・?というか、剣が私に突き刺さったままなんですが・・・。傍から見たら"矢ガモ"みたいな状況になってませんかね、私。刺さっているのは矢じゃなくて剣ですが


「ミカヅキっ!おいしっかりしろ!大丈夫か!?」


「マスター、すみません、油断、しました」


 まさか盗賊頭が動けるとは・・・。もしかするとあの蝶から罠だったんですかね?さすがにそれは・・・ないですよね


「もういい、喋るな!傷が酷くなる!」


「心配、しないで、ください。こんなの、少し、休憩すれば、よく、なりますから」


 確かに私の胸部は剣が貫通している。痛みも走っているけれど、死ぬような怪我ではないです。盗賊頭が剣を突き刺すギリギリで反応ができたから、私の核となる魔石にダメージが入ることはありませんでした。でも、怪我はしている。胸部に剣が突き刺さるなんて普通に重傷レベルです。動くのも少しつらいので、【自己再生】で傷が治るまで少し休んでいよう


「ミカヅキ?おい、ミカヅキ!?」


 ちょっ、マスター、揺さぶらないでください!?刺さっている剣が揺れて傷をさらに押し広げているんですが!!痛い、胸が痛い!感情的ダメージじゃなくて、肉体的ダメージの方で!!あ、だめだ。この人パニック状態になって全然気づいていない


「お前か。お前かお前かお前かお前があああああああ!!!」


 叫び、盗賊頭へと駆けて行くマスター。あれ?私は放置ですか?せめてこの突き刺さっている剣を抜いて行ってからにしてもらえませんか?【自己再生】に邪魔なんですが・・・


 ・・・マスターは戻ってきてくれそうにない・・・。仕方がない、この剣は自分で抜くしかないようです。私は剣を抜こうと背中に手を回す。が、


「っつ!!」


 体を動かすから、剣の刃の分部が動いて身体をさらに傷つける。どうしましょうこれ、強烈な痛みに耐えてできるだけ早く剣を抜くか、マスターが戻ってこのままでこのままでいるか・・・


 2択に1択で倒れ伏しながら悩んでいる私の前に、マスターの影が伸び、私の目の前にカゲロウさんが出てきました


「ずいぶん大変そうだな、お嬢ちゃん」


「ええ、本当に。【自己再生】を使おうにも刺さっている剣が、ちょっと邪魔で・・・」


「なるほど。なら、その剣、ワタシが抜いてやろうか?」


「本当ですか。ありがとうございます」


 ここで3つ目の選択肢ができました。選択肢1・2よりも、こっちの方がいいでしょう


「ただし、お嬢ちゃんに少しお願いがある」


「お願い、ですか?」


「ああ。今からちょっとワタシと宿主で精神面についての話をする。だから、ワタシがオーケーのサインを出すまでは宿主には接触しないでくれ、といった感じの内容だ」


「・・・?わかりました」


 精神面についての話、というのは気になるけれど、今は早く剣を抜いてもらいたい


「それじゃあ、剣を抜くぞ」


 カゲロウさんが剣を引っ張り、私かに突き刺さっていた剣が抜けていく感覚が身体の内部にまで直接伝わる。もちろん痛み9.5割くらいで


「っっつぅ!!!もうちょっと、もうちょっと丁寧にお願いします!」


「注文の多い客だ」


 そんなことを言われても痛いものは痛いのだから仕方がないです。というか客じゃないです。カゲロウさんが剣を抜いていったそばから【自己再生】で傷をふさいでいく。とはいってもこれは剣を抜いた際に大量出血するのを防ぐのが目的なので、傷は完全には修復されていません


「よし、剣は抜いたぞ」


 私に突き刺さっていた剣は無事とれたみたいです。脱・矢ガモ!!さて、次は緊急処置で直していた部分を本格的に修復させていかないと


 ゆっくりしっかりと【自己再生】で胸部に開いてしまった風穴を塞いでいきます。体が痛むのでうつ伏せのままで。いえ、決して起き上がるのが面倒くさいとかそういうわけではありません。本当です


 そういえば、さっきカゲロウさんがマスターと”精神面についての話”をするといっていましたが、いったい何を話しているのでしょう・・・?少し盗み聞・・・聞き耳を立ててみますか。この距離なら盗み聞・・・聞き耳を立てれば聞こえそうですし




「お前の覚悟が足りなかったから、お前のせいで・・・・・、こんなことになったのだ」


「俺の・・・せいで。俺のせいでミカヅキが死んだ・・・?俺のせい、なのか。」



 なんでしょう、ものすごくシリアスな雰囲気になっているんですが・・・?カゲロウさんマスターのこと”宿主”じゃなくて”お前”なんて呼んでいますし。雰囲気づくりですかね?キャラ付けですかね?というかマスター、私死んでいませんよ?勝手に殺さないでくれませんか?


 マスターが頭を抱えて蹲りました。小声で何かを言っているようです。これ結構精神的に追い込まれていません?あれ?カゲロウさんはマスターとお話をしていたんじゃないんですか?O・HA・NA・SHIしていたんですか?



「俺のせいだ・・・・。ごめん、ミカヅキ・・・」


 蹲っていたマスターが空を見上げてそう呟きます。だから私死んでいないんですが。いい加減に気づいてくれませんかね?うーん、マスターの後方にいるから見えないんですかね?


 というより、こんなにマスターなんて見たことない。・・・あれ?もしかしてこれってチャンス?マスターが弱っているところに付け込ん・・・精神的に追い込まれているところに私が優しく接して包み込んであげれば、私への好感度もアップするのでは・・・?


 胸に開いた傷穴も粗方修復したので、動く分には全然問題もなし。・・・いける!!



「そんな風に謝らなくてもいいですよ、マスター」


 背後からマスターに近づき、声をかける


「ミカ、ヅキ?」


 私の声が聞こえ振り返ったマスターは信じられないものを見たように目を丸くしました


「ミカヅキ、お前、生きていたのか・・・?」


「はい、生きています。死んでなんかいませんよ」


 私が生きているということが分かったマスターは、涙を零しながら私を抱きしめました。え、ちょっと、いきなり抱きしめるとか、さすがに驚きますよ!?パニック寸前ですよ!?   


「よかった、生きでだ。よかっだっ。ごめん、俺のせいでっ、俺のせいでっ」


「大丈夫です。大丈夫です、私はここにいますから。安心してください」


 私にしがみつき、嗚咽の言葉を漏らすマスターの背中をさすり、頭を撫で優しく声をかける。もうこれきっと好感度も鰻上りじゃないですか?上りすぎてそろそろ鰻から竜になるんじゃないかと思います


「マスター、そんなに自分を責めないでください。マスターが一人で苦悩することはないんです」


 今そこで元の顔の影も形もわからないくらい殴られて、今度こそ死んだであろう盗賊頭。いくらマスターが殺さないようにと手加減を加えたといっても、殺さないくらいの力にしただけであって、すぐには立ち上がれないくらいのダメージは入れているはずです。ならやはり、ドーピングでもやったとしか思えません


 となればこれは私たちの予測が甘かったということ。盗賊が強化薬なんて持っていないだろうという油断をしたのが原因


「それに、マスターは人を殺すことができなくてもいいです。その分は私の仕事なんですから」


 そもそもの話、人造人間わたしという存在は、戦闘を行い、あるじを守るために作られたのもの。マスターが動かなくても私が全てやってのけるくらいにはできないとなのです


「いや、もう・・・大丈夫だ。覚悟を決めた。また、今回みたいにお前が傷つくことの無いように。失うようなことが無いように」


 涙を止め、私から離れてこちらを真剣な表情で見てくるマスター


「二度とミカヅキがこんな目に合わないように、俺がずっとお前のそばにいて守ってみせる」


 ・・・・・・・・。


 ———————ドスッ、ドスッ


 え、うわああああああ!?ええ!?うえ!?何!?


 な、なにをいきなり口走っているんでしょうかこのマスター!?というか驚いて焦ってマスターの鳩尾を殴って気絶させてしまったんですが!!しかも1回で気絶しなかったから冷静に2発目も入れてしまったんですが!?なんで殴ったんですか?わかりません!! 


「よかったではないかお嬢ちゃん。マスターからのプロポーズなんて」


 カゲロウさんがからかうような口調で言ってくる


「ちょっ、何を言っているんですか。プロポーズとかからかうの止めましょう?というか、カゲロウさんマスターに何を吹き込んでいたんですか?下手したらマスターの精神が壊れていたんじゃないですか?」


「お嬢ちゃん自分からはグイグイ言うくせに相手に言われるとシャイになるタイプおっとそう無表情で見なさんなって。ほら、さっきみたいに笑顔笑顔。まあ、宿主には少し甘いところがあったからな。そこを直そうと。今回はお嬢ちゃんも無事だったからいいものの、次もまた無事とは限らない。詰めが甘くて身内に死人が出るなんて最悪な話だし、ましてやそれで宿主が死んだら私まで消えてしまう」


あれ、今さらりとカゲロウさん私のことを身内発言しましたか?マスターといいカゲロウさんといいなんですかね?デレ期ですかね?


「精神が壊れることについては、まあお嬢ちゃんもいたから何とかなるだろうと」


「適当ですね・・・」


 失敗していたらどうなっていたことか・・・


「だが実際何とかなっただろう?それにこのことで宿主のお嬢ちゃんへの意識はかなり高まったはずだ。現に宿主は気絶した今もお嬢ちゃんの手を握っていることだし。それを解こうとしないあたりお嬢ちゃんも満更でもないと見え―――――」


「そろそろ女神様呼びますよ?」


「オーケー冗談はここまでにしよう。でもまあお嬢ちゃんもそんな風に言いつつ、手を握られてかなり嬉しいのだろう?」


「どうしてそう思うんです?」


カゲロウさんはからかい口調ではなく、穏やかに言った


「どうしてってそりゃあ、お嬢ちゃんが嬉しそうに笑っている・・・・から」



はい、というわけで鰻は竜になりました(なっていません)。もっと感動的な話を書いてみたかったんですけどね・・・。どうしてこうなった


次回、首都に出発

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