表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

恋に落ちる落ちる落ちる

一目惚れだった。超タイプ。

そりゃあもうズドンと腹の底に来る感じで、でも足元の地面はサッとなくなってしまったみたいで、つまりは急に宙に浮かされて、横殴りの何かに襲われた、そんな感覚だった。

持って行かれた。目を、心を、あと、ちょっとだけ、出ちゃった。何が出たかどうかじゃないけどナニは出そうだったけどそういうことじゃなくて、この僕が、恋に、落ちたんだ。そういうことが大事。そりゃもう、一大事だ。繰り返しても繰り返しても足りないくらいの事件だ。今後の人生の節目節目で振り返ってあの時の事を、なんて思い返してしまってもおかしくないような、そんな事態なんだ。だって、この僕が、だぜ、この僕が、恋に落ちたんだ、それも、一目惚れ。尋常じゃないよ。めったに無いんだ。今まで何度だって恋をするフリをして一人で腰を振ってきたけどさ、今の僕はそれどころじゃない。立ってるだけで起っちまって、起っちゃったからにはどくどくとじりじりと我慢してもしきれないものがでているわけでさ、大洪水なんだ、心も体も、主に下半身がね。

ひとしきり興奮しきって何とか落ち着きを取り戻してひそかに尾行を開始する僕はなんて本能に忠実なんだ畜生。今だってギンギンで油断するとガックガクで腰はステップを踏むじゅんびをしているんだ、ワンツーワンツーパンパンパン。


ひとしきり一人きり一人よがりに興奮した後、少しだけ湿り気をました下着に罪悪感、あー神様、ざー、まで思ったところでやめる。節度あるシモネタライフ。さて恋だやれ恋だどんとこいだ、僕が誰に惚れたのかを確かめなければこの体の火照り、一発出さなきゃおさまらねぇんだというマイサンの自己主張に目も鼻も口も脳みそも四肢もとにかく何もかもを委ねて完全な下半身の化身と化した、今の僕は竿と玉そのものだ。ぶらぶらでぶれぶれでおっ起っちまって先走ってんだ。


脳内はアドレナリンどころの話じゃないドラッグにどっぷり浸りきって溢れて濡れて仕方が無いのだけれど、現実の僕がしている事は隠密行動、ばれてはいけないから、ダダ漏れのそれをダダ漏れのままばれないように隠し隠れて電柱に抱きついて覗き見だ。完全に変態の擬態、完璧だ、これを見て通報しないやつはいないだろうってレベルで犯罪の一歩先へ突っ走ってる。誰も僕を見るな!でも僕はあの一目ぼれした相手を見る。凝視する。穴が開くほど見る。出来れば穴が見たいけれど、それより先に名前が知りたい。なんてったって名前が分からなきゃしごく時に、何をしごくかは内緒なんだけど、しごきながら名前を呼べないじゃないか!そんなんじゃ駄目なんだ!駄目なんだよ!僕が!興奮!しきれない!


通行人も誰も居ない僕とあの子だけの路地裏、という危険なシチュエーションなのだけれど、では隠れている方が不自然なのでは、なんてことに思い至りはするものの、ではこの興奮の証である三角に張ったジーンズをこれみよがしに歩くのかと言われれば、ちょっといいかもって思うけれど駄目なのだ。僕は変態で、いやおそらく紙一重でぎりぎり変態の枠に片足だけ踏み込んでしまっている不幸な男子高校生なのだけれど、できればこの先恋仲になりたいななんて思う相手に最初から元気な元気な僕自身を見せ付けるなんて性癖は、無くは無いけどそれをしないだけの自制心もどきはこびりついてて、だからだからだけどでも、いや駄目だよそんな、突っ走っちゃったら僕は初対面顔射野郎になっちゃう、なるよこれは。


でも僕は突っ走る我慢できなくて。でも僕は先走る我慢知るなんて出来なくて。しばしの間愛を確かめ合った愛し麗しの電柱とはおさらばして(涙無しでは語れない別れだ)きっちりかっちりしっかりずばしゃって感じで顔面にガンギめて見せるぜって意気込みで握りこんで我が身をしごきながら走ったさ奔ったよフルフルブルンブルンボロンって感じのスピードで。ハグなんて生ぬるいね。服を剥ぐ位がちょうどいいんだ、その赤くてフリフリでゴシックなロリータ(ロリータ!なんて響きだ畜生畜生畜生)ドレスはきっとそのためにあるんだそのための衣装なんだそのための意匠なんだ。フリルを剥いで剥いで剥いで、ボタンを削いで削いで削いで、布が布であり布でしかないってことを生まれたままの姿で(でも程よく育っていて欲しいな☆)知ることになる思い知ることになるんだ僕の想いも知ることになるんだ。


一人飛び出した。超ダイブ。

でもでもだって恋だもん。でもでもだって好意だもん。でもでもだって行為だもん。そりゃこんなにも大胆になるよね。仕方ない、仕方ないんだよぉマイサンがいきり起ってたってだってだって起っちゃうからそういうことなんだ!


ダイブ先にいたお人形みたいな真っ赤なフリフリゴテゴテロリータドレスに身を包んだ、金髪でしごくのに適していそうな綺麗なツインテール(二本あるから片方はしゃぶる)のお嬢さんは、とてもやさしく僕を迎えてくれた。ハイキックで。ハイヒールで。ピンヒールってやつかな。叩き落した後の虫へのとどめに似たありふれた無慈悲さで僕の小指は貫かれたね。コキャ。綺麗な音しただろ?これ、僕の指なんだぜうわぁぁなんで曲がっちゃいけないほうを向いてるんだよ僕の小指君!


涙が、溢れた。ついでに、垂れ流した、黄金色の、なにか。痛い。熱い。違う。僕の、こんなはずじゃないファーストインプレッションは、台無しな結果に終わった。痛みと諦めと若干の気持ちよさのせいで、僕の意識は落ちた落ちた落ちた。バツって感じに唐突に、罰って感じに順当に。眠れ眠れ眠れ僕。最後にちゃんと目に焼き付けなきゃ。フリフリの下にあったのはそれはそれは真っ赤で大胆でやっぱりフリルだらけの、綺麗な布だった。


「あら、ようやくお目覚め?」

這いつくばって眠りに落ちた僕を哀れみに満ちた目で見るあの子はしゃがんでいるから見えちゃってるフリフリで真っ赤で大胆なモダンガールだった。

僕が目覚める直前にそれを察してこんな声をかけてくれるんだぜこの子は女神かなんて罰当たりなことをしてしまったんだ僕は。でもね、女神だろうがなんだろうが、名前を知らなきゃ始まらないんだ!僕の、独り相撲がスタート出来ないんだ!

「へいへいへい、釣れないね釣られないよそんなんじゃ僕のこのリビドーは止まっちゃくれないんだ、なんてったって僕だって止め方わからないんだから。壊れた蛇口から流れ出てクるんだ自分で壊した気もするけれどどうしようもないんだ」

「そう、で、用件はなにかしら」

小首をかしげる様もソウキュートなんて思ってたら僕の傾げられた小指もかわいい悲鳴をあげてるじゃないの涙こぼれちゃう男の子だもん。

「そんな覚めた目をしてないで冷めた目を向けないでその色褪せない輝きの奥にあるものを僕に見せて欲しいんだ。どうしても必要だから僕のこの左手も口も息子だってそれが欲しくて泣いてるんだ。どうかどうかどうか頼むあなたの名前を教えてくれ。お願いだあなたの名前を僕にくれ。僕がその名で慰めるのを、どうかずっと見つめていて欲しい」

ああ愛の告白、ラブを注入ラブだけじゃない濁濁を注入してしまったぜ僕は熱い男だなぁ。這いつくばったままに、下着を貫かんばかりの視線で凝視しながら、プロポーズなんて、男だよ、僕!

「あらそんなことでいいの?そんなことのためにそんな姿にまで成り果てたの?」

「そんな姿とはご挨拶だな損な姿とは思っちゃ居ないさなんてったって見えてるからね見させてもらってるからねご馳走様だよ全くもって」

今すぐにでも地面を舐めて今の満足している意を伝えようとする僕はやっぱり真摯な対応で相手に応えようとする紳士の鑑だった。相手の目をしっかり見て逃がさないように捕食するように覗き込んだ先を汚しきるように。

ざりゅってな感じのあからさまに口に入れちゃいけない感触を期待していたのに、実際はなんにもなかった。舌が空振りした。

そこにあるはずの地面にも触れた痕跡はなく、何より困惑だけが脳を支配し始めていた。失速する、暴走が、熱が、逃げていく。脳の奥の奥の奥の、まだどうにか冷たいままでいた場所が、冷たいまま保持していた記憶のような何かを僕に投げつける。

僕は男。ノー。僕は濡れている。ノー。僕の小指はつぶれている。ノー。僕は電柱とランデブーした。ノー。僕はダイブした。ノー。僕は今地面に這いつくばっている。ノー。僕は恋に落ちた。ノー。僕は今誰かに覗き込まれている。イエス。


「どうした?名前、知りたいんじゃないのか」

もう彼女の名前なんてどうでもいいんだ。それよりも今は、僕は、僕の。

イエス?僕は今誰かに覗き込まれている?覗き込んだのは僕なのに?それより何より僕は男じゃなく僕は濡れていない僕の小指は健在で僕は這いつくばってなんかいないし何よりこの暴走の証明に必要不可欠な恋に落ちたって事実がノーなのか。確かにどくどくと濁濁として僕の体は脈動しどろどろだ。

「僕の名前は、本物川だよ。どう?しごくかい?」

ん?体が、どろどろ。僕の体は、どろどろ。濁濁。

恋に落ちたのは錯覚だった?故意に落とされたのは僕の方だった?

追いかけて追い詰めてその実僕が追い詰められてて、無根拠どころか実質虚無な自信に満ち満ちて身をゆだねてその勢いのまま振りかぶって空ぶった?

だが違うのだ。違うのだ。僕は私だった。それで僕は僕じゃないことを自覚した。

僕は私、じゃあ、誰だ?

「どうしたんだい本物川君、また壊して遊んでるのかい?」

「黙れ偽物川のサンプル。批評家は死ね」

横を、見る。今となっては僕が何を見ているのかどうやって見ているのかはたして見えているものがなんなのか、揺らぎに揺らいで顔が崩れて残った目玉らしき何かがその批評家とやらを捉える。

フラスコの中に、居る。フラスコの外に、居る。批評家は中、本物は、外。スケールの違いを知る。スケールとはなんだ、なんて言葉は浮かばない。フラスコの中に居る不定形、ゼリー状、多分、僕も、あれなんだ。でも、あれは、あれは、ひどく、醜くて、形を成せない、駄目なんだ、固くて、太くて、血走ってて。

「偽物川が悪趣味な事に本物の精液をぶっこんだんだよ。それも高校生のサンプルをだ。スライスした細胞片とスポーツドリンクで出来た批評家よ、どう思うよこれ。伝統的ホムンクルスは異種交配以外に使うなって言い出したのはあいつなんだぞ」

身をひねり、何か泡のようなものを吐き出す批評家。そうか僕もああやって、ああやって?しゃべっていた?人間のつもりで?

「そうやって逐一僕の出自に触れる悪趣味さは見逃すがね、どうもこうも無いだろう、ホムンクルスはホムンクルスさ、ここから出られやしないんだ」

出られない、出られない?どこから?

「おっと、時間だ。これを忘れると流石にこっちも言いたいこといえなくなるからな」

謎の液体をスポイトでニ、三滴。落とす。落ちる。どこへ落とした?

ああ、雨が降ってきた。

突然の雨、嫌にでかい雨粒に打たれて理解する。

僕が僕で僕としかいえないのは、何故なのか。

滴下された液体が僕にしみこんで、理解する。ホムンクルスだ。小瓶の中の小人、僕が電柱だと思っていたのは液体を滴下するためのガラス管、僕が自信だと思っていたのは温度のせいで固まった精液で、濁りの中にうごめく何がしかが僕のリビドーの正体。リビドーだってさ、笑っちゃうね。なんだよ。これ。なんなんだよこれ。

渾身の力を込めて、叩く。砕ける。飛び散る。戻る。叩く。

フラスコは強固で、僕を守ってくれる。だから僕は嫌になってフラスコを叩く。

人間の、夢を見せたのは、誰だ。

「ああ、それは本物川だよ。電気信号を送ってね。適当なモールスでもいいらしい。単純だね僕らは」

黙れお願い黙って、僕は、君を見たくない。君が君であるということは僕が僕であるということ。

「「じゃあもう手遅れだよ。もうすぐ仕舞われてしまうから」」

声が重なる。フラスコが、もう一つ。

「やあ批評家、元気かい?」

「やあ提督。まだ生きてたの?」

これを、生きているって、呼ぶな!!!

「今日からの彼は活きがいいね」

「そうだよなんてったって精液生まれさ」

「そりゃすごい、僕なんて化粧水だよ」

「「まったく、悪趣味だよなぁ」」

フラスコは、全てが、棚に運ばれた。僕は、暗がりを感じた。

やめろ嫌だ僕は僕でこれは何か悪い夢だ戻して戻してどうか戻して。

戻ったら僕は、僕は。

僕は恋に落ちる落ちる落ちる。

フラスコが一つ、手違いで、落ちて、割れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ