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選択の刻  作者: 璃斗
6/7

棄てられたモノ 前編

 



 ──冷たい雨の降る夜だった。




「うぐっ……」


「これで貴様はもう動けまい。華やかな経歴も、麗しい姫も……すべて私のモノだ」


「ふざっ、けるなっ……」


「ハハッ……その身体で何ができる? 剣も持てず、魔法も放てはしないだろう? なにせ……腕がないのだからな!」


「くっ……」


 雨の中で勝ち誇るように笑う男が、地面に這いつくばったままの男の首から首飾りを引きちぎった。

 土と血にまみれ、汚れたその首飾りを腰につけた小さな袋にしまい込んだ男はニンマリと嫌な笑みを浮かべる。


「我らの殿を守ってくれた其方は、健闘空しく魔族の手に落ちたのだ。最後の力を振り絞って託されたこの首飾りをもって、私は其方の奥方に事の顛末を語るとしよう……“私のことは忘れて幸せになってくれ”と言っていた、と」


「……っ……」


 殿を守り、魔族に片腕と片足をやられてしまったのは本当の事である。それでも何とか活路を見出だし、馬を使い潰して辿り着いた駐屯地で──彼は仲間であるはずの目の前の男に残っていた腕と、足を斬られたのだ。

 猿轡を噛まされ、駐屯地にいる他の者に気付かれないようにして運び出された先は、つい先程まで命をかけて進んでいた“魔の森”の入口である。




 国の近くにありながらその森に住まう魔族は他に類を見ない強さを持つ──その秘密を探るために精鋭である騎士団が派遣されたのだが、入口から少し進んだところで一角狼(ホーンウルフ)をリーダーとする群れに追われ、撤退せざるを得なかったのだ。

 その殿を、一番の手練れである男が担っていたのだが──(ウルフ)だけではなく、(キャット)やスライム、それに小型のリュウ種にまで襲われ何とか命を繋いで逃げ切るだけで精一杯であった。



 そんな森に、両手両足を失った状態で放り出されればどうなるかなど考えなくてもわかるだろう。

 馬を駆って走り去っていく男の後ろ姿を睨み付けながら冷たい雨に打たれていた男は、時間と共に血と生きるための気力が流れ出ていくのを感じていた。


「“マリア”……」


 王族という地位を捨てて、自分の元に嫁いでくれた美しい姫の姿を思い浮かべこれからの自分の末路を考えて──諦めるしかないのか、と一筋涙を流す。


『……ネェ、生キテル?』


「…………」


『死ンジャッタ?』


「……止めを、刺しに来たのか……?」


『ソンナコトシナイヨ? ダッテ、ココハジークノ森』


「ジーク……?」


『一度ダケ、チャンスヲモラエル。言葉ニハ気ヲツケテネ』


 片言の子どものような声が少しだけ遠く聞こえる。

 体力と気力の限界なのだろうか──遠のきかけた意識の片隅で、沢山の小さなモノたちに抱き上げられてふわりとしたモノの上に乗せられたのを感じる。


「…………暖かい」


『……死ぬでないぞ、我がここまで出向いた意味がなくなるからな』


「…………」


 冷たい雨が降っていたはずなのに、暖かい何かに連れられて男は森の奥へと姿を消した──。






「…………」


 けして寝心地がいいとは言えない場所でぼんやりと目を覚ました男は、見覚えのない天井を眺めて軽く首を傾げた。


「ここ、は……?」


『ようやっと目覚めたか……ジークの奴め、“汚れたままで家に入るな”などと言いおってからに』


「…………」


 どことなく不機嫌な言葉が聞こえ、何とか辺りを見回した男は自分を暖めるようにして置かれている毛皮自体がイキモノであることに気が付いた。


「…………」


『血と意識を失っておるお主を洗って死なせかけてのぅ。すまぬことをしたな』


 丁度腹の部分を枕にして眠っていたらしい自分を覗きこむようにしてこちらに顔を向けてきたのは、鼻面に立派な角を“二本”もつ狼であった。

 成人している自分をまるで子どものように暖めているというだけでこの狼がどれだけ大きいかということは伝わるだろう。敵意がないため、なんと答えていいものかわからず黙っていたが、そもそもどうしてこんなところにいるのかを考えて──四肢と、これまでの人生を失ったことを思い出した。


「なぜ……」


『ん?』


「なぜ、あの場で殺さなかった……」


『……ふむ。なぜ、と問われれば殺す理由が我らにはなかったからだな』


 さらっと──何の気負いもなく当たり前の事を述べるように告げられる言葉に、思わず乾いた笑いが漏れた。


「だったら……最初に足を踏み入れた時も同じじゃないか」


『む? それは違うぞ。一度めはそちらから攻撃をしてきたではないか、だから我らも応戦したのだ』


「…………あぁ、そうだった」


 何が起きるのか未知数だからどんなイキモノであったとしても手を出すな、と指示していたにも関わらず物音に驚いた比較的若い騎士が飛び出してきた狼を反射的に斬ったのだ。


「……別にこの森は立ち入りを禁じているわけではないからな」


「誰だ?」


「……ジークハルト。この森では、ジークと呼ばれているモノだ」


「お前が……?」


「…………」


 寝ている男の視界に入るように髪の長い、白い青年がいた。光を反射して煌めく銀髪に、色素の薄い碧眼をもった青年は男に対して全くと言っていいほどに興味を示していない視線を向ける。


「チビどもに頼まれなきゃお前なんぞ拾っていない」


「チビども?」


『お主が倒れていたところにいたであろう? 水妖精(ウンディーネ)の子らが』


「水妖精……」


「雨だったからな。あいつらも森の中を自由に飛び回っていたんだろう」


 『そしてお前を見つけた』とジークハルトは面倒臭そうにここに至るまでの話をしてくれた。




 ──冷たい雨の中、はしゃぎ回っていた水妖精が二人のヒトを見つけた。一人は高らかに笑い、もう一人は地べたに這いつくばるようにして話をしていた。こっそりと近づいて、森にいるヒトたちとは違う外部のヒトを覗き見ていたら笑っていたほうが馬に乗って走っていってしまった。もう一人のヒトは動かない───というより、動けない状態なのだと気が付いた水妖精の一人が慌ててジークハルトの元まで飛び、渋る双角狼(ダブルホーンウルフ)のフォルテを引きずり出して回収してもらったとのこと。

 拾って帰ってきたものの、血と泥にまみれた男を家にそのまま入れることを嫌がったジークハルトは水妖精たちに命じて男を容赦なく洗った。その結果、少し戻ってきていた体温を奪われた男は瀕死の状態に陥り、ジークハルトは水妖精たちにかなりの剣幕で批難されたらしい。


「本来なら死んでいたはずのお前は、水妖精たちのおかげで命を繋いだ」


「…………」


「それに感謝できないのならば、そのままの状態で狼たちの狩り場に放り込んでやる」


「……生きていたって、動けもしない。家に帰って、愛しい者を抱き締めてやることも……真実を伝えることも出来ないじゃないか」


「動きたいのか?」


「当たり前だ。こんな状態で生きていて何になる? 何も出来ずにただ生き長らえるなど……望んでいない」


『ならば望みを言え』


「……っ……」


 自分よりも若く見えるジークハルトの“声”にゾクリと背筋が震えた。


『お前の“言葉の通りに”望みを叶えてやる』


「…………」


 雨の中で、幼い声に言われた言葉がよみがえる。




『言葉ニハ気ヲツケテネ』




 ごくり、と唾を飲み込み──男は自分の望みを一つ一つしっかりと考える。


 生きてこの森を出ること。

 四肢を取り戻すこと。

 そして──元気な“自分の”家族の元へ帰ること。


「お、れは…………」


『…………』


「健康な四肢を取り戻し、生きてこの森から出る。そして……元気な俺の家族の元へと帰りたい!」


『いいだろう、その願い……』


「僕が引き受けてあげるよ」


「……アルタートさん」


 ジークハルトの背後から人の良さそうな笑みを浮かべた男が姿を現した。

 黒い髪に黒い瞳──魔人に近い色彩として忌避される色をもったその男は笑みを浮かべたまま、フォルテの腹によりかかったままの男に視線を合わせるようにしゃがんだ。


「君、騎士団のヒトだろう? 元気になった暁にはちょっとだけ協力してもらいたいことがあってね」


「何を……」


「大丈夫。君はただ、僕を連れて騎士団の練習場に行ってくれればいいから」


「……わかった。そのくらいなら」


「ありがとう。じゃあ、早速始めるとしようか。健康な、ということだから一年くらいはかかるよ?」


「……構わない。だが、その間家族は……」


「それはあれだよ。ね、ジーク」


「……丸投げですか? まぁいいですけど。久しぶりに街に行ってきますよ、三人で」


「あれ? ノワールさんは連れていかないのかい?」


「ノワールさんはヒトの世界が嫌いですから。お土産だけ買ってきます」


 ごそごそと動き始めたジークハルトと、その他に二人──赤い髪の緩そうな青年と、紺色の髪の真面目そうな青年──が簡単に荷物を用意して出掛けていく。

 ジークハルトの後を飛んでついていく白竜(ホワイトドラゴン)に、紺色の青年の隣には二本足で歩く猫が付き従い、赤い髪の青年は、コロコロと足元のおぼつかない火狼(ファイアウルフ)の仔であろう毛玉を連れていた。


『ニャニャ? カイン、どうして子ども連れなのニャ?』


「“お母さん”に頼まれたんだよ。ここ以外の場所も教えてやってほしいって」


「頼まれた、という体裁の命令だったんだろう?」


「うっせぇ。俺がお母さんに叶うわけねぇだろうが」


『ヘタレだニャ』


 何とも気の抜ける会話をしながら去っていった三人を見送ったあと、アルタートと呼ばれた男は動けない男の胸元を掴んで持ち上げる。


「うわっ!?」


「四肢欠損に効く薬どこだっけ?」


『そこの棚の上から三番目だ』


「さすが主夫のフォルテだね、ありがとう」


『誰が主夫だ、誰が』


「子どもたちの世話をして、面倒くさがりのジークを森に引っ張り出して日光浴させてるんだから立派な主夫じゃないか」


 男が移動したことで立ち上がれるようになったフォルテが『よっこいしょ』と言いながら起き上がる。

 その間も、男を片手で持ち上げたまま棚の引き出しを漁っていたアルタートは目的のモノを見つけたらしく、薬包を掴んで外へと向かう。


「家の中でやったらジークに殺されかねないからね」


「…………」


 森の近くまで歩いていき、ポイッと男を地面に放り出したアルタートは、あまりに粗雑に扱われて目を白黒させている男を仰向けにすると薬包の中身を口の中に放り込んでくる。


「うぐぅっ……」


「吐き出しちゃダメだよ」


「んむぅっ!?」


 粉の薬を口に入れられたにも関わらず、水も何も与えられずに口を押さえられた男が苦しげにもがく。

 口の中の水分が奪われ、ひどい苦味と臭いが口の中と鼻を刺激した。


『……説明くらいすべきだと思うぞ?』


「うん? 大丈夫だよ、騎士団で鍛えられてるんだから」


 吐き出したい気分になるほどひどい味と臭いの薬を滲んできた唾液と共に少しずつ飲み込んでいけば、今度は焼けつくような熱さと痛みが四肢に走った。


「んんんっ!?」


「なくなったものを生やすからね、痛いと思うけど我慢しなよ」


『だから先に言ってやれ、というに……』


 手足を噛み千切られたときよりも、斬られたときよりもひどい痛みが四肢を中心として全身を襲う。

 口を押さえられて、全身でもって地面に押し付けられていなければ無様にも泣き叫んでのたうち回っていたことだろう。あまりの苦痛に意識が遠ざかるのを感じた男は、その誘惑に抗うことなく意識を飛ばした──。






「…………」


『…………』


「……水狼(ウォーターウルフ)呼んでもらっていいかな?」


『先に呼んでおくべきだと思わんか?』


「明日はそうするよ」


 アルタートとフォルテの目の前には、少しだけ再生した四肢からおびただしい量の血を流す意識を失った男の姿。傷口を毎回塞がなければならないことを忘れていたアルタートは苦笑しながら、癒しを使える水狼を呼んでもらったのであった。




「……ん……?」


「あ、起きたかい? 食事は一応口の中に流し込んでおいたから大丈夫だと思うけど、投薬の二日めだよ」


 逃げる間もなく、口を開けさせられ男の感覚ではつい先程行われた苦行の二回目である。

 口も身体も押さえつけられて、再び痛みに意識を飛ばした男は毎日のように続く投薬にぐったりと疲れはてていった──。






 比較的損傷の少なかった斬り傷が治ってからの投薬は少し楽になった。

 ズタズタに噛み千切られた腕と足の治療に専念する頃には、どうやら半年以上が経過しているらしかった。

 意識を失っては、起きるまで放置され──起きたら起きたで薬を口に放り込まれ、起きていられる時間が短かったこともあってそれほどの時間が経っているとは思っていなかったが、確かに季節が移り変わっている証拠として木々が綺麗に色付いていた。


「はい、増血剤」


「……この味、どうにかならないか?」


「血なんだから仕方ないよ。カインとレオがいない今、味を改良してくれるっていうか出来るヒトがいないんだから」


「…………」


「…………美味しくない」


「……ノワールさんも文句言わないでください。何か食べたいっていうから作ったんですよ」


「…………」


 不自由な身体で用意してもらった食事を摂っているわけなのだが、家のテーブルにはもう一人見覚えのない男が座っていた。

 初めて遭遇したときには、黒髪に赤い瞳、さらには褐色の肌までもったこの男に思わず『魔人!?』と叫んで斬りかかってしまったわけなのだが、片手で剣を払われて泥まみれになったのは記憶に新しい。

 『……僕たちの中で一番強靭なヒトに何してるの?』とはアルタートの言葉である。のほほんとしているが、よくよく見れば隙がなく──自分の動転っぷりが本当に情けなくなってくる。

 その魔人、ノワールはアルタートの作った食事をつつきながらしきりに『美味しくない』を繰り返していた。


「ジークは?」


「カインとレオ、それにハクを連れて街に行ってますってさっき言ったばかりじゃないですか」


「いつ帰ってくるんだ?」


「このヒトの手足が生えて家に帰ったら、です」


「……早く生やせ」


「無茶言わないでください。これ以上早めたら発狂します」


 何だか恐ろしい会話が隣で交わされているのを聞きながら男は濃い血の味のする増血剤を飲み干していく。

 毎日少しずつ綺麗になっていく傷口と比例して、毎回失血死するんじゃないかというほどの流血があるのだ。新たな傷口が毎日出来ているようなものだから仕方がないが、とりあえずこの薬の味をどうにかしてほしかった。


「……いっそのこと噛み千切られたところ、斬ってみる?」


「……止めてくれ」


「傷口が綺麗なほうが治りやすいよ?」


「誰か斬るんだ、誰が」


「僕でも、ノワールさんでも多分君の同僚よりは上手いと思うけど……」


「…………斬ったら、早く帰れるか?」


「そりゃあね、ぼこぼこの傷口治すよりは時間かからないだろうからね」


「…………」


 獣型の魔獣に噛み千切られた腕と足は、斬られたモノに比べてかなり治りが悪い。

 ぐぬぬ、と悩みに悩んで男が出した結論は“傷口を綺麗にしてもらうこと”であった。

 癒し要員の水狼と、やる気のない表情で剣を片手に構えるノワール。アルタートが斬る場所を細かく説明している中、家の周りには見物客がそこかしこから現れていた。


「……何でこんなに魔獣が?」


『斬られた肉を獲るためだろうて』


「肉……?」


『其方の腕と足だな』


「…………」


 『わかった』と頷いたノワールによって準備が完了したらしいことを悟り、男は用意されている布をきつく噛んだ。

グッと力を入れ、剣を振り上げたノワールの動きを追っていると、不意にその剣先がぶれ『え?』と思ったときには腕と足から軽く煙が上がっていた。


「……器用ですね、本当に」


「ふん」


「え? え?」


 斬り飛ばされたズタズタの腕と足は、見事なジャンプキャッチを見せた風狼(ウィンドウルフ)の群れに回収され、喧嘩になることもなく見物客は森へと帰っていった。

 あまりの速さに痛みすら感じなかった男は、自分の腕の切り口を見て納得する。火傷のような状態になっているが、止血された状態となっており、あまりにも綺麗に斬られているため痛みとして認識されなかったようだ。


「これで明日からは治りが早くなるね」


「はぁ……」


 ──早くなるとは言っても、少しずつしか生えないのは変わらない。ただそれが均等に回復し始めたおかげで目に見える形となったのである。

 ぐったりとする日々を繰り返しながら耐え抜いた男は、約束通り一年の月日を費やして健康であった時代の四肢を取り戻したのであった。











 ────森を出て、街へと向かったジークハルトたちは、何の問題もなく検問をくぐり抜け久しぶりの街を堪能していた。


『ウフフ、ジークとのお出かけ久しぶり』


「ジークが一番出歩かないからな」


『ボクらはそうでもないけどニャ。やっぱり街はいいものニャ』


「あ、こら」


『おっちゃん! 魚の串焼き一つニャ』


「はいよ! って、えぇ?」


「こらっ、一人で買い物するなって言ってるだろう」


『自分のお金で買うのニャから問題ないニャ。おっちゃん、早く頼むニャ』


「へ、へい……」


 どうみても猫にしか見えない相手におっかなびっくり串焼きを渡し、代わりの代金をその手から受けとれば猫は『ありがとニャ』と言いながら保護者のような紺色の髪の青年に手を引かれて去っていく。『すみません』と言わんばかりの青年に気にすんな、と思わず心の中で声をかけた串焼き屋のおっちゃんはそのあと立て続けに訪れた白竜と、火狼の仔にも串焼きを売って呆然とすることとなった。


「何だアリャ」


 目立つ三人連れは、その後もちょいちょいと買い食いをして回り目的の場所にたどり着く頃には腹が膨れてお休みタイムの仔を抱っこすることとなっていた。

 目的の場所、すなわち男の家族が住んでいる家にたどり着いたわけであるがそこにはなにやら取り込み中の男女がいた。


「お気持ちはありがたいですが、わたくしはまだあの方が亡くなったとは信じられないのです」


「あれだけの魔族に捕らわれて生きているはずがございません、姫」


「……わたくしのことを姫と呼ぶのは止めてくださいませ」


 会話だけで目的の奥方であることがわかる。

 なおもいい募ろうとする騎士らしき男を首を振ることで退けた女性は、ふと顔をあげてジークハルトたち三人が自分たちの方を見ていることに気が付いた。


「……何か、御用かしら?」


「“マリア”とはお前か?」


「……えぇ、わたくしの名はマリアですが……どうしてご存じなのかしら?」


「森で死にかけていた男に頼まれて一年ほどお前を守ることになった」


「森、で……? あの方はっ、あの方は生きてらっしゃるの?」


「毎日死にかけることになるだろうが生きてはいる。そいつの望みが“元気な俺の家族の元へと帰る”だからな……お前には元気で待っていてもらわなくてはならない」


「……っ……もちろんですっ!」


「そういうことだ。貴様はお呼びでない……とっととどこかへ行け」


 喜びの涙を浮かべるマリアとは対照的に、信じられないと言わんばかりの男にジークハルトは高圧的に言い放つ。

 自分よりも若い青年に偉そうに言われて『はい、そうですか』と引くような男であれば、森での暴挙に至るはずがない。


「姫、この者の言うことはまやかしです! 団長が生き延びる可能性など万に一つもっ……」


『ねぇ、煩いんだけど』


「なっ……!?」


『ジークが邪魔だって言ってるんだからさっさとどっか行ってくんない? ジークの手を煩わせないでよね』


「白竜、だと……?」


 感情を宿さない冷たい視線が男を射抜く。


『ねぇ? …………ハヤク』


「「っ!?」」


 ジークハルトの背から姿を現したハクが、イラついたようにため息を吐いた。その際に吐き出された炎が地面を黒く染める。

 プスプスと煙をあげ、焦げ付いた地面にどれだけの熱が込められているのかを悟った騎士の男は『ここは危険です』とマリアの腕を引いて走り出そうとする。


『……動くな』


「「なっ……」」


「……俺は、ハクほど短気ではないがあまり手を煩わされるのは好きではないんだ」


 ザワリ、と空気が揺らぐ。

 風も吹いていないのにジークハルトの髪が揺れる。スッと上げられた手に膨大な量の魔力が込められるのを感じて、マリアの腕を掴んで動けなくなっている男が顔色を変える。


「こ~ら!」


「……何だ?」


「ジークならあのおっさんだけ撃ち抜けるかもしんないけど、撃ち抜いたあとの魔力が他のもぶち抜くだろ? 街中で放つ力じゃねぇぞ、ソレ」


「……鬱陶しいじゃないか、あの男」


「それは思うけど、多分あのおっさんが高笑いしてたヤツなんだろうからお前が手を下すのは止めとけって」


 赤い髪の男、カインに集めていた魔力を相殺されブスくれたジークハルトが動けなくなっている二人から視線を外すと、何かの呪縛から放たれたように身体の自由が二人に戻る。


「……今のは……?」


「……貴様に話す義理はない。さっさと消えろ、そして二度と来るな」


「……っ……」


 男は悔しげに唇を噛み、マリアの腕を離すと何度も振り返りながら立ち去っていった。


「……ありがとうございました」


 男に掴まれていた箇所を擦りながらマリアは頭を下げた。

 男が去ったことで苛立ちの治まったらしいハクは、ジークハルトにあまり体重をかけないように気を付けながらその背に張り付いてマリアから見えないよう隠れた。


「…………」


「コイツはヒト嫌いなんだ。挨拶も不要だからいないと思っていてくれて構わない……というより、不用意に近づかないでくれ」


「わかりました」


「基本的にはカインかレオのどちらかが目の届く範囲にいる。出掛けるときには、この猫が付き合うから声をかけてくれ」


『よろしくニャ』


「…………この仔は?」


「レオの使い魔だが、力が強くて契約主であるレオが近くにいなくても動き回れる。絶対に一人で出歩くな」


「はい、わかりました」


 カインと呼ばれた赤い髪の青年が『よろしく』と手を振るのに対して、レオと呼ばれた紺色の髪の青年は静かに頭を下げるだけである。

 何とも対照的な二人だと思いながら、マリアはふと気になったことを口にした。


「……貴方たちは、どこで寝るのかしら?」


 話を繋ぎ会わせると近くにはいるが、家に入るという意味ではないように感じた。


「……俺たちに睡眠というものは必要ない。そもそもヒトではないからな」


「え……?」


『ジークたちは森に住む魔人ニャ。ヒトとは違う理で生きてるのニャ』


「……え?」


 ジークハルトは銀髪碧眼、カインは赤髪黄眼、レオは紺色の髪に同色の眼をもった一般的な青年のような見かけをしている。それが魔人であると言われて、『はい、そうですか』とはにわかに信じがたい話である。その感情が表に出てしまったのであろう──『信じらんない?』とカインが苦笑した。


「……私が一番目立たないだろうからな、魔人である証を見せよう」


 そう言ったのは髪を長く伸ばしているレオである。クスリと笑い、軽く上から下に向かって手を振ると黒髪に赤眼、褐色の肌をもった姿に変化した。


「…………どうして、街に入れたの……?」


「通行証を持っているからに決まっている。それにこの格好で街を訪れるわけがないだろう?」


 そう言ったレオがもう一度手を振ると先程と同じヒトの姿へと戻る。


「…………」


「見た目しか見てないってことだよね~。まぁ俺たちは別に暴れたりしないけど……あ、一人暴れちゃうヒトいるか」


「アルタートさんは暴れても捕まえられないから関係ないだろ」


「……暴れることを問題視しようぜ~」


 話が大分脱線していったが、不意にマリアの方を向いたジークハルトが小さな吐息を漏らした。


「とりあえずお前は、普段通りに生活していればいい。何か問題が起きたときは猫に言え……まぁ、こいつに対応できないような事案が起こるとも思えないがな」


「……はい」


 その言葉を最後に猫を残して他のモノの姿が消える。ヒトの目では追えない速さで移動したのであろうことは、猫が『またニャー』と手を振っていたので理解できた。




 ──それからの日々は、心穏やかに過ごすことができた。何度か、ジークハルトたちが近くにいないと思って騎士の男が訪ねてきたがマリアに触れる前に猫の爪と蹴りによって撃退され、近付くことすらできず負け犬のような有り様で帰っていった。


『海の魚ニャ!!』


「珍しいわね……買って帰って焼きましょうか?」


『ニャニャ!? いいのかニャ?』


「えぇ」


 猫らしく、魚に眼を輝かせる用心棒がいるおかげで一人きりの生活も寂しくはなかった。

 ジークハルトたち三人が何をしているのかは知らないが、時折庭でころころと可愛らしい仔犬が遊んでいるので近くにはいるのだろう。

 そんなのんびりとした生活が一年続いた頃、ジークハルトを筆頭とした三人が一年ぶりに姿を現した。


「約束の期限だ。一両日中に、森からお前の旦那が帰ってくる」


「本当、なのですね……」


「交わされた約束は果たす。それが俺の誓約だからな」


「……あぁ」


 考えないようにしていた愛しさが溢れ、マリアの頬を涙が伝う。一年という期間を待ったのだから、一両日なんて問題にもならないと三人も晩餐に誘い、これまでの労をねぎらう。


 そして──待ちに待ったその時。

 『アーティーの匂いがする』というハクの言葉に、首をかしげた後、それが旦那である男の世話をしてくれた男性の愛称だと聞いて居ても立ってもいられずマリアは家の外へと駆け出した。


「マリアッ!!」


「……っ……!!」


 黒い髪の青年に連れられて路地の向こうから歩いてくる姿にマリアは声にならない声をあげて駆け寄っていく。

 騎士らしく鍛えられた腕の中に飛び込めば、一年ぶりの抱擁に涙が溢れた。


「良かっ……良かった……貴方が無事で、本当に……」


「……マリア」


 そんな二人の感動的な再会を、『良かったな』と眺めるのはカインとレオの二人で、特に興味もなさげなのがジークハルトとアルタートの二人である。

 そして、その再会を憎々しげに睨み付けるのが一人──。


「……なぜ、あの森に置いてきたはずのアイツがっ」


「残念ながら、あの森はジークの領域なんだ。死んでほしかったのなら、首を落としてから捨てるべきだったね」


「っ!? 誰だ、貴様っ」


「フフッ……手間が省けたよ。僕は君に会いたかったんだ」

 


なんだか長くなってしまったのでここで切ります。

アルタートさんは、五人の中では危険人物です。


危険度

アルタート>>ジークハルト>>>レオ>カイン>ノワール


使い魔

ハク≧フリード>>火妖精>>>>フォルテたち狼=猫(笑)


まぁ、それぞれに譲れないモノがあるのですよ。

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