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選択の刻  作者: 璃斗
3/7

高貴なるモノ

 

 ──彼は恵まれた少年だった。


『素晴らしい! これだけの魔力量は歴代の王にも負けますまい』


『殿下は聡明でいらっしゃいますね。私、教師として教えることがなくなりそうです』


『まさに文武両道を体現したような方だ、これならばきっとそこらの魔族に遅れをとるようなことはないでしょう』


 賞賛以外の言葉など向けられたこともなかった。

 だが、その栄光は使い魔召喚の儀のときから少し変わった。彼が喚び出したのは光狼(ライトウルフ)──白い毛皮とヒトには扱えない光属性が扱えるということで一般的には上位の使い魔として認識されているが、学年トップの成績を誇る者が喚び出すには少々インパクトに欠けていた。しかも、彼一人が喚び出しているのならば賞賛で終わっただろうがもう何人か、同じように光狼を喚び出している学生がいたため周りからは『光狼か……』というような声が聞こえた。

 特に、彼に対して好意的ではない者たちからはわかりやすく嘲笑が向けられる。


『あんだけ偉そうにしておきながら、王子様は(ウルフ)だってよ! お似合いだぜ、本当に!』


 その言葉は、彼の琴線に触れ──気がつけば光狼はどこか寂しそうにしながら強制送還されるところだった。

 どうやら彼は、意識せずに契約を破棄したらしかった。




『……お前には、彼の森に行ってもらう』


 王族でありながら使い魔がいないなど考えられず、王直々に命を下され彼は命の危険すらあるこの森に足を踏み入れることとなったのである。






「ん? どうした?」


 家から足を踏み出してすぐに振り返り、カインをまっすぐに見れば緊張感の全く感じられない返答があった。


「エナたちの主人(マスター)は貴方だと聞いた」


「……そうだけど?」


 妙な間を開けて、視線を泳がせながらカインがそう応える。


「私は、エナを使い魔にしたい」


「…………」


「契約を解除してもらおう」


「…………馬鹿か」


「何だと?」


 自分の意見を述べれば、何故かカインではなくジークハルトから貶す言葉が飛び出してきた。

 色が白いが別に外に出るのが嫌いなわけではないようで、ポリポリと頬を掻いて困ったように笑うカインの後ろでエナたちを撫でながら感情の籠らない視線をこちらに向けている。


「馬鹿だと言ったんだ。お前が契約したいのは別にエナじゃないだろう?」


「……どういう意味だ」


 欲しい、と思ったのはエナである。

 一角狼(ホーンウルフ)で、話すこともできる高度な思考をもった魔獣──それを求めることの何が馬鹿だと言うのか。


「話すことができる一角狼なら結構いるぜ? エナたちよりももうちょっと達者に話せるヤツがな」


「本当か?」


「いるいる。別に火に拘らないんならいろんな属性のやつもいるしな」


 『案内しようか?』というカインの言葉に頷き、南に向かって足を進める。

 さほど歩くこともなく、森の中へと辿り着けばあちらこちらからガサガサと音がし──草むらの影やら木の上から覗いてくる獣型の魔獣に加えて、立派な枝を振りながら歩いている木人(ウォーキングツリー)までもが寄ってくる。


「…………」


「こら、頭に乗るな、頭に」


『ジーク、珍シイネ、森ニ来ルナンテ』


『ジーク、ヒキコモリ』


「おいこら、誰だ。引きこもりとか言ったやつは」


『……ニャハ』


 リス型の魔獣がジークハルトの頭の上に乗り、猫型の魔獣が『ニャハハ』と笑いながら逃げる。木人の身体によじ登ってその猫を追いかけるジークハルトに先程までの冷たさはなかった。


「……ホント、野生児だよなアイツ」


「…………」


 ジークハルトが猫との追いかけっこに奔走しながら指笛を鳴らせば、どこからともなく狼たちが現れては騎獣代わりにジークハルトを乗せて駆け抜けていく。


「「…………」」


 二人の目の前からあっという間にジークハルトの姿が消えた。


「……アイツ、俺より狼に慣れてるからさ」


 ポン、と肩を叩かれ青年は静かになった森の中をカインと連れだって歩く。




『一人、脱落シター!』


「っ!?」


 静かな森に突如として鳥の声が響く。

 ビクッと肩を揺らす青年と違ってカインは『あちゃ~』と言いながら頭を掻いた。


「脱、落?」


「ん? あぁ……お前と一緒に来たヤツのどっちかが死んだってこと、どっちかはわかんないけどな」


「死んだ……?」


「そ、ここに来るヤツの大半は死ぬし、別に珍しいことでもなんでもないけどな」


「…………」


 のそのそ歩く木人も何故か一緒についてくる中、深くなる森を進んでいけばしばらく進んだところでまた開けた場所にたどり着いた。

 大きく開いているわけではないが、ほどよく日が差し込み爽やかな風が吹き抜けていくような場所である。


「…………」


 ──その一画に、見事なまでの獣の山が出来上がっていた。

 『キャーッ』と歓声を上げながらエナたち三匹がその山に突っ込めば、『ぐぇっ』という蛙を握りつぶしたような声が山の中心から上がる。


『お、お前らはいい加減……自分たちの体格を考えんか!』


 フシューッと火を吹きながら山の中から立ち上がったのは、エナたちよりも一回り以上大きな狼──だと思われる魔獣であった。

 青年が現状についていけずに固まっていれば、獣の山が崩れわらわらと狼たちが歩み出てくる。火角狼(ファイアホーンウルフ)を筆頭に、本当に様々な一角狼(ホーンウルフ)がいる。勿論、ただの(ウルフ)もいれば希少だと言われる光狼(ライトウルフ)も、闇狼(ダークウルフ)も少なからず混ざっている。こうやって見てみると、エナたちは確かに小さく──周りの狼たちに世話をやかれているような印象を受けた。


「な、お子ちゃまだろ?」


「…………あれは?」


「ジークハルトの契約使い魔、フォルテです。俺らの家の近くか、ここら辺かのどっちかにいる火の双角狼(ダブルホーンウルフ)な」


「双角なんて、いるのか……?」


「この森にいるのは今のところフォルテだけだな。世界中探せばまぁ……何匹かはいると思うぜ? 特に光と闇」


「…………」


『おぉっ、其奴が今回の来訪者か?』


「そうそう、来訪者のうちの一人なー。一角狼目当てらしいから連れてきた」


『ほぅ……』


 フンフン、顔を近づけられ思いっきり匂いをかがれる。

 自分の頭など一口で噛み砕いてしまいそうなサイズの狼を刺激しないように身を固くしていれば、散々嗅いで満足したらしいフォルテが何か違和感を感じたのか器用に首を傾げる。


『ジークに似ておるな、匂いが』


「そりゃそうでしょ。直系ではないけど子孫だろうからね」


「何?」


「アンタ、王族でしょ? そこの国の。ていうか、ナターシャ嬢の直系じゃね?」


「……確かに、ナターシャという名前をもつ祖先はいるが私とあの愚王を一緒にしないでくれ」


「いやぁ~……」


「お前はナターシャにそっくりだ、見た目も何もかもな」


 どこをどう回ってきたのか分からないが、その手に猫の魔獣を抱き、見事な光角狼(ライトホーンウルフ)にまたがって現れたジークハルトがそう言った。


「あのようなっ、魔力しか取り柄のない愚王と私が似ているだと!? ふざけるなっ」


 歴代の王の中で、暗黒時代を築いたとまでいわしめた王・ナターシャ。

 自分の思い通りにならないことを嫌い、目についた者は問答無用で命を奪うような自分勝手な女王──諌めるものもおらず、好き放題して国庫を破綻の危機にまで陥れた王である。

 そのような王と自分が似ているなどと──と憤慨している青年を鼻で笑ったジークハルトは、光角狼の背から降りてカインたちのいるところへ歩いてくる。


「俺の名はジークハルト。稀代の愚王と名高いナターシャ王の実の兄だった者だ」


「……王族?」


「まぁ、ナターシャに王位を奪われ廃嫡されたがな」


「ふん、その程度の実力だったということだろう? ナターシャ王に劣るのであれば私にも劣るということだ」


「うわ~、マジでそっくりだな……あの生意気なお嬢ちゃんと」


『魔人となったジークに向かってよく“劣っている”などと言えるものだ』


『確カニ』


 クスクスと周りで小さな笑い声が聞こえ、青年は笑っている狼たちをキッと睨む。


「何故笑う」


『ダッテ、魔人ッテ魔力ニ飲ミ込マレタヒトガナルノヨ? 貴方ハ魔力ニ飲マレルホドノ力ヲ持ッテイルノ?』


「ふん、そんなものに堕ちるほど私は弱くないからな」


「堕ちる、ね……またそれか。どれだけヒト至上主義なんだお前は」


「魔族を従えるのだからな。我々ヒトが何よりも上だということではないか」


「…………」


 青年の言葉にジークハルトは応えなかった。

 その代わりに動いたのは、クスクスと笑い続けていたエナである。


『ネェ、オ兄サン。私ト勝負シマショウ? 安心シテ、殺シタリハシナイワ。ジークトノ約束ダモノ』


「勝負だと?」


『エェ、契約使イ魔ガ欲シイノナラ自分ノ力ヲ示スノガ一番ヨ』


「……いいだろう。私が勝ったら、エナと……そこの双角狼をもらう」


『何故我がエナの勝負に巻き込まれるのだ?』


「お父さん代わりだろ? 娘を信頼してやれよ」


『父親ならばそこにおるではないか!』


『…………』


 うがぁ! と吠えるフォルテが示した先にはこちらを向こうとしない火角狼が一匹──知らぬ顔をしてお座りしていた。


「エナ、全力でやるなよ?」


『ワカッテルッテ』


「ふざけるなっ!」


「実戦経験のないガキんちょには一角狼の相手は厳しいっつぅの」


 エナたちが子どもであるということ、周りに強烈な魔獣がいることで忘れがちだが本来学生の手には余る相手なのだ。頭に血が上って、さらにはナターシャ王と同列に扱われたことで退くに退けないのだろうが、勝ち目は全くないと言っても過言ではない。


「お前は好きなように戦えばいい。エナたちは少々狼らしくない戦い方をするから気をつけろ」


「…………」


『…………』


 鞘から剣を引き抜いて構える。腰を落としていつでも踏み込めるようにしながら呪文の詠唱を始めた。


 身体を強化する呪文を唱え終わり、準備の整った青年が一歩踏み出すと同時にエナも地面を蹴った。


 狼ゆえに噛み付きが来ると予測をし、相手の口元に注意しながら近づいていけばエナは器用に前足を振り上げ青年を引っ掻くような動きを見せた。


「そんな距離で届くわけがっ……」


 前足を振り上げた位置は青年がいるところよりも大分前であり、進むのを止めてしまえば確実に攻撃の範囲外であるようなところである。

 『やはり子どもか』と内心ほくそえんだ青年であったが、その直後──何もないはずの空間でいきなり衝撃が走り、左半身を何かに引っかけられたような感覚と共に吹き飛ばされた。持っていたはずの剣も手を離れ、強化したはずの身体に激痛が走る。


「うがぁああっ!?」


『ア、ヤリスギチャッタミタイ』


 地面に転がった青年の身体には、左肩から腹にかけてザックリと爪で引っ掻いたような傷がついていた。表面を傷付けただけのようだが、その傷口からは煙が出ており辺りには何かが焦げるような匂いが立ち込める。


「あ~あ……アレすっげぇ傷残るぞ、どうすんだよエナ」


『ダッテ防御モシナイデ突ッ込ンデクルナンテ思ワナイジャナイ』


「身体強化もヘボヘボだしな……俺より下手だぞコイツ」


「う、ぐっ……」


 エナがした攻撃は単純なようで、難しい──“狼型の魔獣にとっては”。

 爪に自分の属性の魔力──エナの場合は熱──を纏わせ振り抜いただけなのだが、青年が考えていたように狼型の魔獣は基本的に牙とブレスでの攻撃である。爪を使うという発想は、前足の関節が柔らかい猫型か、そもそも前足を使える型のモノ以外にないのだ。だからこそ、青年は予想外の攻撃方法に呆気なく弾き飛ばされ地面を転がることとなったのである。


「……どうだ? 周りから子どもだと言われているエナに一撃でやられた気分は」


「……っ……」


「ジーク、ジーク。治してやんないと痛みで話せないって」


「…………。優秀なんだろう? さっさと自分で治せ」


 『いや、ムリだろ』と周りにいる皆の心の声がハモった。

 癒しを使える水狼(ウォーターウルフ)が近付いてこようとするのをジークハルトは手で制し、感情のこもらない声で『さっさとやれ』と青年に言う。


「ふっ、う……」


「動くこともできないのか? 痛みに耐え、詠唱することもできないのならばお前はここで死ぬだけだ。今は俺たちが……というより俺がいるから誰も動かないが、狼たちにとってヒトは格好の餌だ。量はあまりないが、毛皮もなくてそのまま食べられるのが良いらしいからな……俺が飽きる前に動けるようになった方がいいと思うが、どうだ?」


「……っ……」


「……ジークって本当、時々出てくると録でもないよな……」


『それには同意しておこう』


 狼たちを傍らに置き、動けない青年に対して『お前は餌だ』と容赦なく告げるその姿にカインとフォルテが呆れたように笑う。

 血は流れ、若干焦げている傷口に何とか手を当てて──青年は詰まりながら癒しの詠唱を唱え始める。


 ポゥ、と手のひらが淡い青色に光り発動するかに思えた癒しは詠唱の途中で痛みに呻いたせいで霧散し、失敗に終わった。


「ふっ……」


 ポタリ、ポタリ、と流れる血に混じって青年が瞬きする度に血とは違った雫が地面に向かって垂れる。

 歯を食い縛り、ヒクッヒクッと痙攣する喉を押さえつけようとしながら何度も詠唱に挑戦するも最後まで唱えきることが出来ず青年は無事な右手で顔を拭う。

 土と血に汚れ、無様に転がったままただただ唱えきれない詠唱を何度も、何度も繰り返して青年は泣いた。


「……なぁ、ジーク……」


「黙ってろ、カイン」


「……はい」


 痛いし、情けない──どうして自分が──。

 青年の頭の中には、後悔の念しか浮かんでこなかった。自分もここまでの道中で聞いた同級生の誰かのように死ぬことになるのだろうか。殿下、殿下とちやほやされ──学年トップの成績を誇り、これまで失敗という失敗をしてこなかった自分が身のほど知らずであると知りながら一角狼に挑み、一撃で無様に沈められ、魔人の気紛れで命を繋いでいる──。


「……涙を見せれば、誰かが助けてくれるとでも思っているのか?」


「……っ……」


「そんなものは涙の意味を知るものの前でなければ意味のないものだ」


「…………」


「お前たちが害悪だと言って、討伐する魔族は泣くことすら知らない」


「…………」


「お前が見下しているナターシャは、どうして王で在り続けられたと思う?」


「……?」


 狼たちを撫で続けながら話していたジークハルトの話はポンポンと脈絡もなく変わる。


「アイツは、歴史の中でも最悪の王だろう……それは俺も否定はしないし、ここにいる誰もが思うことだ。だが、アイツは死ぬまで王であることにこだわり続けたし……それは成し遂げられた。何故だと思う?」


「…………」


 ポワン、と何処からか白い光が飛んできて傷口を癒していく。続けて青い光が──パシャンと小さな音を立てて弾けた雫は顔や腕についていた泥と血を流してくれる。

 最低限の癒しが行われ、どうにか身体を起こすことの出来た青年は立ったままこちらを見下ろしているジークハルトを見上げることとなった。


「……ナターシャは、一度カインを殺した」


「死ななかったけどな」


「黙ってろ、この馬鹿」


「へいへい」


「自分の我が儘でリュウの怒りを買い、貴族の子どもらを死なせ……“刺激するな”と叫んだカインを無視して、全力で魔力を打ち込んだ」


 『どうなったかわかるか?』と問われる。


 声が届くほど近くにいたカインを無視して魔力を放つ──それが何を招くのかわからないほど無知ではなかった。


「…………」


「カインは吹き飛ばされ、その地から消えた。怒り狂ったリュウを残してな」


「まぁだ、あん時のこと根に持ってんのかよ」


「当たり前だ。お前のせいで俺は魔人化したんだからな」


「もうジークったら俺のこと好きすぎでしょ、本当……にっ!?」


 ドゴンッという痛そうな音と共にカインの身体が吹き飛んだ。結構な高さまで打ち上げられてから、そのまま重力に従って落ちてくるが皆その場から避けるだけで誰も助けようとはしない。それもそのはずで──カインは空中で器用に体勢を整え、スタッと華麗に地面へと降り立ったのである。


「チッ」


 一つ舌打ちを残して、青年に向き直ったジークハルトは渋々というよりはかなり嫌そうにナターシャが王で居られた理由を語り始めた。


 ジークハルト曰く──。

 カインが吹き飛んだ後、というよりナターシャによって消し飛ばされたと勘違いしたジークハルトはその場で自分に課せられていた(まじな)いを全て弾き飛ばし、荒れ狂う魔力に飲み込まれて魔人化してしまったらしい。

 幼い頃に出逢った魔人(ノワール)によって魔力を抑え込まれていたジークハルトの力は凄まじく──周りを全て巻き込んだが、カインたちとは違い闇に飲み込まれた訳ではなかったそうだ。


「……俺は、光に飲み込まれた魔人だ」


「…………」


 魔人(ノワール)の闇の力で抑えつけられていたのは光の力──魔人として覚醒すると、怒り狂っていたリュウは落ち着きを取り戻してどこかへと去った。ジークハルトはそれを無視して目の前で腰を抜かしてしまっていたナターシャに悲しみと怒りのこもった“声”で告げたそうだ。


『俺は、お前を許さない……責任から逃れることも、命を捨てることも許さない。死ぬまで王で在り続けろ、それがお前の贖罪だ』


 強制力を持ったその言葉に、ナターシャはその後ずっと従い続けたがゆえに愚王、もしくは最悪の王と呼ばれながらも最低ラインを保って王として在り続けたのだそうだ。


「嫌だ、気に食わない……自分に相応しくない。自分は誰よりも優れている……どうだ? お前もそうは思っていないか? 思っているのならば、お前はナターシャと同じだ。愚王への道しか歩めないのだからさっさと王位など放棄して死んでしまった方が国のためだ。お前だってナターシャは最悪だ、そう思うからアイツと同列に扱われることに怒りを示したんだろう?」


「…………」


「ヒトは上位にあるイキモノではない。それを理解できないのならば、お前はここで……死ね」


「……ひっ……」


 ザワリ、とジークハルトの周りの空気がざわめく。

 自分達とは比べ物にならないほどの魔力の密度に青年はカタカタと震え、動くことも出来なくなった。逃げようにも腰が抜けたのか、足に全く力が入らない。

 体験したことのない死の予感に意識を失いかけたとき、ジークハルトと自分の間に一匹の光狼が割って入った。


『グルルッ……』


「……お前との契約を破棄したその子どもを護る価値などない」


『グガァッ!』


「退け、そいつは生きていても害悪にしかならない」


『ウゥッ……』


 ただの鳴き声──というより、唸り声しか発していない光狼と会話をしながらジークハルトがジワリジワリと近づいてくる。

 断片的にというか、ジークハルトの言葉から判断するにこの光狼は青年の使い魔召喚の儀のときに喚び出された個体らしい。


「……狼を喚び出すことの意味を知らない子どもなど放っておけ」


『グルル……』


「誰も教えないのだから知るわけがない? ……教えないのか?」


「教えないでしょ。使い魔の種類なんて」


「…………まぁ、それでもソイツが害悪であることに変わりはない。退け」


『ガァッ!』


 ひときわ鋭い鳴き声と共に放たれたのは光の球。

 至近距離から放たれたそれは、大きな音を立ててジークハルトに着弾するがぶつけられた本人は何事もなかったかのように足を止めることはない。


「……俺に光球をぶつけてどうする。カインたちなら有効だが、俺には効かないぞ」


『ウゥッ……』


 光の魔人であるジークハルトには光属性の攻撃は効かないらしい。

 話せないところから考えてさほど強い個体でも、長生きした個体でもないのだろう。明らかに格上のジークハルトに向かってどうにか足止めしようと奔走しているが、魔法は効かないし、噛み付きは身体強化の壁に阻まれる。

 青年までもうほとんど距離がないというところになって、光狼はジークハルトの後ろに回り着ている服の裾に噛みついて渾身の力でもって引っ張るが光狼の方がズルズルと引きずられていた。


『グゥウッ!』


「服が破れる、離せガキんちょ」


『キャインッ……』


『ぐぇっ……』


 ガキ、というサイズではない光狼の首根っこを掴み無造作に放り投げたジークハルトは後ろから聞こえるフォルテの苦悶の声を完全に無視して青年の頭を掴んだ。


「ひっ……」


「召喚使い魔は、今の自分に一番合ったものが出てくる。時折、例外はあるがな」


「……っ……」


「契約使い魔は、自分の好きな魔族を選ぶことができる一方で見合わぬものに手を出せばすぐに死ぬことになる」


 頭を掴んで、同じような体格であるにも関わらず青年を引きずり起こしたジークハルトは目線を合わせて壮絶に嘲笑(わら)った。


「ここに来る途中で、投げ棄てられたヒトの頭を見た。絶望と恐怖に染まり……涙と血で汚れた残骸をな」


「…………」


 『見せてやろうか?』とジークハルトが青年を掴んでいる手につけた腕輪に反対の手を近づける。

 顔を背けることも出来ない至近距離で、その腕輪からズルリ──とヒトの髪にも似たナニカが引きずり出された。


「うわぁあああっ!?」


 がむしゃらに手を振って、出来る限りの力を込めて暴れれば面倒に思ったらしいジークハルトが青年の頭を離す。

 ドサッと情けなく尻餅をつき、ほうほうの体でジークハルトから距離を取ればクツクツと喉を鳴らして彼の魔人は笑う。


「趣味悪ぅ~」


「偉そうな坊っちゃんが泣きながらお漏らしして逃げる様なんぞ中々見られないだろうが」


「…………?」


 光狼に足をガジガジをかじられながら笑うジークハルトの手にあるのは、ヒトの頭などではなく──綺麗に(なめ)された動物の毛皮であった。


「な、にを……」


「ヒトの頭が落ちていたのは本当だが、何故わざわざ俺が拾ってやらなきゃならないんだ」


「…………」


 ただ脅すためにこの茶番を仕組んだかのようなジークハルトたちのやり取りに、気が抜けるのを感じるが──それでも青年は怯えたようにジークハルトを見上げた。


「敵いもしない相手に挑み続けるコイツを見て何を感じた?」


「…………」


「喚び出しておきながら一方的に拒否されて……それでも、お前を守ろうとしたコイツに何も感じなかったのか?」


「…………」


 『キャンッ』と声をあげてこちらに放り投げられた光狼を全身で受け止めることになりながら青年は、恐る恐るその毛皮に指先を埋めた。


『クゥン?』


「…………」


 『汚れるだろうな』と思いながらその柔らかな毛皮に顔を埋め──小さな声で、青年は呟く。


「すまなかった」


『…………』


「本当は、嬉しかったんだ。狼を連れて最前線で戦う兵士たちは私の憧れだったから……」


 共に戦う、ということを体現した兵士と狼の組み合わせは子どもの頃からの憧れだったのだと青年は語る。

 強い使い魔も格好いいとは思うが、自分は共に戦いたかったのだと──。


 もぞもぞと身体を動かしてどうにか青年と向き合うような姿勢を取った光狼はコツンと鼻先を相手の鼻先にぶつけた後、額と額を合わせる。


『一緒ニ頑張ロ』


「え……?」


 先程まで鳴き声にしか聞こえなかった光狼の声が、言葉として聞こえた。

 目を丸くして言葉を失っていれば、目を細めた光狼に頬を思いっきり舐められた。


「……チッ」


「ほら、舌打ちしないの。契約できたんだから保護してやれよ、ジーク」


「……契約は成立だ、残念なことにな」


「こら」


「…………」


 ポカン、と忌々しそうに顔を歪めるジークハルトを見ていれば状況を把握する暇もなく周りから水が降りかかってきた。


「っ!? な、何だっ!?」


「死なない程度に洗ってやれ、その格好で家に入れるなどあり得んからな」


「うぶっ……」


 水角狼(ウォーターホーンウルフ)に首根っこを噛まれて持ち上げられ、水狼たちのブレスを容赦なく浴びせられる。攻撃ではなく、洗浄用に力加減されているようだが顔も鼻も関係なく洗われ息がうまく出来ない。

 全身ずぶ濡れにされて、汚れが落ちたことを確認された後は火狼に囲まれて無理矢理乾かされる。寒い、熱いと急激な温度変化に晒された後はぐったりとしたままフォルテに首根っこをくわえられて、中央にある家までの道を運ばれた。




「ジーク」


「あぁ、やはりお前のところかレオ」


「そちらはうまくいったようだな」


「再契約のようなものだからな。失敗のしようがない」


「……よくジークに目をつけられて生きていられたな」


「生きてるけど、鼻っ柱はバキバキに折られてるから」


「ふんっ」


「…………」


 フォルテに下ろされ、その場に座り込んだ青年にレオからの同情の視線が向けられる。

 ぐったりと疲れ果てている青年の傍らには、一匹の光狼が寄り添っていた。






 青年を引き摺るようにして家に放り込み、先に帰ってきていたアラウダにお茶を入れてもらいジークハルト、カイン、レオ、青年の四人が一息ついたとき──どぉん、という音と共に地面が揺れた。

3話目。

亀、亀、亀よー亀さんよー、な更新です。

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