リュウを求めるモノ
「フフッ……これでやっと、ボクはボクの物語の舞台に立てる」
「…………」
ジークハルトたちの家から東に向けて歩き始めてからいくらか経った頃──アラウダは、後ろを着いてきながら時折よくわからないことを呟いている青年を見て小さくため息を吐いた。
本来であるならば、リュウと契約することなど叶わぬであろう実力しかもたないこの青年は周りのヒトには少々理解しづらい理論でもってこの世界を生きているのである。
例えば、座学の成績がふるわない理由を尋ねれば『ボクに課せられた大いなる試練に不要なものを何故覚えなくてはならないんだ』と返ってくる。
“大いなる試練”が何なのかは教員の誰も知らない。
例えば、実技の試験で魔法の発動に失敗した原因を共に探ろうと申し出ると『このような限られた空間ではボクの本来の力が出せないだけであって、失敗などしていない』と返ってくる。
魔法が実際に発動したのはほんの数回である。
学園のカリキュラムに組み込まれた使い魔召喚では、あまりに弱すぎて愛玩用のペットにしかならない“砂ネズミ”を喚び出して周りの失笑を買ったばかりである。
『この召喚陣は正しい使い魔すら喚べないのか!』
怒りに任せて吐き出された言葉に、喚び出された砂ネズミは驚いて逃げ出し──猫型の魔獣に捕まえられて食べられてしまったのだ。
弱肉強食とはいえ、他人が喚び出した魔獣を食べてしまった猫の主人は青ざめて口をモグモグさせている猫を抱いて先生の所へ走ったという記録が残念なことに残ってしまっている。
彼の使い魔召喚の欄には“契約を果たせずに喪失”という今までにないことが書かれていた。
ここにきた他の二人は、喚び出したモノを拒絶した“失敗”と、喚び出したモノに認められなかった“失敗”である。“喪失”なんてことはこれまでの儀式の中で確認されておらず、先生たちも頭を抱えた。
「ここから向かうところにも魔人が一人いるわ。友好的と言えば友好的だけど、カインさんほどではないから気を付けてね」
「何をですか?」
「ジークハルトさんに言われたことと、先ほど連絡された通り静かにすることの二つよ」
「……寝ているから静かにしろとは、ずいぶんと慎重ですね」
「ジークハルトさん以外じゃ宥められないのだもの。辺り一面に穴が開いちゃうわ」
『困っちゃうわ』と頬に手を当てて、あまり困ったようには感じられない声音でアラウダが呟いた。
そんな風に時折、雑談を挟みながら歩いていればどうやら目的地である東の森に入ったらしい。ザワザワと騒がしかった森が静かになり、どことなく爽やかな気配が満ちているように感じた。
「あ……」
小さく声を漏らした青年の視線の先には、さほど大きいわけではないがコポリ、コポリと空気を吐き出しながら湧き出す水を湛えた湖があった。
「……ようこそ。水蜥蜴の治める東の森へ」
そう言って声をかけてきたのは紺色の長髪を靡かせて佇むヒトであった。
ここにいるのは魔人だと、事前にアラウダから聞いていたためいくらヒトに見えても先程のカインと同様に“ヒト型”をとっているだけなのだろう。
控えめな声の主に、青年は少し頭を下げる程度で挨拶を返すが、青年の興味はそれよりも彼の傍らで湖に半身を浸した状態で気持ち良さそうに眠っている水蜥蜴と、その頭の上で丸くなっている白竜に向かっていた。
「……リュウだ」
フラフラと近づこうとする青年の腕をアラウダが掴んで引き止める。
「先生、離してください」
「あの子達よ、起こしちゃダメって言った子達は」
「……何?」
「それに、あの二匹にはもう主人がいるから契約は出来ないの。他の子を紹介してもらうのよ」
「だが、あの白竜は……」
「珍しいかもしれないけど、あの子が一番危ないの。この森に入ることを許された私でも、あの子は容赦なく攻撃してくるわ」
「…………」
「アラウダの言う通りだ。私や、カインでもこいつは噛みついてくるからな……知らないヒトなど、消し炭になってしまう」
クスリ、と笑ってこちらに歩み寄ってくる男は水蜥蜴の爪の間や顎の下からわらわらと出てきた小さなトカゲを足や腕にしがみつかせていた。
「…………」
小さないくつもの目が興味津々にこちらに向けられているのはわかっていたが、青年はそんなモノにははっきり言って興味はない。
トカゲではなく、蜥蜴を──できれば蜥蜴よりも竜を──さらに言うなれば竜よりも龍を、と思っていた。
(個体数は少ないと言っていたからな……ここではないどこかに居るのだろう)
キョロキョロと辺りを見回していれば、剣を抜いて一歩踏み出せば相手に届くような距離に男がいた。
肩や手に小さなトカゲを乗せ、乗っているトカゲたちは無遠慮にこちらを見つめている。
『クァ、クァア~?』
「そうだ、お前たちとの契約を望んでいるそうだ」
「ボクはトカゲになんて興味はない」
「…………」
『クルゥ?』
「そうか、“トカゲ”には興味がないか」
アラウダが頭痛を催したように手を額に当てていたが、青年の興味を惹くようなことではなかった。
男の頭に乗って髪を器用に掴んでいる白いトカゲはポフッと煙を吐き出し、腕に巻き付いているちょっと大きめな蛇にも似た形をしたトカゲは長いヒゲを揺らしたあと興味なさげに男の脇に顔を突っ込んだ。
物を掴むのが苦手そうで、巻き付くこともできない形をした一番数として多いトカゲはポテッとしがみついた足から落ちたりしながらも下の方から興味津々に青年を見上げていた。
「あ、こら……この子はお前たちには興味がないそうだから行くんじゃない」
『クルルゥ……』
一番活発らしいトカゲが地面を這って青年に近づこうとしたのを見咎めた男がムンズッとその身体を捕まえて自分の肩に乗せる。『クァ、クァッ!』と何やら文句を言っている様子のトカゲから視線を外し、青年は今だ眠ったままの二匹を羨望の眼差しで見つめた。
「君は、何と契約をしたい?」
「できれば龍がいい、次点で竜」
「蜥蜴は?」
「あの水蜥蜴ならば契約してもいい、というくらいだ」
「……そうか」
男の呆れたような声に不愉快そうに視線をそちらに向けた青年は、その視界に入ったモノを見て思わず言葉を失った。
頭に乗っていたトカゲは、その背に生えた小さな翼を使って空へと飛び上がり眠っている白竜の腕の中へと戻り──腕に巻き付いていたトカゲは翼もないのに中空を移動して何処かへと消えた。
足元をうろついていた小さなトカゲたちも大半はチョロチョロと走って眠っている水蜥蜴の身体の隙間に潜り込んでいく。
「……アレらがヒトと契約をしてみてもいいか、と集まったリュウたちだ。まぁ、今の言葉で興味を失ったみたいだがな」
「あのようなトカゲに何ができると言うんだっ!」
「何も出来はしない。だが、お前の実力程度では何の力も持たない子ども以外に興味をもたなかったのだから仕方がないだろう?」
「何っ!?」
『アラウダから成績貰ってるのニャ。水蜥蜴と契約するに値する実力の持ち主は一人しかいないけどアンタじゃないのニャ』
「…………」
アラウダたちの来た方角から歩いてくるのは服を着て二本足で立つ猫、であった。
パラパラと紙を捲り、青年の記載があるであろうページで手を止め『ダメダメニャ』と失礼極まりないことを言う猫にカッと頭に血が昇った青年は剣を抜いて走り出した。
『ニャンと!? ボクと対決するのニャ? やれるもんならやってみろ、だニャン』
「おい……」
『ニャハハッ!』と笑いながら猫らしいアクロバットな動きで右に左に上に下に動き回る相手に、青年はイライラする感情を何とか抑えながら剣を振る。
「……アイツは、本当に……ヒトをイラつかせるのが得意なヤツだな」
男の呟きと共に、一際大きな音が鳴る。
青年の振るった剣が猫の爪に弾かれるように振り払われ、バランスを崩した青年はそのまま猫に足蹴にされて地面に倒れ込んだ。
『ニャッハッハッ、カイン以下ニャ! 弱っちぃのニャ』
「……っ……」
普通の猫より一回り大きな猫に背中を踏まれ、地面にうつ伏せに倒れた状態の青年が悔しそうに唇を噛んだ時──青年の目の前に小さなトカゲが顔を覗かせた。
先ほど、大半のトカゲたちが去ったあとでも残っていたトカゲの一匹なのだろうが、地面に倒れた姿を心配するように小首を傾げる様が今の青年にはひどく気に障った。
片手でも簡単に捻り潰せそうな小さなトカゲ──そのトカゲの上にヒトの拳と同じ大きさの影が重なる。
────グチャッ──
いくら蜥蜴の子とはいえ、まだ成長もしていない小さなトカゲの鱗は理不尽な暴力から身を守るための盾にはなってくれなかった。
情け容赦なく降り下ろされた青年の拳は、小さなトカゲの背骨を砕き、生きるために必要な臓器のいくつかを破壊する。
『グッ……』
押し潰された衝撃で口から血を吐き出したトカゲはピクピクと少しだけ痙攣した後──クタリと地面に崩れ落ちた。
「…………誓約は破られた」
『……違反者には罰を』
男の声と猫の声が静かに響いた。
サワサワと爽やかな風が吹き抜けていた森の空気が一瞬にしておどろおどろしいものへと変化する。
『ニャハハ……』
『グルルルッ』
『キケンッ、キケンッ!』
伝達役の鳥が慌ただしく逃げ出すと、森のあちらこちらから獣や何かの唸り声がする。
背に乗っていた猫が降り、ようやく立ち上がることが出来た青年は振り返った先に黒髪、赤眼の魔人の姿を見つけた。
「な、何……だ?」
「ジークハルトは力なきモノへの暴力をことのほか嫌う。ヒトを主体とした理不尽な言い分、魔族を生き物とみなさない傲慢な考え……身の程知らずな力を求めるモノ」
「ボ、ボクはっ……お、大いなる試練を果たすためにこの時代に生まれてきたんだぞ! その相棒にリュウを選ぶのは当たり前じゃないか」
「ならば、お前にとっての試練の前に相棒を得るための試練を受けるがいい。実力にそぐわない力を得ることがいかに大変なことか……その身をもって思い知れ」
それが合図であったかのように一気に森の中に殺気が満ちる。男が何事かを唱えるとアラウダの周りにだけ、膜のようなものが出現し、青年だけが殺気に満ちた場に取り残されることとなった。
「あ、あ……」
『一番乗りは貰ったのニャア!』
「ひっ……」
先を争うようにして木の上から飛び出してきたのは、翼の生えた猫──翼猫と呼ばれるその魔獣が立ち尽くしている青年に容赦なく飛びかかる。
剣を拾って応戦しようとするも、四方八方から飛びかかってくる翼猫たちに対して青年の剣の腕はあまりにも未熟だった。
「う、うわぁあああっ!」
『……アイツらエグいのニャ』
潰されてしまった小さなトカゲの亡骸を手に戻ってきた歩く猫は、翼猫の攻撃の仕方に器用に眉根を寄せた。
相手の姿を見ることもなく振るわれる剣など翼もつモノに取っては木の枝よりも容易くかわせるものらしく、ひょいひょいと避けながら爪をふるい、一撃目で服を──二撃目で皮を──三撃目で肉を抉っていく。
獲物をいたぶる習性のある猫型の魔獣に目をつけられたことを嘆くしかないだろう。
「ひ、グゥッ……」
『あ、失敗したニャア』
『何やってるニャア』
痛みが走る程度の傷で収めていた攻撃の手元が狂ったのか、血にまみれた青年が足首を押さえて崩れ落ちた。
血と涙と泥にまみれ、鼻水まで流している青年の足首は他の傷と違ってパックリと口を開けていた。勢い余って腱を切ってしまったらしく、やってしまった翼猫が他の翼猫に小突かれていた。
「い、痛いっ……痛い」
水属性の癒しを行おうとしているようだが、詠唱も怪しく魔力も発動しようとしているところに流れ込んでいない。ただ無駄に時間を過ごすことにしかなっていない魔法の発動を待ってくれるほど周りの魔族たちは優しくはなかった。
『ニャニャ? チッ、狼のお出ましだニャア』
『撤退なのニャア!』
何かを感じ取ったらしい翼猫たちが蜘蛛の子を散らすように青年の周りから飛び去っていく。
ホッと息を吐く間もなく、倒れ込んだ青年の目に血の臭いに誘われたらしい狼の群れが飛び込んできた。
「せ、先生っ……たすけっ!?」
『助けて』と最後まで言うことなく、青年の身体が狼の群れに覆い尽くされる。翼猫たちの攻撃で意味を成さなくなった服を引きちぎられ、意識を保ったまま身体の柔らかいところに食らいつかれた。
泣き叫んでもがむしゃらに腕を振り回しても数の暴力には敵わなかった。詠唱をしても、魔法は発動しない──剣を握ろうとしても引き摺られたせいで剣の柄には手が届かなかった。
自分を守ってくれるものは何もないのだと──自分には何の力もないのだと──理解した青年の意識はそこまで考えたところでブラックアウトしたのだった。
『……わかっちゃいるけど、グロいのニャ』
「……お前が持っているモノも大概だがな」
二人と一匹の前で、狼たちによってヒトだったモノが部位ごとに分解されて運び出されていく。
この森の中では弱者に分類される狼たちにとってヒトサイズの食料はありがたいものになるらしく、上機嫌で縄張りの方へと戻っていった。
「……一人脱落だ、アラウダ」
「……わかっています。だから着いてきたくなかったのに、おじ様酷いです」
「……見た目年齢が変わらないのだからおじと呼ぶのは止めたらどうだ?」
「おじ様はおじ様です。私たちの祖先ですもの」
「…………はぁ」
ヒトではなくなった魔人であるが、かつてヒトであった時代にはもちろんの事ながら家族がいた。アラウダとこの魔人にはそういった血族としての関係があり、何代前になるかはわからないが直系ではないので“おじ”と呼ぶことにしているのである。
「……この子には申し訳ないことをしました」
「この子らも覚悟の上だ。死ぬことになるかもしれないことは言い含めてある」
「…………」
潰されてしまった小さなトカゲを猫が土に埋め、二人と一匹で軽く祈りを捧げる。
『……何、アンタまた来たの?』
「……っ……」
ここの魔族たちは当たり前のごとくヒトの言葉を話すが、アラウダにとっていくつか聞きたくない声に分類されるものがある。その一つが今背後から聞こえてきた幼い少年のような、白竜の声であった。
寝起きであることを感じさせる気だるげな声に伴ってこちらを向いた優美な竜は、冷たさだけを取り込んだかのような碧眼でもってアラウダを見つめている。
『どうせ、契約なんて出来やしないんだからフリードたちのところにでも放り込んで殺してもらえばいいのに』
「で、出来ないわけでは……」
『十人に一人居れば良いほうでしょ? 今も早速一人脱落したみたいだし?』
「それは……」
『大体が大体にしてさ。アイツら自分の力を過信しすぎなんだよね。レオのところに来たってことはリュウ狙いでしょ? そういうヤツって大半ダメじゃん、ちゃんとさー説明してんの? 魔族にも礼儀正しくお辞儀しましょうねーってさ。まっ、ボクたちリュウは厳密に言えば魔族じゃないけど』
「…………」
「そのくらいにしてやってくれないか、ハク。アラウダが来なくなると、この森ではヒトの食べ物が食べられなくなるぞ」
『カインとかアーティーに行ってもらえば問題ないじゃん』
「……本当に口が達者になったな、お前」
『ふんっ』
ハクと呼ばれた白竜は、アラウダに対する刺々しさを隠しもしない。
白竜からレオと呼ばれた魔人は苦笑しながら一人と一匹の間に割って入った。アラウダがハクに対して苦手意識をもっているのも、ハクがアラウダに対して嫌悪を抱いているのも知っているがゆえの防波堤である。
『どうせつまんないこと言ったんでしょ?』
『クルルゥ~』
『水蜥蜴なら契約してやってもいい? 何様だよ、蜥蜴の機動力に勝てるヤツなんてそうそういないのにさ。大体、コイツはレオが丹精込めて世話したからここまで大きくなったんだって』
腕の中にいる子どもの竜と話しながら、ハクは呆れたようにアラウダを見た。
「……っ……」
『で? あと何人馬鹿は来てんの?』
「残り二人だ」
『どこ行ったの、ソイツら』
「……一人は、エナを使い魔にすると言っていたのでカインさんと……」
『はぁ!? 馬鹿じゃないの? カインたちがエナを離すわけないじゃん! 何できちんと説明しないかなぁ、本当に』
憤慨したハクの口から拳大の火球が飛び出してアラウダの真横に着弾する。当てるつもりがないのはわかっているが、プスプスと煙を出しながら煤けている地面を見るとアラウダは反射的にレオの背中にしがみついた。
「土を焦がすな、ハク」
『馬鹿なことを言うソイツが悪い。で、もう一人は?』
煤けた地面に、ワラワラと小さなトカゲたちが寄ってくる。少しだけ赤みがかった体色のトカゲたちがやんややんやと焦げた土の上で騒ぎ始め、少しだけ緑がかったトカゲと青みがかったトカゲは怖いもの見たさのように周りを取り囲んでいた。一番普通な色合いの茶色いトカゲは、黒くなってしまった土を手に取り何故か丸め始める。
「……け、獣型が嫌なんだそうで多分西の森へ向かったのではないかと」
『ふぅん……あそこのお爺ちゃん獣大好きだけど、大丈夫なわけ?』
「…………あ」
『それにあそこ、今ノワールさんいるけど……』
「え?」
『ていうか、それもだけど。エナたちのとこ、フォルテのおっちゃんもいるんですけど』
「あっ、あぁ!? 確かに中央にいませんでした」
『……知~らない』
ざぁ、と音を立てるかのように顔色を無くしたアラウダは『どうしましょう』と慌て始める。
ハクの言った“ノワールさん”はこの森に住む魔人の最後の一人である。アルタートに比べれば大半のモノが優しく感じられる森の中でも、外のヒトに対しては優しくないモノの筆頭であったりする。基本的にジークハルトとハク以外のモノに興味を示さない困った魔人である。
また、“お爺ちゃん”はこの森の鎮守を担っている土蜥蜴であり、その体躯は山一つ分にもなる。あまりにも長く生きすぎて、背中に土が積もり木が生えて本当に一つの生態系を形作っているため、場所を知らないものが踏み込むと土蜥蜴の背中の森だったということもあり得るのだ。さらに気を付けなくてはならないのが、この土蜥蜴──背中に生きる小さな生き物たちが大好きすぎて日がな一日彼らの声を聞いていても飽きないという。
だからこそ、誤って足を踏み入れた挙げ句、土蜥蜴の怒りを買うような行為をされると非常に困るのだ。主に土蜥蜴が動くという意味で。
動かれると冗談ではなく森が揺れる。蜥蜴ゆえに飛べはしないが、走り回るだけの筋力は今だ健在で──一度馬鹿なことをした学生がいて、それを追いかけ回したのはこの森に住むものにとって苦い記憶となっている。
「まぁ、フォルテのほうは気にしなくても大丈夫だろう。あいつは何だかんだ言いつつ面倒見がいいからな」
『……問題は人格じゃなくて、双角狼だってことなんだけど』
「……あぁ、そう言えばそうだったな」
「どうしてそんなに呑気に構えていられるんですか!?」
『「……他人事だし?」』
「そんなところで息を合わせないでくださいっ!」
アラウダのそんな叫びが響く中──泥団子を作っていた茶色いトカゲは黒かった土が茶色に戻っているのを見て、どこか得意気に鼻をならしたのであった。
二話目。
不定期更新で続きます。