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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第1部:第3章『ジャーヴァル三国志』

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17話「捕虜の選別取扱」・ベルリク

 ザシンダル西部方面軍の誘引、包囲攻撃作戦で勝利。捕虜と名声を得た。影響力を得た。

 ナレザギー王子にはその影響力を駆使して貰う。

 メルカプールから、ケジャータラから、ニスパルシャーから、そしてザシンダル軍捕虜からも志願者を募って人員を増強する。志願しなくても徴兵する予定。

 ジャーヴァルの伝統では、捕虜は厚遇されなければいけないが、正統な待遇がされたならば捕らわれた側の勢力に協力するべきであるという思想もあるのでそこを利用する。

 そうやって人が増えれば資金が足りなくなるので工面する必要がある。

 メルカプールからの資金提供。勝利の名声があると篤志家が支援してくれる。藩王に強請っても断られ辛い。獲得領域で新事業が展開できると誘えば投資を受けられる。

 ケジャータラとニスパルシャーからの賠償金や軍勢徴集。これらは懲罰的に行うと離反を促すので加減が必要。メルカプールとの商業活動再開を後ろ支えしてやってその礼金を貰う程度がわきまえたやり方。

 戦利品の売買からの利益。これにはちゃんと手順を加えないと騒動になる。

 まずナレザギー軍、ビサイリ軍、ナガド軍、ファスラ艦隊、エデルト艦隊で、戦功に応じて物品を公平に分配する。そこから更に軍から各兵に分配。この加減を間違えると遺恨が残るので、魔神代理領軍法に従う。配る時には逐一理由を説明する。

 分配した後はこちらが最大戦功獲得軍としての主導権を発揮し、ナレザギー王子の会社を使って買い取る。管理能力不足で商品価値を損ないそうな連中ばかりなのでこれが効率的。

 品目は様々である。

 踊り子、歌女、職人、美少女に美少年。白人、南大陸黒人、南部だと価値が高い紅毛人奴隷までいる。

 馬、ロバ、駱駝、牛、山羊、羊、象と象使い。珍獣の類。

 金銀、ルビー、真珠、紅玉、ダイヤ、エメラルド、トルコ石、トパーズ、猫目石、絹、天鵞絨等々。それらを用いた日用雑貨に服飾品、武具に馬具。

 金貨に銀貨、有価証券や反物などの貨幣はナレザギー王子の銀行で預かる。預かった資金で上記の品々を買い取ったのでまるで詐欺のようにも感じる。

 ”戦場銀行”の開設には感心させられた。他所の銀行へ預け入れに行くには遠出しなければならず、軍務中であれば配置から離れることが叶わない。額によっては他者からの窃盗を警戒しなければならないので不安も大きい。それ等を解消したのだ。

 そして集めた商品を、戦勝を聞きつけた他所の商人達に売り始める。担保に資金を借り受ける。門外漢には曲芸のような資金物品のやり取りが行われる。

 これで銀行資金が充実すると金融業が回り出し、軍務と事業に投資ができるようになって各方面に色々と都合がつくようになる。

 この案件についてナレザギー王子が”ここは私が自腹切るから任せて”などと殊勝な発言をしていたが、一皮剝けば悪名高い”メルカプール商人魂”を曝け出していた。

 曰く”結んだ契約に正義。結び目には悪徳”。

 曰く”世界は神が創ったが、秤は彼等が作った”。

 曰く”涙や影さえ棚に並んでいる”。

 曰く”焼いて香辛料を売る”。

 考えただけで頭が痛くなりそうだ。彼に任せる他は無い。そこら中を駆けずり回っているので最近は姿を見ていない。

 人と金が揃えば模範部隊の増強が叶う。

 既存部隊も一度勝利を経験し、戦傷者も出せば意識が変わって模範部隊へ回せる人材も発掘出来る。模範部隊並の装備と訓練も出来るようになってくる。

 質が近づいてくれば両部隊の合体も不可能ではなくなってくる。

 ラシージには訓練計画と合体計画、それに併せての必要装備目録の作成を任せている。

 銃砲、馬にロバ、弾火薬、荷車木箱、予備車輪、鋳造機に鉛、従軍商人の手配に下働きの女子供から何からまだまだ細かい品目が盛りだくさん。

 それからジャーヴァル士族の習慣として指揮官は象に乗って指示するもので、欲しいと言う者が多い。特に名誉ある指揮官は式典の時でも象に乗れる資格があるそうで、その時に備えて、と騒いでいる。却下している。その前に殺してやるよ。

 こちらも考えただけで頭が痛くなりそうだ。可愛い子ちゃんに任せる他は無い。仕事が忙しくて、会う事はあっても話す時間も少ない。

 アウル藩王国からも増援が到着した。山車兼用の象戦車が五十台とその人員。後方支援要員も大幅に増強され、荷車要塞戦術が実行可能になり、急速展開訓練をさせている。平らで広い土地でなければ難しいのでどこで実行するかはまた別問題だが。

 アウルもまた、マトラ並みにあっさりと動員が可能な組織らしい。流石に銃を持たせたら即時に熟練兵士に変身してくれる連中こそいないが。

 ナレザギー王子が予算を獲得する計画の題名には部隊名が添えられた。ナレザギー近衛師団ではなく、第十五王子義勇軍という名称になった。

 メルカプール藩王直轄の軍があるので、規模はともかく、遠慮して師団あたりの名称にするかと思ったがそうでもなかった。

 ナレザギーという個人名称を使わないのは、代を遡れば同じ名前の者がいくらでもいるからだという。じゃあ第十五王子も遡ればいるじゃないかとは思ったが、彼等なりの政治配慮なのだろう。指揮官交代はやり易い。

 ”近衛”のような名は使わせず、少し他人行儀な”義勇”呼称になったのはそれこそ政治。政治的にしろ物理的にしろ、継承権の遠い者に権威を与えたくないのだろう。本人にその気が無くても権力闘争の道具に使おうとする者はいる。

 あの戦いの後、ケジャータラ藩王国とニスパルシャー藩王国に続き、タタラル藩王国もこちら側に寝返るはずだった。しかしザシンダル軍に攻略されてそうはならなかった。

 寝返り損ねたタタラル藩王は首を斬られ、実行犯の王子が戴冠した。

 ジャーヴァルの伝統でも親殺しに兄弟殺しに徳があるとはされていない。しかし明確な、無能で許容するような長子相続制が確立されているわけでもない。

 ナレザギー王子が父と兄弟を皆殺しにしない保証などない。

 ナレザギー王子の兄が率いるメルカプール本軍も出陣式の準備をしている段階。何れそのお姿もお披露目となるであろう。

 彼等はイスタメル州の軍事顧問団としては関与しない軍であるが、魔神代理領親衛軍やジャーヴァル皇帝軍に在籍していたことがある将校がそこそこいるらしく、錬度は低くないはずだ。

 ナガド軍、ビサイリ軍も再編がほぼ完了している。そこに役に立つか分からないが、ケジャータラ藩王国とニスパルシャー藩王国の軍も加わった。ともかく兵士の獲れる畑が追加されたのは大きい。

 ザシンダル軍の本隊が来ても、間違いさえ犯さなければ同等に戦える、はず。

 ルサレヤ総督に私兵を、竜跨兵を要請する手紙を書く。

 この西部でまともに戦っていたのではいずれ、消耗戦になり、こちらがすり潰される。

 ジャーヴァル帝国において、アッジャール戦後の人口比では南部より北部が劣ると言われるから工夫がいる。

 敵は真向から攻めてくるザシンダル軍だけではない。

 ガダンラシュ高原をまとめる賊軍、アギンダ軍対策も必要になる。

 奴等がジャーヴァル全土、全方位に向けて安全な高地から略奪勢力を繰り出せる現状はいずれ解決しなければならない。警備戦力を割かれ、正面戦力が不足する事態はどうにかしなくてはいけない。

 高地作戦を異次元に改善してくれるだろう竜跨兵、是非とも貸して欲しい。

 どの程度痛めつければ良いかは分からない。奴等は狐頭の獣人部族連合体であるから、主導するアギンダ族から求心力を失わせてやればいいはず。

 とりあえずその作戦の下準備だけはしておこう。開始直前になってあれが欲しいこれが欲しいと言っても間に合わない。


■■■


 アクファルに貰った低い椅子に座りながら日向ぼっこ。燻製肉の塊を切って食い、ビールを飲むという頭悪そうな昼飯を食う。

 ケジャータラの藩都近郊、第十五王子義勇軍野営地全体が眺められる位置にいる。

 銃弾で穴が空いたアクファルの赤い羅紗の帽子は、刺繍が見事な帽子だ。代わりを買ってやろうと密かに思っていたが、気づいた時には既に修繕済み。

「直したのか?」

「はい」

 それでも良いのが見つかったら贈ろう。

 早速アギンダ兵共が、二十名ばかり連行されてきた。我が軍の大事な補給車列を襲ったらしい。騎兵でもないのに神出鬼没

 アギンダ軍は狐頭の獣人が主体であり、人間は少ないという。ガダンラシュ高原で生存競争を繰り広げてきた結果、高地から”裸猿”の駆逐に成功したのだろう。そのせいか人間に対して明らかに見下した態度を取っている。捕虜になっても。

 アギンダ人は同じ狐頭のメルカプール人よりも毛色は赤が濃く、背はやや小さいが骨は太く見える。環境が厳しいのだろうか、顔付きは悪党以前に厳しいように見受けられる。日常的にしかめっ面を作って歯を食いしばってきた顔付きだ。

 ファスラが遊びに来ている。別に仕事があるわけでも無い。セリンみたいに破滅的な酒飲みはしないが、船を離れて海岸から遠いところにもフラフラ来てしまうのはいかがか? 楽しいからいいけど。

「ファスラよ、アギンダの狐ちゃんは叱って反省するような良い子かね?」

 何となくファスラの股間に手を伸ばして弄る。フニっとした感触を確認できた後、逃げられる。

「おう止めろぃ。ありゃダメだ、悪い子だな。連中の崇める旅の神フマヴァジってのが曲者でな、犯罪行為を容認する自由思想……回りくどいな、無法が信条の連中なんだよ。無法のくせにアギンダ”軍”なんぞ名乗って統領を頂いている時点でもう頭の悪さが丸っと理解出来ちまうな。

 何だっけな、高原で勢力争いやってた時にアギンダ族は他所より頭一つ抜けようとジャーヴァル帝国から藩王に封じられて援軍だとか武器だとか貰って勝ち抜いて統一したんだよ。それでその代わりに略奪を禁じられてそりゃあ貧乏に苦しんだらしいな。

 昔から略奪依存、地場産業がクソを絞って乾かしたカスみたいなもんだからな。

 古くはガダンラシュ鉄ってのが有名だったんだ。攫ってきた奴隷に掘らせてまあまあの産出量だったが、今はキサール鉄にほとんど切り替わって本格的に産業がクソ化。そもそも道中で盗まれたり、鉄鉱石に石混ぜたりクソだったんだが。

 そのキサール鉄ってのはラーマーウィジャヤ教団の主力商品だ。魔なる教えの法典派ってのは知ってたか? 教えを持ち込んだのと一緒に中央の採掘技術だとかそういったのも持ち込んだし、蒸気排水装置とかも輸入してて、まあ中世と現代のやり方じゃ比べても話にならんな。

 高原の立地でも活かして内陸貿易でもすりゃいいんだが、千年単位で嘘吐き人殺しの悪評が溜まり切ってるから相手にもされねぇ。たまに頑張ってやってみりゃ他の同胞に襲われるってな具合。

 飢饉に何度かなってるらしいんだが、食糧支援がされて、その支援隊を襲って略奪して支援打ち切りって冗談みたいな事をやらかす連中なんだよ。

 対アッジャールの帝都決戦で不仲の解消が出来るかもって共闘戦線組めば略奪して逃げるしな。

 で、今は反動が来てるってとこな。餓えた獣の鎖外しゃこうなるだろうって感じの、な。やるならかなり徹底した口減らしを手伝ってやらなきゃなぁ、無理だな」

 面白いくらいに悲惨な連中だな。

「そういう手合いか」

「南洋双璧糞獣人、山の狐に森の猿、合わせて敵わぬ北の鷹。ってな」

「へえ」

 ウラグマ総督の鷹頭奴隷はそんな感じに見えなかったな。

「ルドゥ」

「何だ大将」

 環境が厳しいと顔付きまで厳しくなるのなら、ルドゥはどれほど厳しい生活をしていたのかと思ってしまう。

「腕潰して目玉は抉って、毛は刈って命乞いの言葉を彫れ。案内人は片目にして生かして送り返せ。言葉はナシュカに聞け。スラーギィでやった通りに」

「了解だ大将」

 偵察隊が泣き叫ぶアギンダ兵へ処置していくのを眺める。

 模範部隊の中から訓練教官に適した人材が生まれてきたので、偵察隊は本業に戻しても差し支えなくなっている。それに両藩が寝返ったとは言え、元は敵勢力圏内であり、ここは最前線だ。敵の行動に良く対処出来る人員を手元に置いておかねば足下を掬われる。暗殺者の派遣ぐらいやってみせるだろう。

「アクファルに良さそうな帽子か何か知らないか?」

「スカーフも結構似合うと思うぜ。ナガドの綿織物で探してみな。魔都でも中流上流のご婦人にご好評だ。手触りも絹より悪いってことは無い。今は希少価値がついてるが、旦那の肩書きで探すのに苦労ってことは無いだろ。それと旦那よ、女にちょくちょく贈り物か何かするのはいつものことなのか?」

「何だよ、セリンに贈るなって?」

 刀と鎧通しのお返しに、純銀と紫檀の食器一式、生地が薄くて透け透けの絹の寝巻き、紐等を一切使わない玉石細工の下着を贈ったところ。その三品は今回の戦いでの戦利品だ。金を出して買ったものじゃない。

 寝巻きの方はルサレヤ総督に送ろうかと思ったが、もしそれを着て目の前に現れたらとてもじゃないが対処不能なので止めた。

「奴よぉ、魔族のくせに未だに女気取りだぜ。手紙だけで分かるぐらいにな。旦那のせいだ、俺の妹、どう責任取ってくれるんだよ」

「そっちこそお前の妹よ、異国でいきなり新任城主やって異種族の上官になって精神不安定なところに惚れるなって言う方が無理あるぐらい愛嬌振ってきやがって。何だよあのいやらしい格好、良く船で男に襲われねぇな」

「あの乳と股隠すのがやっとの格好か! まだしてんのか?」

「流石に軍服だ。下はあれみたいだが」

「あれはな、泳ぎやすいってだけだ。襲われるなんやかんやはな、昔一回騒ぎはあった。まあ返り討ちにしてな、皆が見てる前で生きたまま魚と同じ要領で三枚に下ろしてからは無いな。偉くなったころにゃご存知あの調子だ。それからは触られた男の方が逃げる有様よ。権力も腕力もある短気な女なんざ面が良くたって構いたかぁねぇわな。下手すりゃ殺されるってんだから、まあ、あれだ、馬鹿なんだよ」

「あーん、やりそうだって思えるところが、まああれだな。ルドゥ」

「何だ大将」

「ロシエのシャー、あ? シャータライ・ダリーユ? 中佐か、呼んできてくれ。白人、あー、ジャーヴァルだと白人の紅毛人だったっけ?」

「了解だ大将。シャトゥラ=ギュイ・ダルヴィーユだ」

 ジャーヴァル=パシャンダ会社軍の捕虜取り扱いについては、メルカプール藩王国を越え、ジャーヴァル帝国も越えて魔神代理領の判断が必要とされる。ロシエ王国との外交問題に発展するからだ。

 外交に関しては、メルカプール藩王国の軍事顧問という肩書きでは独断しかねるので、連絡官を通じて中央の判断を仰いだ。それまではそれなりに厚遇。軍服の着用を認めて、食事は日に二度、痩せない程度に温かい物を出した。洗濯と散歩の時間も作った。

 そして中央からのジャーヴァル=パシャンダ会社軍に関する返事は単純で”現場判断に任せる”とのこと。その返事がようやく今朝になって届いたので今、捕虜のロシエ人で一番偉い者を呼んだ。まずは話を聞こうじゃないか。

 それにしても返事の日付で気づいたが、もう季節はとっくの昔に冬になってあと少しで春らしい。常夏のジャーヴァルでは季節感覚が無くなる。

「あのルドゥってのも面白い奴だよな。あんな怖ぇ奴見たこと無ぇぜ。俺の師匠も負けるよ」

「そんなにか?」

 ファスラがこちらの股間を触りながら「そんなにだ」と言う。

「もっと触れよ」

「嫌だよ」

 ファスラが鼻を穿って、指についた鼻糞をつけようとしてきたので蹴っ転がす。

 ダルヴィーユ中佐が偵察隊に案内されて来る。縄で拘束もせず、士官には帯刀も許可してある。

 ダルヴィーユ中佐は踵を揃えて敬礼。自分は座ったまま敬礼を返す。

 蹴って転がったファスラはアクファルに掴まって立ち上がろうとして、避けられてまた寝転がる。

 ファスラは今朝方に姿を表した時には既に酒臭く、今昼時になるまでに酒瓶は二本程空けている。結構ベロベロに酔っている。

「あんだよ、ケツぐれぇ触らせてくれたっていいじゃねぇか」

 アクファルは視線すら、首の角度すら変えずに無視する。こちらもそれは無視して続けよう。

「メルカプール藩王国第十五王子義勇軍で軍事顧問として働いている、魔神代理領イスタメル州第五師団師団長ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンと申します。第十五王子義勇軍の司令官であるナレザギー殿下はご不在ですので私が代理に。シャトゥラ=ギュイ・ダルヴィーユ中佐、軽騎兵が死なずに虜囚とは、心中お察しします」

 ナシュカが目玉を抉られて、泡を吹いて放心状態のアギンダ兵の足首を掴んで引きずって来る。

「おいクソ城主! この毛玉どもにゃなんて文句入れんだよ」

「殺さないで、とか命乞いの言葉入れとけ。アギンダの言語感覚に合わせて、任せる」

「ハナからそう言えボケが」

「うるせぇ仕事中だ、あっち行け、しっしっ」

 ナシュカは舌打ちしてアギンダ兵を引きずって戻る。

「失礼、中佐。お話は単純です、こちらの軍に加わりませんか? ザシンダル藩王の反乱が鎮まったらそのままお国にお帰ししますよ。公に宣言して誓っても良い」

「有り難い申し出でありますが、我がジャーヴァル=パシャンダ会社軍は国軍と同じ、ロシエの王冠の下に組織されて、在ります。お断り申し上げます」

「脅迫して無理矢理に戦わせるのは性に合いませんのでそれはそれでよろしいでしょう。殿部隊に志願して本隊を逃がす目的を達した貴方方の勇気も賞賛しましょう。ですが、私には中央から現場判断を任せられました。私がどのような判断を下すか理解のある中央からです。生き残ってさえいれば、友人と戦ったとしても戦後に再会は出来ますよ」

「部下達へのお慈悲を願います。その為に生き恥を晒しております」

「立派な精神です。しかし、残念ながらそうはいきません」

 ダルヴィーユ中佐の脂汗が酷い事になっている。脅した心算だが、そこまでする心算は無い。ダメならダメで、ちょっと再確認して終わらせる心算ではあった。

「ギャアギャア喚くなクソ狐! ルドゥ、クソ共に猿轡噛ませろ」

「やれ」

 偵察隊が目玉を抉られてもまだ意識があって叫んでいるアギンダ兵達に猿轡を噛ませていく。

 ナシュカには言葉を考えるだけで、アギンダ兵の背中を抉れとは言っていないが……あ、ジャーヴァル南部の文字を偵察隊は書けないか。

「旦那よ、個別面談の方が良かないか? このおいちゃんは誇り高いぜ。本心よりも名誉で動く」

 ファスラが三本目の酒瓶を咥えている。

「外人部隊作ったんなら相応の指揮官が欲しいだろ。寝返らないような誇り高い奴をよ」

「メルカプール藩王国第十五王子義勇軍ロシエ人部隊? 流石にそいつは厳しいぜ。こんな僻地にまで志願して来ている奴等にゃ無理だ。とっととやっちまえよ」

 ファスラが脅迫を助けてくれる。

「私の噂を知っているのなら、そのようになってご帰還頂きます、中佐」

「悪名は寿命を縮めますよ。神も見ておられます。教えは違えど魔神代理領でも好まれぬはず。故郷のご家族の名誉にも関わります」

「ロシエの騎士道から見れば外れているでしょうね」

「私はアラック人です。戦えば苛烈に敵を打ち倒しますが、終われば剣を交えた友と考えます」

「アラック人? ああ、魂を燃やせ、のアラック人ですね。勇壮な噂は聞いております」

「どうかお慈悲を」

 血の気が多いことで有名なアラック人でしかも命知らずが代名詞の軽騎兵が”お慈悲を”とは、中々胸にくる。

「大地は母、山は父、風は祖先、天は見ている。この言葉はご存知ですか?」

「遊牧民が崇める蒼天の神の教えだったと記憶しております」

「その通りです。私はセレードに生まれたセレード人です。一部は聖なる神を信奉してあなたのような立派な軍人精神に共感するやもしれません。しかし私はセレードの田舎の出とは言えセレードの軍人貴族であって、母はレスリャジンの騎兵。聖なるも魔なるも知ったことではありません。あなたの聖なる神が呪いの唾を吐いてこようが、我が蒼天の神は褒めてくれるでしょう。これを悪と見做すのはあなたのお友達であって、私のお友達ではありません」

「悪趣味な野蛮人め」

「ロシエ人が文明人気取りとはお笑いですな。それと、趣味ではありませんよ。理性でそうしています」

 ダルヴィーユ中佐は敬礼をして、踵を返して立ち去った。偵察隊が送りに付く。


■■■


 ジャーヴァル=パシャンダ会社軍の兵士は選別する。

 ロシエと現地人の混血には危害を加えずに厚遇する。志願兵は簡単に募集するにとどめ、後は送り返す。

 純血のロシエ人は、目玉を抉って両手を砕き、命乞いの言葉を背に刻み込んで送り返す。血には温度差がある。

 ”私の息子はあんな目に遭ったのに、お前のところの土人の息子は無事に帰って来た!”。処置前からもう聞こえてきそうな台詞。

 感情というのは理不尽であるからこその感情である。理不尽な反応を期待する。

 全ての捕虜の目前でロシエ人の処分を見せる。「君たちにはしないよ」と甘く囁いてから行う。

 ジャーヴァル人は厚遇される、混血は返される、ロシエ人は酷い目に遭う。差別化で有利を招く。直接銃弾をブチ込む以外にも攻撃する方法はいくらでもある。

 夜になり、嘆きや怒りの声が野営地に響く。亡者のような彼等を”無事”に送り返すにはそれなりの旅程を組んでやらねばならないので、送り出すのは早くても明後日になるだろうか? 当日は時間もあるが、手続き的にまず無理だ。傷の手当もしなければならず、経過も診る。死んでしまっては策の効果が無い。

 仕事が一段落し、野営地に戻ってきたナレザギー王子と焚き火を囲んで夕食を取る。ファスラは酔って寝てしまったと思っていたら、夕食の用意が出来た時には気付いたらいなくなっていた。気ままな奴だ。

 夕食は香辛料たっぷりのバター鍋で、細切れの牛肉とケジャータラ近辺の野菜が入っている。水で溶いた小麦粉を薄焼きにしたパンを鍋に漬けて食べる。口の状態を変えるのに、酢で調理した豆料理が添えられている。

 美味い。セレードに帰るのが怖くなるくらいだ。茹でて貰ったうどんを鍋に漬けて食べる。ナレザギー王子もうどんで食べて、啜れず食べるのに苦戦しているのが面白かった。狐頭の口は啜れないらしい。

 焚き火に石を投げ込む。焼けたその石がパチっと鳴って割れる。

「固い一つの塊であるように見える石でも、熱を加えれば本当の姿を見せます」

「その心は?」

「こうしてやるとまるで古の名将みたいでカッコいい、です」

「感服しました」

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