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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第1部:第3章『ジャーヴァル三国志』

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08話「ベルリクの軍隊再編」・ベルリク

 軍事顧問団としてまず手がけるのは既存部隊の再編。あまり手をかける時間も無いが、せめて効率化せねばならない。

 皇帝の常備軍たる、官僚地主が中央の指導を受けて揃えた地方連隊のような綺麗にまとまった部隊はこのナレザギー王子軍には存在しない。ここは諦める。

 メルカプール藩王の直属軍は再編中。こちらから部隊を分けて貰うなどということは出来ない。むしろあちらから分けてくれと言われかねないぐらいに消耗している。

 ナレザギー王子の急ごしらえ編制軍は掃き溜めだ。とにかく掻き集めの状態でいい加減。アッジャール戦中に叛旗を翻したザシンダルとその同盟配下連合軍に攻め立てられながら作ったのだから仕方がないが。

 平民と被差別民と士族に王族が混じって肩を並べ合う歩兵部隊の分離がまず先になる。これが今まで部隊分けもせずに混在していたのは、それぞれの貴族や士族が自領から引っ張ってきた者達をそのまま直卒するか、ただ連れて来て知り合いに任せて放置していたからだ。中には食べ物にありつけると思って勝手についてきた物乞いもいつの間にか混じっているらしい。

 全体的に、画一的な訓練がされていない。そもそも軍事訓練未履修の者ばかり。

 共通する装備を持っていない。小銃の弾丸規格が合っていないのは補給面で苦労する。武器替わりの農具の持ち寄りは、ある種の共通点だが褒めるところではない。

 命令系統が一本化されていない。部隊間の横の連携も無ければ、言葉も方言程度から語系程度まで違いがあって通じない。

 信仰も魔なる教えの法典派と、亜大陸神話体系を共有しながらどの神を拝一するかで派閥が分かれている。信仰の同志同士でなければ開戦時の儀式違いで揉めるらしいので整理が必要。

 そもそも誰が誰と戦うかすら分かっていない者もいた。ここが軍隊だと初めて聞かされて驚いていた者だっていた。敵を教えるところから始めないといけなかった。そして”ザシンダルって何?”という疑問の声が多数。”南のパシャンダ黒人だよ”と言えばある程度通じた。

 正に寄せ集めの、前近代軍編制。水と油で作ったような私兵……集団? 徒党? 綺麗な名称をつけたくなくなる集まりであった。

 兵士達の個人的な質を見ればろくでなしだらけ。簡単に歩かせるどころか、顔と体格と姿勢を見れば分かるぐらいの連中だ。

 良き領民とは多額の納税、貢納をしてくれる存在だ。だからそんな良民は故郷から離さず、死んでも良いと思われている連中が掃き捨てられるように集まっている。

 ここで名案があった。ナレザギー王子に、平民に被差別民全員を奴隷として買い取らせることにした。持ち主である士族に王族も、彼等を惜しむこともなく提示された金額を聞いてあっさりと売却。世界の果てを感じる。

 そのろくでなし達も、近しいが故に怨恨積み重なっている旧主人達に使われるより、縁遠い存在なので逆に親しみを感じるナレザギー王子の直下に入って喜んだ。田舎の田舎者より、大型藩王国の王子の奴隷でいる方が待遇が良いと瞬時に悟る。

 奴隷は衣食住が保障された身分である。家畜のようにこき使われる運命であるが、野良犬のように投石棍棒で追われて物乞い、ゴミ漁りに強盗でもしないと生きていけない最低の自由身分より幸福である。

 そんな王子の奴隷の中から模範部隊に適格と判断した者だけを摘まみ上げ、残りの不適格な連中を既存部隊にする。

 不適格な連中とは、餓えて体力の無い者、文盲なんて生ぬるいほどに馬鹿、各種障害者、信仰が戦争に適さない者、ひどい年寄り、ちっこいガキ、体力不足の女、集団行動に問題がある性格、飲んだくれ、大麻常習者、阿片中毒、前歯が無い、話語不明、皮膚病に肺病などとにかく病人。まだまだいる。

 本当に酷い。歩いているだけマシな輩も多く、特には病人に関してはひっそりと処分することになった。

 その後は部族や氏族、信仰に言語毎、とにかく部隊内で衝突が無いように細分化して編制してまとめた。人数に偏りがあって非効率だが、そんなことは些細と思える程に質が悪い。妥協し、諦める。

 既存部隊に残留させる士族の歩兵に彼等の従士達は切り込みの白兵戦部隊とする。彼等は銃などより刀や槍など、自分の家で学んだ武術に誇りを持ち、幼少から学んでいるだけあってそれは中々に上等である。敵に張り付いた時の白兵戦能力は馬鹿に出来ないと判断した。

 シルヴから聞いたアソリウス島騎士団の例を思い出す。シルヴのように畏敬を抱かせるのは流石に無理だが、ならばその誇りをそのままに利用、誇りを煽って使ってやる。

 士族歩兵隊は、敵ロシエ式戦列歩兵の的にするような運用をしなければいいはずだ。下手に隊列は組ませず――組めと言っても組まないだろうが――散兵のように自由に戦わせた方が良さそうだ。

 狩猟民族兵の扱いも別にする。彼等は家族単位で行動するのでそのままの家族単位を部隊とした。隊列に組み込んだりしても特長が死ぬだけなので、自由に動き回る散兵にする。彼等にとって女子供老人も戦闘員だが、今更その程度で驚かない。銃も弓も得意としている連中だ。個々の能力は間違いなく優秀であろう。言葉が中々、通訳不足で通じないが。

 ナレザギー王子は彼等狩猟民を、隊列を組む部隊に組み込んでいたから能力を活かせていなかった。隊列を組むのが得意な奴等と苦手な奴等は分離すべき。本当なら訓練して両方出来るようにするべきだが、そんな時間は無い。

 既存部隊に残留する騎兵には歩兵以上に規律の厳格化が必要である。勝手に騎兵突撃をするようなボケは邪魔でしかない。しかし罰則規定を厳格化しようにも政治問題に発展するような王族や士族のボンボンばかりでそれも難しい。勝手に動いたから、はい縛り首、では内戦になるような状況。それが今の皇帝と藩王との力関係だ。

 いっそ命令を聞かない連中は家に帰し、代わりに金やら物資を供出して貰った方がいいのだが、いても邪魔だからと家から戦場に出されたような次男坊三男坊どもだからそれも期待できない。ならば家と離れて王権とではなく、ナレザギー王子と個人的な主従関係を結んで貰いたいものだ。模範部隊の騎兵隊に入れた王族に士族はそのようにした者達だ。

 契約を変えて貰いたい理由は、王権との契約では交戦相手を同じとする条項や指定した戦場に集結する条項はあるが、どのようにして戦うかまでの条項が無い。どのような訓練を受けるかまでの条項など当然無い。条項が無いから強制力が無い。強制力が無い以上に、触れていない条項には干渉しないという意味もある。

 以前ナレザギー王子が戦争に勝つためと指示に従うように指導したが、契約に無いと跳ねつけられたそうだ。そして指揮――指揮者というより先導役?――は誰が執るかは貴族の同士の話し合いになり、中で一番武勇に優れるだの有名だの最年長だのと言い争いになり、戦闘が開始されても決まらず、勝手に行動をして撃たれまくってくたばったというのが前回の戦いの結果。

 これを踏まえて、自分も加わっての再度の説得でも、戦争は専門家に任せろとの口ぶりだった。武芸を披露するのが戦争と思っているらしく、ナレザギー王子の消極戦術の凄さを説いてみたが、理解する脳は持っていなかった。契約通りに戦うのが彼等の戦争であるので価値観が違う。

 契約内容を更新するのは容易ではないらしい。王朝創始以来の何百年も変わらない契約であることが尊いとされている。どちらかに不利で多少理不尽でもそれこそが伝統であり、不変で理想の、調和の取れた名誉ある主従関係であると見做されている。余人が介入できるものではない。

 個人的に王子と契約をするのならば実家から離れる必要が出てくる。家を分けて自立という行為と見做されるので絶縁宣言になる。この状態では故郷にすら帰れなくなる。もし帰ったら二重契約状態になり、不忠不義となって社会秩序が乱れるので物理的に排除されるのが妥当になる。

 これではいくらナレザギー王子から好条件を出されても契約の変更を受けたがる者は少ない。故郷に家族を残していたり、婚約者がいたりと諸事情は様々。

 契約の件に関してはちょっとやそっと手をつけたところでどうにもならんというのが結論。故郷を捨てたがっている者も諸事情によりいるので全く模範部隊の人材が確保できていないわけではない。

 まだ別種の困った連中がいる。ルサレヤ総督が教えてくれた連中だ。

 聖職者部隊。戦前には存在しなかったが、皇帝や藩王が保有していた官僚地主が多数戦死して多数の無主地が生まれる。更にパシャンダ諸藩の離反も受け、皇帝が恩恵として与えていた多数の徴税権保有者である南部系官僚地主も追い出されて没収となり、更に無主地が生まれた。

 では新しい官僚地主を任命すれば良いということになるが、適格者が戦死し過ぎて人材払底となる。戦果膨大な雄藩に多く分け与えても人手が足りない。領地管理や連隊の編制義務も負うことから下手な人間を配置できない。ということで、神殿を管理してきた聖職者を充てるという方策が取られた。

 聖職者達は寺院を使って農村を助ける程度の金融業は日常的にこなしていたので管理には問題ないとされた。

 連隊編制については聖職者達に一切期待が寄せられなかった。まず任せた領地というのは、ほとんどが不採算で人口も把握できていないような辺境、密林地帯。それでも神々が住まうジャーヴァル亜大陸を守らんと、宗教的熱狂から彼等は部隊を集めて送り出してきた。

 その部隊とは雑兵の集まりで、戦死は殉教と考えていて士気が高いところは良い。そして目立った特徴として、生きた旗印となる神子を擁している。

 神子は、神々の化身と古の王族が交わって生まれた神王統に属する一族から選ばれた神の化身のことで、この戦時では神なる戦士を務める。

 神王族とは王族よりも貴い最上層を構築する一族で、ナレザギー王子の藩王一族より高位と見做される。ジャーヴァル皇帝一族よりも精神的には高位らしい。特別な血統に拠る聖職階級であろうか?

 信仰派閥により個性的な面々が見られる。一例を少し見てみよう。

 名無しの原初神派の神子。文明を拒絶するような全裸で、火が触れた物は穢れなので触れてはいけない。素手での石投げは大丈夫だが、投石紐はダメ。勿論弓はダメで銃は問題外。槍は棒を尖らせた物ですらダメで、折れた木の枝なら使える。

 豊穣神イガーサリ派の神子はとんでもない。全て月経の止まった妊婦で、鎌で命を刈り取り、摂取した命を神の子に注ぐ、らしい。おぞましい刺青を入れた、何れも揃ってガタイの良い女達。死を恐れぬ獰猛な人食いとして恐れられている。最低にイカれてやがる。こんなの軍に組み込むのかよ。

 この神子達を旗印にする雑兵達の好戦性は使い勝手がある。夜襲などで敵軍に奇襲、肉薄させて恐怖させるために使おうと考えている。

 イガーサリ派の神子は今更、身重だからと後方に引っ込めることはしない。一人死んだら二人分なだけだ。何を気を使う必要があるのか、その程度の事。

 ちなみに神王統一族が下賤に触れると穢れるということだが、戦時においては神々に敵の命を捧げる宗教儀式となるので問題無いらしい。つまり戦闘していないときは美術品みたいに扱われることになる。面倒臭そうだ。

 これらを整理したつもりだが、滅茶苦茶なままの諸部隊は何というか、隊列を組んで決戦をするよりも不正規戦で戦わせるのが良さそうだ。

 ザシンダル側はロシエ式兵に絶対の自信があるのだろう。だがあれは大規模な正規軍同士のぶつかり合いで威力を発揮する種類の兵だ。だから決戦は避けつつ、チクチクと嫌がらせをして対抗するのがいい。

 更にちなみに、雄藩とやらが行う決死戦という戦法についてだが、あれを真似する連中はこの軍には流石にいないらしい。聖職者部隊も

 雄藩将兵は全て、皇帝が手元に置いて切り札にしているとのこと。


■■■


 輸送隊第一陣がシッカに到着し、武器を受け取る。そして既存部隊への銃配備は後回しにする、せざるを得ない。模範部隊の訓練向けに回す以上は無い。

 武器以外にも手紙も届けてくれた。借りている部屋に戻って自分へ差し出された物を読む。

 まずはなんと言ってもシルヴ。彼女の手が触れた物が手元にあると思うだけで元気が出てくる。

 ”アソリウス島内は平穏そのものだけど、海は物騒になっている。魔神代理領内の海運業が活発になって、ロシエ系に南部諸侯系の私掠船がそれを狙って動いている。時には海軍自体も動いていて、エデルト船舶もその煽りを受けて少なからず被害を受けている。海上ではエデルト=魔神同盟と神聖同盟の戦争に発展しているも同然の状態で既に有事。

 沿岸警備隊を中心に、軍の増員には苦労している。島民は従順そのものなので苦労はないけど、島での戦いで適齢の男が大分死んだので徴兵は少々苦しい。その点を気にしないで良い移住者は色々と我が強いし、問題も起こしてくれる。本国にいられないで飛び出してきたような連中が多い。そこで問題を起こした者を強制徴募して人格が変わるぐらい訓練して兵に回すことにしている。まだアソリウス島自体に襲撃をかけるような船はいないが、警戒は怠れない。

 セレードの隣、オルフでの未亡人戦争への対応で本国は大忙しみたい。少なくとも共和革命思想のオルフ人民共和国側への一方的な加担は有り得ないと思うけど、長引かせるとしたら援助もあり得る。この戦争に軍事介入をするかまでは議論の最中。あの幼いオルフ王との縁談話も議論中みたい。アルギヴェンの家系には同い年くらいの女の子もいるし、どうなるか?

 今までの本国の軍縮路線は消滅し、軍拡に進んでいる。陸は国境警備隊の増員、海は船舶護衛用に足の早い軍艦の建造が優先されている。それと遠回しな表現だけど、こっちの軍へ復職しないかって話があったけどどうする?”。

 復職するならレスリャジン氏族に妖精も連れて万単位で帰国してやろうとも考える……夢想が過ぎるな。今更木っ端士官もどうかなぁと思う。将軍待遇は無さそうだし。でもシルヴの下ならとりあえず文句は無いが……とりあえず今は魔神代理領の方が楽しいからと返事をしておくか。再就職するときはよろしく、だな。

 ジャーヴァルの話もしよう。アッジャールが踏み荒らしてグチャグチャ。宗教、部族に種族がゴチャゴチャ。中央集権が確立していなくて政治的にメチャクチャ。

 飽きそうにない土地で、しかし永住はしたくない感じだ。乞食の強気さがとんでもなかった。牛の糞がその辺に、異常にあった。宗教関係者の儀式が派手でうるさくてお香や生贄で臭い。時期やら葬式の多さが重なっているのか毎日どこかで祭り騒ぎをしている。観光には丁度良い。仕事だと疲れる。暮らすのは嫌だ。アソリウス島より内陸な分、今いるところは暑い。

 お次はセリン。シルヴの手紙の内容から推測すれば大分忙しいと思うが。

 ”よう旦那。魔神代理領全軍の再編制に伴う海運の仕事が増えて海賊も海賊稼業をしている暇が無いぐらい仕事があるよ。わざわざ船を襲って略奪するより、海運の仕事をしているほうが安定して稼げる状態で、魔なる信仰を持つ海賊達はほとんどが真っ当な仕事をしている有様。海軍に帰参したり、集まって海運会社を作る動きもあるね。ウチにも入った連中がいるよ。

 そこで邪魔しに来ているのが、神聖教会系のヘボい泥舟。積荷目当てで、沈めて殺して奴等の港周辺にその残骸を捨てて警告してやってもフナムシみたいに沸いてくる。

 この前ファランキア共和国の軍港を燃やして、奴等が良く中継港に使っているネルシッタ島の連中を皆殺しにしてそこら中に吊るして、艤装取っ払った船に目と手を潰した捕虜の市民水兵を二千詰めて送り返した。他の麗しの中大洋に下痢を垂れ流してるクソ教会のカス国家どもにも同じようなことをしても、その程度の見せしめだけでは止らない。もっと殺す。

 先の大戦で英雄だとか言われているペシュチュリア共和国のクアラジモ提督をタルガリス岬の大灯台に吊るしてやった。こいつの船は私が貰って、いまやイスタメル海域海軍の旗艦。あちらの最新型の大型戦列艦で、無駄に金がかかってて、並みの砲弾ぐらいなら弾き返す装甲がある。こんなもの、単独で夜襲して捕ってやった。航海訓練中であの馬鹿ども油断してやがった、ヘボ魔術使いもほとんど配備していなくて超楽勝だった。全員殺した。

 それでもイスタメル海域はクソどもとこちら側の境界線で、いくら船を沈めても奪っても水兵をぶっ殺して吊るしても基地があるかぎりフジツボみたいにいくらでも生えてくる。奴等め、アッジャールのカマ掘り馬野郎どもとの戦いで弱っていると勘違いしやがっている。その妄想を船体頭部ごと粉砕してやる。してやってる。

 だから旦那はとっとと東の豚どもをぶっ殺してこっちに戻って来なよ。一緒に上陸攻撃やるぞ。街が焼き放題なんだから、早く戻って来なさいよ。潮風を嗅いだだけで小便チビりだすように沿岸部を無人地帯にしよう”。

 何だか、平時の海賊合戦から激戦に発展したのはお前のせいじゃないのか? と返事したくなる。

 ただ虐殺だけじゃなく、人を不具にして送り返すとは、あれだ、人に自分の行動が見られていると改めて思い知らされる。まあ、シルヴ繋がりで亡者シェンヴィクの真似をしただけなので自分が起源を主張する気はないが。

 海軍さんは忙しいねとでも返事しておくか……しかしこいつホントに血の気が多いな。

 三通目はルサレヤ総督。御前会議は時間をかけて行うので、この手紙が到着している時点でもまだ魔都に滞在していることだろう。

 ”御前会議の進捗で君に伝える事がある。親衛軍の派遣は未だ決まらず、反対派の派遣容認状態まで復活するには時間がかかる。何とか耐えろ。

 次に、魔族が増える可能性がある。お前に関係がない話ではない。魔導評議会は善処するだろうが、質の低い者が選ばれる可能性は否めない。そういった出来損ない魔族がお前の上官として派遣される可能性がある。これは厄介事だ。

 魔術と筋力が恐ろしく強大になるとしても、精神に知能は変わるものではないのだ。長い年月が解決することもあるが、君が若い内には無い話だ。君ならその恐ろしさが分かるはずだ。有能な敵より恐ろしいのは無能な味方だ。その味方は生物として無駄に頑強で、背中に穴を開けても生きている可能性がある。

 今まで通りならそのようなことは、魔族が派遣されたとしても有り得なかったが、今後はあり得る。魔族至上主義の時代が来たのかもしれない。魔族というだけで大きな権力を持つ時代だ。

 人々は疲れている。疲れた身には辛い重労働を肩代わりしてくれる強靭なる者の登場は必然望まれてしまうものだ。その風を今感じる。私の言葉も時代遅れの年寄りの繰言と始末されるのも時間の問題だろう”。

 何を弱気な! と返事が出来るほど魔神代理領については知らない。

 ルサレヤ総督が弱音とはちょっと、これは困ったな。こちらの努力でどうにかなる問題でもないし。

 ならばいっそ私と駆け落ちしましょうか? 返事を送っておくか。これ以上は思いつかない。

 俺の可愛いババアを困らせやがって。いくらあのガジートの猫ちゃんの飼い主とはいえ、青面ベリュデインのクソッタレめ。ケツから血抜いてもっと青くしてやる。

 四通目は第五師団長代理から。

 師団長代理はラシージが推薦した妖精だ。勿論意志は強い方。マトラ妖精の名声は以前とは比較にならないほど高まっているので人間からも不平も無いだろう。

 スラーギィにおけるオルフから南進してくる難民の問題は引き続き人権の無視を持って適宜解決中。東部の荒野の状態は、水源地を巡って開拓民同士で衝突しているらしい。正直あそこはゴミ捨て場なので、まあいいだろう。

 比較的豊かな西部にとどまろうとしている難民をレスリャジン氏族が駆逐している。

 そのレスリャジン氏族は亡命アッジャール人を吸収して拡大中だ。生活様式も、そして遊牧諸語に連なる互いの言葉も似通っているので大きな問題も起こっていない。難民掃除にも人手が十分足りているそうだ。

 マトラの復興は順調で、オルフにいた元奴隷妖精も既に馴染んだそうだ。

 街道も戦時の迷路状態から平時の直進路への修復も完了し、無茶な使い方をした水路の補修も完了して水周りに不備は無くなった。

 今は武器製造に力点をいれており、工房の拡張を行っている。マトラ製の武器を送りたいところだが、直接送ると時間がかかりすぎるので、イスタメル中心に他所からの武器供給の負担を抑えることによって間接的にこちらへ武器を送る、とのこと。現実的だ。

 それとバシィール城の状態だが、いつ戻ってきても以前通りに生活できるようにそのままにしてあるそうだ。

 最後に父からの手紙……シルヴの手紙に同封されていた物だ。読みたくないので後回しにしていたが、やはり読まざるを得ないか。

 読んだが何というか、親父はベラスコイ家からの紹介があって再婚したそうだ。

 シルヴの実家が勢いを取り戻しつつあるのはまあ、同郷人としては嬉しい話である。嫁を取れるということは多少なりとも財政状況に余裕が出てきたということだ。父にも株式配当がそれなりの額で降りてきたというわけだ。親が儲かって嬉しくないわけもない。

 ただなぁ、再婚相手がなんとも、息子である自分より年下だ。これは実家に帰りたくねぇな。かと言ってずっとずっと先延ばしにして、背丈が同じぐらいになった弟か妹に会うのも気が引ける。

 同封された、少なからず金がかかったであろう新妻の細密画を見れば”余りもの”を押し付けられたわけではなさそうだ。

 一応アクファルにこのことを伝えたが、血の繋がりが全く無い話なので「はい、おめでとうございます」といつもの何か奥底にありそうな無表情からでもあっさり分かるほどに無感動だった。返事が出てきただけマシか。


■■■


 ラシージを中心に工兵と偵察隊が有望な連中、模範部隊の練兵に勤しんでいる。場所はシッカ郊外の平原を借りている。整備された練兵場は第一王子とその軍が使っているのでダメ。

 ナレザギーに買わせた奴隷からは質の良い者を選別して模範部隊に入れた。ろくでなしばかりとはいえ、戦場に適応するような奴はいる。

 これでは数が足りないので、御用の奴隷商人からの買い付けや、ナレザギー王子と交流のある有力者から人の紹介をしてもらう。待遇の良い精鋭部隊という話で集めたのでそこそこは質の良い者達が集まった。

 ただこの集め方では人が足りない。あっという間にその経路からの人的資源が払底する。奴隷商人の招致を行うことと、領主達との摩擦を覚悟しての徴兵組織の設立が急務だ。

 ちなみにナレザギー王子はかなりの金持ちだ。個人資産額ではメルカプール随一で、藩王よりも確実にある。少ない小遣いを使っての投資で稼いだそうな。銀鉱を当てたとか、とんでもない話もしてくれた。魔都圏にも資産があるらしい。そこにジャーヴァル料理を出している店も展開しているとか……これぞお貴族様である。

 模範部隊の下士官用に両手で扱う大刀を配備した。エデルトでは槍だが、歴史背景は重要である。

 ジャーヴァルで大刀は結構広く使われている。主に生贄の儀式や処刑で使い、豚や牛や人の首を一撃で両断する。味方のみならず、敵への威圧感も抜群だ。白兵突撃時にも威力を発揮してくれるだろう。

 ナレザギー王子と契約した士族の中から模範部隊の突撃隊を編制する。

 彼等の白兵戦能力は重要だ。敵に縦隊で接近、小銃で一斉射撃。前列から順次しゃがんで連続射撃してこれを突撃準備射撃とし、抜刀突撃をする。

 または前列から順次一斉射撃して、撃ったら最後列に移動してそれから前進を繰り返す前進射撃。

 これの突破力は相当な物になる。突撃要員として期待している。忠実で軍事に対して意識の高い職業軍人の士族達ならモノになってくれよう。契約内容は、これらの行為をすることに全く問題が無いようにしてある。

 ナレザギー王子と契約した士族は主に士官にする。優秀さはともかく、高貴の生まれは重要だ。アホでもそこそこマシに見えるのだから人の認識は面白い。士官は兵を率いて、下士官は兵のケツを叩く。下士官は平民でもいいが、士官となると良くない。いかに実力があっても所詮畑から生まれた奴、俺等と同等などと農民共に思われナメられてはいけない。親しみやすいなどと長所を上げる者もいるが、士官とは兵を殺すのが仕事だ。階級意識はあった方がふん別がついてぶん別ができる。

 それと単純なところ、識字率の問題がある。読み書き出来ないようじゃマジで困る。数字にも理解が無いと更に困る。士族は大体が魔神代理領の共通語を話して書ける。

 模範部隊での騎兵隊の編制は非常に難しい状況だ。ナレザギー王子と主従契約した馬が使える士族となると数が少なく、それから士官要員に差っ引くと更に少ない。

 馬に乗れる技術のある者を身分に関係なく高給取りで急募してはいるが、そんなことは対アッジャール戦争で行った後なのでまるで集まらない。王権との契約に従う士族ではなく、個人的にナレザギー王子に従う騎兵隊は絶対に必要だ。藩でつけている近衛騎兵では足りない。

 しかし馬や駱駝はあるのに乗り手が不足している状況だけはいくら頭を捻っても変わらない。まずは適格な騎兵が少ないので当面は伝令、斥候の訓練に狙いを絞ることにする。

 それから馬を知らない奴を一から騎馬訓練をさせてもいるが、いつ使い物になるか? 乗れるだけではなく、任務に使えるようにならないといけないのだ。メルカプール内の人材で編成するという考えは捨てた方が良さそうだ。

 いっそ暇をしているか不遇に甘んじている分裂アッジャールの一部を引き入れるのも手ではないかと考えてしまう。ジャーヴァル内でも好き好んでか仕方なくか、馬賊として放浪している連中がいると聞く。選択肢としてとっておこう。案外、話が合うかもしれない。

 砲兵、工兵の近代化は重要である。職人階級の器用な連中、大工や鍛冶屋は歓迎。学者も採用する。

 工房関連の生産力は落ちるが、所詮は質の低い武器しか作らないのだから輸入頼りにした方がいい。弾の製造ぐらいならそこまで質の高い人員もいらない。型に鉛を流す程度だ。

 この場合は良い意味で頭が空の奴隷、被差別階級も採用。大荷物を運ぶのもそういう輩も必要だ。

 ラシージに任せれば何も問題は無い……のであるが、訓練相手が相手だ。


■■■


 鞍に小型砲とも大型銃とも言える大きさの旋回砲を載せた駱駝兵がお披露目中。

 駱駝を伏せさせ、そのまま発射が出来る。勿論取り外してもいい。騎馬砲兵の簡易型だ。駱駝は馬より重い物を運べるので一頭でも中々融通が利く。

 ラシージが採用するか見ている。隣に座る。

「どうだ連中、良い子にしてるか?」

「通訳を複数挟むので手間がかかるのを初め、国という概念が理解出来ておらず、従って国防という戦争目的が理解出来ず士気が低いです。待遇の良さが繋ぎとめています。ですので、この待遇の良さが忘れられなくなってからが本番です。軍用の簡易共通語教育も成果が見え始めています」

「後は時間稼ぎか、弱小陸軍で」

「はい」

 駱駝の騎手自らが旋回砲に弾薬の装填作業を行い、鞍につけたまま発射。口径はそこまで大きくないので、火薬慣れした駱駝がビックリすることも、反動で体を痛めることも無さそうだ。有効射程も普通の小銃よりははるかに長い。

 次に鞍から騎手が一人で外して旋回砲を発射する。砲を運ぶ駱駝と弾薬を運ぶ駱駝の二騎一組にしたら中々良さそうだ。騎手二人で装填と発射作業をやればもっと早くなるだろう。

「これ面白いな」

「騎兵不足との兼ね合いが問題です」

「両方訓練して状況に合わせて装備付け替えか?」

「そうなります」


■■■


 今我々はシッカのナレザギー王子の別宅を借りている。召使い付きでそれはもう生活は楽で良い。

 中庭でレスリャジンの少年騎兵達が訓練しているのを見ながら食事。ナレザギーが展開しているジャーヴァル料理店の品と同じ物だそうで、そりゃあもう美味いったらない。こうやってさりげなく顧客を増やしているのかと思うと、分野違いだがその才能が羨ましくなる。

 そして文化の違いを一度、味わうことになる。何の怪しい素振りも無く出された木の実系の甘い練り菓子を食べたら症状が出た。感覚過敏、思考の滅裂、動悸に千鳥足。毒でも盛られたかと思い、どうせ死ぬなら殺してやろうと刀を抜いて肩に担いでいたら犯人、ナレザギー王子から「まあまあ落ち着いて」と言われた。

「それは大麻菓子でね。食べ過ぎないなら大丈夫だよ」

「遺言何だよ」

「お酒みたいなもんだよ。私達メルカプール人は飲まないから」

「……殿下も食べるんですか?」

「まさか、商品に手を付ける奴は三流以下だよ」

 訓練は素手だけでの相撲の稽古だけではなく、刀に短刀も拳銃も弓さえ使って総合白兵戦訓練だ。

 刀は切る物だが、しかし刺す物。鎧を身につけているような相手を切り殺すという行為は難しいものだ。だから訓練は鎧もつけた完全武装で行う。誰が裸で戦場に出るのだ?

 弓は距離を取って使うが、別に至近距離でも殺せる機会があればそのように使って良い。鏃の代わりに丸めた布を縛ってつけている。当たると痛い。

 柄頭が曲がった刀を持ちながらの至近弓射も流行のもの。アクファルが一人で五人相手にして勝ってしまった。あいつ女だっけ?

 それからナレザギー王子にも稽古に付き合って貰った。最終的に謝罪を受け取った。

 拳銃は射撃武器の心算で使うと当たるものではない、嵩張らない槍である、とレスリャジンでは教えている。馬に乗って動きながら、縄と滑車を使って動く的への実戦的な射撃訓練を行う。

 槍であるから、そこそこ接近してから撃つ。動く的につけた、敵の槍に見立てた棒よりも遠くから当てるように撃つのだが、これが中々距離感を掴むことが難しい。近づき過ぎてその棒に突かれて笑われる者も出てしまう。

 自分が拳銃でそこそこの遠距離でも良く当てるところを見せると、他の武芸じゃ敵わないのに、途端にスゲぇスゲぇとガキどもがはしゃぎやがる。自分が撃ったところから皆が当てようとして、当たらなくて騒いでいる。

 あーくそ、可愛いな。日頃から練習していて良かった。昔より大分腕が向上している。

 メルカプールの武芸に自信がある者も時折参加する。主にナレザギーと新たに主従契約を結んだ貴族や士族の連中である。率先して結んでくれただけあって彼等は友好的である。

 それに他流の戦闘を体験するのは良いことだ。どんどん呼び込んで少年騎兵達と試合させる。相撲に刀剣に槍に縄に弓に馬。

 メルカプールの主流種族は狐頭の獣人だが、人間もいる。娘を連れて来た者もいた。それは気が早いぞ。


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 当然ながら志願兵頼りでは藩王と王子のメルカプール軍の再建など不可能。

 一先ずは、視力は確かだが前線にはもう立てないような退役軍人を雇用して、現代兵士の選考基準とは何たるかを教育し、各地に派遣して兵士に出来そうな者達を直接募集させることにした。

 積極的に志願兵を集めるにとどまる。多少の詐欺はしてもいいと言ってある。しかし今集められている分ではとても足りない。ザシンダル軍を単独で足止め出来る規模、予備役も含めての十万人という最低目標には届きもしない。

 徴兵が絶対に必要だ。優先して集めるのは宗教戒律と民族風習的に銃を使い、隊列を組み、命令に従うことに問題の無い連中を集めたい。

 志願兵の募集とは違う、強制徴兵を行うと各地からの反発が強く予想される。彼等からすれば王権との契約さえ守れていれば不義理にはならない。

 ジャーヴァル史において皇帝が頭越しに藩王領内の各領から徴兵した、という行為はわずかにあるものの横暴として記憶されている。そのような行為は基本的に契約外の行為である。直轄領でやれ、と言われる行為。

 横暴を働くのは致命的行為になるかもしれない。藩王に限らず各小領主単位でもザシンダル藩王に寝返る可能性がある。不義理に対する反逆は正義に分類され、受け入れ側は最大限の既得権益を守ることも正義とされ、安心して主従関係を改められる。力の均衡具合によっては雪崩れ打っての離反が考えられる。

 自領民を守るのが領主の仕事で、彼等との関係を考え、義理を重んじて志願兵制に留めるのが王道であろう。

 ということで、そんなことは我々軍事顧問団が知ったことでない。勝利のために限界まで搾り取りたい。藩王配下の各領主、組織の幸福など斟酌に値しない。

 敵は内外にいると考えを、皆に改めて認識して貰いたい。大規模徴兵組織の立ち上げ準備をしたい。準備組織として領主以下を取り締まる秘密警察の組織が必須である。

 ナレザギー王子に、そして藩王へそのように助言したい。しかし何とも、下手なところにその話が漏れるとこっちが暗殺されかねない状況だ。

 内政干渉の権限が欲しい。軍事顧問団じゃなくて政治顧問団にして貰いたいぐらいだ。

 騎兵の徴集ということで注目するのは砂漠地帯の遊牧民。馬も駱駝もいる。しかしメルカプール藩王国の中で一番”我”が強い連中で、ほとんど独立勢力だ。王権との契約内容がそうさせている。

 正式な指揮統制下に入れようとすると反発するので模範部隊どころか既存の部隊に入れることも困難。今彼等は藩王から命令もされず、自由気ままに敵の領土に侵入して略奪をしている程度の活動しかしていない。一応、敵味方の分別がつく知能はある。

 戦闘力はある。最低でも家族単位に指揮統制があり、散らばって独自に行動するので群れなくても行動できる連中だ。軍組織的に見ると、士官や下士官が非常に豊富という状態で、死傷率が上がっても組織崩壊し辛い。これを騎兵隊に組み込めればと考えていたが、せいぜいが部族からのはみ出し者や冒険野郎を招き入れるに留まるしかないようだ。

 作戦の度に金を渡し、ある程度目標を告げて好き勝手に戦わせるという方法しか利用法はないが、そんな前時代的な戦闘をしている余裕は無い。

 略奪の統制が出来ないという問題が起きる。倒した敵の物資をあてにしていたら先にこいつらが奪っていて、欲しいのなら金を出せとか、渡さないとか、そういった騒動が目に見えている。使い辛いと言ったらない。

 いっそ皆殺しにして馬と駱駝を奪った方がいいと考えるが、無限に逃げ続けられるような遊牧民の捕捉は難しいもの。いっそ戦場への入場を禁止して馬産に注力して貰った方がいいかもしれない。

 そんな”我”の強い連中も押し退けて人狩りも出来るような強権的な徴兵組織の設立は、相談したナレザギー王子が問題にならないよう慎重に、政治的に働きかけ始めている。ご機嫌を窺いながら、聖職者に卜占して貰いながら、穏当な表現でそのような状態になるのは仕方がないと世論形成をしながら。詐術的に借金を負わせて命令を聞かざるを得ない状況に陥れながら。

 これには時間が必要だ。ナレザギー王子は末弟である。メルカプールには末子相続の伝統は無いので地位は低い。しかし金持ちだし、一番軍事に明るい。

 今前線で活躍しているナレザギー王子を次の藩王に推挙しようと余計な動きをしている連中もいて、要らぬ反感を各所から買ってしまっている。しかもそれは決してナレザギー王子のために活動しているのではなく、のし上がるための踏み台にしたいと考えている、というのが大勢だそうだ。徴兵及び秘密警察組織の設立への道のりは遠い。

 それに加え、ジャーヴァル帝国では”臨時”皇帝と呼ばれているケテラレイト帝を在位させたままにするか、代替わりさせるかという問題がある。メルカプール内でも皇帝支持、不支持の派閥に分かれているのが輪をかけてややこしい。

 地方の宮殿でそんなことを騒がなくてもいいだろうにと思うが、新しい王権との契約を結べるのではないかという話に発展するのだからそうもいかない。

 人が集まらない呪いでもかかっているのだろうか? イディルの犬野郎がかけた強烈なのが。

 模範部隊の演習ついでに貴族の大粛清でもして、後の地方統治は中央から内政顧問でも招致してはいかがと思うが、上からの革命を軍事顧問が教唆してもしょうがない。やはり内政干渉は仕事ではない。

 メルカプールで主に崇拝されているのは正義と力の神ダカーク。おそらくこの世のどの神よりつまらなくて辛気臭い教義を持っている。他人を認めないことが正義の始まりだ。この正義には国防という言葉は伝統的に含まれていない。契約の遵守のみである。

 ナレザギー王子と何度も協議したが、解決方法は好機を窺う様子見のみ、と結論が出ている。

 糞め、負けちまえ。


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 今日は少し遠出をする。向かう先はアウル藩王国。ジャーヴァル帝国内唯一の妖精国家だ。

 同行者は、交渉に当たるナレザギー王子とその護衛、道案内と通訳のナシュカ、アクファルと少年騎兵達。ラシージ達は仕事がある。

 交通の便は悪く、往来が途絶えて久しい荒れた道を進んで、丘に密林、橋の無い川に湿原も越えて、駅も宿場もほぼ無い道を進んだ。

 狩った野水牛、こぶ牛、空飛ぶ野鶏が主食になった。管理された家畜牛、鶏より野性味が強かったがこれはこれで良し。

 見たこともない美しい青と緑の羽根が長い鳥が飛んでいて、あれは孔雀と言うらしい。ジャーヴァルの国鳥で神の使いともされるそうだ。

 巨大な、鎧を着たような一角獣である犀と遭遇した時は回り道を強いられた。視力が悪くて短気で近寄ってはいけないらしい。また家畜にはならないので子供を連れ去っても危ないだけ、とのこと。

 森を進む象の群れの横断を待ったこともある。象はジャーヴァル亜大陸全土で神聖とされ、また象使い達が騎獣を獲得するのはこのような野良から選抜して連れ去って調教するとのことで殺傷捕獲は厳禁。我々遊牧民の感覚としては他人が放牧している馬以上の何か、といったところか。分からなくはない。

 地を這う大蛇、頭が広いコブラが好戦的に突進してきた時は焦った。蛇というのは小さい獲物を待ち伏せで狩る印象しか持っていなかったが、こいつは食えるかも分からない自分に掛かってきた。

 以前も水辺で見た鰐には要注意。水棲ではなく両棲なので陸にもいるし、泥の中にだっている。大体、背中に土を被って隠れた状態でいるので足元注意の状況が続いた。生きた地雷みたいな化物である。デカいのもいれば小さいのもいるのが厄介。

 旅程も終盤に差し掛かれば妖精の農村が見えて来るので寝泊りが出来た。歓迎の心算なのか、人の言葉を真似て喋るオウムを部屋に放ってきたのでありがた迷惑。面白いのは最初だけ。


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 アウルの藩都、人間呼称ムバサラサの街並みは何と言うか、自由だった。

 好き勝手に屋根に壁に道路まで赤、青、黄、紫、水、黒、白の染料で塗られ、統一性の無い落書きがし放題。

 何なのか不明な彫刻もその辺に立っていたり、転がっていたり。真横に噴出す噴水が突然往来にあって、びしょ濡れにならないと通行出来ないようになっている。

 ただ意味なく上り下りの階段が続いて、無駄に蛇行した道があって、中央通りだと思っていたら突然、樹木に囲まれた花畑になっていて袋小路。

 ナシュカは迷う様子もなく、道でもない木々の間を縫って進む。上下水道はその野放図さと反比例するかのように完全と言っていいほど整備されているので街並みは清潔ではある。

 アウルの妖精達は若干肌が浅黒く、体格はマトラの妖精よりは大きいが筋肉質ではなく、手の皮もやや苦労知らず。しかしやっていることは同じか、それ以上にお子様。その辺で無邪気に遊んでいる。

 突然牛車が通りかかったと思ったら、食料の配給なのだと思うが、パンや作物をその辺に放り投げ始め、周辺の妖精がワーキャー騒いで取りに来る。

 街中には遊具が設置されており、滑り台だとか鉄棒だとか編み縄の砦? がある。

 そこら中で絵を描いていたり、棒切れを持ってチャンバラしたりと、混沌としている。人間がここに住んだら三日で頭がおかしくなるだろう。

 そんな遊園地をナシュカは迷いも無く進む。道を塞ぐ妖精がいれば容赦なく蹴り飛ばしている。何

 いつの間にか自分の腰に抱きついて離れない子供を、振りほどいて川に捨てる。川には水遊びをしている者がわんさかといる。川に投げてほしがる妖精が集まってきやがった。逃げる。

 中央広場らしき場所に到着。そこには芸術と享楽の神ザガンラジャードの神像がある。その姿は何というか、とんでもなくて、女性の胸の間から勃起した男性器が突き出ているというもの。教義は明るく楽しく生きよう、というおそらくこの世のどの神よりも優れた教義を持っている。

 祭りなのか日常なのか知らないが、妖精が集る山車が中央広場を走り回っている。山車の一段目には木製のザガンラジャード像が積まれ、二段目には太鼓に笛に各種鳴り物を鳴らして奇声を上げて騒いでいる楽団がおり、屋根の上には極彩色の羽毛の扇を両手に持った派手な格好の妖精が踊っている。

 一本につき十人以上が曳く何本もの綱に引かれて山車が突っ走る。危険なので目の前を通過するの待って、通過したら道を渡る。山車は中央広場から出て他の通りに突っ込み、曲がりきれずに建物の屋根の角を崩して走り去る。

「殿下、何なんでしょうねここは」

「私もここまで奥に来たのは初めてですよ。前に訪れた時は道に迷って諦めて帰りましたから」

 魔都ではしゃいでいた少年騎兵達も、流石にここでは食中り気味に押し黙っている。何もかも異様だ。

 それからも陸橋を渡り、地下水道の脇道を通り、いくつかの民家を通り抜け、丘を抜ける隧道を抜けて麦畑の畦道を通って、牛牧場を二つ抜け、山道を登ってまた下って密林を進めば突如、金銀彩色の物語に出てきそうな夢の国の宮殿みたいな建造物が出現した。

 飾りの柱を見れば、恐らく本物の宝石に金や銀で飾られている。門も屋根も壁もおそらく同じ。柱毎に衛兵が一人、斧槍を持って立っているのだが、その鎧と武器も宝飾そのものだ。

「殿下、何なんでしょうねここは」

「噂にも聞いたことがないですよこれは」

 その装飾に見とれていると、ナシュカが門前で舌打ちを二回やって手招きしている。

「お前等は外で待ってろ。光り物に触るなよ」

 一応少年騎兵達には念を押し、ナシュカについて宮殿の中に入る。ナレザギー王子も護衛を外に置いて中へ進む。

 宮中も外に負けじと絢爛豪華で壁も天井も柱も床も金銀玉石宝飾に無数の調度品、不思議な壁画に天井画に絵画もあって、複雑怪奇な模様と彩色の織物が敷かれ、垂れ下げられている。

 中にも衛兵に下女らしき妖精はいるが、我等三人は素通りしている。声をかけられることも、かけることも無い。ナシュカが通行手形になっているのだと思うが中々不気味だ。

 今度は直進、一つも角を曲がることなく進めば謁見場と思しき場所に出る。

 そこには水晶だろうか? 一体どれだけの大きさの物を削って組み合わせたのかも不明なほどの水晶玉座に寝そべる、これまた宝石だけで編んだのではないかと思える衣装を着た藩王がいた。

「朕がアウルの王チェカミザルであるぞ。汝等何ぞや?」

 魔神代理領の共通語だ。ナシュカの仕事は道案内だけになったかな?

 とりあえず跪いてから話をしようかと、ナレザギー王子とともに体を曲げようとしたら、ナシュカは跪くどころか、謁見場に入ってからの歩みも止めずにいきなり藩王チェカミザルの顔面に蹴りを入れる。周囲の衛兵は無反応。

「そこの人間が仕事くれてやるとよ。働け」

「痛いよもう」

 鼻を押さえて痛がっている藩王チェカミザルの前でナレザギーが跪き、倣ってこちらも跪く。

「お初にお目にかかりますアウルのチェカミザル王。私はメルカプールの第十五王子ナレザギーと申します。お見知りおきを」

「ほう、そちがメルカプール軍の指揮を執っているという王子か噂は」

 全て言い切る前に、ナシュカはチェカミザル王の首根っこを掴んで床に叩きつけて這わせる。

「回りくどい。とっと用件言え」

「分かったよもう、相変わらず乱暴なんだからぁ」

 腹を打った衝撃でえずきながらチェカミザル王はそのまま床に胡坐をかく。

「ナレザギー殿下にベルリク将軍、足崩していいよ。これごっこ遊びだから」

 妖精がこう言うのだからその通りと自分も胡坐をかく。ナレザギー王子は流石に戸惑ったようだっが、チェカミザル王が「まあまあ」と尻を床につけろと手を上下に振ったので胡坐をかく。

「さて。これでも外の情勢は把握しているから説明不要だよ。何をして欲しいのかは口で直接聞きたいね」

 ナレザギー王子が先に喋る。

「メルカプールそしてジャーヴァル帝国防衛のために軍の供出を要請したい。可能ならば今新しく編制している軍へ補充する健康な者もです。こちらは兵士でなくても構いません、訓練をします」

「いいよと言いたいけど、アウルにはマトラの妖精みたいに戦争が出来る連中はいないよ。見たでしょ? 皆争いなんて知らないで幸せなの。ザガンラジャード信仰はかくありき、ね」

 ナレザギー王子が唸る。あの光景を見せられては納得せざるを得ない。

 今度はこちらが喋る。これは想定済みだ。

「欲しいのは軍楽隊です。広場の方で見ましたが、あの神像と楽団を載せた山車は戦争に使えます。あれはいいですよ」

 チェカミザル王は胸の前で腕を交差させる。バッテンだ。

「ダメっ! あれは祭りで使うの!」

「また作ればいいじゃないですか」

「まずは君に神性について説かねばならぬようだな。ではまず神話に遡ること」

「ナシュカ」

「あ?」

 ナシュカがチェカミザル王の側頭部を蹴飛ばす。王は横に倒れ、倒れたまま。表情を引き締める。

「ベルリク将軍、今何と言ったかね?」

「はい? 山車ぐらいまた作ればいいと」

「違うね」

 腕組んで相も変わらず――普段通り――不機嫌そうにしているナシュカを見上げる。アウル出身なんだよなこいつ。

「ナシュカ」

「それだ!」

 チェカミザル王が跳ね起きてナシュカに抱きつこうとして、首相撲からの膝蹴りを八発受けて涎を垂らして床に崩れ落ちる。

「いやあナシュカちゃんも旅に出て成長して帰って来たんだねぇ。朕は嬉しいよ」

 身内みたいに喜ぶな……親兄弟か? 外見はまあ、同種同族と分かる程度の似具合ではあるが。夫? シクルはナシュカのことは処女扱いしてた気がするが。

「ナシュカかーそうかー、自分でつけたのかい?」

「つけねぇよクソ野郎」

「名前は私の妹が彼女につけましたが」

「なんと!?」

 チェカミザル王が跳ね起きて自分に抱きついてきた。服に涎がべっとりつく。

「それは素晴らしい。あ、山車ね、使っていいよ。楽団も全部貸すよ」

 名付け親のアクファルを紹介しようか迷ったが、止めた。迷惑そうな顔が浮かぶ。

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