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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第1部:第3章『ジャーヴァル三国志』

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06話「ダガンドゥ赴任」 ツェンリー

 宇宙開闢史にて、太平上帝は中原を太平に導く道程でこう結論を出した。


 粗衣小人 忠節遠心 錦衣大人 忠節求心


 ハイロウ人の半遊牧民が経営している牧場で毛並み良好な白馬を買って騎乗する。相場より相当な高値を言われたが、爆竹を例にとる方術で脅かし、オアシス商人が心得るべき信用護持、契約順守、客人保護の哲学を説教。次に互恵精神無き略奪悪漢の遊牧蛮族とは違うと示してこそ父祖の代からハイロウ民族は信有りとの名声を勝ち得て来たのだ、と歴史教育も施して正当な値で買った。

 購入した白馬は他の馬より割高だったが見た目は重要である。駄馬に騾馬では格好がつかぬものだ。

 馬が騾馬のように頑丈であれば最初から連れて来たのだが、途中で旅の邪魔になる可能性を考慮して連れて来なかった。

 上の者が率先して粗衣粗食に質実剛健を実行するというのは聞こえはいいが、現実的ではない。ボロを纏って見た目に威容も感じられぬ者の求心力は、そうではない者より低い。そうなるより他が無いというのであれば致し方ないであろうが、繕う余裕があるならばすべきである。勿論、下品なほどに華美でもいけない。

 旅でくたびれた官服を補修し、体も少なくない金を出して水を買って洗い、髪も結い直す。ショウにももう少しまともな服を買って着させた。生意気に剣まで強請ったが、持たせても扱えなさそうな上に滑稽そうなのでやめさせた。男子は何故兵士に憧れるのか? 徴兵されれば嫌がるくせに。

 ハイロウ随一の都市、ダガンドゥを目指して進む。ダガンドゥにはビジャン藩鎮の行政府が置かれ、自分はそこで執務をせねばならない。

 ショウは休憩したいとは言わなくなったが、途中のオアシス町村に寄って物資を補給しようなどと小癪な意見を出してくる。そこの寺院と尖塔を地平に見つけては小うるさい。道外れでも言って来るのだから小人とは教育が難しいと思い知らされる。

 彼は隊商の足跡に駱駝の糞、小便が砂上を撫でた変化を目敏く、半分砂に埋もれた無人の丸屋根井戸を見つけては休憩と称し、一泊でもしようかという態度を取り始める。

 ハイロウ人民が苦しんでいるという事態を理解せぬ愚か者。犬がショウの襟首を咥えて引きずる。水は補給しても寝る余裕などない。

「こらワン公! やめろって!」

 しかし最近思うに、ただ犬などと呼ぶには惜しい犬だ。言葉を話せないだけで人間と賢さは対等ではないかと思い、食事休憩の折りに命名した。

「あなたの名前はこれから公安号です。言葉が話せなくとも警備活動には供与できるでしょう。伏して拝命なさい」

 ゆっくりと公安号が伏せて「ヴォン!」と太鼓のように響く吠え声を出す。

「よろしいです。立ちなさい」

 ゆっくりと公安号が立つ。しっぽをゆっくり振っている。

「あなたは普通の犬より遥かに賢いようですね。目下のところは私の身辺警護をお願いしますが、武力行使は必要最低限に抑えてください。あなたの力では相当に加減しなければ容易に人を殺してしまうでしょう。無用な殺生は避けるよう心がけなさい」

「節度使様、こんな犬ワン公でいいんですよ」

 杖でショウの頭を叩く。

「いたっ!」

「無礼ですよ、品性にも欠けます。仲間を貶して何をしたいのですか? 言ってみなさい」

「言ってみなさいって……いえ、あの、その……」

「言えないことなら言うんじゃありません。反省しなさい」

「はい、申し訳ありません」

 心ここにあらずという風に見受けられる。疲労か慣れか、少なくとも贖罪を行っているという自覚が薄れてきている。

「いい加減に返事するんじゃありません」

 ショウが反射的に土下座する。

「はい! 申し訳ありません!」

「謝る相手が違います。公安号に謝罪しなさい。彼は理解しています」

 ショウが公安号に土下座する。

「公安号、俺が悪かった!」

「ヴォン!」

「よろしいでしょう」


■■■


 乾燥地帯の旅路は続く。

 時期の合わせには成功している。雪解け水が砂漠に流れ込んでいる時期で、隊商が活発に動き出している時期。一定区間の同道も叶って――こちらの足が早いので合わせられない――進行方向が正しいかの確認も出来た。

 砂漠に飲まれて入滅するような川に道を遮られることもあったが、渡河地点は簡単に見つけられた。これには恩恵があって、水に困らないことと、その川一帯の井戸は枯れずに潤っているということ。

 砂地ではなくなった街道沿いに出た時、荒れて赤茶けてしまっている畑を見つけたので見て回る。先は急ぐが現地調査も重要。ただ足が早いだけなど、遊牧蛮族の小僧でも出来ることだ。

 地下用水路の点検孔の前で、やるせなさそうに鍬で地面に渦巻きを描いている老人に聞けば、北部のヘラコム山脈の水源が断たれて以来、別水源から何倍も高い水を供給されていたけれども、そこからの今年分の給水権が買えなくてもう死ぬしかないと言っていた。事前に調べたとおりの惨状だ。やはり文章と実物では印象が違う。

 ハイロウ都市間の連絡調整会議が停止されてしばらく経ち、会議に参加したことがない新興勢力が二つある。

 一つはマシシャー朝という語感から推測するに魔神代理領方面から出てきたと思われる謎の多い王を頂く自称国家。ヘラコム山脈を拠点にアッジャール朝の残党である馬賊を力でねじ伏せ、水利権の操作で勢力を拡大しているらしいが秘密主義で情報は少ない。

 時折空を飛ぶ鳩の足首には包みが見える。全く何もかも、アッジャール朝の影響で停止しているわけではないようだが。


■■■


 砂漠を海に例えた冒険家の言行がある。

 砂上でも海上でも、己の位置を知るには天文観測が必要。嵐となれば風を防げるところに避難しなければならず、水は有限で取水地点を把握しなければ生きてはいられない。また港には目印となる灯台がある。

 ……遂に砂漠の灯台でもある尖塔が見えた。監視塔でもあるそこの番兵は我々一行の姿を捉えることが出来る。

 その前に人気、人目の無い岩陰へと隠れた。

「公安号は外で待機しているように。現状では無用な騒ぎになりますので、目立つ行為は避けるように、いいですね?」

 公安号は「ワフっ」と小さく口から空気を漏らし、道の外れへ身軽に姿を隠す。賢い犬のように主の表情を読んで言葉の加減を大まかに理解するのではなく、公安号は言葉を細かく理解しているのだ。幽地の際にいる妖獣なのだろう。

 看板、人流の多さからも分かる、ダガンドゥ市に到着する。

 今まで見てきた建物は土壁作りで構造も歪んでいたが、ここにきて日干し煉瓦に漆喰塗りの壁。基礎から並行一直線で歪み無し。先に見えた尖塔なども、あれは歪みなく設計しなければ立ってはいられないもの。

 東門を通る前に少し観察。人通りが多くて活気がある。荷車も荷物も多い。

 商人は呼び止められ、荷物を検査されて一定基準量に届いたので関税分を支払った。

「ショウさん、以前と比べて人通りはどうですか?」

「はい。違いが……無いと思います、たぶん」

「はっきりと分からない程度ですね。ありがとうございます」

 中原出身の商人がこちらの姿を見てうやうやしく礼をした。知っている顔ではないが、知っている家紋だ。京に屋敷を構えている。

 東門を通る際、門衛は自分を見咎めもせずに通し、やや遅れて入ろうとした鈍足のショウを止める。服装を改めさせたので問題なかろうと思ったが、顔つきが貧相だったか?

「おい、乞食の来るところじゃないぞ」

「乞食じゃない! あの方のお付きだ……です!」

 馬首を返す。鈍々と歩くから面倒事になる。側にいれば問題なかったはずだ。

「その者は私の供です」

 門衛はこちらとショウの顔を見比べる。

「む、分かった。通れ」

 門衛は頷いてショウを通す。ボロを纏っていたのではこう簡単にはならない。

「しっかり歩きなさい。堂々としていれば面倒事は起きないのです」

「はい。申し訳ありません」

 市内をまず周回する。全てではないが、大通りに類される道は並木道となっていて日除けになっている。また根本に雑草も無く、良く管理されている。

 北門は盛況、北回り街道を通って中原と騎馬蛮族の商人が多く訪れている。

 西門は寂れ、同じハイロウ系の商人が細々と空荷でやってくる程度。

 南門は少々寂れている。ハイロウより遥か南部の山脈を越えたところから商人が少し来ている程度。

 西方からの物流が滞っている証拠だ。ジャーヴァル商人を一切見かけない。中原でも最近は見かけることはほぼ無く、物品が入ってこないのは周知のこと。投資の意味もあろうが、魔神代理領で作られた工芸品に異常な高値がついた話もある。

 アッジャールの蛮族王の暴挙が波及し、人民が苦しんでいる。騎馬蛮族とはまるで災害だ。飛蝗に例える者もいるが、そんなものではない。凶悪な人間の集まり以外の何者でもなく、これに勝るものは知らない。

 天災は恐ろしいが、天災の後の人災には敵わない。それを抑えるのが政治で、それが出来ねば天命が尽きたとされる。

 天命が尽きるかどうかを一官僚が予知など出来ないが、それを抑える一助にはなれる。此度の件は西域での恐ろしい人災であって、異国情緒ある贅沢品以外には万物揃う中原にはかすり傷すら与えていないが、ビジャン藩鎮を任せられた以上は何とかしなければいけない。

 行く先々で痩せた乞食が見られるが、こればかりはいつもより多いか少ないかは不明だ。門衛の喋り方では本来そのような階層の者はほとんどいなかった様子だが。

「ショウさん、町を見て回って前回訪れた時と何が違いますか?」

「はい。えーとですね、もっと人で賑わってて、あんな感じの乞食は見なかった気がします。何年か前であやふやですけども」

「十分です、ありがとうございます」

 その乞食に対しては宇宙太平団を名乗る集団が炊き出しを行っている。無料で病気診療も行っているようだ。人々から支持されないわけがない。これは内乱の種になるが、放置しているのはどういうことだ?

 ハイロウ都市間の連絡調整会議が停止されてしばらく経ち、会議に参加したことがない新興勢力が二つある。マシシャー朝と、そしてこの宇宙太平団という貧民救済を謳う新興宗教団体。上辺の信念は共感できるかもしれないが、為政者との折り合いは悪そうだ。単純に価値観が違う。

 次に市場を見て回る。市場監督官が品と値段を記帳しながら確認しているので闇市化していないことを確認。

 その上で明らかなのは物価の高騰である。事前に調べたとおり、そしてそれ以上である。月日が過ぎる度に上昇しているわけだ。

 西方からの物流が滞り、畑も荒れて生産力が落ち、東方からの輸入に頼りきりになって値段が吊り上げられている。特に食料品が高く、これでは餓死者も出るだろうという値だ。それもゴミが混じっているような粗悪な物ばかりで、ここがハイロウ一の都市ダガンドゥとは思えないぐらいだ。

 道中に寄った村の方がまだ状態は良好であった。農村部が食料の出し渋りをしている一面もありそうだ。まずはわが身第一であるか……これはビジャン藩鎮が上から調整の手を入れねばならない。

 見て回った所感に間違いがないか市場で豆を袋で買い、そのついでにその商人から話を聞いて裏づけを取る。店仕舞いをしようとしている飴屋からも一本買い、砂糖も高すぎて市井に出す代物ではないと聞く。

 経済がどのように停滞しているかを確認し、現状認識に間違いが無いことを確認する。

 買った豆を騾馬と馬に食べさせた。飴は騾馬にだけ与える。

「今までご苦労様でした、その労苦に報います」

 この旅で騾馬は大分疲れている。手放し時だろうか? ……ショウが物欲しそうにしているが。

「豆が欲しいのなら一緒に食べても構いませんよ」

「いえ、結構です」

 ややこしい男だ。

 先程見えた砂漠の灯台、高い尖塔がある建物を見に行く。

 白大理石板と青陶板の丸屋根、高い尖塔が二本のサルドイ廟。壁の装飾は鷹と幾何学模様。

 北荻大王バルハギンの息子の一人サルドイが鳥葬された後に屋根と壁が作られた場所。一族がハイロウで政権を維持できなくなるまでの間に、王を務めた者達が複数葬られている。

 今では民間信仰の巡礼地と化し、当人の行いとは別に病気平癒に子宝祈願に雨乞いなど行われている。参拝客の顔ぶれは多様。広場では将棋を指している老人もいる。

 施設維持のために寄進がされているようで、入口で管理人が見張る寄進箱に金銭を投じてから墓に参り、線香を立てて合掌。

 蛮人の王とて何もかも貶して蔑むものではない。参拝客が絶えず訪れ、現地人に尊重されて施設が維持されてきたのだ。節度使として、先達に敬意を表して挨拶することは天下秩序に反するものではない。

 次に天政式八角楼建築の大学寺院を訪問。

 運営者に教授達は中央の文明人で天政官語がそのまま、中央の訛り無い発音で通じる。

 哲学、修辞学、数学、天文学など多岐に渡って学べる官僚の卵、知識人が集まるところで、ここで今の中央の状況とこちらの状況がどうなっているかと情報交換を行った。

 初めに大学を訪れなかったのは、現地人目線の現地情報を頭に入れておかなければ偏見が生まれると考えたからだ。実際に、ここの知識人から得た話は、不正確とは言わないが若干浮世離れしていたし、こちらが節度使という立場を知った上での言葉選びは、大分現実を保身の霧に隠すようであった。

 市内中心部にある市庁舎に到着する。その前に、何故か不機嫌な顔をしているショウの頭を杖で殴って修正する。

 市庁舎の門衛に騎乗したまま、袖から白檀箱に入れた勅命状を取り出し、両手に持って一礼してから広げて見せる。

「我は天政地より、天より降りし、宇宙を開闢し、夷敵を滅ぼし、法を整備し、太平をもたらし、中原を肥やし、文化を咲かし、四方を征服した偉大なる八大上帝より後代、宇宙を司りし天子の名において、丞相ハン・ジュカンよりビジャン藩鎮節度使に任ぜられたサウ・ツェンリーである! その行政府であるダガンドゥ市の市長に用向きである。取り次がれたし」

 制覇上帝は、権威に驕らず権威に恥じず、と言われた。堂々とするべし。

 白檀箱に勅命状をしまい、袖に入れる。

「はい、レン朝からの使者様でございますね? 少々お待ち下さい」

 門衛は中央からの使者と勘違いしているようだ。

 そこらの末端兵士ではないのだから、それくらい理解が出来る者がこの仕事を勤めるべきだ。もしくはそれが出来る官僚を配置するべきだが、まさか財政難で解雇などと言うまい。それとも休憩時間か休日? 代役もいないとは不手際と言わざるを得ない。これがハイロウ随一のダガンドゥ? 妙なことだ……いや、見下すのは早計だ。想定をしていないのだろう。

 しかしレン朝とは不敬な発言。天子様は遡ればレン氏に連なる血統ではあるが、それは祖先が人であった頃の名である。

「門衛! レン朝とは天子様のご威光を貶す発言、そしてまるで他に正統王朝があるかのごとき発言である。無礼なるぞ、訂正しなさい」

「はっ? いえ、失礼しました」

「そして私は使者ではありません。勅命で節度使に任じられた者です。行政府となるダガンドゥの市長に重大案件があってお会いしたいのです。お取次ぎを願います」

 権威に驕らず権威に恥じず。分かりやすく言うのも大事だ。

「えーと、天政地からの……方ですね。サウ様。今お取次ぎ致しますので少々お待ち下さい」

 正しい理解を得ようと努力しても時間の無駄か。門衛の一人が市庁舎内に消える。

 市庁舎の鳩小屋に市外から飛んできた一羽が到着。職員がその足首に巻かれた紙を確認して屋内へと消える。多少は疲弊しているが組織の末端まで崩れているという雰囲気ではないようだ。

「ショウさんは外で待っていてください」

「はい。節度使様」

 騾馬とショウは外で待機させる。

 程なくして市長の使いが門に現れた。門衛に馬を預けてから、市長室まで案内される。

 市長は席には座らず、執務机の前に立って待っていた。

「これは使者様、遥々ダガンドゥまでようこそ」

 作り笑顔の市長は一礼をして迎えてくれた。

 中央からの使いだと勘違いされている。袖から白檀箱に入れた勅命状を取り出し、両手に持って一礼してから広げて見せる。二度もするのは憚られるが。

「我は天政地より、天より降りし、宇宙を開闢し、夷敵を滅ぼし、法を整備し、太平をもたらし、中原を肥やし、文化を咲かし、四方を征服した偉大なる八大上帝より後代、宇宙を司りし天子の名において、丞相ハン・ジュカンよりビジャン藩鎮節度使に任ぜられたサウ・ツェンリーである。その行政府であるダガンドゥ市の市長に用向きである」

 市長が文面を確認したところで白檀箱に勅命状をしまい、袖に入れる。市長の作り笑顔は消えた。

「なるほど……なるほど。行政府ですか、ここが。天政の丞相殿がそう任じられましたか。ビジャンとは初耳ですが、ハイロウも含む名称になるんですね」

「ご理解頂けているようですね」

「征服を甘受する気はありませんよ」

 真に、ご理解頂けているようだ。

「征服とは穏やかな表現ではありませんが、その通りです。ビジャン藩鎮の範囲はハイロウを中心とする周辺地域及び、政務課程で設定された地域であります。市長殿は市長殿のままであり、私はダガンドゥ市長になりにきたのではありません。むしろハイロウで最も栄えるダガンドゥを治めている人物がハイロウで最も有能と考えております。市長以上の役職をしてもらいたいと考えていまして、復活するハイロウ都市連合議会の初代議長と考えております。そしてまず、私の権限で市長殿をダガンドゥ市男爵に任命したいと考えております」

「随分と大きな空手形ですね。ご自分で無茶を言っているのはお分かりでしょうか? お供も子供一人、あなたに至っては女の子供ではありませんか。勅命状が本物でなければ追い出していますよ」

 大分抑えているようだが、市長の顔には不満がありありと見て取れる。当たり前だ。

「ごもっとも。しかしハイロウにおいて今も解決していない問題を解決できます。市長殿は策がおありでしょうか?」

 市長の顔が苦々しくなり、執務机の上にある陶器の馬像を弄り始めた。

「強気ですね。お話だけでも聞きたいですが」

「西方貿易途絶により干上がっているハイロウの貿易状態を節度使権限で改善できます。具体的には食糧支援。独立ダガンドゥ市長が中央に食料支援を申し出るのは物乞いでありますが、ビジャン藩鎮節度使が申し出るのは業務であります。違いの重大さは説明しなくてもよろしいですね」

「なるほど、魅力的ですが」

「また交易商にあまり値を吊り上げないようにと行政指導も可能です。他都市が今の物価高で苦しんでいるときに、ダガンドゥはいち早くそれを緩和できるのです。不都合がありますか?」

「素晴らしいご提案ではあります」

「ヘラコム山脈のマシシャー朝を打倒することは、飢え死にする前に可能ですか?」

「難しい話題です」

「宇宙太平団から市長が選出される前に、問題を解決できますか?」

「耳の痛いことです」

「今このハイロウの地で、最も大きなダガンドゥ市に出来なければ誰が可能ですか?」

 市長は俯いてしばし沈黙。陶器の馬像で机を軽くコツコツ叩いてから顔を上げて返事。

「ならば実績を見せてもらいたい。そうでなければ、年端もいかぬ女子に従うなど考えられない。あなたのように高貴と呼ばれる出自ではありませんが、言葉一つで膝を曲げるほどに卑屈ではありません」

 思った以上に理性的で助かった。そうでなければダガンドゥの統治など不可能であろう。

「ごもっともです。それでは私が活動することを皆に周知して貰えますか?」

「分かりました。ですが」

 好き勝手はするな、か。

「分別はあります。ご安心を」

 一息吐いてから市長は席につく。

「サウ殿、あなた、酷い左遷をされたと分かっていますか?」

「統制外の書類上のみ存在する藩鎮の節度使に任命されたことぐらい分かっております。随伴する官僚も兵士もおりません、厄介払いは明白。生意気な小娘が、生意気に優秀な成績を修めて他人が面白いと思うわけがないのは当然ですから、それに対する殺人紛いの嫌がらせであることなど簡単に分かります。本来ならば万の軍に、行政府機能をそのまま移植できるほどの官僚組織が必要です。しかしこれは天子様の名で丞相閣下が命じられたことです。それは正しく、間違いが無く、相違があればそれに事実を合わせるだけのことです。凡人にはその御言葉に含まれる深謀遠慮をうかがうことは不可能であり、ならば迷う必要は何もありません。すべき事をするのみです」

 市長が白紙を取り、筆に墨をつけて書類の作成に入る。

「信念の強さとそちらの論理は分かりました。現状の打開は望むところですが、まずは実績を。市民のほとんどが認める実績をお願いします。私は君主ではありませんから、それは必要です」

「分かりました。まずは行政記録を見せてください。中原でハイロウについては勉強してきましたが、やはり現地の記録が分からなければ正しい対処が不可能です。必要です」

「分かりました。案内させますが、詳細に記録しておりますので膨大ですよ?」

「それは素晴らしいことです。案内をお願いします」

 市長が机の上の鐘を鳴らすと秘書が入室してきた。

「どうぞ、あの者が資料室にご案内します。食事と部屋の手配を、お供の方にもだ」

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