25話「平和と言うのは農民が考え出した」 ベルリク
極東案件を終えて天政を後にし、ウルンダル市まで移動。やや長く留まった。
大ベルリク像に大肖像画も見慣れれば……いや、これは本当に嫌だな。
戦勝祝賀行事である。伝説のバルハギンの最盛期、遊牧帝国領域をほぼ復古したのでこれで騒ぎをしないわけにはいかない。
ちなみに大内海沿岸部やキサール高原は魔神代理領中央下にあるのでそこは差し引く。
バルハギンの血統的、霊的な子孫ではないという形式を取っているので”祝バルハギンの偉業再達成”という看板は出していないが、やはり口々に上る。これはどうしようもない。
秋も近く、天が青く高い。晴天が続いて寒くなってきている。降雪、降雹、暴風、全面凍結には少し遠いので、屋外で飲み食い、歌に踊り、相撲に弓射、馬の曲乗り、人取り合戦、色々やれる。
結婚式もついでに行われていた。戦争で長らく婚約だけはしていたが、という男女がめでたく結ばれる。親父同士がこの場で気が合ったからもう子供同士を結婚させようと段取りも組まれている。開催は長期予定なのでその内やるのではないか。
家畜は人が集まる分屠殺される。戦争続きの疲弊が見えていて、肉の少なさを野菜や穀物で嵩増ししていた。馬乳酒も少なく、酒類は輸入物が多い。ジャーヴァル物は質が悪くて胃が荒れると言われて不評。
呪術師の婆さんの天幕も面白かった。身分を隠して行ったら「あんたとんでもない数の怨霊がついてるよ」と言って、えらい高値でお守りを売り付けられそうになった。
占いと言えばアクファルだが、今はタルメシャ大陸部でクセルヤータと冊封国巡りをしていて続報待ち。久し振りに妹と離れた。お兄ちゃん寂しい。
遊牧王侯が集まり、あちこちの席、天幕に顔を出して回った。本来ならこちらの天幕に”参内”させるのだが、それだとこっちが指定席にずっと座りっぱなしになってケツが痛くなるので歩いて回った。義足になって以来身体の均衡が変わって、どうにも椅子がケツに合わなくなってきている。それにまさか、寝そべって応対もできない。
お祭りの仕切りは勿論のこと中央総監シレンサル。また小便を漏らしてないかと心配になったもの。でも皆の前で漏らしたら面白いかと思ってやたらめったら撫で回しながら「良い催しだなシレンサル。流石だな、お前が考えたのか、凄いな、流石だなぁ」と顎髭で顔をじょりじょりしてたら本当に漏らしやがった。
シレンサルが指導した、いやに自分を個人崇拝してくるウルンダルの子供達も見慣れれば可愛いもの。可愛いには可愛いが、妖精達とは違う従順さが、やはり違うかな。
「大人が何て言おうが、最後には自分が自分の責任を取ることになる。誰が何と言おうが自分で決断しろ」
と説教すれば、
『はい皇帝陛下万歳!』
と返ってくる。心配だなこいつら。面倒見てやるにしてもこっちは五十の爺さんだしな。
シルヴも極西のセレード代表として出席している。帝国連邦総統という立場なので、こちらは大天幕の指定席に座って”参内”される立場。今までセレード外の遊牧系との関りが少なかったせいか、応対だけで疲れているのが分かる。信奉していなくても西方の、聖なる神の論理に馴染んでいたなと感じる。
客足が一時途切れた隙に奥の方へシルヴが引っ込んでしまったのを見計らって会いに行く。
「総統閣下がお話で気後れしてちゃならんぞ」
「うるさい」
「で、ヤヌシュフどうなったって? 半端な話しか聞いてないぞ」
「聖都で死なず永遠になった可能性極めて大」
ジルマリア発行の、潜入工作員からの調査報告書をシルヴから受け取って読む。
「そっちか。雪で列車が遅れる前にバシィール行くぞ。峠の冠雪も近い」
「そうね」
■■■
高地での雪が降り始める前にバシィールへ帰還。先に電信を飛ばし、長官級会合を到着と同時に開始した。
総統シルヴ、秘書局長ルサレヤ、内務長官ジルマリア、財務長官ナレザギー、軍務長官ストレム、法務長官……ジュゼクだ! 今思い出した。
「ヤヌシュフ王に関しては報告書の通りです」
と内務長官ジルマリア。
「続報無し?」
「ありません」
自分が聞いてみると素っ気無し。
ヤヌシュフは単独で南エグセン連邦から北フラルへ渡り、複数都市で決闘を挑んだり、壁などに副王アルザビスを挑発する文言を刻む。そして旧聖都、名前が復古されたエーラン市に到着。カラドス騎馬像の広場で副王アルザビスと決闘し、瀕死もしくは死亡。身体は魔王配下の手によって回収される。
あちらの公式発表ではヤヌシュフは死亡。また現場で使われた魔術の威力は惨憺たるもので本人を含めて民間人に多数の死傷者が出て現場は大混乱。遺体の損壊は激しく、回収まで時間がかかり、夏の暑さで腐敗したので火葬して骨にしたという。
尚、アルザビスは重態とも囁かれているが真偽不明。少なくとも表には出られない傷らしい。
そして魔剣ネヴィザ型とも言える、二肩四脚姿の新参魔族の姿が少数ながら複数確認されている。間違いなく使ってやがる。
「対新生エーラン戦争を起こすとして、準備期間は?」
「財務、軍務からのお話の方がよろしいかと」
まず財務長官ナレザギーより。
「世界中が軍事偏重経済を続けて厳しいことになっているけど、とてもじゃないが帝国連邦軍が中大洋西側に攻め入るのは当面無理だよ。黒軍単独で何とか出来るなら、してもいいけど。えっと、お手元の資料を」
再編を見越した軍縮が開始されている。
予備役以下を完全に民間に返す。しかし今まで大量に稼働していた軍需工場も同時に閉鎖することになるので大量の失業者が現れる。二者同時に再就職先を作らなければならないので、まず工場の民需転換を進める。次に外国人労働者の帰国を促す。
魔神代理領中央より、輸出偏重経済で物価が高騰し過ぎているので帝国連邦への輸出を一時制限するという通達があったのでそれの調整中。理想的にはこちらで不足している品目の自国生産が改善次第、あちらの輸出制限を一つずつ受け入れていくというもの。
大量の失業者が出現している最中で治安悪化が懸念される。無限に人手が欲しい辺境開拓事業への流刑を、主に外国人を対象に推進中。北極環境故の過酷さは皆が知るところ。希望者が少なかったので丁度良い。
戦中の歳出拡大は当然として、それで犠牲になった公共事業費の復活は遠い。妖精達の社会主義思想から削ることが困難な項目も多く、財政難の一つとなる。
国債の利払いと返済額が巨大。西側との通商停止、戦時不況、債券未回収、金価格の暴落も合わさって債権購入側――主に魔神代理領中央の資産家――が破産する事態にも陥っている。企業倒産の数も増えて各方面に悪い影響が出ている。銀行の取り付け、連鎖倒産も起きて信用が下がっている。まだ債務返済に遅れはないが、約束通りの返済速度だと潰れてしまうという声が聞かれる状況。
ヤガロ王国とカラミエ人民共和国とエグセン人民共和国連邦への復興支援も負担が大きい。軍需工場の民需転換が進めばいいが、今は国内産品が無限にあちらへ吸われているような状態。手をかけなければ離反するし、かければ国内が品不足になる。今は品不足状態で人民からの不満が多い。
正規兵、傭兵、義勇兵それぞれへの支払い。恩給、年金、賃金、礼金などと色々名前は変わるが結局は現金での支払い。金価格の暴落も合わせ、物価高騰分と合わせると支払額が戦前の想定より何倍も膨れ上がっている。一部を中古兵器の譲渡で減額させることは出来たが大勢に影響する額にはならない。
こんな状態なので新規に国債を発行しても中々売れない。売るためには高金利で売るしかない。そうすると利払いが更に加速。支払いが滞り始めるので目的税を複数導入したいそうだ。検討だけでも時間がかかる。
目的税以外で、今まで無かった妖精と遊牧民への課税も検案に入っている。妖精の共同生活社会からはそもそも税金が取れないし、遊牧戸籍者は老若男女全てが正規兵になる代わりに取らないというのが帝国連邦の在り方。
妖精の各構成体の事業資金に課税、遊牧兵への給与から所得税を取るという方針らしいが、これはどうかな? 目的税導入時に定住戸籍者からは反発がくるから、平等な姿勢を見せるために致し方ない? 国内が不安定化するだろう。
金が無いし支払いがデカいという文句が延々と資料に、更に並べてある。旧ベーア帝国から略奪した分の財宝など屁にしかならないということも書いてある。
「こんな財政状況です。天政軍の動員も、どうあれこちらで兵站管理するんだから無理。軍事顧問団とか名前をつけて南エグセンに少数派遣して見せるのが精一杯じゃないかな。それから、格安の長期低金利で宇宙大元帥の最左翼から物を輸入出来るといいんだけどなぁ。急に政権を転覆させるものだから、東からの貿易も停止して混乱したんだよね。備蓄の塩と穀物開放したの知ってた? お手元の資料を更にどうぞ宇宙大元帥閣下」
「うるせえ。じゃあ今度ヤンルー行ってこいよ。紹介状書いてやる」
「そうする」
次に軍務長官ストレムから。
「お話はほぼ財務長官の資料で完結しております。
我が軍は人員装備の整理を行い、一度縮小してから再拡大するという形をとって再編します。当面の間は、防衛は可能だが侵攻は不能、という状態になります。
人員は中核人材の確保と後継育成に主眼を置きます。退役と予備役入りを推進して一般労働力の向上を支援します。また軍による公共事業も増やします。
兵器は正規兵、民兵合わせて中古、旧式装備を全廃し、新式で完全に規格統一する形で進めます。合わせて生産工廠も統一していきます。
仮に北大陸方面で対エーラン戦を開始するならば最低で十年。海戦を前提に南大陸への上陸作戦も検討するなら二十年は必要と考えています。
海上作戦につきましては、アソリウス島以外にも軍港が必要と考えています。何かしらの手段によって自領化せずとも租借地などを確保して貰わなければ中大洋における制海権の確保は不可能だと考えます」
「例えば?」
「大イスタメル沿岸。海岸線が複雑で良港多数。帝国連邦資源を鉄道で、短期直通で送れるので強力な海軍基地へと昇華可能です」
次に法務長官ジュゼクから!? 喋るんだ、この人。
「南エグセン紛争についての解決会議について法務から。
中央から和平仲介の使者が派遣されます。これによって二国間による実力本位的な講和ではなく、親としての、魔なる神の御威光をお借りした、魔神代理連名による共同体としての紛争解決が出来るようになります。
エーラン国の過失を問いたいと皆様は思われるでしょう。まず南エグセン連邦は、エーラン副王軍による侵攻後に結成された点が指摘されます。結成以前に侵攻したことは魔なる法に適いますのでこの点、過失ではありません。
ヤヌシュフ王についてですが、戦死された場合は過失ではありません。決闘という形を取られていますので平時でも過失となりません。
しかし魔族の種にされていた場合は過失となります。基本的に魔導評議会の管理外で死なず永遠の姿にすることは許されない行為です。神聖教会圏でも同じようなことがされ、全てを摘発しているわけではありませんが、少なくとも手の届く範囲であれば全てが罪で罰が検討されます。この場合、紛争について罪を問うのではなく、あくまでも魔族の種の濫用という観点で罪に問いますので、紛争解決の主眼になるわけではありません。
現在、南エグセンと北フラルの国境線は伝統国境で維持されております。私見ですが、前例から相互不可侵条約を魔なる神の御名と共に誓うことで決着するのが妥当とされるでしょう。軍民、相互に被害が出ていますが、数の差を比べることなく痛み分けとすべき、と判断されるはずです。一応ですが、仲介者が出すのは勧告まで。強制ではありません。ただ勧告に従わない場合は不徳であり、今後共同体での立場は悪くなります」
最後にルサレヤ秘書局長から。
「中央の立場で言ってみるなら小競り合いなんかは穏便に解決して欲しいわけだ。ただそれだけ。無用に騒ぎ立てるような馬鹿な真似は止めろと注意することになる。
さて、ここの天下り先の立場で言うなら、遺体だろうが魔族の種だろうが、構成国の国王の身体は殴ってでも早期に返還させなくてはならない。上手く共同体同胞の立場を有効活用したいものだ。中央から言質を引き出したいな。
魔導評議会の尺度で、種にした件について違法性を問うていく。ただ種にした証拠が無い。諜報員が確度の高い情報を手に入れたとしても相手が認めなければ、仲介者たる中央は追及が難しい。立ち入り検査をするにしても広大などこか、サビ砂漠にでも隠されたら見つけられるわけがない。
遺骨になったという発表だが、それが本物だった場合はそのまま受け入れるしかないということは忘れるな。骨から真贋の鑑定というのは、骨が全て揃っていれば不可能ではない。魔族化の時点でヤヌシュフの姿形は記録が取られていて、比較対象の魔剣ネヴィザは現物と言ってはなんだが、存在する。
アソリウス島事件を思い出すな。また聖都に殴り込みでもかけるかと考えているかもしれないが、昔みたいなチンピラでないことは頭に入れておくように。
イバイヤース、あの生意気な小僧だが、個人的にはやらかしていると思っている。
さてシルヴ総統、どうする?」
これまで口を開かなかったシルヴが言う。
「セレードの男なら、野垂れ死にで結構です」
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久し振りのバシィール城執務室。ヴァルキリカとヴィルキレクの剥製を見ると帰宅してきたんだと感慨深い。二人の匂いを嗅いだ。
アクファルから報告。
バッサムー国、シンルウ国の両国王の頭をクセルヤータが拳骨で粉砕することに成功。またその頭骨をタルメシャ諸国に見せることで国威発揚中。
その両国以外の慣用句には厄介者を表す言葉がいくつかあって、バッサムーとシンルウという語が使われることが多いらしい。理由は、何でも力任せの暴力で無法に解決しようとするから、だとか。厄介者の首は人気取りになったそうだ。
黒軍のダーリク分遣隊から報告。
セリン艦隊と共にファスラと合流。長期的な南洋作戦を開始する。方針は黒龍帝の追撃、竜大陸開拓の本格化、水竜や走竜の家畜化検討。
それから水竜騎兵の想像図付きで運用構想は多岐に渡る。諸島間遊牧で草原ではない海原の民の創設、だとか。海で育っただけはあるな。
黒軍に関連して、ハイバルくんから正規軍と別枠で動く”白軍”構想案が出されている。名前は白衣派から。ご命令とあらば誰でも何でも何人でも顔を落としてみせる、らしい。
白軍の使い道と言われてもすぐに思いつかない。落ち着いてはいないが国内粛清の世情ではないし、人民共和国に送っても悪目立ちし過ぎ。手駒が欲しそうな奴と言えば……魔都のザラか? 学生集団は囲っているが暴力集団はまだ持っていない感じだな。一応連絡だけ取っておくか。中央との関係も以前より怪しい。捨て駒が欲しくなる時はいつか来る。
ソルヒンから連絡。極東を離れたら音信不通になるんじゃないかと思ったが、そんなこともなかった。
フレガンはすこぶる健康だと。人並みに熱を出したり、緑便を出したり、殴られて痣ができたとか。乳はちゃんと自分のものを与えているようで感心。
旧龍朝派や功臣の粛清はリュ・ジャンの暗殺集団が実行中。主要な面子はそれでいいとして、無数の関連一般人を大量処刑するにはまだ国内が安定していない。
帝国連邦の北極開拓、竜大陸への移民、新大陸への移民、カラミエ・エグセンへの労働移民、民兵化して魔王軍に突っ込ませる……捨てる先は幾らでも紹介出来る。
ジールトからも連絡。霊山探検について。
関連施設、主要隧道は爆破崩落で発掘には大工事が必要。最近建設された防御陣地は一般的な構造で面白いことは無く、雰囲気の良い古式の民間住宅もあったが同様に発見と呼べるものは無し。周辺地域には古代生物と見られる龍の遺骸が転がっていたという話だが、全回収されたか埋めて隠されたもよう。今後の発掘調査は内閣大学士サウ・ツェンリー主導で行われるということでブットイマルス団は手を引く。
そしてブットイマルス団は新たに、帝国連邦と魔神代理領に通じる龍道探索作業に移行する。これは合同案件。過去に龍人兵が魔都のみならず大内海周辺に出現しており、脅威は以前からの懸案。今回、天政からの地上と龍道への往来技術の提供があったので本格的に術者以外も投入して作業が出来るようになった。
それに関連して、以前の北極探索で龍の骨と見られるものが発見されていた。これはバシィール城に保管されていて合同調査のために持ち出される。天政側からも霊山以外で発見された物が珍しいということで学者が派遣されている。
未来が開けていくような内容ばかりで結構である。ヤヌシュフ案件だけがさっぱりしない。南エグセンのアピラン市ではこの事が知られ、救国の英雄としてヤヌシュフ像の建造が始まったらしい。
秋にイスタメル州の州都シェレヴィンツァで仲介和平のための会談が行われる。日程はまだ流動的だが、あと少し。
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秋になり、各人都合が付いたということでシェレヴィンツァに集結。
魔王軍の日程調整がつくのが一番遅かった。目下ロシエと激戦中で、主要閣僚が軒並み戦地にいて手が離せなかった。また船便の調整も、ロシエ=エデルト連合艦隊の脅威下では簡単につかなかったらしい。
ヤヌシュフを魔族の種として出来るだけ利用しようとしている言い訳に聞こえる。
会議の主役はシルヴ。帝国連邦総統であると同時に、セレード国王代理の頭領として出席。
宇宙大元帥は隣から合いの手を入れる程度。よっ、シルヴ、天下一、とか。
ルサレヤ先生はお祖母ちゃんの知恵袋役兼、遠い孫達に圧力をかける役。本人はあまりこの場で発言したくないらしい。
魔王軍が寄越してきたのは宰相格の魔族で二肩四脚姿の、スライフィールのウバラーダ。先生の子孫の一人で下半身が猫科。そして虫人魔族の武官と文官をそれぞれ一人連れてきており、こちらと三対三の同数。
会議を主催するウラグマ総督も言わずと知れた、先生の子孫の一人。また仲介役の、魔神代理領中央からやってきた外交官僚は……普通の人間。
配役的には、表面的に一時決裂してもルサレヤ一族間で再調整してやり直したり出来る感じに仕上がっている。家族の死が直接絡んでいるので感情的な一時破断は織り込み済みで安全策が取られる。手堅いもんだ。
シェレヴィンツァ和平会談と後に言われるだろうか?
事前調整では両国が、南エグセン、北フラルへの相互不可侵条約を結ぶかどうかを話し合うことになっている。
中央が仲介してこの場を作ったので、これは親分が仲裁する子分同士の喧嘩。内実はともかくこの構図では仁義が重い。
「何事も無ければこのまま不可侵条約を交わすことに異論はありません。我々は一つでも多くの平和を求めます」
ウバラーダが早速言う。副王アルザビスの北進について何とか言ったら、少しは好感度を上げてやったが。
「セレード王、我が息子ヤヌシュフについてですが」
シルヴが言う。
「お返し、致します」
三者同士向かい合う卓に上げられたのは箱。シルヴが開けると中身は、半端に砕けた白い骨の寄せ集めであった。そして持ち込んだウバラーダを見ながらその骨を摘まんで、ぺきぺき鳴らして食べ出した。
「ウチの子にしては不味い」
あれ? シルヴお前、今何か変なことしてないか?
「ウチのヤヌシュフを魔族の種にしましたね。返してください」
「そのような事実はございません。それに今は和平について論じるべきでしょう」
「魔導評議会は真偽を確認する術を持っていますか」
仲介の外交官僚、少し考えて答える。
「問い合わせないと分かりません。この場は死なず永遠になった方々について語る場ではないと考えられていました。ルサレヤ殿には判定の資格がありますが、公平中立の立場にないのでお任せしかねます。またこの遺骨が偽物で、魔族の種を独自に新生エーランにて管理しているというのならば魔導評議会の裁定を受けて貰わなければなりません。裁定無しに共同体の一君主を変えるということは認められません。まずは立ち入り検査が行われるでしょう」
シルヴが席を立って卓越しに回り込みだす。今はお茶くみ以外立って歩くのは想定外で、何か、一言注意したりする感じではなかった。意表を突かれている。
「セレードの男なら野垂れ死んで一人前。お分かりください」
「分かれ? とは一体何をですか」
シルヴはウバラーダに語り掛けながら、仲介の外交官僚の背後を周った。皆がついつい目でその姿を追ってしまう。
「秘書局長。新生エーランに経済封鎖を。協商による合同禁輸措置も検討してください」
「いいんだな。分かった」
「大元帥。天政に移民策を含めた軍の派遣準備を検討させてください」
「丁度良いのが余ってるぞ」
「それは宣戦布告と受け取りますぞ」
脅迫じみた発言をするウバラーダの隣にシルヴが歩いて到着。この状態で背は大体並んだ。両者の顔は近く、言わばメンチを切る距離。
着席会議中にこうやるってのは中々、外交儀礼の場で見たことないな。
ウバラーダは座ったまま、立つか立たないか居心地悪そうに猫科の前脚を組み替え始めた。そのまま立つとシルヴに身体がぶつかるので、一応女性相手だし、居心地悪そうにする。
「宣戦布告……」
「そうとしか取れぬ発言ではないですか! 共同体秩序を何とお考えか。紛争という不幸は確かに起きてしまいましたが、今は平和を実現する時です。長い争いでそちらも疲弊し」
シルヴは喋っている最中のウバラーダの口に拳を突っ込み、風の魔術で咽頭から内臓を術打撃。腹が膨れて尻から中身が噴き出た。
「します」
しちゃった!
「ひょう!」
思わず奇声が出る。
シルヴ大好きだ。一緒にヤヌシュフの仇を取るという口実でまた新しい戦争を仕掛けよう。
平和というのは農民が考え出した甘えである。




