表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第2部:第14章『ぼくらの宇宙大元帥』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

565/572

・22と1/2話「聖科学医療修道会」 ロサーヌ

 夏にこの黒の防毒衣は暑い。行軍すれば更に。しかし血反吐垂らして死ぬよりマシ。

 カトロレオ峠北斜面の宿場町に司令部を構えたフェンドック師団から、司令部そのものに砲撃するよう電信、伝令、伝書鳩の三つで連絡があったのが深夜。連絡通りに砲撃を開始し、以後連絡途絶。

 朝になって、峠の上から宿場町を見るとまだ砲弾が落ちているので良く分からない。埃塗れ。下っ端修道女の手に双眼鏡なんて高級品は、かっぱらいでもしないとやってこない。

 峠の頂上、番小屋に監視塔がかつてあった位置、敵と味方が無計画に掘り合って一部が接続した塹壕の中に待機するロシエ兵は地下に潜ったまま。

 空を見ていると飛行船が浮かんでいる。何隻か? 何編隊か? 高度が高いと雲の一部に混ざったりして数え辛い。

 ロシエ人は野蛮な癖にああいった物が得意で、絵も描けない分は手先がそちらに動くのかと思っていたら、空で煙が丸く広がる。

 遅れて爆音。煙が増えて、爆音が連続。飛行船が傾いた。

「降って来るぞぉ!」

 誰かが言った。フラル語でも、ロシエの田舎っぺ言葉でも、獣の呻き声みたいなのはエグセン語で、それぞれ似た言葉が叫ばれた。

 降るという程ではない気がしたが、地表や塹壕内に焼けた破片が刺さって少しの煙が上がる。鉄帽に穴が空いて顔や顎が落ちる兵が見えた。背中に刺さった者は、突然転んだぐらいにしか見えない。

 皆で伏せる、荷物を笠にする。部屋に隠れるのが一番良かったが、あっという間に満員。自分は落ち着いて便所穴に突っ張るよう、壁面にしゃがむ感じで挟まった。塹壕という穴の、更なる穴。

 このくらいの臭いは下水道暮らしで慣れたもの。煙草を咥えて火を点けて、対空砲火が終わって、飛行船がバラバラになって落ちるのを待った。

「ロサーヌ! あんたどこにいんのよ!」

「便所穴」

 糞までは浸かっていない。

「ちょっとうんこするから退いてよ」

「ちょ、退いてからケツ出しなさいよこのマン毛だるま!」

 この姉妹はデブで毛が濃くて、粗食と訓練でも痩せないデブの天才だ。こいつだけは飢え死にしない。

 聖科学医療修道会の我等姉妹はこの程度で動じない。


■■■


 年長の姉妹――それでも二十四歳――が指揮杖代わりの仕置き棒を掲げる。

「聖科学医療修道会、化学戦用意!」

 防毒覆面を着用。隣同士で覆面、長衣に隙が無いか見て、触って確認。

 ロシエ兵がビビっている中、その指揮官が宿場町への突入時機を見計らうなどという腐った女みたいなことをしている中、我々は出る。

 南斜面にまで前進した重砲兵が、我々の血路を開くために煙幕、催涙剤、塩素剤の各化学砲弾を撒き散らす。

「前進!」

『聖カロリナ!』

 挺身の教えに忠実に。

 北斜面へ下る。瓦斯雲を突っ切る。進路上に敵の砲弾が落ちてくるが、そんなものはどうだっていい。

 姉妹がいきなり弾けてバラバラになるが、これも割とどうでもいい。我々には死んでもやる仕事がある。そのための修道会。

 ギローリャ出征前に良い男――あんな彫刻みたいな綺麗なチンポ見たことない!――を高い金で買ったし、リュハンナお姉さまの洗ってない下着も貰って、今股に食い込みのピチピチで履いている。何も惜しくない。

 敵に占領された宿場町に迫る。瓦斯の影響か下手糞過ぎる敵の迎撃射撃には、随伴する四脚が機関銃、機関砲を直接撃ち込む。

 司令部によれば、宿場町占領時に空挺作戦で投下された中型二脚機兵が二十八機。どれほど無事か分からない。だが一人でも無事なら救出する。敵陣、死体の山、廃墟を掻き分けて探し出す。

 流れ弾のような射撃を受けて倒れる姉妹を後目に市街地突入。戦前の街路図を回し読みで皆、頭には一応入れてあるが役に立ちそうにない。改造と破壊で原型を留めない。

 市街地は市街戦がまだ継続中。窓には手榴弾を投げ、曲がり角にも投げる。中型二脚がいそうな場所には催涙弾を投げる。

 危険なところへ狙いをつけずに拳銃を連射しながら移動する。当てるとか敵がいるとか関係が無い。視界の狭い防毒覆面を被った瓦斯雲の中ではとにかく先手。

 元強盗だった姉妹が、半身になって胸の前で拳銃を構えて先導。あれは身体が密着しても撃てるやり方らしい。何人も殺せている。

 曲がり角で鉢合わせた奴を反射的に金梃子の嘴で殴ったら旧ベーア兵で、頭蓋骨に刺さって引っかかるからグリグリねじ回して外した。エグセン人の顔を見ると岩っぽくて敵っぽいからつい殺してしまう。顔が悪いんだね。

 死んでいない旧ベーア兵、敵のフラル兵、南大陸兵が瓦斯や外傷で苦しんでいる。血反吐流しながら死ぬ前に殺してやると頑張っていて、敵味方の区別は怪しい。

 死にかけの中でも黒人と獣人は迷わず殺せる。獣人は何か、生命力が変に溢れて頑丈そうなので拳銃で撃ってからも、皆で鶴嘴、円匙、金梃子、掛け矢で囲んで殴る。銃弾は殺した手応えが浅いからついつい殴ってしまう。

 我々には最優先の任務がある。敵味方もあまり区別しない。瓦斯雲に人影があったら即座に攻撃する。

 フェンドック師団の旧ベーア兵が生き残って戦い続けているが撃ってしまう。謝罪はしない。面倒臭いし、人に謝罪するのは死ぬ程嫌い。

 戦場の修道女と見れば医療看護の者かと思われて、裾を掴まれ瓦斯で潰れた声で助けを求められるが蹴飛ばして拒否。

「お医者じゃねぇよ、誰が人間なんぞ助けるか不信心者が! 死ぬまで戦え根性無し!」

 人間は救わない。いちいち構っていると本業が出来ないので無視するのも仕事。

 空挺作戦に混ざっていた、口輪嵌めの人犬騎士の死体を発見。獣人かどうかは足を見ればわかる。爪先立ちか踵踏みか。

 敵に回収されないように手榴弾を噛ませて安全装置を抜いて頭を吹っ飛ばす。とりあえず脳幹の破壊が大事、らしい。

 天使様がお一人、人犬騎士の支援についていたらしいが見つからない。重傷でも生きてらっしゃれば良いが。

 自分の班が天使様をお助け出来るかは、この入り組んだ戦場では不明。他の班が見つけてくれれば良いが。

 瓦礫と塹壕の街並みを登ったり下ったり這ったりしながら進み続ける。敵味方の死者、生存者が転がる。瓦斯砲撃の影響で元気な姿を見せている者はほとんどいない。

 持ち込まれた大砲が街角で陣地を作って道を半分塞いでいることがままある。肉片がびっちゃりついたり、ひしゃげたり、砲身が花みたいに破裂した状態が多いだろうか。操作中だったと見られる、千切れた腕が一本ぶら下がっている大砲を不用意に触った姉妹が暴発させてびっくりしてみたり。

 そうしていると遂に二十八体の一つを発見。まさに鉄巨人と言った姿。樽に手足が付いたみたいな戦列機兵と違って非常に人体的な中型二脚。形状も関節も人間を模した中型の中でも最新型。

 我々、聖科学医療修道会はこの新型とほぼ組で編制された。教会とロシエの共同軍事企画の一つ。

 様子は一目で分かる。街角砲兵陣地から放たれた砲弾で胸部装甲板を抜かれており、機械油混じりの大量出血が確認出来る。この場合は救出ではなく隠滅作業を行う。

 穴が空いて捲れている装甲版は手のつけようがない。巨体の首の後ろへ回り、搭乗蓋を確認して螺子を外して開放。

 中の保護殻は通常そのまま引き抜けるのだが、機体が変形していて取り出せない。この場合は防毒覆面ならぬ防毒蓋を外し、食道口と気道口と脳神経口と三つある内の、機体制御配管が繋がる一番小さい穴に手榴弾を詰め、安全装置を外して退避。

 起爆を確認してから中へ金梃子を突っ込み、保護殻の内壁にへばり付いた中身をグズグズに突き潰して剥し取り、それから肉片骨片内臓片を掻き出して専用の袋に回収。死骸が入っていることを示す帯を結ぶ。

 ”お卵様”は敵に渡してはならない。絶対に一つも、というのは不可能だとしても、研究を重ねられる程に渡してはならない。

 捜索続行。敵と味方、双方へ攻撃しながら新型二脚が倒れている戦場、市街地を進む。

 概ね高濃度の毒瓦斯に我々以外は制圧されてまともに動けていない。濃度が落ちてくれば、散布班が毒瓦斯缶の蓋を開けて撒いて雲を広げる。

 自分の班は、追加瓦斯が広がっていない位置にまで到達した。建物自体は砲撃で廃墟の様相だが、最近になって天井が潰れて埃を被ったと見られる通信装置や地図が広げられた机があった。使われている言葉はエグセン語のようで、これはフェンドック師団の野戦司令部か?

 死人もいれば死にかけ、生き残りも少々いて、我々の一番の目的である新型二脚もあった。一機はこの司令部を背に、盾になるように機関銃を撃ち尽くして、両脚が吹き飛んだ状態で座り込んでいる。爆弾を抱えた特攻を足元に喰らったような感じで、機械油に焼け焦げた肉片がべったりついている。

 ”お卵様”は生きているので強い衝撃が加わると失神することがある。構造的にかなり耐久性は高めてあるらしいが、それでもやはり生身。

 搭乗蓋を開放、保護殻はそのまま手で引き抜けた。外観を確認、外傷無し!

 体温が感じられる殻に顔をくっつけて喋る。

「もう大丈夫ですよ! 助けますからね!」

 生きている。あれでも耳は聞こえていて、防毒蓋側から荒い息遣いが聞こえる。声は出せないが泣いているのが分かる。

 保護殻付きの”お卵様”は究極的に寸詰めしたとはいえ、甲冑を着せた子供ぐらいには重たいので専用の背負い籠に乗せて運ぶ。脂肪も厚ければ筋肉も太い姉妹が担ぎ、味方の危機も何もかも無視して一気に離脱する。踏ん張り過ぎて小便漏らして腰を悪くしても走る。

 随伴の四脚には専用の搭載場所があるのでそこまで持っていければとりあえず良し。

 司令部の生き残りが”助けますからね”の言葉に反応して汚いエグセン語で何か言い出すが無視。

 また別の二脚を一機発見、瓦礫に半分沈む。今度は胸部に頭部まで損傷が酷いので生存は絶望に思えたが、どちらにせよ確認。

 まずは瓦礫を撤去。細かい瓦礫は円匙で掻いたり掃いたり。大きすぎる鉄筋凝固土の塊は鶴嘴で痕を付け、楔を使って掛け矢で打って割り、小さく軽くしてから放り投げる。

 倒壊する瓦礫でも当たったか搭乗蓋が歪んでいることを確認。外せる螺子は外し、出来た隙間に金梃子を嵌め、掛け矢でぶっ叩く。

「ロサーヌ、ビビンんなよ!」

「やってみろやぁ! 聖カロリナ!」

 慣性の効率化。厚い手袋履きで金梃子を抑えてブレないようにし、そこを責任者である班長が掛け矢でぶっ叩く。打つ先がずれると自分の頭か手が砕ける。

 自ら死に行くより仲間を殺す方が罪が深かろうか。それで遠慮が生まれて打撃が弱い、およびのへっぴり腰。

「弟とおマンコしてんじゃねぇんだぞ痘痕ブス! 洗ってねぇ芋の顔してねぇで金玉入れろ!」

「くたばれアバズレ! 聖カロリナ!」

 掛け矢など、叩く工具のコツは金玉を振るようにして腰を使い、落とすこと。

 蓋が曲がって開口部が広がった。蓋裏から見える曲がって外せなくなっていた螺子に楔を当て、また掛け矢で下向きの横振りで叩いて折る。それからまた金梃子で蓋が外れるように引っかけ、両脚に背中も使って海老反りで引っ張る。

「……んどるるおりゃ……!」

 踏ん張り過ぎて小便が漏れてズボン裾から垂れて長靴に溜まる。腰の骨のどっかの部分が変にぐっと来る。蓋が外れた。

 蓋の開放が螺子式であるのは、首回りに取り付いた敵に外されないようという措置だがこれがまた骨折り。改良してくれ。

 中の保護殻は手で少し引き出せるが全体は不可能。防毒蓋を外し、生身を引き出すことにする。その前に確認。

「意識があるか反応して下さい!」

 防毒蓋を叩いて返事を待つ。声は無いが、返事するような息遣い。咳ではないがそのような呼吸で確認。

「毒瓦斯注意! 毒瓦斯注意! 息を止めてくださいよ!」

 周囲は毒瓦斯が蔓延している。ここは薄いが安全ではない。

 防毒蓋を開いて、保護殻より小さい”お卵様”を抜き出す。

「息を吐き出して、身を縮めて!」

 食道口と気道口と脳神経口があって、乳首の無い脇腹のようなつぼ型。厚い皮膚と隙の少ない肋骨は、息を抜くと多少は縮む。

 少し狭くなった搭乗口から何とか強引に――たぶん肋骨が一本折れた――引きずり出し、また防毒蓋を被せてやって救助完了。

 ”お卵様”を抱く時はおっぱいを当てる。小さくても当てる。手足をバタバタさせることもないが、呼吸と心音は良く分かる。

 かなり心音が強くなって呼吸が荒くなってくる。排便している総排出口を手拭で綺麗にしてから鎮静剤を投与。

 生身の場合は専用の袋に入れて、生存者が入っていることを示す帯を締め、呼吸口が確保されているか確認して背負い籠へ。他の班員が担いでいった。

 自分はあんまり、農民出の娘みたいに重たい物担ぐ体力がそこまでないので。

 この野戦司令部にはまだ二脚が、人犬騎士が、もしかしたら天使様がいるかもと残った班員で手分けをして探す。一番重要な何かが集まるとしたらここだろう、と。

 地図とか書類とかに、天使様の表記は? 死にかけを爪先で小突いて、返事したり証言出来そうか試す。

 死にかけは喋ってもうわ言。防毒覆面を被っている生存者がやっと口を開いたと思ったらエグセン語で、天使様について聞いても要領を得ないし、救助じゃないと分かると怒ってうるさくてむかつくので引っ叩く。ロシエ語は授業で、少し分かるのに。

「そこの君」

「ああん?」

 エグセン訛りのクッソ糞汚いフラル語が聞こえて、音源をちょっと探せば瓦礫の隙間に、潰れそうで潰れていない偉そうな男がいた。防毒覆面着用。階級章は見えないが、大体偉いさんは雰囲気が結構ある上に喋り方が自然に偉そうで癪に障る。

「救助ではないのかね?」

「悪いね、人間は専門外だよ!」

 それからその偉そうなエグセン人、瓦礫の隙間から十一枚綴りの回数券を投げて寄越した……あの時のおっさんか! 戦場は狭いね。

「それで十一回、部下を助けてやれないか?」

「は!? こいつは」

 物を掴む手を作って縦振り。

「孫の肩叩き券じゃないよ」

「うん? そうなのか」

「何時救助が来るかなんて分からないよ。ロシエ野郎共は塹壕で寝てる」

「……やっと死ねるのか」

 うわ言が始まりそう。遺言に付き合っていられない。

「あっそう。天使様知らない?」

「私の管理下には無かった」

「あっそう。じゃあね」

「……送り出した将兵達にようやく顔が向けられる」

「はいはい」

「……幾ら働いても脳の血管が切れてくれなかった」

「うるせえ芋野郎」

 臨終の繰り言にしたってこいつ、馬鹿なんじゃないの?

「ロサーヌ! 敵の攻撃だって!」

「全部回収出来たの!?」

「砲撃で潰すって!」

「あっらら」

 とりあえず、ウチの班だけで生存者二名確保。悪くない、はず。たぶん。知らない。

 聖カロリナ様だけがきっと、鼻を摘まんでご存じだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ