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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第2部:第14章『ぼくらの宇宙大元帥』

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22話「射程限界地域」 ヴァンス

 ビオウルロン戦線、係争中心地であるカトロレオ峠の南斜面。ロシエ本国軍の重砲陣地内で自部隊は予備待機中。

 正式名称は無く、ガートルゲン及びナスランデン及びザーン連合部隊という表記で、頭文字を取った上でロシエ語発音がされて”ヌゥンズ”などと呼ばれる。エグセンの舌では発音し辛いのでいずれ訂正したいと思う。馴染みが無さ過ぎる。

 重要ではないが名称の序列は国力順、また南から数えて、また帝国加盟順。

 砲声の重なりは猛烈。風切り音は頭上。砲弾はカトロレオ峠を超越して北斜面に届き、爆発は見えない。煙が上がって空気が汚れていくのは見える。

 上空では飛行船が弾着観測中。

 山の天気は変わりやすいが今は安定している。航空能力の無い魔王軍には砲戦で優勢を保つ。

 かつては無謀な突撃をペセトト兵が北斜面から繰り返していた。妖精兵力が低下した今では峠の北、向こう側で魔王軍が要塞陣地を建設中。

 敵に足場を固めさせないため、ロシエの重砲弾がその要塞陣地を叩く。建物を破壊、人夫を殺傷して作業を妨害する。

 敵が使うランマルカ製の重砲はロシエ製の重砲より性能自体はやや優っているという。その差は重砲陣地の移動に機兵を用い、砲門数と砲弾数で圧倒し、飛行船の観測能力で埋めている。

 敵重砲の射程に捉えられ、命中弾が見込めるほど集弾してきた重砲は陣地から後退させられる。また本物に似せた偽物もある。

 我が隊の待機場所の隣では、軍楽隊も配備される聴音機部隊が砲声、風切り音から敵の砲撃方向を観測している。飛行船の空の目でも分からない、山林や壕に隠された陣地などは彼等の耳頼りになる。

 重砲で撃ち合い、設置場所を後退させたり前進させたりを繰り返している内に歩兵が投入される。ようやく敵歩兵が突撃して峠を目指してきたとの情報が入る。飛行船からは丸見えだ。

 峠の頂上自体は何度も敵に奪取されている。互いの砲弾が届くので地表に建造物は残っていない。以前にどちらかが掘った塹壕は、埋まっていなければ在る。

 あちらもこちらも現段階においては、あの弾痕肉片鉄片だらけの峠を取って、高所優位を取って陣地を拡張したいと考えている。

 敵歩兵には重砲射撃も行われるが、敵重砲を抑えなければ撃ち負けるのであまり照準を峠向こうから移せない。

 その隙を埋めるように野戦砲が直接照準射撃を中心に砲撃開始。峠を越えてこちら側の南斜面を降りて来ようとした敵歩兵の数を減らし、脚を鈍らせる。更にとどめとして歩兵が逆襲投入されて撃退へ繋げる。

 先に重砲陣地を築いたこちらロシエ、フラル軍が火力で優位。劣位の魔王軍はその分をあのように肉弾で補って、これでようやく膠着状態。この構図が何時まで続くかは不明。

 昼間の戦いは一度そのようにして決したが夜に続く。

 敵は野戦砲を夜間に移動させており、峠の頂上から機動的にロシエの重砲を潰しに掛かった。

 敵は縦に掘った塹壕を進み、野戦砲を擬装し、昼間や砲弾が降っている最中は掩蔽壕に避難させ、遂には日が落ちてから峠に姿を現して直接照準射撃を決死で行う。

 こちらも似たように掩蔽壕や偽装幕を使って待機させていた予備砲兵が、敵砲兵の出現予測地点に向けて砲撃を開始し、夜間観測情報が揃い次第狙いを精確にしていく。

 大小の砲が進んだり壊れたり、隠れたり撃ったり、ひたすら繰り返された。そこに隙があれば歩兵が投入され、突撃を破砕されることもままある。敵前線にまで到達して白兵戦を演じたり、良ければ大砲を破壊し、時には奪取して帰ってくる。

 局面打開のために、互いに、峠つまり道が通る山という岩塊地下に坑道を掘り合っているということで、地面に聴音機を当てに行く任務もある。特に砲戦間は掘削音が誤魔化せるので爆音を聞きながらということが良くある。

 自分は長らく参謀本部に務め、途中で予備軍司令部に移った。今までは後方勤務職を続けていた。刀や銃より筆を握っていた時間が遥かに長い。他人からも、ヴァンス=ホルヘット・フェンドックと言えば”書類野郎”であろう。

 この度、自分は前線指揮官に就任した。若い頃、騎兵中尉まではそのような仕事はしていたが、どうにも何をして良いか反射的に考えが至らない。老いを感じる。

 この人事はリノー元帥の指示であり、能力的には適切ではないと思う。ただ外様の高位将官、新参の大将などという存在を嫌った可能性がある。

 また、ガートルゲン王国からも有名人の戦死者を一人や二人出さなければ格好が付かない、という政治力学かもしれない。とにかく異論無く務める。

 他に事情がある。将校の数が死亡、傷病で圧倒的に足りない。病の中に性病、酒薬の中毒症状も含まれているのが気に入らないが。

 フラル半島の戦いが病まずにはいられない程過酷だったというのも理解しよう。ベーアの方が辛かったと言い切るのは難しい。

 ロシエとフラル将校の不名誉ばかり言及しても不公平。彼等は基本的に勇敢で兵卒を良く鼓舞し、よく狙撃される。新式軍服は兵卒との見た目もほぼ変わらないくらいに意匠が改められたが、立ち振る舞いと立ち位置で指揮官と分かってしまう。

 狙撃のされ方だが、虫人魔族による長距離弓射であることが多い。昼夜問わず、交戦中であるかも問わず。塹壕の陰にいても曲射で射られたという話もある。今回の戦いではまだ確認されていないが、前回はあったそうだ。

 尚、自分が指揮する部隊は大半が未着で、今は軽装備のみ。それでも”前線慣らし”ということで、防御が固い重砲兵の近くで待機する。地面下の聴音をする技術者達の護衛くらいはしたが遠出はしていない。

 あの峠を越えてきた敵が浸透してこちらの重砲陣地にまで来たら、定数十分の一以下でも出番がある。

 長く続く砲声を聞きながらひたすら待つ。

 何もしていないのに、この音と揺れで具合を悪くする者が出てくる。この戦場神経症があるという報告はベーア戦争で無数にあって、見て来た。

 ……性病に中毒。綺麗事や宗教論程度で蔓延を阻止することは難しそうだ。


■■■


 魔王軍による、大規模な砲火力戦が発生したものだけを数えて八回目となるカトロレオ峠突破作戦はロシエの防衛勝利で終わった。我々”ヌゥンズ”隊は予備待機のまま戦闘が終わった。

 この強固に守られている峠にだけ魔王軍は拘っていない。

 一つ。このウルロン主脈から南に突き出たビオウルロン支脈まで稜線伝いの山岳戦が継続している。重砲が投入し辛い戦場で、厳冬期は居るだけで命が危うい難所。ここもまた停滞している。

 敵はボアリエラ川の水源地、上流部が使える状態。

 こちらはバルマンからフラルへの山岳鉄道が使える状態。

 故事では、山の急流とはいえ水運が使えるので川沿いを抑えている側が有利とされてきたが、この現代では鉄道輸送能力が備わるこちらが有利。

 稜線伝いの防衛線を、敵は突破したらカトロレオ峠を迂回して重砲陣地の使用効率を低下させようと考えている、と見られている。

 この山岳側にはより多くの魔王軍精鋭、虫人魔族、術使いが投入されている。ロシエ……我らが帝国軍も対抗して飛行船、二脚、多脚兵器を重点配備。

 二つ。フラル戦線総司令部が置かれているギローリャ市中心を流れているゾーレ川、その河口部に存在するトリニャ市を巡る戦い。

 あちらの沿岸道は崖沿いに、岩場沿いに橋が架けられてようやく車両が通行出来るようになっている状態。橋一本落とせば車両交通が麻痺するような隘路続きなので防御は容易。

 接続する海域、スコルタ海の制海権はロシエ・エデルト連合艦隊が掌握している。

 今まで散々に水上都市によって苦しめられてきたが、限界を迎えたペセトト軍の急速な活動停滞によって取り戻す事が出来ている。これは敵海軍の活動領域がアレオン水道にまで後退した上で、通商破壊に備え始めたという状況の変化でもある。持久戦思考への偏向が指摘されていて楽観視はされていない。

 尚、エデルト海軍についてだが、ベーア帝国崩壊の煽りはほぼ受けずに健在。装備から人員までほとんどがエデルトのもの。海無しのエグセン、ヤガロからは遠い世界であった。

挿絵(By みてみん)

 自部隊の兵士と装備がウルロン山脈越しに到着して現地に配備され始める。

 三国の高級将校達と会合。まずはガートルゲン及びナスランデン及びザーン連合部隊”ヌゥンズ”などという名称は受け入れられないと一致する。

「気合が入らない」

「魂が籠らない」

「ロシエ語気持ち悪い」

 皆、頷く。そして部隊名称はフェンドック師団となった。初代指揮官の名前を単純に使うのは珍しくない。どうせあれこれと気の利かせた名前にしたって壊滅して合併して消滅するのだから、とベーア戦争である種の諦観が生まれている。

 このフェンドック師団は定数に届かず、ロシエ基準でも一個旅団に増強大隊といった程度の人数であるが、これからの補充を考えるとこれで良い。まだまだ編制準備段階。

 ガートルゲン兵。正規兵のみ、負傷者無し。装備万全、騎兵砲兵完備。ベーア解体間際の装備確保の件が生きている。

 ナスランデン兵。こちらも正規兵のみ、負傷者無し。軽歩兵中心で重装備はわずかで、不足分はガートルゲン側から供与して訓練させる。

 ザーン兵。装備が不揃いで、閲兵時には基本的な気を付けの姿勢も出来ていなかった。不具者は見られないが、治りかけ程度の負傷兵が混じる。

 戦闘中でもないのにわざわざ鉄帽を被っている鉄兜党のザーン将校から説明が入る。

「事情はご存じでしょうが、”あれ”等は共和派の男達です。あれでもまだ家族がいる連中で、死んで年金を遺そうという意気がある連中です。彼等は懲罰隊のように切り込みに使って下さい。使える正規兵は内乱抑制に掛かり切りです。まだ労働刑務所が整備出来ていなくて」

「分かりました。ではそのように」

 数多くの将兵達を死なせてきた今、今更同情する気は無いが、それでも遠慮の必要が心底存在しないというのは判断力を阻害しない。

 兵舎不足の中、持ち込んだ天幕を並べた我が師団野営地では、まだまだ大量の食事を独自に用意する準備が整っていない。上位の軍司令部からの指示に従って”大”炊事場から食事を各隊が、誤配食に窃盗防止のための配食標を持って受け取りに行く。初回なので自分も現場を見に行く。

 本日の食事は、煮た麺、豆芋汁、以上。色野菜は二日に一度、塩漬け肉は五日に一度、もしくは祝日のみらしい。海側の基地では魚介類の提供が毎日あるという。

 食事を作っているのはフラルの女達。戦災未亡人を積極的に雇っているとのこと。


  俺はネーテルロで産まれた。教会の鐘が絶えないところだ

  街には外人、異教徒が歩き回っていた

  友達もいたし、初恋もいたが、親父は奴等に殺された

  掛かって来い化物共。狂った奴隷に隠れてないで出てこい

  この銃弾にはあの鐘を使っているぞ!


  さあ見せて見ろよその蛇の舌を。甘い言葉で血を吸う牙を

  フラル人を解放すると言って殺した手を

  魔王にアデロ=アンベル、糞野郎と裏切り者の糞野郎

  黒んぼ、毛むくじゃらにカブト虫、あと妖精

  全員糞漬けにして撒いてやる!


 曲も歌も下手な弦楽器奏者が血走った目で歌っている。演奏する彼の見た目は南部フラル人に見えて、脛が一つ無い。魔王軍に征服された南部の事情が簡単に分かる。

 担当が配食係から食事を受け取るために給食缶を手に提げて列に並ぶ。

 配食には順番がある。

 基本的に早く到着した順だが、最優先されるのは白服の、医療看護の聖なる階級を持つ兄弟姉妹達。近衛兵より規律の厳しい厳律修道の者達が台車を押して来て、まずは患者の分を確保。軍人との違いは基本的に無言であることで、代わりに指差し確認がされる。この行列には圧力が伴っていてふざけても近寄れない。

 白服の次は黒服。分厚い油布の修道服にズボン履きで、訓練上がりで汗まみれ。短髪は水浴び後のように濡れているし、若いのに鉱山婦のように半裸の者すらいる。そして咥え煙草、空手で拳銃を撃つフリ、股を開いてしゃがみ、頭や腹に尻を掻く。チンピラ暴力集団の雰囲気を出している。

 対照的な聖科学医療修道会の姉妹達だ。つい目で追ってしまう姿で、やはり男がいない。医療という名称だがどうも患者を診ている様子が、清潔感が無い。知性が外面や仕草に出るというのならば専門の医療知識を持っているようにも見えない。

 あの、回数券を寄越して来た彼女と、もう一人の”お姉さま”とやらはいるか? 分からない。

 冷やかす男の兵士がいれば容赦なく投石、ついには手榴弾まで投げて拳銃を向けて脅す。爆発はせず安全装置はそのままだったが、いずれやりかねない攻撃性が見えた。女が戦場に身を置くならこれくらいの気性は必要か?

 理性あるものなら近寄らず、言及しないのが正解。


■■■


 カトロレオ峠に向けて前線を押し上げることになった。

 完全に峠を奪取出来ずとも、押し上げの前線部隊へ敵の砲弾が集中している間に重砲陣地を前進させて、より深く敵陣地を砲射程下に収める。寸土が獲得出来る。

 これを繰り返せばいずれ重砲陣地をカトロレオ峠の頂上部に敷くことが出来て、敵の一次戦線の全面を砲撃出来る。こうすると敵は踏み止まっても悪戯に損害を出す”弱体”となるので、愚かでなければ第二戦線まで後退する。これで一気に地域が獲得出来る。算段。

 寸土を刻むように取り、要地を取って地域を支配する。これを繰り返せばフラルがいずれは奪還出来る。互いの獲得資源と消費資源の競争が極まっていき、先に音を上げた方が降伏を受諾する。資源量は土地量にある程度依存する。

 この度の攻勢が発令された理由がある。

 まず一つ目は先の、敵の攻撃失敗後という状況。前線に置かれた資源を大量消費して行われる攻撃直後は、当然ながら人も物も不足状態に陥る。つまり防御力も下がっている。

 二つ目は、新興の南エグセン連邦側との紛争に魔王軍の兵力が吸い取られ、これからもその状況が継続するという情報が確定したこと。我々に肩透かしを食らわせるような、突然の和平が両者間に結ばれることが無いと情報局によって断定された。あの凶暴なセレード族が関わっているのだから、さもありなん。

 互いの総力計算をさておき、こちらが今は優勢。外部要因が絡んで敵が劣勢になっている政治状況が発生。攻勢へ移らない理由が無い。

 ロシエは合意形成を重視する。一つの方針が決断されるまでの間に複数の合意が必要とされるわけだが、一度決定されると覆るまでにまた複数の合意が必要になる。またそれら複数の決断が下されるまで時間が掛かるとは限らない。今回は早かった。

 前線部隊の指揮官としての立場から、多くの情報や作戦立案者間の思惑を知ることは出来なかったが、雰囲気は経験から掴めている。

 今回の攻勢、どれだけの出血があろうとも止まらない。攻めれば死攻、守れば死守。負傷者個人の後送はあっても部隊の後退は無いだろう。

 フェンドック師団の野戦司令部は重砲陣地より前にある。移動前提で、直ぐに畳んで広げられるようにしてある。重量物と言えば電柱、天幕の支柱、通信機。

 頭上を砲弾が通り過ぎる。着弾位置は峠と、峠の向こうの北斜面。

 敵の突撃破砕射撃能力が低下したと、飛行船から観測情報が降りて来るまで待つ。もしくは、

「閣下、時刻になりました」

「計画準備通りに前進せよ」

「了解。計画準備通り、各隊前進せよ」

 定時。各地でも作戦が並行して動いている、らしい。与えられている情報が限定的で詳細不明。

 伝令が各部隊へ連絡開始。野戦司令部の外へ出て見送りに加わる。

 軍楽隊が演奏で背中を後押しする中、将兵達が号笛を合図に塹壕を這い出て攻勢の先鋒を切っていった。

 フェンドック師団は攻撃準備射撃の下、南斜面を登る。無人地帯と見られる峠に敵伏兵は無く、まずは迎撃無し。

 これは攻勢であるとリノー元帥からの命令文書にあった。山の稜線でも、海岸線でも、海上でも一斉の総攻撃が始まっているのだろうか? 捕虜可能性がある前線指揮官には必要な情報しか与えられていない。

 我々が管理する師団砲兵をどうするか? 今の配置なら峠への射撃は行える。

 峠に向かっている歩兵部隊からの連絡を待つ。師団砲兵からの観測情報も貰う。峠に敵兵無し。

 峠に地下壕を築いて砲兵を隠匿している可能性がある。油断して師団砲兵を前進させたら撃たれる、かもしれない。詳細な情報は歩兵が踏み込んでから分かる。

 ……進展。

 歩兵部隊から情報が来る。峠に潜む敵兵無し。

 次は北斜面から麓にかけての敵重砲の配置が、地上からの観測情報が知りたい。確認するまでもなく、今までの行動から既に峠を射程に収めているわけだが。

 しかし作戦には時刻が、目安、方針が設定されている。フェンドック師団の役割は慎重に敵情を探ることにはなく、被害を受け入れてでも前進すること。

 ……進展。

 歩兵部隊から峠への登頂に成功と報告。過去の弾痕から推測される、敵重砲射程内に到着している。

 これを受けて師団砲兵の、峠への配置を命令。

 現在、味方の重砲射撃音のみが聞こえる。風向のせいか、重砲の砲身摩耗や砲弾の不具合のせいか、前線の歩兵から友軍誤射の報告が上がって来た。それ以外は静か。

 これは敵が好機を窺っている罠であろう。しかし罠でも何でも良いと言ってしまえば、何でも良い。罠を踏んでそれが何か確かめ、血肉で種を明かすのだ。それがフェンドック師団の仕事。

 ……進展。

 北斜面側にある宿場町の手前まで到着し、敵から一斉に迎撃射撃を受け始めたと歩兵から報告が来た。

 味方の重砲射撃で区画南側が破壊され、瓦礫の山の隙間に塹壕陣地が走る場所である。飛行船からの観測情報と一致。

 カトロレオ峠自体は寒くて風が強く、水源も無い。

 この少し北へ下がったその宿場町には川が流れ、井戸もあって取水が可能。風も比較的弱く、この辺りの可住地域としては標高限界。ここを抑えているかどうか今後の展開に差が出る。

 師団砲兵の峠到達前に攻めるか否か、歩兵指揮官から判断を仰がれた。

 重砲弾が着弾している敵の北側斜面だが、塹壕陣地は健在で火力が十分に発揮されているとのこと。

 そして痒いところに手が届かなかったように、宿場町の中心部から区画北側にかけては砲弾片や瓦礫が散って屋根や壁に穴が開いている程度で、無傷ではないが防壁として健在であること。

 いくら重砲とはいえ、命中精度の低い間接照準射撃の射程限界地域への投射力は低かった。十分に敵は防御能力を保持している。

 ザーン兵部隊の突入を指示する。開始時機は、味方の重砲射撃が停止、もしくは射撃位置を更に北へ延伸してから。そうしたら威力偵察を行い、敵防御施設の評価をして弱点を確認。突破口があれば突入を開始させる。

 残る部隊は師団砲兵が峠に到着し、直接照準射撃が可能になるまで待機。ザーン兵の後退は原則認めないこととした。

 このような命令を下した、と総司令部へ報告を行って、直後に返事代わりの命令が下された。

 ”フェンドック師団は北斜面の宿場町に野戦司令部を設置せよ”である。

 まだ制圧していないが……。

「通信所を残して機材撤収。峠まで移動。仮司令部を師団砲兵の観測所に設置する」

「了解」

 久々の前線指揮。選択と展開は正しいか?


■■■


 味方の重砲支援は、陣地転換しながら延伸。

 射程限界地域が北へ広がる。寸土を得ている。

 宿場町の区画南側が限界だった弾着が、中心部へ移動し始める。

 これで区画南側への、火力支援下での本格的なザーン兵部隊の突入が可能になったので突入させる。味方の重砲弾の破片がまだ白い煙を上げて地面に刺さっている。

 我々の師団砲兵がようやく峠の頂上部に到着。宿場町への水平射撃が可能な位置についた。そして今まで沈黙していた敵重砲の一斉射撃が始まった。砲兵の先遣隊がこの初弾で壊滅し、その後待機させていたガートルゲンとナスランデン歩兵への射撃へ移行。榴散弾、待機列が潰れた。

 自分の目前に……そう思えた位置に着弾。破片は飛んでこないが爆風が来る距離。若い頃は地面を転がる鉄球だった。

 この時、敵重砲の発砲炎を頼りに飛行船隊が爆撃を開始する。投下された爆弾の落下傘が開いていくのは命中精度――理想の散布界の実現――を上げるためらしいが、一部の焼夷剤が風を切っただけで発火を始めて引火し、見た目は火の雨となる。誘爆し、細かい火の散弾になって降り続ける。よくあんな危険な物を積んで空なんてところを飛べるものだ。

 焼夷弾がおおむね帯状に敵重砲陣地に爆発火災を発生させた。その後に弾薬の誘爆が確認され、白熱する破片が飛んで煙が上がる。

 飛行船団による爆撃は繰り返されると総司令部から通達がある。ここで師団砲兵には後退を許さず、歩兵部隊と協同での突撃を命じる。小銃の目線で野戦砲を撃たせる。

 ザーン兵の歩兵働きが潰える頃、後続の歩兵と砲兵の突入が成功。被害は大きいが宿場町南側区画に連隊旗が立ち始める。

 廃墟の市街、塹壕戦は思ったより順調に進行中。やはり野戦砲は小銃より前に出ると攻撃力が高い。こちらの戦争では使用が限定的だった化学砲弾の威力も目に見えて敵兵を無力させている。

 宿場町中心部へ手がかかりそうになると報告を総司令部に上げると、返事として重砲の射程延伸と、交代の増援部隊が移動中であると告げられる。

 ……進展。

 中心部手前でフェンドック師団の前進は止まっていたが、重砲弾が宿場町北側に着弾するようになった。これで敵の前後列が分断される。敵兵の補充が止まって殺した分だけ手薄になり、砲台の射撃が弾切れで止まり出す。

 前線の歩兵指揮官から死傷者甚大という報告を受け取るが後退は許さない。

 彼等はロシエ帝国の英雄となり、我等も帝国の一員と示す時だ。臆病風に吹かれてはならず、爆風に消えて貰う。

 飛行船隊の第二波到達を確認。敵の重砲陣地への爆撃が行われ、また火災の帯が出来上がる。

 この航空爆撃を機に宿場町への、味方からの重砲射撃が停止。その代わりに宿場町北側へ飛行船隊が接近。

 船体側面に火器を取りつけた飛行船が機関砲、多連装機関銃を連射。宿場町を北から火力制圧開始。

 続いて船倉の扉が開かれ、巨大な落下傘に吊られて中型二脚機兵が降下開始。この瞬間、宿場町にいる敵をにわかに包囲したのだ。

 多元的な攻撃が出来上がった。この戦い方はロシエのランスロウ元帥に範を取ったものだ。状況よりも時刻に合わせて動かなければこうはならなかったか? 彼の新時代の戦い方は、戦場で行方不明になった今も生きている。

 これは寸土以上に行けるのではないか?

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― 新着の感想 ―
空挺機兵かっこいいですねー 制海権も制空権も無い魔王軍はさすがに苦しい…
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