21話「天下統一大成」 ベルリク
サイシン半島を南下中。
基本的に水陸協同作戦下。互いの砲射程内にいることで多角的に火力効率を上昇させており、敵も同等の作戦を実行出来ないと優位を取れないという構え。
都市、要塞の他に攻略拠点が散在する。主に山岳町村規模の”山城”で、簡単に整地して柵だけ立っているようなところまで含む。
黒軍の戦法は、我々の基本に沿ったもの。
まずは騎兵と軍用犬が先行して道路状況を確認。小勢を蹴散らしては程々に追撃して、多勢と見れば迂回、後退、牽制。自分はこの先行組に加わり、キジズくんもやっていて基本は二軸。
次に騎兵が開いた道に歩兵を投入。力の強い駱駝や毛象が牽く歩兵砲が軽快に随伴。
これらで重砲が到着する前に敵部隊を逃げやすい山の方へ追い込む。
平野部に逃げ込んだ場合は騎兵優勢で、退路を徐々に断って細切れにして撃滅できる。
山単位で敵部隊を個別に麓から包囲して、追い込みは緩やかにしておく。逃げられる程度に攻め立てて深追いしない。
包囲陣を組むのはラシージの仕事。複数の山を一度に囲むこともあるので管理が大変。大変な仕事は出来る者がやる。
この時、敵対住民を山へ追放し、あえて人口を増やしておくのが黒軍の工夫。
山の麓は水が豊富で、岩場ばかりの頂上側は基本的に不足。山へ逃げ込むような部隊はそもそも手持ちの食糧が少なく、飢えと渇きから仲間割れがし易くなる。
そしてもう一工夫、糜爛剤砲弾を使う。これは塹壕線に撃ち込むような壮大な鉄量ではなく”鼻薬”程度。ふんわり香るぐらい。
糜爛瓦斯は空気より比重が重く、平野部で使うと窪地や塹壕に落ちて上手く広がらない。これを、風向風力に注意して山頂側に撃ち込めば山肌に沿って広がりやすい。人口が多いと接触可能性が上がる。
これは防毒覆面ではほぼ意味が無い。専用加工の防毒衣が必要。そして人口が増えたとなれば、たとえ用意があっても防毒装備は不足する。医療器具も不足して不公平感が助長され、仲間割れが起こる。
これで多人数が糜爛毒に侵され、気が付いたら体中に見たこともない化学火傷を負っている状況が発生する。老若男女、兵士に民間人、どれだけの騒ぎになるかは想像に難くない。母が子供に対して泣き喚く姿は狙ったもの。
こんな感じに仕上げると降伏勧告が良く通る。化学火傷を負った見本捕虜を事前に送り込むともっと良い。
これは内戦。将兵住民の生存率は高ければ高い程良いとされる。追い詰めて殲滅したり、捌いた腹に爆弾を突っ込んで突撃させることもない。
都市が落ち、山が落ちて降伏した人数が増えるごとに東護軍の士気も落ちた。黒龍はアマナへと逃げ、オン・グジンの抵抗はただ人民に被害を与えるだけという宣伝も効力が出てくる。
住民に突き出される逃亡兵が出てくる。引き換えに小遣いをくれてやるともっと出てくる。
敵部隊が丸ごと、連隊旗のように白旗を掲げて降伏してくる。
また敵中に反乱軍が出てきて、こちらに支援を要請してくる。
東護軍、崩壊中。
■■■
継続的にサイシン半島を南下中。
当初は黒龍がアマナへ逃げたという情報は動揺を誘うための嘘だったのだが、実際に島のトマイ山にいることが確認され、確定情報として広がっている。
あんなところから大陸反攻などあり得そうにない。島にある人と物の資源量は、幾ら掘り尽くして利用出来たとしても大陸物量には敵わないのだ。
これから執拗に、龍道を通じて嫌がらせを行う足場にするのだろうか? そうとなればこちらはアマナ海禁策に打って出て、経済難から内部崩壊を狙うのだが。
東護軍の孤立が更に深まっている。
順当に陸上ではこちらが優勢。それでも海上では均衡状態にあるだろう。
敵海軍。東護の本艦隊は主都ワイジュン市の軍港に停泊を続けている。乗員も疲弊せず、整備も最良の状態で力を温存している。アマナ派遣艦隊との合流時期を探っていると見られる。
東護の本艦隊とアマナ派遣艦隊が連合すると、レン朝艦隊と極東艦隊では苦戦必至。正面衝突すれば互いに全滅を覚悟するような戦いが見込まれている。これは望まれない。あちらは捨て身、こちらには未来がある。艦隊は保存される必要がある。
レン朝艦隊はワイジュン攻めの姿勢のまま、沿岸の陸海補給路を守って陸の光複軍を支援中。これは同時に東護本艦隊を牽制する。陸海の火砲が多角的に防御している、
機雷散布は内戦的に、積極使用は良くないと判断。だが装備としては持っていて、敵の積極攻撃があれば使われる予定。相手側もこれを理解しているらしい。
極東艦隊はサイシン半島とアマナ島との海路を遮断しつつ、単独で戦えば勝ち目が大いにあるアマナ派遣艦隊を牽制している。
全体的に、今まで小規模な海戦しか起こっていない。現在までに撃破拿捕出来た敵艦艇は、足が遅い旧式や、出港に失敗した整備不良艦艇程度。それから殿部隊に使われた外洋能力の無い沿岸砲艦。焼討船も数に入る。主力を下したわけではない。
光複軍は主都ワイジュンへ順調に進んでいる。正規軍は堂々と敵本拠地を落としに行くのだ。王道で勝利し、高らかに凱旋して終戦を美しく飾って戦後政治を綺麗に進める。
ジュンサン海峡を挟んだ両岸にワイジュンの市街地と港湾施設がある。東岸が大、西岸が小。限定された海域両岸に、海軍基地と沿岸砲台を備えて幅一杯を砲射程で埋める。これは難攻不落。
レン朝艦隊が海峡に突入して都市砲撃を行い、市街地炎上で降伏が勝ち取れれば良し。重砲の到着を待たずに歩兵を突撃させても良い。どちらも話が早いが、制海権が無いので現状不可能。
光複軍は緒戦に攻めた防衛線のように、大量の砲弾を投入し、大量の人員を死なせてワイジュン市街地へ近寄って重砲陣地を設営し、東護本艦隊を砲弾で港から追い出し、散布された機雷に突っ込ませるという段取りが理想。これが出来れば大体投了。
追い出された敵艦隊が母港も無く海賊行為を働くことはありえるが、整備補給無しで暴れ回ったところで戦略的な意義は無い。どこか、亡命を受け入れるところがあるとすれば南覇軍。あのルオ・シランが完全に負けが込んだヤケクソ艦隊にどんな対応を取るかは想像がつく。
まず穏当に温かく受け入れて、上陸させたら飲ませ食わせしたところで捕縛。そしてこちらに引き渡してくる。そして天下統一が成る。彼の、ともすれば敵対と見られる中立策の謝罪の手土産となる。こちらも逃亡兵の追撃捜索などしなくて済む。
あちらに土産を掴ませるため、あえて艦隊を逃がして取引材料としてくれてやるという策もある。それを実行するかは光複大臣である、戦争を主導するリュ・ドルホンの采配次第。
しかしルオ・シランめ、良く考えたのか。中立の態度を取ることで追い詰め過ぎない逃げ先を龍朝軍等に作ったように見えてくる。
さて、オン・グジンがどこまで抵抗するか? 持久すると事態が好転すると敵が考えているとしたら二つ。
一つ。黒龍の軍、アマナ派遣軍が海を渡ってワイジュンに到着する算段が、実はわずかにある。ただ実行可能性と反攻後の展開が悪過ぎる。たとえ出来たとしてもやらなさそうな肌感。
逆にワイジュンからアマナに逃げる算段が? あり得るかも。
二つ。東大洋は夏の暴風雨の季節に入っている。レン朝と極東の我等の海軍に対し、一発の砲弾を撃ち込まずとも荒天が勝手に沈めたり、母港への帰還を強制し、戦わずして制海権争いに勝利するという天命頼りの方法。
東護本艦隊とアマナ派遣軍艦隊の合流を阻止する目的が我々の海軍にあり、洋上活動を停止するという選択肢は現状存在しない。筋はそこまで悪くない。
一方の我が黒軍はサイシン半島南東にあるヨンサリ市の包囲に掛かっている。
竜跨隊による航空偵察により、ヨンサリ港に敵艦隊は停泊していない。都市守備隊が存在するも民兵中心。緒戦から後退を続けた東護の正規兵はワイジュン市へ後退した。
この都市の攻略価値は低いが、アマナ派遣艦隊が中継港として使う可能性があるので無視も出来ない。重砲があれば直ぐに落ちそうだが、ここまで奥地に来ると輸送に手こずっている。
化学砲弾を大量に撃ち込む前に降伏してくれれば略奪もしないし、無罪放免で肉刑も無いと守備隊司令官に通達済み。返事は無いが、糜爛剤で肺まで火傷を負った者がどうなるかという見本も送っておいた。
即日回答は求めていない。じっくり内々で話し合って、市外情勢が最悪と認めてくれればいい。
待機時間は当直制で仕事、休憩と回しており、休憩時間はいつも暇なので遊ぶしかない。
捕虜には種類がある。
武装解除して投降して来た良い子ちゃん。
最後まで抵抗して死にきれなかった勇者。
そして、逃亡中に住民へ対し略奪暴行を働いた悪い子ちゃん。
「宇宙大元帥を殺したら無罪放免だぞ!」
「いけいけ!」
被害者とその家族も混じって、観衆が見守る中、悪い子ちゃんと死ぬまでやる相撲に取り組む。
「ベルリキック!」
パンと良い音が鳴って、相手の脛が横に折れる。倒れて慌てふためく。
「これが俺の下段蹴りだ」
鋼鉄義足の”角”脛は、格闘家も羨む硬さと重さを誇って骨を砕く。
それから無事な脛も蹴って折って、腕も蹴って抵抗できなくしてから口、顎を義手で殴って潰して喉に詰めて窒息待ち。
あまり自分一人で捕虜を殺しても他の連中の楽しみがなくなるので「ジジイはケツの穴が痛いから休憩」と言って輪から離れる。
相撲に拘らず、馬で引いたり、銃弓の的にしたりと行事が待っているので独り占めしてはいけない。また殺しの経験が少ない若い奴に優先させるべきだ。本作戦でも、特に配置が原因で一発も撃てなかった者達がいる。血塗れの黒軍兵士ならば尚更経験させるべきだ。
ヨンサリ包囲陣を監督しているラシージの近くに座って葉巻を吹かす。それから義手、義足の点検整備開始。ネジ締め不要の分解、汚れ落とし、機械油塗り。丸まった右前腕先、左脛先の汗拭き、天花粉塗り。
「包囲の具合はどうだ?」
「要塞砲射程外の囲みは出来ました。対船舶用にも野戦砲を設置していますが、日中でも急行されれば出入を防げないでしょう。壁外要塞への地雷坑道掘削は全行程の七割。ただ発破するだけなら二点で可能です。早期に精神効果を狙うのなら市街地への掘削を優先して地上へ掘り抜き、化学攻撃を行えます」
「焦ってないから要塞爆破を先行。重砲陣地構える前に一発食らわせれば反撃も、遅れるか?」
「要塞の図面があれば弾薬庫に直撃させられます。不明な状態で見込みがあるような爆破となれば現有の爆薬では不足です。補充を待っています」
「図面はどこかな? ヨンサリ市は当然として、東護軍司令部があるワイジュンか。ヤンルーに無かったかな?」
「南進前に、こういった施設の管理は各巡撫預かりということを確認してあります」
「あらら。地方分権だな」
「独立的な巡撫軍閥の構成は電信、鉄道導入前の思想のままですので」
「それか。じゃあ仕方ないな」
天下辺縁で戦うことを前提にすれば、中央にお伺いを立てなくても良い仕組みになるもんだ。
……悪い子殺しが相撲から、馬上で引き千切り合う人取り合戦へ移行した頃。
キジズくんの分遣隊が包囲陣に到着。大量の捕虜を連れて来た。
「宇宙大元帥閣下! お土産一杯持ってきました!」
「ご苦労、うん。どうするかな? ラシージ、人間の盾組んでおきたいところあるか?」
「あります。お借りします」
「じゃあキジズくんはラシージの指示に従って」
「はい! ラシージ元帥、お願いします」
「はい。では……」
……悪い子殺しが狙撃大会へ移行した頃。
竜跨隊伝令が到着。アクファルから報告書を受け取る。
「どうぞ宇宙大兄」
「うん」
重大情報が二つ。
一つ。アマナ派遣軍司令が現地で暗殺されたと判明。将兵のほとんどは駐留先の各鎮護代軍に捕縛され、レン朝への手土産として揃えられていると見られる。引き渡し手順の談合や、その準備の話し合いは情報入手時点では確認されていない。
二つ。黒龍一行は駐留していたトマイ山から消失。龍道へ消えたと見られる。
自分達のために見込みの無い持久戦に挑んでいる者達を見捨てたか。人の心が無いと言ってしまえば、人間じゃないと返事が来そうだな。
「この情報を半島各地に宣伝して抗戦を諦めさせるよう促してくれ。実物、証拠品みたいなのが欲しいかなぁ、塩漬けの派遣軍将校の首とか、顔見知りに見せたい感じだな。とりあえず、宣伝紙撒きから始めよう」
「はい宇宙大兄」
■■■
緒戦の陣地攻略戦の華やかさもそこそこに、あとは残務処理のようにサイシン半島での戦いは終了した。東護の乱とでも言うべき戦いは決着した。
アマナ派遣軍の崩壊、何より黒龍の地上逃亡の情報は、真偽が確定する前から士気が低下していた東護軍の戦意を奪っていた。
この報せが真実であると確信した東護巡撫オン・グジンは”この争いの責任はこの自分のみにある。責任の無い将兵人民達への格別の配慮、ご慈悲をリュ・ドルホン殿に願う”と遺言を残し、正装でアマナの方角を向いて一礼してから服毒自殺を敢行。降伏の使者の前で七転八倒の末だったとか。
グジンの指揮を引き継いだ副官によれば、龍人の体力を加味して十倍盛ったがその始末、だったらしい。
最高司令官の責任を取る形での自殺の報は各地残党を降伏させるのに十分。ヨンサリ市も直接攻撃をする前に降伏した。
尚、光複帝フレガン、天太后ソルヒン、宇宙大元帥ベルリクを差し置いてリュ・ドルホンに配慮と慈悲を乞うた言動については、一先ず何も無かったようにされる。何か事情が変われば掘り返されるだろう。
オン・グジンの立場と意地がレン朝を認めるわけにはいかなかったのだろうが、遺恨はこじつけで復活しそうだ。
サイシン半島の東護軍残党処理は光複軍に任せ、要人等はヤンルーへ移動。戦時敷設した鉄道も含めて利用すれば、最前線からあっという間に移動できてしまう。今更だが時代の違いを改めて感じる。
鉄道に乗せられるだけの、受勲対象者から選抜された将兵がヤンルーの大通りを――練習していないので歩調は合っていない――凱旋行進。飾った馬車で宮殿前まで凱旋将軍リュ・ドルホンが進み、自分は騎馬でそれを先導。観衆から喝采を受ける。
リュ・ドルホンは光複軍の代表。基盤を作って、実質の指揮はしていない。だが一人代表を選ぶとしたらこの者だけ。お家への賞賛は親父に授け、その後に親父から子分に授けるのだ。報奨の分配も親父の胸三寸。
宮殿前では西側式の軍楽隊が演奏。急いで作られたレン朝暫定国歌で歌詞未定。聞く者が聞けば、既存曲からかなり楽譜を借りていると分かる、らしい。
馬と車両を降りたら、杖を突きながら宮中を歩き、要人が並ぶ謁見の間へ入る。先導は自分がまだ続ける。
高級官僚に将官、冊封国と外国外交官、報道各社と著しく戦争に協力した大企業代表などから敬礼を受けつつ進み出る。
その中に南覇巡撫ルオ・シランがいる。南覇軍の、静かな降伏宣言をこれで受け取ったことになる。
何と同志ピエターもいた。ランマルカ代表でいいのか?
玉座に座る天太后ソルヒンと、抱えられる皇帝フレガンの前で停止。
リュ・ドルホンが一度佇まいを直して平伏した。これに合わせて謁見の間にいる者達、自分を除いて皆も平伏する。
「我が息子、天政皇帝フレガン。この者が賊軍匪僚オン・グジンを討ち取ったリュ・ドルホン光復大臣である。見事な勝利を飾った故、一つ言葉をかけて貰いたい」
「陛下、リュ・ドルホンが見事逆賊を討ち取りましたよ」
視線を落としたソルヒンが声を優しくかけ、フレガンを軽く揺すると目が半開く。寝起きだな。声も上げない。
「ちょっと貸してくれ」
「はい」
フレガンをソルヒンから受け取って、リュ・ドルホンの前に連れて行く。
「フレガン、ドルホン大臣が勝ったぞ」
「はは」
「面を上げなさい」
「は」
リュ・ドルホンが顔を上げ、フレガンに視線を注ぐ。
「えへっえへっへ」
笑った! 可愛い。丁度この顔の上げ下げ、いないいないばあになったようだ。
「皆の者も面を上げなさい。フレガン皇帝が笑ったぞ」
参列者が一斉に顔を上げる。赤子の視力ではあまり捉えられていないが、一斉に動いた空気は感じたらしい。そこから急に機嫌が悪くなって泣き出した。
「だっはっはっは! 見事、リュ・ドルホン。これが皇帝からの祝辞である」
「まこと、ありがたき幸せ」
参列者も――皆ではないが――重苦しい無表情が崩れて微笑んでしまっている。
フレガンくん、この歳で政治が分かっているとは流石だな。
立ち上がるソルヒンの横に、泣いているフレガンを抱きながら移動。
天太后の番手。
「皆の者、立ちなさい」
総員起立。報道社の者が恭しく礼をしてから機具を設置し、録音機を回し始める。
「我が息子、幼帝フレガンに代わり、天太后ソルヒンが告げる。
本日、長らく賊軍に支配されていた天下全土が平定されました。
黒龍公主と長らく呼称されてきた天背の妖婆が、己の欲望を剥き出しにしたため、全人民が臼下の苦しみを味わうことになりました。
これは天政皇帝軍と遊牧皇帝軍によって、そして二天の忠勇たる全人民支援の下で解放され、再び団結することになりました。
復元された正統天政により、人民の生命と財産を守り、人民の苦痛と絶望を和らげ、人民の自尊と権利のためにこれからも八大上帝を範に戦い続けます。
龍を呼称した悪蛇変化の僭称軍を徳武放逐した再統一戦争は基本的勝利を達し、残る燻りは将兵達による不断の努力と、平和を求める人民達の不朽の願いによって鎮火されるものと信じております。
幼帝に代わり天太后が認める勝利統一内閣が、太祖オルハンに連なるレン氏をこれからも輔弼します。彼等は徳智によって選ばれた中原人民の代表者であり、あなた方の代弁者に他なりません。
正統天政の再興、蒼天との父母たる合一、内賊等の化外追放。これを持って正式に宣言します……」
一呼吸。
「天下統一大成!」
ソルヒンの言い終わりに合わせてリュ・ドルホンが唱える。
「天下統一を祝しまして、万歳三唱。光復帝万歳!」
『万歳! 万歳! 万々歳!』
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”天下統一大成”。ソルヒンの録音された演説が全国に流布され、この宣伝文句も天下に広まり、燻りと称された龍朝残党も迅速に降伏し、討伐されて行った。
君主ではないが、相当の天太后の肉声を地方の人間も聞くことが出来たという事実が相当な衝撃をもたらしているらしい。合わせて諸地方に配られた母子御真影の影響も強烈で、拝まれたり供物に花が捧げられて、香まで焚かれたというのだから神霊の如し。
ソルヒンは写真写りも良く、なめられなさそうな迫力もあるので信者が急激に増えたとも。
アマナに囚われていた旧東護兵の受け入れも開始。捕虜を大陸に置き、商品を島に持って帰るという流れが出来上がって海上交易が進む。
民衆協力を失えば落人狩りも活発になり、報奨金を出せば村の除け者まで引き出されてくる。戦後で人手が足りない時に放り出されるような者となればかなりのロクデナシ。
レン朝から龍朝へは、王朝交代はしていない。南北朝に分かれたのは事実。それでも中原中核を、龍朝新体制で統治されていた時期はそこそこにあり、まるで王朝交代のように新体制への組み換えが行われる。
文章単位で龍朝賛美を臭わせる文言、呼称の使用が禁止される。常用の言葉までは対象ではないが、龍帝を前面に打ち出すような言葉はかなり狩られる。
四王領、十三道、三藩制が廃止される。その代わりに三十九省が設置される。かつては王朝が定める方角の色名が使われたものだが、それは廃止されて中核都市名がそのまま省名として使われる。
第二の首都リャンワンを代表にすれば、リャンワン行政可能範囲がリャンワン省となる。
また南方に顕著だが、少数民族領は省内に自治県として設置される。公費で武装した私兵など抱えての独立闘争など出来ないように、大枠の下に内包される。
また帝国連邦のアインバル地方について。シュレ川東岸部は天政領だったがこの機会に返還される。大地震の被災地なので実質的な作業は遅れると見られる。
今までの、支配的で軍権も地方政権も統括してきたような巡撫職は廃止される。地方領主のように振る舞えた、地方に派遣される中央高級官僚も権限の分散化によって事実上廃止。
全て限定的な権限を持つ”小役人”達によって、個人の意志が介在せずに政府が動いていくことになる。これは龍朝も進んでいたことで、更に推進される。
新しい役職が設置される。
内閣総理大臣にリュ・ドルホン。光複は達せられ、名称が改められた。全中原人民代表という意味合いが付与される。
内閣大学士にサウ・ツェンリー。これは皇室の教育係である。対象は幼帝のみならず天太后もふくみ、大学士の助言によって君主の、最高意思が影響される。総理大臣の対局、全秀才代表という意味合いが付与されるだろう。中央官僚選挙も統括していく。
陸軍大臣にサウ・エルゥ、海軍大臣にルオ・シランが任命された。これで陸海政経を統べる独立的な巡撫軍閥、地方統合軍は廃止されて中央に一本化される。これは鉄道電信の普及があってこその構想だ。
朱西道大震災対応は勿論継続中。対策部隊に急に組織改編を申し付けても混乱するだけなので、現場を離れて原隊に復帰次第改編が適用される。
新体制への完全移行は震災対応が終わってから完了することになる。
移行作業は徐々に行われる。”文字の粛清”から始まるので中々、一年二年で終わる話ではない様子。
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「新王朝の出発という雰囲気が冊封国にあります。北に逃れていただけで断続していましたが、空気感はそうでありました。そしてバッサム国、シンルウ国においては代表者を派遣して相撲を取って力関係を計るという儀式があります。前回はレン・セジン殿が勝利して上下関係をはっきりさせました。それが逆賊となり故人ともなり、解消されたものと見做されます。ここは二天の武門の頭領、宇宙大元帥閣下の出番ではないかと存じます」
こう言ったのはルオ・シラン。その文官らしからぬガタイを見れば”お前が行って来い”と言いたいところだが、中央統制型の海軍再編に着手しながら、終わらないタルメシャ紛争にも引き続いて対応しないといけない者にそうは言っていられない、のか?
いや、男を見せろと言いたいのか。
エンの乱以来の関係もある。嫌がらせと腕試しも兼ねているのかもしれない。
「アクファル」
「はい宇宙大兄」
「クセルヤータ出して殺してこい」
「はい宇宙大兄」
「そのクセルヤータという方は?」
「象頭も拳骨一発で殺せるスライフィールの竜ですよ」
「なるほど。よろしかろうと存じます」
その相撲好きの二か国、扱いが面倒くさくてルオ・シランも辟易していたんじゃないかという雰囲気が今一瞬漂った。
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内閣総理大臣リュ・ドルホンと内閣大学士サウ・ツェンリー両名とも話し、天太后ソルヒンの裁可が下り、宇宙大元帥の仕事は一端極東でお終いということになった。
西側恫喝用の遠征軍の準備計画も立てて貰う。
降伏した龍朝残党軍を戦地で罰処分する裁兵軍の編制を依頼したのだ。内戦で上がった血圧を鎮めるには悪い血を抜くのが基本である。
ジャーヴァル白帽党軍にも出せない、異郷の大正規軍という衝撃は有用。遊牧皇帝はそんなところから動員出来るのか!? という衝撃である。世界規模の動員能力というのは実数以上に諦観を相手に与えるだろう。
そろそろバシィールに戻って、セレード国王ヤヌシュフ対エーラン副王アルザビスの案件に手を突っ込む頃合い。
ただの敵軍なら撃破すれば良いだけだが事情は複雑。魔神代理領旗下の帝国連邦と新生エーランの子分同士の争いだ。”子”の喧嘩に”親”が口出しするのは大人げないというもの。ちょっと、結構、頭を捻る必要がありそうだ。
先に戻ったシルヴだけでは影響力が足りない。新任二代目総統には威光がまだ宿っていないし、遊牧皇帝の恐怖が足りていない。
口先では足りない圧力が交渉事には必要だ。
世界規模の動員力を、魔王イバイヤース、味わってみるかい?
■■■
ヤンルー滞在の最終日。明日の朝、列車で発つ。
公安号がフレガンくんを見守っている様子を確認。定期的ににおいも嗅いでいて、大型犬の慈愛が見える。ソルヒンはあの霊獣を近づけることを許したらしい。
その一方で公安号はソルヒンが視界に入ると逃げ出す。気性に聡い獣の感があの女はヤバいと言っているようだ。
自分を見ても公安号は逃げはしないが、
「おらワンコ、こっち来い」
と言って手招きしても来ない。
フレガンを抱いてから「お前もこっち来い」とやれば来る。撫でようとすると避ける。
「おい、俺はシゲの兄貴分だぞ」
と言うと「ワフン」とは鳴く。
シゲヒロに公安号、かつて殺し合ったのが仲良しになったと聞くから、自分ともふもふしたっていいじゃないか。
孫弄りもそこそこに寝室へ戻る。
特にソルヒンから”お呼ばれ”はしない。
ジルマリアのように今日は”やっつけてやろう”とも思わない。
セリンはまあ、あれだ。
さて、ヤヌシュフ案件で名案があるかもと、雑用紙に脈絡なく思いついたことを書いて、考えていたところにラシージがやってきた。
最近は同志ピエターと何やら話している姿を何度か見た。あれだけで老い気味の脳に栄養が回ってきたものだが、可愛いだけではなかったらしい。
「ペセトトへ行こうと思っています。これならまだお役に立てます」
何とも言えないものが神経を走る。単純に言うと急に具合が悪くなってきた。胃と舌が痙攣しそう。
いつか来るとは分かっていたが、今なのか。
「護衛は連れて行けよ」
「術の使える同胞達も連れて行きますので」
「そうか」
ウレンベレ港から海路、クイム島を経由し、東大洋横断して新大陸西岸からペセトトに上陸。そして妖精だけの、魔族化に相当する亜神化の儀式を老い衰える前に。その成功失敗の確率は知らないが、絶対に老いてしまうのだから分の良い賭けではある。
これ以上、一体何を言うことがあるのか?
あの親分が決めたことだぞ。
何も言うことがない。
ラシージの手を掴んで両方揃えて、残ったこの左手一つで握る。




