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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第2部:第14章『ぼくらの宇宙大元帥』

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19話「浸透作戦」 ヤヌシュフ

 夜。静かに敵基地施設外縁へ近づき、二列横隊を形成。擲弾矢を騎射しながら騎兵隊、常歩前進。

 三斉射後に速歩へ全隊が増速。これを合図に、道中に傷病を負った騎兵が襲歩先行、爆弾特攻。

 第一波、門前障害物を弾き飛ばす。

 第二波、門扉を強制開放、門前衛兵を排除。

 第三波、敷地内に侵入して各自判断で起爆。

 横隊中央、自分から駆足へ増速。開いた突破口へ縦隊へ移行しながら接近。

「烈風剣!」

 特攻の残骸を、切り刻みより煽り掃きへ力点を置いて排除。

「フラル人以外を殺せ!」

『ホゥファー!』

 これは敵にも臣下達にも聞こえるよう、魔族の身体で喚声のように響かせる。

 混乱は発生直後。ほとんどの敵兵、軍属が非武装。目についた敵から斬り捨てる。

 敷地内突入、臣下達が連発銃で銃撃開始。敵との距離感と速度感により、この場では弓より槍より刀より良い。

 小烈風剣の方がちょっと良い。我が技の継承者達が「烈風剣!」と叫んで敵を搔っ捌く、剥く。

「黒人を殺せ!」

 黒い肌、白目が夜灯りで目立つ。顔を切って落とす。

「獣人を殺せ!」

 毛むくじゃら、背景に隠れやすいが臭いがもふもふ。鼻を頼りに切っ先を突っ込む。

「魔族を……」

 いや、自分が殺す!

 多くの敵が非武装だった。小銃は銃架にまとめられており、勝手に持ち出せないように鍵も掛かっていた。咄嗟に持ち出そうと石で叩き壊す姿が見えた。弾薬箱を持って「これって機関銃の!?」と叫ぶ姿も見えた。

 稀に枕元に置いた短刀、拳銃を手にしている者もいる中で「敵襲! 戦闘開始!」と号令する虫人がいた。奴隷騎士、サイールの騎士。長刀を持っている。

「烈風剣!」

 見えない斬撃のはずが虫人は寸で避けた。こちらの体捌きから見切ったか?

 無言で――発声無しだと弱い――烈風剣を放ち、これも同様に避けられる。

 虫人は長刀を、上の大腕で構える。下の小腕は脱力して下げている。

 四本腕に二本腕は相撲で敵わないという話がある。こちらは四本脚だが、掴み合いは不利? 刃の距離で決着が理想か?

「烈風剣!」

 喋って前へ詰めつつ、ただの素振り。虫人は避けず、欺瞞を見破りこちらへ踏み込む。

 術力の気配、流れを感知出来ればこの芸当は可能。長年の決闘の経験からも先読みは、やはり可能。

 撃剣の間合い、こちらは踏み留まり。間合いを一足分外す。

 無言で放たず目前に留まる”置き烈風剣!”。虫人の、間合いを測る長刀を下へ弾いた。

 撃剣、長い刃を叩き折った。

「烈風剣!」

 切り上げからの放ち、長刀を捨てて避ける動作の虫人の右股、右大腕を切断。

「お見事!」

 自分を賞賛!? 山を越えて来て良かったぁ!

「首級頂戴!」

 虫人の首を刎ね、剣先に刺して付けて掲げる。

「敵将首ぃ! 討ち取ったぁ!」

 真偽、その実態の確認はさて置き、夜襲中に見知らぬ声が”敵将首”と咆えれば士気は崩れ出す。

 逃げ出す者がいる。勇敢に戦おうとして「逃げるな!」と叫ぶ者がいて、それを聞いて奮起したり、やっぱり逃げたり、その辺の物陰に隠れたりして多様。そして勇者は目立つので善戦に拘わらず先に死んで、それに怯えてまた逃げ出す。

 士気の崩壊は連鎖する。この辺でようやく相手を見分ける余裕が出て来る。

「南大陸人を殺せ! 敵は副王軍、魔王のおまけ、セレードの財産を奪いに来た敵だ! あ、フラル人はいいよ、殺さなくても」

 基地内掃討が進む。殺して、降伏を受け入れて、間違って殺す。後頭部で手を組んで地面に伏せる、ぐらいはしてくれないと殺してしまう。何せ、星と月と篝火は太陽より弱い。

「奪って良いのはセレードだけだ!」

 基地外からも声、銃声。

 逃走したフラル人、南大陸人を予備騎兵が襲撃中。敵は逃げ出してからが狩り時。硬い殻を破ってからが食い時。

「王様、こいつ黒いのにフラル人って言ってます!」

「俺はベルシア人なんだ! 頼むよ、港の出身なんだ、ちょっと南のと混じってるかもしんねぇけど!」

「むむむむむ……」

 フラル半島北部人はわりと白いが、南部人はわりと浅黒。その上で日焼けなんかしていると黒人っぽい見た目になる。顔の形だとか唇だとか手と足の裏の色だとか毛の縮れ具合だとか、差異はちゃんとあるが、パっと見て判断出来ることは……そこそこ! 一々服を剥いで回るのも面倒。

 魔神代理領の奴隷市場では黒人奴隷と白人奴隷では扱いや金額が違い、曖昧な場合には色見本表すら使うと言う。が、そんなものはここにはない。

 それに南大陸北岸にも白人がいる。白黒混血して良く分からないのもいる。金髪青目だとかも、歴史的交流の前では基準にならない。

「紛らわしいのは全部殺せ!」

 剣で、その自称ベルシア人を刺して持ち上げ、投げ捨てる。

「全部殺せ!」

『全部殺します!』

 結局、白い黒い何のと、人間の区別など容易に出来ないのだ。フラル語の発音会話が流暢だとかも、ウチの子達が分かるわけがない。自分はフラル語アソリウス方言を勉強してきたけど。

「疑わしきは全部殺せ!」

 肌の白い北部人高級将校が、脱いだ汗染みの白い肌着を振りながら駆け寄って来た。階級は詳細不明だが、帽子が佐官相当。

「止めろ! 殺すな! 降伏する、捕虜にしろ!」

「じゃあ選べ! 殺していい奴と悪い奴をな」

「え、えぇ!?」

「じゃあ死ぬか!?」

「選びます! おいお前等、武器を捨てろ!」

 上半身裸の高級将校、ここの補給基地指揮官らしく、部下へ降伏指示を出して回り出す。

「フラルと南大陸の、向かい合わせになるように並べろ、指揮官!」

「はい……はい」

「はいは一回!」

「はい!」

 フラル兵とフラル軍属、そして南大陸兵と選別がされるのを待った。

 弾薬庫爆破の準備をして、逃走兵を狩って、敵増援を警戒しながら、馬に載せられる分の物資を選別。非協力者と抵抗者には剣先矢先を突っ込んだり抜いたりしながら待った。

 ……待った。二千名弱のフラル人、百名強の南大陸人と分かれた。死者、重傷者は別として。

 中隊単位で一つの基地に配置されている? この様子からエグセンとフラルの境界線南方にて、副王の南大陸兵はある程度分散配置がされているようだ。

 我々がアピラン包囲軍を壊滅させた影響だろうか? 寝返る理由が複数あるフラル兵を監視するためだろうか? 補給上の都合かも? おそらく複合的。

 一つ言えることは、南エグセン連邦への再侵攻の可能性は全く否定されていないこと。これで敵根拠地を叩いたわけではない。源泉は中大洋の向こう側。

 フラル解放軍を安全圏にした副王が再軍備することなど容易。だから安全圏をそうではなくしよう。

「フラル人、略奪を許可する!」

 こう言った時にフラル人達は理解が追い付かず、顔が啞然としていた。

「我々は忙しいから金品など要らん! お前等、こいつらを殺して持ち物を奪って良いぞ!」

 手本を見せる。まずは分かり易く、鬣犬頭の降伏兵の頭、横についた目から反対側に剣が抜けるように刺して持ち上げた。ちょっとジタバタするが魔族の腕なら軽い。

 それから顔付きが悪くて欲深そうな軍属のフラル男の足元に、剥ぎ取った服飾、所持品を投げて渡す。

 南大陸人は現代的な兵士ではない。戦士であり旅人で、一財産身に着けてやって来ている。銀行や補給部隊に預けるなんてことは出来ない。金銀宝石に硬貨や布も装飾品として持ち、これで売り買いをする。

「お前にやる! 他の奴等も殺した奴から奪っていいぞ!」

 基地指揮官が「そんなことやらせないで下さい!」と抗議に口を開いたので「うっせぇアホ!」と平手打ち。失神させた。

「早い物勝ちだ!」

 かつての仲間同士で殺し合いが始まった。暴行を止めようとする者は我々で殴って止める。

 魔王軍は寄せ集めも良いところ。ここのフラル解放軍と、南大陸からやってきた副王軍では仲間意識が希薄であろう。もしかしたら殺したいけど殺せないような、嫌いな奴だったかもしれない。

 フラル人達の血走った目が面白い。軍属、民間人が率先して暴行、殺害、略奪。遅れて兵士も参加。獣人は抵抗が強く、噛み付きは凶悪。指が無くなるのは当たり前。

 南大陸兵が嬲り殺しにされるのを見ながら食事を摂った。浸透中はやはり身軽を大事に、口に入れる物は現地で調達する。人がいる限り食える物はいくらでもそこにある。

 ここはエグセンとフラルの国境線より南方、国境紛争地帯に繋がる補給線上の一拠点であった。こんな襲撃があっても時間が経てば機能は回復するだろう。

 自分は一千人隊を率いてフラル解放軍の防御陣地を迂回し、北フラルへの侵入に成功した。道中は略奪が出来ず、食糧は連れた山羊の成獣がほとんどだった。

 経路は封鎖されている主幹道から東に外れた山道を選択し、案内には地元ウルロンの山岳民を雇った。

 兵はカラミエスコ、ハリキンサクの山岳出身者のみを選抜。いわば山岳騎兵。

 前のアピラン包囲解除戦では、結果的に引き込んで包囲体勢を取らせ”柔らかい横腹”を晒させてから夜襲を入れて撃破。追撃戦でほぼ皆殺しという形になった。過去の戦例でも似たものがあり、名勝負として教科書に載る。

 しかしそれは主導権を取った感じではない。今回の浸透作戦では、奇襲攻撃で主導権を取りに行く。

 ベルリク兄上の戦歴を思い出すに、とりあえず主導権とは取っておくもの。そうすると不思議に天運が降って来て、目が良ければ捉えられて、手も巧みなら掴まえられて、頭が冴えていれば利用出来る。

「王様、生存者の退避を除いて爆破準備よし!」

「よし」


■■■


 我々の南エグセン連邦のファニット領に、国境線を敷いて接する上ウルロン地方における基地襲撃は一端切り上げた。

 次に移動したのはそこから東にあるメノグラメリス地方。ここに副王軍はほとんどいない。

 道中、基地襲撃以外にも出来事があった。

 南大陸兵の伝令がいたから捕まえた。あちらの馬を品評しながら、尋問拷問しながら情報を収集する。

 伝令自身が詳細な情報を握っているとは限らないが、それとない情報から副王軍の各隊、物資集積所、使っている道を把握する。また欠片程度の、別の情報が無いと意味が無い情報も集積されてくる。

 重要な情報に対しては拷問しても口が堅いが、どうでも良さそうな世間話を拷問時間外に担当官以外が同情的に聞くと喋ることがままある。

 我々は一千の騎兵。分析可能な情報員は連れてきていないが、伝手がある。

 フラル半島には帝国連邦とメルカプール藩王国が出資するフラル会社がある。ベーア戦中は統一フラル下で潜伏、退避していたので機能は万全ではないが復帰しつつある。

 商人である彼等から必要な商品を売掛で買いつつ、情報を分析して貰う。また彼等が保有する情報も共有して貰う。

 襲撃すると効果的な拠点、一千騎で対応出来る拠点の位置が判明していく。フラル解放軍と副王軍の物資管理は分離傾向にあり、襲わなくても良い場所が見えてくる。

 副王軍が管理する物資が無くなってくると、勿論戦争遂行能力が失われて南エグセン侵攻が遠のく。またフラル解放軍からの支援が必要になってくればくるほど対立が増し、利権が複雑になっていく。

 普通、自分の物を他人にくれてやりたくない。仲が悪ければ尚更。

 フラル会社もこれで他商人に先んじ、何か商機を掴んで儲けを出しにいくだろう。互いに利益があった。あったような良い顔をしていた。狐頭だが、首を掴んで脈拍を確認し、口臭を嗅いでどんな感情をしているかも計ったので間違いない。

 こちらとあちらの関係性は複雑だ。

 セレード軍と副王軍は明確に敵対。フラル解放軍とは敵対中立ぐらい。

 その上位である帝国連邦と魔王軍は魔神代理領共同体の同胞。ただしアレオンでの戦いからの延長線上で、当時の国外軍が傭兵であったとしても友好とは呼べない。

 下っ端同士の喧嘩を親分がどう諫めるか、煽るかという状態か。

 我々でも北フラルの電信が、通信料は掛かるが利用出来る。

 電信線を通じて帝国連邦からの発送品を北フラルで受け取る段取りを取った。常時行き来している列車に載せればそう時間も掛からない。

 またセレード兵の一部を鉄道経由でフラルに送れないか検討させる。別動隊をここ、メノグラメリス地方に待機させたいのだ。実現は政治的に困難であるものの、成功すれば”第二戦線”を形成して戦局を一転させることが出来る、かもしれない。

 副王軍は北進したい。その状況で東に敵軍が突如現れると、多かれ少なかれ対応出来る部隊を割かなければならない。これは弱体化に繋がる。

 それを今自分達でやってみる。メノグラメリス地方で休息を取ることで、副王軍をこの東の”第二戦線”に引き付けられるか観察。

 何時でも逃げられるよう、見晴らしの良い牧草地帯で野営しているとフラル解放軍最高司令官が派遣する、直卒の将校伝令がやってきた。

 道案内をしてきた商人の紹介によれば、その伝令は「北フラル総督アデロ=アンベル・ストラニョーラの娘婿なので本気の度合が強いですよ」とのこと。

 伝令から手紙を受け取った。読む。

”セレード国王ヤヌシュフ・ベラスコイ陛下にはまずご挨拶申し上げる。

 北フラル総督府は魔王陛下の慈愛と保護の下、帝国連邦との良好な関係を望み、始まったばかりですが健全に進展していることと認識しております。

 しかしながら、先に上ウルロン地方で発生した戦闘によってフラルの軍民共に被害が生じたことは誠に遺憾であります。

 魔なる御力の下、聖なる教えが生きる中、我々フラル人民の自治と安全と財産が不当に侵害されたことを表明します。

 長く続いている戦も、幾かの局面で終結しつつあります。これ以上の拡大を望む者は多くありません。こちらもそうであり、ヤヌシュフ陛下もそうであると願っております。

 新たに迎えつつある戦後を見据え、次の不幸など無きよう、我が政府の立場をご理解いただいて適切な対応をお願い申し上げます。

 我々フラルが帝国連邦と望むのは平和と友好と繁栄です”

「ねえねえ、北フラル総督府とフラル解放軍って呼び名、どっちが良いの?」

「行政と軍は分かれていますので。今は総督閣下が兼任されておりますが、総督府が上位組織と考えて下さい」

「そっかぁ……」

「事は火急の案件です。可能なら即答で頂きたいと考えております」

「我々の敵に安全圏を確保させておいて、今更中立友好面は止めて貰いたいね」

「総督は非常に憂慮されておいでです。事態が”上”に波及すれば、現場案件では無くなってしまいます」

 伝令なのにちょっと政治的発言をしている。直卒の将校伝令ということで、ある程度話をする権限があるようだ。

「セレードの男がぁ……やられてやり返さないと思うか?」

「憂慮されていることは覚えておいてください」

「うーむーんー」

 さてね?

「王様! 次やるとこ見当つけましたよ!」

 斥候を取りまとめている奴が報告に来た。

「よし、じゃあ行くか!」

「ちょ!?」


■■■


 襲撃後にメノグラメリス地方へ移動することによって”第二戦線”がにわかに出現する実験の結果、副王軍の警戒状態に変化を付けることに成功した。斥候、捕虜、商人、副王嫌いの有志フラル人達のお陰である。

 上ウルロン地方へ戻る。次からの標的も数多くある。だが一つの、明確な中核となる補給基地を散発的に狙う。地方主都カドレノの郊外にある。

 既に厳戒態勢が取られていた。奇襲を仕掛ける隙は該当基地外縁には存在しない。砲台には常に人がいて、監視塔には機関銃座に狙撃手までついている。軽騎兵でどうにかするところではない。

 ということで、移動中の標的を狙うという遊牧騎兵の普通の襲撃を実施。

 一番簡単な方法からやってみる。

 フラル人かどうか確認してから馬車を襲う。確認方法は様々。

 望遠鏡や肉眼で、農民の視界外から見るのが安全。道路を封鎖して検問するのは確実。とりあえず撃ち殺すのが楽しい。

「馬は可哀想だから殺さないように」

 奪った場合は、車両はこちらでも一時使うけれど、敵の監視と追撃を逃れるために不整地を進むことが多いので不便を感じたらすぐに放棄する。薪にしてもいいけど、地元住民にあげると喜ばれる。代わりに酒に食べ物に情報もくれる。


■■■


 列車を狙うには火力が足りない。

 線路に置き石、橋脚に爆弾という手段はフラル人を敵に回すので使えない。

 この場合は目視確認。車窓にいるのが南大陸兵だったら、列車の行先の途中に倒木でも見えるように置いて安全に停車させ、止まったところで窓から黒い、毛だらけの顔を小銃で撃ち抜く。

「どう? 屋根に機関銃座ついてる?」

「ついてますけど、配置はフラル兵ですね」

 先に奪った虫人騎士の捻じれ弓を、魔族の豪腕で無理に放つ。車窓狙撃に失敗。車両外壁は容易に貫通したが狙いが難しい。

 真っすぐ引いた心算が、持ち手が内側に回ってしまう。これが制御出来ると、たぶん、内側に回る動きが矢に勢いを与える、はず。

 虫人魔族の遺骸で作られているこの捻じれ弓は個体差がある。きっと、これと決まった引き方は無い。サイール弓道、奥が深い。

「超難しい。次行こう」


■■■


 堂々と姿を現して行動する必要は無い。

「焼討作戦を実行する。戦闘の必要無し!」

『燃え、燃え、きゅん!』

 夜陰に紛れ、南大陸兵が一人でもいると分かった施設を狙い、軽い飛ばし矢を火矢にして曲射で射込んで焼き討ち。消火体制がしっかりしていると小火で終わる。

 これは我々セレード騎兵が、何時でも何処からでも襲ってくるという宣伝活動である。不寝番を常に立たせるようにして、疲れさせる。安全な寝床は無いと思わせる。

 また、不寝番が立つようになったら小銃狙撃で殺す。

 安全な壁の中から中身を引き出すことも出来るのだ。


■■■


 略奪はあまりしないと言ったが、場合による。

 南大陸兵から掻き集めた金品でフラル兵を買収した。一時的に警備から一斉に外させ、郊外に退避したことを確認し、騙し討ちが不可能な状況か確認してからある小規模拠点襲撃。

 そして捕虜、死体を持ち去る代わりに金品を置いて去る。この噂が広まると、フラルの軍人か住民か良く分からない奴が「ウチにもちょっと来てよ!」と誘いに来る。

 金で命が買える時は買っておこう。”人間市場”は品切れで非売品になり易い。

 北フラル総督アデロ=アンベルから指導が入ったところは、表立っての買収が難しくなっていった。

 しかしフラル人による南大陸人への襲撃事件が耳に入るようになってくる。襲えば確実に儲かる。やらない理由は少ない。

 フラルは今戦中であり、戦後混乱期でもある。そうではなくても経済的に困窮していて金目の物に手が伸びる。

 副王軍に、まるで敵地にいるような消耗を与えてやる。住民抵抗ならぬ住民襲撃を食らわせてやる。


■■■


 定期的に中核となる補給基地外縁で、通行人がいる目前で歌や楽曲を披露し、略奪した酒を振る舞い、騎馬曲芸で人を集めた。そして最後にお楽しみ。

「これが帝国連邦だっ!」

『にゃんにゃんねこさんだ!』

 捕虜にした南大陸兵を変身させる! 古来より広場での処刑は一大興行。

 しかし我々は妖精さんのように上手く変身させることは難しかった。

「王様! また動脈切っちゃいました!」

「この下手っぴ!」

 一人だけでも相当な工数が、医学知識を前提に必要とされる。傷つけ殺さないというのは本当に難しい。手足を寸詰めしつつ趾行風にする施術はまるで出来ない。噂に聞く英雄、サニツァ・ブットイマルスのような専門家が必要だった。

 我々の下手糞ぶりを補う方法としては、フラル人の中から興味がある者に作業体験をさせた。皆下手糞。

 基地の方から敵部隊が出撃してきた場合は、未加工の者達へ手早く目潰し腕潰しを行って放置。死んだ者は”かかし”にして立てておいた。


■■■


 たまにはカドレノ市郊外に、普段は分散して活動している臣下の皆を集めて街道の辻を占拠して見せたりする。

 上ウルロン最大のカドレノ市に副王がいるという噂もある。詳細不明、やや秘密主義らしい。

「フラル人は通す。フラル兵も通す。黒んぼ毛むくじゃらは通さない」

 通常の交通は妨害しないが、南大陸兵は捕まえたり殺したりして一夜以上留まってみる。少数部隊ならともかく、鹵獲した大砲や荷車で野戦築城もした一千騎規模になると敵も容易に部隊を派遣出来ない。即応部隊以上の。それなりに”勝てる規模の大部隊”が要求される。

 こんなことをしていると”勝てる規模の大部隊”が騎兵砲兵を揃えてやってくるので逃げる。そして有効射程圏外へ逃れつつも、街道上に依然として居座ることで存在感を主張する。これで敵は戦闘も解散も出来なくなる。

 敵はもっと増員が必要になる。一方向から追いかけるのではなく、多方面から複数の”勝てる規模の大部隊”を差し向ける努力を始める。

 副王軍に余計な仕事をさせ、南エグセン連邦への攻撃準備をひたすら邪魔する。

 準備が遅れる程に南エグセン連邦軍の部隊と装備と陣地が整い、敵の攻撃準備作業量が増大する。仮に防御三倍の法則を適用するなら、その倍率で戦略差が埋まり、優っていく。時間を稼げば稼ぐほど南エグセンの防衛勝利が近づく。

 ベルリク兄上にこの浸透作戦でやっていること、成したことを自慢したい。あれこれ褒めて貰いたい。どこが抜けて失敗しているか今すぐに指摘して貰って、次に何をすべきか助言が欲しい。もう、こっちに来て欲しい。

「王様、面会希望者です!」

「誰かな?」

「北フラル総督アデロ=アンベル・ストラニョーラ殿です!」

「大物が釣れたな! 手出ししてないよな?」

「白んぼですから!」

「よし」

 狙撃手が潜伏出来ないような開けた牧草地を指定する。遮る物があるとしたら家畜柵や、標識代わりに伐採されていない一本木程度。あと羊の丸いうんこが視線をちょいちょい散らす。

 互いに書記官だけを連れ、二対二で面会するように調整して会う。

 自分の身体は馬並みなので相手には騎馬を許した。

「お初にお目に掛かりますヤヌシュフ陛下、北フラル総督アデロ=アンベル・ストラニョーラです」

「こちらこそ。ヤヌシュフ・ベラスコイ、作戦中であるがどうしましたか?」

「北フラルにおける襲撃行為を止めて頂きたい。我が人民にも看過出来ない被害が出ています。厳重に抗議し、場合によっては帝国連邦との関係悪化も止む無しとする行動を取らざるを得ません」

 抗議文の次は直談判。本気ということ。

 こういう時はどう言えばいいのか? エレヴィカがいたら困らなかったと思うが、流石に妻の腕では浸透騎兵としてついて来られない。

 どうする? 嘘は苦手だ。相手を騙すような弁舌も出来ない。正直に話そう。

「シルヴ母上とベルリク兄上に良い土産が出来る!」

 待て! とアデロ=アンベルが手の平を向けて来た。

「そうじゃないでしょ!? 冷静に考えて! 政治の話ですよ」

「え、どういうこと?」

「人々の生命財産を守ることを第一義にします。これを前提にします。いいですか?」

「チンポ一本、百のマンコを満たす」

「えっと、何の? 誰の言葉ですか?」

「この前飲んでた時に誰か言ってた。あ、王様は、俺はね、魔族でもう無いけど、十一人だよ。末っ子以外結婚が決まったんだ」

「ん、ん、む? 人数は、いや言わんとするところは? ……えー、男にも健やかに生きる権利はあります。決して使い捨てなんかじゃありません。この長い戦争、今まで繰り返してきた史上に無いような戦乱で人々は死に過ぎています。もうたくさんでしょう。止めましょう。平和というものは尊くて、手から離れると容易に拾えなくなるのです。誰かが歯止めを利かせようとしなければ国家誕生以前の、原始の全方位闘争、秩序無き野蛮ですらない野性の……」

 待て、とアデロ=アンベルへ手の平を向ける。

「待った、分かんない。それで、南大陸兵は何で南エグセンに仕掛けて来てる?」

 アデロ=アンベル、書記官へ遠くへ行けと指差し。こちらも応じて一対一の状況を作る。移動が終わるまで少し待つ。

 話が他所に漏れることはなく、漏れても”あいつは嘘を吐いている”が通用する”秘密”状態。これが後一人増えると”情報”になってしまう。

「副王アルザビス殿下の領土的野心を止められるのならば止めたい。だが南大陸領をイサの獣人に渡した代わりを求めるあの男には望めません」

「じゃあ殺すしかないね。王様は今の伝統国境線で良いと思っている、けど?」

「私もフラル、エグセンの境界線を越える心算はありません」

「そっちで殺せる?」

「物心共に、絶対に無理です」

 抜剣、飛ばしの大矢を烈風を乗せて打ち――”風”が噛んだ!?――弾けない、まだ刺す弾道、巻き引いて足元に反らして落とす。粘る矢なんて、えぇ? 初めてだ。

 自分の剣先で鼻に赤い筋を付けたアデロ=アンベル、嘶いて動揺する乗騎に「どうどう」と声を掛け、暴走を制御しようとしている。下手糞。

「手綱引っ張り過ぎ。総督、首撫でてあげて。あー、お腹蹴るみたいにしないの。声は優しく、聞こえてるから」

「あ、はい」

「サイール騎士って格好良いよね……」

 後ろ足で棹立ちになって高い視点を作り、飛来方向を見やる。

 全力疾走で馬を走らせ、四本腕で曲射狙撃をしてから旋回して去る虫人の背中が見えた。そして二の矢は無く、うねる斜面の陰に消えて行った。

 距離は優に二千歩越えの三千超! 距離に矢速に手応えから間違いなく術矢だ。

「手練れ! 凄い、上手い、すごい!」

 あんな曲芸やってみたいな!

 威力だけの烈風矢とは全く違う。


■■■


 ウルロン山脈を南から北へ越えて南エグセン連邦へ戻り、アピラン市へ凱旋。エグセン人から歓呼。

『フラー! ヤヌシュフ・ベラスコイ!』

 超絶術騎射、いや、アデロ=アンベルとの会合を機に浸透作戦終了。

 逃げ回る我々への、副王軍の追撃が完全に停止したのは北フラルとイスタメル州の国境にセレード兵の先遣隊が到着して”通せ、通さない”という悶着が発生してから。

 アデロ=アンベルとの会合とは別に、公式に北フラル総督府から浸透作戦に対する抗議声明が発せられた。こちらはアピラン市を包囲されたんだが、そんなことは無かったみたいな文面だった。事件の拡大を危惧したのだろう。あちこちへの配慮は最小限にして殺しておいて正解だった。

 上位の魔神代理領、帝国連邦、魔王軍こと新生エーランからの言及は無し。下っ端の争いに巻き込まれると、今取り掛かっている大事が疎かになるので相手にしたくないという感じ。

 シルヴ母上からも言及が無い。ルサレヤ総統代理からも無く、勝手には勝手に始末をつけろという雰囲気である。ベルリク兄上の言葉を待っている?

 浸透作戦がどれ程の効果を及ぼしたか、全容は不明。

 間違いなくファニット領の防衛体制は邪魔が入ることなく強化された。伝統国境線の維持が確実になっていく。

 副王アルザビス軍の攻撃は中断されたままである。

 新たなセレード兵の派遣策を検討する。イスタメル経由での”第二戦線”構築もだが、南エグセン内に直接歩兵と砲兵を入れたい。

 モルル川はヤガロ王国経由で使える。大河における船舶能力は軍隊の輸送に適う。これで十分なようだが、川岸が一辺でも、平和条約を結んでいない他国によって制御されている以上は確実ではない。

 陸路を開通するならエグセン人民政府経由で、グランデン大公国に通行許可を取らなければならない。鉄道が直通となれば相当な輸送能力が発揮される。

 交渉を進めないといけないが、ベーア帝国解体後の混乱で話が早期につくかどうか? 手紙だけでは弱過ぎる。

「ハウラ、グランデン大公に通行権取りたいから仲介して」

「ファイルヴァインへ行く手続きを取りましょう。今は直接面会でもしに行かないと案件を後回しにされ続けますよ」

「そんなに忙しい?」

「グランデン大公国というのは、封建制自体そうとも言えますけど、あそこもある種の連邦国家なんですよ。地図を見ても、他邦と比べて変に領域が大きいですよね? 今はもうカビが生えたみたいな王号が四つ、公号が十三とかそんな感じで、各地域が今、後継者争いとか自治権が欲しいとか民主議会が欲しいとか共和革命だとか暴力反革命だとか、”親父”が弱った隙を狙って色々言い出しているんですよね」

「ふーん。エレヴィカ、セレード兵をエグセン人民共和国に移動させておいて」

「では東ブランダマウズに入れますね」

 待て! とハウラが手の平を向けて来た。

「ちょっと待った! 事を荒立てないで下さい! 今言いましたが中立地帯はまだまだ地盤が固まっていないんです。それも旧ベーア軍の断片が完全武装で弾薬在庫だらけで。ちょっと小突けばドカンですよ、ドカン。下手すれば第二次ベーア帝国なんて名乗りもあり得ますよ」

「えーと……?」

 困ったのでエレヴィカを見る。助けて!

「ロシュロウさん、私の陛下をからかっては困ります。エグバート・コッフブリンデ大公に、地盤毎ぶっ壊されたくなかったら話し合いをしましょうとお伝えください」

「……あれれ、お腹痛くなってきたかも」

 ハウラはみぞおちを手で抑える。

「あらロシュロウさん、生理痛なら下腹部ですよ」

「子宮が上がってきているんです!」

 何か、ハウラは怒ってないか? 生理かな?

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
セレード勢は会話の通じない狂犬と比較的会話が成立する狂犬しか居ない… 大統領殿のの薫陶が行き届いてますな!
いいね 海があるオルフはともかくとしてマインベルトはどうすんのこれ 文明の破壊は免れたが
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