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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第2部:第14章『ぼくらの宇宙大元帥』

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17話「匪僚討つべし」 ベルリク

 内務省共著の軍務省報告を読む。その前に……。

 複数まとめられた書類それぞれに署名されている軍務長官の名前が、途中でゼクラグからストレムに変わっていることで人事異動を確認。

 流石にゼっくんが異動とはどういうことだと軍報の方を先に読めば、勤務中に突然死とある。過労死かな? らしいと言えばらしい。

 昔、四駿四狗と一部に呼ばれた内、カイウルクにナレザギーにジルマリア、ゾルブにボレスがまだ生きている。

 カイウルクは独立した。セレードの血脈的拡大の嚆矢。

 ナレザギーは戦場にいると目立たないが超忙しい。開戦前と比べて総支出は四倍に達して軍事費は七割を占めている。紙幣の増刷と戦後抑制策は読んでも自分には分からないが良いことはない。低利債権の詐術的押し売りは金に聡い者達から評判が悪い。

 ジルマリアとは離婚したが職務はそのまま。こいつの方が先に鼻血を出して死ぬと思っていた。しぶといな。

 ゾルブはその中で一番年寄り。次はこいつかな? 最後に見た時はかなり健康そうだったが。

 ボレスは何か、しばらく死にそうにないな。こいつも何時まで経ってもぷよぽよ。

 五十歳にもなれば知り合いは増えるし減りもする。

 改めて……。

 セレード王国は準備不足の慣れない消耗戦を経験。ヴィニスチ、シャーパルヘイ市街戦での死傷率が、単日あたり第一次後退時に尖兵を務めたエグセン人民兵並に高い。頑張り過ぎ。代わりに疫病罹患率は戦闘期間の短さから少ない。焦土地を踏まなかったのが大きい。

 浸透戦術を実行したセレード騎兵、ヤヌシュフ騎兵群は敵中縦断して南エグセン連邦を建国し、魔王軍と衝突して国境紛争勃発。行動中の人馬、死傷行方不明多数。

 ヤヌシュフくん花丸百点。海軍でもないのに、隔地に衛星国建国とは騎兵浸透戦の完成形が見えてきている。ご先祖へ自慢するなら現地妻を多数抱えて支配者層を形成するところまで行かなければいけないが、現代エグセンの倫理観からいくと親善婚姻政策辺りで妥当。

 エレヴィカも良く支えたようで、二人合わせて花丸々二百点満点。モルル川経由で補給線は繋がるが、中立化したエグセン諸邦が陸路を保障しない。だからもう一発食らわせないといけない。それも状況が確定していない内に。

 ……駄目だ、これはやっぱり六十点。国境紛争はいい、陸路不確保が駄目だ。うーん四十点、もう少し頑張りましょう。

 若いのが頑張ったから思わず加点してしまった。ご飯を残さず食べただけで百点あげたいくらいだから甘くなってしまう歳になった。

 カラミエ人民共和国の西部は無傷、東部は焦土。

 西部人の多くは人民政府を嫌ってエデルト王国へ亡命。帝国連邦へ疎開していたカラミエ人には帰郷希望者と定住希望者双方がいて、新生共和国は人口希薄となる。

 復興の象徴としてヤズ・オルタヴァニハが大統領として就任。そして正式にカラミエ大公国からは廃嫡宣言が出される。戦中は彼の捕縛、背反が期待されていたということ。

 エグセン人民連邦共和国は全土が焦土。

 こちらも人民政府を嫌った亡命が多発。疎開していたエグセン人にも帰郷希望者と定住希望者双方がいて人口希薄状態となる。

 人民カラミエの方は西部が無事なので産業が生きているが、人民エグセンの方は壊滅状態。自国で国民を食わせられない。復興まで長い間支援に依存する。

 ヤガロ王国では焦土化を禁止したおかげで被害は若干少なめ。何度も戦場になった分は荒れている。計画洪水の影響も相当。

 戦中に出来上がったフュルストラヴ大公国は正式にヤガロ臣下として承認される。

 東ウルロン山中のレギマン公国並びにヘトロヴク諸家領もヤガロ臣下となり、領主の交代と権限の限定化、代わりに民主議会の権限向上、しかし地方分権を許さない軍務外交の一体化がされる。

 南エグセンにおける旧オルメン、下ウルロン貴族の虐殺追放問題に関しては、ヤガロ王国で亡命希望者の受け入れを行う。元は中央同盟戦争終結時に東ウルロンから移った者達なので、十数年振りの帰郷といった具合。

 また戦中に起きたヤガロ人蜂起に伴うエグセン人虐殺追放問題では、エグセン諸邦との住民交換で話が決着しつつある。戦争犯罪者がどうこうという話は、そもそも犯罪者引き渡し条約も何も無いので、何も無い状態。

 カラミエでも同様だが国民国家化が加速中。

 直接参戦はしていないが良く協力してくれたマインベルトとオルフとランマルカの、協商三国に感謝状を送った。文面はルサレヤ先生が考えたので大丈夫だろう。

 三国は、マインベルト国境で越境してきた旧ベーア兵と小競り合いをした程度で終戦。警備協力に派遣された部隊は徐々に撤兵している。そして代わりのように人民政府を嫌った者達の亡命、逃亡先になっている。特に人民政府側から非難も引き渡し要求もしていない。

 さて、完全に国境全周を我が帝国連邦とその属国人民政府に塞がれたマインベルト王国はこれからどうするのか? 采配は総統になったシルヴの仕事だが、本当にどうするのかな?

 国外からやって来た魔戦軍を含める義勇兵、傭兵団の多くを解散する。これ等に極東問題へ転用することは筋が違う部隊が多い。任務を完了して帰国し、故国へ戦訓を持ち帰って研究しなくてはいけない将校もたくさんいるので留め置くのは可哀想なことだ。

 白帽党軍やアルジャーデュル傭兵は転用可能だが、天政人民に対する無秩序な行動が予想されるので帰って貰った。連絡は保つ。

 例外としてはスパンダ将軍がまとめる南洋傭兵は、南洋戦線が開くことを考慮して留め置かれている。これは敵方に雇われないようにするという策にもなると中央総監シレンサルが配慮。

 朱西道対策について。

 被災地に面している外ヘラコム軍集団と、専門集団の高地管理委員会を派遣する。勿論、傷病者や長期軍務経験者は除く。また戦争が終わったので結婚した、というような者達も除く。そこまで大量の人員を投入することも出来ないため志願制とした。

 春を迎えて、各地で雪解け増水を確認。従来の川の流れを無視して氾濫する水流が多数確認され、集落田畑が水浸しになり、押し流される災害が多発。

 特に土砂崩れで出来た自然堤防の崩壊による地滑りのような洪水の破壊力は絶大と言って良い。直撃を受けた市町村は崩壊状態。

 西克軍による緊急の遊水路開放作業でそれでも被害は抑えられている。この遊水路は先の東方遠征で、我々がヒチャト回廊から計画洪水を食らわせてやろうとした際に龍朝側で準備していたものが活用された。これで被害は分散されたが、流入先の多くの土地が水浸しになり、表土を土砂が覆った。二次被害の規模は予測不能。

 自然堤防の撤去作業はまるで巨大過ぎて進んでいない。決壊防止の水抜きもされているが、それが本当に効果があるか全容も明らかではない。不正確ながら、氾濫可能性が高い河川に順番付けがされている。高い順に住人避難を優先したいところだが、道が崩壊していて上手くは行っていない。善処はしている。

 フォル江沿岸部で直接被害を受けていない市町村も自主避難し、防災措置も行っている。

 直接の被災者人口は二千万を超えると予測される。死傷者数は百万弱では、と過去記録とも比較されて言われている。特に、先の東方遠征時から西克巡撫公安の辺境警備強化計画による、山岳兵育成目的で僻地に入植していた者達への被害が甚大。現地人を真似て山間に横穴住居を構えていたのだが急造で欠陥が多く、揺れで崩壊した。更に段畑が斜面に森林伐採して開墾されており、その脆弱な地盤が地滑りを誘発した。

 フォル江全流域の人口だと一億を超えるが、中流より下流は遊水路開放の実績から朱西道のような悲劇は無いと見られている。

 あとは物流遮断による飢饉の回避が優先。鉄道復旧と、遊水路を使ってフォル江の水量を調節して蒸気船で上流まで食糧を運ぶ計画が進行中。

 食糧自体は中原に余剰分が――対旧ベーア輸出枠など――存在する。帝国連邦では外貨稼ぎに回していた分を戻して余裕を持ち、備蓄を解放して朱西道北西部から無償で送っている。

 まだフォル江大氾濫という事態には陥っていない。しかし推定死傷者百万弱とは、なんとも悲劇の規模が壮大だが、それ以上に旧ベーア・フラル連合軍を殺してきたのでなんというか、そんなもんか? とも思ってしまう。

 それは流石に感覚神経の鈍り過ぎか? フラル兵を百万超並べて、爆薬砲弾で吹っ飛ばしてサウゾ川にぶち込んだことを思うとなぁ。

 名称はまだ定まっていないが、黒龍公主軍について。

 ブットイマルス団の報告によれば、龍帝化した黒龍公主は、龍道在来の白い顔の多足龍と戦闘して重傷を負い、地中に潜って身を潜めた。当の多足龍も痛み分けの形でその場を去ったそうだ。

 多数の龍人兵と霊獣は、霊山に駐留したままで動きを見せない。将官級と見られる龍人、半竜は見られるものの政治判断能力を欠いている可能性が見られる。またその能力がある金蓮郡主とヒナオキ・シゲヒロ、人龍夫妻は行方不明。尚、同夫妻は朱西道山岳部で目撃情報がある。

 金南道、つまり東護巡撫軍閥の対策について。

 本来は外トンフォ軍集団が東護軍に当たるところだが、霊山勢力と”天命的梃子”が入れば天地を引っ繰り返す天政官僚共への警戒を帝国連邦領内から続行する。深入りさせない。

 現状、中原に帝国連邦軍を入れるのは刺激が強過ぎる。いかに天政が中央集権の権化と言えど人民反乱には究極的に敵わない。災害と反乱軍に黒龍が加わったら末世が訪れる。南覇巡撫の態度も分からない。

 今は宇宙大元帥の私兵で限界。いや、それだけでもちょっと危ういか? それにこれは、レン朝がけりをつける問題である。手伝っても主体になってはいけない。財務長官の狐野郎が、もう無理、とも言っている。

 ソルヒンが公布した文言がある。

 ”幼帝に代わり天后が、奉じる天の命を聞いた。また祖先を敬い、人民を愛し、無私を守る志の下、内外臣僚の所見を広く聞いた。

 諸巡撫が忠勤輔弼する中、唯一横暴たる匪僚オン・グジンの外業は許し難い。

 東方に取り残されたる無罪人民を圧し、将兵を謀り、臣僚を強いた。財物人足をせしめて仁政を成さず、私欲に駆られて賊閥粉飾を為さんと志低く俗愚に画策。暴政は火を見るより明らかで天政道理に大逆する。

 今こそ逆勢を鎮めて天下を治め、永劫に兵火より遠ざけて上天の霊を慰めるべくかの、匪僚討つべし。

 諸将諸兵諸民は罪無き同胞を救い、唯一悪漢オン・グジンの首を持参すること。”方”に拘らず、かの者の直臣こそ首領をこれ以上の駄畜外道へ落とさぬよう刃を取れ。

 また詐術により罪過を悔いる者達は決起し、こぞって正統天政へ復帰せよ。温情により一切の処罰をしない。皆、家に帰って鍬を持ち、轡を取れ”

 あくまでオン・グジン個人のみを罪人と名指しし、その首領ただ一人を成敗するとした。また敵方諸将兵には免罪を約束して降伏を簡単にした。

 これはしつこいくらい、こちら側の軍の動きに変化を付けずに行い続けている。言葉が難しいようであれば優しい表現で、現地人が直してという形で再公布もされる。宣伝紙を竜を使って空から、工作員や船を使って隠密裏に人民に知れ渡るように。

 東護巡撫が占めるのはサイシン半島。海岸線が複雑で多島海を形成。人民総出で抵抗するとなれば鎮圧困難な地形である。

 かつてバルハギンも半島軍の陸上主力の撃破まではあっさりと出来たが、島に籠る残党相手には長期戦で挑み、海禁政策で弱体化しなくてはならなかった程。

 ……ということで、水陸共同作戦を実行する。西岸、東岸に分かれる。

 光復軍は半島西路を進む。コチュウ市からノリ関へ主幹道沿いに、正面攻撃を仕掛ける。これは消耗戦となって停滞が見込まれる。

 北海艦隊は西岸で活動。レン朝、北征軍と二つの指揮系統を持った艦隊は洋上演習で統一されつつあるが連携はまだまだ未熟。東護軍の海軍相手はやや厳しいか。

 北海艦隊はリャンワンに本拠を置く東海艦隊に背を向けながら戦うことになる。これはやや賭けに近い。朱西道災害派遣で南覇軍を牽制出来ている向きはあるが。

 そこでルオ・シランへ、もう一回南北戦争をやってみたいか? という脅しが必要。脅しとまで刺激的にしないが、即時勃発の可能性を提示する。

 中央総監シレンサルに対応して貰い、スパンダ将軍の南洋傭兵団をジャーヴァルに待機させ、広報もさせる。武装解除や貸与兵器の返還を要求したという弱体化の噂が流れないよう、むしろ返礼品だとか余剰品という名目で新品を引き渡し、合わせてこれも広報。

 これでいつでもタルメシャ革命戦線へでも南洋傭兵団を投入出来るように見せる。この刺激的な情報があれば、何かあればジャーヴァル白帽党軍が南洋戦線にやって来るようにも見える。戦火は芋づる式に拡大する恐怖を見せておく。

 一方の我等黒軍は震災前に駐留していた碧右道を脱し、半島東路へ進んだ。こちらは森林、小さな農村、未干拓の沼沢などが多くて大軍の通行が難しい土地。人食い虎事件が年に何度か起きるような辺境。それでも東護軍は防御を固めている。極東艦隊は東岸で活動する。

「ラシージは本隊を率いて中央路を攻めろ。正面から真っ当に行け。また糜爛剤を禁止する」

「了解、大元帥閣下」

「キジズくんは騎兵分遣隊を率いて右翼、内陸路へ行け。住民虐殺と略奪を禁止する他は好きにやれ」

「はい閣下!」

「ダーリクは配下を率いて左翼、沿岸路へ行け。初めは極東艦隊と連携、後から上陸する天力傭兵団と連携しろ。仲介にジールト・ブットイマルスをつける。あの男はそこの頭領と懇意だ」

「はい父様」

「セリンは陸戦支援後にサイシン、アマナ海域切断へ向かうように。陸軍の境界線突破を見送る必要は無い。究極的にはクイム島のランマルカ海軍に迷惑をかけても、俺が謝る。ルー義姉さんによろしく」

「あいよ!」

「アクファルは竜跨隊を使って偵察、伝令をやれ。黒龍公主軍の出現があれば最優先で報告。弾着観測は要請に応じてやっていいが、これは優先しなくていい」

「はい宇宙大兄」

「シルヴ、お前、何でいるの?」

「来ちゃった」

 第二代総統が、小指を立てながら人差し指を唇に当てて”内緒”だと? 戦後処理で軍務長官が死ぬ程忙しいというのにお忍び参戦ってどういうこった?

 さて、病み上がりの第一戦目まであと少し。待ち遠しい。

 しかし、セリン、あの女め。またチンポが痛い。何が”何して貰った?”だ。


■■■


 サイシン半島東路側、前線陣地に立つ。目前は星と月明かりが照らす程度の暗がりで、背後から音圧。大気が震えて止まらない。夜鳴きしていた鳥も虫も黙っている。

 夜陰に紛れて一斉に配置へ着いた臨時編制の列車砲群が、超遠距離から攻撃準備射撃を開始して少々。対旧ベーア戦線から摩耗品、戦時急造品、規格外の鹵獲品、ここで使い切らなければ保存しても鉄屑にしかならない中古、廃品を東護軍に喰らわせる。

 暗闇の中、事前に計測された位置へ弾着開始。直接の観測はされていないので弾着修正もまだ図上で行っている程度。主目標の破壊にはおそらく至っていない。敵陣地の配置は長年の観測で地上部はほぼ把握してはいる。

 弾種、焼夷榴弾。白熱する破片が花火のように散り上がる。辺境の小都市を絡めた敵陣地が燃え上がり、それ自体が照明となっていく。直接の観測が可能になってくる。

 グラスト術士隊が術妨害、逆探知を実行中。彼女達からの報告だと”手応え無し”。主だった方術使いがいなくても、簡易な符術使いがいると思われるので懲りずに継続させる。

 火災の灯りを認めた観測気球隊が電信で列車砲隊へ修正諸元を送信。

 気球と竜跨隊の目からは逃れられない。天政式軍は高射砲のような特殊兵器を持っていない。

 徐々に弾種混合。堡塁、砲台、機関銃座、観測所、弾薬庫、連絡路交差点への弾着開始。火炎は撒き上がらない。

 徹甲榴弾が使われる。弾着後にある程度侵徹してから信管が遅発し、内部で効率良く衝撃を与える。強固な掩体の凝固土を破壊することに向く。

 ここで甲高く砲弾が上空を過ぎる音が交じり始める。わざわざこちらまで運び込まれた”総統砲”が唸りを上げて精密術砲撃を叩き込む。

 ある程度重要目標の破壊が認められてから更に弾種混合。燃える敵陣地上空で発光発煙。

 榴散弾が空中炸裂開始。散弾、破片の雨を降らせる。人間のような軟目標を殺傷することに向く。また普通の建造物の屋根、壁、窓に穴を開ける。

 穴だらけの状態にしてから弾種混合も最終局面。

 塩素剤弾。比較的弱毒で症状が迅速に生じるが、防毒覆面で防げる。

 窒息剤弾。比較的強毒で遅効だが、防毒覆面を貫通する。これの症状が出ると防毒覆面など被っていられなくなる。塩素瓦斯を吸ってしまう。

 砲撃で建造物は軒並み破損して密閉性を失っており、何処に隠れても敵兵には毒瓦斯が這い寄る。歩兵の投入を見越し、無毒化時間を考慮して一時の化学兵器使用に留める。

 殺傷破壊、制圧進行中。対砲兵射撃の効果が確認されつつある。この行程が続けられる中でラシージ率いる本隊の野戦砲兵が前進した。

 配置へ着いた野戦砲の砲列は、”粗挽き”された敵陣地に決着をつけるように細かい砲撃を開始。朝を迎えて太陽が暴いた崩壊して見える敵陣地の壊し残しを始末する。

 野戦砲が接近すると、それを有効射程と捉えた敵砲兵の反撃が見られ、その砲炎を気球が観測して情報を送信、列車砲弾が潰しに掛かる。シルヴの得意。

 従来の陣地ならこの鉄量で充分。しかし懸念がある。

 対ベーア戦では、敵陣地の構成が練達する度に砲弾を飲み込んでいった。充実した地下壕を抱える陣地は、表面を破壊しても内部は中々壊れない。

 ベーア破壊戦争、奇襲開戦当時と終戦間際では、一部で”物”が違った。幸いにも流動的な戦線、焦土作戦による作業効率の低下で局所的にしか高度な地下壕は建造されず、エデルト・セレード国境での停滞的な戦闘でしか大きく注目はされなかった。あれが旧ベーア全土で標準になっていたら先の勝利はもっと、違うものになっていたかもしれない。

 そんな地下壕がこのサイシン半島の戦線に存在するのか? ザリュッケンバーク中将の軍事顧問団がいたから、少なくとも知識だけは持ち得ているはずだが。

 旧ベーア式陣地だと、特に都市部ならここから十日間以上砲撃を続けることもあったが、ここの辺境都市級だと昼前に平らになりそうだ。

 住民虐殺回避の件だが、都市自体が軍事施設であることで、そこにいる者は全て軍人軍属と見做すことが出来る。

 またソルヒンが”蜂起しろ”と宣告を出したのも一計で、蜂起していないのだから勅令に反した反逆者という認定が出来る。蜂起したけど鎮圧された、砲撃に巻き込まれたという者がいたら、忠君愛国ご苦労、と労うことになるだろう。忠臣ならその論理で逆らえず、抗議は不忠、逆らったらまた反逆者と論理の袋小路が出来ている。

 このような論理も流言として出されていたのでサイシン半島人が知らなかった、ということはない。そういうことになっている。


■■■


 次の夜明け前まで投入薬剤の無毒化を待った。

「化学戦用意」

 その上でラシージより号令が発せられた。待機する黒軍本隊の人馬に駱駝、犬は防毒覆面を着用。

 一部、残留薬剤を調査出来る専門部隊は防毒衣も着用し、夜間に検出作業を終える。防毒覆面の着用で十分に無害と判断。観測用に敵陣手前に撃ってある。

 毛象などは対応していないので後方待機。いずれも火力化学戦に対応出来るよう今日まで訓練はしてきている。

 粉塵に白煙と黒煙が収まらない敵陣地に対して突撃準備。

 砲門数に限定されず、用意した弾体が自力飛翔する通常弾頭火箭を数万発と用意。

 対ベーア戦の在庫処分。電気信管を採用して続々発射。発射煙が霧か超低層雲かと見えるものを形成し、広く幅から奥まで埋める爆発の絨毯が盛って出来る。この一瞬は大砲では成し得ない。

 間を置かず野戦砲兵による移動弾幕射撃開始。敵塹壕線の形状に合わせるように初期の弾着が始まる。

 これに合わせて列車砲は射程延伸、敵陣地後方を集中的に撃つ。目的は敵軍全体の前後の連絡分断。通信、補給、予備兵力の投入を防ぐ。砲弾で攻撃地域を包囲する。

 こちらの塹壕線内で各隊突撃待機。軍楽隊が陸軍攻撃行進曲演奏開始。

 野戦砲兵の砲弾の一線が塹壕線の形状と合致した。

 司令部にいるラシージが突撃の機会を掴んで各隊に通達。自分にも伝令から伝わる。

「前へ……!」

 かつての刀”俺の悪い女”に代わり、杖にも代わり、爆薬筒を左手に持って振り上げる。

 軍楽隊演奏停止。突撃ラッパ吹奏、太鼓連弾、士官が号笛を吹く。各隊、塹壕から這い出る。

 黒軍本隊歩兵前進。古参妖精、三角頭を前面に出す。いい加減にこいつらも高齢揃い。老い腐らずに戦死出来る機会もベーア破壊戦争が終わり、これが最後。

 砲弾の発破幕の後を追って駆け足。

「ぼくらの宇宙大元帥!」

「わるーい奴等をやっつけて!」

『逆賊グジンのケツを掘る!』

「食らえっ!」

「ザガンっ!」

『ラジャード棒!』

 やめろ! どこで覚えた!?

 砲撃で乱れているものの切断撤去には至っていない鉄条網と支柱、斜面が目前。

 敵の機関銃座から射撃、発光確認。それを抑えに行く味方の軽機関銃、小銃擲弾斉射の下を潜って防弾装備の戦闘工兵が接近。爆薬筒を差し込んで鉄線の爆破切断開始。

 あれほど撃ち込んだ砲弾でも死に絶えていない敵兵の小銃、機関銃弾の迎撃が絶えない。防具が防ぐ、弾く、貫通、隙間に入って意味無し。軽傷なら治療呪具で即座に復帰。重傷でも動けるなら爆弾特攻要員として予備待機。

 自分も戦闘工兵として参加。杖代わりに掴んでいる爆薬筒を投槍要領で差し込み導火線着火、爆破。

 突破口開き次第、各兵小隊単位で敵陣突入。個人に目が届く範囲、現場指揮官裁量でとにかく前進、浸透。

 準備砲撃でもまだ生きている防塁、砲台を攻略出来たらする、出来なかったら迂回。いつもこちらを狙っている銃眼、砲眼に擲弾を撃ち込めるわけではない。自分は爆薬筒に短く切った導火線を付けて点火し、投槍要領で入れた。爆破成功、やった!

「すごい! 宇宙戦闘工兵大元帥だ!」

「うおぉ! 俺は戦闘工兵だぁ!」

『戦闘工兵だ!』

 妖精兵に褒められる、嬉しい。投擲練習をして良かった。黒い龍帝の鼻にぶち込んだのは偶然じゃない。

 地下に隠れ、防毒覆面の着用が間に合った敵兵と接敵。塹壕線は本当に目と目が合う距離が近い。銃口突きつけ合うより手榴弾の投げ合いから始まった。

 自分は敵から見ると杖一本突いた老人。相手は一瞬迷う、親し気に笑うと更に疑問が浮かんで、その顔に右義手を向け、左手で操桿を引く。

 銃口はこの掌に、発射したのは鹿撃ちの九粒弾。貫通しないが穴を開けて骨を折る。胸、顔を狙うと顔が剥がれて仰向けに倒れて面白いし、何より次の標的が撃ちやすい。下手に腹を撃つとうずくまって邪魔。

 敵へのとどめが足りない感じの時は、あえて重くしてある硬い義足で踏み込みの踵蹴り。

 顔が砕けたところへ入れると、骨の支えが弱っているから脳みそまで踏める。

 撃った後の胸でも、心臓まで潰せているか怪しいが、やはり肋骨が砕けているとグっと沈む。

 義手の仕込み散弾銃は元込め連発の喞筒式。引き金は撤廃、装弾数は六発、操桿の前後でガシャコンと手動連射可能。撃ち尽くしたら体に巻いた弾帯から取って装填。

 射撃目標が多過ぎる場合は一発装填しては直ぐに撃ってを繰り返す。的の小さい顔を敢えて狙い、複数の顔にまとめて当てるのも良い。もっとデカい口径で殺したくなってくる。

 装填すら間に合わない時は義手で殴る。どれだけ思い切り岩すら殴っても手骨が折れないという精神的な制限が無くなったせいか昔より威力が出ている。

 キュイゲレ工房の特注義手銃、実に扱いやすい。かたわのおっさんにうってつけ。

 時に敵の小銃を奪ってみるが、当たり前に右利き用で遊底が簡単に引けない。装填作業が困難。撃って当てるのは問題無いが、その次の作業が本当は右利きなのに”かたわでぎっちょのおっさん”。

 両手で使う武器は向かない。左片手で回転拳銃を撃つ。昔から二丁拳銃の練習をしていただけあって良く当たる。

 本当に良く当たる。顔とか胸とかじゃなくて、眼球とか心臓を咄嗟に狙って当てられる。

 拳銃に限らず、この義手の欠点だが回転弾倉への装弾がめちゃくちゃ難しい。義手の指は捻ると固定、解放と操作出来て、物を持つ形に出来るのだがその手間もあって時間が掛かるし、手元を見ないで動かすのもまだ慣れない。隠れて休める場所じゃないと駄目だった。隣にいる妖精兵に「ちょっとやって」と頼んだりした。

 昔は敵前で拳銃に弾を装填出来るくらいだったのに……お気に入りを腐らせずダーリクにくれてやって正解だった。

 普通の雑兵として戦うのはやっぱり楽しい。

 更に前進、浸透。時に立ち止まり、後続部隊が持って来る弾薬を受け取って再び戦う準備を整える。

 防盾付きの機関銃や歩兵砲が到着するのを待たなくてはいけない、銃砲弾を激しく浴びせて来る地点にも直面する。左右からの機関銃交差射撃、砲火が瞬く砲台、塹壕の中にある側防窖室が背中を撃ってくる。古参妖精兵の身体が千切れる。死に損なっても笑っている。

 即死していなければ顎が無くても、出血が喉に逆流しないように呼吸しながら戦闘続行。腕が取れても片手で戦える。脚が潰れても伏せて撃ち続ける。

 防塁、砲台の側面、背面に破孔でも窓でも扉でもあれば手榴弾や梱包爆薬を投入、最善は火炎放射。攻撃した穴とは別の穴から煙や炎が噴き出すと大成功という感じ。皆『やった!』と喜ぶ。穴が無ければ小さい孔をささっと円匙で開け、爆薬筒を突っ込んで発破。重傷者は嬉々として爆弾特攻へ参加した。

 制圧拠点には旗を立てて進出地点を後続に示していった。

 古参妖精兵の浸透が停滞し始める。準備砲撃で崩壊したとはいえ市街地は複雑構成の大要塞が目前。射程を延伸した砲撃のおかげで敵の逆襲行動は弱く、押し返される事態には、まだ発展していない。

 ここまで来ると軽機関銃や手持ちの爆弾では火力が足りない。最前線に機関銃に歩兵砲が前線に到着するまで膠着状態が生まれる。そして移動弾幕射撃は後方に着弾中。誤射防止のためだが目前に火力が足りない。

 古参妖精兵が第一線なら、第二線は攻撃前進が出来る程度の傷病兵である。対ベーア破壊戦争の死に損ない共で人間、獣人、妖精、色々。

 人間地雷くらいしか出来なくなった連中には申し訳ないが、今回は治療呪具で発症した幻傷痛が苦しくて死にたがっている奴等ばかりだ。防御作戦じゃないと動けない連中は死なせてやれない。

 本当に心が苦しい。飯はもう太るだけ食わせてやれるが、つまらない余生を防いでやれない。

 その第二線の彼等は浸透突破で置き去りにした敵塁、地下壕制圧に掛かっている。意識が薄れない程度に麻薬を打って、己も焼け死ぬ覚悟で突撃して火炎放射器を使い、人間爆弾として屋内、地下に突っ込める彼等ならそう制圧に時間を掛けないと思う。

 缶詰を開けて食べて待って休憩、時間経過。機関銃に歩兵砲が到着し、建造物とそこに籠る敵兵の撃破、牽制、制圧が有効に行えるようになった。

 市街戦に移行し、右義手の銃機関部を取り換える。散弾銃から対装甲銃へ切り替えた。

 義手で撃つという構造上、中長距離どころか近距離の狙撃も出来ない。拳銃を使うような白兵戦距離が想定される。自分はお上手なので黒い龍帝相手にも急所の一つを撃ち抜けたわけだが、あくまでその極近距離。

 この屋根が落ち、削れた壁が林立するような市街戦での対装甲銃の使い道はほぼ名の通り。壁に義手を当て、その向こうにいる敵兵の身体を真っ二つにする。

 すごく、気持ちがいい。ただ目の前で肉を潰すのとは全然違う。隠れてやり過ごしているつもりの奴の神経を粉砕してやったのだ。

 建物を一つ一つ制圧していく。窓に機関銃を連射して牽制。歩兵砲が壁に穴を開けて中の敵兵を制圧。打撃爆雷で扉を破って歩兵が突っ込む。突っ込む歩兵に自分も交じる。

 まだ第三線の、主力の下馬騎兵を予備兵力として留め置いている。投入する程前線は困っていない。

 更に控えたグラスト術士は、やはり温存。龍人兵相手なら損耗も止む無しに投入するが、前線にいるのは人間兵士だけ。


■■■


 日数経過。市街戦は終息しつつあるがまだ続行。死体と、捨て置かれているがまだ動いている重傷者の割合では市民より兵士が多い。瓦礫と血の混ざり具合から、先に市民がやられて下地になった後、補充や後退で通過中の兵士がやられたといったところ。戦場にも地層がある。雨が降ると混ざって、こう、ぺったりになる。

 春の雨はまだ冷たいな。

 年数をかけて作られた東護軍の陣地は縦に深かった。市街地前方、市中、市街地後方、周辺町村、次に市街地と厚く連綿と続いている。長年の緊張状態から手が込んでいる。

 緒戦から列車砲も野戦砲も移動し、より敵陣奥地を叩けるように前進。まだ鉄量火力が必要だ。

 現状、敵陣地の攻略は進んでいて膠着とは言わない。数を間違いなくこなしているし風景も変わっていく。だが突破し切れていない。

 単純に兵数差が大きい。こちらは黒軍五万に特攻出来る傷病兵が二万、そして掻き集めた列車砲――転用の大砲も多数――の群れ。あちらは半島東半だけでも二十万余り。

 泣きを入れる気は無いが、光複軍が担当している半島西半は五十万弱とも言われている。双方に民兵が参加して水増し。殺した敵兵には多くの民兵がいた。

 今は休憩中。髭にこびりついた血と汗で固まって粘土みたいになった埃を短刀の背で擦り落としてから、塩とバター入りの高原風のお茶を飲んでいた時。前線後方にアクファルが届けた報告書の、まとめが送られてきた。

 内陸を進むキジズ騎兵分遣隊は、我々が対する敵陣の側面後背を目指して迂回浸透中。森林原野を通っている最中で、中々遊牧騎兵の速力が中々活かされていない。竜跨兵とエルバティア兵の偵察能力が無ければ敵の非正規戦部隊相手に苦戦必至だったとのこと。精鋭の虎撃ち部隊というのがいるらしい。

 沿岸を進んだダーリク分遣隊は、極東艦隊と水陸協同作戦で天力傭兵団の敵陣後方への上陸作戦を成功させた。鉄道が通る主幹道にはまだ至っていないが、港湾に沿岸施設を制圧して直接の海上補給を遮断したとのこと。

 極東艦隊は沿岸部より離脱。アマナ海路へ向かったそうだ。沿岸防衛に当たっていた東護海軍の小型沿岸船との海戦も難なく勝利したとのこと。主力の大型外洋船は主戦場の西岸側に集中か。

 アクファルの竜跨隊からは、”龍人兵の発見はならず。前線にも、督戦隊としても、銃後で憲兵として働いている姿も無い”。潜入工作員からの情報待ちというところか。

 自分が黒龍公主軍の司令官であると仮定して考えてみる。東護軍を時間稼ぎの囮にしてアマナか南洋方面に逃げるのが良策のように感じる。何時までも不毛な霊山、龍道に籠ってもいられないだろう。

 黒龍公主は超然、根本的に現生人間的ではないらしい。東護軍の命運など歯牙にもかけていなくておかしくない。他の巡撫のようにどうせ寝返るのだろうと諦めているようにも思える。

 オン・グジンの人となりを聞くに、主君のためなら汚名を被って命を捨てるぐらいはしそうだ。つまりレン・セジンの復活があり得る。

 敵は時間が欲しい? 欲しそうだ。

 ヤンルーのソルヒン、ウルンダルのシレンサル、バシィールのシルヴ……じゃなくてルサレヤ先生に以下三点を押さえた手紙を送ることにする。

 一つ”アマナ、南洋方面での賊軍再始動を警戒”。

 二つ”黒龍を神、セジンを神子という宗教体制にも注意”。

 三つ”ランマルカ艦隊の派遣要請を、代償を支払ってもする可能性を検討”。

 我々は本当に海軍が足りていないな。

 善戦ではいけない。敵に戦う気すら起こさせない程の圧倒的制海能力が必要だ。あったらこのような楽しい陸戦は不要だった。

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出来なくなったこともあるけれど、義手義足の仕込みでまさかのパワーアップ ベルリク健在で嬉しい ぼくらの宇宙大元帥万々歳!
相変わらず宇宙戦闘工兵大元帥閣下が元気に突撃に進んでおられる サニャーキもぜっくんも死んじゃったね 世代交代だね
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