15話「ここに正式に」 ヤヌシュフ
仮称南エグセン連邦構想。エグセン諸邦の仕組みに詳しい西の聖王親衛隊隊長ハウラ・ロシュロウとその組織が考えた。専門家は考えることが違う。
自分は一度事前説明を受けたが、理解が難しかった。たぶん興味が無いからだ。大事だということは分かったがこう、それ俺が考えることなの? と思ってしまう。家庭教師に指摘され、シルヴ母上から拳骨を食らった性分だ。直らない。
その連邦構想、セレード王国にとって合意するに足るものかはエレヴィカが考えた。そして合意した。
よし。奥様よしよし。よしよし撫でておいた。
下ウルロン王国西部、我々が築いた高原の野営地に”南エグセン地域”の要人が揃っている。まだ積雪していて寒い。
要人筆頭はブライヘル司教。ハウラが半分拉致のような形で連れて来たので顔色が微妙。事なかれの心算だったのだろう。だめ。
次点でファニット伯夫人。伯爵当人は包囲下にあるアピラン市で指揮を執っているので代理人。亡国寸前で顔色が悪い。
そして結構な頭数のオルメン、下ウルロン王国成立前からの現地”旧家””野良”エグセン貴族達。
彼等は中央同盟戦争後に没落。中には庶民同様の暮らしをしていたり、貴賤結婚で生まれて正統性が薄かったり、お前死んだ親父に似てないな、という者達がいる。あと当時から生き残っている年寄りも集まって二十七名。それに従者達、結構多い。
柱と帆布で急造の大天幕を作る羽目になった。石炭暖房の焚き過ぎも空気が悪くなるので湯たんぽを配布。「温い」とか言い出す奴には犬か羊を抱かせる。
講釈はハウラが垂れる。仲介者、第三者が語った方が説得力が生まれるものだ。
しかしこの女、笑顔を絶やさず声色も楽し気。舐め腐っている感じがしなくもないが不思議と愉快。魔術のような技術? とにかく才能。
「ベーア帝国と軍の解体、まだちょっと先ですが大変な”爆弾”が投げ込まれましたね。エデルトの損切りがここまで迅速で大胆とは思いませんでした。予備講和条約というからにはもっと猶予があると思ったのですが、エグセンは千々に砕けていた方が余計な口も手も出されず都合が良い、というアルギヴェンの判断でしょう。これにはロシエもびっくり。
帝国連邦に良いようにやられたとは思えない奇襲働きです。笑っちゃいますね。
さて、落ちてから上がる程に希望が大きいとも申します。この気持ちは勢力立ち上げ前夜の今、大事にしておきたいところ。恋も始めの三年までが頂点で盲目ですが、後は冷めて視力が精密になってしまいます。可愛かったはずの笑窪が実は痘痕だったと気付く前に産んじゃうのが良いんですよ。マジで。
新同盟も熱い内に、”わきすそ”が鼻につく前に取り決め事をしてしまった方が良いのです。臣民の半端な反抗心も熱くて弱い内に、知らぬ内に勢いでやって既成事実化してしまいましょう。大事なんですよ、勢いって。
話が若干反れましたが、その気持ちを持って下さい。
かつて聖女ヴァルキリカが指向したように、オルメンと下ウルロンのヤガロ系両王国はエグセン臣民を下層民とし、対立を煽る形で建国がされました。税制も法制も不平等著しく、歴史的領域を分断して伝統集団内部にも差別を生み出しました。上下そして左右までも、と例えられる程に分断されました。最大の被害者である皆様は良く分かっておいでですね。
ベラスコイ朝のお子様方十一名と現地旧家の貴方達二十八家。これを繋げましょう。口約束、筆約束でも足りないなら血の約束をします。これ以上欲するなら土の約束になってしまい、話が話し合いでまとまることはありません。仮称南エグセン連邦、この枠組みを血で結いましょう。
さてベラスコイの一名は王位継承者で外に出すわけにはいきませんが、他に十名いらっしゃいます。お子様方を二十八分割するわけにはいきませんので、十家をこちらで選ばせて頂きました。お察しの方もいらっしゃるでしょうが皆様、遠かれ近かれご親戚でいらっしゃいますね。傍統はさて置き直統は拾わせて頂きました。血統表はお手元の資料でご確認下さい。整理して書くのにめっちゃ苦労しました。抗議したいのであればもっと良いのを書いてみてください。
ブライヘル司教におかれましては、皆の結婚を祝福して頂きたいと思います。それから、連邦首都というものがどうしても必要になります。利害関係を考えますとブライヘル司教領、血縁から隔離されたところこそ最適ですのでこちらもお任せしたい。
それではご検討の程よろしくお願いします……と言いたいところですが、情勢はもはや火急、ケツに火が点いていることはご承知のことと存じます。
アピラン市の第二次包囲戦が始まっています。まさか魔王軍が都市一つを落としただけで満足するとは皆様、考えてはいないでしょう。峠まで取って防御を固められたらどれだけの脅威かは、ボロボロの旧ゲルドリット軍でも第一次包囲を解散させられたぐらいと言いましょうか。長距離砲や現代軍事科学の発達、お分かりでしょうか。現地の皆様も価値が分かっておられますね。
峠が魔王軍の北進拠点になったら目も当てられません。また何年も戦い続けることがあったら本当に悲惨です。周辺エグセン諸邦だって弱った皆様を見たらどんな態度を取るか想像も難しい。つい数十年前の昔を思い出してみてください。
皆様は、国に戻って議会に相談したり、同意を取ったりしたいかもしれませんがそんな暇はありません。ここは指導者が先走りする形で引っ張らなければならない時です。仮にも、逃げられたオルメン王に下ウルロン王の首も取れていない今では特にそう。強引さこそむしろ話し合いが必要です。
皆さん知っていますか? 多少強引な男の方がカッコいいんですよ。モテます。女性もそう。つまり指導者とは強引なことが出来るからこそその品格を持ち得ます。
さて何故、我がロシエ帝国が協力するのか? 何の理があるのか? ご懸念でしょう。下心が知りたいですね。
目的は緩衝地帯の形成です。正直申しまして、帝国連邦と国境など接したくありません。何か国も重ねて多重層を形成したいのです。
魔王軍とも接する境界線は少ない方が良いです。山越しとはいえ、ウルロンでも接したくありません。峠を取られた状態なら尚更。南エグセン連邦に蓋になって頂ければもっとよろしい。相手に利用価値があるからこそ心置きなく支援も交易も出来るのです。あやふやな友情、では信頼足り得ません。
皆様、ロシエ帝国にまで獲物と見られてはたまりませんね? 味方ではないということは敵であるということなのです。
さてセレード王国におかれましては、もう少し、帝国連邦内での地位の向上が望ましくはありませんか? ベラスコイ朝もガッツリ爪を食いこませた何かが欲しくはないでしょうか?
帝国連邦には尚武の気質がありますね。常に戦線を、この南エグセン連邦防衛の名目で常に派遣軍を出している状態というのは”誉れ”が高いことでしょう。ベーア破壊戦争が終わっても戦争が終わらず、金では買えない”武威”を稼ぎ続けることが出来ます。それも遠隔地、領土に接していないところへ一方的に派遣出来るという立地から。
皆様、いかがですか? どこか今から頼れる何かがあるのなら是非ご教授願いたい。政治顧問として斡旋しても良いですよ」
これは胸焼けがする餌だ。釣れるか?
「発言よろしいですか?」
「どうぞ夫人」
ファニット伯夫人が発言。
「例えば、グランデン大公が中央同盟の復活を提案をされた場合は? 様々な事態が予測されますが」
夫人、再就職先が決まる?
「”私は”現地の皆様を尊重したいと考えております」
弱小貴族の頭というのはカツラぐらいに替えが利く。
■■■
時間帯は夜を選択。暗い内は失礼だとか、そんなことを考えていたら主導権は取れない。頭の中のベルリク兄上が、そうだそうだもっとやれ、と言っている。
アピラン市を包囲する諸陣地より南側の魔王軍司令部を訪問。もしもに備え、爆弾特攻に適格な傷病者決死隊を護衛に連れる。
整然と並んだ、役割分担がされた天幕に略奪欲が沸く。身軽重視でベーア越境時に宿泊道具は持ってきていなかった。冬場に合わせた感じではないがまず数を揃えたいかな。
案内役の、魔王軍の黒人士官の先導をちょっと無視して復旧工事中の線路を確認。
篝火が焚かれている中でフラル、エグセン、エデルト人が技師として、単純労働者として働いている。労働捕虜といったところ。
監視する獣人兵は小銃の負い紐を肩に担がず、手に持って銃口は斜め下。強制労働だな。
こちらに気付いたエデルト人佐官――上級将校に肉体労働とは西側そして中央基準ではない。おそらく東側でも――が手と声を上げる。
「セレード兵か!?」
わざわざセレード語で。元同君連合のお隣さんであったことを思い出す。その将校は監視の獣人兵に銃床でぶん殴られて倒れた。
「彼等はベーア兵かね?」
「東から来たようです」
この案内役からは良く分からない、興味無い、という雰囲気が伝わる。
極東から軍事顧問団が鉄道で、武装解除状態で帰ってくるという話がハウラ経由であったが、彼等だろう。捕まってしまったようだ。国境検問所を列車爆弾で破壊したという話だから、利用されたか。
詳細は不明だが、ベルリク兄上の温情を貶す行為であり、その顔に泥を塗ったことになるだろう。
魔王軍の態度がいかなるものか、大分見えてきた。
”魔剣”ネヴィザの目は良好で暗いところも良く見える。
旧ゲルドリット軍が包囲を砲撃で解除したということで、彼等にどれだけ被害が与えられたかを見てみる。傷病者天幕の”賑わい”具合から精々死傷者五百未満というところ。
損傷した大砲が、廃棄か修理待ちかで一か所に固められているが何れも小口径砲。今の包囲陣地に設えられている大砲よりかなり小さい。
最小限の打撃で敵を撃退、と見ればゲルドリット准将は上手くやったのだろう。
両軍には消耗戦をもっとやらせたかった。
講和条約の情報は、旧ゲルドリット軍が峠を越える前からハウラがもっと早くに手に入れていた。峠を越えてから電信線を切断していればもっと旧ゲルドリット軍を引きずり込めたかもしれない。
だがしかし、あまりにもあの軍が頼りになりすぎると南エグセン連邦構想自体、”ケツに火が点かず”受け入れ難くなる。彼等に解散、帰還の余裕が無ければいけなかったのも事実。
最良は、旧ゲルドリット軍が全滅するまで戦って魔王軍も攻撃を年単位で断念。そこに我々が登場、という流れか? ちょっと違うか? 思考が届かない。
絶妙に都合が良い時機、落ちてきた幸運を見極める眼力が自分にあれば最良が選べたかもしれない。兄上のような運命力が欲しい。
獣人達、主に鬣犬頭のイサ人達は基本夜行性。寝ているところにお邪魔するという形にはならなかった。
分かり易く一番豪華で大きな天幕にいた、獣人将軍マーリー・ロンゴロンに面会する。その隣には虫人魔族。
狙撃される、砲弾の的になるという感覚は無いらしい。
「北の皇帝軍が何の用だ」
マーリーは将軍というより何か、大部族長の趣がある人物。安楽椅子に座りながら少年侍従達に毛繕いさせたり、按摩させたりしている。
「南エグセン連邦はセレード王国保護領である。ファニット領以南へ後退せよ」
「我が兵が踏んでいるところが領土だ」
「そちらはエーラン軍か?」
虫人魔族が己の胸に手を当て「私共がそうであり、獣人の彼等が……」
「偉大なる太陽、母なるイサの戦士である」
マーリーが現代軍らしからぬ自己紹介。指揮系統が混じってるな、これは。
「こんな北の地を領土にしたところで何にもならないだろう」
「与えられた物を与える物で返す。そのような取引が魔王と我らが太陽の下であったのだ」
虫人が補足。
「……イサの義勇軍主導でエグセンへ北上。獲得した地が魔王陛下の物となります」
義勇軍? 主体ではない? はっきり状態が見えないな。
「退去は可能か」
「話は終わりだ」
「……魔王軍としても引く理由がありません。事前協議をするべきでしたね」
「分かった」
マーリー将軍の胸に貫手を捻じ込んで心臓を握り潰す。
「宣戦布告受け取った!」
抜刀、少年侍従に案内人を弱い烈風剣混じりで円に振って一太刀で斬殺。名高いと云われる虫人魔族の顔面も撫で切ったのだが、もんどりうって足掻くだけで武器も手にしない。前足で胸の外骨格を踏み割って潰す。
誉れ名高き虫人奴隷騎士との戦いにはマーリーを盾にしなければと思ったが要らなかった。その辺に投げ転がす。
「信号弾撃て。ゆっくり北へ攻撃しながら後退」
『ホゥファー!』
護衛が信号弾を発射。花火を瞬かせながら夜空へ飛び、小さい落下傘が開いてからはゆっくり落ちる。
将軍天幕の隣、電信柱の終点になっている通信所兼司令部天幕を狙って「烈風剣!」。幕と綱を螺旋に巻き込みながら細切れ、血脂に染まる。払った痕には壊れた機材と細切れの紙、内臓と背骨を見せる下半身とちょっとの腹。
護衛が小銃、擲弾矢で射撃開始。幻傷痛が酷くて一早く死にたがっていた奴がこの野営地広場に突っ込んで自爆。周辺に散弾撒き散らす対人仕様。
現在地より東西南方向に味方はいない。これこそ烈風し放題。
「二刀、烈風剣!」
もう一本抜いて二刀薙ぎ払い、薄く広く、交互に間断無く、人の首の高さ。獣人がいると血と肉と皮と服の他に毛も飛ぶ。繁殖期に喧嘩する獣みたいだ。
連れて来た護衛は死んでも良い連中。多少巻き込んでも良し。ちょっと切っちゃった。即死しなければそこで自爆する。
「二刀、ふわりん巻き!」
天幕巻き上げる強さのつむじ風、時々綱を斬る程度の一刃混ぜる。天幕が柱を巻き込んで飛び、夜間照明と混じって火災舞い。上昇し過ぎないように下ろし、降ろし過ぎたら上げる。油に引火した調理場、倉庫で火の飛沫を上げる。火薬に引火して炸裂。
獣人、黒人、白人、騒動の原因も良く分からぬ顔のまま逃げる。柱や仲間同士でしがみ付き合う。火炎に炙られ、煙を吸い込んで咳き込んで倒れる。
ウルロン山脈の冬の南面、積雪無く乾燥して良く燃える。草地に藪に山林に延焼。特に脂が乗った松が焼けて山火事に発展。これ、信号弾は要らなかったかもしれない。
エデルト訛りのセレード語で「アホか馬鹿野郎!」と抗議の声が聞こえた。捕虜だったフラル、ベーア兵がこの混乱に乗じて武器を奪い、蜂起しようとしている。火災で思うようにいっていないようだが……奴等、戦闘に使えるか?
北側へ移動しながらつむじ風の向きを整える。南側へ煽る。火災を、可燃物を南方へ末広がりに撒く。
「おいエデルト人共、仕事が欲しかったら北に逃げろ!」
龍朝天政に派遣されていた軍事顧問団が蜂起の中心になると労働捕虜をまとめて北へ逃げ出した。精鋭は反応が良い。
労働捕虜の殿へつくようにして火災を煽りつつ「烈風剣!」を、冷静さを取り戻した敵兵から優先して撃ち込んで体表を斬り剥く。
生き残りの護衛が自分を基準に集結し始め、散開横列を形成。後退しながら背面で騎射開始。
労働捕虜達、軍事顧問団兵がこの動きに合わせ、狙いはそこそこに面制圧の一斉射撃――影と炎と混乱で精密射撃は困難――と後退を繰り返し始める。統制の取れた動き、専門家だな!
しかし、それはここまで。北から信号弾確認。
「ベーアの! 指揮官誰だ!?」
「軍事顧問団ザリュッケンバーク中将だ! ヤヌシュフ王!」
正に老将という男がいた。奪った南大陸の曲刀を掲げて指揮している男、話に聞いたことがある母上、兄上の教師。
「北へ全力疾走! 化学戦用意!」
「全隊射撃停止! 走れぇい! 毒瓦斯だ!」
防毒覆面着用。護衛達も進みながら馬に被せ、自分でも被る。
カラミエ国境突破以来節約して使ってきた、とって置きの塩素瓦斯火箭が全弾発射される。
火災が夜空を赤く照らし、煙を吐き出す飛翔体数百本が上空に見えて着弾爆発、瓦斯拡散。これを「強風!」で南へ押し流し、敵軍全体へ広く吸わせる。
毒瓦斯は薄く広がって希釈、火災でかなり無毒化、胡散するだろうか?
毒瓦斯は司令部付近を重点、アピラン市を包囲する各陣地へは少数。
『ホゥファー!』
北の遥か向こうから山彦も”ホゥファー”と響く。火箭の後を追って我が騎兵群四万四千、魔王軍が包囲するアピラン市各陣地へ向けて突撃開始。
「ベーア兵は敵に見えないように何とかするように!」
「了解!」
ザリュッケンバーク中将なら大丈夫だろう。多少死んでも痒くない。
「後退やめ、反転、前へ!」
突撃の先導をする。毒の弱さは騎兵の速度で補う。
『ホゥファー!』
■■■
その後、我が騎兵群は朝までに国境線まで追撃した。南から登って来る物資輸送の荷駄列と遭遇する度に襲撃、略奪。道の脇に置いて、帰る時に持って行く予定。
魔王軍が使っている大砲、砲弾は帝国連邦産、ランマルカ産、それらを魔神代理領内で作っている模倣品。工作精度にバラつきがあるので検査しなければならないが大体そのまま使える。
そして我々は逃げる敵を殺しまくり、遂にファニット、フラル国境線で停止を余儀なくされる。
境より南側、北フラル総督の旗が立つ国境線陣地から威嚇とも礼砲とも取れる――おそらく併用――空砲が放たれた。
追撃中に先頭まで追い付いて来たファニット将校によれば、旧国境検問所の瓦礫が撤去された状態で、基礎部分だけが見えている状態とのこと。そしてあの陣地の軍は間違いなくフラル解放軍であり、アピランを包囲していた軍とは別であること。
国境線陣地の責任者と見られるフラル将官が白旗を掲げる旗手を伴い、非武装で二人だけで越境してきた。イサ人との態度の違いが良く分かる。
交戦の意志無し、対話の用意有り、砲射程分は占拠している、という表明に見える。
「その魔族のお姿、ヤヌシュフ王陛下とお見受けします。ここより先への進出はご遠慮願います」
「あの軍の説明は?」
「遺憾ながら出来かねます。ストラニョーラ総督閣下に問い合わせているところではありますので、本日のところはそれでお引き取りを」
喋れないことがたくさんあるらしい。
魔王軍も一枚岩でないことは確かで、むしろ寄せ集めである。
少なくとも帝国連邦は北フラル総督とは上手くやってきている。
「そちらの帰国を見送ったらこちらも引こう」
「ご賢断、誠にありがとうございます」
フラル将官は一礼してから背を向けた。
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「犬鍋じゃ犬鍋じゃ!」
「何かこれ猫みてぇな味するぞ」
「おめぇのハリカイ部落じゃ猫食うもんな」
「にゃーん」
『だっひゃっひゃっひゃっひゃ!』
アピラン市郊外に騎兵群の野営地を設営。天幕をかなり焼いてしまったが、各国から提供があって屋根無しで寝なくても良くなった。
アピラン解放後、一先ずはブライヘル司教を初代連邦議長に据えることに決定。ここに正式に南エグセン連邦が発足した。連邦首都はブライヘル。
アソリウス島で産ませた十人の子供達の結婚相手も決まってそれぞれとの顔合わせもした。上にも下にも歳の離れた者がいたが、まあ何とかなる。
ウチの子をここに連れて来られるようになるまでどれだけ時間がかかるだろうか?
南エグセン連邦軍の編制が急務となる。資金面は諸邦が担保を提示し、そこからロシエ帝国手形を発行する形で当面は確保。手際良く、ロシエから中央銀行員が出向してきて総裁となり、連邦中央銀行の体裁が応急で整う。
発行された国債は、とりあえずセレードとロシエが五対五になる形で購入。暫定協定で、両国の比率は必ず同等になり、追加購入する場合は必ず合意を得ること、とされた。この連邦は両国対等の合作ということになる。血を流し、送り込んだ分はこちらが優位になるべきだが、国内整備にはロシエの手が必須であった。
情勢は変化を続けている。ガートルゲン王国、ナスランデン共和国、そしてザーン連邦のロシエ帝国編入が公表された。ガートルゲンと南エグセンは地続きである。これでも五対五が維持されたのは、エレヴィカが”四対六とか言ったら皆殺しにします”と言ったおかげかもしれない。
雪崩のように帰還してくる旧ベーア帝国陸軍の数百万将兵達がいる。それには南エグセン出身者も当然含まれる。
多くが連戦続きで疲労困憊、精神疾患症状を多かれ少なかれ見せ、見て分かる程に負傷して疫病に感染していて療養、隔離措置が必要だった。
行方不明者も多数で、石炭も蹄鉄も軍靴も靴下も不足している、と話に上る。また各領邦は労働者不足から奴隷狩りを――誘拐から色仕掛けまで色々――行っているという話もある。すぐに使える兵士は帰還者名簿の総数より遥かに少ない。
また南エグセン部隊に限っては旧帝国諸邦より条件が悪かった。ヤガロ系貴族の追放弾圧により地方連隊単位から組織が崩れていた。士官級が圧倒的に不足。
そこでザリュッケンバーク中将が率いる軍事顧問団に南エグセン連邦軍の編制、訓練を依頼することになった。彼等も早急に帰国したいところだが、労働捕虜から解放された恩があって返さなければいけない雰囲気になっていた。
雰囲気である。正規軍人が雰囲気程度で出来ることは限られている。中将が個人的に組織表へ助言をする程度に、一旦は留まる。
交通は、表面上は妨害されていないので我々を無視して軍事顧問団は南エグセンを去るべきだったが、そこは一つ言い訳がつけられる。
魔王軍に捕らえられた際に客死したラーズレク海軍大将は集団墓地へ雑に埋葬されていた。故人を掘り返して棺に納めるのは大変手間なので逗留が延長される。
延長中に事が運ぶ。軍事顧問団は中将個人の所有物でもないので本国、エデルトに顛末を報告して指示を仰がなければならない。そこでロシエの代表ハウラが仲介し、正式に南エグセン連邦軍の再編作業命令を受け取って来た。
ロシエ=エデルト連合という新国家体制は隠されていない公の事実である。
さて、魔王軍の再北上は明日にでも再開されてもおかしくはなかった。南エグセン連邦軍の編制時間を稼がなければいけない。
我が騎兵群は何時でも戦闘可能。本国からの物流が動き出すまで鹵獲した魔王軍や旧ベーアの物を使わないといけないが。
アピラン市を防衛した兵士達も一応戦えるが、これも再編、訓練が必要な寄せ集めである。
もっと頭数がいる。間に合わせでも。
「傷病者決死隊? ですか」
立場が改まったことで口調も改まったザリュッケンバーク中将が、お前の言葉は分かるが意味が分からない、という顔をする。
「将軍は作れないの?」
「故郷に帰してやりたい」
「手ぼっこ跛ひきになってまで生きたい?」
「そちらの大元帥もそうでは」
「義肢でどうにかなるならいいでしょ」
「彼等もそうです」
「そうじゃないの、いるでしょ。戦死しないと年金出ないとか、無駄飯食らいは邪魔だし本人にも不名誉だとか、あるよね」
「……説明会と志願者の募集はやってみますが」
「勝つ気あるの?」
「勝って生き残るのですよ」
「勝てば生き残れるよ」
「ともかく、帝国連邦そのままのやり方は難しいのでこちらに任せてください」
「うーん」
悩む。足が悪くても射撃も出来て自爆も出来るような決死隊は戦闘に有用だ。
「それに黒人捕虜も人間の盾として混ぜれば、早々に魔王軍相手でも負けないよ」
「捕虜とはそういうものではありません」
「どうして?」
「南エグセン連邦は、この情勢では東側国家ではなく西側国家として振る舞っていくことになります。そちらの仮借ないやり方では政治的にも感情的にも孤立してしまいます」
「獣人も?」
「魔王軍は敵ですが、全く語り合わない仲になるわけではありません。悪くとも隣人になります」
うーん?
「エレヴィカ、どうしたっけ?」
別の仕事が忙しくて捕虜のことはお任せだった。
「返却用に、縄に左耳だけ通させてあります」
「どういうことですか?」
「反抗的だったので全部殺しました。給仕係の手を噛んだんですって、骨まで砕けて。酷いわねぇ」
「奥様!」
「あらやだ、おほほ」
エレヴィカ、怒られちゃったね。抱き着いて来たその背中をよしよし。
「まあ、ほらあなた。西側の専門家にお任せしましょうよ」
「そうだね。じゃあザリュッケンバーク中将にお任せします」
「承りました」
■■■
北フラル総督、フラル解放軍司令官、アデロ=アンベル・ストラニョーラから手紙が送られて来た。
時頃の挨拶、戦勝と婚約への祝辞、などなどはさて置く。
軍事顧問団の安全を確保出来なかったことは慙愧に堪えないとも。これは後で彼等に伝えようか。白々しいが。
さて”古代エーラン帝国はウルロン山脈を越えて支配したことはありませんでした”という短い歴史講義みたいな文章が言い訳の項にあった。これは魔王軍としてファニット領への侵犯は不本意であったと見做せるようだが、それだけで済ませる気も無いというところ。曖昧戦略。
捨てるか使うかはともかく、領土は分捕っておいて損は無いのが一般論。
分捕りたい何者かがいて、それはフラル解放軍ではない、ということになるだろうか。
南大陸奥地のサビ砂漠の向こうの獣人がこんなところに飛び地を欲しがるわけもないだろう。そういった情熱はあの心臓を潰したマーリー・ロンゴロンという獣人将軍からは全く感じられなかった。
真の敵は誰だ?




