表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第2部:第14章『ぼくらの宇宙大元帥』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

552/568

12話「見える奸計に」 金蓮

 ヤンルー郊外、静謐な丘の上。壁より高い林が裾野を覆っている。

 ここはレン家西陵。東西南北の王一族が眠る地。

 地下宮にシャンルくんを納める石棺が出来上がったというので訪れた。木棺から移す作業は正視出来なかった。遺体修復師が顔を綺麗に直したのだが、死に際を思い出してしまう。

 そこそこ月日が経って、普段は何とも無いのに。

 部屋の工事跡の――業者は勿論丁寧に掃除して去ったが――少ないゴミを何とか探して掃除した。乾いた石面に濡れ痕しか無くなるまで雑巾で拭いた。

 外に出て、葬式や墓参りに集う人々が休憩出来るように東屋、卓に椅子が設置された庭先まで行く。

「キュウン」

 公安号だけがお供。この毛むくじゃらは身を寄せてくれる。季節柄抜け毛が酷いけど。撫でて払うと飛ぶ、付着。

「毛だらけ」

「ワフ」

 皇族は東陵に納められる。シャンルくんは一体、どっちに納められるべきだったのだろう?

 レン朝では積極的に賜姓を伴う臣籍降下がされた。悪しき前例がある。

 前王朝では皇族の肥大化で宮廷費が国庫を圧迫。結果軍事費が縮小され、軍はその分を汚職、略奪で稼ぐ。地方反乱が頻発し、その際にはその辺にいた皇族が担がれる。そんな政情不安が極まった間隙を突いてユロン高原で勃興したレン朝に滅ぼされる。

 という事例があってレン朝では、皇族は中央と、東西南北の王家に限定された。入京の際には反乱防止策として下女を含めても百人以下とされた。

 西王家は”エンの乱”の責で族滅。乱の原因となった中央家はその最中に消滅。

 北王家は東王家に吸収される形で消滅。戦乱の中でその残りも二人になり、暗殺で今一人。

 南王家は反乱する中で消滅していって今や――本人かも危うい――セジン殿下が不能の龍人として残るのみ。

 一連の出来事前後、独自に皇籍復帰を宣言した者は全て刑死か戦死。賢くも撤回した者の一部が生き残る。

 生きている間に皇籍破棄を宣言していたらシャンルくんはどうなっていたのだろう? あんな死に方はしなかった?

 眼球を貫いて脳に到達したかんざしの切っ先は頑丈な三角錐形。虫食いのように小さな窪みが幾つもあって、毒薬粒が仕込まれていた。人の体温で溶ける衣に蛇の出血毒が封入されていたと鑑定される。

 かんざしの仕込みは他にもあって、四つに分けたら先端から二つ目の位置に爆薬というか接触信管があった。

 刺さった直後は不具合か、暗殺者が怪我をしないように一度の衝撃では反応しない仕組みだったのか起爆していなかった。

 シゲヒロが切って龍道を開いてシャンルくんを逃がした。まだ息があって、死に際に自分に刺さった物を確認するように触って起爆。七穴から出血し、破片と毒が頭蓋内に散って撹拌、また血液が固まらず血管も損傷させる毒の作用は首から下にも到達。

 絶対に殺すという僭賊ソルヒンの怨念が燃えている。お母様の、瀕死の者でも復活させる龍人化の仙術も見越しての仕込みだったのだろう。

 実の弟、家族にそこまで殺意を向ける異常が分からない。身を変じた者より遥かに心が化物。あんな人徳無き者が天子を僭称するなんて恐ろしいにも程がある。

 身内すら大事に出来ないのなら一体誰を大事に出来るのだ? 我が子だけか?

 秋の空、多めの雲の隙間も多い。

 色が変わった葉が石畳を風で擦って行く。

 茶屋で駕籠者の脚も十分休まった頃だと思い、階段を降りて丘の下へ。


■■■


 宮殿に戻れば何度も聞いた怒声。思い出したように口論している。

「何度目の抗命だ!」

「私怨は命令ではありません」

 セジン殿下の声は常より壁に床を貫く。

 以前は声が大きいだけで理知的な人なのだと思っていたのだが、案外気合で乗り越えようとする人だった。似た論法を繰り返している。

「では罪人を引っ立てろ! 北伐無しでやれるならな!」

「皇帝無謬の原則、罪人ではありません。自省を促す諫言は、考えによってはすべきでしょう」

「誰が皇帝だと、誰が!」

「皇統は今やソルヒン様お一人のみ。臣籍降下した者を戻すという論は、そのお一人までもがいなくなった時に考えるもの。また、龍朝の龍人王殿下におかれましては幾度とない肉体の損失という件につき皇統と認めるには難しい存在です。少なくとも”一”があれば”二の次”」

 セジン殿下にはお子がいらっしゃらない。隠し子のような婚外子もいない。

「なにをっ? ぐっ、己ぇ! 貴様どっちの味方だ!?」

「以前よりレン朝のご皇室は龍朝に内包されるものとしております。セジン様ご自身がそのものです」

「サウ・ツェンリー、お前の意見を聞いている! 原則だぁ何だのと小賢しい!」

「一官僚であれば原則に従うのみです」

「法を変えれば良いのだな!? 覚悟しろよ」

「私は認めませんので、まずは罷免するところから始めて下さい」

 法改正は元より北征巡撫の罷免などという大事、黒龍公主か他四巡撫の批准が無ければ叶わない。セジン殿下は召集をしたらしいが集まる話は聞いていない。

 南のルオ・シラン殿がいたら何と仰るか……特に何も言いたくないから今もパラマ島で精勤中か。元はエンの乱の領袖、皇統族滅危機の原因。言えることも無いかも。

 西のサウ・エルゥ殿は得体が知れず、東のオン・グジン殿は”ぼっちゃまぁ”と間抜けな声ぐらいしか出しそうにない。

 お母様は卵と共に行方不明。シャンルくんを龍人に出来るかどうかの検診すら出来なかった。

 僭賊ソルヒン、奸王ベルリク=カラバザルはこの天下を針の一刺しで割る心算か。

 さて今、自分の手には外交文書が存在する。奸王ベルリク=カラバザル自筆の手紙で、あちらの慣習から私信のようであっても公式同等。

 内容は単純で、龍帝へ伝統に則り女帝と結婚したことを報告したい、という内容。

 なんと大胆で厚顔。そして原則に従っているところが奸智。お二人の対立を煽るような内容で更に狡猾。

 今聞こえている口論に挟まりたくなさそうな外務官僚が部屋の前で委縮していたので、可哀想になって自分が受け取ってある。

 セジン殿下の大声を耳元で聞いて腰を抜かして失禁した者を知っている。あの気性もそうだが、龍人の体幹から出せる声は常人の許容量を超える。

 公安号は口論する部屋の扉の、斜め向かいの壁際に座っている。後ろ足で首を掻いて抜けた夏毛を飛ばす。

「お前」

「キュウン」

「キュウンじゃないの」

「ワフン?」

 深呼吸して扉を開ける。

「いけません!! とにかく何が何でもなんか駄目です!」

 自分の身体、人龍の方が大きい声が出る。セジン殿下にツェンリー殿も眉間に皺が寄り、公安号は「ヒャワ」と鳴いて走り去った。

 最近気付いたが、声が大きい方が何となく勝てる。

「空論より先にこれです」

 セジン殿下が先に読み、引き裂きそうな気配がしたのでその両手首を握る。指がまともに動かないくらい握る。その間にツェンリー殿が綺麗に引っ手繰って次に読む。

「正しい儀礼行為を断る理はございません」

「馬鹿め、のこのこ、これこそ北伐で迎えてやるわ! いや、北征巡撫……」

 勢い余るいつものセジン殿下の声が萎む。

 まさか、動員軍で反乱する心算か、と言いそうになっている? それは取り返しがつかない。

 しかし北征巡撫サウ・ツェンリー、龍朝を蔑ろにする考えは以前から本物。レン朝を守るという原則あればこそ下った者だ。

 賊軍は依然としてジン江線に戦力を集中していない。ただしその後方地域では積極的に訓練をし、演習を行っている。組織改編もしているという情報。

 こちらは平時の警備体制のまま。ここで北伐可能なように北征軍を動員し、地方に散っている戦力、予備が集まれば北征巡撫の命のままに動けるようになり、僭賊ソルヒンの入京を助けても妨害出来る軍は……わずか?

 セジン殿下が動かせる禁軍、強力ではあるが無敵ではない。北征軍には勝てるかもしれないが賊軍も加わればおそらく不可能。

 帝国連邦軍の一部でも加われば更に。西克軍が加われば更に。

 東護軍はどう動く? 南覇軍はそもそもどちらに味方?

 奸王ベルリク=カラバザルは企んでいて備えている。僭賊ソルヒンを天子とし、蒼天王という妥協の立場を利用している。

 最小限の恐ろしい武力で戦略効果を叩き出す災厄の力が見えている。

 強大なる天政、一個となれば宇宙に無双だが、一度亀裂が入れば双璧撃ち合い脆弱となり、北方蛮族が利を攫いに来る。革命の一例。

 手をパンと叩く。

「ご両人、見える奸計に嵌られますか」

 セジン殿下、恥じ入る咳払い。

 ツェンリー殿、せめて今は表情くらい読ませて貰いたいが、無反応に見える。


■■■


 寝室。シゲヒロは椅子でも寝台でもなく床に座り、あくび九割えずき一割を吐き出す。

 無機臭い。一部、鱗の隙間に霊山の埃が溜まっている。

「霊山中見て回った心算だが、わっかんねぇなぁ。新しい足跡も無ぇよ。婆さんあれ、龍道だと飛べるんだっけ。じゃあどうもなんねぇよ」

 失踪したお母様と卵の捜索をシゲヒロに頼んだ。地上なら目立ってすぐに分かりそうなものだが、そちらは別口で捜索中。報告は芳しくない。

「うー……」

 そんな感じはしたが、そうだと言われると納得したくない。

 これに文句を付けてもシゲがこれ以上の成果を上げるわけでもないし、捜索範囲を広げたらどれだけ時間が掛かるかも分からない。唸るしかない。

 シゲが首を捻ってる。片目を半分瞑って、こいつも「んが」と唸る。

「何よ」

「変な施設は見つけた」

「何?」

「婆さんの大人の身体だけが入った、なんつーか、根が張ってて”生きてる”木棺が三十二。あとセジンさんが入ってるのが三つ。全部、なんか、息してないが生きてる、みたいな? 良く分からん状態だ。龍帝みたいな? 物もなんも手はつけてねぇよ」

「はあ?」

「俺がわかるかよ! お前わかんねぇのかよ」

「知らないわよ」

「ここにいた婆さんよ、元々あれ本物だったか? いよいよ怪しいぞ。俺とお前作ったのが呆け老人だなんてありえんだろ。これ」

 これ、とシゲが手を握って開いて、軽く跳んで尾を一振り。食べて寝て良く動いて、考えて喋る機械ではない生物である。頭脳曖昧な者の手で、いい加減に出来上がるものではない。

「……日時は不明ですが、近い内に蒼天王が龍帝陛下に結婚の報告に上がりたいそうです」

「改まって何だよ」

「不可殺のベルリク=カラバザル。しかし龍道ならばあなたの手で刺せると思いませんか」

 シゲヒロ、床板を殴って立ち上がる。

「俺が兄貴に? ボケたこと抜かすなよ」

「あんたどっちの味方よ!」

「前から言ってるだろうが。俺は来たくてこっちに来たんじゃねぇよ」

「何で肝心な時に役に立てないのよ!」

「うっせぇ殴るぞ……ぃい、話は終わり。しばらくお前と話しねぇ」

「シャンルくん守れなかったくせに!」

 シゲ抜刀、天井斬り、一角崩れて破片に埃が落ち、崩れたところに二階の収納棚が落ちて開いて小物がざらっと更に落ちる。

「ちっ、死にてぇ」

 後で公安号が布団に入ってきた。勿論、毛だらけ。

 枕を嚙み千切ってしまった。


■■■


 頭が一杯になることばかり。

 セジン殿下が訪問してきた。難しそうな顔から何か失敗した後かもしれない。

「北征巡撫の頭でっかち石頭が蒼天王の挨拶一行を迎え入れる心算だ。護衛の数と質は不明だが、伏撃の用意を気付かれるわけにはいかん。私と金蓮、二人で殺る。計画を知る者は少ない程良い」

 今までの言動と今後の奸王の予定、そして殺気の立ちようで少なくとも宮中では公示されているも同然だろう。

「具体的には」

「対象は霊山に正しい順路で、北征巡撫の案内で参道を通るだろう。列柱の間で待ち伏せる。金蓮には術妨害で小細工を封殺して貰い、私が仕掛ける」

「あのリュ・ジャンと決闘で勝った戦士です。お一人で?」

「自爆用意がある」

「お母様がいなければ、それに残り三体。状態も不確かです。軽々に、昔のようになさらないように。ツェンリー殿も傍にいるんですよ」

「三体もか」

「シゲヒロも妨害すると思います。たぶんあの野郎、迎えに行きましたよ」

「あのアマナ人もか」

「挨拶を見逃して、気分以外で不都合がありますか?」

「権威がつく」

「まあ、そうでしたね」

「中央としてあの夫婦を認めたということになる。内政干渉へ何れ繋がる第一歩になる。今は出来なくても、”無”が成長する”一”になる。今でも民衆が正統性を論じる風潮がある。それに僭称皇太子など生まれてみろ。遊牧と、中原の、皇太子!」

「天下のみならず宇宙も統一しそうな……」

 あれ、そこまで悪くない? いや、お母様と卵が? 南北合一すれば争う必要も無くなる。つまり天下静謐。

「暗殺すべきはソルヒン一人。子供は胎を切って出せば良いではありませんか。それから身分を消して一人民にすれば良いのでは。赤子に罪はありません」

「気に入らん! 奴等が気に食わん! 殺す理由にそれ以外何が要る!?」

 龍人王とされる方が何という言葉。まさかお母様だけではなく、セジン殿下も?


■■■


 奸王ベルリク=カラバザル、配下百騎――著名臣下無し――を連れ、当方の船でジン江河口を遡上開始したと報じられる。

 シャンルくんとイェンベンへ行った時と同じ人数。実数からも軍事行動ではないと示す人数。レン朝の伝統にも適う百人制限。

 船上で迎え、目的地まで先導するのは北征巡撫サウ・ツェンリー。

 勤勉実直も度が過ぎる。”サウも水車も同じく回る”。嫌なことでも淀みなく出来るのが官僚の鑑なのだろうが、心情はどうなのか?

 セジン殿下は一報を聞いて描きかけの絵を、奇声を上げて破り捨てた……平時でも軌道に乗らない時は三日に一度ぐらいだったかも。

 シゲヒロは上機嫌。ただ、遊び相手のお豆がいなくなったことに気付いて探し歩き始めてどこかに消えた。

 お豆、ランマルカのピエターは仕事らしい仕事の無い愛玩動物で、遊び相手もいなければ玉砂利を百も千も並べて笑っているような子供の、もどき。

 普段から目の前にいるわけでもないので失念していた。

 誰もいなくなってしまう?


■■■


 ジン江中流、インシェ市で奸王一行下船。以後陸路は鉄道という一報。

 水上では五日かけて泊地で人馬を休めつつ、ゆったりと観光速度で迫ってきていた。現場で混乱が起こらないように一行が誰かは広報されていない。人流も制御され、普段見ない兵隊が武装して厳戒態勢。更に夜間外出禁止だった。

 鉄道は早い。この一報がヤンルーに届いてから半日で本人が来る。

 接触はプラブリーで戦って以来。奴等がタルメシャ革命戦線なんて霊的疫病を作ったせいで今も太平は南洋に訪れない。天下静謐を乱す不道妖賊。

 セジン殿下は既に霊山にて待機。彼が嫌う奸王にわざわざ面会する道理は無いので、宮中にいなくても自然のように官僚達にも思われている。

 列車が発する定期連絡を霊山正面入口、大岩の前で受けている。自分はここで奸王に何と言う? 言わない? 顔を見せることも何か、良くない?


■■■


 ガリョン市通過……。

 オウレン盆地入り。先の大戦でも有り得なかったのに。

 シゲヒロについての確定情報。あの男、奸王の傍に付いて、まるで弟分のようにしているとのこと。

 どうやったら首輪を付けるみたいに出来る? この身じゃ足りない?


■■■


 ユウシャン市通過……。

 ヤンルー北部の最終防衛線が簡単に突破された。

 賊軍を滅ぼし、天下を太平に導かなければいけない。中原を一つにすることこそ天命。文明人同士が武器を持って睨み合うなど不道。しかし内なる病である賊を人民に戻せたのならば、流血も無く成し遂げたのならば王道に適う行い。八上帝に恥じぬ行い。

 でも、お母様だけではなく自分も卵も守らないと。

 シゲヒロは……自分で何とかする? 私達を守ってくれないの?


■■■


 ヤンルー行政区への入京、続いて城門を潜ったと入城の……一日も要らない直ぐ先、歩いて行ける距離にこの天下、宇宙大乱の元凶がいる。大乱を治めることが出来るとも言える人物ベルリク=カラバザルがいる。

 あの人物の意志が介在した行為で直接殺害された人数は三千万を超えると言われる。二次的被害の関連死を含めると一億超。それも最低値で、去年までにベーアとの共同研究の手が届いた範囲での数値。

 文明の中心に文明の敵を招き入れるなどあり得ないはずなのに。

 一応、民衆が上げる歓声が聞こえなかったのは良かった。

 禁城の門が開く……風向きによっては人龍の鼻でにおいを捉えられる。

 宮中までわずか。どうにも顔を合わせたくない、挨拶もしたくないという気分に支配されてくる。

 人心を乱す化物め。

 大岩から霊山へ移動する。赤と白の空を見て気が落ち着いて来る。

 参道は避け、新しい足跡は見せないように龍帝陛下の崖下へ移動する。

 たぶん、セジン殿下はたまらず飛び出して隠密どころではないだろう。殿下が潜んでいる列柱の間以外で急襲に適しているのはこの崖下のみ。龍帝陛下の顎下から現れての一撃が良さそう。

 しかし本当に暗殺する? 冷静になってあの時の光景を思い出すのなら、ベルリク=カラバザルはシャンルくんが殺されるなど想像もしていなかった様子だった。見当違いの復讐なんて下賤の所業。

 せめて様子を窺おう。龍帝陛下、我が子の墓前で恥じる行為はしたくない……有機の臭いがしないはずの霊山で生臭が薫る。

 臭いを追うと血塗れのお母様が倒れていた。暗殺?

「やだっ」

 駆け寄る。

 黒い衣装と長い髪と髪飾りで本人かは分かる。ただ変に小さい?

 乾いて染みになったような水気の足りない血溜まりには割れた卵の欠片。

 容態を確認と思ったが、腹が破れて内臓が抜かれている萎み様。肌は満遍なく内出血したようで、皮下脂肪が全て抜かれている。

 獣のような食い方ではない。皮下に潜れる魚? 虫? 卵の我が子、龍の子? 人型ではない蛇の型?

 どうする? 地上に連れて帰って、皆に相談して。

 足音三つ。足が悪い杖突き、丁寧な静かさ、一番静かだが爪が地面に刺さっている。もう来た。

「間も無くです」

 ツェンリー殿の声。

「地の果ての証明も難しそうですね」

 ベルリク=カラバザルの声。

「兄貴、めっちゃアレ、デカいですから吃驚しないで下さいよ」

 シゲヒロの声。最低な男。本当に馬鹿。

「外道悪漢成敗!」

 セジン殿下の怒声、やっぱり駄目だった。首謀者がこれでは。

 崖を登って縁から少し顔を出して覗く。

 矛槍を持ったセジン殿下の打ち込みをシゲヒロが素手で受け流し、足払いで転ばせ、手首を取って捻りつつ肩まで極めて取り押さえた。

 自爆と言ったが?

 ツェンリー殿はベルリク=カラバザルに「お気になさらず」と先へ行くように促す。

「かぁたきぃ!」

「セジンさん、相手間違ってますって」

「うぬぐぉお!」

 セジン殿下は肩が脱臼するのも構わず起き上がったので、今度はその首後ろをシゲヒロが脛で押し付けて止める。

「裏切り者がぁ! 九族皆殺しにしてやるぅ!」

「はいはい、裏切ってませんよー」

 そして簡単に肩を嵌めて直した。

 頭上からも、バガっと鳴る。

「え?」

 龍帝陛下の大顎、関節周りの白鱗を落としながら黒鱗を見せた。

 大木が軋んで圧し折れるような音を出しながら長首がうねって鱗を落とし、横向き水平開きの噛み付き。

 ツェンリー殿、地上へ扉を開いて退避。

 シゲヒロは既に走り出し。

 初老のベルリク=カラバザル、右腕を大口に向ける。

 反射的な拒絶?

「はっは!」

 笑った?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
金蓮ちゃんは乙女で可愛いですね。 龍帝が動いた! ベルリクの影響?卵の子の影響? 続きが楽しみです。
おもしろ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ