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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第2部:第14章『ぼくらの宇宙大元帥』

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10話「こんなに長い三年」 ヴァンス

 秋の戦況は良くない。開戦以来良かったことなど何も無い。何時が最悪だったかなど底が知れない。

 バルリー攻略中に発せられた全面後退令。前線陣地到着前の各予備軍に混乱発生中。本当に良くない。

 目的地の喪失。中途の待機地点でも指定されれば良いが、されず。混雑と渋滞と麻痺が連鎖して拡大。拡大する程に解消が困難になる。単純に食糧不足、衛生問題も発生中。ヤガロ人の汚染工作がある。

 合流先との電信の不安定化。渋滞する各隊が利用を要求して電信局が対応出来なくなる。多用による機器故障率増大。そこにニェルベジツ入城を果たしたヤガロ王による煽動に乗せられた住民蜂起、破壊工作が直撃して断線する。鉄道も切られる。伝令も狩られる。

 戦力の効率運用が成されているとはとても思えない。

 参謀総長だったら介入する権利があった。今は無い。

 予備軍司令として後方から出来ることは無いか?

 まず懸念。予備軍各隊が正規軍から道を譲れ、物資を譲れ、指揮下に入れと命令された時、脅迫された時の摩擦、衝突が恐ろしい。

 人員装備が奪われ、欠落すれば大幅な作戦能力の低下に繋がる。輸送、運用能力が欠けて重砲を放棄となれば最悪。現代では戦えないとさえ言える。

 同士討ちの可能性がある。ベーア帝国軍は歴史が浅く、まだまだ統一軍というより連合軍。民族、地方の確執があって喧嘩で済まないこともある。父どころか兄の仇がいるぐらいに年月が経っていない。

 命令系統の無視が許し難い。独断の先行は将軍の仕事だが、専横に味を占めてこれを切っ掛けに軍閥でも作られたらたまらない。

 そういった独立軍閥はある日突然完成した姿で現れず、痛いと気づいた時には手遅れの、内臓疾患のように現れる。

 軍閥に独自外交まで始められたら収拾が付かない。その時はきっと親帝国連邦の地方軍事政権の誕生。エグセンとカラミエ人民共和国のようなものが生まれて来るだろう。

 帝国連邦軍は抜け目が無いような手を打ってくる。この混乱の隙に何かをしてくる。

 予備軍司令として命令は出せなくもないが混乱に拍車をかけるだけ。

 命令は出さずに訓令を出す? 単純簡潔が良いはず。”現場最高指揮官の命令を優先せよ。損害を厭うべからず”か?

 いや、将校等は皆若くても教育されている。理想的には、命令系統の範囲内で柔軟に判断を下して行動するものである。理想的には。

 考えた結果何もしない。これが最善。

 夏の話に少し戻る。

 クルツマン・ゲルドリット准将から指示を仰がれた。

 ”セレードか? エグセンか?”

 予備軍司令が攻撃先を決めることは基本的には無い。緊急事態ならば柔軟に対応するが。

 その時は陸軍最高司令部にその指示を継いで渡したところ”該当嚮導旅団の能力ではどちらが相応しいか?”と逆に聞き返されてしまった。

 嚮導旅団の編制が緊急過ぎたということは認める。更にファグスラの戦いでは周辺住民を緊急徴兵し、非戦闘部隊からも無作為に近い形で兵士と装備を引き抜いて送り、寄せ集めも良いところであった。何が出来る連中なのか? 問われて困る陣容。

 引き抜き先から”返せ馬鹿野郎”と言われるし、住民からも”帰せ馬鹿野郎”と言われた。その意見はさて置き、考えた。

 エデルト軍集団の反攻を支えることを検討。二度目の奇襲を仕掛けてきたセレードを制圧してから……。

 一つ、ククラナ迂回。遠いが確実な打撃が見込める。

 二つ、北バルリー進出。直接行ける山道は細い。再度南バルリーを攻める時に敵守備兵力を分散させることも出来る。

 更にマインベルトに越境攻撃を仕掛ければ西部全正面同時打撃が可能。ベーア八千万特攻体制が完了すればこのくらいの前線”幅”は必要。

 三つ。オルフを越境して攻撃すれば南北バルリー高地を迂回して帝国連邦中核に攻め入ることが出来る。

 ……全て、打通出来ればの話。協商国の参戦を無視出来ればの話。

 今のエデルト軍集団は疲れていない。寄せ集めの嚮導旅団を補充しても意味は少ない。

 浸透してきた敵騎兵軍を追撃させた。一度ファグスラ市で勝った相手ならば、その物語性もあって士気の向上が見込めそうだ。負け続きの今、戦場伝説みたいなものでも広められれば良い。

 その敵騎兵軍、噂ではヤヌシュフ王が先導しているという。そして帝国最大の穀物生産を誇るメイレンベル大公領内で凄惨な虐殺、拷問、焼討を働いている。ベーア総力を削り、各前線へ配るべき予備兵力を吸い込もうとしている。

 そのクルツマン君から息子ジェムス少尉の評価を伝える手紙がこの秋に届いた。この文字通り死ぬ程忙しい時に、個人宛てに。届いて一月以上経ってから開封。

 ”ジェムス君は、言われたことは出来る。記憶力が良い。冗談の才能は親譲り。住民へ同情し過ぎて軍人に向いていない。子持ちの未亡人、農民と戦場結婚式を挙げた”だと。他に色々書いていたが意味はない。

「陛下へ成人のご挨拶に伺ってから……」

 ”前線に立たせて出来るだけ戦死するよう、お願いします”と手紙を送り返した。


■■■


 朗報という概念は消失したように思える。

 ゲルドリット嚮導旅団の戦果先例により突撃団制度が成立した。第二次政権になって、マロード陸相に代わってからあらゆる採決が即時実行されている。

 兼ねてより歩兵、騎兵士官等を砲兵士官に転向させる教育方針が進み、質の低下を最低限に抑えた新規砲兵隊が多数誕生している。

 この砲兵を基幹部隊とし、国民突撃隊を歩兵主力に据え、補助部隊に形式数量を求めないで何隊か加え、編制しておよそ旅団規模にして突撃団として前線へ送り出す。

 もはや慣例となっているが、実績や勤務年数に拘わらず役職に合わせて将校等には階級を割り当ててある。二十歳新人の平民中佐みたいな者は珍しくない。

 また、まだ突撃団限定だが、書類仕事のような内々の作業をかなり簡略化している。事務員すら削った。

 この使い易いと思われる突撃団の送り先は南カラミエ、マウズ川流域であった。

 ククラナ地方から攻めてきた敵軍相手に、南北分断されて苦戦しているマウズ軍集団へ突撃団を矢継ぎ接ぎに補充して戦線を維持させる予定だった。

 マウズ軍集団の要請から、ヤガロ人蜂起に倣った南カラミエにおけるカラミエ人蜂起を抑制して貰いたいとの意向も聞く。

 簡単にいかない。メイレンベル大公領内で暴れている浸透騎兵、ヤヌシュフ王の軍一行が問題になる。南北に分かれたマウズ軍集団への補給線を脅かし、こちらとあちらを半ば分断中。先の要請する電信も電信線切断の悪影響から、最短の南カラミエではなく、南に遠回りファイルヴァインから迂回して届いたのである。

 この状況下ではゲルドリット嚮導旅団にヤヌシュフ騎兵軍を討たせなければならない。殲滅は不能でも破壊工作能力を削り取って交通、通信を正常化させなければならない。

 一度下した命令を修正することになった。マウズ軍集団への補充に当てず、敵騎兵軍の追討に当てる。

 そういったことは軍令部がやるのだが、自分も手伝うことになるというか、陸相から本件に限って命令を代行するように指示された。各団の人物と位置を最初から最後まで把握しているのが予備軍司令であるから、という理由。

 何やらおかしいと思って軍令部の面子を窓越しにでも簡単に確認し、知り合いに出欠も聞いたが欠員が多かった。過労、発狂、帯状疱疹、流感、黒死病。下水はしっかりしているので赤痢はあまり聞かなかったが。

 鉄と鉛が届かない後方でも多数の戦死、傷病者が出ている。

 セレード独立戦争から数えて三年。こんなに長い三年、史上あったか?

 参謀本部にいた頃から手馴れているとはいえ、命令書の発行形式が違って書き損じをして書き直して、やっぱり訂正箇所は斜線で修正するだけの汚い物に妥協して、紙を送っている暇も無いから電信一本で良いなどと後から言われ、命令受信元から”予備司令による攻撃命令は誤信か敵の工作ではないか?”という問い合わせが集まって一時混乱発生。

 結局自分が陸軍最高司令部に直接赴き、空き部屋が無いので廊下や階段の踊り場に各突撃団の資料を持って来させてから指示書を軍令職員に提出するという形に戻したりと寝る暇が無かった。

 紙でも電気でも、受け取る側がどんな状況か考えて、配慮して、説明不足にならないように……。


■■■


「……なた、あなたっ」

「おあ?」

 休憩のつもりが食堂で居眠りしていたことに気付く。

 時計、食事の開始が……二時間も寝てしまっていた。袖が濡れていて珈琲臭いが、粗相は片づけられた後。食べかけの、塩振った蜂蜜塗りのパンはそのままで銀蠅が止まっている。

 ……そういえば軍服の再利用工場が洗剤間違いからの瓦斯発生で一時停止したと聞いたな。前線からは血の染みどころではない服が戻って来る。

 夢すら見なかった間、誰も自分を起こさなかったのだ。当直中に椅子を蹴り飛ばしてくれる上官もいない歳になったものだ。

 ”哨戒中に寝たら銃殺だって言われなかったか”。それから鉄拳一発。懐かしい。

「あなた、またこんな物ばかり食べていたんですか? 野菜や果物を添えてと前に言いました」

 妻のヘルザが何故かいる。しかも野戦服姿で階級章が大尉、拳銃携帯。目は充血気味で、老眼鏡には指紋が少々。

「私の階級を」

「あなた」

「なんだ」

「自分宛ての手紙、後回しにする癖はどうにかしてください」

「何の事だ、いや、説明しなさい」

「マールリーヴァ様が皇太女となられます。異教の変態と化物共が近衛になるのが常道のようになっていますが、義勇婦人会からも出すことになりました。名を婦人決死隊」

「何、決死? 皇太?」

 目が覚めてきたので席を立つ。

「女が易々口にする言葉じゃ……いい、何故内々に手を回すようにしてくる? 命令は公式文書で寄越せ」

「あなたは読んだ方が早いでしょう」

 便箋を預かり開封。陸相から、私信の形式。

”君は引き継げるよう教科書に出来る手引き書を書いているはずだ。代理を立てて今すぐ予備軍司令職から実質退いて雑務や栄誉行事からも退きなさい。馬鹿でも次が務まるように。

 突撃団制度の成立でほぼ、我が軍が人的資源を吐き尽くす仕組みは完成した。これ以上君の複雑な技術は不要。

 司令職に留まるのは、もしもの時に命令系統を維持するためであるから退任は、重ねてしないように。

 婦人決死隊を基幹部隊として一軍を編制しなさい。ただし突撃団編制に影響を及ぼさないように。そこまで大袈裟ではない”

「義勇婦人会から何人出せる?」

「今朝、二千七十一通出しました。返事はまだです」

 義勇婦人会は、初めは貴婦人の社交界におけるごっこ遊びから始まったらしい。ベーア統一前のことで非公式組織から始まった。よく葬儀関係で助け合ったという。

 そして統一後は、人狼作戦の粛清対象から外れるために国家協力姿勢を見せて”国防婦人”的な活動を手探りで様々実施し、国家忠誠を示すために使われた。

 人狼作戦終結に向けて帝国中央は義勇婦人会組織を国家公認とし、代表にはハンナレカ皇后を据えて反乱予防、終息工作に使う。ここに参加した一家は容疑を掛けられた後でも、反乱を起こした後でも微罪なら許され、重罪でも連坐無しとされた。

 妻が見当を付けた二千七十一名から縁故を辿って裾野を広げていけば万単位いけるか? 万人越えの女兵士? 引き金さえ引ければ銃火力は筋力を問わないが。

「何故ここにいる?」

「陸相マロード陛下直々に依頼を受けましたので」

 妻はこういう人物だったか? 若い頃の記憶は薄い。仕事であちこち回って、良く分からない。天候が安定している時など気付いたら二十日経過していたことがあったな。そういう年月だった。

 更に言うなら、この女が妻の偽物でも気付かないかもしれない。

「お前、本物か?」

「好き好んでヴァンス=ホルヘットに話しかける女がいますか? 年増で、色気も愛想も無い」

 ヘルザが袖を少し捲くる。腕毛が生えている。

 確かに。

「まずその階級章、低過ぎる。昇進手続きが無駄に掛かる。次から相談してからにしなさい」

「はい。それから、娘は無事ですから!」

 何故急に怒鳴る?

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― 新着の感想 ―
更新楽しみにしてました。ありがとうございます。 この章の主人公達はラブコメの波動を感じますね〜 ベルリク?結婚出産なんて愛そのものジャナイカー 愛は世界を救うのか!?
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