・08と1/2話「ご宣言」 シャンル
招待を受け、東海を渡ってミンラン湾に入り、イェンベン港に上陸。滞り無し。
夜中。イェンベンの東王宮、謁見の広間。窓が硝子張りになっていて屋内だが外が見える。月光、星明り、祝祭に沸く市街地の街灯り。
本日は歳節暦にて夏半過ぎ、歳調経て、上天一日目。
玄天暦において驢馬座前日。不動の極星が該当星座主星と軸が交わる手前。
年に吉日を複数見出すことが出来るが、遊牧と中原の天文学者はこれをその一つとした。空柄良く、物事を運び出すには良い、という意味付けがされた。
肝心の空模様は、昼には雲が並に浮かんでいたが、この夜空にはほぼ見られない。探せばあるかもしれない程度。
思った以上の丁度の良さ。学者も中々、理屈捏ねだけではない。
イェンベンへ出発する前に北征巡撫サウ・ツェンリーが言った。
”外見が変わっていたら精神も変わっています。言動も変わっていればその通りで、変わっていなければ以前と違うことを考えています。
ソルヒン様はシャンル様を大事にしていらっしゃいましたが、見た目が変わり言動が同じで大事にしているように発言するならば、大事にしない方法を考えています”と。
確かめに来た。姉上は昔から厳しかったが、全て考えがあってのことだった。自分が必要に応えることが出来るようになる前に行動を起こして北朝を築いてしまったが。
今も考えがあるはず。そうでなければ五十にもなって全身に障害があるような蒼天王ベルリク=カラバザルとわざわざ結婚するはずがない。
かつて語っていた理想の貴公子像とも著しく異なる……のはさて置く。皇族が相手の歳と見た目にケチをつけるのは小娘が過ぎる。
遊牧皇帝と繋がる姿勢を示して”イェンベン”政権を維持するというのならば相手は長男のダーリク=バリドで良かったはず。歳の差も無理が無い。
聞き出せるかどうかはともかく、聞きたいことがある。
その姉上、ソルヒンはユロンの騎馬服姿。目が覚めるような晴天の青で、光の加減で緑が見え、流れる雲の形になっている。頭は簪一本で華美ではなく、両把の結びで故地の伝統重視。レン朝貴婦人としては不自然なところはない。宝飾が少ないのはあえてか。腰帯が少し変か? それから顔の化粧はかなり厚い。これは顔につける衣装という様子。個を捨て公に殉じる構え。
蒼天王ベルリクはあちらのセレードの騎馬服で、生地も実用品というか、こいつ不敬にも普段着か? 正装の概念が無いのか? 三角帽がやけに不気味に見える以外は額の古傷がやや目立つ。右が義手、左が義足というが着衣では分からない。突いている杖もほとんど頼りにせず、途中からお付きの呪術師に預けていた。
我々が持って来た七宝が、あちらの思想の下に配置されている。
開地の鼎は間の中央。生贄ではなく酒が注がれる。一応飲み放題ということで杯が複数置かれている。度数が低いものらしくそこまで酒精臭くない。
公武の剣は姉の侍従官を務める者が手に持つ。その者は隻腕、異形の黄金面、気配が異様。何奴?
立法の石経は、豊都の玉座間にある。夫婦の玉座二つはそのまま相応しい位置。
立法の玉璽は石経前の小卓の上。同じ場所に調印前の書類が重ねてある。外交儀礼的な様子にも見える。
文化の各礼器には蝋燭が灯り、線香が焚かれ、供え物がされる。小皿に米、麦、干し肉、干し茸、塩、砂糖、胡麻、大豆の乾き物。椀に米粥、麦粥、野菜汁、漬物、煮豚、湯豆腐、茶、羊乳、酒の濡れ物。
制覇の冕冠だが、姉側参列者筆頭のリュ・ドルホン光複大臣が被っていた。あれは被って良い物だったか? 貸し出した時に使用方法については特段定めは無かったわけだが。
婚前の、儀礼的な礼物のやり取りがあったとの情報は無い。両者に差異を設けないためであろう。下げて渡すという行為は避けられたか? 北朝女帝と遊牧皇帝は対等であろうという姿勢が見えてくる。結婚の宣言後に互いに渡し合うのかもしれない。
天体望遠鏡で夜空を観察していた天文学者の二人が頷き合い、念入りに互いの理論が記されている本を読んで確認。そして力士のような体格の青衣派の筆頭僧に報告。北朝は青衣派重視の姿勢を示している。遊牧民との強い融和を見せている。
要人に限って新郎側、新婦側と左右に分かれて並ぶ参列者間を僧が進んで姉、蒼天王に礼をする。
「吉時に至りました。ご宣言を」
報告を受けて姉ソルヒンは、侍従官から公武の剣を受け取る。
「朕、自ら詔を伝える」
跪かぬ蒼天王の右肩を剣の腹で添えるように叩き、左肩を叩く。極西風? 西に渡ったセレード族風ということか?
姉ソルヒンは公武の剣を、首と肩で刃を受ける侍従官に渡し、代わりに聖旨と表紙にある巻物を受け取って広げて読み上げる。相変わらず蒼天王は膝を突かない。
「天子、天より承りて政を為し、億民の父母とならん。
四方を安んじて、万外を跪下せん。
故に熟慮し戦士を選び、外憂の鎮撫に用いる。
ベルリク=カラバザル。レスリャジン部のグルツァラザツク家の者、草原の覇者。戦争の生涯を持って宇宙に号する者。
歴戦の勇有りて、儀を垂れる。
まさに天軍の鑑となるべし。
朕はここに詔を発布して宇宙大元帥に封ずる」
『宇?』『宙?』
『大元帥!?』
『ばんざーい!』『……だと』
思わずこの称号を知らぬ者達、自分を含めて声が出てしまった。
何の、一体何の称号なんだ!? とにかく、何か、分からないが、自称の天子に次ぐと直感が告げた。計略を感じる。
「承った」
蒼天王、いや宇宙大元帥が返答し、青衣派僧が手を上げて合図して東王宮中に伝わる。
外から砲声、途切れ途切れに曳火して夜空へ向かい、炸裂開花。大花火、極彩連発。至上の慶事を天に伝える。
外から遠く、初めは無数の声が乱れてから『万歳! 万歳! 万々歳!』に集束。
参列者達はこの、今一時は星々に負けぬ光を浴びながら窓に寄って露台に出たそうにする。気楽な者は花火を見て、生涯がどちらに振れるかと思っている者は新郎新婦へ。
「おめでとうございます」
ドルホン大臣が皆を代表してお祝いの言葉を述べる。
『おめでとうございます』
追随して参列者も合わせて述べる。
それから参列者達が、ようやく二つの玉座に座った二人へ個別に、序列順に挨拶をするというところ。ドルホンが真っすぐにこちらへ来て「さ、どうぞ」と勧められた。
挨拶の一番手は弟の自分に譲るということ。”ヤンルー”政権の意志を一番に確かめたいということか。
シゲと金蓮を背後に、姉上の前まで行く。二人は玉座の段の下でドルホン大臣にやんわり止められる。登段は聖域。
「シャンル!」
お美しや姉上。駆け出そうとしているので、ここはこちらから一礼してあちらの足を止める。晴れ姿で駆けてはいけませんよ。
「おめでとうございます、姉上っ!」
声が上がってしまった。
姉が笑おうとして、目元以外が固まる。化粧のせいと、表情を容易に出してはいけない立場だ。天子たる者、只人ではないのだ……いや、天子ではないが、しかし、うーん、とりあえずこのような言葉は口にしなければ良いか。まずはそう、家族として祝おう。
昔と違って目線より低くなった姉上が見上げる顔、化粧塗りの無い手が自分の頬に触れる。熱い。化粧の下は紅調しているのだろうか。
「お会いしとうございました!」
「大きくなりましたね。前はもっと、小さかったのに」
「あの……」
喋り続けたいが声が出ない。鼻水が唇まで垂れる。袖で拭うのも、どうしよう?
「シャンル」
姉上が懐から手巾を出して拭ってくれる。熱い手が首の後ろに回って、下へ。膝を突いてしまう。
「あ゛い」
「お前が弟で無かったら」
姉上が見えなくなった。
「良かったのに」
次をどうと考えていた頭が止まっていく。
「うっそだろお前!?」
そう言ったのは宇宙大元帥。半笑い?
脇に差し込まれる固い手はシゲ? 爪が痛い。
「シャンルくんなんでぇ!?」
己の顔に触れ、棒に触れて神経が弦のように障る。刺さった?




