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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第2部:第14章『ぼくらの宇宙大元帥』

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・04と1/2話「分遣」 ナルクス元帥

 ベーア破壊戦争前線司令である自分は、ベーア破壊戦争総司令のニリシュくんがまとめた作戦予定表を読んでから鞄にしまう。

 この予定表、つまり勝利計画に記載されている日時より早くもなく遅くもなく、丁度良く出来たら花丸百点満点。早いと孤立期間が長い。遅いとちっちゃい陽動にしかならない。

 帝国連邦第二代総統にシルヴ・ベラスコイが就任した直後から始まった第二次攻勢。その第一段階、マトラ方面では正攻法が取られる。火力で敵軍を叩いて粉砕、隙があれば歩兵が近接して陣地取りをするというもの。ベーア軍もこれに対応し、モルヒバル線、シラージュ線、ドゥルード線、カチビア線の各所で戦況に応じて攻守入り乱れる。

 各地に両軍、兵員物資を最大限に集中。戦争資源がマトラ山脈西側低地に圧縮中。

 圧縮も程々の時点で地下水利用の大規模爆破術併用の最大規模発破が行われる。ラシージ親分を範に取って地下空洞を事前構築、これで地盤沈下効果を付与して破壊力を増幅。同胞同志達が何年も掛け、今日に備えて掘った成果が発揮される。

 労農兵士達の血と汗の結晶が低地マトラで地層と化している。これを山西労務層と名付けよう。

 モルヒバル線、ダカス山中腹の観測所から大型望遠鏡で観測員が確認中。

「……爆破確認」

 音はまだ。空気の壁で色褪せた向こう側、山麓で地面が雲のように膨張。土の暗色を夕日の橙色が照らす。火薬は補助程度で火柱ではない。水蒸気爆発に近似。

 やや待ち、遅れて空や地面が咆えるように揺れる。衝撃波が山林を頂上に向かって薙ぎ、当観測所に到達してまるで打撃。また建物、置物類が人工地震で揺れる。

「ニリシュ総司令。シラージュ、ドゥルード、カチビア各線から、爆破成功、攻撃可能、以上です」

「うむ」

 通信員が受信した電信を簡潔に報告。

 攻撃可能とは、爆破範囲は南北に点線状となっており、各所に”陸橋”が出来る仕組み。沈下して移動困難な軟弱地盤を避けてそこから攻め上がることが出来るのだ。

 ”陸橋”の端を踏んでしまうと滑落、生き埋め状態になる可能性があるので自軍への二次被害は見込まれる。真っ当な戦闘被害よりは軽微だろう。

 本日の天気予報は雨。既にしとしと降っており、更に軟弱化していくと見られる。

 落下したベーア軍は撹拌された柔らかい土と水に沈んだだろう。窒息する程かは後に検分しなければ分からないが、自由闊達に走り回れはしないだろう。

「ナルクス前線司令、ナルクス分遣師団、モルル河川艦隊は機材検査を開始、初見異常無し」

 通信員から続報を受ける。

「了解。今そちらへ向かう」

 今の最大規模発破による振動で機材故障が無いか見ているのだ。

「ニリシュくんは適当に合わせてくれたまえ。こちらも戦場で誰かと合流したら適当にやろう」

「第一目標はヤガロ王都ニェルベジツへのヤガロ両王ラガの入城。ナルクス元帥は、まずはこれだけ忘れないでくれ」

「盟友元帥はこの同志元帥に任せておけば良いのだ。大元帥万歳」

「大元帥万歳」


■■■


 ナルクス分遣師団はモルル河川艦隊と協同して水陸機動を行う。

 艦隊の大型艦艇は組み立て式、小型艦艇は鉄道輸送からそのまま。整備工場へ一度入渠してから水上へそのまま進水出来る行程、施設が組まれている。

 組み立てた物は接合部が弱い。地雷発破による地震規模の振動は想定済みで、緩衝材を噛ませたり、岸壁から離したが全艦に施せた処置ではない。

 中でも最大は艦隊旗艦、強襲双胴揚陸艦”モルル”。喫水線が浅くなる船体形状。ランマルカの同胞同志が設計した革新兵器。

 自分が中腹から川のところまで走って降りたところで最終点検が終わっていないのはこのモルル号だけだった。

「同志元帥、もう少々お時間頂きます」

「ではこの乾船渠、一周走ってこよう」

「終わりましたらお声掛けします」

「任せたぞ同志技術大尉」

 同艦には経験豊かな水上騎兵の船員が搭乗。技術指導員としてランマルカ技術将校等も同乗、彼はその一人。

 排水溝の格子蓋を踏まないように一周し、縦列二十一名になったところでモルル号へ乗艦。舷梯の途中で、作戦中は降ろされている艦旗へ心の中で敬礼。

 機関点検、防水扉の開閉確認終了。もやい綱を離して出港。

 敵に自分の浸透作戦行動を事前察知されないよう、モルル川の増水は地雷発破後になって開始された。

 何度も繰り返した計画洪水で増水航行の要領は把握されている。またその状況下での夜間航行も慣熟済み。灯火信号のみでやり取りし、舷側に座礁監視人員を置いて進む。

 増水が進んで川淵の石原が沈み、河岸段丘の側面を隠して溢れ出す。座礁し辛い水深になっていく。

 元帥は艦長でも艦隊司令でもないので船の上陸要員待機室へ行く。武装する部下達を見に行く。今回は作戦の困難さを考慮して妖精と少数のエルバティア人、フレク人のみ。

 同胞妖精達は雑談する余裕があって良し。わきわきあいあい。お歌付きの手遊びをしている。


  革命万々歳、理想の国で

  反動主義者を、さぁ縊りましょう

   吊れ!

  フッラ、フラ、フラ、フラーイ

  フッラ、フラ、フライ

  フッラ、フッラ、フララーイ

  フラ、フラ、フゥラーィ!


 ランマルカから流れてきて最早、マトラでもお馴染みである。

「君、元気かね?」

「僕、元気です!」

 盟友エルバティア人は神経質で閉所や艦船に不適。今回は短期航行で特別に酔い止め薬や香草飴を支給。ゲロ桶用意良し。貧乏揺すりと舌打ちを繰り返す。

「君、調子はどうかな」

「チッ、くそったれ、です」

 盟友フレク人は大人しい。便所が狭くて使い辛いという苦情がある。それから角が艦内では非常に邪魔で、特別に切り落としての参加。生え変わるから良いだろう、と別種族だと思ってしまうが、彼等にとってはチンポを切り落とすに等しい行為らしい。鉄帽姿に大層違和感、

「魂にチンポが勃っている」

「お? はい」

 これから生死を共にする者達の顔を見て回っていると声がかかった。

「同志元帥、質問です!」

「同志一等兵、何かな?」

「元帥は将軍なんですか? 元帥なんですか?」

「元帥は将軍で元帥だしベーア破壊戦争前線司令だしマトラ共和国大統領候補表に載っていて何より良心的社会主義人民だよ」

「良心的社会主義人民である同志ナルクス元帥は元帥であり将軍でしかもベーア破壊戦争前線司令でマトラ共和国大統領候補表に載っているんだ!」

 兵卒の疑問にも答え、雑念を払って任務に集中させるのが模範的社会主義元帥。

「はい僕も質問です!」

「同志軍曹、君は何かな?」

「甘蕉はおやつに入らないって聞きました!」

「甘蕉は主食だよ。熱帯の地上に生える芋と考えたまえ」

「そうなんだ!」

「私も私も!」

「同志中佐、君は何かな?」

「ヤガロは革命しないんですか?」

「革命には段階がある。個々の状況に合わせた手順があって教条主義に囚われてはいけない。信じる正義だけを乗せた思想打撃で体制撃破は容易にならないのだ。一部の愚か者や、悪辣なる偽装革命論者は革命と叫べば革命は成るという言説を広めているようだが騙されてはいけない。革命同志を助け、潜在的同志を覚醒させ、日和見主義者を引き込み、反革命論者を社会体制で抑え込み、急進反動共を皆殺しにし、次世代に社会主義教育を施すという道程は困難を極める。これだけのことを神秘主義祈祷のように唱えても敵を増やすだけなのだ。今、ヤガロは革命同志を助けるそれ以前の段階、友邦として解放すべき時である。まず零から一にする。存在しないものは革命出来ない」

「大元帥万歳!」


■■■


 ナルクス分遣師団とモルル河川艦隊はモルル川を下る。

 普段から行われる増水と渇水の影響で、特にこの上流部では敵河川艦隊の行動は認められず、水上戦闘は回避。

 ヤガロ主要都市の一つドゥシェルキ市、その北側にある荷揚げの河川港を目指す。まずはその手前で隠密上陸を行う。

 艦隊は減速し、水面とほぼ同じ高さになって視認性の低い筏を使用して先行した。

 少数精鋭、偵察隊で工作を仕掛ける。元帥だけど前線を駆け回るのでそこに加わる。

 国家名誉大元帥の浸透戦術の域を目指したいが見上げる高さ。戦況の土台を作るような革命的前線働き。自分に出来るか? ラシージ親分に対するベルリク=カラバザルという模範に適わなければならない。

 静かに櫂で筏を、柄も立てないように漕いで流れに沿って進む。低視認性重視。

 計画洪水による土壌流出で岸辺の葦は流れ、広く大きく成長していない。偵察隊伝統の人革装束の擬装仕様は低い草に合わせた。

 筏を増水した河岸段丘の上端に付けて上陸。浮袋にもなる防水鞄から各自装備を出して戦闘準備。隠密前進。

 敵哨戒班確認。人数、順路を確認してから空気銃と弓の一斉狙撃。

 空気銃は火薬の炸裂が無い。無音じゃないが銃声に聞こえない。銃弾には神経毒仕込み。致命傷じゃなくても動きを止める、

 弓は水に弱い合成弓ではなく、水溶素材の無い耐水性の滑車弓。鏃は貫き、柄は返しの滑り止め。鏃も神経毒仕込み。

 度重なる計画洪水でモルル川流域の河川港機能は低下している。そこでベーアで行った対策の一つは統廃合による機能集約化。

 攻撃対象の港は”統”寄り。船を積極的に受け入れる段階ではないが、桟橋が増渇水対応の二段構えになるよう仮堤防で囲んで水を抜いて工事中。また幾重に重なった防衛線の一本の、その北端部。壁、柵一枚の地方部落ではない。

 この町は戦時の構え。城壁は土嚢積みで分厚く応急補強済み。

 東向きにこの町を背負って鉄条網と塹壕線と砲兵陣地が構築され、真っすぐ南へ、ドゥシェルキ市に伸びている。どこまで完成しているかは不明。一次攻勢の二の轍を踏むまいとしているならかなり手が込んでいるはず。

 偵察隊は三個班に分かれる。

 勿論だが塹壕線を偵察隊では突破出来ない。川に首まで浸かって二個班が移動。歩いて、防水鞄を浮きに頼って泳いで移動。増水で流れが速い。

 水際の障害は護岸、見下ろす砲台の見張り員の目線。川の上流、陸の東側から泳いで迂回。薄く冠水している岸壁の上へ上陸して、工事資材の陰に隠れて防水鞄から装備を取り出す。

「化学戦用意」

 防毒覆面着用。

 高台から周辺を監視する砲台を制圧しに掛かる。ここを取れれば襲撃が露見しても何とかなる。

 砲台警備兵の数を確認してから射撃手順を決める。東側と西側二基。

 その最中に女の声。港倉庫の陰、下半身を露出した交尾中の男女。弓と空気銃で静穏射殺。銃声が無ければ夜の騒音の一つ。

 それから改めて警備兵を静穏射殺。

 偵察隊長指示で突入。東側は第一班、施錠していない扉を開けて侵入して白兵戦、火薬を使わず迅速に制圧。

 西側に第三班、自分が向かった。

 砲台の奥から、ガタン、と鳴る。扉と枠の細い隙間が更に狭くなった。騒ぐ声を出していないが、とにかく施錠される。

 打撃爆雷用意。長柄の先に着発信管の爆薬がつく。

 被害想定範囲に仲間が立っていないか確認。手順、班員配置で確認。扉脇に立ち、横振りで叩いて起爆。手に爆風がわずかに伝わったところで取り付け部位が吹っ飛ぶ。扉の蝶番、上だけ千切れて半開き。

 出来た隙間に、備えていた班員が擲弾銃で塩素瓦斯弾を発射。炸裂音に混じって大声を出そうとした直後の呻き声を出し、椅子を押しながら昏倒する音。

 建築資材から破城槌代わりの木材を流用、班員の内力持ちが揃って打突。完全に開かない。流石は砲台、耐爆仕様。

 班員が壊れた扉の隙間から這って入り、塩素瓦斯で苦しんでいる当直砲兵を刀で刺殺。

 設置されているのは陸軍では列車砲以外で扱い辛い海軍系重砲が二つ。直ぐ装填出来る砲弾は蓋付き箱に少数。

 揚弾機脇の地下室への扉を開いた班員が中を見る。砲弾多数を確認。

 街区側から警報が鳴り始めていた。

 艦隊へ向けて信号弾を発射。二色用意した物を三発組み合わせて揚げて指示出し。”砲台制圧””上陸実行せよ”以上。

 砲台の屋根に狙撃の得意な班員配置。まずは電信配線が集中し、東西南へと伸びている電信局へ対装甲銃による破壊狙撃が実行されて断線工作。

 基本は偵察、街並みと人員配置を把握。指揮官、伝令、扇動的な士官に下士官も狙撃する。敵部隊の結集を遅延させる。

 残りの班員で港の岸壁を確保。もう銃声を抑える必要は無いので射撃の遠慮不要。

 強襲揚陸艦より先に、港の岸壁に付ける輸送船が到着。突撃隊上陸作業開始。

 突撃隊と偵察隊の長同士で事前情報と新規情報を照らし合わせ、その場で制圧計画を組んで突入経路選択、行動開始。

 突撃隊が防盾付きの砲車に載せた、水平射撃可能な突撃型迫撃砲、機関銃を手押しで進めながら街区侵入。駄獣の持ち込みは今回無し。

 偵察隊の狙撃支援続行。時に、飛ばし矢に着火した火矢で要注意建造物に目印をつけてその場で知らせる。

 少し遅れて強襲揚陸艦モルル号、町外で待機していた第二班の灯火誘導で、岸辺に直接船底を擦って乗り上げる。座礁前提で、なんと船底には車輪まである革新設計。自力で水上へ戻れる。

 強襲揚陸艦としての対地兵器搭載。機関銃八門、機関砲四門、艦砲二門、臼砲二門、多連装火箭発射機一台。照明弾を敵上空に打ち上げてから近、中、遠距離へ火力発揮。山形弾道で、射撃方向を射手に確認させるための曳光弾が光の尾を曳く。たまに凝固土、大砲にかすって跳弾する一発が見える。

 既に警報に反応した敵兵が塹壕線へ配置され始めている。モルル号は精密射撃ではなく阻止射撃を実行。敵兵を動けなくして配置につかせず戦闘状態にまずさせない。上陸状態で無防備に近い各隊の安全を確保する。

 町外での上陸作業開始。モルル号の二股船首の間にある前開きの扉が降りて坂道を形成。まずは工兵が降りて坂の先の足場を固める。基本的には軟弱地盤に有孔鋼板を敷き、杭を打って固定。適宜砂利敷き。

 防盾付きの砲車に載せた歩兵砲と機関銃を押して進むのは、輓馬不要のフレク砲兵。続いて随伴歩兵達。軟弱地盤には板を敷いて砲車の車輪を泥に埋めない。

 町外に上陸するのは主力部隊。この塹壕線の北端から真横に侵入して、防御設備の能力をほぼ無視して攻撃、前進する。

 モルル号に乗った歩兵砲隊と随伴歩兵だけでは勿論戦力が足りないので、船体自体を桟橋とし、後続の船が接舷しては部隊を下ろして離れていく。

 最後に、このような機動作戦では持ち込み辛い重砲を扱うベーア系列技術隊が上陸。制圧した砲台の重砲取り外しと、弾薬庫からの砲弾回収作業開始。

 町外の部隊から報告、鉄道駅確保。機関車、各車両、線路、石炭庫、給水塔、資材倉庫への破壊工作無し。次に敵砲兵陣地の無力化に移る。

 鉄道南北線の利用に関しては、モルル号からの阻止射撃による弾痕が複数確認されているので要検査、場合により補修。

 各街区の制圧報告が上がって来る。順調。どうやら同士討ち、市民誤射を避けろという指示が飛んでいるらしい。

 塹壕線は圧迫中。モルル号からの阻止射撃は、前進した我等の部隊を撃つしかない段階にまで進展したので中止。大量の敵”新兵”の殺害、捕獲も報告されてくる。砲兵陣地の榴弾砲も続々確保とのこと。

 ここで戦った敵軍、ベーアの分類では準備軍に属するそうだ。本来は戦場より遠い地方で、地方出身者で固めて、訓練をしながら補充兵に仕上げつつ、内乱抑止に留め置かれる未熟な者達らしい。

 ベーア系列技術隊から報告。鹵獲した海軍砲を列車に乗せて列車砲に改造出来るか検討したところ、長時間を要するので中止。通常型の榴弾砲なら短時間で可能とのことで実行させる。駅には高性能の蒸気起重機が万全の状態で置いてあったのだ。

 海軍砲はそれでも使いどころがあるので、単純に鉄道車両へ積載することにする。どこかで使い捨てる。

 上陸部隊と物資を陸揚げしたら艦隊は撤収を開始。モルヒバル線からモルル川沿いに攻勢をかける外ユドルム軍集団の、側方支援の仕事がある。

 退路を断ってでも、危険なことを率先してやるのが突撃隊、もとい、ナルクス分遣旅団。革命とは後ろを振り返らず、古い過去を断ち切って断行するものなのだ。

 我々の兵量も限られ、この港町を占領し続ける余力も無い。駐留兵も残さず引き払う前に三つの仕事がある。

 一つ。塹壕線への浸水を阻止する堤防を爆破して破壊して水を流し込む。敵の再利用を妨害する。

 二つ。ヤガロ人工作員を潜入させる。

 彼等には手土産がある。シュラージュ女王直筆で書かれ、玉璽が押された檄文だ。民族主義に火を点ける一筆である。これに勝る煽動があるとすれば本人の登場ぐらいなものだろう。

 第一次後退時からヤガロ各地に女王派工作員が潜伏している。どの程度の規模を維持しているかは不明だが、火種の消滅には至っていないだろう。そこに燃料を投下する。

 統合前のヤガロ第一、二軍は帝国連邦領内に計画的に後退し、今はドゥルード線から攻め上げている。この軍の構成員は現役、予備役を合わせた一番脂が乗っている一線級人材が過半。

 そして今、ベーア軍がヤガロ地方で編制しているブリェヘム軍がいるならば二線、三線級人材にほぼ限られる。先の寝返りから軍政の復帰作業まで時間を要しただろう。そして復帰後、真面目に訓練をして装備を渡せたかはこの港町にいた新兵から察せられる。

 我々が奇襲攻撃をしたのはヤガロ人達を焚きつけるため。直接的な敵戦力の撃破ではない。後方連絡線の混乱は目指すところだが副次目的。

 三つ。荷駄人の確保。馬、駱駝、毛象など駄獣を連れて来なかった理由はこれを頼りに出来るから。

 まずは民族を選別。ヤガロ人は武装解除して解放。シュラージュ女王の帰還を望む者には武器も檄文も渡して蜂起準備を促した。工作員をこの場でも作る。

 そしてエデルト、エグセン人の中から荷物持ち兼食肉になりそうな、従順で脅しが利きそうな個体を選別する。反抗意識が見られる者の目玉を抉り、腕と喉を潰す処理を見せる。これで真に従順な者達を更に選別し、荷駄人として活かす。

 列車で重量物を運びながら、荷駄人や協力を申し出て来た現地人も伴ってドゥシェルキ市へ向かってナルクス分遣師団は南下開始。

 まだまだ夜は明けていない。敵軍全体が混乱している間に状況を進める。


■■■


 ドゥシェルキ市を夜明け前に偵察隊が確認。

 敵は北から迫る我々に対する形で部隊を展開。配置形状は薄く広く、後からやって来る増援をその後ろに加えるような、増援前提と見られる。

 ここまで利用した列車を停止させる。間も無くドゥシェルキ市に隣接する砲兵陣地の射程圏内。

 ドゥシェルキ市を制圧し、ヤガロの王都ニェルベジツへの南西経路に入れるか検討する。王都占領はヤガロ人民の蜂起を煽動する材料としては一級。

 即決、ここはドゥシェルキ市の迂回を決断する。ここで都市を陥落させる必要性は無い。

 また進路は南東、ドゥルード線から侵攻中のヤガロ軍が相対する、中央エグセン軍集団の後背に決定。人間ではない軍の入城はヤガロ人受けが悪く、ここはヤガロ兵の入城によって心理効果を狙うべき。

 またベーア軍は基本的に東から攻めてくる敵へ対応するように陣地線を構築しているので、西から攻めるようにすれば背撃と化す。防御施設にも向きがある。攻略難易度を下げる。

 これから南東方向へ進むにあたってモルヒバル線、シラージュ線に攻撃を仕掛けている敵三個軍集団と三個軍の後方連絡線を跨ぐ必要がある。

 敵味方、マトラ山脈要塞線に沿って大規模戦闘中である。昨日の地盤崩落地雷で戦況に変化があるはずだが、詳細は不明。混乱と、迅速な前線への戦力補充のため、我々への反応は鈍い可能性がある。ここドゥシェルキ市では港町との距離が近く、反応が迅速だったが。

 その真偽、この場で確かめている暇は無い。

 ここで迂回機動を取る我々は背中をドゥシェルキ市に向けることになる。敵に背中を向けたのなら相応の対処をする。

 背撃牽制のために応急列車砲、海軍砲でドゥシェルキ守備隊へ向けて発砲開始。砲兵陣地の構築もなおざりに、命中を期待せず威嚇目的でただ撃つ程度にしてここで使い捨てる。大元帥の浸透作戦の要の一つがこれ。貴重な大砲にはあえて未練を残さない。放棄の際には、列車と合わせて爆薬を設置することも忘れない。

 目標が定まったので前進開始。

 また時間はまだ我々の味方であるから強行軍を行う。休むのは今度だ!

「革命力躍進剤服用!」

『革命力躍進剤服用!』

『 じゃっぴゃるぎよっちょ(んでゃちゃぎごっぽ)あじょるよぎょんどゃ(うべんどるしょのっち)えがっとにょっれゃーぐろきょんっしぇっけー!』

『う、おー!』

 疾風怒涛! 敵中縦断!

 盟友戦友同胞同志は強行夜行! 大元帥の足跡辿れば大大大大大勝利!


■■■


 第一次計画後退時には無かった新築の線路に何度か当たる。流石のベーア帝国、痛打を見舞ってやったがまだまだ大国の能力がある。

 破壊工作の程度は、枕木を抜き、盛土を抜き、軌道に石を置き、地雷を仕掛けるという受動的なもの。小川程度でも渡されている橋には、橋桁や橋脚に切れ込み、かしめ鋲抜き。ただ破壊しては短期間の交通麻痺しか起こらない。鉄道車両の脱線事故と組み合わせることで被害を拡大させて復旧時間も延長させる。

 そして二日目のこと。東西線の三本目に当たっては線路の振動から通過する列車を予知できた。エルバティア兵が木の上、丘の上から車両編成を確認して装甲列車であるかどうか確認。今回は通常車両のみ。

 地形の起伏を利用して待ち伏せ。地雷で機関車を横転させて強制停車。後続車両が連動して横転、脱線、軌道に乗ったまま勢いで先頭車両を押して地面に擦り付けて土を抉り、また後続車両が横転、脱線、停止。敵兵が詰まっていて、窓から飛び出して人形みたいに飛んで転がる。

 まだ軌道に乗って立っている車両に向かって歩兵砲直接射撃。最後尾の車両には機関銃座が据え付けられていたので特に念入り。

 各車両の窓に擲弾銃、擲弾矢を撃ち込む。銃兵の支援射撃の下、突撃兵が降伏勧告をしながら散弾銃を撃ち込んで制圧。

 降伏させてから車両に搭載されている物資を選別、回収。

 鉄道沿いの電信線の切断は、通信途絶という異常により敵に襲撃を感知させるものになるのでこの場を撤収する時に行う。事態の察知にはずれが起きるように細かく工夫。

 出来るだけ鹵獲した爆薬を使用して列車に地雷を設置。脱線した車両の撤去作業時に起爆するように仕掛ける。

 降伏した敵兵は子供と老人に、回復したが怪我人や病人だったような病み上がりばかりで、身体に合っていなくて擦れて色落ちした軍服を着ている。確かめれば靴も合っていない、擦れて靴下に血の滲み。貧弱な体付きが多い。

 ここでも荷駄人を確保。体力が足りない者が多いので元気な子供ばかりになった。

 これらの作業をしながら食事の用意を、機関車で赤くなっている石炭を使って温かい食事を作って食べた。美味しい! 戦闘糧食一号が格別。兵達を短時間寝させた。

 強行軍続行!


■■■


 先の一件を皮切りに、補充兵を乗せた列車を目撃するようになる。地雷発破からの襲撃を同じ手順で実行。装甲列車の場合は先頭車両だけではなく後続車両も脱線、横転して戦闘不能になるよう爆薬を複数設置しないといけない。

 我々を捜索しに来ている騎兵隊も見るようになり、殺して馬を奪う。駄獣確保。

 三日目には、列車に乗せられず、隊列を組んで徒歩で移動する集団も目立つようになった。

 襲撃撃破。そして出来るだけヤガロ人には蜂起に参加して欲しいので声をかける。応じるようなら女王の檄文を渡し、その時まで潜伏してもらう。

 基本的な処置は同じ。罠を仕掛け、蜂起を促し、荷駄人を増やしたり潰したり。

 小規模戦闘を複数こなしたが、反乱防止のためかエグセン、エデルト人の中に少数のヤガロ人を混ぜるという編制になっている部隊ばかりだった。徒党を組めないようにしている。

 こうなると部隊内では虐めの対象になり、不満は相当大きいようだ。蜂起に応じる者は中々多い。襲撃時に友人を殺されたと不満がある者もいるが。

 敵は我々浸透戦力、ナルクス分遣師団に対する対応はまだまだ探りを入れている程度。位置が特定出来なければ待ち伏せも出来ない。奇襲浸透の真骨頂。

 ベーア軍は最前線で第二次攻勢を受け、後方地域に配置している兵員物資を緊急充填しなければならず、補給計画が煩雑になっている状況である。これも我々の現在地を捉えることを妨げている要因。忙しいと忙しいのだ。

 まだまだ敵軍が我々の進路上に装甲列車や列車砲を並べ、線路沿いに降車した部隊を展開する事態には陥っていない。時間はまだまだ我々の味方である。

 飲み水確保の時間は、荷駄人の血液を沸かして省略。兵達をちょっと寝させた。

 強行軍続行!


■■■


 三日目の夜。

 西から東へ横に伸びる道を、北から南へ縦断してきた。

 移動距離、地形、集落住民からの聞き取りからヤガロ軍が正面から戦う中央エグセン軍集団の補給基地の一つに到達した。これもまた、第一次後退時には無かった施設。従来の市町村を改装したのではなく、一から作られたもの。

 我々が浸透してきたという情報は得ていたのか、遊牧騎兵による迂回襲撃は常套手段と思っていたのか、補給基地は迎撃態勢を取っていた。偵察隊が、その基地の西方に装甲列車牽引の列車砲、兵員輸送車が線路上に存在することを確認。

 我々が基地の西側を攻撃するとその鉄道機動戦力に、東側から攻撃すると前線部隊の予備兵力に挟まれるという位置取りになっている。

 今、金床と鉄槌に挟まれようとしている赤い鉄、これが我々だ。

「化学戦用意!」

 しかしまた、我々とヤガロ軍もまた金床と鉄槌である。挟撃位置の赤い鉄、中央エグセン軍集団を叩く時。鉄の厚みは相当な物だが、それが臆する理由になるものか。

 補給基地へ攻撃準備射撃開始。

 革命同胞同志ランマルカから化学兵器を預かっている。第一次攻勢時にも性能証明がされた化学剤と、今日がほぼ初実戦を経験する物。

 嘔吐剤弾頭火箭発射。この毒瓦斯を吸うとくしゃみ、頭痛、吐き気、呼吸困難、不安感などの症状が出る。これの特長は何よりも防毒覆面を貫通し、苦しさにたまらず脱がす行動を促進すること。勿論これだけでも戦闘不能に出来る。

 そして新たな化学兵器である、二種混合窒息剤弾頭火箭の発射準備。症状が迅速に現れる塩素剤に、新薬である遅効性の窒息剤を混ぜた物。

 この新薬は症状が現れると患部が化学火傷状態になり、吸い込んで肺に入っていれば水腫で死亡するぐらいの重態に陥る。塩素剤より少量で致死量に到達する。

 即効遅効、合わせて良く効く敵が死ぬ。

 用法要領を守って正しく薬剤を使うので少し、突撃まで待機時間が発生する。

 ならば、

「化学戦のお歌!」

『化学戦のお歌!」


  毒の雨に敵は咽る

  化学の雷火は城の鍵

  敵陣舐める、血河の水霧


  掴み取るのは勝利だけ

  その勝利を取る日まで

  血を吐いて身を削る

  浴びるは鉄火、踏むは焦土

  蝕む風も割って行く

  戦術化学戦隊

  戦術化学戦隊


  面を付けて笛が鳴る

  たなびく死地へと命下る

  半死の眼に、鉄を入れ


  掴み取るのは勝利だけ

  その勝利を取る日まで

  血を吐いて身を削る

  浴びるは鉄火、踏むは焦土

  蝕む風も割って行く

  戦術化学戦隊

  戦術化学戦隊


  鉄の藪と石の守り

  唸れり機銃と地雷原

  赤の空陰り、砲火の灯り


  掴み取るのは勝利だけ

  その勝利を取る日まで

  血を吐いて身を削る

  浴びるは鉄火、踏むは焦土

  蝕む風も割って行く

  戦術化学戦隊

  戦術化学戦隊

挿絵(By みてみん)

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ナルクス分遣旅団なのか師団なのか?元帥が率いるのに旅団ってことはないか。 次も楽しみにお待ちしてます。革命力躍進剤服用!
帝国連邦領内に計画敵に後退は多分誤字 帝国連邦は残虐非道な割には結構誠実ですよね(*`・ω・)ゞここぞというときに破るけど
此度の方も斬れ味最強で最高です、妖精は別種族で怖いけど、何でこうも魅力的なのか、ベルリクさんと仲間の人間達も妖精に近いですよね。だから仲良くできるのかな。 ムッとされたらごめんなさい、多分この小説、ロ…
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