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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
IFストーリー(3/3)

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「IF1章終盤・後編:貧弱野戦(未修正)」 メスガキベルリカちゃん

 敵増援が行進する姿を斥候が発見した。

 メリタリ領軍約一千強。事前予測では装備不足ということだが、小銃に限ってはその様子はないらしい。

 他領軍ほぼ同数一千強。先頭を行く旗の意匠は、青と黄の斜め三本ずつを背景に枝と根が六又の松。こちらは砲兵を伴い、城攻めの重砲もある。

 城内は本丸以外の掃討を完了。放火した家屋に延焼が始まっていて消火作業をしなければならない程度。住民を動員し、流し込んだ水を利用。

 疲れ切ったフェルシッタ傭兵達が死傷者連れで本丸から出て来て報告。

「総長エルシオ逃亡、ベラスコイ卿が追跡。配下装甲兵は全滅し、部屋に籠っている領主殿に対してはストラニョーラ隊長代行が降伏するよう説得中。加えてこれは確証があるわけではないそうですが、総長は心が折れているか単純に体調不良ではないかとのこと。胸部負傷の疑いがあります」

 有り得る展開。総長、老体の癖に生存だけを目指している。奴が知る魔族化と”出来損ない”の魔族化知識などは無知で馬鹿な者にしか売れないわけで、そんなものを神聖教会圏で捌いて回ろうなどと狂人の振る舞い。身を保障してくれる相手が見つかるとは思えないが。

「ヴィル様、聖女様ってあいつのこと殴ってる?」

「窓が割れてたな。殴って吹っ飛んだ可能性があるな。あれは当たりどころが……良かったかも」

「良かった?」

「こう、体重を逃がさないような一発じゃないだろ、飛ぶって」

 ヴィルキレクが己の手の平を真っすぐ殴って軽く押す。次は突き上げるように重く持ち上げる。

「それで甲冑着た魔族が重傷を負う?」

「エデルト最強の男だぞ」

「ちんちんついてなかったよ!」

「見たの尻からだったろ」

「そうだった!」

「ちゃんと聖女らしく処女だよ。三十過ぎの」

「そうなんだ」

 惨劇を見て爆音を聞かされ続けるとなる神経症患者のように、領主ミスコリニは震えながら本丸から引き出された。

 哀れ、人質となっていた領主を解放した――ということにしておいて――領主とヴィルキレクと自分とで会談の場を設ける。主に喋るのはヴィルキレク。

「ご領主、更なる戦争か平和か選ぶところです。いかがです?」

「十二支松の旗は我が親戚、ラディスレオ。継承順位から相続権には少々遠いが、それを飛ばしても実行支配が出来れば認められる程度の者です。私を殺して息子の後見人にはおそらくなれる。飼い殺している内に殺すことも出来る。殺さずとも権利を奪った属領化、形骸化。何でも出来る」

 領主がいきなりそんなことを言い出す。守って欲しいのか? 殺した俺の軍隊の代わりにどうにかしてくれ? とでも言いたいのか?

 聖戦中は一応団結したというのに、貧した今ではこのような醜い争いばかりなのだろう。何ともまあ、当事者になると自分の目的以外が面倒くさい。早く標的を殺して帰りたいとこちらが思うように、あちらは何とか生き残りたい、か?

「ご領主さま、あなた、戦うなら自分の軍を指揮する? それても寝てる?」

 領主は我々の虜であって自由に発言出来ていない。

 総長を客人にした責任は領主にある。脅迫されたという言い訳は”弱い”と理由で消される。

 妻子を守らなければという姿勢は城の中で見せて貰った。他人に対してはともかく、父親としては善人。

 我々は罪人を追って来たわけだが侵略ではある。

 我等の案件、何の法の下にあるか? この場はメリタリ家領法で、事件は併合したてのアソリウス島ではエデルト法で、頂点には神聖教会法。魔族の誘拐は魔神代理領案件で、再度開戦してでもという気迫はある。

 領民に大層酷いことをした我々の軍門に下って戦うのは難しい。兵士達の感情は当然最悪。

 救援に来ているのは自分を殺しに来ているかもしれない親戚と、その口車に乗っている自軍。

 複雑な選択肢と見えない未来が領主ミスコリニの精神を蝕んでいくのが見える。顔色目付きがこの短い時間で変わっていく。十日もしたら白髪が目立ちそうだ。

「考えさせてくれ……」

 頭を抱える領主は別室で唸らせておいて、ヴィルキレクと算段を続ける。あれなら奥方か幼い息子と喋った方が物事が進む。

 それから色々喋って、ヴィルキレクが会話内容をまとめた言葉で大体方針が決まる。

「ベルリカは何となくは把握していると思うが、フラルは今乱れている。

 聖界だけで現聖皇派、前聖皇派、潜在的対立聖皇派が見られる。前聖皇は現レミナス八世に暗殺された噂がある。そこまで正統性が強くない。

 各政府内でも強い独裁者が良いか、皆で話合う議会がいいかで割れているところが多い。地元の有力者か、実力のある大規模傭兵団の長を僭主でもいいから迎えるかという程度のことでも割れている。

 エデルトは現聖皇派だ。魔神代理領となれば全部が敵。どちらを敵視していなくても要人の身柄を確保できれば勢力図に影響を及ぼすことも出来る。つまりこのヴィルキレク王太子、何処かで何かには使えそうだろ? 十分、他所が介入するうま味がある。君でも、うん、復讐の的には出来るか。

 今はメリタリ家間ぐらいの話だが、もう一つ輪が大きくなれば私の首をどうにかしようという奴が出て来るだろう。逆に恩を売りたい者も出て来る。

 時間が経てば経つほど敵に味方が増え続ける。巨大な戦いになる。収拾がつかなくなる前に早期決着するべきだ。

 戦いが大きい程に総長が逃げ込むところが増える。探すのが難しくなる。総長を有力な何かと見立てる者が出て来る可能性もある。

 和平の申し出をすべきではない。あの一団、二団一組か、あれに総長が逃げ込んで保護されている状態になってしまっていた時に和平を選んだら見逃すことになる。

 シルヴが上手く追い込んでくれればいいが、連絡が取れていない以上は保障は無い。とにかく戦闘続行、速攻決着あるのみ。それでどう戦うか?」

「んふ❤」


■■■


 傷つき疲れ果てたフェルシッタ傭兵団はマシマ=グラッセーノ城内で待機。負傷者の保護、城の再奪還を警戒。飯炊きもまとめてここで行うので料理の警護も。野戦に仕える人員は百名程度。彼等を使うぐらい追い詰められたら戦略的に負けかもしれない。

 ラディスレオ=メリタリ合同軍が積極的に攻めてくるか、近郊で待機して消極的に待ちの姿勢を見せるか初見で不明。長い時間をかけて様子を窺えば判明するが、そうまでして待つべきものか? そこが決断のしどころ。

 城と正門前に陣地を築いたこちらが守りで有利なのは明らか。もしこれに敵が突撃してくるような状況があるとすれば、己の圧倒的有利を確信した上で急ぐ理由がある時だが、そうではない。欺瞞も難しい。これを自由自在に出来る奴がいたら名将。

 敵が傭兵の到着を待って受け取ったならこちらが数的に不利。今でも倍の差があり、更に圧倒的な差が、いずれつく。

 城の備蓄、町村からの略奪分があって長期籠城も不可能ではないがそんなことをして状況を打開できそうな感じはしない。確実な増援のあては無い。

 以上のことを主に念頭に入れ、短期演習もせずに仕掛ける。

「みんなー、こーんにーちはー!」

『こーんにーちはー!』

「あれれー? 人間のお友達は元気が無いぞぉ? もう一回! こーんにーちはー!」

『こーんにーちはー!』

 返事はしないな。

「はぁい! 良い子のみんな、戦場のおねーさん、ベルリカだよ! これはね、私の遠いご先祖が編み出した、生きた板戦術だよ!」

 ヒルド同胞団は密集横隊形を取る。旋回砲、大口径小銃に各弾薬を運ぶ荷車も他隊から借りて行く。

 メリタリ住民、健康な男達にも密集横隊形を取らせた。家族を人質に命令を聞かせる。また土壇場で逃げ出さないよう首同士を縄で繋いでいる。ついでに袋を背わせて荷物持ちにもしている。

 領主ミスコリニは判断能力を失っている。元気を取り戻すまで待ってやる義理も余裕も無いので住民から何から全部使わせて貰う。特に男達は後方に置いておくと蜂起しないとも限らない。無謀でもやるのが男の性であろう。

「じゃあ、ベルリカおねーさんについてきて! 演奏! せーのっ!」

 指揮杖代わりの刀を振り上げ先導。軍楽隊演奏開始。太鼓と笛が楽しく鳴る。この曲はヒルド同胞団の持ち歌で馬鹿に軽妙。

 まだ前奏。

「せーの、いっちに! いっちに!」

『いっちに! いっちに!』

 人質に取った家族友人を思い描いているのか、恐怖が勝ったか、捕虜横隊も前進開始。歩調合わせ開始。

「いっちに! いっちに!」

『いっちに! いっちに!』

「いってらっしゃーい!」

『わぁ-!』

 ヒルド同胞団の予備隊が手を振って見送ってくれている。あちらにはラシージが付いている。大体大丈夫だろう。

「ねこさん行進きょーく!」

『わぁーい!』


  僕等の遊べる友達は、かわいいねこさん、ねこさんだー!

  にゃあにゃんごろにゃーあうえうおー

  かわいいねこさん、ねこさんだー!

  ネズミとバッタを追いかける、かわいいねこさん、ねこさんだー!

  ねこさーん(ねっこさーん!)

  ねこさーん(ねっこさーん!)

  お腹が空いたら、にゃあにゃあにゃあにゃあ!


  お腹が太った友達だ、かわいいねこさん、ねこさんだー!

  にゃあにゃんごろにゃーあうえうおー

  かわいいねこさん、ねこさんだー!

  魚と残飯食べている、かわいいねこさん、ねこさんだー!

  ねこさーん(ねっこさーん!)

  ねこさーん(ねっこさーん!)

  お腹が空いたら、にゃあにゃあにゃあにゃあ!


  しっぽが立ってる友達だ、かわいいねこさん、ねこさんだー!

  にゃあにゃんごろにゃーあうえうおー

  かわいいねこさん、ねこさんだー!

  小鳥とトカゲを持って来た、かわいいねこさん、ねこさんだー!

  ねこさーん(ねっこさーん!)

  ねこさーん(ねっこさーん!)

  お腹が空いたら、にゃあにゃあにゃあにゃあ!


 お歌が終われば初めから曲も繰り返し。

 音程が高く、妖精達の子供声で馬鹿に明るい。生きた板の一部は「頭が痛い」「変になりそうだ」とぼやき出す。人間の耳にこの繰り返しは確かにキツい。

 行進中のラディスレオ軍へと迫る。斥候から、あちらは慌てて行進隊形を崩して戦闘隊形へ組み換え始めたそうだ。野営地築くとか、砲兵陣地組むとか、そんなことをする前に仕掛けた。

「なかよしおさんぽたのしいね!」

『たーのしー!』

 ヒルド同胞団、楽しく乗せてやればやる程良く戦ってくれそうな気がするが、初めて指揮するのだから良く分からない。普通、人間は元気一杯の方が良く戦う。マトラ妖精もそうだったような気もするが、無くても戦ったかも。敵に悪影響? どうかな。

 側面を窺うように敵騎兵隊が回って来ている。大規模ではないが百単位、その騎兵突撃はこの一千以下の規模で直撃を受けたら痛いな。

 敵軍は迎撃の構えを取る。それしか無いように先に仕掛けた。基本的にメリタリ隊が先頭、ラディスレオ本隊が後方という形。約一千ずつで二千。部隊をどれだけ分散、指揮出来るか不明。ちゃんと正規軍みたいに中、小隊単位で細かく動かれると、めんどうかも。

 彼等は西から東へ進むようにマシマ=グラッセ―ノ城を目指してきた。

 フラル半島東岸部は西の標高が高く、東が低いという傾向にある。この土地も同じ。周囲には山どころか丘らしい丘も無いが、地形起伏がそうなっている。

 高所というのは戦うのに有利。見下ろし、多数の敵を確認して撃てる。弾丸は高低差分落ちて伸びる。そして体重を低い方に掛けられる分、白兵戦でも有利。見上げる側は最前列の敵か、後ろにいれば仲間の背中しか見えない。敵を撃ち辛い。

 この辺りの水系だと大差は無いが、川を下る方が荷物を運びやすいし、遡上すると大変苦労をする。戦いの規模が大規模化すると面倒が過ぎる。ヴィルキレクの提案通り、早めにどうにかすべき。

 メリタリ隊とは小銃射撃距離まで近づく。待ち構えている側から撃つのが定石だが、生きた板が先頭にいるせいか相手は中々撃てない。

 ヒルド同胞団は生きた板の肩、脇、股から銃身を突き出して射撃開始。捕虜は銃声で鼓膜が傷つき、銃炎で火傷。板は生きているので苦しんで暴れる。走り出さないように足を銃剣で刺して止める動作が入る。

 相手も指揮官の号令、生きた板の「いいから撃て!」という声で射撃を開始。人間の男達に銃弾命中。

 生きた板は立っていられなくなる。死傷者が倒れ、繋がった首の縄が立つ者を地に引く。

 生きた板は低くなったがその代わりに厚くなる。ヒルド同胞団は伏せてしゃがんでの銃撃に変更。

 怯んで隠れ場所が無い敵と、怯まず隠れ場所があるこちら。撃ち負けのしようがない。

 ラディスレオ隊が側面に回って来る。生きた板の無い方角から撃ちたいらしい。そして分散して大きく包囲して来ると思ったが一塊のまま。単眼鏡で兵士の装いを観察すると、前列は軍服揃っているとは少し言い難いが、統一感がある。その奥の列は上着だけ揃う、揃わない、ほつれている、穴が開いている。更に奥、平服に作業着、町人農民まる出し。また槍を持った下士官の数が多い。下士官服、騎兵服姿の初老、戦場慣れしてなさそうな大柄の者。間に合わせの銃兵連隊か!

「あらまあ」

 準備時間は大切だ。そして使える手札はいつも限られている。彼等も頑張って短い時間で手札を切ってあれだけの人数を揃えたのだろう。戦後混乱期とはいえ小領主が出来ることはこの程度か。

 敵騎兵隊は突撃発起位置に付きつつある。こちらはちゃんとした専業軍人の動きだ。服装の確認も必要ない。だが迷っている。突っ込めば妖精兵の射撃を受けるのが分かっている迷い方だ。成功の仕方が分かっているだけに隙の窺いに時間を掛けている。

 敵の砲兵はどうか? 歩兵騎兵が動き回っているこの戦場に姿を現していない。荷解きに手間取っている? 遅れて姿を見せると仮定しておく。

 ヒルド同胞団は訓練された人間と挙動は違うが最高に統率されている。妖精兵は適切な指導があれば死んでも動揺しないとも知られている。敵騎兵もそれを知って最高の隙を窺って、何も出来ていない。

 敵から発せられる敵騎兵指揮官が持つ老兵の臆病さ、はっきり認識して経験するのは初めてかもしれない。その分油断したら即死。

 こっちだって騎兵が欲しい。追い込み掛ける奴等が欲しい。セレード騎兵が五十騎でもこっちの手にあったらすぐに勝てるのに。手札が少ない!

「ヒルドくん」

「はい姉さん!」

 同胞団のヒルド。ラシージの影響か、反骨心が腹にありそうだが言うことは良く聞く。

「旋回砲で騎兵を撃って」

「有効射程からは遠いですよ姉さん」

「脅かすの」

「はいよろこんで!」

 旋回砲が準備され、砲口射線上から騎兵が逃げ出す。少し遅れて砲撃、そして砲弾は届かない。突撃準備を一時崩した。

「選抜射手とかいる?」

「いますよ! 予備においてる連中と、横隊に組んでるのがいますけど」

「まだいいよ」

 ラディスレオ隊は生きた板が無い方への動きを続行。このままだと陥る、騎兵がうろつく中の二正面戦闘は避ける。

「ヒルドくん、横隊半分の中央軸旋回で直角陣形にするまで時間どれくらい?」

「撃たれながらでも十五数える内にいけますよ」

「ふうん、やるじゃん」

 だが生きた板を引きずるとその倍、倍々。焦る必要は無いな。

「ヒルド、旋回砲破壊」

「はいよろこんで!」

 旋回砲には過剰に火薬詰めて長めの導火線を付けて着火。

「散開後退射撃」

「はいよろこんで!」

 ヒルド同胞団は密集隊形を崩し、生きた板を放棄。射撃しながら後退開始。演奏変調。後に旋回砲爆発。再利用させない。

 妖精兵は撃つ、駆け足で下がる、足を止めて弾薬を装填。この三動作を繰り返す。統制が取れている妖精だからこそこんなこと、敵前で指示が出せる。敵が使う農民兵程度の質だったら混乱して遅れたり戦場を離脱したりで壊走になってしまう。

 ラディスレオ隊、メリタリ隊の足並みがバラバラに止まる。

 両隊指揮官が中間地点に集まって協議する動きが見える。どう追撃するか、生きた板から負傷者を救助する人員、配分は? などなど、違う軍同士で調整するのは面倒臭いものだ。

「ヒルドくん、あれ指揮官見える?」

「はい分かります」

「選抜射手、狙撃。逃げたら停止」

「はいよろこんで」

 選抜射手班が敵指揮官を確認し、班による一斉狙撃を敢行。書記官と伝令一騎に命中。他は狙撃範囲外に走って逃げて、また協議を続行。思ったより冷静だな。

 敵騎兵隊は独立して動き、また突撃位置を探るように動いている。旋回砲の脅しで一度崩し、この後退で突撃路の再選定をさせたおかげでかなり迷わせることに成功している。この辺りは広い平野部に見えても小さい丘、林、川に柵に岩場、障害物は気にしてみると多い。

「はい停止」

「はいよろこんで!」

 演奏復帰。

「選抜射手班には騎兵見張らせて。適当に牽制射撃」

「はいよろこんで!」

 敵が止まったので、後退を止めて射撃開始。

 敵の両指揮官が素早く合意、着剣号令、突撃ラッパ吹奏、銃剣突撃開始。だがまだ歩調合せての早足程度の速度。エデルト兵みたいに号令直後に駆け足へ移って隊列を維持し続ける練度は無いようだ。あったらこの戦力差だとやばい。

 妖精は勇敢過ぎるが小柄。筋力で劣って白兵戦では有利ではない。それに数で劣れば勝利は遠い。

「はい全力後退」

「はいよろこんで!」

 全力疾走、銃撃を省いて後退。

 人間は大体、ある程度足並みを揃えないで走り出すとこけてぶつかって、足が特別速い奴だけ突出したりなど、隊列を維持するどころではない。

 妖精達は『うわぁーい!』と走り出しても足並みがほぼ揃っている。簡単に足を合わせ、肩を押したり手を繋いだりして個人間の微妙な差を工夫で自然に埋めてしまう。

 バシィール城でも観察したが、あいつらは普段から集団で駆けっこ遊びをして訓練に相当する行為をしている。その差が今出ている。

「はい予備隊投入」

「はいよろこんで! 第一信号ラッパ吹けぇ!」

 信号ラッパ吹奏。

 ラシージ指揮のヒルド同胞団予備隊及び、生きた板第二団前進開始。

 次の生きた板は遠出用の男より足が弱い女子供老人で編制。いくら脅せても体力が追い付かないとどうしようもないので男と分けた。ご先祖は色々工夫したし、当代も工夫しなければいけない。

「はい停止」

「はいよろこんで!」

 予備隊と合流するまで敵への射撃……距離が狭まるまで待って開始。

 隊列を整えた綺麗な密集横隊で火力集中、銃剣突撃中のメリタリ隊を一斉射撃の連続で殺して削るが完全阻止には遠い。生きた板のせいで激怒しており、倒れても倒れても逃げ出す様子は無い。

 時間差で前進してくるラディスレオ隊はまだ無傷。

 敵砲兵は? 見えない。こちらが障り無く後退しているせいで追いついて来れていないのかな。

 側面から突撃機会を引き続き窺う敵騎兵隊だが、今度は生きた板第二団の行動開始でまた迷っているようだ。

 決断力が足りないと馬鹿にするのは簡単。旋回砲で出陣前に蓄えた思い切りが減って、妖精の統率された動きから突撃破砕射撃を受ける可能性を疑い、生きた板第二団に間違って突っ込んで足が止まると皆殺しにされる可能性を懸念している。老いた騎兵指揮官の気配がかなりする。

 さて、こんな楽しい面倒臭いことをしている間に海軍陸戦隊が前進。ヒルド同胞団の後方で支援可能状態に入る。大型砲は動かさず、軽砲のみだが小規模野戦では十分過ぎる。

 軽砲が仰角を付けて、まるで命中の期待出来ない距離から敵騎兵隊へ砲弾を送り込んだ。脅しただけだが、またもや突撃の機会を失ったとして動き出した。

 あの騎兵指揮官は勢い任せの突撃を過去に行い、失敗した経験でもあるかのようだ。戦歴が長いとそういうことも――若い騎兵指揮官が馬鹿にする――ある。また、こんな戦いで死なせたくない連中を率いているのかもしれない。もしかしたらラディスレオ卿直下の騎兵ではないのかも。

 メリタリ隊の銃剣突撃は女子供老人で作られた生きた板を前に足が鈍った。衝突前に前後交代に成功。泣きわめく女子供を前にして、彼等が無理に上げようとする気勢は尻すぼみである。

「ヒルドくん」

「はい姉さん!」

「残弾」

「平均十発ですね」

 即答。こいつはきちんと戦闘開始から今まで数えている。

「銃剣突撃してみたい?」

「勘弁して下さいよ姉さん! 皆殺しにされて城も海軍もおじゃんですよ」

「ヒルドくんにはそう見えるんだ」

「はい。数はあっちが上、騎兵は生きてる。位置はあっちが高いし、人間の盾? でぶちキレてる。今、盾を捨てたら裸ですよ。姉さんみたいに挑発でどうのこうのじゃないですよ」

 自分の考えていることをヒルドも考えているということで、まだ己の理性は戦いで麻痺していないと確認する。

「あ、姉さん、いっちょアレで奴等誘き出せませんかね?」

「ヒルドくん。お姉さんねぇ、出来るもんならやってるのよ」

「はい失礼しました!」

 挑発も時、場合、場所が揃わなければ何も成し得ない。

 銃撃で半数以下になったメリタリ隊とは別に、ほぼ無傷で迫るラディスレオ隊の戦列を砲弾が一列に裂いた。良いところまで陸戦隊が前に出て来た。

 ヒルド同胞団とメリタリ隊は砲弾射線上で重なっている。生きた板を避けた動きをしたラディスレオ隊は重なっていない。友軍誤射を恐れずに砲撃出来る機会が今、出来上がっている。

 軽砲が射撃位置に続々と付き始めて射撃量増加。補充弾薬も到着。

 大砲に撃たれると派手に死ぬ。見える速度で砲弾が飛んで、地面を転がって跳ねて来て、四肢どころか胴体が勢いよく千切れて吹っ飛んで、凄い音がして怖い。寄せ集めの雑兵にあれを堪える根性は無い。家族の仇と意気込んでいるのならまだしも、戦う理由も知らず納得せずでは戦えない。

 敵の砲兵はどうか? 牛で砲車に載せた中小口径砲を引っ張っているのが遥か遠く。先制攻撃を仕掛けて正解だった。陸戦隊に敵砲兵の位置を伝令で報せる。

 ラディスレオ隊、戦列後方の兵士から壊走確認。踏ん張れそうなメリタリ隊には声を掛ける。

「今日はもう帰りなさーい! 帰らないとここの皆、殺しちゃうわよ! ヒルド同胞団、生きた板の頭部へ構え!」

 妖精兵射撃停止、今まで盾にしていた女子供老人の後頭部に銃口を揃って突き付ける。

 戻る口実をくれてやった。泣いて怯えて酷い顔になっている彼女達を惜しみながらメリタリ隊は後退。

 その後は互いに戦闘の再開を警戒するようにして対峙は終わった。

 あちらは敵を撃退したと言える。

 こちらは敵の攻撃計画を狂わせたとも言える。

 お互いに怪しい勝利を喧伝出来る程度の結果であった。


■■■


 いまいちな野戦を終えてから数日後。

 こちらから城を離れて攻めに行くと一日以上かかる位置に野営地を築いたラディスレオ軍、更に増援を得て到着する予定と判明。そこまで気合を入れてどうにかしたい土地かここは?

 隣領の司教が援軍を派遣する用意があるとヴィルキレクに連絡してきた。この提案は神聖教会内の派閥抗争に起因するらしく、説明を聞いても頭の中に入って来なかった。

 商人や傭兵隊長から売り込みの手紙や伝令、また本人がやってき始めた。死臭を嗅ぎ付けてカラスに蠅が寄ってきている。

 こういった応対は全部ヴィルキレクにお任せ。「話を聞いて報告書にまとめておいてくれ」と言われたので「わたしぃ生理で、お股がきゅんきゅんもりもりってかんじでぇ」と返しておいた。

 身が入らない。フラル地方の著名人など相手にしていられない。もっと大切なことがある。

 まずラシージとの協議の結果、ヒルド同胞団をマトラに連れて行くことになった。ヒルドは邪魔ということになったので暗殺の段取りを組んでいたら単独で逃亡。勘の良い奴め。

 それから何より、城壁の上から愛しの彼女達を待っていた。一番に迎えたい。

 するとロバの背でぐったりしているシルヴと、ずた袋を担いだセリンが見えた。城に到着。

 やっと来た。城門前まで走って行って迎え入れる。

「いぇーいおリンリーン!」

「はーいベルベルー!」

 セリンはしゃがんで、両手を上げて叩き合う。

「悪いねぇ、良いところだけ貰っちゃって。ベラスコイさんが追って、私が川の中で待ち伏せして、終わり! そういう流れね」

 セリンが担いでいるずた袋からは総長の頭がまるまる出ていて、袋の方はというと、少年が入るのもきついくらい小さい。ちょっと長い?

「シルヴ、ごくろうさまー!」

「うん」

 と返事したシルヴはロバから降りた直後に正座、うつむく。顔を見ると目を瞑って寝ている。

「失神してんじゃんこれ」

 頬をぺちぺち、反応無し。鼻の穴に指を突っ込もうか悩む。悩ましい。

「はいこれ」

 セリンがずた袋から総長の首を取り出したのだが、肩骨、肋骨、骨盤を削ぎ落した脊椎付き。何というか食い残し? ちょっと海老料理っぽいかもと思ってしまった。

「なにそれ? 尾っぽつけて、きもちわるっ」

「え、これセレードの風習じゃないの?」

「えっ? 違うよ」


■■■


 その後、なんやかんやあって我々は戦場を離脱。

 旧ヒルド同胞団構成員は引き取って、マトラ山中で新しい生活に入った。

 尚、ラシージとの入浴は騒動の中で頓挫する。謎は謎のまま、観測されなかった。

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