「IF1章終盤・前編:総長逃亡(修正)」 メスガキベルリカちゃん
*本編を読んでいる前提で進みます
Xだと読まない人がいると思うのでこちらに修正して掲載。
本編とは関係ありませんが、ありし日の裏側は多少覗けるかもしれません。
聖女の使いに聖都を案内されて聖オトマク寺院に着いた。
院内ではうさんくさい枢機卿に案内されて聖皇謁見の間に入る。
標的は魔族誘拐及び敵前逃亡犯。中大洋中央のアソリウス島から遥々フラル半島東岸の聖都まで追って来たのだが、またもや逃げられた。二度目。
謁見の間、その部屋脇の窓硝子が破られている。そこを、見上げなければ顔が見えない巨人、聖女ヴァルキリカが半笑いで眺めていた。
「お前等の目当ては逃げたぞ」
我等と共に標的を追跡しているエデルト第一王子ヴィルキレクが聞く。
「行先のようなものを言っていましたか、姉上」
「うん、分からんな」
エデルトの王女でもある聖女が手を叩くと、使いの者が「は」と返事。
「場所を特定しろ」
「は」
使いの者は立ち去った。
「何今のかっこいい!」
こう、大物指導者といった立ち振る舞いである。あんな感じになってみたい気がする。
「だろう? えーと、そこの娘、グルツァラザツクの……おい、名前なんだ?」
「ベルリカ!」
「まだエデルトの陸軍将校ってわけじゃないだろう。肩書は」
「魔神代理領イスタメル州のバシィール城城主! 罪人をぶっ殺しにきたよ」
挨拶代わりにヴァルキリカの修道風上衣の裾を捲り上げる。男物のズボン。臀部、鼠径部の形状は認識出来る。やはり捲り行為は楽しい。
「でっか!? 余裕で”すかるふぁっく”でしょ!」
足首を掴まれ大振り一回転、二回転、三回転、放られる。
制御不能、自分の位置も分からない。
止まる。ヴィルキレク王子の胸の中。金髪イケメンの顔が近い。
「きゃ! お礼にちゅーしてあげよっか?」
「大人になったら良い人が見つかるといいね」
「子供じゃないもん!」
「はいはい」
■■■
聖女の情報収集が終わるまで手持無沙汰。
指定された宿で待機していると修道女の格好をした聖職官僚が報告に来る。
女官僚は若いのに臀部が発達していた。眼鏡をかけ、目付きが悪く、幼少時から怨念を溜め込んで来た様子が見えた。
「追跡対象、旧アソリウス島騎士団総長エルシオ・メリタリ=パスコンティはメリタリ家領マシマ=グラッセーノ城に逃亡。武装した私兵を抱えており、強引な動員を掛けなくても数百規模を用意可能と見られます。参考数値として、聖戦での防衛動員時には一千二百八名構成の連隊登録がありました。これは軍属、住民協力者等を除きます」
エルシオという敵を地果て海尽きるまで追い詰めて殺す。そう誓ったもう一人、同期のエデルト将校シルヴが座っている椅子の肘掛けを握り潰した。魔族化した怪力と裏切りへの怒りである。
「シルシル、どうどう」
「あ、失礼」
「それだったら傭兵さんが欲しいよね」
追跡隊である我々の現有兵力は少数、場面によっては個人単位。短期で兵力を補うなら傭兵であろう。
「傭兵の紹介は可能です。予算の程は?」
金、金、金。これが全てではないが、大体のものは金で回る。
「ヴィルさまぁ、私、欲しいのぉ❤ ヴィルさまの大事なのが欲しいのぉ❤」
ヴィルキレクに縋りつく、擦り付ける。追跡隊の中では、彼は総長エルシオ抹殺の動機が薄いので、こう、やる気を絞り出さなくてはいけない。
「自由に出来る金か……接待費用ぐらいはともかく軍隊か」
金のあてを考え始めたヴィルキレクの股間へ手を伸ばす。シルヴが阻止、手首を掴まれた。
「やめなさいって」
「だって、弟のリシェルくんもちんちん触ると、んひゃんもう、って喜んでたよ!」
「こら」
「ちんちん面白いもん! ヴィルさまだってちんちん触ったら楽しいもん!」
シルヴが自分の口に中指を突っ込んで黙らせにきた。平坦な乳房をしているからってお色気作戦を妨害してくるとは何て奴め。
「出すよ。足りない分は姉上から借金しよう」
「お礼にちゅーしてあげる!」
「じゃあここだな」
ヴィルキレクが指差す左頬に、ちゅっ、れろれろ、ぢゅー、シルヴに引き剥がされた。
眼鏡官僚は別の書類を取り出して、対面へ逆さにならないよう引っ繰り返して出してきた。
「それ名簿? 見ーせて!」
「どうぞ」
「ありがとう! 若いのにおケツおっきいね」
眼鏡官僚、舌打ち。
紙に書かれている内容。聖都界隈にいる傭兵団で、平時の今でも戦時規模を保っているのはヒルド同胞団のみ。完全ではないが評判の良さから有望なのはフェルシッタ傭兵団、しかしその別動隊。それから募兵能力がある傭兵隊長の連絡先が複数。
他の大規模傭兵団は別の騒乱に関わっていて他所と契約中。相手が乗り気でも調整がかなり要るということ。仮にこちらに来てくれるとしても時間が掛かり過ぎる。
実質、選択肢は無い。どうするかはこちらの手腕に掛かる、か。
「おねーさん、もっと個人情報無い? 戸籍とか金融資産とか、全部知ってるんでしょ?」
「不必要な情報は教えられません」
■■■
頼れる人材を連れて来ている。バシィール城連隊の要、マトラ妖精のラシージだ。色々謎の人物だがとにかく頼れる。現地では”親分”と呼ばれて尊敬されている。
そんなラシージはもう単独でヒルド同胞団へ話をつけに行って仮契約を結んで来た。妖精種族同士、気が合ったという説明で済みそうにない。
事前調整の心算で送ったらこれだ。術も使えるし連れて来て損は無いと思っていたが、こんな芸当が出来る。謎に凄い奴め。下着の中もどうなっていることか。
ヒルド同胞団は扱い辛いことで有名である。
まず妖精の傭兵隊長ということで珍しいのだが、種族差別を受けているのが当たり前のせいか、交渉になると喧嘩腰が当たり前らしい。争いが絶えない者は性格もそういう風になってしまう。
また命令を聞かず、勝手に逃げる。休戦を破って攻撃を仕掛け、契約中でも山賊行為をする。略奪暴行が酷くて評判が最悪。何より規模が大きい割に隊内の統制が取れていて討伐するのも手間という厄介者。自陣営を荒らされないために一応雇っておくという知恵があるらしい。
本契約に向かう道中、ラシージにべったりくっついて頬に頬ずりする。もちもちぷるぷる。これは能力が無くても常に傍に置きたい。
「ねえラシージ、後で一緒にお風呂入ろっか!」
「こちらです」
ラシージ先導で交差点を曲がり、直進、また曲がり。
到着したのは聖都では貧民街に近い、遺跡が並ぶエーラン地区。神聖教会中枢にこんな連中を置いて排除出来ていないあたり、聖戦後の消耗の激しさがうかがえる。こいつらの掃除も頼まれたのか、我々は。
ヴィルキレクが聖女から金を借りるのに全く遠慮の必要は無いな。
「僕達!」
「私達!」
『ヒルド同胞団!』
「だんだーん!」
彼等が縄張りしている区画に入ると門衛に当たる妖精達が踊りながら迎えてくれる。
そして妖精傭兵、総員が起立気を付け、我々を迎え入れる徒列。その動き出しは同時。身形はボロが多いが、まるで訓練された儀仗兵の体捌き。これは本当に厄介者だ。
徒列の最奥、整列休めの姿勢でヒルド団長が待っていた。目付き、雰囲気、酒臭さが堕落した感じだが、最低限姿勢を保つぐらいは出来ている。
「城主閣下、彼が団長のヒルドです」
「うん、ラシージありがとう。じゃあ、傭兵契約の件は良いのかな? 前金で全額」
「はいよろこんでー!」
『はいよろこんでー!』
■■■
ラシージとは別にフェルシッタ傭兵団へ事前調整に向かわせたシルヴは「脅すならともかく、ね」とぽんこつだった。話し合いの本番の前に”お客様はお帰りだ”と言われたらしい。
「もうシルシルったら! 私がいないと駄目なんだからぁ」
笑いを我慢することなど出来ない。ぽんこつ!
「殺して来いっていうならともかくねぇ」
言い訳も失敗の強がりである。変なところで常識的な振る舞いしか出来ない奴め。正攻法以外、極端な選択肢しか導き出せないというのはそういうことだ。
「遠慮し過ぎなの」
「そう、そうね。でもどうするの?」
「んふーふー♪」
シルヴを袖にするなんて生意気が過ぎる。用事が無かったら殺している。
フェルシッタ傭兵団の別動隊が聖都に常駐しているのは情報通り。
別動隊の彼等は本隊総員を動員しなくても良いような、要人警護や隊商護衛、町村単位の治安維持活動などの小口案件を請け負う。その心算で軽装備の分遣隊を複数保持している。この分遣隊全部をまとめて一個戦力として雇いたい。使い出がある。
聖都における団代表アデロ=アンベル・ストラニョーラ氏へ会いに事務所へ向かった。一等地に構えており、上品な佇まいでもある。隣の弁護士事務所と外観基準は変わらなかった。
秘書官の案内で中には通され、門前払いにされるようなことは無かったが、このように言われる。
「ここにいる部隊は隊商護衛が最大限な程度で、一領主相手の装備はありません。物資輸送のお手伝い程度なら不可能ではありませんが、何分こちらも予約あって、準備もありまして」
厄い案件と見られているわけだ。ヒルド同胞団が絡むとなると、そうではある。
「ふーん、そうなんだ。でね、私ね、おにーさんのよわいところいっぱい知ってるんだよ❤」
「何の話ですか?」
「胃癌の団長さんの後継候補はおにーさんだけどぉ、醜聞とかついたら別に、他に候補っているよねぇ? フェルシッタの共和伝統って傭兵団にもあるよね。だからわざわざここで駄目押しの箔付けしてるんだし」
「詳しいですね」
「出資者はヴィルキレク・アルギヴェン。紹介は第十六聖女ヴァルキリカ。世俗の英雄とぉ、教会の英雄が支援してくれてる案件なんだけどぉ。まさか、お金に色は付いていないなんてお子様みたいなことは言わないよね?」
「なるほど。勉強になります」
「悪い噂が流れたらぁ、ざこざこのぉ、次期団長候補さんはどうなっちゃうのかなぁ? 聖都で方々に顔売るために小口案件受けてるくせにぃ?」
「さ、お帰りに……」
「紹介されたの、こことヒルド同胞団なんだよねぇ。教会もさあ、あいつら連れ出してって言ってるようなもんだよね。おにいさんはぁ、そういうことわかる人?」
「む」
「長女のヨルジャちゃん、ちょっと髪の毛足りないみたいで心配だねぇ。まあ、生えてくると思うけど」
「……いくら挑発しても無駄ですよ」
一番はこれか。
「私ぃ、知ってるんだよねぇ。フェルシッタのざこざこお財政。未払い金が回収出来てなくて破産が近いってことが。欲しいよね、今すぐ、あ❤ れ❤」
「あれ?」
「ふにゃふにゃ財政のフェルシッタ傭兵団にぃ、今一番必要な物は何かなぁ?」
「安定した収入……」
「違う、繰り返して」
「え?」
「そく❤ げん❤ きん❤」
「即……現……金」
「そく❤ げん❤ きん❤」
「それは、前払い、ということですか」
「硬貨と地金、どっちで選んでもいいよ」
懐から見本の金地金を取り出し、アデロ=アンベルの下腹部をつつく。
戦争で儲けることが出来る商売屋は思ったより少ない。負け戦であれば尚更。
傭兵にとって、この前の聖戦で大量に仕事が入ったのはいいものの、雇い先の多くが財政難に破産の連続。敵から分捕った土地も無ければ担保にも投資先にもならない。捕虜開放の身代金の支払いで身を崩したという噂は良く聞かれる。
経済的混乱から内戦や略奪被害が多発。雇用側に払う意志があっても手元から資産が失われている状況も頻発。これでは入金が何時になるか分からない。うやむやになるまで掛かりそう。
帳簿上は黒字でも実際金庫の中身は空っぽ。なのに給与と必要経費は何もしなくても垂れ流し。似たような状況の銀行は貸し渋り、取り付け騒ぎ、金庫の壁に爆薬で穴と大変なことになっている。
フェルシッタ傭兵団は良くも悪くも高名。客が高級ばかりで相手の名誉を尊重する必要が特にある。何時入金になるか分からない仕事でも切らさないで続けないと、血で支払って来た”とても高い”評判が持続出来ない。次の仕事に繋がらないから赤字覚悟で仕事を続ける。所詮は高所の下働き。
即現金、乾いた喉に清水が行き渡る心地。
「で?」
「契約、させて、頂きます」
「わっ! いい子だねー。でもホントぉ? 口だけ、契約書だけぇ?」
「何をすれば……」
「これ、手付金に欲しい?」
アデロ=アンベル氏の目の前で金地金を振る。
「欲しいです」
「じゃあ、四つん這いんになって、こっちにお尻むーけて❤」
「ぐ」
アデロ=アンベル氏は姿勢を取る。
謝罪の強要。
「これ咥えて、落とさなかったら報酬と別にあげちゃう」
金地金をその口に咥えさせる。重いので中々、咥える為の形状でもないので頑張りが必要。
ヴィルキレクから報酬支払用以外の金を受け取っており、何も無かったらこの金は賄賂として気持ちよく支払う心算だったのだ。ヒルド同胞団の分はラシージのお陰で浮いたので予算に余裕がある。
「アデロおにいさん、分かるでしょう?」
「んが?」
「ズボン、下ろしなさい」
さて、シルヴに生意気な”上の口”を利いたからには、その”下の口”におしおき。爪先蹴り。
「のあ゛!?」
「アデロおにいさんってここが敏感なんだぁ❤ いっつも弄ってるから?」
「ぬぐぉおぉお」
否定しているようだ。
「もう一回、がんばれ❤」
「ぬ゛!」
金地金が涎で歯から滑り出す。嘔吐感もあるようで喉も、ご、ぐぉ、と鳴っている。そうなりながらも、ずっ、と吸って、落ちないようにしている。
瀕するフェルシッタ傭兵団、金に食らいつく。良く分かっているようだ。
「がんばれがんばれ❤」
もう一回。潰してやりたいが、それは作戦指揮に関わる。
「もう一回?」
「む……え゛?」
「へんたい❤」
■■■
夕食の時間。指定された宿の食堂では、妖精のラシージは奴隷として主人の傍に仕えるような立ち位置しか取れない規則になっているので食事は個室に運んでもらった。
用意された卓は二つ。ラシージ用の個人席に自分とシルヴが向かい合う組席、ということなのだろう。物も安物、高級品と差別化。
大変不機嫌である。
「むー」
無意識に膨らんだ頬をシルヴに指で押される。
向かいにシルヴが座る前に、その食事皿を自分の皿の近くに寄せる。
「シルヴは私の隣なの」
「はいはい」
「ラシージは向かい側」
「はい」
高級に安物、質にも差が出ているので配り直してから食事を開始。食べているラシージの顔を見ながら、シルヴの腕と脚を擦りつつ食事。良し。
しかしまだ気になることがある。
食事は半ばで中断。パンに料理皿を持つ。
「どこ行くの?」
「おリンちゃん」
「そう」
厨房の方へ行って追加で料理を包んで貰って、酒も何本か貰う。
「こんな夜にお使いかい?」
「うん!」
「大人の男の人とかいないの?」
「これ」
拳銃を見せてから、肩下げ鞄に飲食物をまとめて港の方へ向かう。
停泊する船、綱で組んだその抱き合わせの列。海を見ながら酔っぱらって大声を出している者、釣り客。雑魚狙いの、人間に甘えることを覚えた、にゃんにゃー鳴ける野良猫。
エデルトの軍艦が着ける桟橋には海兵隊の歩哨、当直士官と銃兵。
「はいおにーさん方、当直明けてから飲んでね」
「ありがとうございます」
酒を渡し、敬礼を受ける。
板橋を渡り、舷門当番にもお土産の酒。見張り台で待機しているセリンのところへ縄梯子を登って行く。
「あらリカちゃん、異常無し。こっちには来てないね」
「うん」
セリンの隣に座って包みを開いて料理を並べる。
「おリンちゃんごめんね」
「いいのいいの、船が私の城よ」
セリンの東方――南東だったか――顔と、魔族になった姿は人間寄りでも――首の鰓、太い髪の毛風触手――目立つ。総長を聖都で追っていた時に白昼で戦闘もやっていたから尚更。
聖戦直後の今、恨みの涙も乾いていない内に聖都で民衆の仇の姿を現すのは良くない。
今回総長は陸路で逃げたようだが、海路逃亡の場合は港で見張るセリンが頼りだった。また以前のように、アソリウス島から奴等が脱出したように、化物の力で大洋を渡られては追跡困難、実質不可能になる。
「こっちおいで」
「うん?」
もうセリンとは腰がくっついている。
「もっとこっち」
抱え上げられて膝の上。自分の頭の上にセリンの顎が乗る。




