15と1/2話「火の弾」 ユアック
派遣された我々ランマルカ新大陸軍六千名並びに人類革新連邦の遊牧騎兵二千騎は、合同して指揮系統を一本化し新大陸義勇軍と銘打ち、帝国連邦によるベーア帝国破壊戦争に参加。兵力を八千名と数えるものの各種革新的装備により人数以上の働きが可能。
従来の、自分の名を冠するユアック軍呼称は一時凍結。あくまでも我々は、帝国連邦新大陸領で召集された帝国連邦所属の軍という体裁を取っている。中央政府が考える国際戦略上の欺瞞である。ランマルカ革命政府が今戦争に直接武力干渉している事実は存在しないことになっている。五国協商戦略に基づく。
殲滅すべき思想と体制の結晶体である”ベーアの破壊”には進んで賛同する。いずれは奇妙な混合体である帝国連邦も純化させるべきだが、今しばらくは砕氷船として困難な革命と絶滅の進路を開く存在として活動して貰いたい。
中央政府の共存方針には今でも不満が多いが、旧大陸の人間をすり潰し合わせる戦略を続けていることには賛同する。絶滅方針を早計と指摘された時に反論する論理は個人的に持っていない。
現在、カラミエ軍集団北部集団が中核基地として使っているナクスィキル公国の首都コスチェホヴァ市、その北方に位置するディミシェ市の攻略に掛かっている。
カラミエ軍集団の司令官ヤズ・オルタヴァニハの妻はナクスィキル公の娘。南北カラミエ統一の象徴の一つがそのコスチェホヴァである。精神的にも積極防衛精神が働いていると見られる。
まずディミシェ市へ近づくために警戒線を突破しなければならないので、敵砲兵からの観測、精密砲撃による妨害を避けるため、観測困難な夜間に砲兵陣地を構築して早朝の攻撃に備える。
警戒線守備部隊である敵軽歩兵とは昼過ぎから戦闘中。
この正面の外では遊牧騎兵が陽動攻撃を仕掛けて敵戦力の集中を阻害している。
帝国連邦思想の十分な火力を発揮する重装備騎兵であるため、軽騎兵程度と考えて運用すると持て余す。
クストラ戦争、ピルック大佐の各遠征で革命を前進する軍は戦訓を蓄積して進化している。
戦列型自動人形を盾に歩兵隊、重機関銃隊、軽砲兵隊が着実に陣地と見做せる簡易塹壕、地形、建造物を確保しながら前進。
戦列型自動人形は、立ったまま軽機関銃で連射を控えた射撃を行う。瞬間的ではなく持続的な火力発揮を理想とする。敵の頭を抑える歩く盾であり、狙撃手として能力を追及していない。
新型軽機関銃の銃身は小銃より長く、威力射程は全国家が採用する汎用歩兵小銃より上。使用銃弾は小銃弾と共通。装弾方式は弾倉。
歩兵装備も様々改善されているが、この野戦で特に活躍するのはユバール製の対装甲銃。特注の徹甲弾は、量産出来れば革新が訪れると思われる威力を発揮する。
警戒線にある簡易塹壕に隠れる敵兵を、盛土越しに射殺。
歩兵砲や機関銃の陰にいる敵兵を、防盾越しに射殺。
隠れ場所が無いという恐怖は士気の低い人間に効いており、脱走兵の姿が狙撃後に顕著になる。
新大陸随一の英雄的狙撃手である同志大尉からも”飛距離、弾道安定性、貫徹力、何れも抜群に良好”と好評。連れのペセトトの変な化け物が替えの銃身と弾薬を何度も空から運んでおり、無数の標的を狙撃していると知れる。
一度確保した陣地は革新的な重機関銃が守る。射撃能力の高さから大砲と真正面から撃ち合わない限りは撃ち負けることはほぼ無い。
新型重機関銃は手回し機構不要の射撃反動利用の全自動型。多銃身で発射熱を分散する重たい機構が不要な、銃身冷却用の水筒付きの単銃身水冷式重機関銃。銃弾は小銃弾と共通。装弾方式は布弾帯で時間当たりの発射能力は史上最高。
水冷式重機関銃の性能は、不安定な初期型から今の実用型になるまで時間が掛かった。手回し型回転式機関銃より重量は三分の一で運用効率も上がっている。
重量が削減された分、状況に応じて陣地転換が容易で攻勢運用がし易い。また予備部品や銃弾をより多く持てるようになって単純に火力も向上。
火砲類に大きな進化は無いが性能は日進月歩の進化を続けている。鋼材は軽く丈夫に。砲腔内の施条と砲弾形状の改良で射程が向上。化学剤砲弾という選択肢が増えた。
各味方部隊が大きな危険を冒さずに前進出来る位置まで到達してから停止命令を出し、部隊位置を把握してから砲兵が弾幕射撃を開始。
敵警戒線、後方の司令部や通信連絡拠点を狙って砲撃。嘔吐剤砲弾と榴弾の組み合わせで行う。まずは短時間で、指揮系統の一時的麻痺が狙い。
麻痺を狙った射撃から、反撃能力を封じる砲兵陣地への砲撃も開始。榴弾の割合を増やして大砲と砲弾自体の破壊を考慮し、塩素剤を追加していく。先程より倍以上時間を掛ける。
そして警戒線最前線、榴弾の割合を減らして嘔吐剤、塩素剤を増やして兵士自体を全体的に無力化させる方向に弾種割合、射撃範囲を調整。
仕上げに、小銃弾程度はかすり傷にしかならない戦列型自動人形を盾にした、全身を三種化学剤から守る防護服を装備した歩兵が前進する。足元は昨日の雨でぬかるみがち。全速力で走ったりしなければ早々転倒はしない程度。
この前進と同時に砲撃は、瓦斯雲の中に在る破壊し損ねた砲台、機関銃陣地を精密砲撃で潰す状況に移行した。遠くから分からない敵戦力の集中箇所は前線の兵士からの伝令に頼って射撃地図を基準に砲撃する。
簡易塹壕には必ず戦列型自動人形から先に突入。片手で軽機関銃を操り射殺。もう片手の塹壕掘りの円匙で斬殺。歩兵はその戦いを補助する形で身の安全を優先して戦闘する。命の懸けどころは今ではない。
全自動社会主義の実現がなれば同胞の命を懸けることすらなくなる。いずれは人間も絶滅出来る。技術の発展が期待される。
最前線の敵兵は嘔吐剤と塩素剤で戦闘能力を喪失しており無抵抗ではないが、”有”抵抗と評価する程ではない。
敵兵は覆面の中を涙、くしゃみと鼻水、咳と涎、嘔吐物で汚し、概ね呼吸困難。苦しさから防毒覆面を脱ぎ去って紅斑、水疱が出来た顔を晒す者も多数。塩素剤を直接吸って窒息している者も多数。
制圧を続け、時間が経過する度に敵の症状は進行する。
頭や胸を抑え、震えて、蹲ったり、這って逃げようとしたり、精神にも異常を来して奇声を上げる。
足取りも悪く集団で脱走しようとするが大体転んで逃げ切れない。本来ならしっかりと踏みしめれば転びはしない泥で転げ回り、互いに足や衣服を引っ張り合ってその内に失神して倒れる。
逃げようとしているだけ正常の範囲で、支離滅裂な異常行動が見られる。人間の行動習慣は把握しかねるので具体的に表現し難いが、戦闘状況下にあることを見失っているものがある。幼児化という表現も可能。
脱走兵を督戦する将校も化学剤にやられて自身すら制御出来ない。
こちらの兵に向けず、己の口で小銃の銃口を咥えて自殺する者が出る。
逃げる、自殺の行為は連鎖する。ある人間の将校は拳銃をこめかみに当てた。
劣勢に陥った人間は愚かな敗北主義的、自滅的行動を取りがちだが今回は逆にこちらが混乱しかねない程に精神錯乱を起こしている。
嘔吐剤。塩素剤対応程度の簡単な防毒覆面を貫通する。くしゃみを頻発し、胃の中を嘔吐するのが症状として特徴的で防毒覆面を思わず脱ぎたくなる苦しみを与え、塩素剤を吸わせることも出来る。加えて本剤のみで呼吸困難から精神異常まで引き起こす。
ベーア帝国が嘔吐剤と糜爛剤は旧来の防毒装備では防御不能と知るのはまだ先。開発に成功するのはまた先で、大量配備を可能にするのはそのまた先。
ただ攻撃するだけでも人間は様々な異常を起こすのに、薬効が加わると過剰に見える程の奇態を晒す。攻めている我々が何か欺瞞行為に陥ったような感触すら得る程。
自動人形と防護服は人間が恐れるような見た目を意識している。基本は人間の感覚基準で、感情の無い不気味な殺戮だけを目的にする非生物的な意匠、とされている。
妖精の身としてはいまいち恐ろしさが分かりかねるが、技術研究部は人間から意見を聴取しているらしい。
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警戒線を突破し、次は頑強な塹壕線攻略に移る。基本は変わらない。
塹壕線には鉄条網が設置され、砲台や機関銃座となっている大小堡塁が並び、塹壕は一線、二線と多重で縦の連絡壕もある。
手本通りに防御が固い。噂の凝固土製の堡塁が見られないのは、マウズ川正面を守るために資材が集中投入されているからだろう。
本来、この新大陸義勇軍によるカラミエスコ山脈越えの北からの、砲兵を伴う攻撃は有り得ない事態。たとえ予期していても労働力と資材に制限があれば全正面を完璧に防御することは叶わない。
ここに見える塹壕線は最終防衛線の一角。ここより先、ディミシェ市を越えたら阻止、遅滞を我が軍に強いる北向きの”線”が無いコスチェホヴァ市が待っている。大規模土木工事というのは短時間に幾つも出来はしない。
相手の能力を超える飽和攻撃の、完成間近。ここまで壮大な包囲殲滅は企画したこともない。帝国連邦軍の陸戦技能は我々の想定を常に超える。
かつては無知なマトラ妖精に教授する立場だったのがかくも逆転しようとは。飽くことなく戦争を繰り返してきたベルリク=カラバザルの薫陶もあったものだ。
歩兵、騎兵に塹壕線攻略のための空間確保を日中に行わせる。敵砲兵の能力を探らせるためにわざと撃たせたりしつつ、対装甲銃を持つ偽装装束姿の偵察兵に、砲兵士官を中心に狙撃させる。
同志大尉からは事後通告で対狙撃兵狩りをするとのこと。専門家にお任せ。
夜間になったら一気に敵砲兵の有効射程圏内まで砲兵を移動させる。暗いうちに、敵がこちらの砲兵陣地の位置を測定する前に準備を済ませ、偵察兵が事前に計測した位置情報を元に日が明ける前から砲撃開始。
榴弾、嘔吐剤、塩素剤、糜爛剤の混合使用で塹壕線の奥から最前線まで敵軍の無力化を図る。
糜爛剤は直ぐに衝突しない塹壕第二線以降にのみ使用し、士気を挫く肌が爛れる恐怖感を持続させる。負傷者救助に人手を割かせて、残留性の高さと遅効性からの二次被害も期待できる。特に反撃能力を削るために敵砲兵陣地に集中。対砲兵戦を制すれば戦場の主導権は取れたも同然。
化学剤の効能は、雨でも降らすように万遍無く行き渡るものではないので必ず、化学剤対策をしていなくても無傷、軽症で済んでいる者がいる。常にそうであると想定。
夜間の内に攻撃準備射撃を十分に実行し、夜明けの直前に突破口を開く。
鉄条網は砲弾で早々に破壊できない。例え爆裂で切断出来ても残留し、爆風を受けても早々遠くに飛び散るような風を受ける形状をしていない。暴風で木が倒れても草は根一本で柔らかくなびくまま、そのような状態。有刺鉄線の草原は簡単に除去できないのだ。
「自走爆雷用意! コロコロ突破!」
『コロコロ突破!』
組み立て型自走爆雷の出番である。用途に応じて種類があり、これは鉄条網突破型である。
組み立てた巻胴型爆雷の車輪に付属する噴射装置に点火。煙と炎を噴いて回転しコロコロ前進。
暗闇の中で噴炎は目立つので、自走爆雷に向けて化学剤に制圧されていない敵が小銃、機関銃を発砲。重装甲はその程度を弾いて物ともしない。咄嗟に大砲の照準を向けて撃てる程鈍くない。
銃火を凌いで自走爆雷は勾配を乗り越え、下り、鉄条網に接触して有刺鉄線を巻き取りながら進み、支柱を引き抜きながら停止。そして中央部から裂けるように爆発。
爆発は溶接技術応用の高熱溶断式で鉄条網を切断し、同時に自走爆雷を二つに分けて左右に飛ばす。この力で鉄条網と支柱を分けて道を作る。従来、戦闘工兵が切断後の鉄条網を身を危険に晒して手で引っ張っていたような作業手順を省略させた。
それから自走爆雷の分かれた左右二つに仕込まれた別種の爆弾があり、遅延信管が作動して爆発する。外殻を散弾、鉄片にして撒き散らし、撃って裂いて敵兵を殺戮。突破口の開閉と周辺の掃討を兼ねる。
次に強襲型自動人形投入。自走爆雷で開けた突破口から侵入させる。
現行型は六足歩行で連発式散弾銃を四丁装備し、敵兵を探知して散弾を発射しながら、恐怖を与えるためにも不規則、広範囲に走り回る。人間は武装の無い強襲型自動人形であっても歩み寄るだけで混乱状態に陥ることは実証済み。姿が大変神経に障るらしい。
また強襲型自動人形は規定時間経過後に自爆する。中空的な機体構造の言わば内臓、骨髄に当たる箇所にまで爆薬が仕込まれており、構造自体が炸裂時に細かい破片になるよう設計されているので対人効果も高い。暗い内にこれを投入すれば混乱と殺傷の度合いはかなり進む。
夜明け直前、再度嘔吐剤と塩素剤砲弾を撃ち込む。
夜明け直後に戦列型自動人形を前衛に防護服姿の歩兵が突入する。警戒線の簡易塹壕と違って目前の塹壕線は内部構造が複雑であるので、装備は科学的に優れた化学装備が必携。
火炎放射器及び白燐手榴弾で内部を焼き、窒息級の煙を充満させて居住区画、弾薬庫、壕内迎撃施設である側防窖室を無力化して進むことで戦闘効率を上昇させている。穴倉の掃討は直進して物的破壊を実現する銃弾だけでは難しい。熱と煙が多くを解決する。
帝国連邦軍のように計画洪水で冠水させて一部を水没させ、それ自体が毒でもある石油を、それも技能に劣る属国尖兵に流し込ませて一斉に焼き上げるなんてことはこの場では出来ない。帝国連邦の陸戦技能は総合的に壮大である。
塹壕線の制圧面積が増え、橋頭保を確保したと判断してから突入部隊を増員。
増員した突入部隊が塹壕線を側面、背面から襲撃して機関銃座や堡塁を制圧して、更なる正面の安全を確保したら戦闘工兵が爆薬筒を使って鉄条網を切断し、別の突破口を作って突入部隊を更に別経路から増員。
突入経路の異なる部隊を連携させ、塹壕線内で小さい包囲網を幾つも作って制圧区域を広げる。囲んで潰すを繰り返す。
制圧区域を広げている最中も砲兵は、敵の塹壕第二線、砲兵陣地、司令部など後方陣地に対する砲撃を続行している。これで危機に瀕している塹壕第一線に援軍を送ることが困難になる。これは次に後方陣地を攻略する時の攻撃準備射撃にもなる。
巻き上げ機や自動人形を使ってセレード方面から砲弾は潤沢に持ってきた心算だが、一先ず手持ちの物は少なくなってきた。同志ゼクラグから忠告を受けていたが砲弾消費量が生半可ではない。下手に温存すれば消耗の抑制もままならない。
補給部隊が山越えで運んできてはいるものの鉄道が通っているわけでもないので補給は遅々としている。侵攻度合いでは全く受け取れなくなる。
敵から鹵獲しても限界があり、手に入れても使えるかどうか検査しなければならない。こちらの砲撃を受けて損傷している可能性が大きく、爆弾が仕掛けられていることもあるだろう。信頼性は低い。
ここを攻略したら補給、鹵獲で砲弾を補充するために一旦休止せざるを得ないか。砲弾無くして前進無し。
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塹壕線突破成功。第二線以降は早期に撤退命令が出ていたらしく、想定より残存敵が少なかった。その残った敵も化学剤で抵抗力は希薄。
化学汚染が無いところで一旦休止し、交代で兵を休め、自動人形の整備をさせ、山越えで遅々として送られてくる砲弾を受け取る。セレード人が良く協力してくれている。
防護服装備の部隊に戦場跡から大砲、砲弾を中心に鹵獲させて使用出来るか砲兵に点検させた。付着した化学剤を洗浄するために水を確保するのが手間であった。
周辺防御中の遊牧騎兵と偵察兵には足を止めている時間は無い。彼等は勝手に休んで勝手に働く。方針だけ訓示して比較的自由にさせた方が効率が良い。
マウズ川源流側で戦闘中のユドルム方面軍より、竜跨兵が連絡将校を空から運んできた。化学剤汚染地域が広いので旗振りで安全な着陸位置へ誘導させる。
ユドルム方面軍の一個山岳師団がカラミエの山岳兵を撃破し、マウズ川最上流地点を越え、山を下りて川の西岸部側へ進出したという報告がされた。そこからマウズ川西岸部の沿岸要塞地帯を側背面から攻撃するが、そのまた背後が無防備なのでこちら新大陸義勇軍に補助して欲しいとのことである。
山岳師団に張り付いて守ることになれば、ただでさえ戦力過少な北部方面が手薄になる。
双方の状況から、あちらとこちらの中間地点に遊牧騎兵を置き、山岳師団からの要請も受け入れるように指導する。そして本隊はこのままディミシェ市に突入することにした。
ディミシェ市は山岳師団が攻撃する方面への補給基地の一角となっている。そして攻撃すれば、山岳師団の背後を攻められるような戦力も大きくこちらに誘因されると判断。そして奪取後に要塞として利用出来れば防御しやすくなるので、余剰兵力を分遣隊として派遣出来る可能性が生じる。
「……という方針で行く。分遣隊派遣の可能性は低いと思ってくれ。マトラの同志よ」
「同志ユアック、そのように通達します」
「ところでマトラの同志、そちらの缶詰食からは変わったにおいがするが、何かな?」
見た目は黄、赤色の油と橙の汁で、暖色的で南方的な汁物だ。緑色の葉は香草か? 煮られた肉片が汁面より露出。戦闘食にしては費用が高そうだ。
「これは羊のアウル風汁です。冷えていても香辛料の香りで大変美味しいです」
「美味しい? 食事に娯楽を求めてしまってはその調整分、費用が高騰して資源配分に問題が発生するだろう」
「帝国連邦において美食はむしろ求められるべき技術として認識されております。労働者、兵士へ娯楽と同時に栄養を提供するという構想によります」
「こちらは牛肉、牛脂、各種野菜、豆をすり潰して煮込んだものだ。労働軍務に必要な栄養が充足しており、開封前に振って沈殿しないよう撹拌してから瞬く間に飲み干すことが可能だ。無駄が無く極めて効率的である」
マトラの同志連絡将校の前で缶詰を振って撹拌してから開封する。黒色があらゆる栄養素を凝縮していると証明する。
「こちらは多様な種族を内包しておりますので単純には……同志ユアック、その缶詰食は腐敗していませんか? 酷い臭いがします」
「そもそも食事を楽しむというのは享楽的な爛熟文化の産物であって革命的勤労精神にそぐわないのだ」
「思想問題は私の身に余ります。ここは缶詰食の交換で表層的な情報の交換を兼ねましょう」
同志連絡将校からアウル風汁を受け取る。改めて嗅いだことの無い複雑な異臭がする。これは食べ物なのか? 処方量を著しく誤った薬物なのではないか?
注意無く飲み干すには毒々しすぎる。理性より本能的なところで警戒すべきと感覚が告げる。しかし同志連絡将校が提案する情報交換を否定する要素は薄いだろう。汁を口に入れる。何だこれは、辛い?
「マトラの同志、辛くなってしまっているぞ。腐っているかカビが繁殖しているのではないか? 私はカビが生えたパンの分解された箇所を齧ったことがあるが、あれは無味無臭で辛味があった」
「これはカビではなく香辛料です。食欲が減退している時でも食べやすく、未然に体調不良を防ぐ薬膳としての効果もあると言われています」
「マトラの同志を疑うわけではないが……」
汗が出て来る。体調不良?
「しかしマトラの同志、発汗してきたぞ。これは疾病時における身体の防御反応ではないか」
「身体が温まる作用があります」
「しかし汗を掻いたら気化熱で体温が奪われてしまう。帝国連邦軍の補給事情に干渉するのは本分ではないが、これは低体温症を招くある種の毒ではないだろうか」
「同志ユアック、私には判断がつきません」
アウル風汁。この毒々しい見た目と香りと舌に刺さる感触、それから複雑過ぎる知らない味。なんとも図り難い。
一気に飲み干す。咳が出る、これは何だ!? やはり毒か!
「同志ユアック、辛い飲み物は一気に飲用すると気道にわずかに入ります。刺激物でありますのでそのような反応が出ます。ゆっくり味わって食べるのです。良く噛んで消化効率を良くするのです」
「んん! 何とも、毒ではないようだがうおっほん! 酷いものだ」
「辛い食べ物は好みが分かれるとは聞いていました。しかし同志ユアック、そちらの缶詰食はやはり腐敗していませんか? 保存食とは思えない臭いがします。底面に印字してある数字は製造年月日で間違いありませんか?」
「臭いは温めると緩和されるが、火を焚くのは周囲の絶対な安全が確保されてからだ。今は優先される仕事が無数にある」
「これで体調不良になることはありますか?」
「体調によっては放屁が頻発する程度だろう。下痢を誘発することはなく衛生面で問題はない」
「それは腐敗では?」
「塩分濃度と製造年月日から有り得ない。作戦開始前に全て検品済みである。確かにその缶詰食は味覚嗅覚を考慮したものではないが、これは一気に飲み干すものだ。味わうものではない。食事という労働や休息の時間を侵食するものを排除するという構想下にある」
「科学的です」
同志連絡将校、ランマルカの効率的缶詰食を一気に飲み干し、目を閉じて頭を振り出す奇行を見せた。
「ひーん! やだやだクサクサマッズエ゛ッエ゛ッヴォエ!?」
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ディミシェ市街地突入開始。
基本は同じく、昼間に突入用の空間を確保しながらディミシェ市の射撃地図を作り、夜間に砲兵陣地を構築して夜明け前から榴弾と化学剤砲弾を撃ち込む。簡易塹壕や防護柵程度の障害物を自走爆雷で吹き飛ばし、夜明けと同時に強襲型自動人形に続いて戦列型自動人形と防護服装備の歩兵を突入させる。
突入部隊は逐一進出地点を司令部に報告し、砲兵は友軍誤射を避けつつ常に敵支配地区に砲弾を降らせ続けるようにする。破壊射撃要請があれば特定の建物に榴弾を撃ち込んで屋根から崩落させる。砲弾遮幕で常に攻め、守り続ける。
交差点など交通の要衝には重機関銃陣地を設置して、まずは点で陣取りをして複数箇所に増やしていって面を構築。囲んで潰す。
屋内戦闘は被害が出やすいので、火炎放射器や白燐手榴弾で焼いたり、工業用爆薬で柱を圧し折って建物が自重で潰れるようにして中の敵を全て始末する。
降雨と風が強まり始め、化学剤の効力が落ちて敵を抑える力が弱まり始める。
屋外へは榴弾射撃に完全に切り替える。
化学剤砲弾は前線に運び、屋内掃討用の爆弾に転用させる。防御塔として使えそうな造りが頑丈で背の高い建物を、比較的無傷で確保するためには害虫駆除のように化学剤で敵兵、住民を炙り出すのが効果的。
偵察隊から市内を走る軽便鉄道が存在すると報告。これは事前情報として無かった。カラミエ軍集団に対する包囲がされてから敷設されたようだ。
市内鉄道は市内移動に使われ、それで兵員を南方へと移送して脱出作業に移っていると報告が上がった。
足手纏いの負傷者を死守部隊に転用せず、わざわざ運ぶとは何と人間は非効率なのだろうか。そうでもしなければ士気を保てないというような風潮があるのだろう。
ベーア帝国は国体や民族精神を破壊されるような戦争を仕掛けられているというのに何と悠長なことだろう。
市内鉄道の車両が最も集中し、尚且つ一番抵抗が激しい、守備兵多数の施設が確認される。聖堂と周辺施設を防護柵で囲って一個の集合施設と見做している区画だ。
集合施設には改めて砲兵の一部を前進させて榴弾、化学剤砲弾で直接照準射撃を加えてから、自走爆雷、強襲型自動人形を使用して突破口を開いて突入部隊を送り出す。
制圧の結果、集合施設は病院であり、傷病者を多数収容していると確認。特に化学剤での負傷者が集中的に収容されていた。症状を見ながら研究していたと見られる医師団を捕虜とすることにも成功。情報を引き出すことによりベーア帝国の最新の化学戦能力を探ることが出来る。
しかしながら、これだけ動く腕が付いている者達がいるのにその手に武器が無いとは呆れてしまう。背中や尻の下に爆弾があると想定して、情報源にならないだろう負傷兵を火炎放射器で部屋毎焼いて回らせた結果、手榴弾程度の誘爆が確認されたのはたったの四件。銃弾程度でも十件に満たなかった。
攻撃精神に欠ける。帝国連邦の盟友は人間でもそんな軟弱なところはないのに。
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市街戦が始まって日数経過。市街中心部を抑えても外殻部、周辺町村部の制圧に時間が相当掛かっている。次の、次の次の戦闘を考慮して砲弾を温存しているのが早期決着に至らない原因である。
八千規模の軍で挙げられる戦果には限界があるものだ。単独で戦争しているわけではないから失態と言える程ではないかもしれないが、結果が全て。
各地から戦況報告が届いてる。
遊牧騎兵を間に置いて連携していた山岳師団より、ユドルム方面軍主力の北部渡河作戦を成功させたと報告。
合わせて、ユドルム方面軍は渡河後、マウズ川西岸部の沿岸要塞を北部から側背面を狙い攻撃中。
更に合わせて、ヤガロ軍はユドルム方面軍が沿岸要塞を無力化するのと同時に渡河を狙いつつ、兵力の一部は渡河作戦成功地点に回す。
外マトラ軍集団より、カラミエ軍集団北部集団の中核であるコスチェホヴァ市南縁部に到着して攻略開始。
カラミエ革命戦線より、コスチェホヴァ市内で爆弾攻勢中。
黒軍より、中部集成軍の拘束は、西方からの敵義勇兵軍の到着で間も無く終了。
カラミエ軍集団北部集団包囲殲滅作戦の佳境に入ったと言える。東の優勢、西の劣勢という状況を考える。
大胆に判断を下す。新大陸義勇軍は退路、補給路、当ディミシェ市を維持する必要無しとした。捕虜は全て抹殺し、こちらの制圧地域には仕掛け爆弾を配置し、行軍不能な負傷兵には殿部隊を務めて貰う。持っていけない大砲は全て爆破処分。
ディミシェ市の制圧を切り上げてコスチェホヴァ市へ強行軍で突入する。遊牧騎兵や偵察隊も全て呼び戻して共に行く。
赤毛猿の化け物になってしまった同志大尉に命令を下す。
「コスチェホヴァ市内へ先行。最も命令を頻繁に発信していると見られる人物から階級章にかかわらず狙撃しろ。電信線への破壊工作も可能なら実行。命令系統を可能な限り破壊せよ」
「了解」
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新大陸義勇軍は疲労や眠気を誤魔化し、士気が高揚するハッド同胞の袋鳴笛の行進曲を楽しく聴きながら南進。小休止を挟みつつも昼も夜も寝ないで進む。
「革命力躍進剤服用許可!」
『あっぎゃらべろぱるおっちょっきゃっちゃってゃっにゃー!』
高速行軍、戦速大車輪。蜂蜜九割王乳一割。攻撃精神を修復して大攻撃精神を養う革命戦士の常備薬は一足す一を一万馬力に革命する!
漲り躍進、進めば革命の一歩と大股に飛んで跳ねて行かば単日強行軍指標三万イームも瞬く間。目的地には気づいたら到着している。
大都市ではないが、公国首都というだけはあるコスチェホヴァ市が一望出来る位置まで到達。既に煙が市内より昇っており、外マトラ軍集団との対砲兵戦が展開されていた。
砲兵陣地を築く。砲弾は少ないが、ここで全て使い切る。ここを攻略すれば違う経路で受け取れるのだ。温存することはない
たとえここで攻撃能力を失っても、その分敵が弱り、弱った敵は他方面から攻める友軍が撃破するのだ。余力を残す必要が無い。全力を発揮するところとしないところを見極めて発揮するのが己の責務である。
敵の砲兵がこちらへ向けて大砲を回している様子が確認出来る。隠蔽の暇も無く、急いでこちらに向けて対砲兵射撃を敢行する心算だ。
先に砲撃準備を始めたこちらが先制の砲弾を敵に撃ち込む。
今こそ全力発揮の時。相手の砲兵が完全に沈黙することを待つのは時間が惜しい。遊牧騎兵、戦列型自動人形、歩兵に前進命令。
遊牧騎兵、先んじて進んで一時停止。火箭を一斉発射して敵の、塹壕も無い歩兵と配置転換中の大砲と、何とか持ち出してきた土嚢や車両程度の応急防衛線に向かって全弾発射で化学剤を交えて爆撃。それから敵との直接射撃距離まで接近しての機関銃射撃。
遊牧騎兵が長銃身の狙撃騎兵銃、機関銃射撃をしている間に戦列型自動人形と歩兵が、前後を代えて前進。
戦列型自動人形と歩兵が散兵線を敷いて、敵防衛線と対峙して動きが止まるぐらいの射撃距離になってから強襲型自動人形を全て機動、突撃。
『ダフィドフラーイ!』
都市内部への道が開けたら全軍、都市内部への侵入を開始する。砲兵も入れる。
城壁外の新市街地へ侵入してこちらの陣地を固める。建物占拠を優先。焼かず発破せず、化学剤で害虫のように敵兵、住民を駆除して乗っ取る。
砲兵が化学剤を散布した地点より先には敵の数が多過ぎてまるで進めない状況だ。だがまずはこれで良い。この一角でも占拠し、この戦力を煩わしく思わせれば、他から突入する友軍が楽を出来る。
遊牧騎兵も呼び込み、下馬させて歩兵とする。砲兵も呼び込み、市街地制圧用の砲兵陣地を築かせて攻撃と防御に使う。
敵兵、住民の中から化学剤で汚染されていない者を優先して食肉にし、血や小便も捨てずに確保して飲料水にし長期戦に備える。新鮮なうちに飲めば良し。古くなっても煮れば良し。
この戦闘の最中に連絡を取ってくる勇敢な人間の、カラミエの同志からは、武器弾薬食糧水を手当たり次第に運んでくるよう指示する。それから周辺地図、出来れば現在の戦況が分かるような情報を加えるように指示。
攻撃精神を発揮すれば敵の懐に飛び込んで要塞を築くことぐらい容易い。敵の認識能力を上回る決断を早くして迅速に行動すれば良いだけのことだ。
外マトラ軍集団が放った、破壊範囲の広い大口径重砲弾が市内に着弾する数が増え始めている。小さな砂嵐のように埃を飛ばし、建物を倒壊させ、また破片を雨のように降らせつつ瓦斯雲を広げる。砲弾は榴弾が三割、糜爛剤砲弾が七割といったところ。
あちらの竜跨隊や気球の行動を見越し、我々が陣取る位置には空に向けて竿を立てず、屋根に帝国連邦国旗を広げて見せた。
栄えある同志ラシージが直接率いる外マトラ軍集団であるから、誤射の可能性は低いだろう。たとえあったとしても我々はその程度のことで動揺などしない。犠牲無くして革命無し。
足場がある程度固まり、都市内の状況も程々に把握できる。竜跨隊との手旗交信も可能となってから更に行動を進展させる。
銃弾は、ただ貫通するだけでは相手を殺害する力に劣る。傷口から反対に抜ける貫通銃創は即死からやや遠い。盲管銃創が即死をもたらす。体内に入った銃弾が貫通せず、砕け散って内臓を広範に引き裂いてこそ殺せるのだ。
我々は今、敵の内臓に突き刺さった銃弾である。このまま砕けずにいてはただの負傷で終わってしまう。
「行くぞ革命前進軍、内臓を引き裂くように攻撃する。陣地を暫時転換しつつ進撃攻撃! 新大陸義勇軍、火の弾だ!」
『火の弾だ!』
「ダフィドフラーイ!」
『フラーイ! フラーイ!』
砲身寿命が近い大砲から突撃砲兵としての役割を課す。中世の破城槌のように前進近接し、発射薬を減らして減圧して砲身負担と反動を減らして精度を上げつつ障害物を砲撃粉砕して突破する役割を担う。陣地で構えたり、間接照準射撃などしないのが砲兵の突撃。
占領地区での軍民抹殺を確認してから行く道を砲弾で開き、道の脇を重機関銃で舗装。舗装した道を通って全軍は占領地区を放棄して移る。次に移って破壊と殺戮を繰り返す。
城壁、戦列を突撃射撃で突破粉砕。市内砲兵陣地の破壊へ突撃。接近戦を考慮されていない陣地へ化学剤砲弾を直射直後に白兵突撃、瓦斯雲の中で銃剣銃床、棍棒に円匙で制圧抹殺。大砲、砲弾を鹵獲。攻める程に火力回復。
鹵獲大砲を使い、建物を砲撃崩壊させて直進路を作って正規鉄道の操車場へ突撃、砲撃への道を確保。
車両を破壊、石炭庫に点火、積載予定物資の山を爆破、誘爆。弾薬が暴発しながら飛び散る。車両が木片散らして敵に物を台車で潰しながら転がる。水槽が弾けて水が飛散、白煙上がる。石炭粉塵が爆発、駅の屋根を捲る、焼ける石炭が散って火災が広がる。
太い手足も血液、神経の循環無くして強大な筋力を発揮しえない。一大補給基地であるこの都市の、最大補給機能を破壊。
「革命力躍進剤再服用許可!」
燃える火の弾、敵の心臓を粉砕粉砕粉砕!
『でぃっぎゃれじゃろべろぼろげろぼろろろなったっちゃー!』




