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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第1部:第2章『アッジャールの大侵攻』

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23話「悪くはないフルン」・イスハシル

 フルンは兎を鍋にして出してきた。味と言うか、出来は予想以上に箱入り娘だった。少々うるさめの姑でもいたら怒られる程度。

 肉が固い、塩を入れ過ぎてる、臓物の臭みを取っていない、臭みを誤魔化すために適当に大量の香辛料が、相性も考えずに入れられている。それから出汁というものを理解していない様子で、汁ではなく味のついた湯と言うべきか? 毛などのゴミが入っていないだけマシかと思ったものだ。一度実家に突っ返して修行させるのも、無い話ではない。

「どうでしょうか?」

「普段から自分が食べている物と比較するといい」

 理解したような、していないような微妙な困った表情で返してきた。

「未熟だ」

「え? は、申し訳ありません!」

 後で見本を食べさせよう。

 西岸側の要塞攻略で五万以上の戦傷者を出した。この被害を大きいか小さいかで判断していいかは分からない。

 内陸寄りの新街道を建設する人足は足りており、軍属ではない作業員が使い捨てられるほど確保できている。懲罰労働者や奴隷だ。

 整備するそれら人員を守る兵力も足りており、数だけならば十三万あまりの歩兵が、そして騎兵は疲弊も少なく十万も健在なのだ。親衛隊五千は無傷で意気軒昂。

 ともかく、五万の死傷者など我が軍を妨げてきたかの要塞を落とした代償としては安いと思っている……言葉通りに落ちたことには驚いたが。

 新街道建設はダルプロ川沿岸の旧街道を奪取するためである。氾濫して一部が水浸しとはいえ、旧街道は有用だ。

 その旧街道沿いを守るためには、敵軍船からの攻撃に対抗するための沿岸要塞建設が必要である。その資材を運ぶために新街道の建設に着手。その中で重要なのが大砲だ。

 先の要塞攻略での大砲損失数は、長らく世界中の戦史で堂々の首位を飾り続けるだろう。一日で七百門近く失った! 大量の牛、馬、ロバ、駱駝、奴隷を掻き集め、備蓄食糧庫を開放してまで確保した糧秣を消費して運んだ八百の大砲が、残り百門だ。

 通常であれば要塞から鹵獲した大砲で損失分の埋め合わせが多少は出来るものだが、一門たりとも鹵獲が出来ていない。全ては川底、泥の中だ。食糧、弾薬を奪うことさえ出来ていない。

 我々には大砲が不足している。増産体制はシビリが整えてくれたおかげで見通しは明るいが、生産目標達成を至上目的にしつつ生産速度を上げろと急き立て、それで欠陥品を送られてはたまらないので注意はさせている。

 指揮官も多く失った。敵軍の中には士官を専門に殺害する部隊もあり、また多くの兵士にも指揮官級の者を狙うように教育がされていたようだ。

 銃士隊をジェルダナの代わりに率いていた彼女の長男が狙撃で顔の半分を失って戦死。

 先陣に立って歩兵隊を鼓舞していたオダルの三男が砲撃で片脚を失って戦線離脱。

 工兵隊を組織して地雷処理を指揮していた兄弟王子の一人が地雷に全身を砕かれ戦死。

 補給物資を管理していたポグリアの従兄弟が倉庫内で喉を掻き切られた姿で発見された。

 父王直属の連絡係、数多くいる妻の一人、その兄が毒殺。

 主だったところの被害でこのような有様で、他高級、下級将校達の死傷者数は、単純な野戦昇進で生き残った者達を繰り上げ昇進させてるだけでは人材が足りない状態。

 訓練教官を後方に送って新兵の教育に当たらせたいものだが、今回は先送り。

 ただ敵軍に与えた損害は決して少なくない。東岸に移動した兵力は、少なくとも五万程度と斥候が報告しているので、おそらくこちらと同程度の被害は受けているはずだ。ならば良し。

 流れ作業のように兵と武器を用意し、軍を仕立てて敵地に送り出す仕組みは既にシビリが練り上げた。問題になるのは徴集する兵とその家族の反発だが、それは非正規治安維持部隊と少数民族兵が押さえ込む。この調子ならば確実に勝てる。

 もう一つの敵、ランマルカ対処に回した軍は容易に北部から引き剥がせない状況下にある。

 ザロネジ市を占領したランマルカ海軍は、歩兵が一万、常時港や沿岸に待機している軍艦が四十隻以上。海側から攻略されたのでザロネジ南縁陸側の防御能力は健在であり、市民の抵抗はほぼ無い状況。内側からの反乱に期待がもてそうにない。

 ここから十万の予備兵力を剥がした途端、ザロネジを橋頭堡に数万単位で上陸作戦を敢行されては南征どころの話ではなくなると見込まれて動かせない。

 現有の二十三万の軍勢は十分過ぎるほどの量で、マトラを突破するだけなら過剰であろう。制圧するとなれば地形の面で話はまた別になるが、イスタメルに通じる道を拓くだけなら過剰。イスタメルを焦土にするのにも十分であるはずだ。魔神代理領になって復興したとはいえ、そうそう先の大戦で受けた人的被害は取り戻せまい。

 ヒルヴァフカ州に進入して父王の軍を側面援護するには、やはりランマルカに向けた十万がやはり欲しくなる。しかしそれは万全を期した上で保険をかけるようなことだ。

 更に魔神代理領の中枢に進む状況になればどうなるか? シビリは死んでも信頼出来るということを思えば、行けるという確信が持ててくる。

 スラーギィ東部に避難していたレスリャジン氏族の一部が西岸要塞消滅以来、続々と帰還してきている。あの件以来、敵軍の脅威度が極端に減ったものだ。少なくとも、西岸の川から遠い放牧地は安全になった。

 フルンの親族で、避難民の第一次帰還者達をまとめていた者が挨拶に来た。その者から話を聞いて現状を把握するに、自分達で生活する分には家畜の頭数は問題無く、今まで通りの自給自足の生活はまだ維持出来ている。塩のような自力で生産できないものを分けてくれれば、という話だった。

 ただ東部の荒地暮らしには辟易しているようで不満も高く、フルンには彼等を宥めさせに行かせた。塩も手土産に持たせる。彼女はその為にいる。


■■■


 別方面軍からの手紙がまた届いた。

 中央軍はヒルヴァフカ州に到着した魔神代理領中央の主力、親衛軍との戦闘で一進一退。錬度も規模も魔術使いも魔族も全てが地方軍を烏合の衆と思わす程らしい。

 左翼軍は足止めされて魔神代理領東部の山岳砂漠地帯から抜け出せず、中央に突入出来ていないようだ。またジャーヴァル帝国北部で、ジャーヴァル王族出身の魔族が反乱分子を粛清しつつ軍を増大させており、そのせいで攻撃に全力を割けないのが原因だとか。

 この膠着状態に応じてか、周辺各国ではアッジャールの領域に接するように軍を進めて警戒態勢を取っているらしい。国境警備に増員がかかり、補充兵が減っているそうだ。

 どこも良い状況とは言い切れない状況が続いている。戦線が膠着状態になれば、より人がいて、より武器が作れて、より外国との関係が良い方が勝つ。名将の閃きなど袖にする。

 それから無記名の手紙が届いている。

 ”シビリを失った今、相談相手に困っているかもしれない。厳しい局面を迎えて行き詰まりを覚えていることだろう。だがこういう時だからこそ、嫌いな者でさえ集めて、何か決定するときは皆に聞かせてから、納得がいかない者がいたら納得させてから物事を決めなさい。

 お前の手紙の文章は、文字も綺麗で文章も美しいが、まるで時流の詩人かのような時があります。あまり気取って、時に迂遠でこれでは神経を逆なですることさえあります。もっと実直に、単純明快に書きなさい。顔を合わせない相手とのやり取りだからこそ慎重に、機嫌を悪戯に損ねず、しかし意志をはっきりと伝えなさい。

 お前に才能があるのはわかりますが、それでも年長者達、将軍は隊長、官僚や呪術師に現地人の話や忠告を良く聞きなさい。どうしても人間は他人を軽んじ愚かと思いたがります。十分注意してさえそうなる時があるのだから、せめてその回数を減らしなさい。

 中央軍も進撃は停滞気味ですが確実に敵の数は減らせています。補給物資も十分に融通できる用意がありますから、敵親衛軍への側面攻撃は駆け足気味でも構いません”。

 署名代わりにネズミの落書きがあるのだが、これは狼らしい。シビリの遺品整理で最近分かったこと……うーん。

 側面攻撃は今からやりに行くのだ、せっつくな。と返事したいところだが、無難に肯定をするような返書にしておく。父王という人間を良く知らないのだ。

 ヒルヴァフカで会えたなら、もう少し知ってみようか。

 それからあの妖精使いベルリクからも手紙が届いている。

 ”君とシェレヴィンツァで血みどろの市街戦をやりたいな。もっと攻めて来てくれ、いっぱい迎撃の用意はしてあるんだ。案だけのものもある。互いに両軍の先頭に立って突撃し合いたいな。

 スラーギィでは騎兵があんまり目立ってなかったな。温存したのかな? マトラの山ではどう使ってくるのかな? 可愛い妖精さんと皆で待ってる。

 戦後なんだが、婿になるならアクファルとの結婚を許可するぞ。身元が分からないように色々と体を切ったり潰したりして貰うと思うが、まあそこは上手くやりたい。ここまで戦える奴だと正直思ってなかったよ。俺、お前のこと好きだぞ。

 それからジェルダナ卿の腕は一本使えなくなったが生きてるぞ。歳食ってるが良い女だな! 俺は年上が好みなんだけど、お前もか?”。

 だと。ふざけた奴だ。

 そのふざけた手紙ついでに、ジェルダナの服を着た木偶人形がオルフの赤衣兵の集団に落とされて一騒ぎになった。人形には”次に戦場で赤い軍服が見えたら彼女が酷いことになる”と脅し文句が彫られていた。

 相次ぐ辛勝。不具にして返されてくる者達に、塩漬けの削ぎ鼻の雨、野晒しに遊びで切り刻まれて飾られた死体の列。何より記憶に新しい異民族からの侵略に統治……この便利だが自分でも気色が悪い魔性の目と声で奮起を促さねばオルフ兵は鈍って怯えてしまう。後で見舞ってやらねばならない。

 しかしあいつ、ベルリク=カラバザルは頭がおかしいのだろうか?

 指揮官のくせに冗談みたいに先頭に立って突撃するようだし、手紙でも脅しではなくて、一方通行的に捻じ曲がった思考で好意を示してきた。何か一線二線と常識の外にいる気がする。

 国内からも定時連絡が届いている。

 ジェルダナの次男はオルフで戦力の再増強に努めており、開戦直前から訓練していた一万の軍が出動可能になったそうだ。

 オルフ兵の模範である銃士隊は、今は彼が育てている。もしジェルダナがいたらもっと、どれほど効率的だったろうかと考えるとあの時の安易な攻撃命令が悔やまれる。

 どうやったらジェルダナを奪還できるか? 目標を一つに絞るのなら確実に可能なのだが、後が怖い。

 ポグリアは官僚の才能があり、シビリとまではいかないが後継としては活躍している。特に徴税と金融に関しては金に聡い商家出身らしくも才能を見せており、対外貿易収支でも上昇傾向を見せている。それと妊娠が発覚した。覚えはある。

 ユノナ=レーベはオルフ内を巡回して救世神の教えを触れて回っている。弱者救済よりは共同体への貢献が教えの中心なので、戦争に参加しろ耐えろと説教するのは教義に則していて論戦になっても負けないらしい。共和革命派に暗殺されかけたそうだ。近々スラーギィにも慰問へ来るらしい。

 シトゲネは、まあ、子供だ。以前に庭の木に刻んだ身長の印より、最近つけた印の方が、位置が高かったそうだ。タラン部族兵達が挙げた共和革命派の首の数は既に千に迫るらしい。大戦果といえばそうだが、ざっと狩り立てただけで千もあったという方が不安だ。

 フルンがレスリャジン氏族の避難民達を宥めに行ってから帰ってきた。土産もあってそれはスラーギィの地図だ。南部は冬に向けて乾燥していき、雨はほぼ降らなくなって枯れていく川に井戸が多いそうだ。また、冬の暴風で特に”死の風”と呼ばれるものが吹いた時に家畜を避難させる位置も書き込まれていた。今までこのような地図は作られてこなかったので、改めて聴取してまとめて作ってきたとのこと。

 役に立とうと頑張っている、ということでいいのか?

 敵はスラーギィ各所に点在する井戸には糞を入れた上で土で埋めるような破壊行為を行っているのは周知のことで、水の確保が重要なことぐらい今更言われるまでも無い……マトラ攻略の糸口が見えた。

 兎鍋を作る。

 出汁は骨から取って、香辛料は各種適量、香り付けに適したワインを垂らす。肉が柔らかくなるように弱火でじっくり煮る。下味はつけて、臭み取りはしっかりやって。兎肉に相性の良い味と香りの野菜を選び、食感を壊さないように時間と温度を見計らって鍋へ入れる。

 フルンに差し出すと遠慮するふりもせず、作り方にも興味など無いように「とっても美味しいです!」とニコニコしながら食べ始めた。

 そういうものだと思ってやれば可愛いかもしれない。

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