表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第1部:第2章『アッジャールの大侵攻』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/572

19話「妖精使いベルリク」 イスハシル

 北関門から西側に迂回しつつ騎兵を南進させる。

 スラーギィの草はレスリャジン氏族の数が元から少なく、放牧に規制をかけなくても十分に生い茂っている。これで馬の糧秣分の輸送が大分省かれ、楽になって快速である。

 人間の方は草を食べるわけにいかない。これから戦わせようという馬の血を啜るわけにもいかず、食糧を無心するような町も無く、十万もの兵士の腹を満たすような野生動物もいない。行動速度を重視するために食糧は若くて足の速い家畜だけを選んだ。

 湿地帯の方で羊の多くを失った影響は大きい。肉は保存用に塩漬けにして持ち運んでいるがあまり長期間、補給線から外れて行動できない。

 狩猟には限界がある。住民からの徴発にも限界がある上に、敵方へ寝返らせる可能性が出てくる。平時のオルフ人百人の蜂起より、戦時のスラーギィ人一人の反抗が、今は痛い。

 スラーギィの草原は起伏が多い。丘や、枯れた川の跡でもあるちょっとした谷も多い。小山のような岩もある。

 そして丘や岩の高所の利を得るように至る所、散らばるように敵斥候がいて、こちらの斥候の報告ではそれらは亡命したレスリャジン騎兵らしい。土地勘があり、有能そうだ。

 こちら側は道案内と説得役にレスリャジン騎兵も交えて斥候狩りを放つ。

 亡命した連中が降伏するのならそのままこちらへ受け入れるように指導する。父が言うように本当に皆殺しにする必要は認めない。

 竜! の斥候? が上空を通り過ぎ、聞いたこともないような鳴き声を出し、敏感な馬が怯える。棹立ち、逃走、落馬。火薬に慣れさせた軍馬でもこれか!

 あの本でしか知らない巨大生物は翼を広げて遥か向こう。矢弾で射落とせる高度にはいない。

 あれ程の生物、そう頭数はいるまいが、こちらの動向は筒抜けと考えていい。


■■■


 斥候狩りが帰って来て、狩り自体の成果はほぼ無いも同然。捕縛寸前に至った五名がいたが、降伏を勧めるも何れも自害したそうだ。教育は徹底されているか。

 追跡に成功した敵斥候の避難先は、藪や崖を利用して防御性能を高めた、空堀が囲む簡易防塁と物見やぐらの陣地。また少数ながら守備部隊と大砲も二門ほど揃えている。これがまた要所に散在していて簡単な要塞線を構築しているらしい。

 開戦前から既にこの防衛体制、相当に準備をしていたとしか思えない。父王の計画は筒抜けだった?

 該当陣地は小部隊では勿論立ち向かえない規模で、余裕を持って攻略するのなら千人は必要だろうか?

 包囲殲滅するのに十分な部隊を、一箇所につき四千程割いて差し向ける。

 そして良い報せも悪い報せも来るだろうと思っていたら、既に守備部隊は整然と逃げた後だった。斥候からは守備部隊の逃げる先は同一方向という報告が上がる。

 敵は弱小の下位部隊で対応出来ないのなら後退し、もっと強い上位部隊へ集結して対応する組織になっている様子。

 また大砲は軽量小型の物らしく、きちんと回収するか、余裕が無ければ火薬を目一杯詰めて着火、砲身を破裂させてから逃げたそうだ。

 大胆に北関門まで攻め上がってきたと思ったら、後方ではこの神経質さ。オルフや兄弟王子達とは違う”本物”と戦っている感触がする。


■■■


 その標的にした敵守備部隊を追うと、その逃げた先は川沿いの部落を利用し、防塁と空堀で防御を固めた要塞だった。

 もうこんなものがあるのか。呆れる。おまけに支援砲撃がいつでも出来るよう、川には大砲を積んだ軍船が待機している。

 無理攻めすれば部落要塞はどうにかなるが、その価値は認められない。敵兵が軍船に逃げ込んだらどうにもならない。

 自害に大砲の爆破もする連中だから要塞の大砲を奪うことは難しいだろう。大砲が無ければ軍船相手に騎兵だけでは何万騎いようとも勝利はおぼつかない。

 氾濫したダルプロ川は陸の兵隊が抑えられる規模ではない。

 対策としてはダルプロ川源流のマトラの山森地帯から制圧することだが、そちらに攻撃を仕掛ける準備がまだ無いので、制川権の奪取は現状では不可能と言える。

 敵戦力の撃破が不可能ならば後方警戒の部隊を配置して作戦目標に向かうしかないが、川という機動性の高い交通網を敵が握っている以上、目に見えている範囲、その部落要塞と軍船にいる以上の軍が機を見て高速で集結してくる恐れがある。各個撃破の恐れ。

 これで戦わずして万の味方が殺されたも同然の状況になった。戦力で勝っているとはいえ大砲などの火力で劣る現状で遊兵は出したくないのだが。

 ならば後背を突かれることを覚悟で作戦目標に進むか?

 敵兵力の方が劣っているのは間違いないが、万単位の兵力で後背を突かれる可能性がある以上は油断できない。

 それにここスラーギィで戦いが決着するわけではない。魔神代理領の中枢まで侵攻しなくてはいけない。訓練の行き届いた精鋭を無用に消耗する危険は避けないといけない。しかし押し通らねばならない。

 だが無理攻めはすべきでない。まず今立てて実行している作戦は予定通りに行おう。

 次からは兵力と火力を圧倒的に集中させて被害を抑制。軍を集めている内に時間を浪費し、その間に敵の防衛体制が強化されるおそれがある。時間は削って被害を許容して、徴兵と訓練の強化に注力して補充兵を充実させるのも手……時折何を考えているのか分からなくなっている気がしてくる。

 後方警戒、部落要塞警戒に五千の兵力を置く。それから本隊に追従しながらも前後どちらにも駆けつけられるように一万の部隊を編制する。

 何か、失敗している気がする。

 オダルとマフダールを、外交重視でイスタメルへ派遣したのが間違いか?


■■■


 八万五千の兵力で作戦目標に向かい、部落要塞を横目に北進。

 スラーギィは自領でありながら、自軍の疲弊の仕方は敵地へ遠征しているような状態だ。大軍を支える環境が整っていない。

 逆に敵はダルプロ川を抑えているので物資は潤沢である。戦死前提で敵地の奥に派遣した斥候の情報であり、悠々と川を行き来する敵船の量で分かる。

 無為な時間が過ぎるほど敵が有利となる。スラーギィに侵入した敵も、ヒルヴァフカで父の軍を相手にしている敵もだ。

 時間が有利不利を決める。それが分かっているからか、妖精共がいつでも逃げられる距離まで近づいてきては挑発してくる。

「へいへーい、かかって来いよ馬人間ども!」

「馬で拡張されたそのケツの穴おっ広げて見せてみろよー!」

「アッジャール男は玉無し男、母ちゃんの相手は馬、牛、羊!」

「雑魚相手に連勝したぐらいでいい気になってんじゃねぇよボンクラ軍団!」

「怖いよー助けてお母さん、マトラになんか勝てないよー!」

 これだけでは短気な連中が悪態を吐く程度。可愛いものだ。

 それから死ぬ覚悟でも出来てる連中が部落要塞から――追ったら逃げられないだろう――馬車で出てきた。

 そして馬車から劇団風の連中が降りて来て、玩具みたいな笛でピーヒャラ、手風琴でパフパフ、手平金でチャンチャンと小愉快な演奏を始める。

 カツラと見て分かる金髪巻き毛のカツラをつけた妖精が出てきて、四つん這いになって草を食い、不味いのか吐き出す。これはきっと、可愛いものではなかろう。

 女の歌手三人が肩を並べ、声を合わせて歌い出す。

『私はシビリよメーメーメー』

 カツラの妖精が懐から本を出し、軽やかに踊り出す。

『賢い女よメーメーメー』

 冷静になれと自分に言い聞かせるが、我慢が頭痛に繋がってくる。ただの挑発だ。

 カツラの妖精がこっちに向かって尻を突き出して振る。

『尻で何でも解決メーメーメー』

 馬の頭の玩具がついた棒を持った、毛皮服の妖精が馬車の裏を回って横手から現れ、しゃがれた作り声を出しつつ、棒の先でカツラの妖精の尻を何度も突く。

「オラ、仕事の時間だ! 滅私勤労、労働奉仕!」

「あーまるで馬みたーい!」

 カツラの妖精は女の甲高い声を上げる。

『今日もお仕事ご苦労さん』

 魔神代理領の軍服を着た妖精が馬車の裏を回って横手から現れ、棒の妖精を蹴っ飛ばして退場させる。

「うげぇー、アッジャール万歳!」

「この金きら羊め、退治してやる!」

『敵襲よ敵襲よ。怖い兵隊だー』

 軍服の妖精がカツラの妖精相手に交尾する真似を始める。

「イヤー止めて、イスハシル助けてー! 私はここよー、爆弾で死んじゃいないわ!」

『イスハシル、イスハシル、早く助けてイスハシルー』

 今にも突撃号令を出しそうなイリヤスの肩を掴み、抑えさせる。当たりはしないが、既に矢を放っている兵士もいる。

 馬の上に立ち、全将兵に見えるように北へ向かって手を振る。挑発は無視して前進する意志を見せる。一番に怒りを見せるはずの者が冷静に動けば良いのだ。したくはないが。

 あの劇団を殺しても意味が無い。殺せるような距離に近づけば、今度は敵の部落要塞と軍船からの砲撃に殺される。意味は無いのだ。

 後方警戒の部隊へ、決して先に手を出すなと厳命する。


■■■


 顔には出さなかったつもりだが、思ったよりも苦痛だった挑発を無視して北進。

 日の傾きを見れば、ジェルダナは時刻通りに中洲要塞の、西岸に建設された新要塞へと攻撃を開始してから丸一日が経過しているはず。朝駆け、夜襲を交えて総攻撃を繰り返し、場合によってはもう陥落させている。

 武力衝突は無いものの若干の時間稼ぎはされたので順調ではないが、方針転換には至らない程度。あと少しで前後から西岸要塞を挟み撃ちに出来る。

 行軍隊形から戦闘隊形に移行させる頃合になるが静か過ぎる。銃声はまばらで、砲声は無い。一度攻撃を中断した後か?

 上空を竜が通り過ぎる。こちらの動向は変わらず把握されている。

 斥候がジェルダナの銃士隊の戦況報告代わりに、不具にされたオルフ兵と、連絡用に無傷で済まされたオルフ兵士官の二名を連れて来た。

 不具の方は目を潰され、両手を砕かれ、鼻と耳は削がれ、歯は全て抜かれている。そして胸には”助けて、養って”と焼印が押されている。

 無傷のオルフ兵士官曰く、捕虜となり不具にされたオルフ兵が無数にいて、味方の陣地側に送り返されているそうだ。我々でもここまではしない。

 戦況報告では、銃士隊は敗北し、ジェルダナ自身も負傷して生け捕りとなったのを確認させられたそうだ。

 そして敵に与えた損害はおそらく軽微で、防御体制を崩すような打撃は確実に与えられていない状況。撃退された味方の士気も統制も低いことは想像に難くないらしい。ジェルダナの喪失が何より響いているそうだ。

 敵はほぼ全てが妖精の兵士で、奴等は驚くほど統制が取れており、死を恐れぬ勇敢さは近衛兵のようだとも。

 歩兵のみとはいえ十万の攻撃をこんなにも素早く撃退して大将まで生け捕りにしたとは信じ難いが、もう信じられる神経になってしまったようだ。

 今回の作戦ではジェルダナが要塞兵力を北側正面に引き剥がせないほど誘引、それからこちらの騎兵が南方から雪崩れ込む予定だったが、これでは完全に失敗だ。

 この十万の騎兵軍で、予定外の作戦行動を取る余裕はない。つくづくダルプロ川の氾濫のせいで初動にケチがついている。

 奴隷であるしか価値の無い妖精をこうまでも使いこなすのは奴、噂に聞こえる妖精使い、イスタメル州マトラ旅団長のベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンだ。

 この攻撃的なスラーギィでの防御作戦を企てたまでは不明だが、それを実行する軍隊を作ったのは奴で間違いないだろう。あのアクファルを思い返せば、その兄なんだからこのくらいはやってのけると想像は出来る。

 スラーギィに訪れたあの日から、アクファルに出会ったその日から奴の影がずっと自分の側にいるのだ。何とも呪わしい。

 妖精ともども、絶対に殺してやる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ