11話「子たる王の妃」・イスハシル
ニズロム領のアサルクム王子には逆に感心してしまった。
彼はオルフ北中、北東部に多い非オルフ諸部族の独立を保障し、徴兵に拠らず正規兵を大量に確保することに成功。北の道路事情の悪さから物量で押すことも難しいと悩んだのもつかの間、怖じ気付いて降伏してしまった。
まるで反抗勢力の炙り出しに協力してくれたかのようである。無血の降伏には寛大に、領地と軍指揮権を剥奪した上でのレーナカンド送致で済ます。
お騒がせな蜂起だった。該当諸部族への懲罰は指導者層の処刑程度で済ませ、代わりに商人のような富裕層を貴族に格上げして落着とした。これでより一層征服した者達の間で確執が拡大する。
どうしよう、アサルクムは手元に残すべきだったか? 対面した時はこちらに気を使って蜂起を促したというわけではなかったが。
アサルクム降伏を受けても唯一降伏しなかった部族もいた。旧統一オルフの男系血統を族長人とするサウラグ族で、全土の反乱機運を高めようと宣伝工作をしていた。そこまでしたからこそ引っ込みがつかず降伏できなかったのだと思うが、容赦する理由にならない。それにこちらとしても良い宣伝材料になると考えた。
彼等の工作が実る前に優先して族領を包囲し、軍勢が集結する前に三拠点へ分散して追い込んだ。降伏しても無視して砲撃で粉砕して部隊を突入させ、生きた者も死んだ者も全て捕らえて主街道まで引きずり出して吊るして並べた。奴隷にすらしない。
サウラグ族居住地は全て焼いて、石壁も崩して”平ら”にした。該当居住地に住む非サウラグ族はあえて生かし、建物には手をつけなかった。
その後も、族領外に居住するサウラグ族の生き残りは、貴賎を問わずに女子供も含めて主街道沿いに吊るした。積極的に住民が協力するように手間賃も出してその存在を通報させるようにし、密告を奨励して匿うことのないように工夫した。
族滅という事実は、同数の滅しない殺戮より宣伝効果がある。完全無欠に、混血児まで根こそぎ虐殺するのは不可能なので程々のところで通報密告即決処刑という流れは終わらせるが、オルフ全土にアッジャールへ逆らう愚かしさを示す好機となった。
アサルクムの蜂起断念からのサウラグ族抹消、この件を最後に内戦は終結した。
領主に留まった全王子から今後、二度と騒乱を起こさないという誓いの言葉を公共の場で引き出して確認。
処刑すべき全王子の塩漬けとレーナカンドへの送致も完了。
征西軍はオルフ全土の治安維持のため、またセレード族による内戦の隙を突いた略奪襲撃を防ぐ目的で再配置。
これらの処理をオルフの中核中心であるベランゲリ市にて行い、目途が立ったところでペトリュク領のシストフシェ市への帰路についた。
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シストフシェ城門前。ペトリュクから出撃させた部隊も解散して各駐屯地へ帰らせる。
この都市へ帰って来られて安堵の気持ちが沸いてはくるが、所詮は異民族の同族がほとんどいない街だ。
シストフシェの住民構成はほぼオルフ人。練り歩いて軍を見せびらかせ、花束を投げて貰おうなどと考えてはいない。何も期待せずに門を潜る。門衛はアッジャールの者なので素直に喜んでくれる。
親衛隊だけで宮殿へ直行する中央通りを進む。住民は逃げ去り、在宅でも窓まで閉め、露店も片付けずに逃げ去って人通りが無くなる。
孤児らしき子供がそれを機会と見て、露店に並んでいた食べ物を盗み始めるが、部下に命じて排除させる。馬で蹴っ飛ばして、鞭で背中を裂いて地面に転がす。無法を許した心算はない。
警備の兵士がポツリポツリとやって来て、武器を振り上げて歓声を上げる。それからその子供達を捕らえて、盗人へ法の通りに腕を圧し折る。物陰に隠れていた露店の店主の――ごく一部だが――平伏して礼を言ってきた。それからは犬が歩いているだけ。
宮殿前の広場ではシビリ、オダルを筆頭に配下が諸手を上げて歓迎してくれた。派手に祝砲も鳴り、鳩が驚き、群れて飛び去る。
『ウォーアッジャール! ウォーイスハシール!』
歓呼合唱、何事?
馬を下りるとシビリがシストフシェ陥落時のような喜びようで駆け出して来た。目前で一旦、駆け出す勢いを消すように踏ん張って停止し、慌しく礼をしてから、うーんと力を溜めて、体当たりするみたいに抱きついてきた。何と言うか、年甲斐も無い。
「痛っ、カッチカチ!」
胸甲をコツコツ叩かれる。他の王子ならばふざけた光景だが、もう毎度のことになっているので周囲も慣れたもの。
「素晴らしい戦果です殿下! もっと被害が出ると思ってたのに、ほとんど”無血”で勝利するなんて驚異的です! それとコレ! 超丁度良い具合に来ました。凄いでしょ!?」
コレとは一体何のことか分からないが。
「何が凄いんだ?」
「あー? あーあーあ、そう、ごめんなさい。先走り過ぎました、どうぞ。私宛てなんですけど、殿下もご覧下さい」
シビリから手紙を受け取る。簡素な物で、公式ではなく完全に私信の類。差出人の名が無く――何だ、ネズミの落書き?――ということは、無記名でも分かる相手、父王からということだろう。
”シビリは内乱を鎮圧する努力をしろ。そのためのあらゆる行為は正当と認める。反逆者への処罰をそちらの裁量によって行うことを許可する。また最も大なる功労者へは、適任ならばアッジャールに準ずる”子たる”王位へ即け、事態を収拾せよ。即位させるのは内乱終結後か、終結に必要と判断した場合。とにかく全てはお前の裁量に委ねる”。
これを見せるということは”子たる”オルフ王に自分が即位するということか。
アッジャールは広大な版図を持つ。父王一人で統治するのは困難であり、有力な王子達には”子たる王”の称号で分封した下位王領を任せることがある。
他に、アッジャール統外の人物に王領を任せる場合は”弟たる王”という称号になり、その中でも我が姉妹王女と結婚している場合は”婿たる王”になる。
回りくどい称号を使うのは、太祖皇帝と同じ帝号を名乗る資格を得るには自称ではならないことだ。真にこの、北大陸草原砂漠地帯の圧巻たる覇者にならなければ名誉の無い僭称と見做されるのである。群雄の一角如きが帝号を使ってはならない。
太祖皇帝も覇権を握った後に、王号では足りぬと臣下達が考え抜いて帝号を贈ったという故事に拠る。
であるから、自称した過去の人物など人心を失って立場も失ったものだ。自称を取り下げて面子を失った者もいて、やはり立場が崩れる。良いことなど無い。
「おめでとう、子たるオルフ王イスハシル! 王への昇格おめでとう! 昇格したから人事異動、部署新設、指揮系統の変更確認とかあるけどやっぱおめでとう! 魔神代理領との交渉にもハッタリ利くから、まあ大したことないけどありがとう! 次は結婚式ついでに即位式でベランゲリに遷都だ! うわまた仕事量が凄いじゃん、私おめでとう!」
シビリと違って思ったより興奮はしない。内戦で駆け回りながら、そうなるだろうとは思っていたからだ。征西軍の将軍の態度から、これかと思ってはいた。
思っても口に出さないのが太祖統の節度である。
しかしふと、内戦勃発前にこれに関連するような内容の手紙が各王子に送られたのではないかと直感が告げてくる。自分宛ての手紙は、シビリが握り潰したのでは?
「シビリ」
「はい」
名を呼ぶと、何か察したように澄ましたような顔になった。これはもう聞く必要はないと悟ってしまった。
「何でもない」
「はい」
「いや、苦労かける」
「苦労しまーす」
彼女が若干口を緩ませたので確信した。たぶん、暗に教えられた。
あの内戦は儀式だ。父王は統一皇帝を模範とし、正室はおかずに比喩表現として蒼天の神であるとした。これは結婚せず、迎え入れた多くの女性は全て妾として一段低くし、貴人も賎民も平等にして数多くの子を作っては数多の競争の渦中へと放り込んでは実質、間引いてきた。殺し合わせたこともある。今回もそう。
人間性を超越しなければ出来ないことだ。我が子を食い合わせるなんて、ただの父親なら出来るわけがない。
そんな男の後継者になるのか?
そして今抱きついている女は、そんなことをやって喜んでいるのか?
その期待に添っている自分は、どうだ?
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小さな凱旋式も終わり、忙しく次の体制へ移行する用意が始まった。
シビリは即位式と結婚式と遷都を同時にやろうとしており、その準備で忙しい。式の開催だけならまだしも、遷都と王領昇格による無数の手続きがある。
今まで同格だった兄弟王子の軍と所領が自分の下位に置かれる。税金の配分や軍の指揮系統の整理だとかが具体的にある。
シストフシェの宮殿にある執務室。まだ数回しか座ったことのない椅子に座り、執務机に向かっている。式はまだだが、立場が変わっただけに届く書類と手紙の量が凄まじい。
他の兄弟から領土、指揮権を剥奪した分の負担がここに来ている。これらを仕分け、返事を書き、案件に対処するための命令文書作成など、とてつもない量になる。内戦終結直後だからこその内容も多く、安定期に入ったら入ったでまた何がしか増えるだろう。
整理、助言、手書き作業等を補助する官僚がいなかったら本気で鼻血を噴き出す自信がある。
文章も様々。わがままをとにかく喚いたり、詩的なのかどうか知らないが読み辛かったり、雑談と変わらなかったり、完全に権限の範疇外のことを訴えてきたりと、読む必要性を感じさせないのに、読む必要がある中身の場合がある。少しでも負担を減らす者がいなかったら鼻血で済まない。
……ある時思ったのは、天井から紐がぶら下がっていて、それを引っ張ればそういう馬鹿を処刑出来る機械があったならと。
官僚機構が整ってないのに勤勉過ぎて、卒中で倒れる独裁君主の話は逸話にもなっている。そうなる気は無い。部屋の中には作業を分担する官僚が席についている。そういった官僚に全てを任せきりにするとまた官僚独裁、国益を無視して省益に走る、汚職し放題とか面倒な問題が出てくるが、今考えても仕方がないか。
頭と手先を悩ます数多い手紙の中に、待ち望んでいたようで、見たくなかった物が紛れていた。後回しにしてくれればいいのに、仕事中に触れたくない物だ。
差出人の名はベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン。アクファルの兄にあたる人物だ。読む前から何となく分かる。その前から予感はあった。
”親権は我が伯父トクバザルより私ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンに移りました。当方の都合により長らく返答をお待たせしてしまい、申し訳なく思います。
さて、イスハシル王子との縁談のお話、長く健やかに生きるという点を除けば素晴らしいものと存じ上げます。人心と政治の乖離、また不幸な同居は痛ましく、妹アクファルの身を考えればお断り申し上げるしかありません”。
長く健やか……人心と政治の乖離……不幸な同居……笑える。返事によっては強奪でもして略奪婚を成立させてやろうかと考える夜もあったが、説得されてしまった。人によって聞こえ方は違うが、良い言葉じゃないか。胸にきた。
「フワッハハハハハ!」
家族想いの兄じゃないかアクファル! 机をバンバン叩く。
「クウッフフフフフ!」
良かったな、そりゃあ良い! それで良い! こっちも決まった。床をバタバタ蹴っ飛ばす。
同室の官僚たちが呆けた面をしているので止めようかと思ったが、やっぱり続けて馬鹿笑いをしているとシビリが人を連れてやってくる。笑ってる自分を見て変な顔をしているが、どうでもいいか。
「何のようだ?」
「我等レスリャジ……」
使者が礼をして、言いながら懐から出そうとした手紙を立ち上がって引ったくり、広げて使者に手渡す。
「お前が読め」
レスリャジンからの使者の到着日時の都合が良過ぎる。アクファルがスラーギィから出て行くのを監視していたか? それとも恋敵の暗殺の機会でも窺っていたか?
「は、わ、私が?」
「二度言った方がいいか?」
脂汗をかいた使者が震えた手で手紙を持ち直す。下っ端でもまずいと分かる内容か? 更に笑えそうだ。
「偉大なるアッジャールの王、黒鉄の狼イディルの息子……勇壮美麗なるペトリュクの主イスハシルへ。オルフの騒乱を収めていくその手腕に感服するとともに、その指導力の恩恵に預かれることに幸福を覚えます……」
気持ち悪い、実に気持ち悪い! 試しに読ませてみたが、信じられないほど気持ち悪い。
「聞くに堪えん、やっぱりいい」
手紙を受け取って流し読みする。しっかり読んだら神経を患いそうだ。内容は要するに、いつまで待たせる、約束を守れ、アクファルが魔神代理領へ亡命したから結婚しろ、だった。
言い訳はもとより、要求するという非礼をどうしたら誤魔化せるか無駄に頭を捻った美辞麗句のような何かのせいでかなり文章が長かった。雑魚のくせにこの程度のことでゴタゴタ抜かすとは暇な連中だ。だからこその雑魚か。
「シビリ」
「はい」
「必要な数を用意しろ。赤子だろうが年寄りだろうが、人間なら何だっていい。全て任せた」
「はい?」
「私はペトリュク領の主か?」
「いえ、子たるオルフ王イスハシル殿下。相応しい数と血を用意致します」
シビリが父王にしか見せないような顔を見せた。
使者がわけ分からないという顔をしているので肩に手を乗せ、耳元で言ってやる。
「結婚してやると伝えろ。他所よりも精々着飾ることだ、ともな」




