09話「内戦」 イスハシル
いつもの詰襟の服、内張りが毛皮の兜、荒絹の防弾衣、胸甲、革の小手。最後に刀を佩いて戦装束。矢弾を素肌で受けて死ぬことを不幸で片づける気は無い。
指揮官が敵を打ち倒すために刃を携える時代は去りつつある。振るったとしても肉を裂くためではなく、部下に命令を下すためである。
貴人に取って弓馬とは教養である。文化としての狩猟に使うものであって、戦う騎兵のように人へ当てる物ではない。
ましてや殺人に最適化された汎用銃剣小銃など雑兵の下手物。貴人が使うとするなら洗練された猟銃であろう。
しかし我々は、それでもまだ指揮官が敵を切り裂きに行けば素敵だと思ってしまう。何とも伝統深い。
勇猛な指揮官というのは分かりやすくて人気があり、撃剣の名手となればこれに魅力を感じない男はいない。しかし必要とされるのにあっさりと、得意の撃剣で死んでしまうことがある。将来を嘱望されていたのに残念だ、という悲劇は何百と繰り返されてきている。
かつての誉れ高き統一の太祖とその子供達、我らが祖先の中で成功した者達は皆、撃剣で死んだことなどない。
若かりし頃に矢弾を受け、兜を刀で叩かれ、槍で落馬させられ負傷に苦しんだという話は幾らでもあるが、名君とされる者のほとんどは病没。敵の刃で死ぬような奴は格の下ということ。
自分は格下にはなりたくない。
それでも、ほのかに期待されてしまっている麗しき指揮官先駆けの姿を見せなくてはならない時がある。
己の身体は下々、末端兵士達と共にあると欺瞞する必要がある。
自分のような実績もほぼ無く、無能と臆病を疑われている若造はどうにかしなくてはいけない。
時には自分の戦術の失敗を、自ら危険に身を晒しての気合に頼る無謀な突撃で挽回しなければならない時も来るかもしれない。
動員した我が指揮下の将兵達の前面へ、武装した騎馬姿で出る。夏なのに一歩が薄氷。
ベランゲリに守備隊を残した上で出陣した。他の兄弟王子の反乱を鎮圧するためだ。自分は兄弟達の挙兵に”反乱”であるという表現を使い、この愚かな”内戦”を父王に代わって制すると公表した。
遥か前方、遠くには行軍隊形を解きつつある反乱軍が。数は先行偵察の結果、およそ二万と判明している。
パっと見てその反乱軍、右往左往していて見っともない。牧羊犬と羊を組み合わせた放牧列の方が統率が取れている。
あの軍勢、半数以上が手当たり次第に徴兵した農民である。都市攻略となれば精鋭の騎兵では足りず、農民の手数が必要になることは間違いないが、野戦が出来るように仕上がってはいない。
こちらから軍を解散しろ、と使者を送った。彼はメデルロマ領の兄弟王子カラム。
そして使者が、殴打されて腫れた顔で戻ってきた。返事は勿論拒否。
昔から負けん気の強い奴だった。相手の顎を掴んで歯を圧し折れるぐらいの握力自慢だが、有効活用したという話は聞いていない。それから短気で喧嘩っ早い。性格と顔の割りには髭が薄い。もう少しくらい良い所があったと思うが、もう意味も無い。
思い起こせばオルフに送られてきた我々王子達、皆若い王子である。年上の兄達のような領地を持たずにやってきた。
勝って分捕って兄達よりデカくなってやる、という意気込みでオルフに攻め込んだものだ。兄達から土地無し人無しのクソガキと下に見られてきた経験は、皆がある。
歳の近い兄弟達の鬱屈、自分が晴らしてやるのか?
我が方、自分が指揮出来る兵力はペトリュクとベランゲリの兵を合わせて八千。徴兵した農民のような雑兵はいない。代わりに軍人として動けるオルフ兵は組み込んだ。
征西軍の一部も引き連れてきている。その威容はカラムの軍から見えない位置に置いた。自分が内戦を制すると宣言した以上、いきなりこの戦力六万を投入するのは道理が違うように思えた。
しかしこの六万、使者を送る前に見せていたら降伏していたか?
砲兵展開。持ってきた大砲の内、百門を射程距離に並べる。残りは並べるのに時間が掛かるので予備待機。
カラム軍はこちらへ農民達を縦隊形で突撃させる。こちらの砲弾を消耗させ、発射位置を特定させるためだ。我々の得意な戦法ではある。
こちらの歩兵には戦列を敷かせて、先に並べた大砲と合わせて迎撃射撃位置に待機させる。その後方に騎兵を予備待機。
カラム軍全体の構成が斥候からもたらされる。
やはり農民が大半。その後方に待機するのはオルフ貴族兵。更にその後方にカラムの親衛騎兵。そして砲兵無し。
砲兵がいないことに疑問に思って、戻ってくる斥候の皆に聞き直しても砲兵無し。カラムの兄弟は何をするために出兵したんだ? 隣領の略奪かな?
敵の農民へ砲兵隊が全力射撃で応えた。時を同じくして狼煙も上げる。
直撃しなくても、目の前で轟音立てて砲弾が飛び跳ねたら人間というものは恐怖する。そうではないイカれた人間は稀にいるが、大多数ではない。
先頭の農民……農具だけ持たされたような男達が粉砕される。
一門につき最大でも二発程度、この射撃だけで農民の足並みは乱れて動きが止まり、押し合い圧し合いになって勝手に転び始め、仲間を踏み殺し始める。
恐怖しても訓練と統率で仲間の死体を踏んで進むことは可能なのだが、そうではない彼等は道を塞ぐ味方に襲い掛かって同士討ちすら始めた。
これが農民反乱だったなら後始末に入るのだが、カラム軍は健在。密集しながら混乱する農民達へ更なる砲撃を指示した。
調理前の肉を叩いて柔らかくしているような気分だ。正気まで吹っ飛ばした。
カラム軍の耳目をこの農民潰しに向けている間に、送った狼煙の合図で、左右から征西軍騎兵が一万騎ずつやってきて、遠巻きに半包囲状態を形成した。状況次第だが、出来るだけ突撃は仕掛けないで威圧させるよう指導してある。数を多く見せる為に旗は多めに持たせてある。
カラム軍のオルフ貴族部隊が逃走を始めた。その混乱は素人でも良く分かるほどである。あちらの親衛騎兵が逃亡を阻止しているが、逃げる方向が後ろから横へと変わっただけ。
砲撃停止命令を出し、改めて周囲の状況を確認するために斥候を放ってしばらく待機していると、降伏を告げるカラムからの使者がやって来た。自分はあの馬鹿とは違うので使者は丁重に迎えた。
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互いに野戦陣形を解きながら、兄弟カラムとの会見の時刻が迫ってくる。
降伏を受け入れる心算である。
しかしこのような騒動でオルフの統治体制の整備、主だった枠組みの完成が遅れている。
頂点に我々アッジャールが君臨する。
その下に婚姻と圧力で服属させた少数民族達がいて、征服された者達を直接統治する。
征服された者達の中でも利害に聡い富裕層、商人達を優遇する。金の流れが止まらない限り、簡単には逆らわないのが彼らだ。
都市部の人間からは荒くれ者、はみ出し者を集めて非正規治安維持部隊として国内を回らせる。物理的な憎悪を彼らに集中させる。行き過ぎた取り締まるをするそいつらを我々が軍を使って取り締まると、なんと現地人から感謝されることすらある。
農村部の人間はひたすら労働に励ませる。何も考えなくていい。
都市と農村の人間の意識の差は同民族とは思えないほどの差が、地方によってはある時はある。場合によっては単純に民族が違う。
まだ非正規治安維持部隊に農村の人間を殺させ、決定的な決別をさせる儀式が済んでいない。儀式はおろか日が浅過ぎて部隊結成も済んでいない。
残りの馬鹿共も必ず、この自分が打ち倒して回る。勿論、被害は最小限にしたい。
しばらくして、カラムが白旗を持つ旗手に護衛の騎兵までつけて、堂々と降伏しに来た。負けるという意味が分かっているのだろうか?
シビリから預かった手紙を開く。即時降伏の場合と、それ以外の場合について書かれている。それ以外の場合を開いて読み上げる。
「黄金の羊シビリの代行者たるイスハシルが宣告する。”黒鉄の狼イディルの盟友、黄金の羊シビリが付託された権限を持って王子カラムをレーナカンドの墓地に埋葬する”以上」
それから「処罰はカラムだけだ」と言うと、旗手と護衛は引き下がった。
見る見る内に顔を真っ赤にしたカラムが刀を抜いてデタラメに叫ぶ。全く何を言っているか聞き取れなかったが、その必要性は感じない。
イリヤスの指示で、石突の方を先に槍を構えた兵士達がカラムを取り囲んで突いて牽制しては、刀を持つ手を打ち、一人の兵士が柄を脇の下に潜り込ませて振るい、連携したほかの兵士が手に手綱を打って手放させ、落馬させる。
それでも無駄に頑丈でしぶといカラムは、槍の柄を刀で切り落として反撃に転じようとしていたりと頑張っている。さっさと射殺出来れば楽なんだが、貴人の流血は避けなければいけない。母なる大地に血を吸わせるのは天に背くこと。
イリヤスが「怪我するなよ」と指示し、兵士達はカラムからは距離を取って、槍の柄が切られたら引く、柄が掴まれたら離して引くなどして刃からは逃れるように動くことしばらく……飽きてきた頃に毛皮巻きの棍棒を持ったイリヤスが出て、疲れて動きが鈍ったカラムの膝を二回殴って跪かせる。そして叩き伏せるように背中を殴り続け、低く呻いてうずくまるだけになる。
その隙に刑吏が、カラムを棺桶に生きたまま塩漬けにする作業を済ませ、レーナカンドへ送り出す手続きを済ませる。
時に権力者の首は奴隷より軽くなる。
メデルロマ領には征西軍の一部を駐留させることにした。治安維持だけでなく、防衛用だから数は多めにする。王子達の動員力から考えて二万を、征西軍の全十六万から割いて配置。
これはオルフ人による民衆反乱の抑止が最大目的。都市市民の習性として旧支配者の敗北を悟ると襲撃を始めるので、カラムから首都の留守を任されていた者達を守らなければならない。
内戦なのだから殺して良い相手は本当に限られている。カラムの部下には生き残って貰い、アッジャールの民としてイディル王に忠誠を今後とも誓い続けて貰う。
動員された農民の生き残りは食糧を持たせて家に帰らせた上で、旧カラム軍を整列させて閲兵する。彼らはほぼ無傷の一万名。その顔を見て回り、一通り目を合わせる。
全員でなくとも集団の一部を魅了する。そうすれば残りの術がかかっていない者達は大勢に従う。
「王子カラムはアッジャールに弓を引いた反逆者である。王子と王子の戦いなどに正統性は無い。領地は黒鉄の狼イディル、そしてアッジャールの所有物であって王子の物ではない。一時的にその地の管理を任されているだけである。それを奪い合う権利はアッジャールに属している以上は無い。もしその権利があるとすれば、それは敵のみである。よってカラム王子は敵だ。敵だから征伐され、処罰された。カラム王子に従った将兵諸君は敵であったが、今はもう違う。君達は戻った。黒鉄の狼イディルの軍に、アッジャールの子に戻った。心配することはない。もう誰が敵か味方かを疑う必要は無くなった。王の旗の下に戻れ!」
兵どもの目付き、顔色が変わるのが分かる。それらしい言葉を吐けば、魔性の力が効き始める。彼等はもう自分の兵だ。寛大に、処罰などしない。
カラムは塩漬けにされてレーナカンドへ送られたことと、圧倒的な戦力差で完敗したこと、各地に駐留するイディル王の征西軍十六万が内戦鎮圧へと実際に動き出したことをオルフ中に流布させる。
征西軍は王子達の争いなどに本来、関わることはないのだ。だが今回は例外的に関わっていると知らせれば形勢はこちらへ更に傾く。
これで矛を収める王子が出てくればいいが……いや、出ない方が?
砲兵と補給隊とは足並みを揃えず、旧カラム軍を加えた七万八千――本当に実数か?――で、次の反乱地域であるツィエンナジ領へ進軍する。
正直、征西軍の方は持て余している。全十六万などこの規模の内戦では使いどころが無い。数値だけ借りて実態からかけ離れた大軍を演出している状態だ。本来の駐留場所に居て貰っているだけのことが多い。
それでも自分についてくるのは計測が難しい大軍。シビリが物資調達を差配してくれているので食糧事情は悪くない。
いくら各領を兄弟王子達が統治しているとはいえ、全て同じアッジャールだ。他の兄弟王子領からの補給があって略奪の必要は無かった。
自分は今、膨大な数値と人の中で溺れている。全容の把握など出来ていない。向かう先だけが分かっている。
頭が一杯な中で西からセレード族が略奪襲撃に来るかもしれない、という噂を聞けば具合まで悪くなってくる
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我が軍の斥候から、ツィエンナジ領のファバット王子軍に接触したと報告が上がる。今は敵同士だと互いに思い出すまで、仲間として話し込んでしまったらしい。ありそうなことだ。
ファバットの軍は鎮圧対象だ。彼は別の王子のブリャグニロド領へと攻め込んでいる最中。反乱軍と認定している内の一つ。
”公称”七万八千の我が軍はファバット軍の侵攻方向へ先回りするように進んだ。
ファバット軍は、同盟のカラム軍と合流する予定であったという情報を得ている。旧カラム軍を吸収した我々が、敵として接触する。
ファバットは昔からカラムの舎弟みたいな奴だった。あまり接点は無かったが、自分より強い者には従う性分だったと記憶している。それから、召使い達にあれこれ細かく指示を出すのは上手かった。中間管理職が向いているんだろう。
ファバット軍が出兵して防御が薄くなった彼のツィエンナジ領には征西軍から二万を割いて向かわせることにした。征服するのではなく鎮圧させる。戦うよりも交渉で済ませるように指導。未来の臣下を殺してはいけない。
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ファバット軍の進行方向を探りながら行軍を続けた。斥候からは位置情報が続々ともたらされ、遂には行動停止の報に変わった。
我が軍を待ち受ける心算だと思い、行軍隊形から野戦陣形へと切り替える手はずを整え始めていると、ファバット本人が白旗を持って一人でこちらの陣営までやってきた。付き添いは、いつも自分が使っている斥候が務めていた。
シビリから預かった手紙を開く。即時降伏の場合の文言。
「黄金の羊シビリの代行者たるイスハシルが宣告する。”黒鉄の狼イディルの盟友、黄金の羊シビリが付託された権限を持って王子ファバットより領地及び軍指揮権を剥奪する。また王子ファバットはレーナカンドにて謹慎するように”以上」
それから旧ファバット軍には、この”王の軍”に参加するようにも伝令を出すよう指示すると大人しく従った。王子が一人で降伏しにきたぐらいの状況だから話は簡単に通った。
さて、狙われていたブリャグニロド領のタフィール王子は、純粋な防衛行動で軍を動員していたという情報が既に上がっていたので、話し合いで済むと思う。
使者を派遣した。降伏勧告を行っては正気を保っているタフィールを挑発するだけなので、この度の動員は自領防衛が目的か? 追加の防衛戦力として一万を派遣出来るが受け入れるか? という二つの問いを出すだけにする。
タフィールはアッジャールの王子にしては性格に攻撃的な部分が足りない者だ。この征西にさえ乗り気ではなかった。従軍は義務以上の何ものでもないという顔をしていたことを覚えている。
自分の評価が間違っていた場合を想定してブリャグニロド領へは進軍して圧力をかける。ただし、領境へ到着する前に使者が折り返して来れる早さで、旧ファバット軍と合流をしながらゆっくりと。
道中に旧ファバット軍八千が加わり、将軍等と顔を合わせる。少なくとも顔と声に反抗する色を出さずに、自分へ忠誠を言ってみせた。
これで”公称”八万六千。明らかに自分には扱えない軍量だ。指示を出す度に上滑りしている感覚がある。
その後にタフィールに送った使者が戻ってきて、自領の守備に専念するという返事を貰ってきた。また、防衛力一万の受け入れを要請してきたので征西軍から一万を割いて派遣する。
もしこの一万を拒否した場合は反乱の意志があると疑われる。タフィールならばそうならないよう受け入れると思った。やましいところが無ければ、ということ。
斥候からはカラム、ファバット同盟軍を迎撃するために動いていた軍を引かせ、そして動員していたオルフ人を解散させたことも確認した、と報告が上がった。
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”公称”八万六千のイスハシル軍を征西軍とシビリが支援している。
この噂は各地の王子反乱を鎮めていった。勝ちが続けば乗ってくるもので、協力を打診してくる兄弟王子も続出。
使者の行き来で話が済む流れが出来上がったと一安心したところでペトリュクを守るオダルから急報。
ヴァリーキゴーエ領のベクラム王子、ノスカ領のレフシャー王子の同盟軍がペトリュク領への侵攻を開始している、とのこと。
どうしても血が出るほどぶん殴らなければいけないこともある。
明らかに挑戦してきている両軍は合わせて五万以上になるというが、しかしあの馬鹿二人組、散々こちらの大軍が動いているという情報を流した後だというのに。
何を考えているのか?
留守を狙うのは常套手段だ。都市を空き巣のように取られるのは珍しい話ではない。
彼等も分かっているはずだが、まだオルフに根差していない我々は領地に首都まで取られて焼かれたところで弱ることはない。イスハシル軍はペトリュクに依存していない。
アッジャール領オルフ全体に支えられる大規模野戦軍として動き回っている我々を取り除く手段としては見当違いも甚だしい。
何を考えているのか?
まずは、牽制になるかは不明だがペトリュク救援要請に他の王子軍が応じたという噂を流させた。とにかく大勢の名前を出してやる。塩漬け王子の名前も重ねてやろう。
焼かれてもいいペトリュクではあるが、馬鹿に踏み荒らされるのは気分の良いものではない。何より、防衛任務についている直接の部下達の命が大切だ。砲兵と補給隊とは足並み揃えずに強行軍で向かうことした。
一芝居を打つ。自分が行軍隊列の最後尾から短く激励の言葉をかけていき、最後に先頭へ立ち、先導する。こうすると皆まるで綱に引かれる盲人にでもなったように早足でついて来た。
この魔性の目、今まで持て余していたと思うが、使い方次第なんだろう。
こちらから出した斥候と、オダルが放った斥候双方が集めた敵軍の情報が入り始める。
ペトリュクへ向かう敵同盟軍はシストフシェ手前のイドレブ駅で合流するように進んでいる。また都市攻略用の攻城重砲を曳いているので、街道はその砲兵に占領されて足は遅い。
そして陣容も徐々に明らかになる。ベクラム軍は徴集したオルフ人が大半を占める四万。レフシャー軍は正規兵のみで一万二千。
旧カラム軍、旧ファバット軍一万八千をベクラム軍とレフシャー軍の合流予測地点に向ける。合流は阻止しなくてはならない。流石に五万が一塊になったら厄介だ。
ベクラム軍の後背へ征西軍二万を向ける。ベクラム軍を挟み撃ちにするよう、同時に補給線を妨害させるように指導。更に合流地点と、ベクラム軍後背へ向かった軍の中間地点にもう一万を予備につける。
イリヤスに残る歩兵と補助に少しの騎兵をつけてレフシャー軍正面に向かわせる。状況が動くまで牽制をするよう指導。
そして自分が残る騎兵を率いてレフシャー軍の後方に回る。
ペトリュクに残るオダルの軍には、レフシャー軍を攻撃するよう伝令を、狩られても良いように複数飛ばした。
オルフ侵攻時に一翼は担ったが、これは正しい采配なのだろうか?
征西軍指揮官は騒動が始まって以来、特に反論無く、自分の指示を具体化させるために発令し続けている。
叱られた方がマシだ。呆れられて口を出す気にもなっていないんじゃないのか?
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自分は騎兵隊を率いて素早くレフシャー軍の後方へ移動した。
彼等の補給隊は警備が薄く、包囲して脅せば直ぐに降伏していった。馬車の積荷に攻城重砲用の大型砲弾に大量の火薬が目立った。
イリヤスから伝令。レフシャー軍の牽制を開始したそうだ。
道なりに前進し、イリヤスの軍の牽制を受けて方陣形へ展開中のレフシャー軍が見える位置についた。相手は大砲の発射用意も進めている。方陣とは防御的だが、ベクラム軍の勝利と救援に賭けるのか?
散発的に牽制射撃の銃声が聞こえるが、本格的戦闘はまだ始まっていないさ。先に弾薬運搬車を襲ったおかげか、彼等の大砲は一発の砲弾も吐き出していない。
待っていたオダルの軍が到着。オルフ人を動員したようで予想以上に大勢になっている。さて、圧倒的多数で両軍とも包囲してやった。
レフシャー軍に使者を送る。今この時点で、無抵抗で降伏するのならば処刑はしないと一言添え、返事を待つ。
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使者がなかなか帰って来ない。殺したのならそれらしい反応もありそうだが、完全に無反応だ。
護衛を連れ、狙撃されない程度の距離に、レフシャー軍の方陣に近寄る。
「レフシャー王子の将兵諸君! 君達は今、四万の”王の軍”に包囲されている。ベクラム軍も同じく”王の軍”に包囲されている! 勝ち目は無い。また君達を包囲している以外には十万以上の”王の軍”が控えている! 戦っても負けるだけで全く意味が無い。もし今死んでもまったく無価値、不名誉だ。父と祖父に不名誉な息子の姿を見せるな! 降伏せよ!」
兵士達に動揺が見える。今なら撃たれまい。
護衛達を手で制し、単騎で兵士達の目の前へ行く。刀を振るわぬ王子の突撃だ。
「武器を捨てて降伏せよ! 抵抗せずに降伏したならば何の咎も無く、また諸君等はアッジャールの栄光ある軍に戻れる。将兵諸君戻って来い! 黒鉄の狼、アッジャールの王イディルの旗の下に戻って来い!」
兵士達の顔から戦意が失せたのを確認した。命令も無く武器を収めたり、地面に置き始め、中には座り出す者もいる。オルフ人ならこうはいかなかったかもしれない。正規兵の素直なところだ。
そのようにしていると、こちらが送った使者とレフシャーが共にやって来た。そして諦めたように溜息を吐いて、刀を抜き、自分の足元に放って投げた。約束は守る。
「黄金の羊シビリの代行者たるイスハシルが宣告する。”黒鉄の狼イディルの盟友、黄金の羊シビリが付託された権限を持って王子レフシャーより領地及び軍指揮権を剥奪する。また王子レフシャーはレーナカンドにて謹慎するように”以上」
これからがまだ忙しい。包囲陣、そしてベクラム軍にレフシャー軍降伏の報をいち早く伝えるための伝令を直ぐに出す。
レフシャー軍を武装解除し、監視の軍を置く。
それからベクラム軍を下すために残る全軍を全速力で向かわせる。勿論先頭には自分が立ち、走る。
そうしてベクラム軍を包囲する陣に到着したら、戦いは既に終わって武装解除がされていた。
そして王子が既に捕縛されているということを聞き、ベクラムに会いに行く。配下の将軍に徹底抗戦に玉砕まで叫び、捕まったらしい。馬鹿の末路はいつもこれか?
会いに行ったら、縄をかけられて捕縛されても諦め悪く暴れるベクラムがいた。これくらいの理解力の無さを持っていないとこういう馬鹿な反乱は出来ないのだろう。
「黄金の羊シビリの代行者たるイスハシルが宣告する。”黒鉄の狼イディルの盟友、黄金の羊シビリが付託された権限を持って王子ベクラムをレーナカンドの墓地に埋葬する”以上」
刑吏の馬車を待つ。ベクラムは男らしく言い訳などせず「イスハシルてめぇぶっ殺す!」「決闘で勝負をつけるぞ、掛かって来い臆病者!」と騒ぐ程度で気にならない。
しかし決闘とは、自分はあくまでもイディル王の代行という形で行動しているのに。これが個人意志の行動に見えるのか? 個人意志ならすぐにでも殺してやっているというのに。
刑吏が到着し、準備させてあった相撲の得意な巨漢の兵士にベクラムの首を優しく絞めさせて失神させる。カラムのように殴り倒すのはあまり良くないのだ。
刑吏がベクラムを棺桶に入れて塩漬けにし、レーナカンドへ送る。
降伏したベクラム軍、レフシャー軍を指揮下に入れる。もちろん動員されたオルフ人には食糧を与えて故郷に帰らせる。
ベクラム軍、レフシャー軍の敗残兵達に顔を見せ、また前と同じように声をかけていく。それで負けた色が消え失せたのが見てすぐに分かった。
父の魅力は常人の限界にあるだろうが、自分はそれを越えた……いや、それは思い上がりすぎか。
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降伏軍を確保したので、征西軍の十一万から二万を割いてペトリュク領に置く。こんなことがある度に強行軍などしてられない。またヴァリーキゴーエ領、ノスカ領へも二万ずつ派遣する。
そして次の情報――全くキリが無い――チェリョール領のガズレル、アストラノヴォ領のニザミトが疑心暗鬼になって軍を出し、領境の村で睨み合っているそうだ。
戦闘を始めた者は必ず処刑すると警告する情報を流布させ、また直接使者を向かわせる。
仲裁しに進軍、まだ続く……自分のためにならないのなら仮病で寝込むところだ。
この疲労感。もう何か、病では?




