08話「調査報告」・ベルリク
互いに酒に酔えば、相手もこちらも耳と口が馬鹿になる。常識である。
深夜まで叔父トクバザルと、お茶と酒の組み合わせで散々に酔っ払い、幕舎や川縁でした会話など、ろくなものではない。立小便しながらやったチンポ比べくらい意味が無い。
面白かったけどな!
それから朝になり、酔いが醒めて素面になってから周辺情報を伯父と、信頼できる親戚から聞き取りを行って、北部探検隊としての調査内容をまとめた。きちんと記録を取らないで聞いてもガキの遊びにしかならない。
情報集めも一通り終わり、土産の馬乳酒を貰ってスラーギィを発つ。
今回の仕事は成功である。
■■■
土産の馬乳酒を飲みながら良い気分でマトラの山へと入り、妖精達から地図の製作状況を聞き、写しを貰って調査内容の完成度を上げる。
バシィール城へ帰ってから調査報告書を地図付きでまとめ、旅の疲れを癒すために一泊。
翌朝、定期連絡船に乗ってセルチェス川を下る。マリオルに到着したらセリンに挨拶して船を用意して貰い、海路でシェレヴィンツァへと入港。
シェレヴィンツァ市内は新体制への移行で騒がしかった。丁度、魔神代理領中央からやってきた官僚やら兵隊やら荷物やらを積んだ船団の入港に鉢合わせてしまったのだ。
まず今までは見たことも無かった入港管制を行う海軍の船がいた。州政府関連籍の船は優先して入港させており、自分は特権でそれよりも先に入れた。
自分が乗る船の隣にいた商船の奴等はガタガタ文句垂れてた上に、連絡の使い走りを乗せてくれないか? としつこく迫ってきて、鉤縄まで勝手に投げて接舷すらしようとしてきたので。海兵隊が威嚇射撃で追っ払った。
上陸してからも港から連なる荷車の列が州総督府までの道路を塞ぐ。
要所に兵士が立って交通規制を入れ、手信号で縦横の往来を管制する。政府占有道路に指定された場所には迂回路を示す立て看板も設置されていた。これだけでも他国との文明の程度の違いが知れる。
先ほどから影が頻繁に通り過ぎる。雲ではない。
突如頭上から、ヴォワサッ! と聞き慣れない音が鳴って風圧さえ首を撫で、身体が一瞬固まって伏せようとする。立ち姿勢を堪えて維持する。
これはイシュタムの言っていた空を飛べる若い竜の仕業だ。蛾のような羽虫でさえ頭上を飛ばれると無駄に怖いのに、あの牛馬も攫えそうな体格になると本能が理性を凌駕する。
カラス、カモメとは比べ物にならない糞小便を空から撒き散らしそうだな、と眺めたが、そんな粗相は無かった。背の鞍に乗せている騎手と目的の建物はどこか? とか、受付窓口が混んでて面倒臭いとか、人間の言葉で喋っていた。その声は大型種、低音楽器のような響きなので聞き違えはない。
総督府庁舎の門前に到着したが、この界隈が一番混雑していた。都市郊外に建てられた庭園付き宮殿のような構えではないから催し物をやっている市場ぐらいの様相。
庁舎の勝手口までも人が列になって荷物を順番に渡していっているので入る暇が無かった。工夫がいる。
門前に戻って鉄柵をよじ上り、天辺から飛び降りて受身を取る。やっと入れた。
初めて見る人種に種族だらけで、本当に魔神代理領は世界帝国だと思い知らされる。これに喧嘩を売るなど、正気ならば考えられない。
中でも、肌が真っ黒い人間はヴィルキレクの奴隷で慣れていたが、蜥蜴頭には驚いた。魔族かと思ったのは自分だけではあるまい。
奴隷ではない獣人官僚もいて、前を歩く猫頭で可愛い喋り方の女が耳をピコピコさせてたりとか、撫でないように手を我慢するのが辛かった。
建物の中には窓から入った。運び込まれる本に書類も山のようで、未整理の紙が積層を為して廊下の片側を占有して狭い。渋滞を促している。
自分の旅団長格を示す偉そうな将軍の階級章のおかげで道を譲ってくれる者も多いが、限界がある。
禁じ手であろうが、それでも動けない時は靴を脱いで積まれた本の上を通る。それで怒ったジジイがいたけど「仲間の失態は俺が何とかする!」と返してしまった。
この渋滞騒動で頭に血が上り、変な言葉が出てくる
本や書類の整理の他に、部屋割り調節のために壁を抜いたり、渡り廊下を作って別棟と二階からも接続しようと工事が同時に行われていて通行止めになっている箇所も多い。外のように迂回の案内くらい無いのかと思ったが、無いようだ。
正直に床を渡っていては時間の無駄。窓伝いに移動する。
窓枠を手がかり、足がかりにして屋根へ上る。総督執務室の近くまで移動した。
重量物等を二階、三階へと簡単に上げるために、窓から綱で引っ張るという手段がある。ここではそれに加えて、若い竜達が空から屋上、中庭へ荷物を下ろす作業が加わっているのが良く見える。
空から宙吊りにした荷物を窓から入れるという作業は、どうも竜の羽ばたき姿勢では難しいようだ。ひびが入った硝子窓が一枚見えた。
屋根を渡って吹き抜けになっている中庭まで移動。屋根の縁からぶら下がり、窓を靴先で軽く蹴飛ばし続け、廊下を通りがかった官僚に開けてもらって内部へ入り直す。この辺りまで来ると、先に整理が終わったせいか人通りは少ない。多少の荷物はまだ廊下に積んであるが。
それから総督執務室前まで行き、秘書の部屋にいる犬獣人ワンコ奴隷、イシュタムに手を上げて挨拶。いつもより机の上に積まれた書類の数が多いし、増えた隣の席にはさっきの官僚が着席した。
「えらい騒ぎだな。ここまで屋根伝ってきたぞ」
秘書の部屋にある、入室前の身嗜み確認用の壁掛けの大きい鏡を見ながら軍服についた土埃を払う。鉄柵を乗り越えた時のやつだ。
「建物がこちらの基準より狭い様式だ、扉が特に狭い。大きな竜も正面からなら余裕で入れるように作らないと本来はいけないんだ、差別になるからな。天井はそこそこ高いが」
イシュタムが天井を見上げ、自分も見る。
「燭台吊るしている。竜の頭が引っかかる」
あのタルマーヒラの姿を思い出す。世界帝国基準は厳しい。
「イスタメルでは地震がほとんど無い。沿岸部は山が走っているから揺れると思ったが、旧公国の記録を見てもボロ小屋が倒壊するぐらいの小規模なものばかりだ」
秘書室に限らず、廊下の脇にも巻き上げ機があって、鎖が天井に伸びて吊滑車経由で燭台を吊るしている。頭上に不安定な物があるというのは怖い。
滑車は板越しに梁へちゃんと固定していると思うが、天井板が剥げて落下、金属塊が頭に直撃して即死。灯した蝋燭から延焼して焼け落ちる、という姿が想起された。
「そっちの田舎にゃ地震あるのか? セレードじゃ十年に一発、床に尻つけて屁こいた程度の揺れぐらいしかないけど」
「私の田舎は硫黄鉱山がいくらでもある火山地帯でな、時折山が崩れる噴火があるぐらいだ。地震は……全土で小さいのも入れれば二日に一回くらいか? 人によって気付かない揺れがあるからな」
「山が吹っ飛び? そりゃ、ヤバいな」
「地質学者が言うには三千年前にそういう崩壊的な噴火があったそうだ」
「三千?」
「地質学で三千年ってのはごく最近のことになるらしい」
「へぇ、気が遠くなるな。その田舎、ワンコの鼻で硫黄なんて嗅いでたらヤバくないか?」
「他所より瓦斯が出やすい山が多いから、石掘り達の寿命は確かに短い。自給自足で精一杯、特に輸出産品があるような土地でもないからな。金になるのは鉱石ぐらいか。だから有望な者は奴隷に出して口を減らして金を得る」
「そりゃご苦労だな」
うんこ臭い話を続けてもしょうがないので、親指を立て、ルサレヤ総督はいるか? と聞く。イシュタムは扉に向かって顎をしゃくる。
両開きの扉を軽く叩き、「マトラ旅団旅団長、ベルリク入=カラバザル入ります」と言い、ルサレヤ総督の「入れ」の声で執務室に入室する。
「失礼します」
正面の執務机、その席にルサレヤ総督。肘掛に翼をかけ、腕を組んで待ち構えている。
脇の執務机、その席に魔族の男がいた。翼の手も、腕の手も膝に置いて何だか慎ましい雰囲気で座っている。彼はルサレヤ総督と同じ種類の半分竜の姿で、鱗と羽毛の色は黒。肌の色はルサレヤ総督より黒く、顔つきはどう見ても人種が違うのに似ている。噂の総督代理で、ついでに親戚とかか?
踵を揃え、背筋を伸ばす。
「マトラ県以北の調査報告書です」
報告書をルサレヤ総督に手渡す。
「ご苦労。読むから少し待て」
前半の内容。
”マトラ県北にはスラーギィと呼ばれる大河を中心にした草原地帯を確認。マトラの山森を南境、旧オルフ南部の湿地帯を北境とする。川の水源はほぼマトラの山に依存。
住民は逃亡オルフ農奴や小規模に流入してくる遊牧民を主体にした構成で、およそ半農半牧形態。中央政府と呼べるものは長老達による連絡会議程度で、統制は非常に緩やか。主だった内部紛争は確認されていない。
当該地方で現在主導権を握っているのはセレード継承戦争に不満を覚えて出奔したセレード人一派で、中でもレスリャジン氏族が最有力でおよそ三千戸を有し、単独で遊牧軍の基準単位である一万人隊の動員が可能。
昨今の問題としてはオルフ諸国がアッジャール朝に征服されたことによる難民の流入問題。餓えた難民が窃盗行為を働く事件が増えていて、スラーギィ会議の基本方針は殺傷による撃退。
従来の受け入れ方針を取らないのは、アッジャール朝に反抗したオルフ人を匿うとまとめて懲罰される危険があるため。
既に当該地方はアッジャール朝に服属していると見做して良い。有力者同士の婚姻が進んでおり、それを機にスラーギィ兵のような非オルフ兵を用いて過半を占めるオルフ人を弾圧、分断統治する方針が固まっていると見られる。
商人を装って進入した時に販売した塩は大変に好評。エデルトによる不平等な専売の結果である。今後のアッジャール朝の交易政策次第では利益が出なくなる可能性がある。
オルフ各地にはイディル王の王子達の領主として複数配置されている。スラーギィに隣接する旧ペトリュク王領を統治するのはイスハシル王子。
イスハシルは驚く程の魔性の美青年という評判がある。目を見ただけで心酔させ、発狂さえさせてしまうという噂もある。精神に干渉する魔術使いと疑われている。
イスハシルは王子達の中でも有望視されている可能性が高い。アッジャール朝屈指の高官、実質の宰相と云われる黄金の羊シビリが同道して婚姻話を取りまとめていたという。彼がオルフの主導権を握る可能性が比較的高い。
現在、オルフ地方には征西軍と呼ばれる黒鉄の狼イディル王直属の軍が駐留中。この一軍で全王子の兵力に匹敵、優越すると見做されている。
遊牧帝国の倣いだが、兄弟であっても王子達は身内を殺してでも人や都市を取りたがる習性がある。王直属がいる限りは各王子の野心は抑えられているものと見られる。
アッジャール朝の侵攻、及び征服後のオルフ貴族への虐殺は非常に大規模なものであって現在、主だった残党勢力は確認されていない。侵攻に内応したいわゆる裏切り者達は利権をある程度確保しているが有力視されていないという話である。
オルフの一般民衆の扱いは苛烈で強制移住や間引きが徹底的に行われ、土地と集団の結びつきが断ち切られている。旧オルフ国家の伝統を破壊して反乱機運を潰す目的と見られる。
商人に対しては伝統的な融和策が取られている。同じオルフ人でも扱いに相当な開きがあり、民族的な団結をさせないように硬軟合わせた政策が見られる。
アッジャール朝はオルフ地方を征服すると同時に東方の、兄弟王朝であるラグト朝を攻撃中。東方の戦況は不明だが、オルフは宰相シビリ、ラグトは王イディルという分担から考えて、最大主力はラグトに向けられていると予測する”。
「私見がそこそこ多いな」
「だって私が聞いてきたから」
「スラーギィは別として、ヒルヴァフカ州の方から上がっている報告との齟齬は少ないな。良い比較材料だ」
「褒めてくれてます?」
「役職相応だ」
「嬉しいです」
ルサレヤ総督は報告書を更に捲る。そして添付資料も読み、口の片方を吊り上げ、笑っているんだか、呆れているんだか。
”遊牧帝国の、中核部の統一は間近と考えられる。これはアッジャール朝南進の予兆である。
幾つか考えられる中でも、秋の狩り入れ時、略奪して得る物が多い時期に平原続きで攻めも引きもしやすいヒルヴァフカ州を攻めて主力を誘引。
これは想定されている戦争なので良く持ち応えるはず。冬の始まりまでじっくりそちらに増援も含めて引き付け、おそらくヒルヴァフカ州に我々が増援軍を派遣して防備が薄くなったところでこちら、イスタメル州を攻めてくる。
一年で一番乾燥するその時期にマトラの森を焼き払って道を拓いて突破、略奪もそこそこに最速で側面に回って挟み撃ちにする。勝てるならば良し、勝てぬならば略奪して帰る。勝っても占領を継続できないなら略奪して帰る、と彼等は遊牧民らしく柔軟に対応するはず。
その時にオルフとラグトの敗残兵を集めて突っ込ませてくる可能性が高く、棄民目的なので動員数に無茶が利く見通し。
魔神代理領の中でも貧しくて動員人数が少ないこの北西部は一番弱い地域である。この事実だけで強者が弱者に見えてこなくもない。そういう雰囲気、気分というのは十分判断に影響すると思われる。
あちらが短期戦で占領に固執せず、主力軍への痛撃と略奪を勝利条件にしているならば我々が思っているよりも気軽な冒険風に仕掛けてくる可能性がある。例え最弱な地方でも、世界最強の魔神代理領に勝ったならば遊牧帝国の中で地位を向上させる宣伝が大きく打てるという点も見逃せない。それだけでも戦う価値はある。名誉の向上が各集団を集めて結束させる方法である遊牧帝国の面々にとって、十分に名誉とは実利である。
以上のアッジャール朝の圧力増加により、当方からはマトラ県での民兵組織結成の補助を要請する”。
「お前の、この戦略構想は別冊にしろ、他所様に見せられない」
「だめぇ?」
「マトラ県の民兵組織は許可する……事後承諾とはらしいが、生意気だぞ」
「私ですか? 知らない内に連中、派手な閲兵式が出来るようになってましたよ。ミザレジに言ってください」
「保護者の責任だ。それから州からの資金提供はできない。民兵へ資金提供を行うのは、その地が支援無しでは防衛力を維持できない場合だ。むしろマトラは過剰兵力で規制が入るような状況だ、しないが、な。しないから資金と装備の自弁は無制限に許可する。特別に反乱の予兆があるか無しかが主だった判断基準だから安心しろ」
「ありがとうございます」
「ヒルヴァフカ侵攻は確かに昔からの話だが、イスタメル侵攻は現時点で妄想の域を出ない話だ。スラーギィ地方からの南進があると想定して、それに対応した軍を増強するにしても経済に釣り合わない動員は出来ないし、対応できるように臨戦態勢を取るとしてそれは何年続く? どちらにしてもアッジャールの内部動向が知れない現状は待機あるのみ。
逆侵攻など中央で大計画を十年単位でかけるような規模だ。だからどうにもならない。だからマトラ県の民兵組織を大きくするのは許す。そうなった時に矢面に立つのはお前等だからな。手足を縛るまではしない」
「それ以上は旅団長じゃどうにもなりませんか? 火器が足りません。時間があれば配備は完了するでしょうが、その間が危険です。弓兵に比重を置くようには出来ますが、訓練に時間がかかります」
「可能性は完全に否定しないが、現実に合わせる。そうしないとあっという間に軍事費を回す為に周辺に略奪侵攻を続けて転んでくたばるまでのた打ち回る出来損ないの軍事帝国が出来上がる。それは千年、万年続くための魔神代理領の姿ではない。お前がそれを守るんだ」
「そこまで私……言ってます?」
「大袈裟に言うと、言っている。私の行動を良き先例にする可愛い連中だっている」
ルサレヤ総督は報告書に添付したマトラ県民兵組織の資料を指で叩く。
「しかしこの動員数、本気か? これ以上どうかしたいのか?」
「確実な勝利のためです」
ルサレヤ総督が資料を、脇の席の魔族に突き出し、受け取らせて読ませた。
彼の反応は、声を出さないように笑って足をジタバタ。妙に可愛い。何かもう、好きになった気がする。
報告書の最後の方を見てルサレヤ総督は、少し唸る。
「最後がレスリャジン氏族の亡命の是非か。最大で約三千戸、最低で十人未満?」
「奇跡と確実なところ、ですね」
「お前、バシィール城周りで一万人隊の面倒見れるか?」
「派閥が無かったらいけそうです。土地と軍事費が怪しいですかね。あとは大丈夫です、問題ありません」
「問題山積って言うんだそれは。旅団が一万を越えて師団規模になるなら一度相談しろ。別に減らせとは言わないが、手続きがある」
「それはどうも」
「ただし、政治的に重要、事案を抱える人物の亡命はこちらに相談するように。分かるな」
「一時保護は? 本当に一万来て行くところが無いとなったら協力して貰わないと、あれですよ、あれ」
「復興中のイスタメルに一万人と馬、何万頭だ? 牛に羊は? 牧地はどこにある」
「四つ足は大体売らせますか?」
「それはそちらの裁量だ。それからの最終決定には従ってもらう。それからオルフ人難民は論外で、越境次第生死問わずに追い返すように。レスリャジン氏族はお前に縁があってそれなりに制御が利くだろうが、オルフ人にまで指図はできないだろう。ある程度まとまった集団ならばともかく、飢えた農民は害獣と同じ、今のイスタメルに不要だ。容赦不要」
「それは確かに。レスリャジンには少しオルフ人が混ざってますが、それは?」
「そこまで細かいことは言わなくていい。まるで私が気の利かないババアみたいじゃないか」
「失礼しました」
背筋を伸ばし、踵を揃え直してみる。魔族の男がこちらを見てニコニコしている。
「報告ご苦労。あちらの要人に対する突っ込んだ報告も欲しい。法よりも人の差配が強い国だからな。引き続き調査するように」
「はい」
ルサレヤ総督は手に持った書類を置いて、机の引き出しから出した煙管に香木を詰め、魔術で着火して吸い、煙を吐く。お仕事はおしまいか?
「親類はいたのか? レスリャジンだろ」
「はい。伯父に会って――母が再婚して娘が――種違いの妹がいることが判明しました」
「ほう、良かったじゃないか。最低でも亡命させたいのはその家族と親戚周りということか?」
「はい。母と再婚相手は既に亡くなっており、伯父が義父だったのですが、妹はこちらで引き取りたいと思っています。それから伯父と親戚一同、その知り合いから亡命希望者を集めます。伯父が”頭もがれた長老より、信用ならん帝国より、身内の将軍様の方が良い”だそうです。マトラ旅団の騎兵に取り立てる可能性も話してます」
「他人はともかく、家族を保護するなんて私に一々言わないでいくらでもやっていいぞ。魔なる法は当たり前の話を肯定する。当たり前にやれ」
「そうでしたか、良かったです」
「ということで」
ルサレヤ総督はもう一度煙管を吸って煙を、輪にして吐き出す。
「気になるそこの新顔はウラグマという。私と同等の権限を与えられた正式な総督代理だ。私がいない場所での彼の発言は私の言葉になる。それから私より十四代下った孫だ。可愛いだろ?」
「どうもベルリクくん、よろしく。活躍は聞いてるよ」
ウラグマという脇の席にいた魔族が、手を伸ばしてきたので握手。喋り方も握り方もなんだか気軽で優しい感じで、人懐っこく笑ってきた。
ラシージには敵わないが本当に可愛い爺さま? 兄ちゃんで、ルサレヤ総督がババアバカを発揮してしまうのがよく分かる。
「よろしくお願いします」
つられて笑う、力まで抜けてくる。これは才能だなぁ。
■■■
報告が終わり、また混雑を抜けようとして諦め、屋根に上って若い竜を口笛で呼び、塀の外に空から下ろしてもらい、バシィール城主邸へ帰る。
マトラ旅団の旗が掲げられた門の両脇に、衛兵が人形のように直立不動で、目線すら直進のままで立直する。
そこの応対役である体格も立派な妖精の門衛士官が、威風も漂う敬礼で迎えてくれた。旅団の顔である。
「旅団長閣下、報告します。新体制移行により、マトラ旅団並びにマトラ県に関する事案の調整が本邸会議室にて、副団長閣下主導で行われております。旅団長閣下には会議室までご足労願います!」
「ご苦労」
敬礼を返す。少し前まではこういう威容がある人材はいなかった。短い間にも時は進んでいる。
門を潜り、花壇で脇を固められた小道を進む。邸宅の扉の両脇に控える兵士が、こちらの歩調に合わせて扉を両開きにし、屋内に入ると同時に音も無く閉める。この完璧な感じが若干怖い。
わざわざどこかの会議室を借りることなく、各隊の用事を済ませられるという意味でも城主邸というのは有意義。
師団長でも旅団長でもどこか一つ城主を兼任するのが現状で、肩書きが城主一つの者より断然邸宅が広い。ちょっとした大使館機能も保有する必要があるのだ。
もしレスリャジンの者が用事でシェレヴィンツァに来ることになったら、このバシィール城主邸に泊まらせることになる。アッジャールの者が来たら、どこかな?
会議室へ入る。議論を交わしたような熱気が部屋を包んでいる。暑苦しい、窓を開けたい。
我が旅団の副団長ラシージ、各連隊長、独立大隊長、マトラ県議員が機械仕掛けのように椅子を素早く引いて起立、気をつけ、敬礼。
わずかに遅れて――初めて見る――二名の官僚が同じ動作を行い、最後の一人の官僚が歳のせいもあるか、ゆっくり起立して礼。軽く敬礼して「楽に」と言い、全員が着席。知らない間に偉くなった感じがする。不思議なもんだ、実感が無い。
上席のラシージが席を譲り、そのラシージのケツであったかくなった席に座り、ラシージを掴んで膝に乗せる。妖精達が、この階級ともなると騒ぎ出さないが、目線を送ってきて羨ましそうにする。官僚三人はどう反応していいか困った顔をし、そして賢明なことに無視した。
着席を見計らったように給仕の妖精達が入室し、お茶を配り、退室する際に窓を少し開けていった。もしやと思い、お茶を口にすると香り豊かな味が出ているという奇跡が起きた。召使い頭の妖精がいないと薄過ぎるか濃過ぎるか、お湯だったり雑草で青臭かったりするのに、まともな淹れ方になっている。技能に熟練すると妖精は進化する、改めて実感した。
ラシージが三名のお客を紹介しつつ、マトラ旅団管轄範囲、つまりマトラ県全域に対し、新体制によって変更される規則の報告をする。
「あちらは警察官僚の方。警察活動をマトラ県内の人間居住地域、街道沿いにて行います。妖精居住地域に関しての警察活動はマトラ県自警団に委任することになりました。人間と妖精の間に発生した事案については、小事であっても特例案件として扱い、裁判所と連携を取ります。これでマトラ旅団は警察活動から解放されます。またバシィール城には連絡員を常駐させることになります」
これで我々は純粋な軍隊になった。人間と妖精の区別も妥当、問題ない。
「あちら俗法官僚の方。人間に対する裁判権はマトラ県地方裁判所が県知事から引き継ぎ、妖精に対する裁判権は県知事が引き続き保有します。人間と妖精の間に発生した事案については、小事であっても特例案件として扱い、県議会と連携を取ります。その特例案件の決着が長期に渡ると見込まれた場合、魔導師魔なる法での判決が下され、それが最終決着となります」
魔なる法とは随分と応用が利いて便利なようだ。面倒臭いことはそれでスパっと快刀乱麻、素晴らしい。だが、イスタメル州に魔導師なんて何人いる?
まずルサレヤ総督だろう。ウラグマ総督代理も資格を持ってると見ていい。セリンはひよっ子だからそんなご大層な資格は持っていないだろう。持っていたら深刻そうな顔をして教えてくれるはずだ。ということは、そこまで持ち込む気なら覚悟しろよって意味か。何だか怖ぇなぁ、おい。
「あちら内務官僚の方。バシィール城と県庁所在地に連絡将校並びに職員複数を待機させます。尚、行動内容は部外秘であるため、干渉は不要とのことです」
怪しさ爆発。職員って言うが、情報員だろう。得体の知れない情報を拾っては流すような輩。それと職員複数という表現だが、場合によっては千名単位の武装した”複数”を持ってくることもあるだろう。
懸念だが、マトラの県庁所在地に待機するのは本気だろうか? そいつら”妖精の常識”に頭やられて逃げて来るんじゃないか?
「以上です」
「諸君、任務ご苦労である。何も無ければ解散したいが?」
ラシージの腹を撫でながら、お返事が無いか待つ。多少は考える時間を与える。急がせて大事な案件を言い忘れたなんて間抜けな事態はごめんである。
内務官僚がそっと手を上げた。
「どうぞ」
「今まで、魔神代理領の長い記録の中で旅団長閣下のように妖精を強力に統率出来た者は皆無です。内務省では妖精自治区という形での隔離を行い、俗法で対処できないならば魔法で対処してきました。閣下のその”不思議な能力”と言いましょうか、その事についてお教えくださればありがたいのですが」
こういう事は内務省の役人が突っ込んでくるのか。波風立たないようにルサレヤ総督に任せればいいのにと思ったりするが、これは監視される州総督と監視する内務省の確執の一端か? 役職と組織にも人格は宿るから、案外正解だったりして。それにしてもルサレヤ総督の監視とは羨ましい。
「優しくしたら優しくしてくれた、としか言えない。妖精達も何でかよく分かってないようで」
「理由は不明ですか?」
「お前等分かるか?」
妖精達は「うーん」だの「むー」だとか唸ってから『大好きだからです!』と、口を揃えて言った。
改めて言われ、ちょっと感動してしまった。それからラシージが同意するように親指をそっと手で握ってきたので、泣きそうになった。長旅続きで疲れて涙腺が緩んでいるのか。
内務官僚は両手を上げた。
「降参です、参りました」
食い物から食べ方の指導までして、胃腸の状態管理にケツの穴まで覗いて、垂れた糞を掻き回して調査することが仕事の内務省が降参などするものか。
これからこの変質覗き魔野郎との楽しい同棲生活が始まること間違いなしだ。せめてケツを拭いてくれるんだったら可愛げがあるんだが、それはお仕事じゃないと言い張るだろう。可愛くないから可愛がってあげない。
「それでは解散。ラシージ、たまには二人で外に飯食いにいくか?」
「はい」
内務官僚が早めに席を立とうとし、こちらの言葉を聞いて動きを通常の緩慢さに変え、息の吐き具合から溜息を寸で堪えたのを捉えつつ、ラシージの頭を撫でる。可愛いから可愛がる。
このシェレヴィンツァの城主邸でのんびりしている暇はほとんどない。
明日にはまた港から船に乗って、マリオルから川を上って、マトラの山森を抜けてスラーギィ。伯父が説得した一派が、裏切り者と糾弾されかねない状態で待っている。思ったより猶予は無い、気がする。
妹のアクファルに会うのは楽しみなようでいて結構気が重い。
彼女は部下ではない。これか自分が兄貴であるよりも家長として”親父”として迎え入れて責任を持とうと言うのだ、気楽なわけがない。
指揮官は正常な判断を下すために疲れてはいけないとされる。下の者から見れば将軍共がのんびりしている姿に殺意を覚えることも、先の大戦であったわけだが、忙しくないのも仕事の内だ。
頭を掻き乱してくる内務官僚みたいな腹の虫の相手なんかしている場合じゃない。
今はラシージと一緒に、こう、何かするのだ。
「何食うかな?」




