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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第1部:第2章『アッジャールの大侵攻』

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04話「塩の道」・ベルリク

 北部探検隊を結成する。

 マトラの手抜き地図の不正確な部分を現地で確認し、ついでにその草原の先も確かめよう。誰がいて、いなくて、何をして、何が出来て、何を考えているか。

 ルサレヤ総督はその先へ行くことを許可したので行けそうな場所まで行きたい。いっそセレードまで抜けるか?

 北部の草原と思われる地域を更に北へ行けば、世界地図が馬鹿みたいに間違っていなければオルフ人達の分裂王国群だ。遊牧帝国に踏み潰されることはしょっちゅうでも、内輪揉めで運よく引き返してもらったり、百年に一度の団結をしてから焦土戦で耐え切って命運を繋いできている。

 ここ百年は火器の発達普及で、主に防御戦で良い勝負をしてやり返し、逆侵攻までした話はあるが 実態は不明。国境付近の田舎町を焼いてエイエイオーと叫んだ程度と外国からは考えられている。

 国境付近での争いっていうのは最終決着がつかない限りそんなものだ。自分の故郷でも、仲の良いところから応援を乞われて似たようなことはやっていたものだ。

 最近はアッジャールが元気に西へ東へ拡張しているという噂だ。実際にどうなっているかは知らないが、少なくとも月遅れで購読しているエデルト機関紙では相変わらずに”優れた酋長達”の動向を、歴史は繰り返すとして論評している。

 そのオルフ分裂王国群から西に行けばセレードだ。この経路を上手い具合に開拓できたら休暇でも貰うか? どうしよう。

 そして懸念、極めて個人的。この陸路が拓けたらエデルト=セレード王国にとっての海路の要衝を握るアソリウス島嶼伯シルヴの重要性が政治的に低下する……でも陸運なんか速度も量も海運に敵わないか。それに陸路の警備はかなりキツいし、道が整備されているとはとても思えない。それに国境かそれに近い境が多くて金銭、速度面で不安定だ。じゃあ大丈夫だ、低下しない。手は抜かないでおこう。

 北部探検隊は武装商人を装うことにした。随員はラシージ子飼いの工兵を十名連れて行く。道を作ったり地図を作り直すのでそういう専門家がいる……しかしこいつら何でも出来るな。

 それから護衛役に最精鋭を集めた、分散行動も伝令も非正規戦にも手馴れた旅団司令部付き”偵察隊”を選ぶ。マトラ旅団長である自分にとって、痒いところに届く手、ケツの穴まで覗く目として作った。旅団長如きが親衛隊を作るわけにもいかないが、看板を替えて置いておくのは許容範囲。そういう連中だ。

 練度を優先して増強中でまだ、結成から一月も経っていないのでこちらも十名足らず。これ以上の増員は探検任務には人員過剰だ。もしそれ以上増やすならばいっそ、マトラ旅団を総動員して道と駅を建設しながら旗を立てていって、ドデカい鉄の拳を見せびらかして行った方が良い。

 武装商人をやるので、バシィール城に商品を卸しに来ていた商人を招いて相談をする。大体の計画は出来ているが、中身を固めたい。

 狭い城の敷地だが、商人用の宿場町ぐらいはある。声をかけて、飯と酒は奢るということで集めた。

 召使い頭の妖精には人間の客が怒らない方法を何とか指導。態度は相変わらず、てめぇこっちのやり方に文句あんのかクソ城主、だったが意外と問題なかった。これはこういう仕事だからこうやれ、と指図すると上手くいくことを発見。いつも通りに腹がはち切れるような量を出して、食いきれなかったらケツの穴から突っ込むと脅して、脅しに屈しないと本当に突っ込んでくることは無かった。

 相談するのは、まず商品はどうするか? である。偵察目的だが、真面目にやっているところを見せないと怪しまれる。そしてゆくゆくは利益を出して民兵分の武器を揃えたいところだ。調査目的の交易を超える本格的な商売になったらイスタメル州やマトラ県に領分を移譲する必要はあるが、別に商売人になる気はないのでそれでいい。

 商品は何がいいかと単純明快に問えば、内陸部で不足する物と言えば塩だと言う。塩湖でもあれば別だが、これから調査する地帯周辺、参考に出来るオルフ分裂王国群には主要な塩の産地が無いそうだ。

 オルフ南西部の山岳地帯には塩水が沸く湖があって、そこで沸かして製塩は出来るらしいが規模は小さくて全人口を賄うには足りない。

 北岸部で海水からの製塩も不可能ではないが、生産効率が悪くて同じく規模が小さい。

 こうなると輸入に頼ることになる。従来は三経路から流入していた。

 一つ目は、西のエデルト産の陸路運送。岩塩鉱が十分にあるのでそのまま切り出して売られた。現在は高値で独占状態。この岩塩の販売は専売公社が独占していて、お国柄もあってか天変地異でも無い限り現状を変えないだろう。

 二つ目は、北海経由の海上運送。海運ならば安かろうという印象だが、ランマルカ諸島の共和革命派妖精勢力の影響――拿捕撃沈例多数――で交通が低迷していて、北海の海軍強国であるエデルト以外からの流入はほぼ絶無。更に冬季などは氷結して閉じてしまう。

 三つ目は、東方からの遊牧帝国産の陸路運送。いわゆる草原の道、絹の道。値段は遊牧勢力同士の抗争や、オルフへの略奪襲撃時に物流が途絶えたりして価格も輸入量も不安定。アッジャール朝が遊牧帝国の完全なる指導者となれば安定すると見込まれてはいるそうだが、遠い内陸のことなので情報が少ない。

 四に至らぬ他の道としてオルフ南西部の山岳地帯経路。そこからはバルリー大公国に接続は出来るらしいのだが、険しい山道しかない上に中央統制の利いていない現地人の勢力圏なので交通の安全が保障されず、まずこの道は無いものとして考えて良いらしい。

 商人達からの分析は概ねこのような感じ。何を企んでいるか分からないという前提で、嘘や誤魔化しを警戒しながら話を聞き、顔色を見ていたが嘘に間違いも無いだろうと勘が言っていた。

 さて、十九年前のことである。オルフ分裂王国群が統一状態を失ってから百年は経とうという頃、エデルト塩の価格が不当に吊り上げられているということで結束して抗議をすることになった。農民による塩一揆が起こり、商店への襲撃が起ったのが切っ掛け。

 対策として東方からの極東物産、絹や陶磁器、香辛料に皆で揃って関税を課して抜け道を塞ぎ、これを武器にして塩価格を下げる交渉をする、という調整会議を実施する予定が立つ。

 その予定が立った都市、旧統一オルフの首都だった地にエデルト軍が電撃侵攻して占領してしまう。

 中心地を奪取され、慌ててバラバラに進軍してきた各国軍は連携が取れず、合流も出来ずに各個撃破される。こうして劣勢を悟らせて不平等条約が結ばれて決着となる。

 これは後に塩戦争と呼ばれ、士官学校ではこの戦訓を学んだ。当時まだ同君連合していなかったセレードがエデルト軍の国内通過を許可したので、街道に出て両親と彼らの強行軍を見物した記憶がわずかに残っている。その時近くで一人の兵士がぶっ倒れたので介抱した覚えがある。

 現在オルフ諸国に出回っている塩は、戦争によって結ばれた不平等条約によって高値がついた固定価格のエデルト岩塩が大半で、あとは残りわずかな国内産塩と密輸塩である。ここにイスタメル塩を突っ込もうという企みである。

 我等がイスタメル州沿岸部のマリオル県では温暖乾燥気候を利用した塩田が復活して増産中である。夏場に天日干しで作るものなので、もう製品は積み上がっている。

 マリオル県の知事とは誰か? 我等の仲良しセリンちゃんである。話を通すのも気楽な上に早い。何かと面倒なことをぐだぐだ言う性格でもない。それに丁度、河川艦隊の運用開始の話も聞いている。

 こちらが考える南からの経路は、マリオル県から川船を出して塩を運んで真っすぐマトラ県に到着。ここから陸送で森を抜け、正体不明の草原に出てからオルフに到着する。未だ誰も開拓していない経路からの奇襲的密輸。

 これは儲かる匂いがする。商人をやったことはないので感覚が正しい自信は無いが、奇襲成功せり、との勘が働いている。

 塩の仕入れ値はともかくとして課税は無視していい。魔神代理領の商業理念は自由貿易であって国外に物産を持ち出す時に差っ引かれることはない。絶対に安く売れる。

 更に考えると、セレード国内には国外輸出に回せるような塩田も塩鉱も無いので、エデルト岩塩商人が苦境に立たされようが知ったことではない。

 よし決まった、塩を売る。

 そんな話になったので、当然商人達は一口乗りたいと言ってきた。相互利益やらイスタメル発展やら普段世話になっているお返しに助力などなど良い事ばかり言う。外部の商人を入れる心算であったので、何を喋ろうが良いのだが、覚悟を聞かないといけない。ただの儲け話ではないのだ。

 まず「一緒に冒険をしたい者は挙手」と言うとほとんどが上げる。既に販路が安定している”大商人”は上げなかった。表面上では、十分儲けているから他所に譲る、という感じ。

「マトラ県内、マトラ旅団の事案である。妖精と仲良くでき、また揉め事を起こさないのが絶対条件。例え何かの誤解で積荷全てを燃やされようが、だ。賠償謝罪は一切しない」

 手が下がり始める。

「行き先は未知の場所。まず人がいないかもしれないし、いても全て敵対勢力かもしれない。儲けが無くても死んでも文句は言わせない。これは軍事作戦で、金は二の次で情報が目的だ」

 これでは下がらない。

「そして行動をともにするなら軍の指揮下に入ってもらう。裏切りには銃殺刑で、関係者も法で裁かれる」

 大抵の商人が手を下げた。取り分だの袖の下だの要求しない分良心に溢れていると思うのだが、まあこんなもんだろう。

「護衛はそちらには雇わせない。専属お付きの家族みたいな、高級奴隷のような奴でも、部隊指揮の邪魔だ。こちらで命は守るが、一兵士のように扱うから特別扱いしない。敵に腰を抜かすお嬢さんは切り捨てる。後々邪魔になりそうだったら本当に刀で切って死体を捨てる。それでも何かを見て掴もうとする奴は?」

 最後まで手を下げないのは一人。ちょっといじめ過ぎたので、救いの手を出す。

「しばらくの間この交易路、交易が出来たらの話だが、それは信用の置ける者にしか当分は使わせない。管理が州総督や県知事の手に渡った後の話は知らないが、妖精の住む森を突っ切る道だということを思い出してもいい」

 遠回しな言い方だったが、分からないほどの馬鹿面には見えない。しかしまた上げる者はいなかった。

 上げ続けた商人の名を聞けばリーデルという、そばかす跡が見えるような若者だ。ちょっとびびっている割りには勇気を出している感じがいじらしくて可愛い奴で、正当に扱っている間は従わせやすそうなので不満は無い。

 中身が固まったので適当なところで会合はお開きにした。利が無いと分かって商人達も早々に帰った。


■■■


 マトラ山地を水源にし、イスタメルの海まで流れるセルチェス川。水量は豊富で、灌漑設備が復活してきているが川が”痩せた”と噂には聞かない程度に大きくて深い。

 そのセルチェス川からバシィール城に一番近い船着場へ朝に行き、最近始まった定期連絡船に乗る。軍装で小切手一枚懐に、身一つ。船賃は通常必要だが、軍務とあれば勿論無料で利用できる。海軍が最近整備し始めた河川艦隊の、平時の仕事だ。

 河川艦隊は河川上及び近海の水上輸送能力を、敵軽戦闘部隊からの襲撃を撃退できる能力を保持して実現する、という要領で整備されている。

 実戦的な艦隊は実現途上。敵部隊を撃退出来る火力を実現し、応分の大砲を積載しても浅い川底で座礁せず、喫水を浅く保つ能力を持った河川砲艦、という装備は建造中らしい。

 川下りの途中で運河の掘削作業が見られた。他の川や湖を経由させて横に繋げている。

 計画上では州の横断どころか隣接州まで繋げるらしい。そんな規模の運河建設だから気の長い作業で、完成には十年単位でかかるもよう。喫水の深い船を通すために川底を深く掘る、浚渫作業までし始めたら百年がかりか?

 川の流れと順風も手伝い、そして日暮れ前にはマリオルへ到着した。陸路に比べて驚くほど早い。徒歩で訪問したのもついこの前か。

 軍港のための県となりつつあるマリオル県。およそ、ほとんどの設備が海軍を支えるためにあるような状態。住民もほぼ関係者になりつつある。

 シェレヴィンツァ港は既に開発がされてしまった後であり、民間船が活発に利用しているので拡張工事をする余裕が無いそうだ。新たに港を拡張となるとこれは大工事になり、期間中の現存港に制限が掛かる。

 軍港は機密が保持されなければならない。敵の密偵に、気軽に艦隊情報を探られてはならない。そのための区画割りも難しい。

 大工事を回避し、区画割りの困難も達成するために取られた措置がマリオル県そのものの海軍施設化、全住民の海軍軍属化である。セリンにマリオル県知事とイスタメル海域提督の重職を兼任させているのはそのためだ。

 港に常駐している顔見知りの海軍連絡将校に必要用件を伝え、水揚げからこぼれた魚狙いの猫を撫で回している間に、あまり時間を置かずに馬車が来て案内される。

 到着したところは港の倉庫で、セリンが待ち構えていた。肩書きはマリオル県知事及びイスタメル海域提督の偉いさん。旅団長より偉い、肩書き足し算をすれば州総督の次にイスタメル州で偉い。

 一見そんな重職を担っているとは思えない可愛らしい顔の女性だが、頭に巻いた白い布で隠し切れていない長い髪は一本一本が太くて生き物のように蠢き、指の間にははっきりと大きな水かきがあって、首の鰓が開いたり閉じたり。目は、普通のまぶたと違う半透明の膜が瞬きするように下りて上がる。彼女は人間を止めた人間、魔族だ。簡単に言うと化物。化物と確認すれば重職を担っていても不自然じゃないのが魔神代理領。

 以前まで似合ってなかった彼女の海軍軍装だが、どうも似合うように仕立て直した様子で格好がついている。

 挨拶も面倒なので用件を言う。

「おいセリン、塩くれ塩、しょっぺぇのくれや」

「あぁん?」

 セリンがこっちを向いたまま、背後の倉庫の扉を髪の触手で開ければ塩の山だ。建設現場で土砂の山を見たことはあるが、その規模で塩が積まれている。

「おーすげぇ」

「欲しけりゃくれてやらぁ!」

 いきなり塩を鷲掴みにしてぶっかけてきた。

「やめろアホ!」

「きやっははぁ!」

「きゃっきゃじゃねぇよクソ女!」

 セリンは三度ぶっかけてきてから、塩を掴んだ手をペロペロ舐めて、キリがなくなってか、こっちの服に拭ってくる。

「はいはい、んでんで、どんくらいよ旦那。私のしょっぺぇ黄金をよ。何なら小便でもかけとく?」

「いらねぇよ。あー、そう、二頭立て馬車二台分を四台に分けて積んでくれ。道悪いだろうからな。馬はあっちで繋ぐからいいや」

 頭にかかった塩を手で払いながら、懐から小切手を出して手渡す。金額は書いていない。信頼関係から言えば口約束でもいいのだが、官僚組織が緊密なこの魔神代理領では止めておいた方良い。

「あいよ。直ぐ出んの? 泊まってきなさいよ。もう夜になるわよ」

 セリンは控えていた秘書官に「言った通りに、経費分書いて、領収書は後で送っときな」と言ってから小切手を渡す。

 重職と魔族の重みにも慣れたのか、初めて会った頃のようなならず者っぽい喋り方に戻ってきている。ちょっと前までは緊張して口調が固かったが、良かった。

「朝に出る」

「よぉし! よし! ぶっ倒れてても船に放り込んでやるから遠慮するな。明日寝ろぃ!」

 肩ぶっ叩かれてから腕を組まれ、繁華街の方へ連れられて行く。

 セリンはマリオルじゃ子供まで知っている大有名人で、それが若い男を引っ張っているんだから嫌でも注目が集まる。そして「あれが提督の男か!」という評判になっているらしいことが判明した。

 仲良くしているのは確かだが、そこまでいった記憶は無い。セリンの面を見ると否定しない方が機嫌が良さそうなので黙っておく。

 マリオル一大きいという酒場まで連れて行かれる。今から開店らしく、従業員が開店作業の仕上げをしている。その従業員がセリンを見て慌てふためき、店主が出てきて土下座しながら「ようこそいらっしゃいました!」と言う。

 びびられ過ぎてこれじゃ居辛くなりそうだな、と思ったらセリンは店の外に出て大声を張り上げる。

「今日は私セリンの奢りだ、てめぇら来い!」

 雄たけびが返ってきて、あっという間に客がやってきて酒場が満員になる。我々は吹き抜けになっている二階の、貴賓席にあたるところに陣取る。貴賓席と言っても、町の名士崩れあたりが座っているような程度の”貴賓”だが。

 二階には他にも海軍将校を中心に民間からも肩書き付きが集まってきて、セリンに挨拶していくが「今日はいいってあっち行け」とあしらわれて早々に終わる。

 そして下の階に粗方空いた席が無くなったところでセリンが、二階から見下ろして声をかける。

「いいか! 店の酒を空にしなかったらてめぇらが払えよ!」

 集まった客が全員セリンに乾杯を捧げつつ気勢を上げる。県知事でも海軍提督でもなく、海賊の親分だ。

 セリンとはいつもの調子で始まった。目の前にはどんぶり、セリンが遠慮なく酒瓶からどぼどぼ注ぐ。

「こいつはなぁ、砂糖黍の搾り汁から作ったヤツだ。そうねぇ、良い癖してるって感じ? ほりゃ飲まさい!」

 米から作ったというセリンの故郷の酒より度数がキツく、一杯目でもう十分じゃないかと思えた。セリンは相変わらず平気な面でいる。

「これはなぁ、バナナって分かる? 分からねぇかぁなぁ、それから作ったビール」

 何か嗅いだことの無い臭いを放つビールを花瓶みたいな……いや花瓶だ、に入れられて飲まされる。

 それから何度か「これがなぁワインからまた蒸留」「今度はねぇ米麹が」という言葉を聞いた気がするが、耳の用事が足りなくなっていた。

 何種類飲まされただろう? 二階の窓から小便した回数が十回を越えているのは確かだ。

 一階を上から眺めていた。お立ち台の踊り子が素っ裸になって股を開いていたので、上から飛び降りた。一緒に踊ろうと考えていたが、着地点にいた水兵がぶち切れたので先に殴ってやった。

 それから踊り子と肩組んで足を上げて踊った気がする。何か、足に強烈な衝撃を感じたのが十回を越していたから、乱入した誰かを蹴っ飛ばしたか?

 気づいたら二階にいた。セリンの髪の触手で上げられたようだ。それから何事かセリンは上機嫌に喋り、二階の手擦りの上に立ち上がり、腕を引かれて自分も上がる。その狭い足場で、セリンの号令で調子の激しい曲が演奏される。それからそこで踊った。セリンは落ちないが、自分は何度もこけて右に左、二階に一階に落ちてはその度に髪の触手で拾われ、踊りながらまた「これの原材料が」「ある島でしか取れない香辛料が入った」と始まる。たぶん一階にゲロを五回以上吐いた。

 誰か知らないが二階に馬を連れてきた最高な野郎がいて、乗って店を走り回ったような気がするが、ともかく「俺が馬だ!」と言って馬上に立とうとして落馬したのは間違いない。

 顔に水を掛けられた。もう店内ではなく、軍艦の甲板上にいた。店の酒が切れた様子。思った以上に明かりみたいなのが、ランプ? が多くて、昼じゃないけど昼みたいで、水兵が樽を持ってきた。セリンが刀で樽の蓋をぶち割って、ブリキの杯で中身を飲んだ。もう味も分からないが、たぶん酒だ。

 あとたぶん漁師が使っている浮き玉が流れてきたのが見えて、的にして拳銃に小銃をぶっ放し、その流れでセリンが「砲撃演習開始だ!」と大砲の空砲早撃ち競争が始まったと思う。

 そこら中が騒ぎ出してたと思うが、耳がバカになってたので良く分からない。何か警備当直の兵隊とか何かいたと思うが、どうだったろう? 「伍長てめぇ旅団長様の酒が飲めねぇのか?」と言った記憶がかすかにある。

 何か風に当たりたいと思ったら帆柱の天辺にいたような気がするが「シルヴ結婚してくれ!」と叫んだら体に凄い衝撃、海に落ちたと流石に理解。

 すげぇ海水がまずい。色んな人と夜間水泳した気がする。小船に乗ってた若い兄ちゃんを引き摺り下ろしてやった。ざまぁみろ。

 そういえば服着たままだったなぁ、すげぇ息切れしていると思ったら浮かべなくなってきた。あれ死んだ? と思ったら何かに巻かれて、抱かれて? 岸壁に飛んで到着。

 セリンに抱かれてて、それを見てる連中が囃し立てる。セリンの腰を抱えてグイっと倒して転んだ。まだ海に落ちて、浮いたり沈んだりで呼吸が苦しい

 むせてむせてキツいと思ったらどこかの暖炉がある大部屋で、一番火の辺りが良い席で暖かい。高級そうな酒が棚に一杯で、海軍将校っぽいのがたくさん。士官倶楽部?

 大騒ぎをしないで皆酒を飲んでた。自分の隣にはゲロだらけの桶。セリンがいないなぁと思ったら、前の似合ってない方の軍服を着てきた。海水でビチャビチャになったから着替えた? ともかく似合ってないので指差してバカ笑い。

 一旦笑ったら際限なく笑えてきて、急に誰かに立たされる。セリンの秘書官だと気づきそして、自分が全裸だと気づく。毛布を羽織らされていたが、立った時に脱げた。セリンも海軍将校達も爆笑。つられて笑い、気づいたら秘書官に着替えさせられていた。

 それから顔見知りの海軍将校の隣席を回って何か喋って、元の席に戻ってセリンを横に高級っぽい酒をゆっくり飲む。何かポツポツ言っているようだが、頭がまともじゃないので良く分からない。それっぽい返事をしている自分が不思議。

 しかし今の酒、前みたいなどんぶりにがぼがぼ注いで飲むノリじゃない。だから「ゆっくり飲まないなら脱ぐ」と言って、全裸にまたなって、他の海軍将校も脱いで、脱がせた? 酒瓶を咥えて腹踊りを披露して……。


■■■


 川を上っている感覚があった。海上とは明らかに揺れが違うが、下りほど滑らかではない。

 昨日? はマリオルの酒場で浴びる程酒を飲んだ。そこから一っ飛び、何かがあって、気づいたら船室にいて、毛布を被って寝転がっている。

 何とか這うように外へ出る。そして当直の海軍士官の案内で甲板上の馬車四台、船倉の塩入り樽を確認する。自分の服も確認して、自分の物だと分かって安心。たしか何度か脱いだ記憶があるような気がする、気がする。

 妙にギリギリ、ギチギチ鳴っているかと思ったら、船からは綱が伸び、川岸では船曳き人夫が引っ張っている。川の遡上は、風を操る魔術使いがいれば非常に早くできるようになるのだが、いかんせんその方面では人材不足……というのを痛む頭、気持ち悪い胸をさすりながら思い出す。何時聞いた話だっけ?

 水兵から水を貰って飲み、また寝させてもらう。


■■■


 バシィール城近くの船着場に到着する前に起きた。身支度するほどの物はないが、顔と頭を水で洗って、乾パンを齧る。

 桟橋に船がつき、準備して待っていた妖精達に馬車を下ろさせ、塩の樽を積ませ、馬をつないでバシィール城に向かう。

 城の方で準備はもう整えてあった。整っていないのは自分の体調ぐらいなものだ。

 一人だけ話に乗った商人のリーデルは一頭立ての馬車で待っていた。現地で必要とされる物を探るように、種類多めに商品を積んでいるそうだ。

 最後まで残った彼は零細商人で、若くて命と肩の荷が軽い。そっちの方がこっちとしても都合が良い。手荷物は軽いほうが良い。

 自分は地味な私服に着替えた。妖精達も普段着である。馬車と商品と、妖精の村で補給することを考えた程度に食糧と水も持った。武器の点検も終わり、替えの馬も揃えた。

 召使い頭の飯もこれでしばらく食えないので皆で食べる。疲れている胃袋にはキツい。リーデルくんは聖典の文言を唱えて苦行を乗り切った。「ぶつくさうるせぇよ」と召使い頭の妖精に四発殴られたが抵抗しなかった。

 そして出発。バシィール城から北東へ向かう。マトラ県内を出るまでは、特に人間も通る街道ではマトラ旅団の旗を掲げた騎兵を随行させる。通交中の他城主の兵隊に馬鹿にされるのはムカつくからだ。

 途中とある部隊と行きあったが、向こうが譲った。最近できた旗じゃなくて妖精の方にびびったのかもしれないが。

 マトラ県内でも完全に妖精達の領域である森へと入り、獣道と街道の中間ぐらいの、妖精の道と言ったらしっくりくる道を進む。

 時折その道さえ消えるが、自我の強い妖精でもある偵察隊隊長のルドゥが迷いなく先導する。妖精のくせに血の臭いがする凶相で、人間の犬歯を繋いだ飾りを帽子に巻いているような、いかした奴である。ラシージが偵察隊の隊長に推薦した。

 そんなルドゥはにこりともせずにむっつり顔で歌わないが、楽しい遠足のように他の妖精達は歌う。笛や弦楽器に小太鼓まで持参している。

 言わずと知れた、主義者が各地で騒動を起こしながら声高にして嫌でも耳に入ってくる共和革命派の歌。


  敵は何処か、知るのだ同胞よ

  奴らはいる、隣にいる、我らを吸血する奴ら

  その汚らわしい手に噛み付き、食い千切れ

  剣を持て! 吸われた血を大地に還せ

  その大地を耕し、豊穣とせよ


  敵は何処か、見つけた同胞よ

  奴らはいる、そこにいる、我らを滅ぼす奴ら

  あの汚らわしい首を落とし、穴に放れ

  銃を持て! 戦列を組んで勝利せよ

  革命の火を広げ、世界を創れ


 続いてマトラ自治共和国国歌。


  我等が父マトラの山よ

  我等が母マトラの森よ

  我等はこの地の子、この地より湧く乳を飲む

  二つを永久に結ぶ緒は切れない

  幾万と耐えてより、銃剣持ちて塹壕から出よ

  死すともこの地に還り、我等が子孫に還る

  永遠の命、何を惜しまん突撃せよ!

  永遠の仇、何を怯まん突撃せよ!


 作詞に携わった記憶は無いので、これがここの妖精の精神なのだろう。

 他にも変な勢いのある調子の歌? のような台詞回しのような何か。一人ずつ規則性を守って一節歌い? 代わり番こに進めている。

「ようっ、村を焼けっ、略奪だっ、女子供をなます切り!」

「へいっ、股を裂けっ、牛裂きだっ、可愛いあの子が大開脚!」

「ほいっ、綱を引けっ、見せしめだっ、街道沿いに吊るし首!」

「それっ、嘘を吐けっ、裏切りだっ、八親等までさらし首!」

「あーダメー!」

「あっ、間違っちゃった!」

「あっはははははぁ!」

 これが妖精の言葉遊びだ。リーデルは微妙に笑う。

「可愛い顔して、どうも」

 人間にやったかやられた内容だと察しがついたら笑えまい。

「ルドゥ」

「大将、俺か? あぁ……人間の風習で言えば俺の妹に当たるのが人間に交尾されまくってから焚き火に放り込まれた。顔とにおいは覚えたから、後で全員見つけ出した。ケツに銃剣突っ込んでから焚き火に押し付けた」

 帽子を脱いで、飾りの犬歯を爪でカチカチと四つなぞる。

「こいつらだ。うん、奴等を焼け、仇討ちだ……良い文句が浮かばん……代わりに銃剣刺し込んだ? 変だな。苦手だ」

 ルドゥは首を振って舌打ち。リーデルはそれからしばらく口を利かなかった。

 野営をすることなく妖精の村に到着した。村ごとに固有の名前は無く、三七番居住地、らしい。

 そして大砲による礼砲が撃ち鳴らされ、入り口には妖精の銃兵達が左右に堵列し、指揮官の捧げ刀、以下の捧げ銃で迎えてくれた。

 村の中に入ると花吹雪が散らされ、イスタメル州とセレード王国の手旗が振られて歓声、奇声で迎えられる。

 楽隊による演奏も同時に行われた。魔神代理領における国歌に相当する曲「良き明日」の演奏、次にセレード王国の第二の国歌「ウガンラツの早馬」の演奏。魔神代理領のはともかく、セレードの楽譜なんてどこで仕入れた?

 行く手の正面に、両手を広げた大仰な妖精が現れる。作業服姿だが、まるで制服のように整っているのが少々異様な男。

「よくぞ参られた我等が英雄、第二の太陽、無敗の鋼鉄将軍、ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン国家名誉大元帥殿よ! 私がマトラ県知事のミザ……レジ……であるっ! ご機嫌麗しゅう!」

 何度会っても食中りしそうな奴だ。そして奴の取り巻きがまた、更に続ける。

「貴方の馬が通った跡には草一本生えないでしょう」

「地図上の敵を指差しただけで神風を呼び撃滅せしめるお方よ」

「天を一睨みすれば雲を自在に操る天の申し子」

「死せる英雄達の足跡の先を越えられた」

「貴方の敵に雷が降って打ち倒されますように」

「世界が終わり、時尽きるまで栄光が輝きます」

 大体こいつらの言う言葉を一々気にしていたらダメだ。意味がある、意志の乗った言葉を吐くのは自我の強い妖精だけだ。

 ミザレジの案内で大通り――やけに広くて、建物を移動させた跡さえ見える――の主賓席へ招かれる。たぶんかなりの準備がされているので、大仰過ぎるとはいえお断りすると可哀想である。

 まずは民兵の中では最精鋭だと思われる歩兵隊が村の端の方から大通りを行進してきた。その間にも、魔神代理領とセレード王国の有名行進曲が楽器まで替えつつ演奏される。時には楽器に大砲が混ぜられていて山間に響き渡る。気合を入れすぎだ。

「親衛突撃擲弾兵隊!」

 その歩兵隊が面前を通りかかるとミザレジが部隊名を大声で呼ぶ。彼らは妖精の中では大柄な者達ばかりで、背の高い熊毛帽子に民兵独自の軍服、小銃と刀と手榴弾を装備している。

 その指揮官が「捧げ刀!」と妖精らしからぬ気迫で敬礼をしてきたので敬礼で返した。

 そのように幾つも部隊が面前を通り、ミザレジが部隊名を大声で呼び、部隊指揮官が捧げ刀で敬礼して、返礼していく。

 それから銃ではなく刀だけの第五二五自警団抜刀隊や、槍だけを装備した第二五六国民義勇農突撃隊や、前掛けを着て斧や円匙を持った第四○三国民義勇林業隊のような銃を装備しない部隊が多数を占める。

 弓と刀を装備して猟犬まで連れた第一○三国民義勇猟兵隊がその中では正規軍並みに強そうだった。

 中でも気になったのは、第三一国民義勇農騎兵団の行進なのに騎兵がわずかで徒歩の者がいたこと。

 そして第一四国民義勇重工産業砲兵団では、大砲を馬ではなくて牛とロバが混じって曳いていたことだ。それぞれ使い勝手があるが、種類を混ぜて運用しているのは管理上非効率。

 これ以外にも多様な名称の部隊が行進していく。まさか全軍を出してこないよな? と心配になるぐらいに長かった。行進曲の数がかなり多かったし、装備に服装まで観察していれば飽きなかった。

 見て気づいたのは、国民義勇と部隊名についている部隊は民兵所属を示す腕章付きの作業帽、作業服姿であること。

 親衛がつけば民兵独自の軍帽、軍服である。

 自警団とつけば肩章付きの作業服姿で専用の赤い帽子を被っていること。

 突撃の付く付かないは判断に困るが、戦時に前線へ真っ先に立つことになる部隊のような気がする。隊と団の違いは単純に人数の違いか。

 職種別に可能な限り専門技能を活かせる部隊へ割り当て、職場の上下関係をそのままに指揮系統を構築し、運用するのがランマルカの共和革命派流民兵組織の編制だ。士官学校では魔神代理領以外の敵の勉強もしたものだ。

 そんな部隊名称からも、全人口を戦力に転換する思想が強い組織がマトラでも実践されていると判断できる。

 この編制、何だか妖精の風習に適合するのだろうかとちょっと疑問に思うが、行進を見る限りは指揮系統も部隊割りもきちんと形になっている。

 しかし、驚かせるつもりか組織結成の邪魔になるとでも思ったか――まさか単純に言い忘れた?――ミザレジからはここまでの組織を作るとは知らされていない。ラシージは知っているのか? 微妙な気分だ。

 ルサレヤ総督から民兵組織結成の承認を得る前に”こんなん”になっちゃっているが、いいのだろうか?

 長い行進の最中、ミザレジが小声で言う。

「マトラは森林北部の草原にいる人間から馬を購入してきたが、ほんのわずかだった。需要もそうだった。しかし今は民兵再編で需要が非常に増えた。見ての通りのお粗末、我等には馬が必要だ。銃と、何より火薬もだ」

「これを見せた意味は分かった」

「旅団長殿、お頼み申し上げます」

 ミザレジの丁寧な喋りに悪寒が走る。こいつも勿論自我の強い妖精。ラシージのように皆が自分に手放しで好意的だと油断してはいけない。

 妖精は人でも犬でもない。彼等は彼等で、今日この日まで独自の生活形態、文明を維持してきたのだ。本当に油断してはならない。ランマルカのようにいつ牙を剥くか分からない。

 行進が終わったら、次は大道芸を見せてくれるそうだ。玉乗りしながら笛吹いたり、綱渡り、頭の上にリンゴを乗せて矢で射抜いたり、と分かりやすいものが最初だった。他にも旅芸人がやっているような種類の技で、やる人数が結構揃っているので壮観といえば壮観。

 そこで終わる彼らではなく、ひっくり返した鉄鍋の上に乗り、中に爆薬を突っ込んで点火、爆発を利用して跳んだ。

 先ほどの親衛突撃擲弾兵がやってきて、点火した手榴弾を投げて、効力範囲ギリギリのところまで走って近づいて伏せる、というような火薬と命を使った芸なのかなんなのかというのものを披露し始める。

 今日は死傷者が出なかったが、練習の段階でどうなってたか……聞かないほうがいいか。

 それから「次は職場をご案内しよう」とミザレジが声をかけた途端、妖精達が群がってきて「こっちこっち」「こっちー!」「こっち先!」と手を伸ばしてきたので、ルドゥと偵察隊が銃床で妖精達をぶん殴って退け、空へ向かって威嚇射撃を行う。そうしたら「わー!」と楽しそうに妖精達は逃げていく。これだけでも偵察隊内で連携が取れてると分かる動きだった。

「ミザレジが案内してくれ」

「任せられたし」

 川の近くにある工場へ連れていかれる。今日は歓迎式典で特別休養日になったが、普段はここの水力紡績機が動いている、と道すがら聞く。

 セルチェス川の源流に程近く、流れが急峻で良い馬力を出してくれるそうだ。屋内でも激しい川の流れる音が聞こえる。

「水力紡績機か」

「うむ。ランマルカ諸島の我等が同志達からの贈り物だ。水車の動力を使って動かし、人力では不可能なほどの糸の大量生産が可能だ。詳細な設計図があるから鍛冶職人にも作れる。螺子の精度は難物であるが、細工職人が共同して螺子無しの試作品を作った。やはり本物に比べると強度に劣り、連続稼動すると誤作動が多発した。今は螺子の安定した供給方法を研究中だ。軽工業にて大陸の先を行く日も近い」

 それからこの村の服や革製品の工場、そして武器工場に通される。

 色々妖精達は自分達で物を賄っているとは聞いていたが、改めて見せられると感心する。

 研ぎがされる前の鈍い光沢の銃剣や刀は想像の範囲内だったが、水力を使って鉄の棒に穴を削って開けて筒にする、つまり銃身を作る機械など、辺境の連中が持っているのがおかしい代物まで見せてもらった。

「この銃身を作る工作機械、熟練工が丁寧に作ったものよりは歪みが多くて問題があるが、熟練工がいなくてもそこそこの物が作れるのが強みだ。仕上げだけを熟練工にさせて回転率を上げるのもまた良し。これもランマルカ諸島の同志からの贈り物である。専制帝国主義者達を打倒するには市民達による多くの力を必要とするのだが、その時には武器が早急且つ大量に求められるものだ。熟練工は必要であるが、しかしそれだけで勝てる時代は過ぎたのだ」

 商人としてお宝の山に見えるのか、リーデルは興味津々に機械を眺めている。

「労働者達は心身削る英雄的労働によって黄金の弾丸を撃ち出す。これは兵士達の勇気で発射される鉛の弾丸に劣るものではない。軍民の両輪は両輪であるから円滑に回るのであり、労働こそ断続的平時攻勢なのである」

「素晴らしいですよミザレジ知事! これを売りに出しませんか? これらの機械をたくさん売れば、物凄い”黄金”になりますよ!」

 リーデルが顔をパっと明るくして良い思い付きでしょ? と言わんばかり。

 そして「たわけ!」と怒鳴ってミザレジがリーデルの頬を平手打ちして「ぐぇっ」と鳴かせる。

「輸出入品目は、国家国民需給品目審議数量査定委員会において決定される! 国民幸福の実現及びそれを実現する補助手段を取る事が唯一なる目的であり、富の蓄積を用いた邪悪な金融専制主義を画策する資本主義の権化、不労所得を夢見る醜い王子、黄金に仕える奴隷、幸福をついばむ渡り鳥、農夫を食らう悪食の豚め! そんな貴様を肥え太らすために我等労働者は、農夫は、兵士は血と汗を流すのではない。魂を数字で計算する者が関わって良いことではないのだ!」

 打たれた頬を押さえつつ、半泣きにリーデルは謝った。

「わけ分かりませんが、すみません」

「マトラ内の物は全て専売制だから外国商人が口出すなって意味だ」

 たぶんこの解釈で合っている。

「わけ分かりました、すみません」

 それから夜になってもお祭り騒ぎ状態が続いた。

 公民館が臨時の宿泊所になり、あっという間に毛皮やらよく分からない民芸品やら銃に槍に兜、胸甲まで飾り付けられた。

 飾りの一種となっている虫籠にはカブト虫や蝶、バッタが入れられている。鳥篭に小鳥どころか蝙蝠も入っている。

 犬猫どころか熊まで連れてきて、暴れたので止む無く射殺、その場でバラして焼いて食い始めた。

 あとは加工していない水晶だとか瑪瑙だとかの石に、それと何の心算か巨大な鉄塊。鉄塊の大きさは工業力の指標だったっけ?

 食事は、味付けは薄いが山で採れるものがそれこそ山ほど出された。庭の方では捌き立ての鹿が焼かれている。名も無い地酒も思ったより種類豊富で、特に作り方を分類していないせいか何十種類も出された。果実系、香草系が多数で、自分達で消費するのではなく北部草原地帯への輸出用らしい。

 それから一番驚いたのは、色っぽい体つきの女の妖精が露出の多い服で、伴奏付きで踊り始めたことだ。こいつらがこんなのを用意していたとは意外に過ぎる。元はどこかの旅芸人だったとかか?

 奴隷として使われる妖精は、共同体らしい共同体を形成しないで存在する。この手の仕事に従事する美人はそこまで珍しくない。

 彼女は長い髪と吊るすような装飾品を大きく揺らし、かなりの柔軟性を見せる踊りを妖艶にしながら、的に向かって短剣投げまでする。曲刀での剣舞も始め、動きが華麗で鋭い。何かこいつ、自分を狙った暗殺者じゃないかという気さえしてきた。

 ルドゥが近くに来てぼぞっと言う。

「大将、以前の奴は妖精に見えないように頭飾りをつけ、諜報活動を行っていた者です」

「そうか」

 ラシージは元気かなぁ……ある事を思い出したのでミザレジに牽制。

「明日は普通に出たいから、送迎式典みたいなことはしないでいつも通り……平時通りにしてくれ」

「ぬぬ!? 何と言われたか国家名誉大元帥殿よ。国賓を不躾に扱ったのではマトラの沽券に関わる」

「いいから、そうしろ」

「むむ! そうまで言われるのであれば致し方なし」

 懸念は無くなったので後は楽しく飲んで食べる。考えてみればいくらでも懸念はあるが、妖精相手に気にしてもしょうがない。

 踊りが終って――踊り子妖精が愛嬌を振りまいて酒を注ぎに来る――と思ったら隣で普通に飲み食いを始めた。人間の接待じゃ考えられない。

 そのまた隣がリーデルで、若者らしく――自分も若いけど――なんだかそわそわして照れている。肩か膝が触れないかと気にして、露骨にならないようににおいを嗅ごうとしたり。可愛いなぁ。

「どうでした!?」

 踊り子妖精が、周りが騒がしいとはいえ、遠慮なんかしないで耳元で声量も落とさず言う。

「綺麗で上手だった」

 そして踊りの色気が飛ぶような、妖精らしい子供みたいな笑顔になって膝に抱きついてきた。以後、懐いた猫みたいに近くでごろごろし始める。リーデルくんを見ると、羨ましそうな顔をしていた。

 それからも宴会芸は続いたが、どうにもキリが無さそうだった。北部探検は困難が予想されるのでセリンとの宴会みたいにぶっ倒れるまでやるわけにはいかない。程々のところでミザレジに手配させ、お開きにさせた。

 今度は一緒に泊まろうと妖精達が押しかけるので偵察隊が追っ払う。また威嚇射撃をやるのだが、わーきゃーと騒ぐ声と射撃回数がやたら多いのと、ルドゥの「着剣!」の号令が少々気になった。朝になって玄関を出たら死体の海なんてことはないだろうな?

 部屋に間仕切りを、必要が無い限りしないのが妖精流建築方法。個別の部屋は無く、宴会場での自分の席をそのまま寝床にする。

 妖精に囲まれて不安なのか、リーデルは自分に近いところで寝ている。寝付けないのを誤魔化すように寝ながら時折酒を飲んでいる。分かる。

 こんな場所でも警戒を緩めないのが性分なのかルドゥは、椅子に座って小銃から手を離さないでいる。半分起きて寝ている感じ。仕事熱心な奴だ。

 何故だか知らないが、ほとんど寄り添うようにミザレジが寝ている。お前どうした?

 それから甘いにおいを漂わせて枕元にいて、気づいたら自分の頭を膝枕に乗せてゆっくり撫でているのはあの踊り子妖精。気持ち良いから嫌だとは言わないが。


■■■


 目が覚めると、まるで夢だったかのように公民館は綺麗さっぱり片付けられた後。

 用意されていた消化に良さそうな山菜入りのお粥を朝飯にして出発する。村中に民兵が張り付き、通りに出て見送ろうとする妖精達を殴ったりしながら押し止めていた。そこまでしなくていいんじゃないか?

 森を進み、北へ流れている川沿いの道を進む。南へ流れるセルチェス川とは別の川だ。

 この川は、まだ源流の一部しか見ていないわけだが、規模が大きいように見える。どれが本流と呼ぶにふさわしいか分からないが、あちこちから谷間も通って支流が合流を繰り返す。湖を何ヵ所も発見し、妖精達の居住地や作業場もあった。

 特に妖精達はこの川に名前をつけていないらしい……まさかベルリク川とかにはしないよな?

 支流の川を渡る為の丸木橋を工兵が増築して馬車を通れるようにしつつ進む。まだまだ山の標高の高いところの支流なので、急流ではあっても深かったりしない。工事は短時間で済んだ。橋脚、吊り索が必要ないところはもっと早い。

 人の足でも通交不能なほどの断崖のような谷は無かったのが幸運。大規模な吊り橋を建設する必要は無かった。

 そして地図のいい加減な部分を明確にする作業も始まり、進む道とその周辺だけではあるが簡易的な測量をして、地図の下地が作成される。これは全く専門外なので意味不明。

 連れてきた騎兵達を伝令にして、工兵達が手紙や地図の下地の写しなどをバシィール城へ送り始める。本格的な測量をして地図を作成するのは後続隊だ。

 訓練された妖精は、ある一線を越えるとその辺のワーキャー騒いでいる連中と別種のようになることが最近分かってきた。仕事中は専門家の顔になるのだ。それ以外ではやっぱりワーキャーだが。

 そして順調とはいえ、工事と測量をしながらなので森を抜けるのに一か月近くかかった。現場で建材を作るだけではなく、後方へ発注表を出して取り寄せることも多数。

 ちなみに、木を一本切り倒すのは自分が一番早い!

 ただ徒歩で進むだけだったなら数日で済む距離だった。車道整備までいったらもっと短くなるだろう。

 そうして紅葉はまだだが、明らかに風と空気、何より雲の形が変わって秋の到来を告げる。

 森を抜けてからが草原でこれからが長いと思ったが、合流を繰り返して大河になった川の畔で、水汲みをしていた第一住民をすぐに発見した。

 川沿いに進んでいたんだから、生活用水を汲みにくる人間に出会うのは必然。

 第一住民はイスタメル人と違い、妖精を見てもびびることも無く、むしろ人間である自分とリーデルを見た時の方が不審な顔をしたぐらいだ。

 妖精の案内で南から物を売りに来たと言い、ルドゥが帽子を取って妖精の耳を見せて「大丈夫だ」と言うとその人は信用してくれ、案内を受けた。

 案内で村という程でもない部落に到着。家畜を逃がさないようにする柵があるようなボロ屋揃いで、しかし貧しいが汚くはない。家畜とその糞が転がっているのはどこでも一緒だ。商品を捌き切れる規模ではない。

 まず彼等がどういうところとどんな交流があるのか? 不躾に問いたださずとも相手の持っている硬貨の種類で分かったりするので、塩とリーデルの商品を部落の人達に見せる。

 塩が安過ぎて吃驚される。あっと言う間に売り切れた。

 それから転売目的なのか知り合いの分を確保しにいくのかは知らないが「金は何とかするから塩をもっと持ってきてくれ!」と何度も頼まれた。

 リーデルの商品は当たり外れが大きかった。必要な手工芸品を彼らは自力で作ってしまうか、もう入手経路があるので不人気。原材料になるような物が売れ筋だった。量が少ないこともあるが、鉄地金と石炭は直ぐに完売。

 南からの商人という物珍しさもあって商売は順調。そして目的の情報調査だ。リーデルが売った分の硬貨も見せて貰い、ここにどこの金が流通しているのかを確認した。

 オルフ人達の使う雑多な王の顔が見られるグロル硬貨。国によって異なるが、概ね貴金属含有率が不安定で信頼性に乏しい。本物が贋金のようなこともままある。

 遊牧帝国のキアン硬貨の中でも、黒鉄の狼と名高いイディルの横顔の彫刻入りの物。精度が高い上に信頼性が高いと評判。遊牧民のくせして良い造幣局をもってやがる、と誰かが言ったのを覚えている。

 そしてもう母国では発行停止になっている、走る馬の彫刻入りのセレードのイリル硬貨……イリル硬貨、懐かしい。エデルトの連中が硬貨を統一するって利率良く買い取って鋳潰したもんだから最近は見るのも稀だ。

 リーデルの売れ残り商品を弄っている、部落で一番偉い感じのおっさんに話しかける。

「なあ、北の商人はどんな奴等なんだ? 商品が競合しないようにしたいんだけどよ」

「前まではオルフ人だったが、アッジャールの連中が滅ぼしちまったばかりだ。連中、征服した土地の人間は完全に家畜扱いだからなぁ、これからは奴等の商人が来ると思うよ。だから何を仕入れて持ってくるのかは分からないねぇ。ああ、あんたらからはあの安い塩があればもう文句ないけどね」

「滅ぼしたって、徹底的にか?」

「貴族連中は根こそぎって話だが、話は盛ってるだろうよ。まあ、あっちのクソみたいな農場から逃げてきた俺が言うのは何だが、やっぱちょっと空しいわなぁ。全員が悪人でもないし」

「そうかい。ああ、セレードのイリル硬貨があったけどよ」

 少し胸が高鳴っている気がする。

「ん? 使えないのか。初めての客だからって遠慮しないでダメだって言ってくれよ。貧乏だがそこまで根性汚くは……」

「あ、違う違う。これ、誰が持ってきたんだ?」

「誰が? あー、そりゃセレードから来た遊牧民の連中だな。この部落にゃいないが、近くで放牧してるぞ。近くの村にもいる。来た時は馬賊なんて規模じゃないって肝を冷やしたもんだが、今じゃ良い隣人だよ。次男があっちに婿に行ったぐらいだ。家畜見分けるの難しいって言ってたなぁ。あいつら、何十、いや何百頭いる群れでも一頭ずつ見分けるんだってな」

「いくつか氏族で分かれてるんだが、どことどこかとか分かるか?」

「氏ーぞーくー? あー、何だっけかなぁ?」

 おっさんが、綺麗な割には手頃な硝子の、蜻蛉玉の髪飾りを手に取り、リーデルに代金を手渡す。

「ありがとうございます!」

「あーあれだ」

 おっさんが娘を手招きし、髪に飾ってやり「似合う似合う」とイチャついてから口にした。

「レスリャジン」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最新話から戻って最初から読み返してますが、初見の時とは違って伝説の始まりみを感じるのでまた違った面白さを感じています。 ベルリクの物語はここから……始まったのか!みたいな。 というより、…
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