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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第1部:第7章『ロシエ動乱』
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26話「役に立たない骨董」 ポーリ

 オーサンマリンを王党派の鉄壁の牙城にする。

 軍民、女性も子供を含めて昼夜を問わずに塹壕を堀って、掘り出した土で土塁を作る。塹壕幅は馬が飛び越えられないように幅が広い。

 伐採禁止の王の森の木々を切り倒し、塹壕の補強材、柵や杭の材料としている。人と木だけは豊富にある。

 問題は食糧。他所の王党派と連携して補給路を確保しなければいけない。

 どの道と砦、どの街と村が王党派で共和革命派かが分からないと迂闊に輸送も出来ないのだ。

 輸送隊を厳重に警備して動くにはオーサンマリンにいる兵力では足りない。少なくとも敵と味方が誰なのかが分かるまでは。

 王弟元帥の主力軍が帰還してくれれば良いのだが、国境で圧力を掛けるユバール軍がいる以上は動くことが出来ない。

 ダンファレルがいなければ遥か以前に戦線は崩壊していたと言われているそうだ。友人として誇らしい気持ちもあるが、逆を言えば彼一人がいなかったらもっと早くにユバール軍の侵攻を受けていた程に我がロシエの軍は弱体。

 未だに前線から脱走しないで主力軍に留まっている兵士達は基本的に王党派であり、脱走した兵士達は共和革命派に下ったり、故郷で日和見に徹したりと状況は芳しくなくジリ貧である。

 革命議会には親ユバールの、ユバール人による共和革命派傘下の政党が結成されたとのことで内と外から挟み撃ちにされている感じは日に日に強くなってきている。

 王の森では今、軽装の騎馬近衛隊による獣の追い込みが行われている。

 庶民に対して立ち入りが禁止されている王の森は非常に獣が豊富で、食糧に窮している現状に鑑みて一部解放がされている。一部とは軍が狩りを行うということ。

 近衛隊が声を上げて猪豚を追い立てる。包囲するように、一定方向にだけ走るよう、狩猟を得意とされる先王陛下セレル――七世――が指示を出す。

 そして自分に突進して来た猪豚の頭を戦鎚で殴って砕き、仕留める。

 数で劣るのならば質で負けてはならないと王の森で、狩猟による食糧調達を兼ねた軍事教練が行われている。

「ははは、全く臆さないなカランの息子! 筋力があっても中々一撃で仕留められるものではない」

「流石です先王陛下。見事な追い込みでした」

「うむ。ことここに至っては戦場勘を取り戻さねばな!」

 今上陛下を馬鹿にするわけではない。しかし髪も髭も黒々とした未だ四十代の覇気溢れる先王陛下の雰囲気は王者のそれである。

「全く隠居している場合でなかったわ! 今こそ一人の武辺者として再起せねばな。むしろ今だからこそ死を厭わなくて済むというものだ」

 こう考えるべきである。我等には王が二人いて、その威光も二倍である。

 王の森では今、動物が絶滅しても構わないという勢いで狩りを行っている。しかしこれも一時凌ぎにしかならない。根本的な解決のためにプリストル国防卿を中心に敵味方を見定める情報を集めているのだが。

「セレル様! 斥候が蛙の滝の方で大きな白い牡鹿を発見したそうです!」

 猟犬を連れた森林管理員が走ってやって来た。

「お! きっとそいつは俺が十年前に見逃した奴に違いないぞ。今日のために太りおってからに! 参るぞ、者共続けぇい!」

 先王陛下が馬を走らせる。

 暗い今に、太陽が二つある。


■■■


 日も暮れ始め、先王陛下自らが捌いて血の一滴も無駄にしないという料理を頂き、狩猟を終えたら自分はロシュロウ夫人不在の下宿で身支度を整えてからオーサンマリン大学へ向かう。

 ロシュロウ夫人がいない。重要な案件で使いの者達と外出しているという。たった一人で行方不明になったわけではないのだし、歴としたご婦人であって世間知らずの乙女ではない。心配する立場にないが、しかし目が届くところにいないというのは不安になる。神よあの方をお守り下さいますよう祈ります。

 大学では、前線に行かず生き残った先生や学生達と共に戦いに有利になるような理術の開発を行う。

 普段は大学の方に詰めて研究しているのだが、先王陛下が一武辺者として復帰するとのことで狩りのお相手をさせて頂いた。

 自分が専門に行っているのは呪術人形の再研究だ。

 先のオーサンマリンでの戦いで呪術人形は良く働いた。不敬な暴徒を五体の人形が関節が壊れるまで殺戮して数千の被害を与えて蹴散らした。

 壊れた呪術人形を見て分かった弱点は関節強度の不足。自分が金属の魔術で作った歯車式の関節と、革で補強した木工細工の関節では歯車式の方が断然に頑丈だった。

 また呪術人形だが人と変わらぬ大きさだったせいか暴徒が恐れて離散するまでに時間が掛かったと目撃者から聞いている。何が起こっているか理解するのに時間差があったということ。

 これは内戦である。自分も時々怒りで忘れそうになるが、あくまでも暴徒は我等がロシエの臣民である。殺すよりは恐怖させて追い散らし、肉体ではなく精神、敵軍事組織の破壊を目指すべきである。

 呪術人形五体がもたらした数千の死体は、戦いの気が抜けてから見ると凄惨であった。本来その死者達は我々が守るべき存在であったというのに。

 恐怖のための呪術人形はどのようなものか? 単純に巨大であると良い。

 巨大にすると重く頑丈に作れる。この場合の問題は単純に重たい体を動かすにはそれなりの大規模な仕組みが必要であること。

 ペセトトの呪術人形が革や木材で作られて軽量なのはちゃんとした理由がある。あれで硝子の脳をわずかずつ損耗させ、再利用式の呪術刻印を不要としつつも稼働時間を十分にする限界の重さなのだ。それを突破する。

 突破するには再利用型の呪具として設計し直す必要がある。再利用型にする場合は原初の素、燃料に当たる熱が必要。これが無ければ本体が損耗して崩壊する作りになってしまう。

 その熱源を供給するのが石炭を燃やして水を熱して動く蒸気機関で、機関がもたらす動力も無駄にせず、歯車の組み合わせと噛み合わせの脱着で静と動を管理。また機関から排出される余分な蒸気はウォルが発見した空中に呪術刻印を描けば発動する現象を利用する。

 要求する動作は足で歩く、曲がる。腕を振り上げ、下ろし、余裕があれば横へ動かす。大きさ次第では肩の上に旋回砲や銃座を設けて兵士を数名配置する。

 動かす時は操縦手と機関手の二名。呪術人形のように硝子の脳一つで完全自律して動かす技術は無い。硝子の脳を真似ても敵味方の識別方法が分からないのでは使えない。硝子にばかり頼ると今度はその部品の保護のために部品、重量が増す。

 出来るだけ呪具に頼らずに機械で動かすのが理想である。機械では実現不可能な動作を呪具で補い、硝子の脳が必要な部分は人がどうにかする。

 術使いが”火”を入れるだけで後は普通の者が扱える汎用性があればこその理術の理想。高度に呪具のみで完結させてはいけない。特別ではなく、ありふれた物にする。それこそ理術の理想。

 自分の金属の魔術がこういう時こそ最大の力を発揮する。

 頭で組み上げた部品が鍛冶屋に頼む必要も無く出来上がり、その部品を型にすれば量産出来る。自惚れだが、自分は神に選ばれ、臣民に望まれてここにいる気がする。ロセア元帥の推薦あったればこそで、元帥も神に選ばれし方か。今はやる気が出れば何でも良い。

 そうして部品の噛み合わせを調整しつつ、自分でも驚くほどに素早く試作一号機が出来上がる。

 走行実験は大学の裏庭で行う。

 まずは蒸気機関を積んだ、安定性の高い馬車の形そのままの四輪車にした。機関手として、死人に見える負傷のおかげか奇跡のように群衆の暴力から生き残ったウォルが後部に乗り、操縦手として自分が前部に乗る。

「行くぞ」

「おう」

 蒸気機関の炉に石炭が放り込まれて火が入る。火を入れる高火力の着火呪具があるので直ぐに機関が熱くなる。

 機関内の水が熱せられて高圧蒸気となり機械を回し始める。再利用型の呪具が余分な熱を触媒にし、熱水を作り上げて供給して水を継ぎ足す操作を簡略化。

 排出される蒸気で呪術刻印を空中に描き、鏡を利用して照明装置にしている。夜間に便利で、昼間は何か別の装置と取り替えられると便利だ。そこまではまだ作っていない。

 操縦席の取っ手を押して腕に繋がる車輪の歯車を蒸気機関が空回りさせる歯車に噛み合わせる。機関と車輪が連動して四輪車が前進を開始する。

「動いたな」

「うん」

 前輪で進行方向を変える。舵を左に切ると前輪が左に傾き、蒸気機関に回される後輪が後押ししてそちらへ曲がる。

「舵、かなり重くないか?」

「左右に伸ばして梃子で曲げるべきかな」

 試作一号機の舵は船の舵を模した形である。自分には軽いが普通の人だと腕力がいるだろう。

「呪具で補正か」

「かなり複雑になる。それなら持ち手を長くして梃子で回すか、操縦手を二人にしてやれば良い」

「量産性だな。しかしこれ、馬が要らなくなるんじゃないか?」

「完成度と量産性が確保出来れば……でも石炭が」

「石炭は道端に生えてねぇよな」

 動力連結の取っ手を引いて車輪の歯車を外し、動力から切り離して減速、停車させる。

 もう一度動力連結の取っ手を押して連結させて前進、そしてまた切り離して減速。

「落ちるなよ!」

 足元の杭を踏んづけて地面に刺して強制停車。車が前のめり気味に止まる。荷台の石炭が散らばる。

「おっと! こいつは緊急用だな」

「いや、もっと浅く地面を切り分ける、擦るみたいにいけば」

「刺すんじゃなくて何だ、ギザギザの板で擦ればいいんじゃないか」

「制動器は単純で頑丈なものじゃないと」

「錨みたいに落とす?」

「車輪に絡まない短さじゃ。それに重いと」

「うーん。まあこいつは運用でどうにかなるだろ。そんな動きは儀仗兵にやらせるもんだ」

 次に整地された裏庭から出る。

「危ないと思ったら直ぐに逃げて」

「あいよ」

 今度は凹凸、起伏の激しい野原だ。車がまともに走れない地形だ。

 制動器である杭で地面を切って速度を落としながら走る。普通の人間の脚力だと厳しい。

 地形の起伏で車が揺れる。バネが弾んで緩衝するがかなり厳しい。自分の魔術で作り出した金属ではなかったらとっくに車体はバラバラになっている。

「炉の石炭は?」

「おお! 凄ぇな。暴れてねぇよ。ただ俺の手が暴れるから石炭入れんの難しいな」

 炉は多少の傾きでも常に一定の姿勢を保つように制動装置がつけてある。過剰な揺れで傾きを繰り返しても緩衝装置が炉の破壊を防ぐ。洋上時計の応用だ。リンヴィル海尉には礼が言いたい。

 しばらく速度を調整しながら野原を走る。安全操縦でゆっくり進んでおり、馬、ロバ、人の方が遥かに早いだろう。

「戦車が古代で廃れたのが良く分かるな」

「まあ、車の仕事は今まで通りに馬と人に任せるべきだ。蒸気機関と理術にしか出来ない仕事を見つけよう」

「それも理術の理想だな。十台用意できる金で普通の馬車並みの蒸気車一台調達したって糞にもならねぇ」

「これがオルフで使われた列車という物の開発に使えれば良いんだが」

「そいつは内戦が終わったあとだ。軌道って言ったか。あんなもの今は誰も作れん。鉄棒並べて延々と次の街まで橋造るみてぇな作業するんだろ」

「らしい」

「そういう物は孫に観光で乗せてもらおうぜ」


■■■


 ネーネト家嫡男ということと戦場での活躍もあり、宮殿に呼ばれることも多くなった。呪具の開発状況の報告であったり、ビプロル候の支援取り付けの相談であったり、ただの雑談で終わることもある。

 今日は、あともう少しで開花する百合畑の百合の園にてノナン夫人に誘われて午後のお茶に参加した。召使いも外しての一対一であり、夫人手ずから淹れたお茶を頂く。

「茶葉も貴重になってきましたね。ベバラートのお茶は港に停め置かれたままですね」

「買い手がおりませんと市場に回りませんね」

「値段がとても下がっていそうですね。ちゃんと保管していて下さるかしら」

 価値の無くなった物は煩雑に扱われていそうである。

「情報を収集されておいでのようですが、次いでに調達とはいかないのですね」

「この有事に茶葉を買う平民はおりません。目立ちます」

「目敏い商人でも?」

「そんなことを頼んでいては在らぬ噂の通りの悪女になってしまいます」

 共和革命派が発行する新聞で、余りに下劣で読む気もしないが、ノナン夫人を中心に大淫婦だのなんだのと思い浮かべるだけでも汚らわしい文言で紙面を埋めているという。とにかくこれから倒す貴族達には悪であって欲しいという願望が込められている。良心の呵責を少しでも和らげる気なのであろうが、それにしても品性下劣。

「酷い中傷らしいですね。私は気を散らされたくないので目にしないよう意識しておりますが」

「でもそういう話を好むのが民衆です。我々貴族が自分達より見下げた存在であると思えば愉快なのでしょう。平民が我々を敵と見做し易い環境が整ってきています」

 何か別のことを言おうとしている?

「確かに。全員ではないでしょうが、流れが出来るのでしょう」

「シトレでは共和革命派が民衆派を完全に吸収したそうです。そして処刑議員が反革命容疑者を探しては処刑して回っているらしいのです。恐ろしい」

「処刑議員ですか?」

 民意を代表する議員の仕事が処刑とは恐ろしいことだ。

「恐怖に煽られた民衆は自分の考えを失います」

「それも恐ろしいですね」

「沿岸部の共和革命派にランマルカが武器を提供しているのはもう公然の事実ですが、徐々に内陸、こちら側にも行き渡りつつあります。この前のような勝利はこれからは危ういでしょう」

「ユバールが持っていたエデルトの武器のような?」

「エデルトが持っていた武器はランマルカの悪い複製だそうです。悪いなりに工夫しているそうですが」

 あれより強力だというのか? いくら士気を昂ぶらせても物理的に薙ぎ倒されては戦うどころではない。

「それと今朝の速報ですが、レイロス様が聖都にてアラック王として戴冠されたそうです。これでこちら側にいる相当数のアラック人、アレオン人、南大陸人がアラック王に忠誠を誓って南下すると思われます。きっと食糧支援も行われるでしょうね」

「ロシエが割れた」

 ウォルも行くのだろうか? 父君はレスリャジンの軍に目を抉られたと聞いたし、この状況では行くのが当然であろうが。

「はい。先王陛下が復帰なさり、積極的に革命議会軍を打倒しようという雰囲気が作り出されているのも結構ですが、生き残りを大事に考える女としてはその上でポーリ様にお願いしたいことがございます」

「ノナン様のお願い、ですか?」

「リュムランのルジュー様のところまで運んで頂きたい物があります」

 モンメルラン枢機卿管領の首都リュムランまでなら革命議会軍の勢力圏内を抜ける必要があるので、今までの外は危険であるという話をされたのは分かるが。

「その物とは?」

 わざわざ危険を冒してまでも王弟枢機卿に届ける物とは只ならぬ。

「ロシエの王冠、ユバールの王笏、アレオンの王剣。それとパシャンダの宝珠エブルタリジズです」

「そのような!? 畏れ多い、私ごときが?」

「宝飾がちょっとあるだけの被り物と杖に剣、それから世界一かもしれない大きさの落ちて来た太陽と呼ばれる赤金剛石です」

「十分私の手に余ります。それに何故象徴を手放されるのです。陛下は何と仰って? いや私が知るべきことではないか。しかし何故?」

「革命議会の手に渡れば意図的に潰され、金銭に変えられ永遠に失われます。複製をしても無意味です。霊力は複製出来ない」

 敗北した場合の備えなのか。

「一番安全なのはアシェル=レレラ様のお所ですが、政治に興味が無い聖王様のお婿となれば如何様にもあの蛮族聖女に利用されかねません。今はルジュー様にお預けするのが最善」

 大業を依頼されて頭が上手く働かないが、予防線を張り巡らすということだろう。

 今、象徴が無くても今上陛下は陛下である。敵でさえも殺すべき相手と認識する程に国王である。

 もし、仮にお隠れになったとして次の王を選ぶ時、その三つが揃っていれば威光に求心力が違う、はず。それこそ王権を保障する霊力の度合いは段違いと考えられる。その次の王が遠縁であればある程に意味が違ってくる。正統性の隔離保存か!

「重大案件につき、失礼ながら陛下のご意向を確認したいのですが」

「確かにこれでは私が何か陰謀を企んでいるようですね。今はアラック侯の戴冠の件で閣僚の方々とお話をしておられて、こちらに来られないというのも非常に怪しい感じですね。問題ありません、三つとおまけの象徴は陛下が出発の折に直接お渡しするとのことです。問題ありませんね」

「失礼しました」

「ポーリ様、あなたの忠義を信じてお任せするとのことです。私に忠誠を誓っているわけではないでしょう。当然の疑いで、警戒される方が信頼出来ます」

「出発は何時に?」

「情報は口に出した時点で漏れ始めたも同然。私達二人が青空の下に出た段階で勘付かれ始めております。お茶を飲みながら待ちましょう」

 あの劇場で弱気を見せていた方とはとても思えない。

「ノナン様。失礼ですが劇場で国債の購入を訴えて震えていた方と思えません」

「あれは影武者です。私はどうでしょうか?」

「ご本人を知りませんので全く分かりません。ただ、震える影武者ですか?」

「弱い馬鹿な女と思われた方がやりやすいことがあります」

「私に言ってよろしいので?」

「私も影武者です」

「本当かどうかは分かりませんね」

「そういうことです。それと一つ出発される前に、ロシュロウさんはご無事ですよ。個人的には死んでも死なないと思います」

「それは……はい、ありがとうございます」

 ロシュロウ夫人も何か情報収集に携わっているのだろう。商人ならばそのツテで色々と探ることも出来るだろうし。


■■■


 ノナン夫人との茶会の後、宮殿に届けられた私物から旅装に着替えて、出発前の食事をして旅の道具を整理した。

 そして宮殿の国王陛下の寝室に招かれる。

 陛下とお腹の大きくなった王妃様。

 礼をする。

「ポーリ・ネーネト参りました」

 机の上には見紛う事無き、ロシエの王冠、ユバールの王笏、アレオンの王剣。それとパシャンダの宝珠エブルタリジズ。目の前で見るとそれぞれが記憶以上に実物は小さい。しかし感じられるようで何もないような霊力には気圧される。

「ポーリ、これは君にしか頼めない」

「はい」

 陛下が痛んで小汚いとも言える、緩衝材が入った鞄に、個別に袋へ入れたその四つを入れる。

「これらはただの宝石で、金に替えなければ何も役に立たない骨董だ。しかし持つべき者が、然るべき時と場所を選んでこれらを持つ時に霊力を発揮する」

「はい」

 鞄を受け取り、背嚢に詰める。

「どこに誰の目があるか分からない。ポーリ、もう行ってくれ」

「どうかご無事で」

 陛下と王妃様の言葉を受け取り、礼をして宮殿を出る。

 自分は目立つ。オーサンマリンの外へ出たというだけで疑われ、密偵の追跡を受ける。

 とにかく早く進む。それだけだ。

 ウォルはどうする? 挨拶をしている暇はない。明日も実験をする予定だった。

 杖を突いてオーサンマリンを出る。もう夕方であるが。

「そのデカい図体でどこに行くんだ?」

 馬の蹄の音とウォルの声。彼が横に並ぶ。

「アラックに帰るのか?」

「悪いが帰るぜ。今の状況で目の無ぇ親父とレアラルは放っておけない」

 今この時に声を掛けるのが何だか怪しいが、偶然か? アラック王戴冠の話は、アラック系の情報網で得たのかもしれない。

 背負った物が物だけに友人すら敵に見えてくる。恐ろしいな。

「敵同士で会いたくないな。お前に勝てる気がしねぇ」

「そうか?」

 南へ行く道は途中まで同じ。それから東にモンメルラン枢機卿管領へ行く道と、真っ直ぐ南に行ってアラック侯領まで縦断する道に分かれる。

「運が良ければまた」

「あばよ」

 分岐点で別れた。既に空は暗く、月が眩しい。


■■■


 国防卿の領地であるノーシャルム公領に入る。

 大きな都市に寄れば断頭台に立って、貴族達の首を切っては演説をする革命議会の処刑議員が目立つ。女子供も、幼子すら生まれたこと自体が罪として首を切られる。

 農村でも、何世代か前に流行った悪魔狩りのように住民同士で殺し合っていた。そこには王党派も共和革命派も無かった。

 通りすがりというだけで悪魔と呼ばれて村人に襲われることもあった。

 道には正規兵が勝手に関門を作って通行税を取り立てていることもあった。しかもそれが国防卿に忠誠を誓う者達で、財政難故仕方なく、了解を取らずに行っていたというのだから筆舌にし難い。

 街道上に強盗が出ることも多く、正規兵だったり民兵だったり、傭兵だったり聖職者だったり、まるで少し前までの悪徳で堕落したと言われるエグセンの中部地方の荒れた様相である。

 出来るだけ早足に、人助けは堪えて進んだ。

 人口も少なく、住民の性格も違うモンメルランに入るまでは、人が集まるところがあれば耳にあの歌が聞こえきた。


  掲げて行こう革命旗

  愛国市民は突撃だ

  隊列組んだら立ち上がれ

  前進あるのみだ

  復讐復讐、復讐あるだけ

  我等の勝利まで

  憤怒の炎を燃やせ

  憎悪の炎を燃やせ

  敵が血に沈むまで!


  滅ぼすべきは旧体制

  革命烈士は攻撃だ

  一瞬躊躇無く立ち向かい

  粉砕あるのみだ

  祖国祖国、祖国のために

  賊徒が滅ぶまで

  正義の炎を燃やせ

  裁きの炎を燃やせ

  国がまた昇るまで!


  栄える革命共和国

  労農兵士は出撃だ

  吸血悪徒が襲い来る

  迎撃あるのみだ

  革命革命、革命守れ

  略奪者が果てるまで

  使命の炎を燃やせ

  革命の炎を燃やせ

  人食い豚が絶えるまで!


 こんな歌が流行ってしまっている。ここはもう以前のロシエではなくなってしまったのか?

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