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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第1部:第6章『蒼天の下』
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24話「暫定首都バシィール」 ベルリク

 春の雪解けをもって我が暫定帝国連邦軍はオルフから全面撤退を開始した。

 それ以前から設置した大砲や地雷の撤去に、今度オルフを攻撃することを想定しての防御施設の撤去など色々やっていたが、中途半端なところで終わってしまった。取り合えず財産に勘定出来るものは残さないか破壊。アソリウス島戦以来の我が軍の伝統である。

 未だオルフ人民共和国残党が全面降伏を受託したわけではないが、あとはアッジャール朝が自力で対処する状況にまで至った。ザロネジ陥落の報以来、勝利が確定したのだ。

 アストル川北縁の勢力は降伏したり壊滅させられたりでまとまりを失った。アストラノヴォの辺境に潜んだ連中の追撃は大分辛いらしいが。

 ニズロムの残党はよくまとまっていて強敵だったが、そこの共和革命派幹部が貴族に叙せられ、土地を貰うことで解決。

 共和革命派の幹部のほとんどは教養がある者。つまりは軍人は士官教育を受けてきた旧貴族、官僚は事務仕事が出来る富裕層で、適正によって逆転もするが無教養な者は末端のままである。アッジャール朝だ共和革命派だと言いながらも、実態は古くから続くオルフ諸侯の内戦であったということだ。

 こちらとしてもメデルロマの逃亡勢力は皆殺しにしてやることも無くなり、アッジャール朝としてはこちらに引き続き駐留されても迷惑。報酬も早めに全額貰って早く出て行けと暗に言われた。応じてやるのが道理だ。

 暫定首都バシィールに帰る。


■■■


 軍の解散と装備の返納、兵士の各基地、家への帰還は部下にお任せした。

 マトラの名所となった三七番広場改め、建国記念公園にて人を待つ。何故この名にしたかはちょっと分からない。そもそも建国宣言はここでしないし、した覚えも無い。マトラ共和国の建国記念か?

 ここも大分広くなった。前は十万ぐらいの兵隊を揃えて演説したものだが、今なら五十万規模に合わせて砲兵騎兵に荷車も揃えられそうなくらいに広い。バルリーへの総攻撃を想定した西への山道が複数にここから枝分かれる広場であるからだが。

 公園の北端部には黄金の国家名誉大元帥騎馬像。顔は日が昇る東を向き、刀の切っ先を向けているので方角が分かる。それから日時計にもなっていて、それに応じた文字盤が装飾した煉瓦で表現されている。それから時間を報せるように自鳴琴が陸軍攻撃行進曲を奏で、噴水が勢い良く水を噴き上げる。そう、噴水装置付きだ。前に見た物より凄いことになっている。

 その騎馬像の台の下でアクファルと、馬と待つ。

 少し離れたところ、四方を囲むように偵察隊。相変わらず何時休んでいるのか分からない連中だ。

「巨大お兄様」

「はいはい」

「面白くはありませんか?」

「俺がそれで笑うかよ」

「しょぼーん」

「どこで覚えたそんな言葉」

「スカップくん」

「嘘だろ」

「ランマルカの流行語と聞いております」

「意味は?」

「知りたいんですね」

「いや、まあ……教えて」

「嘘です」

 この女。

 偵察隊の街道沿い担当の班が北側に注視する。

「では失礼します」

「ん?」

 護衛の騎兵六騎と、六頭立てで派手じゃないが綺麗な造りの大型の馬車にイューフェ=シェルコツェークヴァルの旗。何時の間にあんなの揃えた? 見栄張ってんのか。

「私が居辛いので」

「そうか」

 アクファルが馬に乗って去り、それから騎兵と馬車が目前で止まり、御者が馬車の扉を開ける。

 降りてきたのは父ソルノク、継母リュクリルヴ、腹違いの妹エレヴィカに弟サリシュフ。ワゾレ経由で招待した。

 自分の騎馬像を父が見上げて無言。

「お久しぶりです」

「ああ……」

「何も言わないで下さい」

「うん、そうだな」

 前に会った時より大きく、ちょっと活発になったようなエレヴィカが我が騎兵像を指差す。

「これお兄様?」

「エレヴィカ、はしたない真似は止めなさい」

 継母がエレヴィカの指差す手を掴んで下げさせる。

「お母様ごめんなさい」

 エレヴィカを持ち上げて、その軽いケツを肩に乗せる。

「こっちがエレヴィカのお兄様だ。あんなに大きくないぞ」

「あ、はい!」

 嬉しそうにエレヴィカが頭に寄りかかる。普通に素直に育ってるな。顔を合わせたのは結婚式以来だが、フラル語の勉強がてらに文通をしていたので人見知りはしない。

「サリシュフ、こっち来い」

 ちょっと腰が引け気味のサリシュフの手を掴む。小さくて柔らかくてちょっと湿ってる。持ち上げて左前腕に座らせる。こっちとも文通をしているが人見知りをしている。

「男ならもっと大きくならないと駄目だぞ。飯はもっと食え」

 返事無し、俯き加減。

「サリシュフ、返事しなさい」

 継母に注意され、サリシュフが「食べます」だと。顎で頭撫でる。

「痛いです」

 正直な奴だなこいつ。エレヴィカとサリシュフを下ろす。エレヴィカが名残惜しそうなので手を繋ぐ。

「後ろのデカいのはともかく、妖精達が見せたいものがあるというのでお付き合いください」

「見せたいもの?」

「一般に公開しているものです。私も見るのは初めてです」

 小旗を持った妖精がやって来る。軍服ではない制服を着ている。

「マトラ観光振興局の者です! 総統閣下のご家族様、ご案内しまーす!」

 マトラで観光? そんなの役に立つのか? と最初は思ったが、ワゾレ開通以来、恐いもの見たさで観光客が来ているそうだ。外貨稼ぎにはなる。

「最近噂になっているアレか」

「ソレです」

 観光客の帰還率は九割九分を維持。その一分だが、こっちで病死したり事故死したり行方不明になったりと、よくある程度の事案。行方不明の内訳もあるらしい。

 目の端でアクファルの行方を追うが、もう見えなくなっている。母の前の夫とその妻に息子娘という組み合わせではどうも、加減も悪くなるか。


■■■


 まずは建国記念公園の一部になっている、マトラ苦難と栄光の歴史館。

「ここでは一万体以上の剥製を使って今までの歴史を再現しています!」

 案内役の後ろについて行く。

 最初は妖精達が畑を耕し家畜を放牧し、機を織ったり、獣を狩ったり、のどかなで平和な風景を再現。調理場においては当たり前のように人間を料理に出している様子が見られる。

「放浪者や、人間社会から追放された者達も我々にとっては貴重な食料でした!」

 人間がいかにも人相凶悪な犯罪者を妖精達に引渡し、作物だとか工芸品と物々交換している様子が再現される。

 そこから一転、次の場面の再現ではバルリーからの迫害、追放の光景となる。

 古めかしい甲冑装備のバルリー騎士に農民に毛が生えたような雑兵が、槍や剣に棍棒を使って一方的に妖精を負かし、考えられる限りの手法での拷問や処刑だとかを行う様子が再現されている。余りに凄惨な光景なので父と継母が妹と弟の目を手で隠した。

「内臓は腐敗するのでこちらは蝋で作っております!」

 迫害の再現では、完全にバルリーからマトラに追いやられるまで結構長い世代が掛かったようで、段々とバルリー兵の装備が軽装化され、槍が長くなって火縄銃が混じり始めて、火打石銃が登場するまで掛かっている。

「バルリーの大公ヤロシュが積極的に我々の居留地を征服するようになって虐殺が加速していき、祖先達はマトラの山への移住を余儀なくされます! マトラの山とバルリーに住んでいた妖精は同種、同言語の同族であったため、移住時に混乱は発生しておりません!」

 イスタメルでの泥沼の争いも、奪った武器や石の穂先の槍や弓矢、投石器等の圧倒的不利な装備で抵抗はするが、相変わらず酷いやられようで勿論凄惨。わざと腐った死体の中で疫病に罹るまで寝起きして、人間の子供のフリをして人里を歩き回って人間を苦しめるという手段まで取っている。

「当時は明確な対抗手段も無く、非常に前時代的な抗戦しか適いませんでした! 老人を積極的に前線に立たせるという発想に至るのがようやくでした!」

 世代が交代するとマトラの山林で奪う物も残さないようにしての遅滞、消耗戦を繰り広げ、イスタメル人に戦っても利益が無いように工夫している様が見られる。ここでようやく余裕が生まれてきたのか、今のマトラの工業力からは想像出来ないくらいの酷く質の低い鉄の武器が生産され始める。当時は山での採掘量も少なく、鉱脈の探索も進んでおらず、かなり小さい槍の穂先や鏃の生産に留まる。鉄だけではなく鉛とか銅とか錫のような金属も使っていて、その現物が手に取れるように展示される。

「イスタメル公国によるマトラへの入植政策は常に我々の抵抗により失敗させて来ました! 人的損失は常にありましたが、企図は粉砕し続けたのです!」

 いつも苦戦しているわけではなく、イスタメル公国と魔神代理領との争いが始まる度にマトラは余裕を得て拡張を行い、スラーギィとの交易が始まって、馬やある程度の火薬を入手するようになり、北の情報が入るようになる。

「スラーギィと小規模ながらも連絡が取れたことは我等マトラの転換点になります! ランマルカの同胞という存在を知りえることが出来たのです!」

 そしてマトラ妖精の中からランマルカ留学へ赴く、特に優秀な者達とその護衛が選抜される。剥製のはずだが見知った顔が揃っている。死体の面を弄って本人に似せる剥製技術だろうか。

「マトラ中興の祖である英雄達の登場です! 筆頭は勿論ラシージ親分です!」

 そして道中に死んだか、ランマルカに残留したかで人数が減じた留学組が帰ってきて、マトラ妖精達に教育を施し、最新の技術を導入してマトラの開発が驚異的に進んで行く様が再現される。

「英雄達が持ち帰った知識により、我々は革命的に立場を逆転する機会を得たのです!」

 そしてそこに英雄降臨とばかりの自分ベルリク=カラバザル似の剥製が出現し、ラシージ似の剥製に救いの手を差し伸べている。肌の色は微妙に違うか、何とも自分そっくりの剥製とは気味が悪い。

「そして颯爽と現れたのが! 最大不滅の我等が大英雄ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン、貴方です! キャー!」

 案内役が興奮し過ぎてドッタンバッタン跳ねてはしゃぎ始める。

 それからは一転攻勢とばかりアソリウス島の戦い、アッジャールとの戦争、ランマルカからの新たな技術協力、人民義勇軍の遠征まで勝利の連続で、今度は一方的に人間を惨たらしく殺して死体を切り刻む凄惨な再現があり、まだまだ妹と弟の目は塞がれている。

「父上、まだですかー?」

「母上、顔が痛いです」

 そして今の暫定帝国連邦の拡大までだが、まだ作りかけで工事中である。現在進行形のところはしょうがない。

「本物みたいですのね」

 凄惨悲惨の歴史再現が続いているせいで、精神疲労と同情やら何やらで継母は涙目でやつれたように見える。父も同じ様子。

「剥製ですから本物と言えば本物ですね」

 遂に継母は立ちくらみを起こし、父が体を支える。それからえずき始め、吐き気を催したので先に父と歴史館の外へ。

 お子様は平気なのか、エレヴィカは剥製を指で突っつく。サリシュフも真似して馬の剥製を撫でる。本物の毛皮なので触り心地は良いのだろう。

「本物のお兄様の方がとっても格好良いです!」

「お? ありがとう」

 歴史館では人、妖精だけではなく馬や駱駝、その他小動物の剥製も展示の一部になっているのでかなり気合が入っていた。


■■■


 次は工業製品の見本展。

 武器、工具、農具等の金属製品に男の目はいってしまう。

 サリシュフは案内役から歯車とそれに連動する器具の組み合わせで縦回転を横回転にしたり、前後反復運動にする仕組みを聞かせて貰って喜んでいる。

 女が見てつまらないかと言えば別で、軽工業製品の織物が展示してある。男性服だけではなく女性服の見本もある。

 また用途に応じた裁縫を実現する機織機の稼動展示では継母が「あらあら、まー嘘!」と感心。先ほどの弱りも失せて意外に気丈な人である。

 糞田舎の我が故郷の発展を志す父が「こういう物は輸入が出来るのか?」と聞いてくる。案内役に聞けば「国家国民需給品目審議数量査定委員会が判断します!」と当然返ってくる。

「どういうことだ?」

「エデルト=セレード連合王国は半永久的な同盟国じゃないので無理ですね。傭兵の関係で一応は友好的ですが、国土を隣接している仮想敵アッジャール朝の後援国ですから」

「無理か」

「個人権限でねじ込むのは出来そうですが、信義にもとる前例は作りたくありません」

「悪いことを言った」


■■■


 次は参加型の公開処刑。公園といったら公開処刑場である。

「今日は悪い奴等をやっつけることが出来ますよ! 本日は棒叩き、石投げ、首吊り、生き埋めの他に、特別に人間大砲をご用意しております! ソルノク様、リュクリルヴ様、お子様と一緒に点火してみませんか?」

 悪い奴等こと、縄で縛られた人間が五人、武装した兵士に囲まれて待機中。観光用に用立てているということになるが。

「そいつらの罪状は?」

「左から殺人、殺人、強盗強姦、強盗傷害、重度不法侵入罪です!」

「本当に悪い奴等だな」

 最後の奴なんか諜報員か何かじゃないのか? いいのかぶっ殺して。

「お兄様、私点火したいです! あの女の敵を!」

 エレヴィカがやる気だ。そういうことは分かる年頃か。もう十歳になるものな。

 父と継母が拒否したので処刑は取りやめ。他の観光客が大砲に点火をした。

 観光を終えたらセルチェス川を下る船に乗る。馬車や馬を詰めるだけの船はアクファルが用意していた。


■■■


 川下りを終えてバシィール城に近い船着場に到着、下船。城まで向かう。

 娘ザラ=ソルトミシュと息子ダーリク=バリドを両手に抱えるシゲが門前で待っていた。ジルマリアは当たり前のように仕事に専念中なのか顔を見せない。

「大将、坊ちゃんだ」

「うん」

 ダーリクを手に抱く。息子を初めて見た。へんちくりんの肉の塊みたいだな。ちゃんとチンポが生えているかも確認。

 父がシゲからザラを受け取って抱く。

「ザラ、お爺様って言ってごらん」

 と言ってやる。

「おいーあっ」

 ザラが舌足らずに物真似? とにかく、そうすると父は腰が抜けて立てなくなった。転んだら困るのでズボンの腰のところを片手で掴んで支える。

「落としたらエレヴィカ貰っていきますよ」

「すまん」

 親父を片手で支えられる腕になったか。

 まずは執務室へ。門前にいるべき糞女がいなかったのだ。帰城に先立って今から帰ると伝令に伝えさせていたので知らないわけはない。

「おいハゲ、挨拶くらいしろ」

 ジルマリアは椅子から立とうともせず、手から筆も離さそうとせず、スカーフと眼鏡は……外さなくていいか。とにかく無礼。一応、机からこちらに面だけは向けた。

「これはどうも皆様お久しぶりです。只今、独立軍事集団から帝国連邦昇格に向けての人事案と人材確保、それから官僚登用試験内容の画定のために書類と手紙を書いておりますので、お相手は夫に任せます。それでは」

 失礼、と言う代わりにこっちに向けた顔を書面に向ける。

 この無礼ハゲが作り出した異様な雰囲気、そして反応に困る父と継母をアクファルが「こちらへどうぞ、ご案内します」とサリシュフを抱え上げて強引に客室へ案内しに行った。

 自分の左手を握ったエレヴィカが残る。

「ジルマリア様はお忙しいのですか?」

「はい、とても。他人を殺す程忙しいんですよ」

「ご苦労様です」

 手を離したエレヴィカが貴人の一礼。

「どうも」

 ジルマリアが筆を持っていない左手の指を軽く振って、さようなら。

「いいかエレヴィカ、あれが男も女も関係無く可愛げが無いって言うんだぞ」

「では何故ご結婚を?」

 物怖じしないなぁ。

「それはあの頭と、机に隠れて見えないがケツだ」

「頭と……お尻?」

「頭が良くて有能で容赦を知らないところが良い。ケツがデカいのは骨格と筋肉が優れているからだな」

「そうなんですか」

 舌打ちの音。

「うるさいですよ」

「短気な女は嫌われるぞぉ」

 エレヴィカを抱え上げる。

「きゃ」

「怒られる前に逃げろ!」

「はい、ごきげんよう!」

「閉めなさい」

 一回転して執務室の扉を閉め、エレヴィカを父に返してから、増築したという新執務室へ行く。

 そこでアクファルからおよその人口統計が記された報告書を渡される。あくまでおよそである。今まで戸籍の無かった戦乱続きの地域で正確な値を出すには時間もかかるだろう。

 妖精人口約二百五十万。バシィール城の城主時代からは考えられないくらいに増えた。イスハシルの軍と戦う前の人口が五十万で、それから十万近い死傷者を出した。

 世界各地から妖精をかき集めたとはいえ、十年余りで五倍か。もう十年すれば千五百万くらい? 純粋なマトラ妖精も混血で減っている。種の保存が目的で血の保存が目的ではないから構わないだろうけど。

 人間人口約三百万。結構虐殺してやったと思ったが生き残っているものだ。この内レスリャジン部族など五万にも満たないというのに。

 戦災で悪化させた食糧事情の改善はナレザギー任せで段取りがついている。死ぬまで戦って貰う代わりにしっかり食わせる信条は曲げない。人口も順調に伸びるだろう。

 獣人人口約百万。思いのほか多い。チェシュヴァン族が七十万、ダグシヴァル族が二十万以上もいる。南大陸からの移民、フレク族の北方遠征で比率が変わる可能性はある。

 今回の戦いでオルフに送れた軍勢は合わせて約二十五万。現状、短期の攻撃作戦へ無理無く動員出来る基準量がこのくらい。兵站線に掛かった負担を数値化した結果、これぐらいが妥当とされた。そしてこれは西方の話で、東方になるとまた別になる。大内海の水運が使えるからまだ多い。

 国土防衛の総力戦となれば後方要員を含め、妖精から二百万、人間から百万、獣人からはまだ五万くらいの動員だろうか。無茶が出来る妖精はともかく、人間は遊牧民中心なので少年、老人を入れればいける。獣人は今後の訓練次第。

 ただ三百万総動員を、仮に今やるとなれば武器と火薬の量が足りないことは明白。槍を持たせるだけならまだいいが、銃砲無しに現代の戦闘は有り得ない。イリサヤルの量産体制の整備が待ち遠しい。

 近々建国を宣言するが、手続きとしては魔都に書類を提出して、大宰相ダーハルに認可を貰わないといけない。

 一応、固有名詞がつかないと、便宜上でもダメといわれた場合の呼称を用意しておく。たぶん不要だが……適当な名前は思いつかない。やっぱやめた。無理に言われたらセレード語で”帝国”連邦でいいだろ。語源まで突っ込みはしまい。

 出張の手続きと準備に、向こうへの訪問予告の手紙に、ウラグマ総督の推薦状とシャミール大総督の推薦状も欲しい。隣接地域の州総督の後援は欲しいからメノアグロ州とヒルヴァフカ州もか。その両州の州総督とはほとんど面識も無いから紹介状が必要だろうか。

 現地に着く前にルサレヤ館長とべリュデイン総督には挨拶状を送らないと駄目だな。家に泊めて貰って、それから作法やらなんやらを教えて貰わないと恥をかきそうだ。ババア、甘えさせろ。

 それぞれにどのような手紙を出そうか並べて比べながら下書きを書く。

 一通り書いてあれが駄目これは良いと朱書きで修正しているとシゲがやって来て床に正座。

「魔都へ行かれると聞きました」

 口調も改まっている。

「来るなら来い」

「そのままアマナへ行こうと考えます」

「そうか。面白かったか?」

「……元気な内は」

「子守してるだけで楽しいタマじゃねぇよな」

「はい」

「一線から引くのか?」

「いえ、鉄砲がありますので」

「乗馬がキツいか?」

「長く動くと古傷のところが刺すように。疲れると膝が抜けそうになります」

「それじゃ徒歩も……船も駄目だな」

 揺れる船上じゃ立っているだけでも体を使う。

「師匠に相談する心算です」

「ボロでも動けるような工夫?」

「はい。動きに無駄と力が入り過ぎとは昔から言われてまして、そこが改善出来るかもしれません」

「やるだけやるしかないな」

 飼い殺しにしてもしょうがない。


■■■


 疲れて集中力が切れているので手紙の清書は明日にして、読むだけで良い文書に目を通す。

 エレヴィカとサリシュフが城の猫を抱っこして遊びに来たりもしたが、考えどころが多くていい加減に相手をしていたら何時の間にか出て行っていた。

 カルタリゲン中佐からロシエ情勢について追加情報。海軍情報局出身のクセに陸働きばかりのようだが、国外を飛び回るという点ではやはり海軍か。

 ユバール王が決まらない。候補者がいたらしいが自殺して話が流れたらしい。どうにも決まらないから否が応も言えない子供を、しかも保護する親がいない者を据える予定があるとか。どれだけ内部で抗争しているのやら。

 今後の情勢を左右する”大”ロシエ王の方だが、長時間外に出ないようになっているそうだ。病気か神経衰弱か、愛人の量が増えているとも、策を練るのに篭り切りで外に出る暇が無いとも言われ、大衆は愛人の量が増えているという話が好きらしい。そして悪いことに戦費での貧乏が、その愛人への贈り物のせいで貧乏になっているという噂にすり替わっているらしい。事実か謀略か知らないが、一度広まった噂を封じることは不可能だろう。

 そんなロシエ事情はキナ臭いし、戦争になれば金になりそうだが、傭兵稼業もそろそろ終いにする時期だ。

 バルリー、ペトリュク、オルフ東部、イラングリと四正面に敵、仮想敵がいる。フレク族のハマシ山脈越えも入れれば一応は五正面。オルフを一括したら四正面。解釈は色々だが、二正面以上に敵がいるわけだ

 本格的な軍の派遣より、ジャーヴァルで行ったような少数の軍事顧問団の派遣を基準にすべきか? 暫定帝国連邦の将来の性格を左右する選択になりそうだ。

 とりあえず目先というよりは将来のことなのでロシエに介入するかどうかは後回しにしよう。


■■■


 深夜に部屋を出てちょっと散歩。

 出す手紙の内容を見る度に何か落ち度が無いか心配になってくる。ここにルサレヤ館長が近くにいたら相談出来るのに。ウラグマ総督でも良いが、推薦状出してくれとまず頼んでからが筋か? ニクールは東スラーギィで忙しい。ラシージは聡明だが魔神代理領の官僚としてそうであるかは別。やはりここは自分で考えてやるしかないか。

 警備中の妖精に敬礼され、返礼。ルドゥが背後から影のようについてくるのはいつも通り。

 それとは別にアクファルの行き遅れが気になる。どんな寝顔か見たいと思ったが、行けば勘付いて起きるから止めた。

 まさかシゲがあんな風になるとは……イスハシルは誘拐しておくべきだった。あの吹雪の騎兵突撃の時に、セリンも一緒に連れて行けば……いや、シルヴに話して協力? あっちを立てればこっちが立たないような空想を巡らすが、終わったものはどうにもならない。

 テュグルホクという奴が前にいた。ジャーヴァル以来顔は見ていないが、あれは頭がダメだ。

 クトゥルナムはどうだ? 頭は良いが顔がダメだ。

 シゲは良いと思ったんだが、肝心のアクファルが男として見てない。あれは馬というか犬というか、玩具か。

 やはりクセルヤータかと思って、奴は人間じゃないことを思い出す。ニクールもダメだな。ジジイでワンワンだし。

 ヤヌシュフ? そう言えばあいつ結婚したか? していないな。そして魔術の才覚持ちの血統だ。でも馬鹿なんだよな。

 自分じゃ決められそうにない。自分でどうにかする? せめてあと一つぐらい親等が離れていれば遠慮しなくていいんだが。

 やはり本人の好きにさせるか。毎度のその結論だ。いっそ魔族か何かにならんか。

 厨房へ行く。いつ寝てるか知らんが、調理担当組が朝飯の仕込みをしている。

「お茶二つ」

「寝れなくなるから牛乳飲んでろ」

 ナシュカが的確に返す。

「そのデカい乳から出ないのかよ。乳首もデカいんだろ?」

「小便でも飲んでろ」

「お前のか?」

 舌打ちされ、温めた蜂蜜入りの牛乳を作ってくれる。仕事に手を抜かない奴だ。

 一つはルドゥに渡す。飲みながら寝室に戻る。

「大将、マトラの国歌、分かるか」

「分かるぞ」

 えー……我等が父マトラの山よ。

 我等が母マトラの森よ。

 我等はこの地の子、この地より湧く乳を飲む。

 二つを永久に結ぶ緒は切れない。

 幾万と耐えてより、銃剣持ちて塹壕から出よ。

 死すともこの地に還り、我等が子孫に還る。

 永遠の命、何を惜しまん突撃せよ。

 永遠の仇、何を怯まん突撃せよ……だったな。

「ここまで長かった」

「現地人のお前等からしたらその”塹壕”から出るまでがかなり長いんだろうな」

 歴史館を見れば分かる。

「マトラが全身全霊を懸ける覚悟はもう分かっていると思うが、もう一つある」

「もう一つ?」

「ランマルカだ。大将が思っているより強いわがままを言ってみろ。通じるぞ」

「歌とランマルカ関係あるか?」

「俺達は人間より集団だ。マトラのことはある程度ランマルカのことだ。これにランマルカの世界目標への貢献が加わる。政治と心情と本能がこちらに今傾いている」

「覚えておく」


■■■


 父に孫の顔を見せるのも終わり、四人の州総督からの推薦状も無事届いていよいよ魔都へ出発する日になった。

 マリオル港には見送りに出られる暇がある関係者が集まる。行政手続きをしに行くだけなので盛大な見送りは必要無いのだが、マトラ共和国合奏団が準備を済ませているのでやや盛り上がっている。

 一応だが、郵送での文書手続きだけでも魔神代理領共同体への国家登録手続きは済ませられるらしい。

 見送りはセリンと海軍歩兵師団の蜥蜴頭メフィド等の任務が無ければマリオルにいるイスタメル海域艦隊関係者。それから暇なのか忙しいのか良く分からないマトラ自治共和国大統領――手続きがまだなので自治つき――ミザレジぐらいなもの。魔都に連れて行く主だった人物はお付のアクファル、ルドゥに偵察隊、おまけでシゲぐらい。セリンは自分の船で送りたがっていたが今回は見送り側。ほとんど船旅で終わり、滞在期間も短い予定なのでわざわざ提督閣下が休暇を獲得して出張るようなことではないのだ。

 ミザレジが声を張り上げる。彼が見送りの挨拶をするようだ。

「最大不滅の我等が大英雄、第二の太陽、無敗の鋼鉄将軍、鉄火を統べる戦士、雷鳴と共に生まれた勝利者、海を喰らう龍、文明にくべられし火、踏み砕く巨人、空を統べし天馬、楽園の管理者……帝国連邦初代総統ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンよ永遠なれ! その偉業を称え万歳三唱!」

『万歳! 万歳! 万歳!』

 三唱に応じたのは妖精達だけではなく人間に広義の獣人、それから海軍の連中も。十年以上も経てば英雄視する奴はイスタメル人や、魔神代理領各地から移民してきた者の中からも出てくる。二日酔いの頭に辛い大声だ。勿論セリンが飲ませた。

「帝国連邦国歌斉唱。ご着席の皆様方はご起立ください」

 国歌? マトラ共和国合奏団が合唱団も並べて準備をしていたから一曲やるとは思っていたが。

 港の岸壁での見送りなので、ほとんどの者が立っている状態。木箱や係船柱に座っていた見物人が何となくといった風にまばらに立ち上がる。

 演奏は早くなく、そして非常に重厚壮大に始まった。


  垣根を越える同盟を、

  偉大なる総統は団結する!

  不滅の帝国を実現する、

  約束された連邦万歳!

  栄光あれ祖国

  民族は一つに

  結束せよ、同胞よ!

  旗に集え、兄弟!

  祖国に捧げよ、力

  捧げるは皆がため


  高炉で燃える鉄鋼と、

  広大なる農土で繁栄する!

  創造の帝国を実現する、

  組織された連邦万歳!

  歓喜あれ祖国

  人民は一つに

  結束せよ、同胞よ!

  旗に集え、兄弟!

  祖国に捧げよ、力

  捧げるは皆がため


  世界に冠たる軍勢で、

  愚かなる敵勢を撃砕する!

  無敗の帝国を実現する、

  訓練された連邦万歳!

  勝利あれ祖国

  国家は一つに

  結束せよ、同胞よ!

  旗に集え、兄弟!

  祖国に捧げよ、力

  捧げるは皆がために!

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