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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第1部:第4章『天政南北朝』

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19話「ギセン関の戦い」・フンエ

 ビジャン藩鎮軍の――使い捨て――先行旅団は先遣隊として、強行軍にて禁衛軍の応援に駆けつける。

 フォル江全域において南方から賊軍による一斉攻撃が行われており、ヤンルーへの救援に間に合う援軍は我々だけらしい。これは噂の域を出ない。

 そんな士気を削ぐ情報、おいそれと上層部から漏れてくるものでもない。噂であろう。

 強行軍でも今は馬に乗っているので昔のような死にたくなる負担は感じない。馬の疲労具合に気を配らないといけないが、自分の体に気を使わないように、意識を飛ばさないといけなくなるより数段マシだ。

 天政の京ヤンルーへと賊軍が迫っている。中でも特に堅牢で知られるバオン関すら短期間で突破した、最強と謳われる特務巡撫ルオ・シランが指揮する西勇軍。何やらその迫力だけで勝機が薄れて見える。

 ヤンルーと一体となったオウレン盆地は自然の要害を利用した大要塞である、らしい。その大要塞南方にて、敵の侵入を完全に許す前に禁衛軍が迎撃する事になっている。我々はその後詰。

 誰かは知らないが、盆地外周の防御は見栄え重視で、真に能力を発揮するのは盆地に引き込んでから、等と嘘でも本当でもそんな噂は止めてくれと思うような話を立ち聞きした。今は敗北主義的に聞こえる、聞こえそうな発言一つで鞭打ち刑もあり得る時期。”規律厳正”という言葉が現状ではなく方針を意味している。聞き耳立てるだけでも心臓に悪い。

 先遣隊たる我々先行旅団は戦地へ向かっていて、途中で何度も立ち止まる。禁衛軍に物資を届けるという荷馬車の列に遭遇して道を譲った。こういうことが何度もあった。何度も休憩した。

 禁衛軍とビジャン藩鎮軍、足並みを揃えて戦った方が有利だと思うが、どうなるんだろう?


■■■


 続きに続く強行軍で兵士がすり潰される事も無く、京ヤンルーの城壁を拝む事も無くオウレン盆地を縦断して南の関門、ギセン関を目指す。

 バオン関が外門とするならギセン関は内門。まだ敵は内部へは侵入できていない。

 盆地通行中の待遇というか、環境は良かった。道は広く、主要街道は完全に石畳。脇に逸れても砂利敷きだったりする。

 農村すら区画が整理されていて、灌漑用水路が整然と測られて通っているので道が遠回りに曲がりくねっている事も無かった。様々な作物に果樹が、世界にこんなに色があったかと思うほどに一帯を彩っている。

 水には常に困らず、生鮮食料品も毎日届けられ、通過する農村からも貰った。中でも信じられないくらい甘い林檎には驚いた。

 まるで軍隊のように農耕用の牛や馬が頭数を揃えている農民達の身形も、田舎では貴族呼ばわりされそうな程である。

 ギセン関を抜けると周囲の風景は途端に荒涼としたものになる。草木もまばらで見通しが良い。

 そこには禁衛軍が展開済みだ。既に戦闘隊形に近い布陣となっており、兵士用の天幕でも撤去すればそのまま陣形になっているのではないかと思う程。

 南方からはこのギセン関へ通じる道以外の道が無いとのことであるから、先に布陣して待つのが最良、と禁衛将軍が判断したのだろう。

 陣形組織共に完成された禁衛軍へ入り込む余地は無いので、彼らより左翼側、東方の遠く離れた畑に先行旅団は布陣した。盆地内の畑と比べるとかなり見劣りするもので、放棄されたか休耕地かと思ってしまう程に土が硬そうで色も薄い。利水が無ければ盆地内もこうなのか?

 この配置により、禁衛軍と賊軍が衝突したら横腹を突ける。また後方を遮断できる。そのような配置についた。

 禁衛軍に厄介者扱いされると思ってはいたが、ジャーヴァルでの戦争を経て、短期間に二勢力も下した歴戦の軍とあっては敬意を表された。

 噂話を拾ったり、道に迷ったふりをして聞き込みをすれば禁衛軍は実戦を知らないという。装備も訓練も十分に見えるし、身体も良く肥えて痩せていない。だが流血を知らないらしい。

 辺境や会党との紛争を知らず、文明的で落ち着いた”オウレン人”相手に鎮圧を行ったこともない。不安になってくる。

 さて、中原の中でも一、二を争う豊かなオウレン盆地ならではあるのか、我々のような下っ端兵士に配給される食べ物の量と質が断然に違った。

 米や麦にゴミも虫も入っていない。肉や魚から変な臭いがしない。野菜が生で食べられそうな程新鮮、痛んでいない。塩と油、石炭が何とほぼ使い放題! 禁衛軍の奴等はいつもこんなの食ってるのか!?


■■■


 そんな贅沢な食材を口に入れる日々の中、玉蜀黍粥が配給されたが、一口食べて半煮えと分かったので煮直しをする。いくら食材が良くても調理がダメならダメなのだ。気が抜けている。

 翌日、その半煮えをどうにかしなかった部隊の連中が一斉に腹を下す。調理担当が処罰された。

 この状況から判断された処罰は大隊引き回し。各大隊の間を、引き回しとは言うが、憲兵の先導に従って縛られもせずにそのまま歩くのだ。縄で引かれもしないし、背中を押す者もいない。

 一応、歩いている最中は手出し禁止という事になっているが、ゴミに石くらいは飛んで来るし、罵倒はし放題で声と一緒に唾も痰飛ぶ。例え何かが跳ばなくて、静かなままであったとしても死にたくなるぐらい辛いのは見てて分かる。いっそとどめを刺してやりたくなるぐらいだ。

 処罰された者の心は真っ二つになるが、他の兵士達皆が失敗したらああなると思い知らされる。


■■■


 引き回し翌日、明け方に西勇軍が姿を現したと一報が入り、急いで身支度をして先行旅団司令部所属第五偵察小隊は結集。我等がビジャン藩鎮軍の本隊が到着する前に始まってしまった。

 先行旅団の斥候として我が第五偵察小隊は出撃する事になった。

 旅団司令部が特に欲しがっている情報はと言うと、禁衛軍の支援要請を待たずに横撃を食らわせるための情報、との事。中々無茶に聞こえる。そんなものが早々に見つかれば戦いなんて簡単に終わるんじゃないか?

 第五偵察小隊は馬で軽快に移動しつつ、戦いの様子を見る。

 西勇軍は行進縦隊で――無防備?――道路を進んでいた。戦闘隊形ではない。

 禁衛軍はその機を逃さないようにしようと、中央に歩兵横隊、その両側面に騎兵隊を配置する基本的な隊形で迎撃に出た。

 このまま西勇軍は歩兵に止められ、左右から騎兵に包囲されて簡単に潰されるように見られた。しかし戦闘陣形へ……百から、二百も数えない内に細長い行進縦隊から、縦横に厚みがあって全周を警戒するような攻撃縦隊に変形してしまった。

 隊列の組み替えは積み木遊びのような迅速さ。隊形転換が始まったと同時に騎兵が突撃しても間に合わなかった素早さと距離の測り具合。あれが本物の軍隊?

 無防備に見えた西勇軍がほぼ一瞬で頑強になる。そこへ禁衛軍の歩兵横隊の前衛が計画を変更せずに攻撃を仕掛ける。おそらく変更する時間は与えられなかった。

 弱いと見せて誘い、寸前で強くなる。達人みたいだ。

 銃声や小火箭の発射音が鳴り始めた。

 いよいよ戦闘が始まった。両軍の騎兵隊、砲兵隊が再度、どの位置ならば有利になれるかと移動を始める。

 斥候として西勇軍の弱点、柔らかい脇腹を探すのだが、見つからない。あの攻撃縦隊の側面は、横から攻撃してくる敵を真正面から待ち受ける横隊となっている。

 他の偵察小隊と何度も合流してお互いに意見を交し合うが、敵本隊側面は歩兵単体で堅固である。その側面後方には騎兵隊が予備待機中で、いつでも横撃へ反撃を食らわせられる位置にある。しかもその騎兵、勇猛で唸る西方高原騎兵である。草原砂漠より遥かに厳しい土地に鍛えられた厳しい男達。

 戦況を見ながら隙が見つからないかと観察を継続。

 遊牧騎兵としての熟練の老兵が少し解説してくれたが、禁衛軍の歩兵隊前衛一万に対し、既に西勇軍前衛の三万が全力で攻撃を仕掛けている状態になっているらしい。

 頭数までは素人の遠目で分からないが、薄い隊列の禁衛軍歩兵の前衛は頼りなさ気に、徐々に薄く歪んだ隊列になり、西勇軍前衛の分厚い隊列は段々と前に迫り出していっている。火薬の炸裂する音も、遥かに西勇軍の方が強い。

 残る禁衛軍は前衛を見捨てぬように移動を開始し、先に動いていた両側面の騎兵隊が前衛を援護するために攻撃を開始する。

 戦況が動いて隊形が崩れていく西勇軍の弱点を探ろうと目を凝らすが、側面防御は相変わらずである。

 徐々に両軍が大砲を動かして使い始めるが、西勇軍の方が騒がしく発射しているのが分かる。禁衛軍側は隊列が乱れていて、味方を撃たないように敵を撃つという位置取りができていない。西友軍はその逆であり、禁衛軍騎兵を砲弾で粉砕している。

 どう見ても戦況は敵方優勢。

 我々、第五偵察小隊は弱点探知を諦め、敵別働隊がいないかどうかの任務へ向かうことになった。皆で敵の脇腹を見ていてもしょうがないという判断。

 敵別働隊がいないかどうか、視界を確保するために丘を目指して馬を走らせ、周囲を観察し、ちょっとした林があれば幾つか班を向かわせて、いつでも逃げられるようにして入ってみるという事を繰り返す。

 危ないところへ馬を入れに行くのはクトゥルナム等、遊牧民出身の者達。逃げ足の良さは折り紙付きである。足も速いが、背面騎射をしながら逃げられるので追撃にも強い。

 自分はパウライ小隊長が手紙を作成する時に喋る言葉を筆記して手紙にする役目なので基本的に偵察行動はしない。戦況の推移を、視界が地形で悪くなったりはするが眺めていられる。

 西勇軍を見ると、戦う部隊、直ぐに戦闘に参加出来る様一歩引いた部隊、前進する部隊、後退する部隊、再編制を受ける部隊、迂回攻撃をする部隊を順繰りに動かしているように見受けられる。決まった一定数の深紅の革新旗が組みになって動くので判別し易い。部隊ってあんな風に戦闘中、綺麗に、車輪みたいに動けるものなのか?

 禁衛軍だが、西勇軍より数は少ないし、どうにも火器発砲率が低い。火薬が燃えた後の白煙は西勇軍側で濃く、禁衛軍側で薄い。隊列が乱れていて、味方を撃たないように敵を撃つという位置取りができず、敵はその逆という構図。また騎兵の数でも見ただけで西勇軍が多い。

 盆地に引きずり込んでからが本番という噂はどうなのかな? 何だか、先行きが不安である。

 遠方から聞える銃声へ砲声に耳が慣れたせいか分からないが、皆の意識が空のどこかへ行ってしまった状況で、我が小隊の護衛騎兵がパタパタと倒れ、馬の嘶きで持ってようやく敵襲と気付いた。こんな間抜けなことがあるのかよ!?

 クトゥルナムら遊牧騎兵達は全て分散して偵察に向かっていた最中。

 護衛騎兵達は随分と至近距離で銃撃を受けたのか、半数の六騎が戦闘不能。撃たれたのに気付かないで、何とか腰に佩いている刀を抜こうと、千切れかかった右腕を振り回す奴と、今更慌てて騎兵小銃に弾薬を装填しようと慌てているような連中ぐらいしか残っていない。

 逃げようと思って手綱を振るが、乗っていた馬が力が抜けたようにドっと倒れ、ゆっくりだったので飛び降りて下敷きにならずに済んだ。

 馬は即死はしなかったようだし、銃撃の痛みも堪えていたようだが、首から大量出血している。

 そんな事を確認しているわずかな間に、抜刀突撃を仕掛けてきた敵騎兵隊。

 蛮族丸出しの毛皮姿、その下に鎧。顔は日焼けか垢で赤黒い。噂の高原騎兵。迫力が違う。

 護衛騎兵達は刃を交える前に気圧されて逃げ腰になり、切り伏せられ、再度銃撃が複数鳴って、矢も飛んできてほぼ全滅。

 騒ぎに駆けつけ始めた仲間の遊牧騎兵達が遠巻きに見えたが、手遅れと判断したか逃げ去った。

 敵騎兵の視界から逃れるように丘の反対斜面、岩陰に向かって走って転んで坂を滑り落ちて到着。

 パウライ小隊長が顔面蒼白になって、一人と馬一頭でそこにいた。ここは敵騎兵の視界からは逃れる位置にあるが、ここに隠れていると簡単に分かる程度の位置でもある。

 クトゥルナム達が一斉に救助に来てくれれば勝機はありそうだが……そんな忠誠心、あるはずはない。

 何か言おうとしているが、口がどうにも回らぬ様相のパウライ小隊長と目が合う。ここでこのまま騎馬で逃げようとしても追いつかれる可能性は高いので、おいそれと岩陰から走り出すわけにはいかないのだ。敵騎兵の騎射能力は証明されている。

 一番冷静な判断を下すならば、自分が囮になって、その反対側へパウライ小隊長が馬を走らせて逃げるのが確実……だが死ぬわけにはいかない。

 手綱を握るパウライの腕を刀で斬ると馬が驚き、騎乗姿勢が大きく崩れたので引き摺り降ろす。

「お前! お前!」

 そうだとも。刀で切りかかろうとするが腕を掴まれた。そもそも刀じゃ長いので、あの金槌を持ってパウライの口に突っ込んで地面に倒れるよう押し込むと「ンゴォ! ゴォ!」と何やら呻く。

 突っ込んだまま、金槌の柄を叩いて喉の奥を殴打すると「ゴァッハ!」と苦しく咳をして、よだれか胃液か血か全部の混ぜ物か、それが口から溢れてくる。

 簡単にパウライが死にそうにないので、金槌を口から抜いて頭を殴る。へこんで血が出て動きが痙攣程度で止まる。

 馬を奪って逃げる。

 敵騎兵の見つけた! と聞こえる声と、背後で鳴る銃声が恐ろしい。

 逃げないと死ぬ! こんなところで死んでたまるか!

 逃げる先は先行旅団の方角。

 一心不乱に直線で逃げたおかげか、途中で敵騎兵が追撃を諦めてくれた。

 荒く息を吐く馬を休ませるために歩調をかなりゆっくりにさせる。

 ようやっと攻撃要請が出たらしく、禁衛軍支援に先行旅団が前進している姿が見えた。

 道行く他の偵察小隊の騎兵に聞くと、狙うのは前線より後方、敵本陣らしい。小隊を失ったのならウチに来るか? と誘われたが、今日は遠慮しておくと断っておいた。

 戦況は西勇軍が優勢に思える。一緒に死ぬ気は無い。

 帰る小隊も無いので高みの見物を続ける。戦いが終わったら合流すればいい。たぶん、わからないけど。また参加したって死にそうになるだけだ。

「死んじゃいけない死んじゃいけない死んじゃいけない」

 何故か言葉が口から出てくる。

 先行旅団の行く先を目で追う。

 本陣と言えば急所であるが、西勇軍は慌てる様子は見られず、冷静に迎撃部隊を繰り出す。

 もっと良い観察場所は無いかと馬を走らせたら、体が浮いて空が……。


■■■


 気がついたら真っ暗だ。頭がかなり痛い。痛い所を触るのが恐いくらいには痛い。

 上を見れば星明かり、月は新月。下を見れば赤い灯りがいくつも並んでいる。あの松明を持って動き回っているのはどちらの兵士だ?

 松明の灯りなので色は見分け辛いが、遠くに立っている旗が白黄色ではなく深紅色だ。あれは革新旗、西勇軍だ。これは敗残兵狩りの最中か。

 馬は? 逃げた後か。別に自分に懐いていた馬ではないし、むしろ主を殺されたのだ。踏まれていないだけ良いか?

 松明を持った兵士の内、こちらに向かってくる者の顔が見える距離にまでなる。何と無謀か一人でしかも気弱そうな奴だ。仲間外れかイジメか、それともこっそり小略奪の最中かは知らないが、こちらに近づいてきているのは確かだ。

 死んだふりをして待つ。手には金槌。

「金持ってそうな格好じゃねぇなぁ」

 と自分を見て独り言。そんな評価をしている。

 その兵士が側に来て、爪先で蹴られるが耐える。それから松明を石で斜め上を向くように調整して置いた。

 仰向けにされる。されたところで金鎚をその兵士の口に突っ込んで、目を引っ掻いて、喉を掴んで絞める。

 喉を掴んだ手を振りほどこうと兵士が手で掴んでくるので、その手を齧って防ぐ。

 しばらく足掻くその兵士の喉を絞め続け、動かなくなっても絞めて、手が痛くなったところで止めて、金槌で頭を叩いてとどめを刺す。

 この状況で生き残るにはまず、装備を奪って西勇軍兵に変装だ。この兵士の物が体格的にも丁度良い。

 松明を手に取ってオウレン盆地は南部関門、ギセン関を目指す。

 焚き火を囲んで食事を取ったりしている兵士が見える天幕の群れが見えてくる。禁衛軍と先行旅団から奪ったであろう武器の山も見える。

 大穴を掘る兵士と、死体の山と、煙を上げて燃える死体の海も見える。

 怪しまれる事も無くギセン関へ到着した。門への砲撃の跡も新しく、掲げられた旗の色も深紅に代わっている。一日も持たなかったか。

 堂々と門を通る。誰もこちらを気にせず、目が合う事はあってもすぐに外れる。

 門を越えても天幕の群れに、休んでいたりまだ働いている兵士の群れ、柵の内にいる馬の群れが立ち並ぶ。これ全てが敵とは尋常ではない状況である。

 疲れてやる気の無い警備兵が見張る、門でもない防護柵の隙間を越えて脱出。立小便をしに兵士が出入りしているので平気だった。

 暗闇に消えるように松明を途中で消して逃げた。


■■■


 服装をビジャン藩鎮軍の元の物に着替え、ヤンルーを目指して歩いた。

 敗残兵のまばらな列があったのでそれに加わる。食糧を積んだ荷馬車が何台かある列だ。

 目の前を歩いている兵士は下痢をしてズボンがべったり汚れている。臭いが直接きて辛い。道端の雑草を千切って鼻に入れる、擦るで誤魔化す。が、その内どうでも良くなったので構わないことにした。

 油を取るための花畑を通りがかる。奪って食べる畑じゃない。

 その畑を持っている農村の人々は逃げた後。家々から出てきた兵士は大抵が首を振っているか、地面に唾を吐いて不満気。

 農民は食糧を持って逃げたようだが、蓄え全てを持って逃げるのも難しそうである。オウレン盆地に居残った軍が篭城用に全て持ち出したのではないかと思う。

 北からギセン関を目指していた時に見えた農村風景が無くなってきている。中心部に近づくほど、畑や家が焼かれ、用水路は止り、井戸には糞尿が投げ込まれた悪臭が漂う。その辺一帯、見渡す限りに農作物、色彩豊かな果樹園の風景が、黒く煤けて残り火が煙を上げている。

 これこそが盆地に引き込んでからが本番というやつか。包囲側の飢える姿が目に浮かぶ。

 道はまだまだ。今更徒歩は嫌なんだよな。


■■■


 行きと異なり、柔らかい雑草や腐りかけの家畜を食っての戻り道。時折現れる西勇軍の騎兵から隠れつつヤンルーの、幅広な水濠に囲まれた、長大な崖のように高い城壁が見えるところまで来た。一面白亜の漆喰塗りで、防御塔と光明八星天龍大旗の数と並びも何やら芸術的。

 壁の外では崩壊した禁衛軍を集めて何とか新しい軍を再編しようと、身形が綺麗なのでヤンルーに居残りをしていたと分かる将校達が声を上げて我々敗残兵を集めている。逃亡してきた者を処断する余裕は全く感じられない。

 幾人もの将校達が声を出す。その中に、

「総校尉サウ・ツァンである。部隊を失った将兵諸君、私のところへ来なさい。着替えと食事を与える! まずこちらに来て休め」

 と、戦えとか武器を取れ、最後の奉仕等と言わずに兵を集めている将校を見つけた。

 うーん、サウか?

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