ただ、まっすぐに
電撃二千字お題【嘘つきと正直者】のテーマに沿って書いた作品です。
私の掌編十四作目になります。
「キノコが、入ってますわよ……」
「はい、お嬢様の大好物だとお聞きしまして」
「あたしはね、キノコが大っ嫌いなのよ!」
昼食時。
とある豪邸の一室に、この家の一人娘、岬の怒号が響いた。
彼女は幼くも端正な顔立ちで、振る舞いも上品。だが、気に入らない事があるとすぐに声を荒げる困った少女である。
それに加え、ここ数日、両親が仕事で家を空けている。やっと中学が春休みに入ったというのに、家には家族がいない。その寂しさが、彼女をいつも以上に不機嫌にしていた。
本日の怒りの矛先は、新米メイドの咲。昼食担当の彼女が作った料理に、岬の大嫌いなキノコが入っている事が原因だった。
「え……えっ?」
状況が理解できず、うろたえる咲。
「あなたはまだ新人だから、今回は許してあげる。でも、今度入れたらクビにしてもらうようパパに言ってやるんだから!」
「も、申し訳ありませんでした……」
しょんぼりしながら、咲は部屋を後にした。
部屋を出てすぐの廊下に、先輩メイドの奈月が腕組みをしながら立っていた。
「あらら、お嬢様のご機嫌を損ねちゃって」
奈月のあまりに白々しい態度にムッとしながらも、咲は彼女に疑問を投げかける。
「先輩。どうして嘘をついたのです?」
「嘘? 何の事かしらね。私は、お嬢様はキノコが大嫌い、としか言ってないわよ」
「いいえ、先程はたしかに、お嬢様はキノコが大好きだから絶対に入れるように、と仰いました!」
潤む眼差しを向けられ、奈月は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「……ふん、自分の失敗を人のせいにするんじゃないわよ。悔しかったら、自分の力で信頼を取り戻しなさいな」
冷たくあしらわれ、咲は唇を噛んだ。
◆
その夜、咲は中々寝つくことができず、何度も寝返りをうつ。その度に軋むベッドの音で、余計に目が冴えてしまった。
(どうして、先輩は私に意地悪ばかりするのかしら……)
咲は新米ながら、料理や掃除など、仕事をそつなくこなす。奈月はそんな彼女に軽い嫉妬心を抱き、意地悪するようになっていたのだ。
(あんな嘘までついて……)
悶々とした時間の中、ふと思い至った。
(あの人の前で、お嬢様を笑顔にすれば……)
お嬢様、岬は笑わない事で有名だった。そんな彼女を笑わせる事ができれば、先輩も認めてくれるはず。
そう思った咲は、早速地元から持ってきた食材を漁り始めた。
◆
翌日の昼食時。
「キノコが、入ってますわよ……」
スプーンを握りしめ、頬を膨らませる岬。
部屋の入口では、奈月がニヤついている。「昨日と同じヘマをするなんて、バカね」とでも言いたそうな顔だ。
――私は、あなたのように嘘つきにはならない。
そんな思いが咲にはあった。そして、自分なりのやり方で岬を笑顔にすると決めていた。
咲は岬の横で膝をつき、優しく語りかける。
「お嬢様。これは、普通のキノコではありません」
「どこが違うっていうの? 見た目は同じじゃない!」
「それは食べた人を笑顔にしてくれる、魔法のキノコなのです。キノコ嫌いのお嬢様でも、すぐに笑顔になれますわ」
「嘘よ! そんな食べ物あるわけないわ!」
叫ぶ岬嬢。ただ、咲はあくまで冷静だった。
「騙されたと思って、一度召し上がってください」
咲の真直ぐな態度に揺り動かされ、岬はしばらく悩みつつも、スプーンを皿に近づける。
「そこまで言うなら……食べてみるわ。でも笑顔になれなかったら、あなたは今度こそクビよ?」
「ええ、構いません」
迷いのない咲の言葉に戸惑いつつ、岬はキノコをすくい口に入れる。そして軽く咀嚼。
「うえぇ、まじぃ……」
そう呟いた瞬間、
「あれ……? でも、何だか変。あは、あははっ」
岬は急に笑い声をあげた。
「ど、どうして……っ?」
突然の出来事に驚く奈月を見て、咲は片頬に笑みを浮かべる。
「ふふふ、先輩。このキノコは、わたしの故郷の特産物『笑顔だけ』。どんな人間もたちまち笑顔にしまいますの。ただし、強制的にね!」
顎に手を添え、高らかに笑う咲。
これには、さすがの奈月もショックを隠せない。
「ベ、ベタ過ぎだわ……!」
「ひひひ~っ!」
腹を抱え笑い続ける岬を呆然と見つめていた奈月だったが、やがて何かを悟ったように呟いた。
「……あなたみたいに強引な人、初めてよ。悔しいけど、負けを認めるわ」
「先輩……」
奈月の穏やかな笑顔。そこに偽りの色はなかった。その表情を見て、咲も彼女の言葉を信じる事ができた。
「これからは、お互い仲良くやりましょ!」
「はい!」
ガッチリと握手し、微笑みあう二人。
こうして咲は、先輩からの信頼を勝ち得たのだった。
「じゃ、早速手分けしてお掃除しましょうか」
「はい。先輩」
軽く談笑しながら、咲と奈月は部屋を出ていく。
「ちひひっ! あ、あはは……、よほほほっ!」
『訳:ちょっとっ! あたしはどうなんのよっ!』
とある豪邸の一室に、岬の笑い声だけが響いていた。
このお題は難しかった……orz
おかげで雑なストーリーに……。