光と闇と君と僕
1
ヒカリとカクルは、人型魔道兵器の試作品であった。
敵国の一個小隊を殲滅すること。
それが、ヒカリに課せられた起動実験の内容である。
「カクル、しあわせって何なんだろうね」
彼女は、差迫る敵影から視線を逸らさず問うた。
「ぼくたちに訪れちゃいけないものさ」
一歩後ろからカクルが応える。
その返答にふぅ、と微笑み。
ヒカリは、最後の迎撃を開始した。
「光力、発動――」
2
任務完了。
過不足なく充填された魔力を使い果たし、ヒカリは大地に臥す。
「私の役目は終わったよ。カクルの方はどう? いけそう?」
疲労という概念の無いヒカルは、四肢こそ動かせなくなったものの未だ流暢な口調である。
同じくカクルにも疲労は無いが、生来の性分でネガティブな物言いを返した。
「出力は順調そう。エラーしてほしいのにな」
「はははっ。駄目だよ、そんなこと願っちゃ。私が頑張った甲斐が無くなるじゃない」
「甲斐なんて、自己満足の結晶体だ。いっそ消えてしまえばいいのさ」
うな垂れてから反動をつけるが如く、カクルは晴天を見上げた。
戦場に蔓延した後ろ暗さを照らし出すかのように、澄み渡っている。
「ヒカリ。昼と夜ならどっちがいい?」
「絶対に夜!」
「どうして?」
「暗くなるほど、私の存在が光るから」
「そっか」
もはや寝返りさえ打てないヒカリ。大地に顔面を押しつけ、空も向けないヒカリ。
そんな彼女には、見えていなかった。
地平線の向こうから近づいてくる土煙。
敵軍の第二波がやってきた。
「ヒカリ、しあわせって何なんだろうね」
カクルは、自らが応えたはずの問いをヒカリに返した。
「私たちに訪れちゃいけないものだよ」
ヒカリも、自らが返された通りに応える。
「だけど、私だけには訪れて欲しいなぁ、正直。世界中の他人が不幸になったって」
「そっか」
そっけなく呟き、カクルはおもむろにヒカリの体を抱き上げた。
「闇力、発動――」
最新鋭の人型魔道兵器であるヒカリと、自己を消滅せしめること。
それが、カクルに課せられた起動実験の内容である。
3
触れたそばから、ヒカリの肩とそれを支えるカクルの手が蒸発し始めた。
光と闇が中和作用を引き起こす。
「戦闘能力は要らない。特殊な存在でなくてもいい。ただのちっぽけな、人間に生まれたかったなぁ」
「私たちはその、ただのちっぽけな人間を殲滅したんだよ。望める立場じゃないって」
「立場ってなんだ。消えるために生まれたってなんだ。消すために生まれたってなんだ。ならばなぜ、感情などを与えられた!」
手を失い、腕を失い、肩を失う。カクルによって支えられていたヒカリの体が地に落ちる。
「まあ――ミスだよね、神様の」
「ぼくらの親は神じゃない。ただのちっぽけな人間だ。ただのちっぽけな欲深い人間だ」
「その欲が無ければ、私たちは生まれてさえこれなかったでしょ。感謝しようよ」
「そういう考えができるのはやっぱり、ヒカリが光属性だからさ。ぼくは闇属性だから、そんな好意的には受け取れない」
「ウジウジ言っても仕方ないじゃん。もう、私たちの体はほら、半分も消えてる。やり直せないなら、せめて前を向いて」
「前を向けばいいのはわかってる。前を向いてる。前を見てる。だけどなぜだ! ぼくには前が見えていないらしい!」
「なら、カクル? 見えないなら感じればいいよ」
「……何を?」
「……しあわせを」
4
――しあわせって何なんだろうね。
――ぼくたちに訪れちゃいけないものさ。
――いけないことが起こったらどうなるの。
――許されないんだ、みんなから。
――それで結構、許されないことをしようよ。
そうして、沈黙が流れ。
カクルは、ヒカリに口づけた。
とろけるようなキスで、ふたりはとろけ。
夏の空に散り。
課せられた任務完了。
課した任務完了。
ふたりは、しあわせになった。