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drei

 冷ややかな暗がりを1時間ほど歩くと、広い場所に出た。


「後から来る隊長たちと、ここで合流する予定なので、しばし待機します」


 軍人の言葉に、みなごつごつした足元に座り込んで疲れを癒した。


 やはり、最初からきちんと決められていたように、軍人たちは最小限の燭台だけ残して火を消し始める。蝋燭が、無駄に消費されるのを防ぐためなのだろう。


 そんな彼らの態度が、これから先の道のりの長さを表しているように、ノルディには思えた。


 疲れた足を叩き、彼女は後方から来るはずの人たちを待つのだった。



 ※



 どれほど時がたったのだろうか。


 暗がりでは、時間がよく分からないが、ついに後方から足音が聞こえてきた。


 多くの固い靴の人間たちが、近づいてきているのだ。


 ノルディのすぐ後ろにいる軍人が、緊張と共に腰の剣をカチャリと鳴らしたのが聞こえた。


「みんな……無事か?」


 投げかけられた穏やかな声は、広場によく響き渡る。


 ああと、ノルディの心は歓喜に包まれた。


 それは、あの『ソバカスの隊長さん』の声だったからだ。


 無事だったのである。


 周囲の軍人の緊張が、一気に解きほぐされる気配がした。


 遠くから近づいてくる灯りは、他の人間が持っているらしく、隊長さんはその光のぎりぎり届くか届かないかの辺りを歩いている。


 彼女はまた、どうやら彼のソバカスを見ることは出来ないようだ。


「皆さん、これからのことを説明致します」


 その声は、隊長さんのものではなく、燭台を持っている男性から、朗々と発せられた。


「街道は、安全ではなくなりました。そのため、我々はこのまま洞窟を進むことにします。この洞窟の奥は、わが国の鉱山とつながっていて、坑道を通って安全な場所まで出ることが出来ます」


 その声に、周囲の人々が安堵とも不安ともつかないため息を落とす。


 とりあえず、見捨てられるわけではないという安心と、この暗がりがまだ続くという不安の両方のせいだろう。


「ただし、坑道まで出るためには、長く険しい道程になります。ですので、隊を三つに分けます。体力のある足の強い者を第一隊。出来るだけ迅速に坑道へ抜け、救援を呼んでもらうためです」


 ひとつ、呼吸がおかれる。


「殿下及び、貴族の皆様方は第二隊へ。下々の背でご不便ではありましょうが、我々が背負わせて頂きます。力自慢を取り揃えておりますので、お好きな馬をお選び下さい」


「ふふふっ」


 皮肉を込めた冗談に、最初に聞こえたのは隊長さんの笑い声だった。釣られて、一部の人が笑いを漏らす。


「それ以外の女性、年配の方などは第三隊です。無理をせず、第一隊を信じてゆっくり行きましょう。その内、助けが来るはずです」


 その内──それも、冗談だったのだろう。


 だが、さすがに笑う者はいなかった。みな、心配しているのだ。ノルディにも、それが分かった。


「あのう、最後の隊は、助けが来ないこともあるんではないでしょうか?」


 少し訛りのある男が、おそるおそるそう言った。


「ああ」とか「そうだ」とか、周囲から声が洩れる。


 そんな民衆の不安を。


 たった一人の男が、簡単な言葉で払拭した。


「ああ、大丈夫。第三隊には、隊長の私が同行するからね。さすがに、軍も隊長は見捨てないと思うんだけど」


 それは──『ソバカスの隊長さん』の声。



 ノルディが、生まれて初めて恋を覚えた瞬間だった。



 ※



 勿論、ノルディは第三隊にいた。


 そこ以外に、彼女がいられる場所はなく、しかし、隊長さんと一緒であることは、彼女の心をとても強くさせたのだ。


 一番足の遅い老人に合わせて進むため、進行は非常にゆっくりだ。だが、ノルディでさえ、ふうふう言う坂道があるのだから、それはしょうがないだろう。


 第一隊と第二隊は、もう随分離れたようで、気配も感じなくなった。


 ずっと続く暗がりで時間は分からないが、軍人たちは蝋燭の燃える速度などで把握しているようだ。「今夜はここで休む」と号令がかかった。


 幸い、水は朝汲ませてもらっていたため、明日くらいまでは大丈夫そうだった。おそらく、他の人もそうだろう。


 少しの水を飲んで、朝のパンの残りをかじって、ノルディは眠ることにした。


「すまないが、あんたの布の端っこにでも入れてもらえないだろうか」


 前にいた老婆の身体に、マントが当たっていたのだろう。ノルディは、「はいどうぞ」と、布の半分を老婆にかけ、一緒に眠った。彼女はとても体温が高く、ノルディを温かくしてくれた。


 起きた時、背中が痛くてたまらなかったが、ごつごつした石のせいなのは、考えるまでもなかった。


「ありがとうね。温かかったよ」


 老婆に礼を言われ、「いいえ」と答える。元々、これは彼女のものではないのだから、本当にお礼を言う相手は別にいるのだ。


 無事、ここを出ることが出来たら、このおばあさんの分まで、隊長さんにお礼を言おうと思っていた。


 彼は、第三隊の前の方にいるようで、時々声は聞こえても、話をする機会はなかった。


 暗闇は、なおも長く続く。


 ついには、水と食べ物が尽きた者も出始める。


 軍人が抱えている保存食が、少しずつ配られたが、とても飢えを満たせるほどではない。


 更に次の日になると、もはや声も出せない者も多くなってきた。


 配られるちっぽけな干し肉のかけらでは、命をつなぐのも難しい人が出始めたのだ。


「もう少ししたら、救援がきっと来る。気をしっかり持って進もう」


 隊長さんの声に、反論を投げかける気力もないようで、みながシンとしていた。


 あの老婆は、軍人におぶわれている。


 背負っている軍人もまた、空腹と疲れで苦しいだろう。


 もはや、限界が近いように思えた。


 ノルディも、すっかり弱っていた。


 ぼんやりする頭で、あの日のことを思い出していた。


 七つの時、初めて王都を目指し、死に掛けたあの日だ。


 そして、思い出した。


 自分は、お守りを持って来たではないか、と。


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