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Episode 出会い③

 商人の妻らしき女と、もう一方黒い服を付けた女だ。黒い服の女は一方的にまくし立てて、平謝りな商人の妻に怒鳴る。


「あんたねえ、そんなだからいつまでたっても返せないのよ!」

「分かっています。今回は本当に反省しています。だから、もう少しお金の返済期限を延ばしてください!」

「お断りだね! そう言って、あんたまた次も逃げるつもりだろう。今日こそは全額返してもらうよ! ほら、家財一切売り払ってここに持ってきな!」


 黒衣の女はすがりついてきた商人の妻を無情に払った。商人の女はそうしてまためそめそ泣くのであった。


 聞いていると金の貸し借りの因縁だろう。話は簡単であるが、めんどうくさいものだ。


「あー…」


 別に何度でも続けていればいいだろう。ジェラードには関係ない。

 けれども、問題はここが人の家の前であるということだ。はっきり言って近所迷惑だ。


「えっと…」


 ジェラードは二人に話しかけようとしたときだった。


「おっと、兄ちゃん、ちょっと待ちな」


 隣で腕を組んで見ていたでっぷりとした男が声をかけてきた。男はじろじろとジェラードを見た。確か隣の隣に住む人だったと記憶している。


「兄ちゃん、引っ越してきた者だろう?」

「はい」

「なら、あの魔女のことも知らないだろう」


 そう言って、男は黒衣の女を顎で示した。そうして片目をつぶってみせる。


「あれを怒らせるのは得策じゃないぞ」

「怒らせる?」

「あの気まぐれは嫉妬深いからな。オレたちが忘れてもずうっと、忘れずにねちっこく突っついてくる。…まったく、厄介な奴だよ」


 男はため息を付いた。


「そんな奴は荒れ野に放っておけばいいだろう」


 ジェラードは一蹴した。遊牧民族で嫉妬深い者は嫌われる。助け合っていかなければならない環境でいつまでもねちねち悪口を言われるのは疲れるものだ。例え、そうではなくても嫉妬深い者はどこでも嫌われるだろう。


 しかし、男はジェラードの例えに意味ありげに舌を鳴らした。


「甘いな。ああ、もしかして、兄ちゃんはまだか? よし、あの魔女をよーく見て見ろ」


 ジェラードは素直に男の言うとおり、黒衣の女をまじまじと見てみる。


「どうだ? どう見えるか?」


 彼女のたっぷりとした衣装にいくつかの小瓶がぶら下げられている。そして腰には小さな刃物。極めつけは、牛革で出来た小型の薬草入れ。


「…薬師か?」


 それならあの美女が追い出されない理由なら納得できる。腕の立つ薬師であったなら、それを外に逃がすのは惜しいものだ。


「ああ、そうだ。ここら辺では有名な魔術師でもある。でも兄ちゃん、注目どころは違うぜ。腰よりもうちょっと上を見な」

「その上は顔しかないが?」


 ジェラードの言葉に男は歯がみした。


「その間だ! あのたわわに実った二つの果実が見えないのか? 兄ちゃんは賢そうに見えるがその目は節穴だな」


 男の視線は、たっぷりとした衣装でほんのりしか形を表さないふくらみに注がれていた。あまりにもまじまじ見ているので、中が見えているのではないかと思ったほどだ。


「あれはすべての男の宝だ」


 男は厳かに言った。


「兄ちゃんはまだ分からないだろう。枯れた妻じゃなくて、金塊よりも価値のあるあの黒猫が寝台でどんな風にして囁くか。どんな風にして恥じらうのか。…いいか、あれは、――痛ってえ!」


 男は突然声を裏返して叫ぶ。


「あんたねえ、人が黙って聞いていれば!」


 男の耳を掴んで引っ張っていたのは妻らしき女だった。鬼の形相をしていた女はくるりとジェラードの方を振り返るとたちまち、柔和な笑みへと変わった。


「ごめんなさいねえ、うちの主人が」

「いいえ、かまいません」


 ジェラードは頭をかいて、挨拶をした。女はじろじろとジェラードを見て、首をひねった。


「ここでは見ない顔ね」

「ええ、ここ最近、共和国へ移住してきました」


 女はほうと、息だけ吐き出した。女は夫と実によく似た視線でジェラードを舐め回す。その視線にぎこちなく笑い返したが、それは逆効果となったようだ。女は夫よりも若く、精悍なジェラードを前に、恋する乙女のようにしなを作って見せた。


「今度ね、家に遊びに来て頂戴。おもてなしするわ」


 これは、故郷に比べて感情を表に出す共和国のご近所づきあいなのだろうか。ジェラードは意気込んで頷いた。


「それはぜひ」

「じゃあ夜、ノックを三回してくれたならばすぐに開けるわ」


 二人はにこやかに笑って目の前の口げんかに視線を移す。そこは相変わらず、黒衣の女が幅を利かせていた。


「…とりあえずこの二人をどうにかしなければね」


 ついには仕方がないと、ジェラードは果敢に二人の戦いに口を挟む。


「えっと、ご婦人達? いいだろうか」


 黒衣の女が鋭い剣幕でぎろりとジェラードを見る。


「誰よ、あんた」

「ここに住んでいる者だ。あー、あなた達の話し合いは皆に迷惑をかけているようだ。できれば退いてくれると非常にありがたいんだが」

「無理よ。この女が私のお金を全部返してくれるまでね!」


 黒衣の女はそう言いきってつんと顎をあげた。見れば、彼女は美人だと分かる。そんな彼女が鋭い眼光をそのままに毒を吐くと迫力がある。


「話を聞いているようでは、ご婦人はお金が払えないと言っているようだが」

「それじゃあ、あんたが代わりに払うかい?」

「は?」


 何で、私がと、思ったとき足に違和感を覚える。見ると、商人の妻が涙をこすりつけるようにして懇願していた。


「どうか、お助けください! 私には幼い坊や達がいるんです。今日の稼ぎを持って返らなければみんなお腹空いて飢えてしまいます」

「何が飢えてしまうだよ! 涙流している間に早く持ってきな」


 そう言って、怒り狂った黒衣の美女は哀れな商人の妻を蹴り上げた。その姿に野次馬は騒然とするが止めようとする人は誰もいない。


「おい!」


 ジェラードは思わず声を漏らしてしまったが、逆に黒衣の女に睨まれた。


「何よ? 文句があるなら、あんたがこの女の代わりにお金をもってきな!」



 その時、誰かが呼びに言ったのか、兵がやって来た。


「お昼にこんな騒ぎはどうしたんだ?」


 兵は羽交い締めにされた黒衣の女と砂だらけになり哀れに泣く女を交互に見る。


「この女が私のお金を返してくれないのよ!」


「二人を引っ捕らえて役場に連れて行け!」

「何で、私までいかなくちゃいけないのよ! 全部この女が悪いのよ!」


 黒衣の女がわめくのを聞かなかったことにして、ジェラードは首を振った。


「おまえは、二人の知り合いか?」


 兵が事務的にジェラードに聞いてきた。


「ただの通りすがりだ」


 無駄に勘ぐられて、自分の身分を知られたら困る。やっと帰れると、ジェラードはため息を付いた。




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