余が気まぐれに流されてみたら面白い人間の女に出逢った
私は頑張って生き残る! の第三弾。
今度は魔王様視点です。
なお、前作と重複している部分があります。
また、直接的な残酷描写はないものの、それを匂わせる部分があります。
苦手な方は回避して下さい。
目の前で無邪気に微笑みながら眠っている人間の女。
彼女が寝ている寝台に腰掛けてその頬をそっと撫ぜると、彼女は嬉しそうに頬を摺り寄せてきた。
余は思わず笑ってしまう。
こんなに無防備に自分に擦り寄ってくる生き物が存在していたとは。
いや、それよりも……
「ふっ。余が愛を囁くとは……面白い事もあるものだな」
愛しい、という想いを抱く事すら予想外だ。
「余もまた唯の生き物に過ぎなかったと言う事か」
それが喜びに繋がるのか、悲しみに繋がるのかは分からない。
だが恐らく、余も愚かな人間と同じように、愚かになるのだろう。
それは途轍もなく厭わしく、しかし心惹かれる誘惑だ。
魔族は弱肉強食の世界。その本質は本能に忠実だ。
もちろん、心を持っている生き物故にそれだけではないが、そもそも感情とは本能に従って生まれ出ものと魔族の間では考えられている。
だからこそ魔族は、本能に忠実で決して自己を裏切らないし、誤魔化さない。
だが、そうやって出来た世界は酷く単純で殺伐としているのだ。
生まれた時から最強の者として、王として君臨している余には、その世界はつまらないものだった。
味気なく、色褪せた世界に余は何ら執着を得られない。
そんな中で、時折見かける人間の、燃えるような瞳が印象に残った。
容易く執着出来るものを見つけ、そのために生命を燃やす事が出来る生き方が、羨ましかった。
だが同時に、平気で同族を裏切り、貶め、殺す、心根の醜さに、酷く腹が立った。
余が憧れるものが、こんな人間たちが持つものであることが厭わしくて。
輝く煌きを自ら穢す行いが、余の願いであるこの心そのものを踏み躙られたような気がして。
だからこそ。
全ての魔族が、余が生まれたあの世界で。
人間を殺していた。
泣き叫ぶ者も、
逃げ惑う者も、
憎しみ怒る者も、
皆引き裂き、その生命を散らした。
恐怖と悲しみと憎しみを撒き散らした。
それでも、余が満たされることはない。
その行いに八つ当たり以外の意味を見出せない余は、すぐに飽いてしまう。
だからこそ、放置した。
自分たちでは敵わぬ存在である余を消すために、あの世界の人間共が失われた秘術に手を伸ばした事も。
『勇者』と呼ばれる存在の召喚に失敗した事も。
ならば、と魔王である余を他の世界に押し付けようとした事も。
ただ、同族に対する情は持っている。
だから、一緒にいると巻き込まれる事を忠告だけして後は全て放っておいた。
すると、能力在る魔族たちもどうやらこの世界に飽いていたらしい。
余について行きたいという奇特な者もいたが。
そういう者たちは、皆、余の元に集まり、人間たちが秘術を使って別の世界へと送ってくれるのを待っていた。
そうして人間たちは、余とその近くにいた魔族たちを、異世界へと送った。
もう希望する事すらしなくなっていた。
それは、望みから願いに変わり、最早祈りと化していた。
乾いた心の中で、絶望と潰れそうな希望を胸に抱いて降臨した新たな世界。
見た事のない景色の中に在る息遣いは弱々しく、あの世界の人間と同じ姿形をした生き物は脆かった。
魔族の零した吐息だけで道や建物と共に吹き飛び、爪が当たっただけで砕ける。
泣き叫び、逃げ惑いながら、余らを映したその瞳を恐怖に凍らせたのを見て、余は悟った。
この世界も同じか。
何処まで行っても余の望みが叶うことはなく、この祈りは希望に届かない。
その瞬間。
再び世界は色褪せた。
ならばせめて、共に来た同族を生かすために力を振るおう。
そう思って歩いていた時。
女を見つけた。
今まで見たこの世界の人間には持ち得ぬ魔力の燐光を放っていた女だった。
初めは、その珍しさから目を付けた。
女は可笑しな人間だった。
ディワンコルティーの前で魔力と大声を出しながら移動している女は、どう見ても格好の的でしかなく。
簡単に壊れてしまうほど脆弱な身で、それでも懸命に生きようと抗う姿はどこか滑稽で。
どこまでもしぶとく生きようとする瞳は苛烈に煌き。
かと思えば、股を大きく広げて豪快に下着を晒して転ぶ姿は何故か愛らしくて。
転ぶと自覚した時に浮かべた表情は痛快だった。
そのあまりの破天荒さに思わず目を丸くしてしまう。
だが、すぐに女自身に魅せられた。
倒れながらも諦めずに生きようとするその身体からは輝かしい魔力を放っていて、ひらりと舞った赤い衣と、その下の身体から迸る魔力の燐光が、女をどこまでも美しく彩っていた。
思わず掴んで観察をしてみれば、今度は余に真っ直ぐと怒りをぶつけて罵ってきた。
今まで見てきた人間たちからは終ぞ向けられた事のない色に染まった視線は、燃えるように輝き、宝石のように美しく、心底ただ怒っている女から放出される魔力の光はどこまでも澄んでいて心地好かった。
悲しみにも憎しみにも恐怖にも凍っていない瞳。
真っ直ぐに余自身に向けられたその視線。
脆くとも強いその煌きに、どうしようもなく魅せられた。
それは余に新しい感情を呼び起こした。
そして、気付けば世界が鮮やかに輝いている。
祈りが届いた。
その事実に、余の口元が無意識の内に綻んだ。
それは余の初めての微笑みだった。
この奇跡を齎した女は何故か地面をげしげしと蹴りつけていて見ておらず、次の瞬間には女が足を踏みつけてきて顔は戻ってしまったが。
女との会話は楽しかった。
中でも、怒っている時の女の姿は見ていて飽きない。
一番愛しかったのは先ほどの笑顔だ。
これが楽しい。
これが愛しい。
色鮮やかで、心の動く世界の何と美しいことよ。
もちろん、心が動くという事は良い事ばかりではない。
だが、それでも。
これからの時を心待ちにしてしまう。
いくら眺めても飽きる事のない女の寝顔を見つめながら、ふと気が付いた。
「そう言えば、まだ、名前を聞いていなかったな……」
目が覚めたら、名を聞こう。
女を名前で呼ぶのだ。
そうしたら、女はどのような顔をするのだろう?
それに、余の事を名前で呼んで貰いたい。
まだ一度も呼んで貰っていないのだ。
どうすれば呼んでくれるだろうか?
ああ、そなたはいつ目覚める?
喜びと苦しみを抱えながら、余は、只管女の寝顔を見つめていた。
コンコン
どのくらい経った頃だろうか。
静やかな寝室に扉を叩く音が響いた。
この時間を邪魔する存在に眉を寄せる。
だが、すぐに同族たちがこの城に集結して来ているのを思い出した。
余は一度扉を睨んでから、再び女の顔へと視線を戻し、離れがたくて思わず眠っている女の頬をさらっと撫でる。
温かくて柔らかいその感触に誘われて、頬に唇を寄せる。
「……ぅ、ん…………」
「ゆるりと休め」
寝返りを打った女の頬にもう一度口付けを落としてから余は徐に立ち上がり、寝室を後にした。
勿論、寝室を出る時には余以外入る事も出る事も出来ない結界を念入りに張って。
外に出ると、その場で頭を下げていた魔族に声を掛ける。
「それで?」
「お邪魔をして申し訳ございません。『壁』の構築が終了致しました。終わった者から順次この城に集って来ています」
コツコツと規則正しく軍靴を鳴らしながら余が廊下を歩くと、その三歩後ろから同じ速さで頭を垂れていた魔族がついて来た。
普通に歩いているだけなのに、何かを期待するような熱い視線がグサグサと余の背中に突き刺さる。
だが、それはいつもの事なので余は何も言わない。というより言ったら負けな気がする。
なので、これもいつものように全て黙殺した。
「そうか。皆の様子は?」
「まだ問題ありません。しかし我らの移動と共にこの世界に拡散した魔力は未だ世界と同化することなく広がり漂っているに過ぎません。しかも魔力が世界に馴染む様子もない事からこの世界に魔力が適合しない可能性があります。そうなると今までのように外部から魔力を吸収出来なくなるため対策を立てる必要があるかと」
ぱっと見無表情の男だが、言い切った後の瞳がまるで何かを求めるように輝いていた。
勿論、余はそれに応えるつもりはない。
「……ふむ。魔力供給については一先ず当初の予定通りに。魔力が定着する余地があるかどうかは後で調べておこう」
「宜しくお願い致します」
頭を下げつつ歩く男からどんよりとした空気が流れてくるが、これもまた無視する。
ひと際大きな扉を潜ると、大広間には『壁』を造るために散った魔族たちが集まっていた。
広間の中を見回してから声を掛ける。
「足りぬな」
「享楽と暴走、奔放、鈍足の4名がまだです」
余の質疑に背後にいた男が応えた。
それにしても、また、面倒な名ばかりが挙がっている。
眉を寄せた余は片手を振って適当に命じた。
「今暴れられては困る。連れて参れ」
「直ちに」
余の命に嬉々として頷いた男は、城を壊すような勢いで飛び出すと、僅か30秒で戻って来た。しかも、しっかりと両腕で4人の魔族の首を固めている。
気道を絞められている筈の4人は、何故か皆揃いも揃って笑顔だが、まぁ、あいつらが変なのはいつもの事なので放っておく。
「再度言っておくが、無駄に魔力を使うな。今の所、この世界と魔力の相性はあまり良くない。魔力が定着するとしても時間が掛かる。それまでに供給可能限界を幾度も超えると死ぬぞ」
余の忠告に大半の魔族どもは素直に頷き返すが、問題の5人だけは様子が違った。
「ああ、魔王様がわたくしめの心配をっ!!」と変態が即効で感涙し、
「無理だ無理! 快楽には抗えねぇ!!」と享楽が笑い飛ばし、
「なぁ! 走ってきてもいい? まだ暴れたんねぇんだ!!」と暴走が正しく暴走し、
「べっつに良いわよ? その代わりにこの城の飾り付けさせて?」と奔放が勝手を言い出し、
「 えぇー! 心外ですよー。わたしは歩いてただけなのにー」と鈍足が1テンポ遅れて反論した。
本当に相変わらずである。
余はそれらを一切黙殺して
「皆、ごくろうだった。後は自由にするが良い」
と言い放つと、そのまま広間を足早に出て行った。
その後ろにまたもや変態がべっとりとついて来る。
余はすぐに寝室へと戻りたかったがまだやる事がある。
城の尖塔、最も高い位置にある部屋のバルコニーに立つと、此処から10kmほどのところに魔族たちが瓦礫で造り上げた壁が見えた。
一部過剰にデコレーションされているが、厚さ高さ共に凡そ1kmの均等に造られている。
好き勝手をする魔族にしては珍しい統一感だ。
まぁ、どうせこの男の仕置きを受けたくないからだろうが。
「土台は充分だな。純水晶の設置は?」
「滞りなく」
「そうか。――其は我が大気。なれば余の思うまま在れ。……閉じろ」
余が頷き、命じるとすぐさま壁に沿ってドーム型の無色の結界が発生した。
その結界は人間の出入りや外部からの攻撃の一切を防ぎ、結界内に魔力を充満させるためのものだ。壁の上部に等間隔に設置された純水晶は、充満し濃密となった魔力を少しずつ外に排出させるためにある。
元の世界より持ち込んだ純水晶はある一定以上魔力を吸収すると、それ以上の余剰魔力を外部へと放出する機能を持つ。その際、世界に影響を与え過ぎないように放出する量や濃度を自動的に調節するため、重宝している。
その純水晶が正しく機能しているのを確かめると、余は踵を返した。
相変わらず余の後ろをついて来る男が鬱陶しくて仕方なしに背後の男に声を掛ける。
「余は戻る。残りは明日だ」
「畏まりました」
頭を下げた男を置き去りにして余は足早にその場を去った。
再び寝室に戻った余は、女の眠るベッドに腰掛けると彼女の寝顔を見つめる。
女は余が部屋を出て行った時と同じ格好で眠っていた。
その姿を、顔を見ただけで余の胸に溢れるこの感情。
愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい……
その衝動のまま、この想いが少しでも女に届くように。
祈りを込めて額に口付けを落とした。
ほーい、3作目。
宣言通り変態馬鹿ではない所を見せられたでしょうか?
ずっとずっと人間に憧れて、でもそんな自分を疎ましく思っていた彼。
ですが、彼女と出逢ってようやくそんな自分を認められたようです。
ちなみに、彼がすんなりと認められたのは単純に魔族故です。
自分の感情というか情動に素直な一族故に身体が動いたらそれが答えなのですよ。
でも。
何故だろう?
魔王様が変人ほいほい(笑)