4.村のざわめき
魔狼襲撃の翌日、村はいつもの穏やかさを失っていた。
朝の市場も、訓練場も、井戸端も、
どこもかしこもひそひそ声が飛び交っている。
「聞いた? 昨日のあれ……」
「魔獣を退けたのは、あのリアンって子らしい」
「魔力ゼロのはずなのに? おかしいだろ」
噂は、雨上がりに広がる霧のように、誰にも止められない勢いで村中へ広がっていった。
「リアン、気にしなくていいよ」
ミリアはいつも通り寄り添ってきたが、その声の裏にわずかな“迷い”があることを、リアンは感じていた。
「……ミリア。皆が言ってる“俺が魔獣を追い払った”って……そんなこと、ありえないよな」
リアンの胸には、あの時の奇妙な熱、“記憶とも夢ともつかない光”だけが残っている。
自分でも説明できない。
だからこそ、周りの噂が怖かった。
ミリアは一瞬、言葉に詰まった。
「……でもね、リアン、あの時あなた、私を守ってくれた。あんな動き、今まで見たことなかった」
「偶然だよ。必死だっただけだ」
否定したかった。
自分なんかが特別な力を持っているはずない。
そんなこと、あり得るわけがない。
だが
「リアンが何か隠してるんじゃないのか?」
「スキルが覚醒したとか……」
「それが魔獣を引き寄せたんじゃ?」
また新しい噂が流れ始めた。
━━“スキル覚醒”━━
この世界で最も尊ばれる奇跡。
それが、“無能”と呼ばれたリアンに起きたというのだ。
もちろん、確証などない。
それでも噂は事実のように語られ、人々の視線は日に日に刺すように鋭くなっていった。
ミリアはリアンの隣に立ちながらも、周りの視線に押されるように歩幅が小さくなっていく。
「……ミリアまで、離れたいのか?」
リアンの問いかけに、ミリアははっと息を呑んだ。
「そんなはずないでしょ! 私はずっと……リアンの味方だよ」
そう言ってくれた。
確かに言ってくれた。
けれどその瞳の奥に、“恐れ”の影がほんの少し、確かに揺れていた。
リアンはそれを見逃せなかった。
(俺が……変なんだ。あの時の光のせいで……)
自分のせいで、ミリアが怯えている。
それが胸に刺さった。
その時、訓練場の教官が数人の大人とともに近づいてきた。
「リアン。少し時間を貰えるか?」
冷たい声音だった。
広場のあちこちから視線が集まる。
「あれ……やっぱり覚醒したんじゃ」
「村長が呼び出したってことは…」
噂はさらに膨らむ。
ミリアが心配そうにリアンの手を握る。
「行かないで……なんだか、嫌な感じがするの」
「大丈夫。すぐ終わるよ」
強がって笑ってみせるが、胸の奥の熱は、昨日よりもずっと強く脈打っていた。
まるで、何かが呼び覚まされようとしているかのように。
村のざわめきは止まらず、リアンの運命もまた静かに揺れ始めていた。
そして、この噂が後に、村全体を巻き込む“歪み”へと変わることを、
まだ誰も知らなかった。




