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選ばれなかった英雄  作者: はむ
第1章
5/10

4.村のざわめき

魔狼シャドウウルフ襲撃の翌日、村はいつもの穏やかさを失っていた。

朝の市場も、訓練場も、井戸端も、

どこもかしこもひそひそ声が飛び交っている。

「聞いた? 昨日のあれ……」

「魔獣を退けたのは、あのリアンって子らしい」

「魔力ゼロのはずなのに? おかしいだろ」

噂は、雨上がりに広がる霧のように、誰にも止められない勢いで村中へ広がっていった。

「リアン、気にしなくていいよ」

ミリアはいつも通り寄り添ってきたが、その声の裏にわずかな“迷い”があることを、リアンは感じていた。

「……ミリア。皆が言ってる“俺が魔獣を追い払った”って……そんなこと、ありえないよな」

リアンの胸には、あの時の奇妙な熱、“記憶とも夢ともつかない光”だけが残っている。

自分でも説明できない。

だからこそ、周りの噂が怖かった。

ミリアは一瞬、言葉に詰まった。

「……でもね、リアン、あの時あなた、私を守ってくれた。あんな動き、今まで見たことなかった」

「偶然だよ。必死だっただけだ」

否定したかった。

自分なんかが特別な力を持っているはずない。

そんなこと、あり得るわけがない。

だが

「リアンが何か隠してるんじゃないのか?」

「スキルが覚醒したとか……」

「それが魔獣を引き寄せたんじゃ?」

また新しい噂が流れ始めた。

━━“スキル覚醒”━━

この世界で最も尊ばれる奇跡。

それが、“無能”と呼ばれたリアンに起きたというのだ。

もちろん、確証などない。

それでも噂は事実のように語られ、人々の視線は日に日に刺すように鋭くなっていった。

ミリアはリアンの隣に立ちながらも、周りの視線に押されるように歩幅が小さくなっていく。

「……ミリアまで、離れたいのか?」

リアンの問いかけに、ミリアははっと息を呑んだ。

「そんなはずないでしょ! 私はずっと……リアンの味方だよ」

そう言ってくれた。

確かに言ってくれた。

けれどその瞳の奥に、“恐れ”の影がほんの少し、確かに揺れていた。

リアンはそれを見逃せなかった。

(俺が……変なんだ。あの時の光のせいで……)

自分のせいで、ミリアが怯えている。

それが胸に刺さった。

その時、訓練場の教官が数人の大人とともに近づいてきた。

「リアン。少し時間を貰えるか?」

冷たい声音だった。

広場のあちこちから視線が集まる。

「あれ……やっぱり覚醒したんじゃ」

「村長が呼び出したってことは…」

噂はさらに膨らむ。

ミリアが心配そうにリアンの手を握る。

「行かないで……なんだか、嫌な感じがするの」

「大丈夫。すぐ終わるよ」

強がって笑ってみせるが、胸の奥の熱は、昨日よりもずっと強く脈打っていた。

まるで、何かが呼び覚まされようとしているかのように。

村のざわめきは止まらず、リアンの運命もまた静かに揺れ始めていた。

そして、この噂が後に、村全体を巻き込む“歪み”へと変わることを、

まだ誰も知らなかった。


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