3.剣の記憶と少年
砂煙を蹴り上げ、魔狼が再び跳ぶ。
黒い影が空を裂くたび、空気が震えた。
その迫力に、訓練生たちは後ずさる。
ミリアだけが泣きそうな顔で叫んだ。
「リアン……もうやめて! お願い、逃げてよ!」
だが、リアンは木剣を構えたまま、ほんの一瞬だけミリアのほうへ振り返った。
その瞳に宿っていたのは、恐怖でも、無謀な意地でもない。
“決意”だった。
(……大丈夫。俺は、弱いままじゃない)
胸の奥で白い光が再び脈打つ。
『戦闘記憶、再現――継続。』
声が聞こえるたび、リアンの意識に“誰かの戦い方”が流れ込む。
知らない足捌き。
覚えたことのない構え。
自分のものではない力の使い方。
けれど、それは不思議なほど自然に馴染んだ。
それはまるで、懐かしい夢を思い出すように。
「うおおおおおっ!」
教官グランが駆け寄り、魔狼の側面へ斬り込んだ。
しかし、黒い甲殻が刃を弾く。
「な……硬すぎる……! くそっ!」
魔狼の牙が教官へ向きかけた瞬間
リアンが、駆けた。
「――っ!」
木剣が風を切る音が、いつもよりも鋭く聴こえた。
動きは速くない。力も弱い。
けれど、一点だけが違っていた。
“無駄が、なかった。”
リアンの木剣は狼の足を狙い関節の隙間にぴたりと食い込む。
「ガアアアッ!」
魔獣が呻き、わずかに体勢を崩す。
「今だッ!!」
グランがその隙を逃さず、魔狼の横腹へ渾身の一撃を叩き込んだ。
黒い血が飛び散る。
魔狼が地面に転がり、爪で砂を掻いた。
訓練生たちは恐怖と驚愕で声を失っていた。
「リアンが……あのリアンが……」
「スキル、発現したのか……?」
「嘘だろ……なんで……?」
視線が痛いほど集まる。
リアンは、少し胸が痛くなった。
(……俺、急に強くなったわけじゃない。
これは俺の力じゃない……誰かの“記憶”だ)
それが事実だ。
理解できなくても、体が教えてくる。
これは、俺じゃない。
リアンは唇を噛んだ。
(それでも……今は、この力が必要だ)
魔狼が再び立ち上がった。
狼の眼は完全に“リアン”だけを捉えていた。
「やっぱり……俺を狙ってる……!」
胸の奥が怖くて震える。
それでも足は前に出た。
ミリアが震える声で叫ぶ。
「リアン……もう、やめてよ……!怖いよ……死んじゃうよ……!」
リアンは振り返らない。
ただ、前だけを見ていた。
(守りたい。ただ、それだけなんだ……)
魔狼が跳んだ。
同時にリアンも踏み出した。
白い光が爆ぜ、剣筋が走る。
そして戦いに耐えきれず木剣が折れた。
「っ……!」
乾いた破断音。
リアンの手から木片が飛び、空に散る。
狼の爪が、リアンの胸元へ迫る。
動けない。
武器がない。
記憶も間に合わない。
その瞬間ミリアが叫んだ。
「だめぇぇぇぇッ!!」
彼女の声が、リアンの鼓動を強く叩いた。
そして、白い光が再び、爆発した。
『“英雄記憶” 深度同期。』
リアンの瞳が、深い光に染まる。
素手のまま、狼の爪を受け止めた。
腕が震える。痛みが走る。でも離さない。
「うおおおおおおおッ!!」
リアンは叫び、狼の腕を押し返し、その体を地面へ叩きつけた。
砂が舞い、沈黙が落ちる。
少年は息を荒げながら、静かに狼を見下ろした。
生きている。
けれども、動けない。
教官グランがゆっくりと歩み寄り、呟いた。
「リアン……お前、何者なんだ……?」
リアンは答えられなかった。
自分でも、わからなかったから。




