1.崩れた訓練場
朝靄の残る訓練場に、木剣が乾いた音を立てて転がった。
「……っ!」
リアンは息を呑み、手のひらの痺れを感じた。
握力が抜ける。魔力も足りない。どれを取っても、他の少年たちに劣っている。
「また落としたのかよリアン。」
「ほんとにレベル1か?0なんじゃね?」
訓練場の端で笑い合う少年たちの声が、いつものように刺さる。
けれどリアンは、拾った木剣を再び構えた。
諦めることだけはしたくなかった。
だって、ミリアが見ているから。
「リアン、大丈夫……?」
柔らかな声が背中を包む。
振り向くと、麦色の髪を揺らした幼なじみのミリアが心配そうに立っていた。
小さな村で唯一、リアンの味方をしてくれる存在。
ただその視線があるだけで、胸の痛みが少しだけ和らぐ。
「ああ、平気。まだいける。」
「無理しちゃだめだよ。リアンは……」
ミリアが言いかけた言葉を遮るように、教官の怒号が飛んだ。
「リアン!また遅れているぞ!」
「す、すみません!」
教官グランは腕を組み、鋭い目で少年を睨む。
かつて王都で名を馳せた元騎士で、この村の子どもたちに剣術を教えていた。
「お前は筋は悪くない。だが“魔力”が圧倒的に足りん。」
「……はい。」
それが現実だ。
この世界では、生まれつきの魔力量でほとんどの才能が決まる。
剣も魔法も、レベルも、すべて魔力を通して強化される。
リアンは、村で最も魔力量が少なかった。
そのとき、隣で誰かが囁く。
「魔力量下の下って、逆にすげぇよな……」
「スキルもなしだろ?才能ゼロの勇者様ってか?」
笑いがまた広がる。
胸の奥が、ひりつくように痛んだ。
だがそのとき
「リアンを馬鹿にしないで!」
ミリアが一歩、前に出た。
強い瞳でクラスの少年たちをにらみ返す。
「ミリア、庇ったって無駄だよ。スキルも使えないんだ。」
「そうだよ。レベル1になるのに何年かかってんだ?」
「…………」
リアンは悔しさを噛み殺し、木剣を握り直した。
ミリアの肩にそっと手を置く。
「大丈夫だよ、ミリア。ありがとう。」
彼女は何か言いたそうに唇を噛んだが、やがて頷いた。
その瞬間、訓練場全体が揺れた。
「え……?」
土煙が舞い上がり、地面の奥から低い振動が伝わる。
「地震……?」
「いや、魔力反応だ!」
教官グランが鋭く叫ぶ。
その顔には驚愕と警戒が入り混じっていた。
「この規模……まさか、魔物かッ!?」
次の瞬間。
訓練場の端が爆ぜ、黒い影が地面を破って現れた。
子どもたちが悲鳴を上げる中、グランが前に出た。
魔獣―黒い甲殻に覆われた巨大な狼、魔狼だった。
「全員!下がれッ!魔獣だッ!」
グランが剣を抜いた瞬間、魔狼の視線がまるで“匂いを嗅ぎ分けるように”、訓練生の列の中から一人を見つけた。
リアンだ。
「え……なんで……?」
魔狼が咆哮し、一直線にリアンへ跳びかかってくる。
「リアンッ!!」
ミリアの叫びが届いた。
が、足がすくんで逃げられない。
木剣を構えても、腕が震えるだけだ。
━━死ぬ━━
そう思った瞬間。
リアンの胸の奥で、何かがゆっくりと開いた。
視界が白く染まり、耳鳴りが消え、世界から音が奪われていく。
その中心で、ひとつの声が囁いた。
『“スキル認可”条件を確認。』
それは、人間の言葉ではなかった。
『根源適性、確認。
英雄系統―“遺失スキル”の保持者を検出。』
リアンは息を呑んだ。
何だ……今の声は……?
魔狼が迫る。
その牙は、もう目の前だった。
『スキル《????》を解放しますか?』
胸の奥が熱くなる。
迷う暇はどこにもなかった。
「やるしか、ないだろ……!」




