8.封印の記録
夜の村役場
油ランプの橙光が、古木の壁を揺らしながら照らしていた。
外では風の音すら静まり返り、まるでこの場所だけが世界から切り離されたような重い気配に包まれていた。
リアンとミリアが呼ばれて到着した時、すでに村の主要な大人たちが席につき、険しい表情で一枚の石板を囲んでいた。
村の長老たちが代々守り続けてきた、“封印の記録”と呼ばれる遺物である。
ミリアは緊張のあまり息を呑んだ。
リアンは、体の奥に宿る新しい力がまだ疼いているのを感じつつも、表情を引き締めた。
村長が静かに口を開いた。
「……皆、急な招集すまん。だが今夜は、決して先送りにできぬことが起きた。リアン、そなたの身に現れた“スキル”について、我らは真実を語らねばならん」
ランプの炎が、村長の顔を深い影に沈める。
「これは、千年に一度。“封印を破る者”に現れる兆しだ」
ミリアの肩が震えた。
「封印……って、まさか……」
村長は石板に刻まれた古文字へ指を滑らせ、言葉を紡ぎ始める。
◆ “封印の記録”
「太古、神と魔族が争い、世界が裂けた。
最後に残った魔王は、自らの魂を“奈落の門”に封じ、人界から隔絶させた。
だが、門は永遠ではない。
千年ごとに、鍵を持つ者が現れる。
鍵を持つ者“原初スキル保持者”。
それは世界を救うか、滅ぼすかの分岐点となる。」
村長は重々しく続ける。
「リアン、お前の中に現れた力……あれはまさしく“原初スキル”の片鱗。完全覚醒すれば、世界の均衡すら変える」
リアンは息を飲んだ。
“原初スキル”
あの夜、胸の奥に燃え上がった光。その圧倒的な力の余韻。
あれが、世界を左右するほどの力だというのか。
「……俺が……そんな……」
リアンは言葉を失って俯いた。
するとミリアが、そっと彼の腕に触れた。
震えながらも、はっきり言う。
「リアンは……そんなふうに、世界を滅ぼす人じゃない。私は……知ってる」
リアンは彼女の瞳に見つめられ、胸が熱くなった。
村長はわずかに目を細め、彼らを見つめる。
「ミリア……お前も覚悟しておけ。原初スキルの覚醒に最も影響を与えるのは、保持者が“もっとも深く心を通わせた者”だ。良い力にも、悪い力にも、傾く可能性がある」
ミリアの心臓が大きく跳ねた。
(……私が……リアンの……)
リアンもまた、言葉を失っていた。
静寂が落ちる。
その沈黙を破るように、石板が淡く光り始めた。
長老たちがざわめき、村長が立ち上がる。
「封印が……近づいている……!“奈落の門”の警告だ!」
役場の窓が、一斉に揺れ、風が吹き込む。
外の闇がうごめくように流れ込み、空気が張り詰めた。
リアンは本能で悟った。今夜、何かが起きる。
ミリアはリアンの手を握りしめた。
その手はかすかに震えていたが、確かな温度があった。
「リアン……怖い、けど……あなたとなら、どこまででも行く」
リアンはその手を握り返す。
「……俺も。ミリアがいるなら、どんな運命でも……進める」
村長は二人を見つめ、重く頷いた。
「では……備えよう。原初スキルの覚醒が始まった今、村にも、魔族にも必ず影響が出る」
ランプの炎が揺れ、長い影が壁を走る。
村の運命は、静かに、しかし確実に動き始めていた。
そして、奈落のどこかで封じられし“魔王の魂”が、わずかに蠢いた。
この世界が揺れ始めた夜のことを、後に人々は“覚醒前夜”と呼ぶことになる。




