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第九話

 意識が、乱暴に現実へと引き戻された。

 薄暗い地下牢の石の床から、無理やり体を引きずり起こされる。

 手足には重い枷が嵌められ、昨日負った傷がズキズキと痛んだ。


「立て、罪人アルド・シュヴァルツ! 貴様の裁きの時間だ!」


 看守の怒声が、頭蓋にガンガンと響く。

 抵抗する気力もなかった。

 俺は、まるで魂の抜け殻のように、兵士たちに引きずられるまま、地上へと向かう階段を登っていった。


 リーナは、どうなっただろうか。

 また、あの塔に閉じ込められてしまったのか。

 俺のせいで、彼女をさらに苦しめることになってしまった。

 悔しさと、無力感だけが、鉛のように重く心にのしかかる。


 やがて、眩しい光が目を射た。

 俺が連れてこられたのは、王城前の大広場だった。

 そこは、異様な熱気に包まれていた。

 広場を埋め尽くす、無数の民衆。

 その誰もが、俺に向かって、憎悪と好奇の入り混じった視線を向けている。


「あれが、聖女様を誘拐しようとした大逆人だ!」

「なんて恐ろしい男だ!」

「神罰が下るぞ!」


 石つぶてのように、罵声が浴びせられる。

 投げつけられた腐った野菜が、俺のボロボロの服を汚した。

 だが、俺の心は、もはや何も感じなかった。

 俺は兵士たちに突き飛ばされるようにして、広場の中央にそびえ立つ、巨大な木の柱へと歩かされた。


 火刑台。

 俺の、死に場所だ。


 俺は、背中を柱に押し付けられ、太い鎖で体を固く縛り付けられた。

 足元には、うず高く薪が積まれている。

 広場を見渡せば、民衆の狂騒を見下ろすように、一段高い場所に設けられた貴賓席があった。そこには、純白の法衣をまとった司祭と、冷酷な笑みを浮かべるヴァレリウス卿が座っている。彼らにとって、これは正義の執行であると同時に、民衆の支持を固めるための壮大な見世物なのだ。

 そして、広場の片隅。人混みに紛れるようにして、カイが腕を組み、壁に寄りかかっていた。あいつは、これから始まる俺の処刑を、まるで芝居でも見るかのように、どこか冷めた目で見つめている。


 やがて、一人の役人が火刑台の前に進み出ると、羊皮紙を広げて甲高い声で読み上げ始めた。


「罪人、アルド・シュヴァルツ! 貴様の罪状は以下の通り!」


 役人の声が、静まり返った広場に響き渡る。


「ひとつ! 聖女リーナ様を甘言にて唆し、王城より連れ出そうとした大逆罪!」

「ひとつ!第二! 王国騎士団長の地位にありながら、私利私欲のためにその任を放棄し、国家への忠誠を蔑ろにした背信罪!」

「ひとつ! 聖戦という神聖なる御意志に異を唱え、王命に背いた不敬罪!」


 並べ立てられる罪状は、どれもこれも奴らの都合のいいように捻じ曲げられたものばかりだ。だが、熱狂した民衆には、そんなことはどうでもいい。彼らが欲しいのは、分かりやすい悪役と、その悪役が裁かれるというカタルシスだけだ。


「――以上、万死に値する罪状により、罪人アルド・シュヴァルツを、火刑に処す!」


 役人がそう宣言すると、民衆から「殺せー!」「燃やしてしまえー!」という、割れんばかりの怒号が巻き起こった。


 処刑人が、松明を手に、俺の足元の薪へと近づいてくる。炎が、ゆらりと俺の顔を照らした。


 死ぬことへの恐怖は、不思議となかった。

 ただ、一つだけ、心残りがあるとするならば。

 リーナ。お前を、故郷に帰してやれなかった。約束を、守れなかった。

 俺は、ゆっくりと瞼を閉じた。せめて最期に、あの砦で見た、彼女のはにかむような笑顔を思い出そうとした。


 ――その、瞬間だった。

 ――ドドドドドドッ!


 遠くから、だが急速に近づいてくる、地響きのような音が耳朶を打った。

 それは、複数の馬が、石畳を全力で疾走してくる音。そして、鬨の声。


「王国騎士団第三隊、突撃ィィィ!」


 聞き間違えるはずもない。あの、嗄れた、だが誰よりも頼もしい声。


「……ハンス!」


 俺がその名を叫ぶと同時に、広場を固めていた警備兵の隊列の一角が、内側から凄まじい勢いで突き破られた。

 現れたのは、辺境の泥と埃に汚れた、見慣れた鎧の騎士たち。

 副官のハンスを先頭に、馬上で剣を抜き放った、我が第三隊の精鋭十名だった。


「な、何奴らだ!?」


 貴賓席で、ヴァレリウス卿が驚愕に目を見開く。

 馬の勢いをそのまま乗せた剣撃が、松明を持った処刑人とその周囲の兵士たちを次々と蹴散らしていく。


「舐めるなよ、王都のもやしっ子どもがァ! 俺たちの隊長を返してもらうぜ!」


 ハンスは馬から飛び降りると、俺を縛り付けていた鎖を、斧で叩き斬った。


「ハンス! なぜ、お前たちがここに!」

「隊長の様子がおかしいと、皆で話していたんです。嫌な予感がして、俺たちだけでも後を追ってきたんですよ!」


 ハンスはそう言いながら、倒した近衛騎士から奪った剣を、俺に投げてよこした。


「すまない。貴様らに処分が及ばないようにと思ったんだが」

「話は後です。ここを脱出しますぜ!」


「こ、この田舎騎士どもが! 反逆者だ、一人残らず殺せ! 陣形を組め! 囲んで叩き潰せ!」


 我に返ったヴァレリウス卿がヒステリックに叫び、広場にいた近衛騎士団が態勢を立て直そうとする。


 数は、圧倒的に向こうが上だ。

 だが、俺の仲間たちは、誰一人として怯んでいなかった。


「野郎ども! 俺たちの戦い方を、王都のお歴々に見せてやれ!」


 ハンスの号令一下、第三隊の騎士たちは、複数人で一人の近衛騎士を取り囲み、一人が盾で動きを封じ、残る者が左右から容赦なく斬りつける。

 それは、騎士道という綺麗事とは無縁の、ただ戦場で生き残るためだけに考案した、泥臭く、実戦的な戦術だった。

 個々の剣技でいえば、おそらく近衛騎士団の方が上だろう。

 しかし、その動きには実戦の匂いがしなかった。

 その差は、歴然だった。

 第三隊の騎士たちは、まるで飢えた狼の群れのように連携し、王国のエリートたちを次々と血の海に沈めていった。


 だが、善戦もそこまでだった。

 広場の外から、次々と増援が駆けつけてくる。重装備の歩兵隊、そして精鋭の弓隊だ。


「包囲網を狭めろ! 奴らを火刑台の周りに追い込め!」


 ヴァレリウス卿の的確な指揮の下、近衛騎士団は数の利を活かして、じりじりと俺たちを圧迫し始めた。


 俺たちは、火刑台を背にする形で、円陣を組むしかなかった。


「くそっ、キリがねえ!」


 ハンスが、敵を斬り伏せながら悪態をつく。

 俺たちの仲間も、一人、また一人と数を減らしていく。重装備の兵士が振るうハルバードの一撃に盾ごと砕かれ、遠距離からの矢に射抜かれ、倒れていく。


 やがて、生き残ったのは、俺とハンスを含めて、わずか五名。

 俺たちは、背中合わせになり、荒い息をついていた。

 周囲は、槍と剣を構えた近衛騎士団に、完全に包囲されている。


 絶望。


 その二文字が、これほどまでにしっくりくる状況があっただろうか。


「……すまん、皆。俺のせいで」


 俺の掠れた謝罪に、ハンスが笑った。


「何言ってんですか、隊長。俺たちは、あんたの部下だ。死ぬ時も、一緒ですよ」


 ヴァレリウス卿が、ゆっくりとこちらへ歩を進めてくる。


「見苦しい足掻きもこれまでだな、反逆者ども。貴様らの意地と、無駄な忠誠心だけは褒めてやろう。だが、ここで終わりだ」


 彼の言葉に、近衛騎士たちが一斉に槍を構えた。

 俺は、刃こぼれした剣を握りしめ、最後の抵抗を試みようとした。

 その、瞬間だった。

 空が、にわかに、暗くなった。

 


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