第7話 大舞踏会②
その瞬間ワタクシの頭の中で合致した事がある。
『風の噂だとユパロンの王子と結婚されるだとかって聞いた事あるけどなぁ』
『でも、ゴルド王子は……私、以外の人と結婚しないといけないの』
(ゴルド王子とオーリア女王はきっと。)
二人が向かい合い、ゴルド王子が膝を付き女王に手を差し出しているのを見た。
その瞬間ワタクシの心拍が急激に早まるのだが二人の間を割って入ることは貴人達が入り乱れるこの場においては不適切だ。
いや、ワタクシは女王の護衛であり、ゴルド王子の事を思う行動や女王を止める様な立場ではない、身を弁えなければいけない。
「おお、見ているか?ポロペの従者と護衛よ」
隣から声が聞こえ、見るとユパロンの外交官シュルツ殿がいた。
「ゴルド王子様はオーリア女王を口説き今、共に舞踏をする為に手を取り合おうとしていますぞ。もしオーリア女王が手を取れば、それはもう――」
女王はゴルドをマジマジと見てニヤリと笑う。
その姿はワタクシ達の様な癖者に向ける微笑みと何か違う。きっと、真人間として対等に見る表情が、あの様な物なのだろう。
「契りの証だ――」
シュルツ殿の眼鏡が煌びやかな大広間の光を反射する。その姿は計算高く知的であり自国の利益を求める野心の様な物を感じる。
「あぁなんと今、オーリア女王が手を取った!」
シュルツ殿が称賛の声を挙げた。
今、大広間の円の中心で二人の手の平と手の平が重なっていた。オーリア女王の綺麗なコバルトブルーの瞳はキラキラと輝いていた。
華やかな音の波がワタクシを震わせて、拳を握り締めさせた。
ワタクシが介入する理由など無い、だからとワタクシの行き場の無い複雑な感情を撫でめる事も誰かに伝える事も決してあり得ない。
「いやはや、美しい物ですね」
二人の舞踏を見て従者様が呟いた。
シュルツ殿は腕を組み、何も言わずに女王と王子の愉快で華麗な舞を頷きながら見ていた。
王子の手がオーリア女王の腰に周り、二人の手が上品に繋がれて、軽快に足が音楽に乗る、
揺ら揺らと弧を描く様に続いていた。
ゴルド王子は今、どんな気持ちなのだろうか。不可抗力だとは言え本命では無い人物と交際をすると言うことは。
――――
『オーリア女王様、恐縮なのですが私と、踊りませんか?』
その者がそうして、求婚の文言を話すと
膝を付き妾に手を差し伸べると物悲しげに、または大切なものを失くしてしまったかの様な顔を妾に向けていた。
矛盾した行動じゃな。
この者が本心からの行動ではないと、この場では悟り尚、手を取る事を優先すべきだろう。
右から熱烈な視線を送るシュルツ外交官もいる事だしな。
「あぁ、喜んで」
ゴルド王子は、一層に陰鬱な表情をする。
対処的に妾はゆっくりと音に乗り悠々自適を装う
ふん、そんな浮かない顔を常時していては聡明なシュルツ外交官の前では勘繰られてしまうのにな。
だが惨憺たる感情は妾も知らない訳でも無い。
「落ち着けゴルド王子、何か事情があるのだろ?」
大広間には音楽や貴人らの話し声で騒音を極めている、その中で妾が適度な声量で話す。
周りは妾らの会話など気にしない。
「な、なぜ……それを?」
「ふん、分かる者は分かるぞ?いつも通りで良い。訳は何だ、話せない事か?」
「恐縮です。た、他言する様な重要な事では無いですので、ご心配なさらずに。」
不器用な笑顔を妾に披露した。
見た目に寄らず繊細な男じゃな。
何も隠す必要なんて無いと言うのにな。
そこまで隠すとなると、明かせば国家間または自身に不都合になる様な――
「もしや意中の者が以前より存在しているか?」
ゴルド王子は首を縦にも横にも振らずに、ただ何も言わずに音に乗り先導して妾を動かす。
生憎、妾は年がら年中の昼夜問わず観察の眼を止めない人間じゃ、機微な表情の変化に気づいたぞ。
目元がピクッと動いた、動揺の証だ。
どうやら、的を得ていた様じゃ
『意中の相手』か。その相手が貴族ならば、コレほどまでに深刻な表情にはならないだろう。
まあ、貴族だとして妾と接着させようと目論んでいるのは、外交官のシュルツだろうな。
従って王子の意思など含まれてなどいない。
我が国を狙うのも彼奴は聡明な男じゃ、きっと妾が想定していない様な未来や利益を空に描いているのだろう。
「言っとくが……」
目に力を入れて妾はゴルド王子の目線に合わせる
「は、はい。」
「妾の国家では二十歳から結婚が認められておる。だが結婚にも条件がある、三年の交際期間と、その証明書が必要じゃ。」
ゴルド王子はそれを聞くと、踊りを止めた。
「これは我が国家の神託だ、覆ることはできない、それに妾は今年で十九じゃ――」
王子は放心状態、いや安堵なのか全身が静止している。ただコレは猶予じゃ、直ぐに縁組みは出来ないが来たる日に推奨されるだろう。
「それでも口を出す者が出てくると思うが、その時は素直に従って三年の交際を進める事になるがな……それまでに気持ちの整理を付けよ。」
王子は微糖だにしない、間を縫う様にして妾はその場を後にして従者と護衛がいる卓に向かう。
なぜ妾は、こんな風に彼の心情に寄り添ったのだろうな。自分でも不思議じゃ。
善意も好奇心も同じ直線上の感情でしかない。
妾も人の子だ、不思議に思う事はない。
同じ直線上に並び立つ感情の連鎖反応じゃ。
「おお女王様、お帰りなさいませ。」
ティーポットが妾に声を掛けて卓に誘導した。
「どうでしたか?ゴルド王子様は」
卓に妾は腰掛けて、一息ついた。
近くにベレッタの姿は見えなかった。
「それより、ベレッタはどこだ?」
ティーポットは大広間の隅に身体を向けた。
そこには窓の外を眺めるベレッタがいた。
哀愁が漂う光景なのだが、異常と表現するのも大袈裟だ。銃の頭を持つ人間が耽る姿は様になる。
「ティーポットも知っている通り、我が国で結婚するには三年の交際期間が必要じゃ。彼はそれでは長過ぎると言って妾の手を払った。」
そう言ってティーポットに吐いて
席から立ち上がり、ベレッタの元へ歩く。
「何を耽っておる?こう言う集まりは苦手か?」
ベレッタは妾に近づくと軽く会釈をした。
確かに銃の頭を持つ癖者はコレまで一度も出会った事がなく、好奇心が刺激されて王宮に迎え入れたのだが――
「申し訳ございません、オーリア女王。少し場に慣れていなく人酔いしてしまいました。」
正直者で首尾一徹した紳士な性格は妾がベレッタに惹かれた最大の一因だろう。
そう彼は『美しい』と声を漏らし正直に、その訳も説明したのだ。
「そうか静養に努めるが良い、望むなら他の兵と交代してやってもいい。」
大広間の隅の窓辺は人も少ない上に音楽も微かに聞こえる程度だ。
会話や休憩には最適な場所であった。
「い、いえ、窓の外を眺めていたら落ち着いてきましたから最後まで女王をお守り致します。」
食い気味にベレッタは言う。
妾の背丈と、どれくらい差があるのだろう。
十センチ或いは十五センチ程だろうか。
日に日に頼もしくなっているな。
「そうか、まだ舞踏会は始まったばかりじゃ。頼りにしておるぞ」
妾はベレッタに微笑んだ、期待と彼の意思を尊重したまでじゃ。
「お、お言葉ですが……女王様」
卓に戻ろうとしたその時、珍しくベレッタの方から声を掛けた。
「なんじゃ?」
「何故、女王はワタクシ達、癖者を好むのでしょうか?そ、そして女王は癖者を真人間と同じ様に――」
「それ以上、話すでない。」
妾はベレッタの口元と思わしきグリップに当たる部分に人差し指を当てた。
「言いたい事は理解した。」
ベレッタの傍らに立ち耳朶に当たる側面に向かって耳打ちする。今はただ、ベレッタの不安を取り除く事が最優先じゃ。
「知りたいと言うならば、話してやろう。」
誰かが、いつか、妾に問う事は想定していた。
それはそうであろう、第三者から見れば癖者を異常に好む女王なのだから。
確かに癖者に対しての好奇心や観察欲と言うのはあるのだが、それを加味しても妾の行動や意図に疑問を持つ者が現れるのは自然じゃ。
「ぜひ、お話して頂けるならばお願い致します。」
ベレッタは身体を小刻みに震わせていた。
だが、回答と声色には芯があった。
忠義を誓う臣下には、いずれ話す、つもりであったし、話す機会を模索していた。
良い機会じゃ。
「ならば話そう、過去を――」