第6話 大舞踏会①
「ここ最近、元気がないなベレッタよ」
ユパロンに向かう馬車の中、オーリア女王がワタクシを心配して下さった。
感情や疲れは態度、表情には出ない人間だと思っていたが、気付かれてしまったのだろうか。
原因は少し前、ユパロンの王子とケプルムと名の淑女の辛い関係性と、同時にやってきた厳しい訓練の結果なのだろうか。
「いえ、少しばかり舞踏会に意気揚々としていた物で睡眠不足でして。」
女王の服装は以前、拝見した物と同じだ。
肩、上腕そしてデコルテまでが露出した黒を基調としたスタイリッシュなドレス。
髪は後ろに流しベールの付いた黒い帽子を被る。
帽子が追加された事で以前より大人な雰囲気を漂わせていた。
「そうか……お主も、その様な一面があるのだな、面白い。舞踏の経験はあるのか?」
絶えず、会話を続ける女王なのだった。
「例に漏れず今回で初めてでございます。ただ、ワタクシは護衛兵、故に舞踏会に参加せず――」
オーリア女王は中央に座っているのだが、隣のティーポットの従者様に顎を向けた。
「ティーポット、ベレッタに舞踏を教えてあげろ」
「はい、承知致しました。」
ティーポットの従者は即答だった。
なんと舞踏会に参加しないと言ったばかりなのにも関わらず……何を求めていると言うのだろうか。
「で、ですから、護衛の仕事があるので……」
「構わん、構わん……お主は妾の傍らに配置する様にシルバーに頼んだのじゃ。護衛の仕事だと思ってお主も少しは楽しめ。」
もう一つの女王の隣に座る護衛隊長のシルバー様を横目に自信気に言うが、シルバー様は銅像の様に動かず真っ直ぐ向いていた。
「まあ、付け焼き刃のヘンテコな舞踏を妾に見せる事にならない様にな。」
舞踏会に参加する事が決定したかの様に話が進んでしまった。
舞踏会も舞踏も何も知らないワタクシに、当日に叩き込まれても、付け焼き刃にしかならないと言うのに無理難題だ。
「そんな紳士的な性格で舞踏がヘンテコではお主のプライドが最悪、崩れ去るぞ……努力せい。」
女王は目を細め、調子良く話し、頬を赤らめた。
口元は開いた扇子で隠す。
今頃、口元は緩みに緩んでいる事だろう。
馬車がユパロンの王宮の門前に着いた。
空は既に暗くなっていた。
馬車から降りると兵士らが王宮の入り口に向かって一直線に並んでいるのを確認すると、オーリア女王を先頭にワタクシ達は王宮へと入城する。
王都の方は既に大舞踏会は始まっているのだろうか賑やかな喧騒が聞こえてくる。
きっと、ユパロン中がお祭り騒ぎなのだろう。
王宮内は以前、訪れた時に比べ明かりが灯され輝きに満ちていた。
豪華な装飾も施されていて、床には満遍なくレッドカーペットが敷かれていた。
「ポロペ国の女王オーリア様、お久しぶりでございます。当国の王子ゴルドです。」
右の階段から降りてきたのはゴルド王子だった。
王子は赤の豪華なコートを纏っていた。
「ようこそユパロンへ、今宵は大舞踏会をお楽しみ下さいませ。」
その様子は一週間前にワタクシが感じていた王子の腕白な性格には見えなかった
「あぁ、ゴルド王子か……久しいな。コチラこそ大舞踏会に招待して頂き感謝する。」
オーリア女王は淡白も丁寧に受け応えると
王子はニコリと笑いオーリア女王の手を引いて階段を登らせた。
「さあ、お気をつけ下さい。」
丁寧な口調と優しい声で女王に声掛ける王子の姿がワタクシの目に映ると、あの日、フードを覆い秘密裏に淑女と会っていた王子が偽りの姿だとさえ感じてしまった。
ワタクシ達は石の階段を登り終えると王子は奥の大きな豪華な扉に掌を向かせた。
「あそこが、大舞踏会が開かれている大広間でございます。大舞踏会では当国の貴族や各国の貴族、王族が集まり交流や舞踏、パーティーを楽しむ事が出来ます」
「そうか案内、感謝する。」
「では参りましょう、もう直ぐ国王が開会の辞を述べられます。」
そう言うと王子は扉へとワタクシ達を誘導した。
「そうじゃ護衛を妾の側に付けるが構わないか?」
オーリア女王は王子と横並びに歩き、聞いた。
「ええ、構いません。お言葉ですが女王様、他の護衛兵の配置はどうするご予定でしょうか。」
「……王宮の入り口、大広間の前、王都等に十数人規模で配置する。後から兵は馬車で参る。当国の兵もいるだろうから祖国は最小人数に絞ったつもりじゃ。」
先代女王の王配が殺害されてから二年、こう言った大きな催しにポロペ国が参加する事は初めてだとティーポットの従者様から聞いた。
その為、安全面を考慮しポロペ国の三人の王女は欠席、警備は厳重にしリスクを減らすに越した事はない。
大広間の扉の前に着くと、二人の兵が配置されていたのだが、全身鎧のシルバー隊長は少し離れた通路の中央で仁王立ちした。
彼をゴルド王子が見るなり苦笑いをした。
「頼もしいですね。ポロペの護衛兵は……」
少し離れたシルバー、そして従者様のティーポット、ワタクシを順々に覗いた。
ワタクシを見たゴルド王子は一瞬、口角が上がった様に見えた。
その時、王子はどんな感情を抱いたのだろうか?
「さあ、入りましょう」
扉が大きく開くと同時に、大広間の全容が見えた
金や宝石は当たり前、豪華な装飾や服装を着飾った大人達がワラワラと談笑の声があちらこちらで聞こえてくる。
ゴルド王子が誰も無い卓へとワタクシ達を先導する中、周りの人々と目が合う。
煙たがる者、嘲笑う者、笑顔でワタクシ達一向に手を振る者。様々な反応を示す。
「では、コチラの卓でお待ちくださいませ。」
大広間の中央を大きく開けて、それぞれの卓が点在していた。
「あぁ、此処まで親切な対応、感謝する……ご苦労であった。」
卓には四つの席が用意してあり、オーリア女王はホールの中央が見える席に座る。
「お主達も座れ。」
オーリア女王は一息ついて、ワタクシ達を労うように声をかけた。
卓には料理が用意されていた。
大魚の姿焼き、七面鳥、サラダと豪華で食欲が唆る様な匂いと見た目であった。
「いいえ臨時の際、座っていては即座に受けませんでしょうし、ワタクシ達は従者や護衛の身分故に ――」
「そうじゃ、まだ大舞踏会までに時間がある練習したらどうだ?」
呆れたのか、割って女王は話題を移した。
「や、やはり本気で言っていたのですね」
「そりゃそうじゃろう……ティーポット頼んだぞ」
オーリア女王は席を立ち上がり従者様の肩に手を置いた。
「妾は少々、席を外す」
「承知いたしました。」
恭しく従者様が答えるとオーリア女王はチラッとワタクシに微笑み掛けて、去ってしまった。
他国の貴族や王族へと社交を広げに行かれたのだろうか?
確かにその様な機会なのだから当然は当然なのだが、気品溢れる場で癖者が舞踏をするのは相応しいと言えるのでしょうか。
「さあ、始めましょうか」
オーリア女王が去ると従者様は腕を捲り、やる気を示した。
「今日のベレッタ殿の服装はとても高級感のあるスーツであるのですが――」
従者様はワタクシの右隣に立ち耳打ちする。
「その姿で舞踏を華麗に熟せば、少しはこの場におられる、貴族らは圧倒し評価が一変しますよ。」
(え?な、なぜです?)
小声でワタクシは答えた。
「位の高い人間らは舞踏が出来るか、出来ないかで、ある程度の品定めをするのですよ」
そんな訳が無かろうに、舞踏が出来て認められるならば平民や癖者達は一生涯賭けて舞踏を学ぶだろうに、なんて出鱈目な火の付け方でしょうか。
「わ、分かりました……指導宜しくお願いします」
ただ、今はやるしか無い。
オーリア女王に言われたのだから断る事など、出来る限りしたくはないな。
ワタクシは舞踏を何とか、取得しようと従者様に指導を受けた。
従者様は手拍子をつけてリズムに乗らせたり、実際に自身を真似ようにと踊ってみたりと、基本的な物からマナーの様な物まで指導してくださった。
――――
「今宵、お越し頂いた紳士淑女の諸君、大変お待たせ致した。コレから大舞踏会、開会の辞を始める。我はユパロン国の国王である。」
彼、ユパロンの国王が一言話すと賑わっていた喧騒が一瞬にして静まった。
大柄の白い髭を携え頭には王冠を被った男だ。
拍手が響き渡る中、国王は杯を天高く掲げた。
「炭鉱国家ユパロンの益々の発展と多様な国の親睦を願い祝って!ただ今より大舞踏会を始める!」
国王が矜持と気概が籠った声色と表情で高らかに言うと、周りの貴人らは高く杯を掲げる。
それと同時に広間の奥に集まっていた楽団員らが演奏を始めた。
ドラムのリズムとトランペットの華やかな音色。
ハープの鮮やかな旋律、フィドルの自由で軽快で気高さのある音。
それらに乗せて大広間の中央で舞踏を始める貴人達、派手で艶やかで高貴な雰囲気が辺りを包んだ。
「さあ、始まりましたね……基本はある程度、抑えられたと思うのでベレッタ殿、素晴らしいです。」
従者様が言うと拍手をして喜んでいた。
「あ、ありがとうございます。従者様。で、ですが肝心のオーリア女王様は?」
ワタクシ達は辺りを隅々まで見渡す。
中央では踊っていなく、いないとしたら誰かと談笑をしているのでしょうか。
「いましたよ、ベレッタ殿」
従者様が差し出した掌の先を見ると、そこには黒のドレスを着た女王様がおられた。
何やら談笑をしているのだろうか、笑っていた。それは幼く、健気な笑顔であった。
女王の目線の先を追うと、赤髪で赤い豪華なコートに身を纏う男の姿が見えた。
――ゴルド王子だ。