第5話 決意
その二人の年齢は感覚的に近しいと感じた。
ユパロンの王子ゴルド。
そして花束を抱えて向かい合う女性。
まるでコレでは恋情を抱く年頃の男女模様だ。
女性は麻製の衣服を着用していて一般的な平民の服装であった。
「ゴルド様……こんな事、してはいけません」
ギュッと花束を胸に当てて、弱々しく話す女性の肩に軽くゴルドは手を置いた。
「俺は……クプルムと共にありたい。俺が他の女と結ばれる事を強いられたとしてもだ。」
王族と平民、それは結ばれるのには数多の高い壁が反り立つ事である、王族は一族として、貴族としての純粋な血を残し国を継ぐ。
そこに平民が混ざるのは身分差や政治的な価値を下げかねない。
「わ、私も……出来るなら、そうしたい。」
二人の姿を見るとワタクシは切なくなった。
多難な愛を一途に注ぐ事は必ずしも容易くない。
ワタクシの場合は彼らより深刻であるからこそ理解しないと駄目だ。
ふと、ゴルド王子が横からワタクシの目線に気付いたのかコチラを振り向いた。
その表情たるや、絶望で溢れている。
それは、そうであろう。
禁断な関係性で、本来あってはならない。
見られたら双方は最悪、罰せられ他国からも自国民からも軽蔑されるだろう。
「お、お前!ま、前に城で会ったな……」
震え声を出しワタクシに指を差した。
女王は身構える様にして王子の後ろに隠れた。
「た、頼む、この事は誰にも――」
「言いませんよ……」
ゴルド王子が言い掛けるのを遮る様にして、ワタクシは、その言葉を吐いた。
それは心からの物で、ワタクシは彼らの関係性に共感を覚えたのだ。
「ワタクシは、お二人の詳細を深く知り得ていませんが、心に嘘を付いていけないと思ったので」
予想外の展開に二人は唖然としている。
見逃してはいけない事だ。
ただ、ワタクシの口は勝手に動いた。
「さあゴルド王子、王宮へお戻り下さいませ。ワタクシ以外の人間に見つかっては、何を言われるか分かりませぬ。」
コレがワタクシの隠れた理念であろうか、丁重にそして紳士的にゴルド王子に促した。
「あ、あぁ!恩に切る……紳士な癖者!礼は後から何でも言ってくれ!」
ゴルド王子は一瞬の安堵を感じさせる微笑みを見せて、ワタクシの手を取り頭を下げた。
「ケプルム、ゴメンな……またな」
フードを被り、女性と顔を合わせて別れを告げ颯爽と腰を低くして去っていった。
腕白な口調と行動は一国の王子に似合わぬ程、様に成る。それがゴルド王子という人間なのだろうか
「ありがとうございます!癖者さん!」
王子が見えなくなると、女性はワタクシに向かって頭を深々と下げていた。
「アナタは確か王子がケプルムと呼んでいましたね……初めましてポロペの護衛兵ベレッタと申します、以後お見知り置きを。」
ケプルムと呼ばれていた女性に体を向けて故郷のお辞儀をし優しく声を掛けた。
女性の抱えた花束は美しかった。
ワタクシは花の種類は存じ上げないので何の花なのかは分からないが、赤や黄色、青と様々な花が乱れていた。
「ポロペ国の護衛兵さんだったんですね、ご親切に目を瞑って下さりありがとうございます」
「さあ、それではワタクシは行かなくては」
もう、二人の関係性に関わるつもりはない。
黙認を続け、彼らの行く末を信じるのみ
例え身分差があろうと、許されざる事でも人の恋情に無闇やたらに口出しするのは野暮だろう。
ケプルムさんを背に仕事に戻ろうとした瞬間
「わ、私達は結ばれるのでしょうか?それとも、あ、諦めた方が私達の為でしょうか……」
ワタクシは後ろを振り返った。
ケプルムさんは曇った表情で深刻そうに話した。
「このまま、この関係性を続けていたら、いつかきっと悪い報いが来るんじゃないかって不安で辛くて痛くて……」
目に涙を浮かべ、涙声になった。
ケプルムさんは膝から崩れ落ち不安な感情を現れにした。
「でも離れようとしても……あの人の事をずっと考えて胸が張り裂けそうになるの」
恋情とは時に毒であり薬だ。
「未来で私達が堂々と晴れ空の下を歩く事は出来ないって考えると、どうすればいいか分からなくなって決断なんかしたくない……」
だが、毒にも薬でも違う性質が二つある。
それは行動力の促進性と思考的な変容力である。
「もうワタクシはこれ以上、関与致しません。
ですが、一言――」
ワタクシが正にその代表者だと自負している。
護衛兵としての任を快く受けたのも、ワタクシの理念に新たな物を付属したのも紛れもない、オーリア女王のお陰であるからだ。
「それならば、信じましょう。信じても尚、国が世界が二人を睨むならば、打ち勝ちましょう。」
「人を愛す心が何を変えるか、変えれるかの保証は出来兼ねますがワタクシは打ち勝てると確信しております。」
クプルムさんは涙をポツポツと花に落とす。
「でも、ゴルド王子は……私、以外の人と結婚しないといけないの」
その事実を苦し紛れに吐いていた彼女を見て、静かにワタクシの肌に痛みが走った。
『結婚しないといけない』
その口ぶりという事は既に政治的な計らいが確定、もしくは動いていると言う事なのだろうか。
どちらにせよ、遠くない未来では避けられない。
――政略結婚
貴族や王族に産まれたのなら、当然なことで、仕方のない事なのかもしれない。
だがワタクシは、血統や政治的な意味、等を理解した上でケプルムさんに言い放ったのだ。
微力ながらでも、気持ちを支える為に。
コレを最後の、言葉にしよう。
「それでも二人の想いが変わらないと言う事は――」
「ううん……良いの、護衛兵さん」
何か、決意を固めたのかワタクシの口を塞ぐ様にして言い放つと、ケプルムさんは目に溜まった涙を拭き、息を整えた。
「ずっと、夢の中だった。あの人が私を愛した事、私があの人を愛してしまった事……その全て」
ケプルムさんは立ち上がると、抱えていた花束を頬に当て、目を瞑った。
その姿に何を言う訳でもなく、ただワタクシは切なさに心を縛られるばかりだ。
「もう醒めても良い頃合いなのよ、きっと……」
王子の事を想う、その末に危惧する未来が刻一刻と絶望的に綺羅やかでないと理解する中、それでも尚、今日も、また二人が出会ったことは事実だ。
「分かりました。」
愛を捧げ合う男女二人の恋模様に幸あれと願うワタクシなのだが、結局は何も出来ない。
いいえ、これ以上、関与は無駄だ。
ケプルムさんの流れる涙は決意の証であろう。
身分の違いが齎す望まぬ未来を受け入れたのだ。
ワタクシは花束を大切に抱えた、淑女を背にし、その場を後にした。
時折り、鼻啜りや嗚咽が聞こえてくる。
ただ、ワタクシは淑女の元に駆け寄り、背中を摩る事さえも出来ず。
オーリア女王の元に帰るのだった。
淑女の意向や二人の未来を汲みした結果だと。
自分に言い聞かせ拳を強く握るのを、ここ数日、繰り返していた。
―― 一週間後 ユパロン大舞踏会 当日
「さあご理解頂きましたでしょうか?ゴルド王子」
シュルツ外交官はゴルド王子の居る、扉の向こう側に向かって大きな声を出した。
「開会の辞を国王が述べ、大王舞踏会が始まったのなら即座にオーリア女王を探し出し声を掛けるのです。
言葉はこうです――」
ゴルド王子が舞踏会用の綺麗な赤色の豪華な装飾が施されたコートを羽織る。
鏡の前で自身を確認すると、着付け役の召使いは、パチパチとお似合いですと感嘆の声を出し喜んでいた。
「ポロペ国の気品溢れるオーリア女王よ、我はユパロンの王子ゴルドと申します。貴女様を一目見た時、我の心が貴女様に未来を捧げたいと叫んだ。」
ゴルド王子はシュルツが提案するポエムに呆れた様な荒い溜息をついた。
「そして、膝を付きオーリア女王の手を取って、甘い優しい囁きで踊りの誘いを申し受けましょう!」
ゴルド王子は鏡の前で自身の眼の中を見つめる。
シュルツの声が一度、落ち着くと扉の前まで歩き
「あぁ、分かった。シュルツ殿……」
シュルツの興奮気味な声を落ち着かせる様にして、言い放ちながら部屋の扉をパッと開けた。