第4話 理念ある行動
ユパロンの外遊から一週間。
ワタクシは王宮の中庭で太刀を振るっていた。
絶賛、護衛の術を身に付けるべく鍛錬中である。
護衛として任を受けたワタクシは一通りの護衛術を叩き込まれ護衛術の有無で仕事の意識が変わっていった。
それは護衛としての心得と言うものも同時に教えられたからだろうか。
『立場としての行動でなく自身の理念としての行動であれ』
特にこの心得は人生論的な教訓を得れるぐらいにワタクシの胸に響いた。
「…………まだまだお主の太刀には芯がない」
中庭から少し離れた外廊下の影から全身、鉄の甲冑に包まれた男がやってきた
「シルバー護衛隊長……」
遅足と近づく隊長はとても勇敢に思えて、現状のワタクシの護衛としての距離感を勘繰ってしまう。
「そんな物では……女王を守る事すら疎か自身の防衛すら、儘ならない」
鎧の金属音を鳴らし、重低音な声を上げた。
「例え女王の気まぐれで任を受けたとしても全力で遂行しろベレッタ」
「はっ!」
「いつ誰が女王を狙っているか、未知だ。その未知に備えろ……命に変えてでも護衛するのだ」
そう言い放ち隊長は背を向けて去っていった。
(隊長が念を押すのも無理がない。)
王宮に入って三日後の事。
ワタクシは部屋の本棚に隠す様に置かれた手記を見つけ、その手記を何の気無しに捲った事で過去の片鱗を知ってしまったのだ。
その手記の一ページにはこう記されていた。
――二年前、先代の女王の王配が殺害された。
その手記の内容は、王配が暗殺された事実と殺害した人間への批判だった。
(なんとも悲惨な事だ。)
「あと……それと一つ」
護衛隊長の去り際を静かに見ていた時、隊長が振り向き、その重低音を響かせた。
「オーリア女王の好奇心は凄まじく三ヶ月で知りたい事を知り尽くす。飽和したならば当然、女王は次の癖者をお求めになる……」
隊長の顔は鎧で包まれていて表情は窺えないが、その声色を耳にし自然と背筋を伸ばしてしまった。
『女王様は常に新しい刺激を求めておられます。ベレッタ殿のような、稀有な見た目と紳士的な性格はまさに女王様にとって『最高の観察対象』でございましょう』
ふとティーポットの従者様が話していた事を思い出し、信憑性が湧いてきた。
「決して、現状の待遇に驕るなよ」
幸運を感じていたとしも驕っていた訳ではない、癖者であるからと、希望を失っていたワタクシに希望を賜って下さったのは紛れもないオーリア女王。
その美貌に多少なりとも狼狽え、甘い感情を抱いていたのも事実だ。
そんな感情はワタクシの立場上、持ち得てはいけないというのに。
「はい十分、承知しております。ただ一言、申しますとワタクシも女王に恩を感じております故、何も成せずして引き下がれませぬ。」
隊長は腕を組んで銅像のように固まった。
「…………何も成せず?その真意はなんだベレッタよ」
隊長は深く真意を聞いた。
勿論その真意と言うのは、失業はなるべく避け家族を報い養う為に働きたい、である。
確かに意念に思うのは「対等」出ないという事、なのだが王族と臣下という関係性だ。
何をこれ以上、求めるというのだろうか。
「そこにいたのか……ベレッタよ、それにシルバーもおるのか、ご苦労じゃな」
シルバーは咄嗟に声の方がする、南方の外廊下へ振り向き膝をついた。
「……オーリア女王様、有難きお言葉……」
「楽にして良いぞ……シルバー護衛隊長」
隊長は姿勢を正し、また一度、頭を下げた。
オーリア女王は、紫の綺麗な長髪を揺蕩わせ、ワタクシらに近づく。
今日の服装は肩、上腕そしてデコルテまでが露出した黒を基調としたスタイリッシュなドレス。
大人な雰囲気を漂わせ思わず息を呑んだ。
(なんと美しいのだろうか……)
「そうじゃ、ベレッタよ」
表情は、いつも以上に柔らかく女王はワタクシに服を見せびらかす様にして右や左と軽く半回転した
「似合っておるか?」
コバルトブルーのその瞳がワタクシの頭部を見つめ、ワタクシの鼓動の音が早まった。
「と、当然、お似合いでございます……」
「そうか、それは安心じゃ……舞踏会用のドレスはコレで決まりじゃな。」
本当に美しい、それは変わらない。
女王は満更でも無い、柔らかな表情だ。
まるで伽話の子供であるかの様な純粋無垢さも、その表情で感じさせられた。
「さっ、数時間にユパロンの王都へ大舞踏会の下見として向かう。」
国外に赴くと知ったや否や銅像の様に固まっていた隊長が再び動き出した。
「それならば、私とベレッタがお供致しましょう」
咄嗟に隊長が声を上げ、隊長の低音が心なしか高く聞こえた。
「あぁ二人共頼んだぞ……」
オーリア女王は微笑み、王宮へと戻っていった
隊長は姿が見えなくなっても、お辞儀をし続けた
彼にとっての女王は忠義を尽くすに値する存在なのだとワタクシは再認識した。
「シルバー隊長……なぜ、ワタクシも一緒にと護衛を勧めたのでしょうか?他の護衛兵とも良かった筈では?」
「……私はユパロンの王都で生まれ育ったのだ」
隊長は下げていた頭を上げて、数秒の沈黙を破り言葉を紡ぎワタクシを覗いた。
「女王様に出会い気に入られたのも、そこだ。お主と共に護衛を申し出たのは、お主にもユパロンを知って欲しいからだ」
愛国心があるのか、隊長は、いつにも増して饒舌に話をしていた。
ワタクシの故郷の場合、廃れた村や癖者の差別が激しかったが土地としての魅力は多少なりとも感じていて、気持ちは多少なりとも理解出来た。
「それだけだ……」
隊長の果敢な姿を見てワタクシは隊長に優しさと人間らしさを感じた。
『自身の理念としての行動』
理念とは自分自身の属性や根本的な考え方を指していて、平たく言えば「自分らしい行動を」だろう
心得は自分自身の理念の基の行動を掲げている。
きっとそうでもないと重大な決断も命を賭す行動も出来ない、そういう事なのだろう。
隊長の理念とは愛国心と女王への絶対的忠義と言ったところでしょうか。
(では、ワタクシの理念とは?)
考えたその一瞬、脳裏にオーリア女王の姿が映し出された。
きっとワタクシの理念も女王への忠義という事なのだろうか、又は末端の平民育ちの護衛兵が王族に女王に向けてはいけない感情、そのものだろうか。
(否、それでも理念であるならば誇るべきだ。)
「ワタクシは女王様に癖者としてでなく……人間として興味を持って欲しいのです!コレが先程の問いの答えです。」
去る、隊長に向けて言うと聞いた事もない程に大きな声で笑って行った。
「それが純心であるならば、貴様は不紳士だな。」
不紳士、そう言われるのはワタクシ自身を否定された様で心が痛いのだが――
胸に手を当て女王の事を考えると
ワタクシの純情は止まることなく揺らめいていた
悪くは無い。
――炭鉱国家、到着後三十分
ワタクシ達は厳重に女王に付いて歩きながらユパロンの王都を見て回っていた。
女王の服装は先程、王宮で見たのとは違う物になっていた、露出は少なく羽織り物を羽織っていた。
(だが、美しいのは変わらない)
ユパロンの王都は、いよいよ来週に迫った大舞踏会の準備で忙しなかった。
金槌を打つ音や人々の話し声で満ちていた。
「邪魔してすまない、変わらず続けてくれ」
道を交わす人間達は異国の女王を歓迎するなり手を振り、黄色声援を届けていた。
後ろを付いて歩くワタクシ達、二人にも葉を届けて下さった。
ガンピストルの頭を剥き出しにしたワタクシまでも、その対象者となり温かい心になった。
ポロペ国は国民の殆どが癖者であるからこそ、コレと言った差別などは無かった。
だが真人間が殆どの国民が、コレほどまでに癖者に寛大な対応をして下さるのはポロペが友好国であるからだろうか。
「ふむ、一通り見て回った様じゃな……中々に舞踏会への熱量が高い事が窺えて妾は興じる。」
王都のシンボル、大きな噴水を前に大舞踏会の役員に対して女王は、舞踏会への気持ちを話す。
ワタクシ達は少し離れた所で待機していた。
周辺は噴水を囲うかの様に配置された住宅と伸びゆく路地が見えていた。
「それは、嬉しい限りです……ぜひ、当日は存分に楽しんでいって下さいませ。」
女王らが会話をする傍らに、全身黒いフードを覆った人影が路地に入るのを見つけた。
(ん、あれは?)
「お主も気がついたか?」
隊長も、それを気に掛けていたらしい。
「不安や怪しいと感じたのならば、徹底的に調査すべきだ……行ってきてくれないか」
促されるまま隊長に背中を押され、先程の怪しい人物の影を追って行った。
その路地は曲がりくねり、三叉路に立たされた。
右を行けば行き止まり
左の道を辿っても行き止まり。
中央の道を進んで道が広がり男女が正面に見えた。
女性は何やら両手で花束を持って立たずんでいた男性は先程の怪しいフードの人物と同じ物を付けているのだが、その顔に見覚えがあった。
「暫く、会えそうにないからよ……受け取ってくれ舞踏会終わったら、また会いに来るからよ」
女性に甘い声を掛けて男は話した。
男の髪は赤色、フードからチラリと見えるのは高級感のある洋服。
声は、あの頃とは違い落ち着いていた。
――ゴルド王子だ。