第3話 炭鉱国家
「もう直ぐじゃな……」
黒の布で覆われた馬車に揺られる中、呟くのはオーリア女王だ。
カーテンを開けて景色を見なくとも、感覚で到着することを予感したのだろう。
前方、後方とそれぞれ三人ずつ座れる馬車で女王は進行方向を向く後方の中央に座る。
右隣はティーポットの従者様、左隣は全身鎧の護衛隊長シルバーという屈強な男だ。
前方にはワタクシ含めた三人の護衛兵。
ワタクシは一番、左端に座っている。
「ベレッタよ初めてかユパロンは?」
「はい、初めてでございます。」
ワタクシは癖者であった分、故郷の静かな所で暮らしていた、それ故に他国へ旅行を考える事は一度もなかったのだ。
世界は広く、ただ癖者は生きづらい。
「まあ気張るな比較的、癖者の差別は少ない国家だ……何せ我が国と友好国じゃ」
友好国があったとは驚いた癖者が国民の大半を占める国家など嫌悪する国の方が多いだろうと考えていたので。
世界とは本当に広いようだ。
女王が話し終えると女王の見立て通り馬車も停車し、到着したらしい。
「さあ、参るぞ……」
馬車を順々に降りていく。
オーリア女王、従者様、護衛隊長。
そして二人の護衛兵と最後にワタクシ。
停車したのは、どうやら王宮の門の前。
門はとっくに開かれており、歓迎されている様にも思えた。
上を見上げらればギラギラと太陽が眩しい。
気温も高く、蒸し暑い。
颯爽と女王は門を潜り抜け王宮へ赴く
その後ろを付いて歩くティーポット男と護衛隊長
「さあアンタも早く着いていけよ」
「逸れて迷子になってもしらんぞ?」
護衛兵の二人が言う。
分類で言えば大鷲。
頭部は鳥類の毛並みが生えている。
そして上半身、下半身とゴツゴツと筋肉質で護衛に適任な人材だ。
ワタクシは停車位置から一歩も動かず王宮や周りの景色に気を取られていた様で彼らに注意された
「も、申し訳ない……」
「さあ来いよ、新米だからってらサボるなよ」
護衛が言うと二人は早歩きで女王の後を付く
ワタクシも遅れない様に彼らの後に続く。
ポロペの隣国ユパロンは鉱山山脈に囲まれて石炭や鉄が大量に採掘され鉱物貿易で盛んで有名だ。
今回、オーリア女王が来国した理由は貿易拡大の交渉だと話していた。
ユパロンの王宮内は非常に堅苦しい雰囲気だ。
石壁、石床、左右に石段……
ポロペと比べ灯りが限られていて堅苦しい。
兵士達が点々と配置され入城するワタクシ達を静かに見守る中、ワタクシは軽く会釈した
「コレはコレは、お待ちしておりましたオーリア女王様……本日はユパロンに足をお運び頂きありがとうございます。」
右の石段から男が降りてきた。
その男は縁の無い眼鏡をかけ細い目を鋭く見せ知性を感じさせ軽快に話す。
彼はニタァと口角を上げオーリア女王の目の前にやってきて会釈をした。
「久しいのシュルツよ」
「はい、実に二月振りです……相変わらず美しゅうございます。」
流暢に女王と話すなり、チラッと後ろに立ち止まりワタクシ達、護衛を見る。
「おや?いつもの護衛と……それと一人、見知らぬ個性的な者がおりますなぁ新しい護衛でしょうか?」
「あぁそうだ、紹介しよう……新しく護衛に就任したベレッタだ」
オーリア女王は尽かさずワタクシを紹介すると手のひらをワタクシに向け男に注目させた
「あぁ、そうでしたか……」
わざわざ下っ端、新人護衛の紹介などしなくともいいはずなのに……オーリア女王はどれほどワタクシに期待をしておられるのだ?
「はっ!南方から遥々やってきました。ベレッタでございます。」
だが、その期待に応えることも護衛の仕事という事に致しましょう。
ワタクシは名乗るなり故郷の慣わしに従う
シュルツは顎に手を添えて
「ほほぉ、実に紳士な――」
少し言葉に詰まらせた。
「……護衛兵ですな頼もしい!」
愛想笑いをしながら答えた
失礼のない様に言葉を選んだのだろうか。
「ユパロンで外交官を任されてるシュルツだ……友好国として今後も関係を続けるよう努めてるよ」
ワタクシの顔を見てゆったりと話すとシュルツ殿はニ階へとワタクシ達を誘導した。
「さっ、オーリア女王コチラの部屋へ……」
談話室は二階の右の石段から登って近くの部屋だ
「あぁ、承知した……」
オーリア女王は手招かれた部屋に入るとワタクシ達も入室しようと歩き出す。
「おっと大勢入られては困りますな」
入室の手前、シュルツ殿が間に入った。
「すみませんが最大でも二人ですかねぇ」
「なんじゃ、窮屈に感じるか?シュルツよ……それか多人数の前だと話しに集中、出来ないか?」
先に入室したオーリア女王は話す。
女王は腕を組み何か沸ったのか返って無表情だ。
「うーん、信頼には少し及ばないのでしょうか……ただ私は友好国としての絆を深めたいのですよ。今回の貿易拡大の話もそうです。」
「左様だな……無礼を許せシュルツ」
オーリア女王は頬を撫で非礼を浴びた
(国同士の交流も複雑で大変な物ですね、どう相手に捉えられるか……深く考えなければ傷が付く)
「いえ、滅相もございませぬ……」
「部屋には従者と護衛のベレッタを入れる、それで異存は無かろう。」
シュルツ殿は顎に手を添えたまま間を置いた。
「いえ、従者は兎も角……申し訳ないが、其方の屈強な護衛をお願いしたい」
指を指されたのは全身鎧の護衛隊長だった。
「……」
彼は一言も発さず石像の様に思えた
何度もこうして外遊時に重要な命を受けたのだろうか安定感はこの場において群を抜いている。
勿論ユパロンでの外遊は過去何十回も行われてきたのでしょう。そんな中で幾度も顔を合わせば自然とシュルツ殿にも信頼のおける護衛だと認識するだろう。
(護衛職と言っても他国の人間にも、こうして信頼を得る事も大切なのだな……致し方ない)
「良かろう」
オーリア女王はぶっきら棒にも聞こえるのだが迷う事なく言い放ち、部屋の奥に進んで言った。
ドン‼︎
扉は閉められ、その扉の前で三人の護衛が静かに待機する。
今、分厚い石壁の向こう側でオーリア女王は大切な外交をしている。
「んでよ……あそこの」
コソコソと話すのは残った二人の護衛。
二人は左右に扉を挟む様にして待機する。
ワタクシは石段の近くにいれと二人に指示された
「でもよ正直、どうなるんだろうなぁ女王の王配」
(王配……?)
紳士として盗み聞きは良くないのだが興味を唆る話だ。
「風の噂だとユパロンの王子と交際し結婚されるだとかって聞いた事あるけどなぁ、まあ結婚って言っても政治的な感じ何だろうけど〜」
(はぁ、なんだ噂話か)
呑気に噂話にする護衛に少し落胆し言葉を聞き入れないに努力をする。
もう少し信憑性のある話題をして欲しかった物だ
根も葉もない噂に耳を立てるなど紳士的ではない
(ん?)
ワタクシの真っ正面に見えるのは手前に一階へと続く石段、その奥にも石段。
その奥に音を立てない様にと忍び足で石段を降る男の姿が見えた。
ジッとその姿を見ていると男は視線を感じたのか後ろを振り返り若干の距離なのにも関わらずワタクシと目が合った。
正確にはワタクシの目は小さく遠くからは当然見えないのだが明らかに気付きコチラを見つめた。
暫く静止していたのだが、忍び足の速度を上げ、コチラに近づいてきた。
「おいおいおいおい……今、見てたよな?」
小さな声、でも確かに焦っていて顔を近づけてきた。今にも責め立てようとしている男だ。
「た、頼むから誰にも言わないでくれよ?」
だが、その勢いと裏腹に弱気だ
「わ、分かりました……」
ワタクシは勢いに押し潰されるままに答えた。
(なんと強引な)
「あぁ良かった、話が分かる奴で……」
安堵したのか距離を取って、顔を手の平で覆う。
髪色は赤く高級感のある衣服を纏う年頃の男、もしやユパロンの王族の一人だろうか?
「所で、貴方様は?」
「……え?あれ?ここの召使いじゃないのか?」
ワタクシがポロペの護衛だとは知らなかったらしく酷く動揺していた。
「ワタクシは隣国の女王の護衛、ベレッタでございます。」
「な、なんだよ衣服が召使いのソレだから勘違いしてたぜ……」
呟き一人で解決すると男は頭を下げた。
その表情は安堵した様に晴れやかに見えた
「……俺はパトロンの王子ゴルドだ。無礼を掛けて申し訳なかったな紳士な護衛!今はゴメン逃げねぇとヤバいんだ!」
やはり、王族の一人の様ですね。
彼は誤解した事に謝罪し名前を名乗るなり急いでこの場を離れようとした。
「あ、ゴルド王子……」
呼び止めようとしても、もうそこには彼の姿は無かった……なんと素早いことでしょう。
キィーン
彼がいなくなって間もなくして、談話室の扉が開きシュルツ殿が顔を出した
「ん?今、 ゴルド王子の声が聞こえたのだが……」
扉を開けるなり辺りを見渡すと
護衛の二人に声をかけた。
「い、いえ此処には誰も通ってございまぬ!」
護衛の一人が突然な事に焦りながらそう話す。
なんて出鱈目に仕事をしているのだろうか。
「では、先程が聞こえてきた話し声は?」
シュルツ殿の疑問は止まらない。
「っ……あ、それは……」
護衛の一人が脂汗をかいてた。
まあ、無理もない雑談をして気を緩めていた事を知られたら女王が何を思うか知れた物ではない。
「きっと、聞き間違いじゃ……さあ早く続きを話してはくれぬか?」
オーリア女王が間に入った。
部屋の奥で姿は見えなかったが呆れた様な低音掛かった声に聞こえた。
オーリア女王は今すぐにでも不毛な会話を切って話を進めたかったのだろうか。
(まあコソコソと無駄話をしたのも事実、ゴルド王子がワタクシの近くに来て声を出していたのも事実である)
シュルツは困惑した顔をしながら
パタッ!
扉を再び閉じた。
――――
貿易拡大の件は上手く事が運んだ。コレで鉄や石炭が大きく流通して国民の生活に、より彩が出てくるだろう。
はあ、だが早く帰れないものか? 会談はもう済んだろうにシュルツが何やら上機嫌に話を軽快に進めるばかりで、妾は退屈じゃ。
要はシュルツは例の件に参加して欲しいのだろ?
参加表明して、事が進むのであれば
「んで……詳細を聞こう舞踏会とやらの。」
――御の字じゃ