第22話 ケプルムと言う淑女
私は幼い頃、買い取られた。
本当の両親は何処かに消えて、独り廃れた家で泣いていたらしいのだけど、今はそんなこと覚えていない。
近所住人が不審に想いその廃れた家に兵を呼んで私を保護してくれて私は長い間、孤児院で日々を過ごして生きてきた。
孤児院には同じ様な子供や戦争で親を亡くしたりした子供も沢山いた。
でも別に不自由ではなかったし孤独では無かった。だって友達がいたんだもの。
フリックやジョリー、あとはグリ……
良い友達だった。
でも、さっきも言った通り私は買い取られた。
――国の有力な富豪にね。
運が良かったとか、これで普通になれるとはその時は思っていなかった。皆んなと逸れてしまうからね……
――――――――――
「お願いします……もう私達に関わらないで下さい。」
しくじってしまった。
ゴルド様には、もう会えないのに。
ゴルド様に迷惑はこれ以上掛けられないのに……
この人達はきっと、私とゴルド様との関係を嗅ぎつけたユパロン国の人ではないポロペ国の人達!
――だって癖者だから。
ポロペ国の国民が私を嗅ぎつける理由は一択しかない、あの号外の件で色々と推理をしたんだわ……
「安心して下さい、知ってることを話してくれれば良いだけですから」
フードで姿を覆っても直接、壁際に追い詰められても姿を見れば癖者だと分かる。
頭部の出っ張り具合、そしてフードをしている理由もその一助となっているから。
全力で抵抗する、大声で騒ぐ。
でもそれでも彼らは動揺しない確固なる遂行しようとする意志がある。
大岩のようにびくともしない彼らが恐怖だ。
――――――――
「こんにちは、君の名前はなんて言うのかな?安心してご覧、私は怖い人ではないよ?むしろ良い人だよ?今日から家族なのだしね」
私を買い取ったのは縁のない丸眼鏡をいつも付けて頭の良い人だと周りから持て囃されているのを何度も耳にした。
「……わた………しは……ケプ……ケプルム」
「そうか、そうか良い子だ……ケプルムか。君は可哀想な子だ。だからこそ私が多額の資金を賭けて孤児院に君を引き取ることを打診したんだ」
これは大人になるにつれて知った事だけれど私が過ごしていた孤児院ではお金で孤児を買い取る事は推奨されていなかった。
――私は何故、この人に買い取られたのだろうか
「そうだ私の名前も教えないとね……私の名前は“シュルツ”だ。ユパロン国で外交官をしているんだ……って言っても君にはまだ分からないかな」
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逃げなきゃ!
ゴルド様にもシュルツさんにも……迷惑をかける!そんな事になったら私は本当になんにも無い人間になってしまう!
恋人も家族も何もかも失ってしまうのだから。
今の私には友達も仲間もいない。
ただ、独りで誰にも知られていけないゴルド様の関係を隠し通す事しか私は生きる意味がないんだ
この二人から逃れないと!
私はフード男の二人の間を狙って
走り抜けようとした。
「待ってください……」
「っ!放して下さい!」
左側に直立していた大柄の方に取り押さえられてしまった!
なんでよ、どうして……どうして!
「私はただ、普通に生きていたいだけなのに!」
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「ユパロンの国王様や他の王宮内で働いてる者達に君の処遇を話して、君を今日から――」
――それは私が10歳の時のこと。
「ここで働くことが許可された……給仕としてね」
私の人生は大きく変わった――
シュルツさんには言葉に出来ないほど感謝しています。私を買い取って、確かに友達と離れるのは悲しかったけれど未知の世界に、そしてどうしようもない私の人生を彩らせてくれた。
そして王宮で運命の人だと想える、“ゴルド王子”にも出逢えたのだから。
私とゴルド王子様と初めて会話を交わしたのは、給仕役をし始めて直ぐの事。
彼の部屋に行き食事の時間を伝えたその瞬間。
私語は当然厳禁、王族と談話するのなど以ての外、給仕役ごときが調子に乗ってはいけない。
例え国王様や他の人達の慈悲で王宮内で働かせてもらったとしても“王族”と“非王族”の身分の差は消えたわけじゃない。
別にその身分差に反抗する気持ちなど大人になった今の私ですら考えも付かない。
反抗したらしたで国賊とされ罰を受け、最悪の場合処刑されるのだし尚更。
「そうかご苦労だ!新しい給仕、名前はなんて言う?教えてくれ!」
ゴルド王子は私と二つ上であり、年齢も相まって少年らしい元気で周りの者達に元気の源を届けてくれるそんなお方でした。
王族だからと確かに何度も周囲に注意されていたのも事実だったのだが、彼の元気は不安な私の心を晴らしてくれた。
「え……えと……ケプルム」
「ケプルム……ケプルム!そうか、良い名だな!コレから宜しく頼むよ!」
その時の彼の表情は、眩い太陽に想えた。
待ち侘びたと言わんばかりに輝いていて心一つに身を持って感じた
――あぁ彼も私と同じ様に独りだったんだって
上手く笑顔を作れたかも分からない。
彼にとって傷付かないような態度だったのかも、分からない。右も左も全くの私が――
「ありがとっ!」
素直に嬉しいと、感謝を伝えた。
それから一ヶ月、給仕役とて10歳の少女。仕事を与えたとしても対した仕事をこなせずにいた。
満足に皿洗いも出来ないし
丁寧に掃除も出来ない
庭の手入れも、茶を十分に注ぐ事も出来ない。
それを如何とした周囲やシュルツさんは今度はゴルド王子様の召使いとして側に置くことにした。
私にとってそれは好機でこれ上ない幸福でしかなったしゴルド王子様もそれを歓喜していた。
「ケプルム!こっち来てくれ、この手紙を読んで感想を教えてくれ父に渡すんだ!」
あの人から全てを教えてもらった。
素敵な笑顔の作り方も、成長するにつれて皆んなが自然と身に付ける猫被りも。
独りではないと気付かせた事も
――恋心も。
――――――――――――――
「……もう、放っておいて……」
地べたに私の涙が落ちていく。
よく“ポロポロと涙が落ちる”などと表現するけれど、そんな物じゃなかった。
丸で五月雨のような、絶え間なく落ちていく。
大柄な男に取り押さえられながも、私は涙を流し声を上げる事しか出来なかった。
もう、全てが無くなる。
また無くなる。
私を救ったシュルツさんにも
本当に好きだったあの人にも
もう会えない。
私は独りになってしまう
『貴女は独りじゃない……』
「え?」
ザァーザァーと細やかに騒めく音が聞こえる。
私を取り押さえているフード男からだ
――遠隔で連絡を取り合っているのだろうか。
いつだったか、シュルツさんが使っていたのを見た事がある。
「ワタクシ達は貴女もゴルド王子も全て救いたいのです!」
丁寧な口調で真っ直ぐな言葉。
いつだったか出会ったあの癖者さん本人なのだろうか。彼が私達の関係性を伝えてしまったの?
「……なによ救うって。誰も助けないわよ!私はいない方がいい存在なんだから!」
――――――――――
「お主はもう、元いた所へ戻りなさい」
そう私が言われたのは18歳の頃。
今から3年前の出来事だった。
突然、玉座の前に呼び出されて国王に直々に言われた事は私の頭を混乱させた。
どうして突然?
何か重大なミスを犯してしまったのだろうか。
はたまた、秘密裏にゴルド王子に好意を向けていた事が原因なのだろうか。
咄嗟に聞き返す事も出来ない程に重圧的な雰囲気が漂っていて鉄の柱に拘束されているようだった。
身動きも出来ない
深く呼吸も出来ない上に
その一言を放った切り沈黙を続け
国王が玉座に鎮座する。
その後は何も覚えてない。
我に返った時には居住地で独り暖を取っていた。
靡く炎がヤケに静かで穏やかに燃え続ける。
辺りを見渡せば食卓が配置されている。
卓も椅子も一つ、誰もいない。
きっとその家はシュルツさんが用意してくれたのだと思考を働かせると同時に私は王宮を通報されてしまったのだと理解する。
無気力で、ただ暖炉の前で暇つぶしにもならない炎の観察という名の唖然をしていた。
食べる物や飲む物は台所に大量に準備されていて、それを飲食していた。
その時は何も考えてはいない、考えた所で現状を変える術は何もなかった。
――涙が溢れるだけ。
1日、2日、3日と一歩も外へ出ないまま時は過ぎる。その間に訪問する者はいなかったと思う。
私は炎の消え、灰ばかりの暖炉を見詰めては眠くなったら寝て、喉やお腹が空いたら飲食する。
用を足したければ用を足す。
必要最低限の行動で一日が過ぎていく
『独りじゃない!』
王宮を通報されてから何日、何週間か経ったか定かではないが。ある日、家の呼び鈴を押す音が聞こえ大声で叫ぶ声が聞こえた。
咄嗟に振り返り玄関ドアそして窓を見た。
『ケプルムは独りじゃない!俺がいる!』
玄関ドアをドンドンと叩き、私に向かって伝える、その声の本人は紛れもないゴルド王子様。
間違えるはずがない、何年も何年も聞いてきた声、元気で私の不安な心を晴らしてくれる。
――私の大好きなゴルド王子様!
私は直ぐに扉を開けてゴルド王子様に抱きついた。本当はこんなことをしてしまったら不敬罪になる上に罰じゃ済まないだろう。
私は衝動に身を任せて泣きついた。
独りじゃない孤独ではない。
そう誰かに言われるだけでも十分だったのに、ゴルド王子様が……ゴルドさんがやってきたのだから
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「貴女にはゴルド王子がいる!彼を救うには貴女しかいない!その為にも――」
私は独りじゃ生きていけない。
きっとそれは皆んな同じなのだろうけど、両親の存在も知らなくて、孤児院で仲良くなった友達とも離れ離れなった私が言うんだ。
――人間は一人じゃ生きていけない
あの時と同じ言葉を言われて泣き出してしまう私はもう限界だったのかもしれない。
一人じゃ抱えきれない重い荷物を何年も背負い込んでるんだもん。
――そりゃそうだよね。
「ゴルド王子が利用していた隠し通路を知っていたら教えてください!」
大柄のフード男が私を放し私を自由にさせた。
私は地に足を付けて頬が涙を伝う最中、口を開いた。“救う”なんて薄い言葉を使う人達で情報を放したら後がどうなるかは分からない。
だけど、もう私は一人で背負い込む事は出来ないんだって察してしまったから。
ゴルドさんやシュルツさんを想うなら、隠し通す事がベストだけれど……
「貴方達を……信じていいですか。」
独りになりたくないなら人を信じないと駄目だよね。だって今まで友達だとか好きな人だとかお互いに信じているからこそ独りじゃなくなるんだから。
「勿論でございます」
三人の声が同時に重なって強く私の心を温めた。




