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癖者好き女王と紳士な銃男  作者: 秋浦ユイ
《第1部 護衛編》独裁国家の茶会
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第11話 再会

「誕生日、おめでとう母さん」

 蝋燭の微かな光が母をゆらりと照らす。

 母の笑顔が溢れて(こぼ)今にもワタクシは泣きそうになってしまった。


 ――フゥー

 蝋燭が消え麗らかな母の表情。

 それを横目に兄は歯を見せながらケーキを切り分けていた。


 卓の正面に座る母とその右にワタクシ。

 左には兄といった構図である。


 楽しげな空間を作ったのは今日は母の誕生日で、そして母の回復記念であったから。


「はい、母さん」

 

「ありがとう」

 兄が切り分けたケーキの端を皿に乗せて渡す。

 満面の笑みで母はその様子を眺めている。


 今は不思議と幸福と不福か混ざり合った複雑な感情でワタクシはいるけれど……

 ただこの空間を大切にしたい、


 そう、母は長い病闘生活だったのだ。

 

 ワタクシが故郷に戻った時には既に医者に診てもらっていて機敏に家事をこなす程に回復していた。


 数ヶ月、半年も寝込んでいた母が元気に過ごしている姿を見てワタクシは自然と涙を流してしまっていた。ツツツと頬を伝った涙の温度は暖かったのを覚えている。


 故郷に戻った一カ月前

 あの時の母はどんな気持ちでワタクシを迎えてくれたのだろうか。


「ほら、ベレッタも食べろよ」

 兄が今度はワタクシにケーキを取り分けた。


「誇りに思え、お前は母さんを救った。俺達を救ったんだよ。」


 ワタクシに向けて明明白白と労いの言葉を掛けてくれた。その時は、ほんの少しだけ自分を誇れた。


 僅か一ヶ月程の勤務だったが報酬は、想像以上に受け取る事ができた。

 暫くは生活に困る事はなさそうだ。


「だけどワタクシは……」


 言い掛けて、辞めた。

 この祝いの席では不適切な内容だからだ。

 母と兄の顔が一瞬、混濁して見せたのも起因する


「あぁそうだ、考えたんだけれど」


 代わりに別話の種を持ってきた。


 ケーキをフォークで切り離しクリームが大量についたそれを頬張る母と兄。

 その二人はケーキを堪能して幸せな顔をワタクシに向けて話を聞いていた。


「農作をしてみない?家の土地を綺麗にして耕して一から野菜を育てて売るんだ」


「あぁ農家になるって話か、いいんじゃないか?」


 兄が直ぐに賛同した。

 兄の仕事は除雪を主に請け負っていて冬場以外は建設や土木関係の仕事をしている。

 屈強で体が強く力では右に出る者がいない。

 その逞しさにワタクシはいつも憧れている。


「ええ、確かに。楽しそうね」

 

 次に母が穏やかに賛同した。

 母は細々とした色白の人で昔から病弱であったからか職を得た事はないのだとか。


「そっか……良かった。」


 ワタクシはケーキを一口食べた。

 甘く酸っぱい。中にイチゴが入っていた

 この国では生クリームは疎か甘い物なんて貴重で高額だ。


 コレほど甘い物は一度も食べた事なかった。


 ――うん、本当に甘い。


 一瞬、何故かあの人の顔が宙に浮かぶ。

 それを振り払うようにワタクシは首を振り

 天に頭を向けて仰いだ。

 

 もう、いいのです。

 母の病気を治す事も、お金を稼ぐ事も十分に叶え続けてきたのだから悔いはない。

 

 コレからワタクシの新しい人生が始まる。

 全て忘れよう、凡て忘れよう。


「少し、外の風に当たってくるよ」


 ワタクシは頭部を全て覆うようにマフラーを巻こうとするが、今の季節には合わない事に気づく


「あぁ、マフラー巻いたら暑いわよ? ほら」


 母が席を立ちワタクシの元へ駆け寄ると、少し離れたコート掛けから大きなフードを持ってきた。


「っと、フードほら」

 それをワタクシにパッと被せてくれた。

 

 いや、そんな事より母が至近距離にいるのにも関わらず自分で比べて背丈が小さく、子供の頃ワタクシを抱いた母との乖離に驚く。


「さあ、気をつけるのよ」

 母は優しい声音で呼びかける。

 フードで視界を塞がれていて母の口元しか見えなかったが暖かさは伝わる。

 

 毎回、こうしてワタクシは頭部を隠さなければ差別の対象となり暴力や暴言の的になる。

 そうならなくとも白い目に見られるから必死だ


 ――ポロペ国と違って。


「ありがと母さん。でも心配しないで玄関前で気持ちを落ち着かすだけだからさ。」


「それでもよ!自分を大切にしなさいよベレッタ」


 母の細く弱々しい腕がワタクシの手を撫でる。

 そして手をギュッと握りパワーを送ってくれたように感じた。


 母や兄はワタクシが癖者として産まれたとき。

 どう思ったのだろうか。

 ワタクシがこうだから、兄も母も周りから後ろ指を差される。


 それでも自分を見捨てなかったのは。


 ――理念だったから?


 癖者として忌子として産まれた自分を一度でも驚いて憎しんだとしてもワタクシは決して悲しまない。 こうして今日まで信じてくれた、信頼関係があるから。


 ――そう、信頼関係だ。


「じゃあ外に出るね」

 大きなフードで頭部が見えないように、腰も曲げて外に出た。

 家の周りは相変わらず荒れていて、朽ちる家々が周辺に並ぶ。

 

 ワタクシは家の玄関横の壁に寄りかかる。


 当然、家の前だろうがフードを振り払い視界良好にする事は出来ない。

 いつ誰がワタクシを発見するかなど予測不可能なのだから。

 

 ただ地面を見つめる。

 

 すると元気のない土にアリがせっせと働く姿を見つける。職無しの自分をと比べて、余計なまでに気分が下がってしまった。

 


 何なのだろうワタクシは。

 事ごとに王宮での出来事を思い出して俯く。


 僅か一ヶ月の短期間であっても、こうも未練がましく、女々しくなれる自分に紳士として恥る。


 暫く地面を眺めよう、全て今は無心に。




「よお、そこのアンタ。ベレッタやろ?アンタ?」


 ふと嗄れた声を聞こえた。

 声の方向を見ると中年の男が立っていた。

 男は痩せこけていて髪も髭も長くボサボサしていて使い古され所々、破けてる衣服を纏っていた。


「……どなたでしょうか」


 実際に村や町では“銃男”として昔から噂などをされている。忌み嫌われ恐怖の対象として見られているのは知っているし経験もしている。


 だが、なぜワタクシの名前を知っている。

 そしてこの人は何者なのだろうか。


「驚かんでええって、聞いたぞ?エミーゼさん回復したんだってな!」


 男はその痩せこけている体を揺らし興奮気味に応える。その応えに出てきたエミーゼと名はワタクシの母の名前だ。


「母の知り合いでしょうか」


「あぁそうさ!何度もお見舞いしようとしたけれど余計な病気を移しちゃ悪いから元気になってから会いに行こうと思ってなぁ」


 母の知り合いか。あまり交流関係を母は話さないから分からなかった。

 知り合いならばワタクシの事情も知っていて名前も聞いていても可笑しくはない。


「そうだったんですね、大変失礼致しました」

 

 母は病弱故に朽ちかけた村やスラムになりつつある街に出ることも少なかった。

 ワタクシが誕生した事で交流関係も限られてい中で彼の様な友人が母の心の拠り所になればいいな。


「あぁ、そうだ家に入っていいか?」

 嗄れた声がワタクシに問いかけた。


「ええ、大丈夫ですよ。母の友人ならば」


「そうかそうか!」

 彼は薄笑みを浮かべ緊張を隠す独特な表情をして

 扉を恐る恐る開けた。


 彼が家に入りガチャリと扉が閉まると母の声が聞こえた。「タックン!タックンじゃない!」微かに壁越しから聞こえたのは再会を喜ぶ感激の声だった。


 これでまた親孝行できたのかな……

 友人と再会は深く光栄でしょう

 例え体型や容姿が変わっていても。

 浮浪者(ホームレス)であろうとそれは変わらない。

 

 何が原因で家を失ったのかも、そもそも家があったのかもワタクシは分からないけれど確かに分かる事がある。


 偏見も差別を持ち得ない確かな心があると言う事

 友人の子供が癖者であっても、それを応否せずに自然な事であるかのように受け入れた人間だ。


 ワタクシを一人間として話し掛けて会話を交わす。僅かな時間であったけれど、不要になる程に彼の人格と性格を簡単に分析できた。


 

 そんな彼だからこそ母は友人として心から再会を喜ぶことができたのだろう。


 ふと、日光がワタクシを強く照らした。

 身体が暑くなるけれど、その場から動こうという気概を積まれる事はなかった。


 地面を長時間、眺め続けて首が痛くなる。


 痛みを緩和させる為に正面に顔をもどし、上と左右にグルリと顔を回す。

 それでも頭を覆うフードは完全には外れない。



 窓から家を覗くと母とその友人、兄とが三人で楽しく談笑をしていた。

ゲラゲラと目に涙を貯める母が他人際、強い輝きを放っていた。


 胸を撫で下ろしたワタクシ。

 それと同時に居場所を失った心具合のワタクシ。

 確かに居場所は存在するのだけれど自分が今、家に入る事は出る幕が違うような気がした。



 町にでも行こうか、そのまま玄関で過ごすか。

 その二択が頭に表示される。


 町に行けば暇潰しは出来るけれど何かの拍子でフードが外れるかもしれない。また非難や暴力を受けて家族を困らせてしまうかもしれない。


 そのまま玄関にいれば安泰は確実なのは明白。

 ただ玄関にいれば不思議と幸福感や精神は擦り減ってく気がしてならない。




 ワタクシは正面を向いたままに道を進む。

 ただ、町をフード姿でふらついていたら怪しまれるのは当然。


 ならば散歩しよう、村の周囲と町に向かう道中。そこを往復して自宅に帰れば良い時間帯になる。



 我ながら何をしているのだろうと溜息を作る。

 その感情と反面に足は止まらない。


 村を一周し町までの道中を歩く。

 町の姿が見えると踵を返しクルッと回り、来た道を辿っていった。


 その間に人に出会う事も見かけることも無かったから心に余裕が生まれた。


 さあ家に帰って、農作の準備でも始めましょう。


「おいテメェ、ノロノロ歩くんじゃねぇよ」


 ふと怒り声が聞こえて後ろを振り返ろうとするが、その瞬間に声の主が誰かを特定する事ができた


 忘れもしない、あの日のお陰で今があると言っても良いのだから。


 あの日、あの時

 自身にぶつかった子供とその親に横暴な要求をしてきた男だ

感想、リアクション宜しくお願いします!

残り後、数話で区切りが付きますのでそれまで

応援よろしくお願いします!

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